☆☆☆王家の紋章番外編5☆☆☆

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1ミラ
ここは細川先生の少女漫画・「王家の紋章」が好きな人のためのスレッドです。
今までの経緯やここでのお約束は>2以降のあたりにありますので、そちらもご覧下さい。

前スレはこちら:
☆☆王家の紋章番外編☆☆
http://salad.2ch.net/charaneta/kako/1002/10022/1002235184.html

☆☆☆王家の紋章番外編2☆☆☆
http://ex.2ch.net/nanmin/kako/1014/10146/1014698074.html

☆☆☆王家の紋章番外編3☆☆☆
http://ex.2ch.net/nanmin/kako/1023/10239/1023957614.html

☆☆☆王家の紋章番外編4☆☆☆
http://that.2ch.net/test/read.cgi/nanmin/1033446170/
2ミラ:03/02/03 14:36
<今までの経緯>
☆キャラネタ板→難民板と流れてきました。理由は主にこの2つです。
・キャラネタ板はキャラになりきって交流するスレのため、スレ違いを指摘されたこと
・住人の中から、作品への感想をなりきりで書くのは辛い、という声が挙がってきたこと
 移転先としていくつか候補があった中から、マターリできそうなところということで、
 ここ難民板を選びました。難民板の皆さん、どうぞよろしくお願いいたします。
3ミラ:03/02/03 14:37
<お約束>
・sage推奨でお願いします(メール欄に半角文字で「sage」を入れる)。
・ここは社交場ですので特に形式は決めません。質問・雑談・作品発表ご自由に。
・作品がほのぼの系なので、あまり殺伐とした雰囲気はご勘弁を。
 あとは常識的マナーの範囲で。
4ミラ:03/02/03 14:37
<作品掲載について>
・非公式ファン交流広場なので、原作者及び出版元とは一切関係ありません。
・王家を愛する作家さんたちの創作も大歓迎です。ジャンルは問いませんが、
 極端なエロや中傷など確信犯的な作品はご遠慮くださいね。
・作家さんは名前欄に作品のタイトルをお願いします。
 連載の場合は巻頭に通しb書き、「>○○」という形で前作へのリンクを
 貼ってもらえると助かります。
・18禁作品にはタイトルにΨ(`▼´)Ψを記入して下さい。
5名無し草:03/02/03 19:51
ミラ殿。感謝いたします。
皆さま、マタ〜〜リといきましょう。
6名無し草:03/02/04 16:47
ミラさま乙!
作家さまの作品を首長〜くして待ってます。

腕の中で安心しきって眠るキャロルの髪を梳き、そっと頬を撫でるイズミル。
僅かに睫毛が震わせ目覚めた妃はやわらかく微笑んで見せる。だがすぐに何も纏っていない
ことに気付いたのか、体を丸めて背を向けてしまった。
(出会った頃はひたすらに拒み、決して身を任せようとしなかった娘・・・)
含み笑いを堪えながらもすかさず後ろから抱きしめ、耳元で囁く。
「まだ避けるつもりか・・・姫よ」
「ち、違っ!そうじゃない」
「では?」
腰の線に指を這わせただけでビクッと体をひきつらせる様子をたのしみながら意地悪く問い、
そしてうなじに口づけた。
「あ・・っ!」
「違うと申すのであれば、からかっておるのか?ならばこちらにも考えはあるが・・」
恥らうばかりのキャロルの態度に嗜虐心を煽られたイズミルは、細い腕を掴み組み敷いた。
「やっ、王子・・・何?!」

「素直になれるよう・・・・・・教えねば、な」
脱ぎ捨ててあった夜着の腰紐を取り、素早い動作でキャロルの両手首を縛ると
寝台の柱にくくりつけた。
困惑した表情で足元に視線を落とすキャロルの顎を捉え、唇を重ねる。
「なにも恐れることはない、そなた次第ですぐに解いてやろう」
耳の下から肩口、浮き上がった鎖骨へとイズミルの指が彷徨い脇腹へと下りていく。
「や・・・・・・」
あまりの羞恥に顔をそむけ唇を噛み締めて声を殺そうとするが、予測のつかない動きに
身体を捩り自由を奪われた手が何かをつかもうともがく。
「姫・・・・そなた次第だと申したはずぞ・・・視線を逸らさず、声をあげ感じる場所を知らせよ」
穏やかな口調だが、残酷な命令だった。

緩やかな曲線に沿って腰に下りた両手が再び上りはじめる。
小振りだが形の良い柔らかな双丘を覆い、硬くなりはじめた頂を親指と人差し指で軽く摘む。
「あああっ!」
信じられないほどの快感が背筋を貫き、キャロルは悲鳴を上げた。
「ん?ここが良いのか・・・・これはどうだ?」
フフッと笑って優しく紙縒り(こより)を縒るように繰り返し指をずらす。
「や・・・んんっ、あぁ・・もう・・だ、め・・・・!」
甘えるような涙声で懇願する。
「さてどうしたものか・・・・こちらを見て望みを申さねば・・聞いてはやれぬ。」
もはや肩で息をし顔を上げる余裕もないキャロルを追いつめるように
弄ばれ硬く尖った頂を強く抓った。
「うう・・・んーぁぁっ!!やめっ・・・・」
キャロルの微妙な変化を感じ取ったイズミルは指の力を緩め満足気に微笑んだ。
「・・・姫・・・・?」
「はぁっ・・お願い、わたし・・王子が・・・・欲し・・いっ」
見上げる瞳からこぼれ落ちる涙に思わず愛しさが込み上げた。


----まだ続きそうでもありますが不足により、後はご想像に(又は続きを書いて下さるかたに)
お任せして逝かせて戴きます----お目汚し失礼しましたっっ。m(_ _;)m
10名無し草:03/02/06 13:24
ハナヂガ(?ω?)デタ!
11名無し草:03/02/06 13:36
新作ありがd!
どきどき----------(>∀<)----------きゃーきゃー!!

12名無し草:03/02/06 18:00
「陽炎のごとく」は?作家様続き気になってます〜〜〜。
13名無し草:03/02/06 23:25
すみません、以前有志の方がここをダイジェストにしてくださったのですが、
パソコンの不手際でアドレスを無くしてしまいました。
ダイジェスト板2つあると思うのですがアドレスを教えていただければ感謝です。
14名無し草:03/02/07 00:55
ブクマがあぼーんされたんならわたしも経験あるよぅ。゚・(ノД`)・゚。
ドゾー!

1ROM人様 ⇒ ●○● 王家の紋章スレ@2ch ダイジェスト ●○●
ttp://members.tripod.co.jp/ouke2ch/
Part3の396様 ⇒ 王家の紋章@2chダイジェスト暫定版
ttp://www.geocities.co.jp/AnimeComic-Palette/4856/
15名無し草:03/02/07 19:14
>>14
実は私もブ熊あぼーんされていました(w
ありがd!
これでやっと更新ができますヽ(´ー`)ノ
16名無し草:03/02/08 06:06
14様、アドレスが消えてしまって(´・ω・`)としていたんですが、
ほんとうにありがとうございました。

さっそくいってきまつ。
17名無し草:03/02/08 09:39
うっかりしてた。
テンプレに入れれば良かったね<ダイジェストサイト
18虜(とりこ):03/02/10 10:59
序章
ヒッタイトの王子イズミルは諸国をめぐり、自国の国益を図り、また己自身の知を磨き、武を磨いていた。
そんな旅の途上、国賓としてエジプトを訪れたイズミルはお忍びで出かけた市場で印象的な娘に出会う。金色の髪の毛、病的なまでに白い肌、光の具合で色調が千変万化する青い瞳。
彼女の名前はキャロルと言った。

エジプトのファラオ メンフィスの姉アイシスによって古代に引きずり込まれたキャロルだが、その白色人種特有の容貌はエジプト人から見れば異様で薄気味の悪いものだった。
─まぁ、あの髪の毛の色!妙に白っぽいような赤っぽいような妙な色!栄養の足りていない貧乏人みたいだわ!何で王宮にいるんだろう?虱でもたかっているんじゃないの、あの髪の色ったら!
─この娘、肌が死人のように白いよ。血の色が透けて薄気味悪い。病気じゃないの?
─あの目!何て気味の悪い色だろうか?青いよ?見えているんだろうか?黒目が浮き上がっているみたいで嫌だこと。邪眼だろうかしら?
何とかアイシスのいる王宮にもぐりこんだキャロルだが、外国人を見慣れぬ古代エジプト人は彼女を忌み嫌った。
最愛の弟メンフィスとの婚儀を控えたアイシスも彼女に冷たかった。結局、キャロルは王宮出入りの奴隷商人に下げ渡され、売りに出されることになったのだ・・・。
19虜(とりこ):03/02/10 10:59

エジプトの市場はこの世のあらゆるものを売っているというのもあながち嘘ではないな、と思いながら目立たぬ装いのイズミルは市場を歩き回っていた。そのうちに奴隷商人の店に出くわした。舞台のような設えのその店では次々に奴隷が引き出され、競に掛けられていく。
(あまり見ていて気分のいい店ではない・・・)
引き出されるのを厭うて泣く幼い女の声を聞いてイズミルは秀麗な顔をゆがめた。きびすを返そうとした彼だが、力ずくで引きずり出された奴隷娘を見て彼はその場を動けなくなった。

引きずり出されてきたのはキャロルだった。金髪碧眼、白皙の肌の少女だが今は泥に汚れ、奴隷商人に手ひどく殴られ痣になった顔は涙で汚れている。
「何だ、あの奴隷は?!あの妙な色は?」
「頑固な性質らしいな、奴隷商人をあんなにてこずらせて!」
「ありゃ、女か?何と醜い!」
人々のざわめきをよそに奴隷商人は声を張り上げた。
「さぁさぁ、珍しい外国産の奴隷だよ!変わった色がウリだ。珍しいものが好きな方は是非!飾り物にしてもいい、慰み者にしてもいい、まだ娘だよっ!」
屈辱的な掛け声に、奴隷娘の瞳に激しい炎が宿り、大胆にも商人に手を振り上げたが・・・手ひどく殴られただけだった。それを見て見物人はまたひとしきり大騒ぎだ。
「さぁ、買って!値段を言ってくだせえよ!」
20虜(とりこ):03/02/10 11:00

その金髪の娘を見た瞬間、イズミルは激しく心をかき乱された。見慣れぬ容貌のその娘。小柄な娘。
その娘の青い瞳に宿った白熱の炎を見た瞬間、イズミルは生まれて初めての激しい欲望を感じた。
(あの娘が欲しい!)

