ベルばらサイトウォチスレ29

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104名無し草
 アンドレの性格から考えてみれば、アントンに引っ張って行かれたのだろうけど……
まさかあんなところに行くなんて。
 しかし結局自分は、事実は判っても、それを責めることはできなかった。兄弟のよう
に生きてきた彼がいつの間にか別人になったような喪失感やおとこに対する嫌悪感――
そう嫌悪感が湧いてきてもオスカルの中にある何かが強く制止するのだった。それを言
葉にしてしまえば、アンドレが離れていってしまう、という確信にも似た何かが。強く。

 それからずっと気づかないふりはしているが、やはり時折アンドレは夜の街に消えて
いった。むろんこの絵連隊長に任命されて忙しくなってからは、そうそう行くことは出
来ないようであるが……。
 むしろ、前にも増してオスカルのそばを離れないようでもあるが、今でもふっと気が
つくといなかったりすることがあるのだ。
 そう、今夜も――。


「オスカル、こちらへいらっしゃい」
 帰ってこないアンドレを待ってイライラしていた気持ちが伝わったのか、母のジャル
ジェ夫人がオスカルに居間に来るよう、侍女に伝えてきた。
「今日はわたしもあなたもめずらしくお休みですものね。たまには話しをしてみるのも
悪くはないわ」
「ええ」
「ああ、シャローネ」
「はい奥さま」
「わたくしの居間から、掛けておいたドレスを持ってきてちょうだいな」
「かしこまりました」
 重々な侍女は、おもむろに一礼して部屋を出て行った。
「ドレスなんて、わたしは着ませんよ」
 夫人の軽やかな笑い声があがった。
「もちろんですよ。わたくしだって、今さらあなたにドレスを着せようなんて思っても
いないわ」
 夫人はあくまでもにこやかだった。
105名無し草:03/06/24 23:17
「ほかの家では、娘はみな嫁ぐものとされているから、わたくしは恵まれているのよ、
分かるかしらオスカル」
 白くややしわの刻まれた手がオスカルの手をとる。
「わたしにも主人にも、娘がここに残ってくれている。それ以上の喜びがどこにありま
しょう。たとえそれが軍隊にいる危険な仕事をしている娘でも、わたくしのいちばん大
切な宝石なのですよ」
「母上……」
 夫人はまたふふ、と軽く笑って、
「ジョゼフィーヌが嫁いでから、あなた、どこかイライラしているものだから心配して
いたのですよ」

 ドレスは程なくやってきた。豪奢な作りの白いドレス。でもこれはまるで……。
「母上、これは……」
「これは大おばあさまがこの家に嫁いで来たときに着ていらしたものなの。むろん、
背丈などはあなたが着られるようになおしてあります」
「だから母上、わたしは」
「はいはい。着てほしいとは云ってないのよ、オスカル。ただ、持っていて欲しいの。
どうせウェディングドレスで舞踏会にはいけませんしね」
「ではなにゆえ」
 オダリスクの花柄のドレスが、さらりと流れた。夫人は立って、窓辺へよった。
「ジョゼの結婚式の時、あなたがとてもまばゆそうにあの子を見ていたから、かしら
ね」
「……」
「あなたは今、軍隊にいて結婚なんて考えられる状態ではないでしょうけれど、もしも、
万が一もしも、愛するひとができて、式を挙げたいと思ったら、これを着てちょうだい。
でも、お父さまには内緒ですよ。あのかたは頑固でいらっしゃるから」
「……母上……」
 オスカルは手にのられたドレスの重みを感じながら、感極まった表情でうなずいた。
106名無し草:03/06/24 23:18
 ドレスを手にして、自室へ戻るころ、玄関の戸があいた。
「――オスカル? まだ起きていたのか」
 かれは心なしかばつが悪そうだった。
「母上と話し込んでいたら遅くなってね。それより、」
 とかつかつと下へ降りてゆき、襟を引っ張るようにしてアンドレの匂いをかいだ。そ
して顔をしかめて、プイッと階段に足をかけた。
「別に遊んでくるのは自由だけどな。噂になるようなことはやめてくれよ」
「あ、ああ」
 一瞬黙ったオスカルは、異様なほど明るい表情でしゃべり始めた。
「母上からウェディングドレスを頂戴したんだ。おかしいだろう、おんなでもおとこで
もないわたしに、ウェディングドレス。は!娘を気遣ってくれるのなら、こんな嫌みっ
たらしいものじゃなくて」
「オスカル、オスカル」
「うるさい!」
 アンドレをはねのけた一瞬、ドレスがはらはらと下に落ちた。
「あ、大おばあさまのドレスが……」
「軍隊で働いてはいるけど、本当は幸せになって欲しいんだよ、奥さまは。だから願いを
込めてそのドレスをおまえに送ったんだろう」
「分かってる……」
 でも、わたしにはこれを着る相手はいない……。
107名無し草:03/06/24 23:19
 ちろっとオスカルはアンドレを見やった。
「このところまたひんぱんに行くようになったな。パレ・ロワイヤルはそんなにいいか」
 ばっとアンドレの顔が真っ赤になった。
「知らないとでも思っていたか。はん、ご丁寧に実は……と告げ口してくれるやつもいて
な。お見通しだよ」
「……」
 自分で云っておきながらばつが悪げに唇をかんだオスカルは、落ちたままのドレスを
拾い上げた。
「……ごめん……。おとことはそういう生き物なのだったな。ただ、おまえが“行く”
というのがイヤだったんだ」
 引きずるようにドレスを抱えているオスカルからドレスをとり、床にドレスが着かない
ようにきれいにたたんで、オスカルに渡した。オスカルは無言でそれを受け取った。
「もう寝るよ。思いがけず母上からウェディングドレスなどいただいたものだから、驚い
てしまったんだろう」
 背を向けて、かつかつと階段を上っていくオスカルの背に、アンドレは何か声を掛け
ずにはいられなかった。
108名無し草:03/06/24 23:21
「……」
「もう行かないよ、オスカル」
「え」
「パレ・ロワイヤルにはもう行かないって云ったんだ」
「アンドレ?」
 踏みとどまって、怪訝そうにオスカルが名を呼んだ。
「――酒を飲みに行ってただけなんだ、あそこには。だけど、あそこは娼館もあるだろう?
 飲みに行くたびに寄っていけって抱きつかれるもんだから、いまいち飲むには適した場所
ではなかった」
「ばっ」
 誰も行くなとは、と云い掛けたが、オスカルは自分がとんでもない勘違いしていることに
気づいて、顔を赤らめた。パレ・ロワイヤルというと、そういうところだという気持ちがあ
って、怒っていた自分が急に恥ずかしくなった。
 羞恥心とともになぜかぎゅっとドレスを抱きしめて、オスカルは押し黙った。
「勘違いさせてごめんな、オスカル。おやすみ――」
「お、おやすみ……」
 赤い顔のまま、オスカルはひとり残された。

 ただ飲みに行っているだけかどうか、本当のことはアンドレ以外は判らない。
 でも……否定されて、嬉しい自分がいる。
 そして手には母から渡された白いドレス――。

 白いドレスは婚礼のドレス。
 いつかわたしも着られる日が来るのだろうか。

 ――オスカルとアンドレ、若い日の出来事だった――

            FIN