キャロルは自分に優しく手を差し伸べた背の高い秀麗な容貌の若者を戸惑って見上げた。
「おびえるな、娘。私がお前を助けたのだ。私と来い。そなたを守ってやろう」
金貨100枚という破格の値段でキャロルを購った青年の差し出す手をキャロルは怯えたように見た。
「大丈夫だ、そなたを痛めつけたりはせぬ」
イズミルはひょいと華奢な身体を抱き上げた。
21虜(とりこ):03/02/10 11:02
いつも神の娘よ、美女よとちやほやされるキャロルですが、白人を見慣れない人間から見れば結構異様な容貌なんじゃないかなと思って書かせていただきました。
続きは・・・アリです。
どうかお付き合いくださいませ。
22名無し草:03/02/10 13:34
>「虜」作者さま
新作うれしい限りです。
しかもいつもと違うキャロルの扱い。ワクワク
23陽炎のごとく:03/02/10 18:47
>>前スレ650
10
静かに嗚咽するキャロルをアフマドはただ優しく抱きしめるにとどめた。
求婚した相手に、恋人にするにふさわしいであろう仕草、眠りから覚醒するキスをしただけだったのに
唇を重ねた時、キャロルは驚愕と戦きで青い瞳を大きく見開き、両腕をアフマドの胸に突っ張って拒否の反応を見せたのである。
「違うの・・違うのよ・・・。あなたが嫌いなんじゃない・・・。
 だけど・・私の知ってるキスじゃない、違うのよ・・・。」
そう言って苦しげに両手で顔を被ってしまったキャロルをアフマドは複雑な想いで抱きしめた。
いつまでも記憶のない過去に、実体のない亡霊にこのままキャロルを捕らわれたままでいいのか?
そうだ、見つけた時から、キャロルは自分ですら覚えていない男のものだった。
だがもう待てない、触れることすら出来ずとも、側にいてくれたら・・・・。
「驚かせてすまなかった、君が嫌なら無理強いはしない、だが、どうか私と結婚してくれ。
 側にいてくれるだけでいいんだ、私は君が欲しい。必ず幸福にしよう」
アフマドの熱っぽい言葉にキャロルは涙をうかべたままの瞳でアフマドの顔を見つめた。
「・・無理だわ、アフマド。あなたのことは好きだけど、愛してないんですもの、それに・・・。」
「・・君の子供のことも関係してるんだろう?」
ビクっと身体が震え、キャロルは反射的にアフマドの腕から逃れようとした。
なのにアフマドの手がキャロルの両腕を掴む方が早かった。
「どうして・・それを・・・。」
キャロルの顔色が蒼白になっていく。
24陽炎のごとく:03/02/10 19:13
11
「アラブの男は子沢山を誇る、君の子なら私にとっても我が子同然だ。
 探し出して出来るだけのことはしよう、君が子供を産める健康体だということの証明だ。
 過去の事が気にならないと言えば嘘になるが、何より大事なのはこれから先の未来だ。
 私と共に生きてくれ、キャロル・・・。」
アフマドの言葉に嘘はないだろうとキャロルも思う。
けれど眠ると毎晩のように思い出される愛し合う、自分でも覚えていない体の記憶が自分を苦しめる。
必死になってかきくどく、普段のアフマドとからは考えつかないその様子に、キャロルの気持ちも流されそうになる。
「私・・・私を愛した人の顔も髪や目の色もわからないけど、それでもその人を愛しているってわかってるわ。
 毎晩のように身体の記憶が蘇えってくるのよ、それでもいいの?いやでしょう?」
それは取りも直さず、キャロルがその男を愛していると言う事の告白だった。
「だがもう二年も経っているのに、その男は君を捜している気配すらない。
 私ならそうはしない、君を放したりはしない!二年もだ!
 愛しているよ、私の側にいてくれ、君しか欲しくない」
アフマドの情熱はついにはキャロルに消極的だが承諾の小さな声の返事を勝ち取った。
「婚約だけでもして公表しよう、結婚式は盛大なものになるだろうから、時間が必要だ。」
喜びに溢れたアフマドの言葉を聞きながら、キャロルは不安を打ち消すことはできなかった。
本当によかったんだろうか、間違ったことをしてるんじゃないのかしら?
誰かが何かを囁いて自分を呼んでいるような錯覚を感じながら、今は頼るべきところがここしかないアフマドの腕の中で
キャロルは瞳を閉じた。
25陽炎のごとく:03/02/10 19:23
風邪を引いて寝込んでいたせいで
続きをうpするのが遅くなりました。
とりあえず最期までは書くつもりですが
お気に召さない方、うっとおしいと思われる方、
どうぞスルーしてくださいませ。
26名無し草:03/02/10 19:40
今日は大量だー!!作家さま方ありがd
27名無し草:03/02/10 20:09
休日前なのにうれしい〜〜
28虜(とりこ):03/02/12 14:20
>>20

「離してよっ、嫌!離してったら!」
それまで観念したかのようにおとなしく王子に抱かれていた娘は、彼が王宮へ入ると見るや強硬に暴れ、逃げようとした。
「おとなしくいたせ」
面倒くさそうに答えながら王子は自室に引き取った。午睡の時間ゆえか廊下を行く召使たちも見かけない。
「イズミル王子様・・・!お戻りなされませ。おや、その者は・・・?」
ファラオ差し回しのエジプト人召使は、王子に抱きかかえられたキャロルを見て怪訝そうな顔をした。キャロルはその姿があらわにならぬよう、王子のマントを着せ掛けられていた。
「湯の支度を。この娘に湯を使わせよ。さぁ、娘。駄々をこねずこの者と一緒に湯殿へ・・・」
言いかけた王子は口をつぐんだ。マントに隠された小さな身体─王子の胸乳のあたりまでしかない小柄で華奢な子供─が、ぶるぶると震え怯えきっているのが伝わってきたからだ。
「・・・良い。湯の支度が出来たならそなたは下がれ。後は私が自分でする」
召使は異国の王子が気まぐれに拾ってきた女と戯れるものと勝手に決めてかかってか、準備ができるとエジプト人特有の慇懃無礼さで早々に下がっていった。

キャロルを抱きかかえて湯殿に入ろうとした王子だったが、小さな身体はまたしても頑健に抗った。
「離してくださいっ!私、一人で入ります。子供じゃありませんもの。離してください、早くっ!」
汚いなりをした奴隷とも思えぬ物腰に驚く王子。この娘は一体、何様のつもりかと。
「静かにいたせ」
王子は静かな、しかしこの上なく危険な口調でキャロルに命じた。が、不意にあるかなきかの微笑を頬に刻むと言った。
「好きにするがよい」
29名無し草:03/02/12 16:56
>「Ψ(`▼´)Ψ 小ネタ」作者様
一見すると王子がキャロルを翻弄、でも実際溺れまくってるのは王子ですねぇ〜
年寄りの見方?丁度いいところで寸止めなのがツボです。(爆
とはいえつづき読みたい気もするんだけどな〜〜

>「陽炎のごとく」作者様
お風邪を召されてたとは知らず、催促してごめんなちい。つづきうpアリガト〜!
辛抱強く見守ってるアフマドも好きっ!

>「虜」作者様
新鮮な設定の新作、萌えまくりです〜!
王子の思惑は?気になる〜〜。
奴隷のキャロル、見違えるほどうつくしくなって湯殿から出て来るんだろーな〜ワクワク。
30虜(とりこ):03/02/13 08:31
>>28

キャロルは黙って湯に入った。傷口に湯が染みて、温まったせいか痣は余計に色が濃くなったようだ。
(私、これからどうなるの・・・?)
キャロルは考えた。はしばみ色の髪の毛をした異国の若者のお陰で虎口を逃れたことは分かる。しかし若者は王宮に入り、ひどく贅沢な部屋に入った。並みの身分の人間ではないのだろう。
守ってやる、と彼はキャロルに言ったけれど、彼の周囲にはひどく冷たく、そして危険な雰囲気が漂っていた。
(あの人は私を助けてくれたわ。ここに来て初めての優しい言葉をかけてくれた。でもなんだか・・・怖い。それにここは王宮。逃げなきゃ。早く、早く。でないとまた・・・醜い嫌な者よとさげずまれ、辱められる・・・!)
悔し涙がこみ上げてくる。キャロルはそのままじっと湯の中にうずくまってむせび泣いていた。

31虜(とりこ):03/02/13 08:32
4.5
(あの娘、いつまで湯殿にいるつもりか)
心配になったイズミル王子は湯殿に様子を見に行った。果たして先ほど買い求めた醜い娘は湯あたりでもしたのか、他愛なく倒れていた。
(世話の焼ける・・・)
王子は近寄って、キャロルの身体を湯船から引き上げた。白い身体は意識のないままに嫌々でもするようなそぶりを見せた。
「物堅い奴隷娘だ」
言いながら王子は手首を持ってつるし上げたキャロルの身体をざっと改めていった。
「痣が・・・多いな。あとは痕の残りそうにない擦り傷か。ふん、白い身体に白金の髪か。異形・・・だな」
王子の顔が哀しそうに歪んだ。
「異形・・・。誰とも同じでない。醜く忌み嫌われる存在。物腰は良家の子女のようであったが。奴隷に売られたのは何ゆえか・・・」
王子はこれまでの短い時間の間に、キャロルが決して卑しい生い立ちではないということを見抜いていた。
32虜(とりこ):03/02/13 08:39

気が付けばキャロルは上等の薄絹を着せられて寝台の上に寝かされていた。
(嫌だっ!私、どうしてっ!)
「気づいたか?」
物憂い王子の声がキャロルを驚かせた。
「あ・・・私、湯殿にいたのに。どうして着替えてるの?まさか、あの・・・」
「そのような顔をするでない」
無論、彼女の身体を改め、衣服をつけさせたのは王子だが、彼はそんなことおくびにも出さなかった。
「召使に命じたのだ。女の着替えなどせぬよ、私は。安心したか?」
だが目の前の娘は安心するどころか、顔をくしゃくしゃと歪め、哀しそうに泣き出したではないか。
「私を誰かが見たのね?また・・・エジプト人が!どうしてそんなことしたの?なら裸でいたほうがましよ。見られるたびに自分がどんなに醜くて薄気味悪く思われてるか思い知らされるのよっ!
あ・・・あなただってそう思っているくせに!私を虱たかりか疥癬病みかくらいに思ってるくせに!
髪の色も皮膚の色も生まれつきよ!目の色だってそうだわ! 黒目黒髪がそんなに偉いの?」
王子は秀麗で無感動な若者の仮面を付ける事を一瞬忘れ、驚いたように目の前の娘を凝視した。
こちらが圧倒されるような生き生きとした感情の発露は彼女を内側からまばゆい光で彩るようだった。
それに湯を使って清め上げられた身体は。変わった色合いの見慣れぬ容貌の人間ながら、金属色を宿す髪も白すぎる肌も、青い瞳も、なにやらひどく印象的に─もっと言えば一種のユニークな美しささえ─感じられた。
「・・・賑やかなことだな。その醜い容貌を見られるはそんなにも厭わしいか、異形の娘よ。・・・哀れだな」
「! 私は異形なんかじゃないっ!そんな言い方しないで!」
キャロルは大胆にもイズミルをきっとにらみ返した。
「そんな同情したみたいな顔しないで。私は異形じゃないわ。私は・・・私よ!異形なんかじゃない!ちょっと見た目が違っているだけよ」
>>9 勝手に続かせていただきました!!!

「ふふ・・・」
王子が唾で濡らした指先で乳首をしごくように弄ぶと、こらえきれずキャロルは腰をはねあげ暴れた。
その拍子に茂みの奥の秘花が露になった。匂いたつ麝香の香り。それは男を誘う女の悦びの匂いだった。幼くみえる身体の内奥が一人前に成熟していることが王子を喜ばせた。
たまらずキャロルの脚を割り開き、肉厚の花を舌で舐めまわすイズミル。悦びの突起を吸い上げれば、女はたちまち達するが、王子は許さず執拗に蜜をすすり、突起を舐め、女を責めた。
過度の喜びで半ば気絶したキャロルが貫かれたのは一体どれほど時間がたったあとか。
「明日はゆるりと休むが良い。もはや身動きも適うまい」
生まれて初めて女に溺れた男は残酷に耳朶にささやきかけた。
34虜(とりこ):03/02/13 13:16

「イズミル王子よ、わがエジプトの市場で面白い生き物を手に入れられたそうだが・・・。
もったいぶらずに見せてはいただけぬか?」
エジプトのファラオ メンフィスの興味深げな視線の中に下卑た好奇心を感じて、イズミルは密かに顔をしかめた。
メンフィスは、王子のもとにいる文字通り毛色の変わった女奴隷を見たがっているのだ。
「そのうちに折を見て・・・。しかしエジプトの召使というのはまこと目ざとく、情報を広めるのに長けている。
ふふ、よい間者になりましょうな・・・」
王子の皮肉にさすがのファラオも視線を下にさげた。

イズミルはキャロルをずっと自室に閉じ込めるようにしていた。人並みの衣食住を与えられ、王子以外の人間に見られない
─自分は異形などではないと言い切ったキャロルだが、やはり容姿にはひどい劣等感を感じているのか、人目を厭うた─生活で
ずいぶん心も安定したのだろう。傷も癒え、とりあえず王子にだけは心許すようなそぶりも見せだした娘は、なかなか愛らしく見えた。
全体に色素が足りなさ過ぎる違和感は相変わらずだが、日に透ける金髪、白皙の肌は青い瞳、ばら色の唇と相まって作り物めいた美しさを
漂わせていた。
・・・目が慣れたせいだけかもしれなかったが、少なくともイズミル王子には少女は当初ほど醜くは見えなくなっていた。
だからメンフィスの言葉は不愉快だった。
図々しい召使が王子の留守中のある時、キャロルを盗み見て「醜い奴隷娘がこんなところに!」と大げさに騒ぎながら噂を広めてくれたというわけだった。
35虜(とりこ):03/02/14 08:45

イズミル王子の元にあの薄気味悪い醜い奴隷娘がいるというのはもはや公然の秘密だった。
あの醜い娘と、秀麗な若者は一体何をしているのか・・・と皆が噂していた。
一度キャロルが見つかってしまうともう王子にも彼女を守りきれなかった。
心無い言葉や視線が容赦なくキャロルを責めた。どれほど大切に厳重に隠そうと、
そういったものは毒のある煙か何かのように入り込むのだ。

「明日、そなたを宴に伴う」
「え・・・?」
夕刻、部屋に戻ってきた王子は、書物に目を落としていた娘
─王子はこの娘が文盲でないどころか広範な知識を持っているらしいことに驚かされていた─
にぶっきらぼうとも言える口調で告げた。
「そのような顔をするでない。皆が好奇な目でそなたを見ている。
ならばいっそのこと姿を見せてやった方が良かろう。しつけの悪いエジプト人の召使に煩わされるのは嫌だ。よいな」

翌日は朝から大忙しだった。王子はエジプト人のお針子を呼びつけ、ヒッタイトから持参した布を簡単な指示書とともに渡し、
キャロルは風呂に入らせた。
「宴は夕刻からだ。迎えに来てやるゆえ、それまでに身じまいをいたせ」
「・・・いくらあなたの言うことでも私は嫌です。醜いと侮られるのは嫌。見られるのは嫌。私は・・・見世物じゃない」
未練がましく抗う少女に王子は冷然とした姿勢を崩さず命じた。
「そなたを見世物にするために伴うのではない。せいぜい侮られぬよう美しく身じまいいたせ。
泣きごとをいう暇があればそなたの矜持を見せてやれ。そなたの意思など聞いてはおらぬ、私はそなたを宴に伴う。
私に恥をかかすでないぞ」
王子の口調はキャロルの心に火をつけたらしかった。言葉の効果を目の端に確かめながら王子は出て行った。
36虜(とりこ):03/02/14 08:48

キャロルは生まれて初めてといってもいいような熱心さで、長い時間をかけて身支度をした。無論、一人でだ。
香料入りの湯に入り、肌を磨き上げ、髪を洗った。それが終われば念入りに肌に化粧水を擦り込み、髪を梳いた。
そして化粧にかかった。
眉の形を整え、指先でそっと瞼を彩る。でもエジプト人のようにはしない。20世紀風の淡い色をのせるやりかた。
頬紅は使わなかった。久しぶりに化粧をするという心弾みゆえか頬はばら色に輝いていたのだ。口紅は淡く。
ようやく満足できる化粧ができたかと思う頃に、新調の衣装を持って王子が戻ってきた。
「・・・ほう。なかなかよく出来たな」
王子は内心の深い満足と・・・感動のような感情を巧みに押し隠して言った。
女を素直に賞賛するような習慣にはなじみが無かったのだ。
「ではこれを着るがいい。できたら出かける」
キャロルは紗の寛衣の上に赤いマントのようなガウンを着た。それはヒッタイト風の衣装なのだろう。
身体と肌を慎ましく覆う形がキャロルを安心させた。
37虜(とりこ):03/02/14 08:49
8.5
「これでいい?・・・でもベールがあればいいのに。髪の毛・・・目立たないもの」
入念に化粧し、美しい衣装をつけたキャロルは生き生きとした美しさに満ちて見えた。
(この娘・・・。醜いなど、とんでもない勘違いなのではないか?)
「ふん、美しい黄金の髪をわざわざ隠すとは変わった娘よ。そなたは美しい。自信を持つのだな」
「・・・・今夜は・・・信じられるわ、その言葉」
小柄なキャロルは王子に手を預けて明るい広間に向かった。王子は醜い子供よと侮っていた小柄な少女の変身振りに驚いたが・・・自分でも気づかぬほどの心の奥底では考えていた。
(まこと私の思ったとおりだ。この異形の娘は美しい。丹精次第でこの上なく美しく開花して楽しませてくれる。私の望むとおりに・・・。恐れや劣等感の殻を取り除けば、きっと・・・)
王子は異形よと侮られながらも強い光を失わないキャロルに急速に惹かれていった。ほとんど狂気じみた喜びと欲望を感じながら。その強い感情の理由を王子は誰よりもよく知っていた。

38名無し草:03/02/14 10:49
大量うぷ感謝!
39名無し草:03/02/14 22:08
【矜持】きょうじ,自分の能力を信じていだく誇り。自負。

王子ってば、難しい字を知ってるのね。思わず調べてしまったわ。
40名無し草:03/02/15 10:13
>39
だって王子ですもの。

でも私も今初めて読み方と意味を知りました。
41陽炎のごとく:03/02/16 00:20
>>24
12
アフマドとの婚約は公表され、キャロルとアフマドは華やかな祝福を受けた。
その存在を主張しているかのような左手の薬指に煌く、キャロルの瞳に合わせた大粒のサファイアをつけた婚約指輪が
キャロルの目にとまるたび、胸がざわつくような不安に襲われる。
本当にいいの?愛があるならどんなことでも乗り越えられるのに、どんな苦しい戦も自分は戦えるの?
戦う・・・と自分の脳裏に浮かんだ言葉に、はっとしてキャロルは大きく青い瞳を見開いた。
「私・・・なにと戦うの?・・なんでこんな言葉が出てくるの?」
そういえば白い肌には年月の経った古い傷跡がうっすらと残っている。
何をしていたのかわからないが、切り傷のようなものすらある。何をしていたのだろう?
「キャロル、どうかしたのか?」
アフマドは何かの箱をキャロルに手渡した。
「これを渡すのを忘れていたよ、君には辛いかもしれないが、何かの参考にはなるかもしれないからね。」
「まあ・・・きれい。古代の・・ヒッタイトの衣装ね、なんて見事なのかしら!」
箱を開けるとそこには古代作りのヒッタイトの衣装が入っていた。身分の高い女性もののようで
豪華かなつくりになっている。
「プレゼントなの?ありがとう」とアフマドに顔を向けると、意外にもアフマドの表情は曇ったものだった。
「それは君を地中海で見つけたときに、君が身につけていたものだ。
 本物の古代作りのものだそうだよ、覚えていないのか?辛くはない?」
アフマドはキャロルのことを調べ、子供のことも調べてくれているようだ。
そしてキャロルがショックを受けないかと心配しているのである。
「・・優しいのね、ありがとう、アフマド。私は大丈夫よ。
 不思議ね・・・一体何故こんなものを身につけていたのかしら?」
衣装を手に取りながら思い出そうとしても、何も分からない。
「・・・でも君に似合う色を選んであるようだな、ほら、よく映えてる。
 そうだ、そろそろ結婚式の衣装も注文しなければ。」
アフマドがその衣装をキャロルの肩にかけ、話しているのを聞きながら
何か、小さなトゲでもひっかかったような感覚をキャロルは味わった。
・・そう・・誰かが私に・・・と注意を払い、吟味をして・・選んだのだ・・・。
誰だったかしら?
42虜(とりこ):03/02/16 11:20
>>38

「おお・・・!ヒッタイトの王子が伴っているのは」
「あれはキャロルとかいう奴隷ではないの?」
「あれが!まぁ、あの奴隷娘があんなにも・・・!」
「何とまぁ・・・美しい娘だ!まことあれが奴隷のキャロルと同一人物か?」
人々のかしましいざわめきをイズミル王子は心地よく聞いていた。神経質そうに細かく震える小さな手をしっかり握って王子は客人のための席についた。
キャロルはおどおどとした様子は微塵も見せず、優雅な動作で王子に従った。それでも衆目にさらされるのは強い緊張を伴うのか手は氷のように冷たかった。
宴の灯火がキャロルの金色の髪を輝かせ、白い小さな顔は薄暗い光のせいか浮き上がって光を帯びているような不思議な魅力を見せていた。エジプト風の顔のめりはりを強調するのではない薄化粧は珍しくたいそう似合っている。
「これは驚いた。王子が秘蔵なされるわけだな!」
メンフィスは無遠慮にキャロルを覗き込んだ。手は金髪を弄びながら、青い瞳をじっと凝視する少年王の図々しさにキャロルは竦みあがる心地だった。
「・・・まことに珍しい色合いの娘だ。それに・・・不思議に美しいな。見慣れぬ美しさだ。
醜い奴隷娘だとばかり聞かされていたが、きっとそれは嫉みが入っての言葉だな。娘、酒は飲めるか?」
「メンフィス王、この娘はまだ子供。酒は飲めませぬ」
王子はキャロルの唇に押し当てられた杯をずいと押し返した。
43虜(とりこ):03/02/16 11:21
9
メンフィスは照れ隠しのように豪快に笑った。
「これはこれは・・・!ふむ、真珠のように色白き姫君よ、無礼を許されよ。御身はきっと奴隷に身をやつした高貴の姫なのだろう」
メンフィスが唇をキャロルの手に押し当てた。キャロルは全身をばら色に染めて恥らった。その様子は男ならば誰でも欲望を覚えるほどの光景だった。イズミルはメンフィスの行為に自分でも驚くほどの腹立ちを覚えた。
「イズミル王子!どうであろう、この娘を私に譲っていただけぬか?御身のお望みどおりの対価を差し上げよう!後宮よりすぐりの美姫も差し上げる。この美しい子供を是非!」
ファラオの声に覆い被さるように高い,やや神経質なものを感じさせる女性の声が響いた。
「まぁ、色の白い珍しい奴隷とはその娘ですか。メンフィスといいイズミル王子様といい、殿方は珍しいものに目がないこと!まこと見慣れぬ色合いの奴隷よ。
メンフィス、そのような娘放っておきなさい。イズミル王子様、その生白い娘に映えるよう漆黒の肌を持った奴隷を進呈いたしましょうか?つがわせてごらんなさいませよ!」
それは自分から人々の関心が逸れて久しいことを不興に思った女王アイシスの声だった。
屈辱的なアイシスの言葉にキャロルは思わず立ち上がった。
「私は奴隷ではありません!私が助けたこともあるあなたが一番よく知っているくせに。どうして?あなたは私を見殺しにするの?」
アイシスに直答した娘の大胆さとその言葉の重さが居合わせた人々を驚かせた。
44名無し草:03/02/18 11:19
イズミル王子はゲテもの好き青年のせっていなのでつか、今回は?
45名無し草:03/02/18 21:10
続き〜
46名無し草:03/02/18 21:54
待ち遠しい〜
47虜(とりこ):03/02/19 12:25
>>43
10
「か,疥癬病みの奴隷娘めが・・・っ!」
アイシスはぎりぎり歯がみして呻いた。女王の声に唱和するように侍女や貴婦人達が騒ぎ出した。
「何と無礼な奴隷娘。見てごらん,あの薄気味悪い目の色!」
「死体のように薄気味悪いのに図々しくも化粧して」
「見てはだめ,あんな気味悪い人間・・・」
王子の傍らに崩れるように座り込んだキャロルは先ほどの燃えるような大胆さや生気はどこへやら、手ひどい言葉にひどく打ちのめされていた。
「・・・私・・・気分が悪いので・・・これで・・・」
キャロルは人々の驚きを尻目に子鹿のようなすばしっこさで広間を駆け抜けて行った。
「これは・・・何と、とんだ興ざめ。あの奴隷娘は・・・」
メンフィスは白けた顔で言った。だが。
「メンフィス王、女王アイシス。口を慎んでいただきたい。かの娘は私がこの席に伴いたる連れの者。その娘をよってたかった奴隷呼ばわりとは無礼にもほどがあろう!」
「で,でも王子様。お心をおしずめ遊ばせ。あの娘は王宮にいた病持ちの奴隷に違いない。あの肌の色など・・・」
「女王アイシスともあろう方が不勉強な。かの娘は異国の出身。北方には色素の薄い民も多いこと,よもやご存じ無いわけではあるまい?
王宮にいたとかいう奴隷娘は、私も見かけたがもっとみすぼらしく汚らしかったはず。何を以て私の連れを奴隷呼ばわりされるかな?身分卑しき召使い,臣下のものと一緒になって!」
48虜(とりこ):03/02/19 12:28
10.5
王子はそれでも最後まで宴に、この上なく居心地悪いものとなった宴席に最後までつき合って部屋に戻った。
あの後、キャロルを奴隷呼ばわりする度胸のある者はさすがにいなくなったが王子の酔狂を不審に思わぬ者はいなかったのである。

(私としたことが・・・。あんなに熱くなるとはな。異形の者をあげつらい,さげずむは世の習い。人は異質なる者、異なる外見の者には冷たいものだ。)
王子は吐息をついた。彼の手で美しく変身したキャロル。だが彼女は怯えきり、逃げ去ってしまった。
(何故、もっと強く振る舞えぬか?あの娘はもっと強いと思ったが。単に私が彼女に幻想を重ね合わせていただけか。ただの奴隷娘ではないなどと)
王子自身がキャロルにこの上なく執着していた。身元も知れぬ娘、しかも異国人かはたまた人外の者のように姿形の異なる娘を。
(何故に私はここまで・・・)
王子は自問した。しかしその答えはとっくに彼の中で出ていた。彼はただ、その答えを言葉として思考の上にのせることを自ら避けていた。
49陽炎のごとく:03/02/19 17:16
>>41
13
幸福な時期であろうキャロルなのに、だんだんとやつれていくようにも見えるのはどういうわけなのであろう?
研究が忙しいとはいえ、目の下に隈などを作り、元々小さな顔立ちが更に一回りも小さく見える。
アフマドがキャロルの元を訪れても、笑顔で迎えてくれるのはよいのだが
だるそうにソファやカウチに身体を預けてしまう有様である。
「一体どうしたというんだ、キャロル。弱っていくばかりじゃないか。
 君が研究熱心なことは知ってるが、これでは死んでしまうぞ。
 休暇でもとろう、ナイル川からクルージングして私の国で療養してくれ。
 それとも何か問題でも、不安でもあるというのか?」
アフマドの心配そうな声に、弱弱しく首を左右に振った。
「・・・何もないのよ、アフマド。ただ・・眠るのが恐いの・・・。
 眠ると・・誰かが・・私を呼んでいて・・・でも何処へ行けばいいのかわからなくて・・・。
 早くそこへ行かないといけないのは分かってるのに・・・・いけないのよ。
 だから、つい研究に打ち込んでしまって・・。
 ごめんなさい、アフマド。」
儚げに笑うキャロルの様子が、まるで今すぐ目の前から消えてなくなりそうなものだったので
アフマドの背筋をぞくりと走るものを彼は感じた。
「直にも休暇を取ろう、今すぐにもでも!私が側にいて君を守ろう!
 さあ、そうしよう、キャロル」
アフマドは抗うキャロルをものとせず強く抱きしめた。
「大げさね、アフマド。大丈夫だから。
 それに自分のことですもの、ちゃんと自分で見極めるわ。」
柔らかい口調なのに、キャロルには凛とした気品と威厳を感じてしまい、
アフマドもそれ以上強く出ることは無理なように思えた。
「では、どこか行きたいところはないのかい?
 ちょっとした旅行なんかどうだい?、気分転換にね。」
アフマドはキャロルから目を離すつもりなどはないようだった。
何故だか、キャロルから離れてしまうと、それはキャロルを失いかねないといった想いが
どうしても胸から離れず、アフマドも食い下がる。
「・・・そうね・・昔のヒッタイト・・・トルコには・・行かなきゃならない気がするわ・・。」
そう言ってキャロルはアフマドに身体を持たせかけた。
50虜(とりこ):03/02/20 14:15
>>48
11
「娘・・・?キャロル・・・?」
宴の翌日の夕方、自室に帰ったイズミルは泣き咽ぶ小さな身体に驚かされた。金色の髪は黒の染料でまだらになっている。
「一体、これは・・・?そなたが自分で・・・?いや、違うな。頭の左側に多くかかっている。そなたは右利きだ。このようなかぶり方はできまい!一体、誰が・・・」
キャロルは泣きながら、いやいやをするばかりだ。
「とにかく洗わねば!」
王子は泣き叫ぶ幼児にするように、キャロルを湯殿に連れ込み洗ってやったのだった・・・。

「落ち着いたか・・・」
口には出さないがエジプト人にしかけられた悪質な手ひどい悪戯、王子の手による入浴ですっかり取り乱し消耗したキャロルはようやく頭を縦に振った。
「ひどい目にあったものだ。私のものであるそなたにこのような真似をするとはな!私もなめられたものだ」
「・・・私が醜いから・・・気味悪いからこんな目に会う・・・。消えてしまいたい、もう」
キャロルは焦点の合わない目で空を見つめながら呟くように言った。
「帰りたいわ。皆の所に。そこにいれば私は醜くも特別な変わり者でもなんでもないのよ。金髪青目なんて普通だわ。私ね、そこでは自分の髪の色や目の色が自慢だったのよ。醜いなんて思ったこともなかった。
・・・・信じられる?きれいだって言われて喜んでいたこともあったのよ?
でも、もう・・・。死んでしまいたい、誰にも見られないところに行って・・・消えてしまいたい。
そうすれば王子も気楽でしょ?私みたいなのを構わずに・・・きゃっ!」
王子はキャロルの頬をぶって際限のないうわ言を止めた。
51虜(とりこ):03/02/20 14:15
12
「いいかげんにいたせ、娘よ」
王子の顔は痛ましげに歪んで見えた。
「自分は異形などではないと言い切ったそなたは何処にいった?泣き喚くだけの女などいらぬ。
・・・よいか、そなたの髪の色は我らがこの上なく尊ぶ黄金の色、太陽の色だ。
目の色は母なる大地を潤す水の色、肌は穢れなき処女雪の白。
自信をもつのだな。・・・私には・・・少なくとも私にはそなたはなかなか美しく見えるぞ」
「同情などっ・・・!」
「ひがむな、見苦しいっ!そなたは根性まで奴隷になったか?もともと卑しい生まれ育ちにも見えぬから私はそなたを引き取ったのだ。よいか、そなたは美しい。エジプト人には分からぬ独特の美しさがある。私は嘘は申さぬ」
キャロルは気おされたように目の前の若者の秀麗な顔を見つめた。聡い彼女は彼の言葉の中の誠実さを素早く感じ取った。この世界で唯一、彼女の敵ではないらしい人間の心を。
だがどうして素直になどなれる?
彼は金髪でもないし、美しいオリーブ色の肌とはしばみいろの髪と瞳を持っているのに。下手に目立たない容貌。
キャロルは、ぷいと顔を背けると荒々しく言い放った。
「・・・あなたには分からないわ。分かってたまるもんですか」
その頑なで険しい表情は、大事に育てられたらしい世間知らずの娘の癇性がほの見えた。生まれながらの奴隷であれば決して浮かべはしないと王子に思わせる貌(かお)。
キャロルは垂れ幕の後ろの自分の寝台で声を押し殺して泣いた。王子は黙って傷つき、自失している少女の苦しみの気配を伺っていた・・・。
52虜(とりこ):03/02/20 14:16
13
やがて少女は泣き疲れて眠ったらしかった。
(眠ったか・・・)
王子は重い吐息をつくと自分の寝台の上に座った。
キャロルの拒絶の言葉が思いの外、こたえた。あなたになど分からない、と。
(異形の・・・哀しみか・・・)
王子は髪を束ねていた革ひもを解いた。ずっしりと重いほどに豊かな髪がばさりと流れ落ち・・・はしばみ色の、日が当たれば金茶色に透けるはしばみ色の髪の中から一束、冷たい冷たい銀の色をした髪が現れた。
(我もまた・・・異なる色を帯びて生まれたる者ぞ・・・)

ヒッタイト王妃が産んだ世継ぎの王子は、生まれたときから髪の中に銀色の毛束が混ざっていた。とても目立つその色は、運悪くこの上なく不吉な印と周囲の人々に受け取られた。
国を統べる者は傷無き体躯の持ち主であらねばならぬ、と当時の人々は信じていた。常と異なる姿は不吉。神々は異形の子を愛するだろうか?
地上における神々の代理人、すなわち王としてその治世を守護するだろうか?
そのような王に統べられる民は国土はどうなる?
黄泉の世界と現世を結ぶという伝説の狩人の髪の色。
死をももたらす嵐の神の怒りの稲光と同じ色。
冷たい冷たい銀の色・・・・。

偏見をはねのけ、ヒッタイトの優れた王子よと賞賛の声を得たのはイズミル自身の必死の努力の甲斐あってのことだった。だが、銀の髪は隠されたまま。ごく身近な者以外にも知らせることなく。
(・・・・異形の哀しみ・・・・)
王子がキャロルに惹かれていたのはその異なる姿故・・・。
53虜(とりこ):03/02/20 14:18
本編のカラー原稿で最近はすっかり銀髪or白髪化してしまった王子なのでこのようなことになりました。
他の王族作家様の作品でも銀髪王子様の美しい描写を拝見したことがあるので、私も使わせていただきました。
54虜(とりこ):03/02/21 09:08
>>52
14
(異形の娘よ、そなたに惹かれたるは・・・)
王子は内心の想いを初めて口にした。銀の髪故に傷つき、幼い心に多くの傷を負った少年の万感の思いを乗せて。
「我と同じ者と思った故ぞ。侮られ、傷つけられたそなたを守らねばならぬと思ったのだ。
傷つき敗北し、壊れていくそなたなど見たくない」
自分自身、必死に周囲の偏見を、冷たい視線をはねのけてきた王子。初めて逢った同類の少女にも同じ資質を求める。強くあれと。そして・・・もはやお互い一人ではないと・・・。
同類への同情、憐憫の情以上の何かが彼の心に萌していた。王子はそれ以上、自分の心が様々な思考を紡ぐのを禁じるように目を閉じ、眠りを求めた。
王子の体は熱かった。瞼の裏にキャロルの姿が踊る。
初めて会った時のみすぼらしい姿。でもその瞳は何と強い光を宿していたか。
慰み者の奴隷か珍しい小動物でも買うように、金貨100枚で購った娘の予想外の美しさ。
交わした会話の数々。育ちの良さが伺われる態度、物腰。才気と知性。優しく穏和な心根、ほの見える強い矜持。誇りを傷つけられた時に見せる強い怒り、癇ばしった表情。
そして。
先ほど、風呂に入れてやった時の白い肢体。幼い身体はしかし、確実に王子の心に新しい感情をもたらした。強く、強く。
55名無し草:03/02/21 12:15
屈折した耽美な王子がイイ!
56虜(とりこ):03/02/24 09:18
>>54
15
(男の生理か・・・)
王子はうつぶせになった。
(あのような子供が私を欲情させるとはな)
自嘲し、あれは奴隷市場で買った娘ではないかと自らに心にもないことを言い聞かせても無駄だった。ヒッタイトのイズミル王子は強い欲望をかの娘に感じていた。
きまぐれと義侠心から助けてやった娘、今となってはイズミル以外の人間に頼れる者は居ない娘、彼を信頼し、心寄せている娘はイズミルの同情の対象であり・・・そして恋情とも呼べぬような原始的な情動の対象であった。
「愚かしいことよ・・・。だが・・・押さえがいつまで効くかな・・・?」

翌朝。
まだどこかに酒が残っているような不快な気分で重い瞼を開けた王子の枕元にキャロルが居た。
「! 娘・・・?どうしたのだ、早起きだな」
「・・・もうとっくに朝です。あの、これ・・・水・・・」
王子はキャロルが差し出した杯を干した。冷たい水がひどく心地よくこの上ない甘露に感じられた。
「召使いはどうした?エジプト人の?」
「・・・お下がりなさいって言って追い返しました。だって私を見て・・・」
「また何か言ったのか?」
「・・・腹が立って。悲しかったし嫌だった。でもそれ以上に腹が立って・・・」
「ほう・・・?」
王子は感じていた。昨夜、癇癪を起こして荒々しい怒りを見せたキャロルは、どこか変わっていた。どこがというのではないが。
「腹が立って・・・何て失礼なのって。気が付いたら追い返していたの。だから・・・今朝はあなたの世話をする人がいないの。
・・・ご、ごめんなさい。昨日の晩のことも・・・今朝のことも・・・」
王子はくすっと笑った。驚いたような戸惑ったようなキャロルの顔を見て笑いはやがて豪快なものに変わった。
57虜(とりこ):03/02/24 09:18
16
そして王子は起きあがった。その途端、キャロルは驚きの吐息を漏らした。彼女が見たのは・・・。
「・・・ああ? この髪の色か?これは染めているのではない、生まれつきだ。驚いたか?そなたと同じような金属の色の髪・・・」
起きあがった拍子にあの銀の毛束が露わになったのだ。朝日を受けて金茶色に見える髪の中に一束、消え残った月のような色の髪。
「ふふ・・・。私もそなたの同族かな?」
自虐的な王子の口振りと、隠しきれない感情を含んだ声音がキャロルの心を打った。
「そんな言い方しないで。私は・・・私はきれいだと思ったのよ。本当よ。銀髪。日に透けて光っているわ。何故、隠していたの?今まで気づかなかったわ」
「そなたの金髪は何故、忌まれる?」
「あ・・・」
「ふん、私も異形ということになるのだろうな・・・。生まれつきのこの髪の色。人と違うというのは結構つまらぬ煩わしさを伴うものだ。私はだからそなたの気持ちも分かってやれるつもりだ。
だが私はそなたのように萎縮したり己を卑下して僻んだようなことは言わぬよ。皮一枚の姿形を恥じるのは詰まらぬことゆえな。
が、敢えて人前にこの髪を晒す気もない。下らぬことを言う輩は多いゆえな」
最後の方は声に深い憂いと、隠しようもない陰影が添うていた。
不意に王子の頬に白い手が当てられた。
「ごめんなさい・・・」
58虜(とりこ):03/02/24 09:34
17
「何故、そなたが謝る?」
「ごめんなさい」
「何故?」
「あなたの気持ちを少しも分からなかった。あなたが私にかけてくれた言葉の意味を少しも考えずに、怒って拗ねてあなたを傷つけたわ。あなたに辛いことを話させてしまったわ。
だから・・・ごめんなさい。そして、あの・・・ありがとう」
言い終えた少女の顔は何とも言えない愛らしさに満ちていて。青年は思わず小柄な身体を抱き寄せた。自分でも何故、そのようなことをするのか分からずに。
「そなたは美しい。醜いなどとんでもないことだ。嘘ではない。そしてそなたは心根の優しい賢い娘だ。卑しい奴隷などでは断じてない。私は誰よりもそれを分かっている。そなたに相応しい扱いをして護ってやる。だから・・・強くなるのだな。自信を持つのだな。よいか?」
キャロルは花のように微笑んで王子の言葉に頷くのだった。

王子はキャロルの介添えで身支度を整え(さすがに入浴と着替えの時はキャロルが律儀に自分から席を外し、王子を苦笑させたのだが)、食事をした。
今日はこれといって行事や会談もないことゆえ、二人は部屋でお互いの身の上や興味のあることなどを飽かず話し合った。
王子はキャロルの話を聞いて驚きを禁じ得なかった。彼女の話は神々の世界か、はたまた魔法の世界の話を聞くようだった。
(アイシスが連れてきたというこの娘、奴隷どころか貴種の娘であるらしい。
ナイルを通ってこの世界に来たとは・・・?)
王子の脳裏にエジプトに来てからしょっちゅう耳にするナイルの女神の娘の伝説の歌が蘇った。
(黄金の髪を持つ白い娘。その瞳はナイルより青く・・・。まさかこの娘が伝説のナイルの女神の娘?)
59名無し草:03/02/24 23:28
キタ━━━ヽ(゚∀゚)ノ━ヽ(゚∀゚)ノ━━━!!!!
       へ  )    (  へ 
          >     <
虜作家様、素敵です。王宮の柱の影からひそかに応援してまつ。
60虜(とりこ):03/02/25 15:11
>>58
18
だがイズミルがキャロルに寄せる感情にはどこか冥いものが含まれていた。
自らも異質な存在として、必死に背伸びをして生きてきた青年にはキャロルの屈託のなさや素直さに素直でない感情を抱いた。
それは自分にないものを持ち、しかもそれの持つ貴重さやまばゆさに気づかぬキャロルの無邪気さへの嫉妬でもあったろうか?
彼の人生は絶えざる緊張と欺瞞、策謀や孤独と共にあった。彼が素直で愛らしい子供であることを許されていたのはほんの短い間だった。イズミル王子はあまりにも早く大人になることを強要された一種の精神的な奇形であったかも知れない。
イズミル王子はキャロルを大切に思っていた。自分と同じ境遇のもの。自分の感情を理解してくれるかもしれない異質の容姿を持った少女。自分より他に縋るものとてない存在。
だが同時に王子は汚れなく無邪気なキャロルをひどく疎ましく思っていた。自分と同じように、無邪気に柔らかく小さな存在を汚してしまいたい・・・と強く思っていた。
愛しく思う心。冥い欲望。相容れない二つの感情はキャロルを見つめる青年の目に複雑な陰影を与えた。

キャロルは問う。
「王子?どうしたの?難しい顔をしているわ。気分でも悪いの?私、何かあなたを嫌な気持ちにさせたかしら?」
優しい思いやりと全幅の信頼。
王子はただ答える。
「何でもない。そなたは心配するな。そなたは何も心配せずにただ私の側にいればいい。そなたは私のものだ」
冷酷な青年は強く少女の手を握った。金貨で購った少女の手を。少女は困ったようにほほえみを返すだけだ。
61虜(とりこ):03/02/25 15:11
19
キャロルは王子の居室の前庭でくつろいでいた。会談に出ていった王子が厳重に人払いを命じたので美しい庭には誰もいない。
キャロルはしかし憂い顔だった。今朝方、王子はエジプトでの滞在がじき終わることを仄めかした。

(あの人がいなくなる。当然だわ、あの人はヒッタイト人で、しかもあの国の世継ぎなんですものね。
あの人が帰国してしまうなら・・・・私はどうなるのかしら?寄る辺もないこの私は?あの人は私を守ってくれると言ったわ。大切にしてくれるわ。私もあの人を頼りにしている。いけないと思いながら頼りにしてしまっている。あの人がしてくれるままに。
あの人にとって私は何なのかしら?恋人ではないし、召使いでもない。ただ私はあの人に甘えて側に居るだけ。私は・・・)

確かに王子は繰り返し、彼女に優しい言葉をかけてくれた。
私はそなたが愛しいと。そなたを守ってやると。
私はそなたの顔立ちと心根が醜いどころか美しいことを知っているし、奴隷などでもないことも承知していると。
でもそれはいつも今現在のことしか語らぬ言葉だった。未来のことは?

キャロルは思い悩むばかりだった。
その時。
「娘。久しいな。元気そうではないか」
声をかけてきたのはエジプトのファラオ メンフィスその人であった。
62虜(とりこ):03/02/25 15:20
20
「あの・・・」
「怯えるな。宴の時以来だ。あの折りは済まなかったな」
メンフィスはさらりと詫びの言葉を口にした。それは気になって仕方ない変わった色合いの娘を安心させるためだけに口にした方便であったけれど、考え事に没頭していた世間知らずのキャロルにそこまで見抜けるはずもなかった。
「・・・まこと、そなたは変わったな。初めて見かけた折りは奴隷娘よと思ったが・・・今はどこかの令嬢か王女のようだ。
金髪の姫君よ、過日の無礼をお許しいただけるかな?」
メンフィスは馴れ馴れしくキャロルの手を取った。
「あ・・・離して下さい。もう過ぎたことはいいのです」
メンフィスはキャロルの話しぶりに密かに舌を巻いた。なるほどこれは並の育ちの娘ではなさそうだ。金髪青目の変わった色合いの娘については王宮内でも様々に噂されていた。
特に召使い達は姦しかった。彼らは本能的に侮り辛辣に苛められる相手を、そして高貴な相手を見抜く術に長けていた。その彼らがあるときから金髪の少女を侮り馬鹿にすることを止めた。キャロルに睨み付けられ、毅然と退室を命じられた召使いがそもそものきっかけだったのだ。
「鷹揚な姫君だ。そう言ってくれれば私も気が楽になる。ではお詫びの印に私の宮殿へご招待しよう。そなたとは一度話したいと思っていたのだ」
63名無し草:03/02/25 20:21
カプターみたいなメンフィスだよ〜〜
64名無し草:03/02/26 14:14
愛いやつめ








また読んでみよっかな
65名無し草:03/02/26 19:32
メソフィスキタ━━━━━(´ε`(○≡(・∀・)≡○)´o`)━━━━━!!!!
漏れは王子ファソだけど、なんだかワクワクしまつ!虜作家様、素敵でつ!
66虜(とりこ):03/02/26 21:07
>>62
21
メンフィスはキャロルの手に口づけた。手慣れたメンフィスの仕草にキャロルは全身の肌を桜色に染めて羞じた。初々しく幼さと気品を感じさせるキャロルの様子がこの上なくメンフィスの好き心を煽った。
「・・・まことそなたは美しい。何故、今まで気づかなかったのだろう」
キャロルはメンフィスの視線に絡め取られ身動きできない。
メンフィスは都合の良い耳に心地よい口説を続けながら、急速にキャロルに惹かれていった。確かにこの少女はエジプト人が賞賛するような美―血色よく浅黒い滑らかな肌、黒曜石のくっきりとした瞳、意志的な唇、しなやかさと豊満さを併せ持った肢体―はない。
だが白すぎる肌はきめ細かに滑らかだし、小柄な身体はほっそりとたおやかだ。
小さな顔は見慣れぬ異様な色の瞳を気にしなければなかなか整っているとも言える。通った鼻梁、愛らしい唇。いや弓形の眉の下、濃い睫に縁取られた青い瞳もなかなか・・・。
「まこと、そなたは美しいな。それに何とも世慣れず愛らしいことよ」
男慣れしていないキャロルの様子がメンフィスの征服欲を煽ったのだろう。
「あの・・・メンフィス王。私は行けません。私・・・王子を待っていなくては」
「王子は私がそなたを借りることを許してくれよう。何と言っても友邦の国主たる私が望むのだ、王子に買われた娘よ」
メンフィスは薄く笑いながらキャロルの唇に自らの唇を軽く触れさせた。恐怖と屈辱感で硬直した少女にさらに深く口づけようとしたとき。
「キャロル、何をしている?早く部屋に入らぬか」
冷たい怒りの炎をその瞳に宿した王子だった。
67虜(とりこ):03/02/26 21:07
22
「これは王子、宰相との話は済まれたか。そのような顔をされるな。この娘を少しお借りしようと思っただけのこと」
メンフィスのふてぶてしい口振りに王子は眉をひそめた。この上ない怒りと軽蔑感を漂わせて。
「戯れを!アイシス女王のご不興を買いましょうぞ。女の貸し借りなど下々の真似事をなさるでない。
キャロル、そなたも軽々しい真似は慎め。それこそ奴隷のようだ!」
王子はそう言うときつくキャロルの肩を掴み、歩き出した。
「これはまた何ときつい執心か!金貨百枚もの価値のある娘ゆえ独占なさりたいのだろう!」
メンフィスの揶揄の声が王子とキャロルの背後に響いたが、答える声もないままに傲慢な若者の声は空中に消えていった。

「そなた、何をしていた?」
キャロルを荒々しく長椅子に放り出して王子は冷たい声で問うた。メンフィスのキャロルの心を全く無視した強引で傲慢な振る舞いに心底恐れを抱き、竦み上がっていたキャロルは王子に急場を救われ、感謝の言葉を述べようとしていたのだが・・・。
「何故、答えぬ?そなたは何をしていたのかと聞いている。私のおらぬ間に私の目を盗んで他の男と・・・。
答えられぬか、せっかくの場面を邪魔した男になどは。そなたはメンフィスを引き入れ、あろうことか・・・」
「やめて、やめてっ!そんな言い方は。メンフィスが勝手にやって来て、勝手に・・・わ、私に・・・」
恐怖が蘇ったのかキャロルは蒼白になって震える声で言った。黒曜石の瞳が彼女の動きを封じ、形の良い唇が押しつけられ・・・もし、王子が来なかったなら・・・?
「あの人、私を物のように・・・。きゃあっ!」
王子の鋼のような手がキャロルの細首を締め上げた。
「口答えなど許さぬ!そなたはいともやすやすとメンフィスに自分を許した!
この私をよくも愚弄したな。私に買われた分際でありながら!」
68虜(とりこ):03/02/26 21:28
23
「王・・・子・・・?」
キャロルはすっかり混乱して、冷酷な本性を剥き出しにして自分にのしかかっている青年の瞳を見つめ返した。
(何?この人は何を言っているの?どうして私が王子を愚弄するの?
私を買ったって言った?まるでモノのように・・・?あの優しい人が・・・?)
キャロルの心に浮かぶのは優しく彼女に語りかけ、励ましてくれた青年の姿。様々なことを語り合った優しく深い声音。深い知識と思慮を思わせる言葉。
その同じ人間が今は・・・。
「よくも私を裏切り愚弄したな・・・。所詮はそなたは金貨で買われた慰みの人形にしかすぎぬかっ!」
「王子っ!何てひどいことを!あっ!」
王子は逃れようとしたキャロルの腕を捕まえるとぎりぎりと締め上げた。
「罰を与えてやる。私の心を裏切った不埒者に!」
怒りのあまり視界が赤く染まるような心地の王子の脳裏にキャロルと過ごした数日間のことがよぎった。
優しく賢い娘。犯しがたい気品と幼い無邪気さが同居する物腰。
自分のことを頼り切っていた無力な存在。銀髪を持つ自分と同じ、いやもっと目立ち忌まれる姿形の娘。異形の同族。
汚れなく頼りない存在を王子は異常な執着心でもって独占したいと欲した。一目見たときから欲望を覚えていたのだと今は自覚できる。その弱々しく汚れない、でもどこかに頸(つよ)い意志的なものを秘めた娘に。
指一本触れなかった娘、自分と同じように汚したいと思いつつ、その清らかさが目映くて触れられなかった。その娘が・・・ファラオに汚された。自ら進んで。
「許さぬ・・・!」
王子は白い柔らかな生き物にのしかかっていった。
69名無し草:03/02/27 09:35
嗚呼…
70名無し草:03/02/27 13:34
屈折した王子にお約束通りの目に遭わされるのかっ(藁
でも続きが気になる腐女子としてはセオリー通りの展開きぼーん
71名無し草:03/02/28 08:49
イイ!
72虜(とりこ):03/03/02 13:55
>>68
24
明るい午後の光の中に絶望的な哀しみの声が混ざって答える人とてないままに溶けていく。
「そなたは私が買った娘。私に逆らうことは許さぬ。私以外の者と・・あのようなこと・・・・・!思い知らせてやる・・・・っ!」
王子は口の中に血の味が広がるような冥い嗜虐的な歓びを、そして深い後悔と絶望を感じながら、柔らかい存在を蹂躙し、思う存分汚した。
純粋な者を汚し、自分の居る場所まで引き下ろし、仲間とする歓び、愛しいと思っていた者を最悪の形で自分に繋ぎ止めようとしていることへの嫌悪、キャ路労への悔恨の情・・・。でもそれはキャロルには通じない。
部屋の中に拡がる血と汗と・・男の欲望の匂い・・・・むせ返るような匂い・・・・・。

(何が・・・・あったの・・・・・?私・・・はどうなったの・・・?)
一糸纏わぬ姿のキャロルは寝台の上に起きあがり、呆然とシーツに付いた朱赤の染みを見つめた。全身が痺れるように痛み、まるで自分の身体ではないように違和感を覚えた。
(王子・・・!)

(気づいたか・・・。
後味が悪い・・・・・。だが、あの娘を私だけのものに・・確実に私だけに繋いでおけるようにああするしかなかったのだ。でなければ娘は早晩、私以外の者に心開き、笑顔を向けるようになってしまう)
先に水を浴びた王子は垂れ幕の後ろから声をかけた。
「気づいたか?キャロルよ。そのような顔をするな。そなたは私のもの。さぁ、いつものように笑ってくれ・・・」
「嫌いっ!」
キャロルの絶叫が部屋に響いた。それは王子の心臓を貫くような力を持っていた。
「大嫌いよ、あなたなんて!ひどいことして・・・・信じさせるようなことして結局裏切った・・。大嫌いよ、汚らわしい、軽蔑にも値しないわ!
嫌い、嫌い!あなたのことなんて大嫌いよ!憎んでやる!」
73名無し草:03/03/02 23:51
王子、意外とさくっと鬼畜にやっちゃいましたね〜
作者様、今後の展開が楽しみです。
74虜(とりこ):03/03/04 13:40
>>72
25
軽蔑にも値しない、憎んでやる、許さない・・・・・・。
言葉の刃は青年の心を深く深く切り裂き、その傷は癒えることなく膿の混じった血を流す。
だがイズミルはその傷に敢えて気づかぬふうにキャロルの前では振る舞った。

キャロルは彼を許さない。自殺を許さず、服従を強い、昼間はこの上なく優しく、夜はまたとないほどに酷く強引に自分を弄ぶ男を。
自分を女の身体にしてしまった男を。

「あなたなんて大嫌い。大嫌いだわ。あなたは私を汚くする。そしてその忌まわしい唇から許しを請う偽善的な言葉すら紡ぎ出す。
あなたのことなんか大嫌いよ。好きになんてならない」
王子の体に組み敷かれながらなおも呪詛の言葉を吐き出す少女。
(どうして?どうして?私を守ってくれると言ったのに。私に優しくしてくれたのに。銀の髪を見せて、私の辛さを理解してくれる人だったのに)
・・・今でもキャロルは心のどこかで王子を慕っていたのかも知れない。
優しいばかりであった影のある青年を。だから夜毎の行為のさなかに切ない涙を流すのだ。
(いっそ狂ってしまいたい。いっそ人形になってしまいたい。昔を忘れてしまいたい。昔の優しかったイズミルを・・・。そうすれば悲しくない。泣かずにすむのに!)
75名無し草:03/03/04 22:01
規制があったからこのスレ発見できたよ
虜さんがんがってちょ
76名無し草:03/03/04 22:07
なにがあったのですか?
77虜(とりこ):03/03/05 12:06
>>74
26
軽蔑にも値しない、憎んでやる、許さない・・・・・・。
言葉の刃は青年の心を深く深く切り裂き、その傷は癒えることなく膿の混じった血を流す。

そなたは私に買われた娘だ。私のものだ。私だけのものだ・・・・・・。
自分の発した言葉の痛みはそのまま後悔と哀しみの剣となって返ってきて青年の胸を貫いた。

(ではどうすればよかったのだ? 私と同じ異形の色を持つ少女よ。そなたを失いたくなかった。やっと私は一人で白眼視されずにすむのだ。そなたがいれば私は一人ではなくなる。そなたを失うわけにはいかないのだ、もはや!)
王子はキャロルを側から離さなかった。その白い肌に紅く愛撫の跡を刻印し、それはそのままキャロルの外出を禁じる枷となった。
(最悪の形で・・・そなたを繋ぎ止めるのか、私は・・・)

「王子・・・。お申し付けの商人が参りましたが」
「おお・・・。ルカか。通せ。かの娘の旅支度を調える」
「は・・・・?!」
「ふん、あの娘をハットウシャに伴う。何という顔をしている?あの娘は私のものぞ」
「は・・・・。しかしながらかの娘には未だファラオが執心とか。それにかの娘の出自は」
「そのようなものいくらでも整えてやれる。あれは私の後宮に入れる」
王子はキャロルのための様々な品を整え、半裸の身体を力無く寝台に横たえている娘に告げた。
「明後日には出立する。そなたも連れ帰るぞ」
78名無し草:03/03/06 00:50
ルカキタキタキタキタ━━━(゚∀゚≡(゚∀゚≡゚∀゚)≡゚∀゚)━━━━!!!!!!!!!!
79名無し草:03/03/07 11:19
最近なんだか寂しいですね・・・
80虜(とりこ):03/03/07 13:08
>>77
27
言いたいことだけを穏やかな優しい声音で淡々と告げてしまうと王子は背後に響くキャロルの悲痛な悲鳴を無視して、出ていった。

(ひどい!ひどいわ、王子!私はモノなの?金貨100枚で買われた人形なの?どうして?どうして?私はあなたを・・・。あなたの優しかった頃が忘れられないのに。あれは私を騙すためだけのお芝居とは思えないのに・・・!)
キャロルは目の前に置かれた美しい旅装束を見やって涙を流した。あれだけ酷いことをしておきながら、男は細々とした心遣いを忘れない。
そのたびにキャロルの心は混乱し、引き裂かれそうになった。彼女は忘れられないのだ。
天涯孤独、気味悪がられ、蔑視されていた自分を優しく庇い、勇気づけてくれた銀髪の青年の心を。その心を真と思ったからこそ、彼女はいつしか彼を頼り慕うようになっていったのではなかったのか?
(いいえ、いいえ。何を馬鹿なことを! 冷たく酷いあの人の本性は思い知ったわ。あんな人、大嫌い!誰がついていくものですか。
あの男が金貨100枚を惜しむなら・・・・そっくり突き返して私の尊厳と自由を買い戻してやるわ!)

キャロルは目立たない質素なベールで全身を隠すと、そっと部屋を抜け出した。逃げるのだ、自由のために。王子が金貨を惜しいと思うなら働いて投げ返してやればいい、とキャロルは思った。
その考えは本来、負けず嫌いの彼女を奮い立たせるものであるはずなのに・・・ただただ悲しく涙が止まらなかった。
(こんな目にあっても私は・・・あの人の見せた偽りの優しさと・・・孤独が忘れられない・・・。いっそ心など無くなればこんな情けない矛盾に悩むこともないのに)
81名無し草:03/03/07 13:25
前スレが上がってしまっているので、
こちらをちょっと上げさせてもらいます。
82名無し草:03/03/07 20:46
おもしろすぎ
虜さんがんばって〜!
83名無し草:03/03/07 21:46
「王家の紋章」を読んだ事も無い新参者ですが、
こちらの小説、おもしろいです!

原作も読むべくブクオフで探してきます!
84名無し草:03/03/07 21:54
[王家の紋章@2chダイジェスト暫定版]

更新ありがとうございます。
たいへんうれしゅうございます。
8584:03/03/07 22:00
そして、前スレで終わってしまった「彼の見る夢」様、
ありがとうございました。

ここは本当に毎日楽しみにしています。
86名無し草:03/03/07 23:19
いつも続きを楽しみにしています。
申し訳ないですがどなたかまとめてあるサイトのアドレス教えてください。
お願いします。

87名無し草:03/03/07 23:29
>86
>>3
>>14
88名無し草:03/03/08 11:06
リクエスト受け付けます、っていう作家様いらっしゃいませんか?
89名無し草:03/03/08 11:40
>85
え〜!「彼夢」って完結してるの?!
・・・やっぱり2度目の親子対決見たかった(読みたかった)。
「彼夢」作家様、別の作品ででもまた出てきて下さいまし。
9086:03/03/08 18:38
87さん、ありがとうございます。
91名無し草:03/03/08 23:06
>89
前スレでコソーリ完結してるよん
92名無し草:03/03/09 08:30
>91
89です。ありがとう、読んできました。(ぐすん)
93虜(とりこ):03/03/10 08:56
>>80
28
「だめだよっ!人手は足りてるんだ。早く行っておくれ、邪魔だよ!」
もう何軒の店を回って雇って欲しいと頼んだだろう?そのたびに全身を隠した姿のキャロルは不審者扱いされ、邪険に追い払われた。
(誰も雇ってくれない。どうしよう?後先考えずに出てきたけれどもう日が落ちるわ。・・・そうよね、奴隷制度がまかり通る世界よ、どうしてわざわざ身元の知れない飛び込みの私を雇ってくれると言うの・・・?)
キャロルはあちこち歩き回り、やがて疲れ果ててナイルの岸辺に座り込んだ。
ベールに包まれていてもそれと分かる小柄で華奢な姿、途方に暮れたような様子、そんなキャロルに急に猫なで声で話しかけてきたのは。
「おいおい、娘さん。どうしたんだね?もう暗くなるよ。一人かい?
ほう、働き口を探しているのか!それならちょうどいいところがある。ほら、来なよ!」
いかにも柄の良くなさそうな男。世間知らずのキャロルにも自分がとんでもないやくざ者に目を付けられたということが分かった。
「いやっ!離して、離してったら!私は行きません!」
「騒ぐなよっ!気取って話してみせたって所詮は娼婦だろうがよ!こんな場所で客引きするくせにもったいぶるんじゃねぇよ!」
男は怒りにまかせてベールを引き裂いた。その拍子に着衣も少し裂け、白い肌と金髪が夕日の中に浮かび上がった。
「いやあっっっ!誰か助けてっ!」
男の獣のような仕草に必死に抗うキャロル。
「もったいぶるなよ!へっへ、変わった娘だ、抱き心地を見てやるよ。どうせ、男は知って居るんだろう?」
キャロルは必死に抵抗したが力の差は圧倒的だった。すでに王子に触れられたキャロルであったが、その折りとは比べものにならないほどの恐怖と嫌悪感に身体が強ばった。
「嫌っ、嫌っ!触らないで、誰か助けて!誰か、誰か・・・・王子っ、助けて!」
94虜(とりこ):03/03/10 08:58
29
「王子・・・・?何を言ってやがる、このアマ。おとなしく・・・・ぎゃあっ!」
唐突にならず者の体がキャロルの上から離れた。その背中には短剣が深々と突き刺さって・・・・。
一体何が起きたのかとキャロルが痛む身体を起こし、焦点の合わない目で状況を確かめようとしたその時。
「キャロル、無事であったか!」
肌も露わなキャロルを抱きしめたのはイズミル王子その人であった。
「何故にこのような無謀なる真似をいたしたっ!そなたはもう少しで見も知らぬ男に辱められ傷つけられる
ところであったのだぞっ!」
「王子・・・・?どうして・・・?」
呆然と目の前の男性を・・・憎く、そして慕わしい・・・見上げるキャロルにマントを着せかけると、王子はいきなり彼女を抱き上げた。
「王子!降ろしてよ!降ろしてください。私のことは放って置いて。あなたとは行きません。言ったでしょう?あなたなんて大嫌いって」
「黙っておれ。そなたは私に助けを求めた。そなたを探していた私が来合わせなかったらどうなっていたかよく考えるのだな」
今まで聞いたこともないような厳しい声音で王子は言うと、王宮の客室に帰り着くまでいっさい無言であった。

王子はいきなりキャロルを浴室に放り込んだ。暖かく香り高い湯からむせながら頭を出したキャロルは王子に
強い力で押さえ込まれ、肌が紅くなるほど強く擦られた。擦られている間中、キャロルは泣き、抗い、怒って
王子の強引なやり方から逃れようとしたが、無慈悲に力強い腕はゆるめられず、王子は無言であった。
ようやく湯浴みも済んで。湯上がりの布を身体に巻き付けて自分を睨み据えるキャロルに王子は問うた。
「何故、私の許から逃げた?どうすれば私はお前を繋いでおける?」
95名無し草:03/03/11 12:43
王子・・・・アンタ無理矢理やっといてその言いぐさはないだろ・・・・と突っ込んでしまったアテクシ。
でも萌え設定なんだよなー、こういうの(ポ)
96名無し草:03/03/11 21:57
>95
気持はよく判るよ。私も萌え萌え〜…
97名無し草:03/03/12 11:03
リクエストに答えて欲しいでつ。
アフマド×キャロルの鬼畜でない(ここ強調!)恋愛モノ。
王族じゃ少数派でしょうがアフマド萌えです。
98虜(とりこ):03/03/12 12:40
>>94
30
キャロルは呆然と身勝手な言葉を紡ぐ目の前の青年を見つめた。その顔は心配と心痛で驚くほどやつれ疲れていた。それは間違いなくキャロルがあの悪夢のような日から幾度となく思い返した銀髪の優しい青年の顔だった。
「金貨100枚って、あなたは言った。あなたは人でなし、酷い汚らわしい人よ。あなたがお金で私を縛り付けようとするから・・・だから私、お金を稼いで自分の自由を・・・買い戻そうと思ったのよ。あ、あなたの顔に金貨を叩きつけてやろうって・・・」
キャロルは王子の顔から視線を外しながら固い声音で言った。
「だから!あのような男に身を売ろうとしたのか?たかが金のために、私に何も言わずに当てつけのように堕ちていく道を選んだのか?
何故だ?何故、私から離れようとする?私が・・・そんなに厭わしいか?」
身勝手な男の言葉。
本当ならその身勝手なおぞましさに総毛立つ思いをするだろうにキャロルは言葉の底にある悲痛な叫びに思わず引き込まれてしまった。
「・・・・・あ、あなたは私を騙して滅茶苦茶にしたわ。忘れたとは言わせない。それなのにまだ私を縛り付けようとするの?お金と・・い、いやらしい欲望以外に何が欲しいというの?白々しいこと・・・・言わない・・・・で。あなたなんて知らない」
王子は顔をゆがめ、やにわにキャロルを抱きしめた。
99虜(とりこ):03/03/12 12:42
31
「何故にそのようなことを言う?そなたを誰にも渡したくないのだ、私の銀の髪を初めて見せたそなたを!
誰にも渡さぬ、そなたは私だけのものだ、私だけのものなのだ!」
「いやっ・・・・!」
だが王子の圧倒的な力と・・・・それ以上に強い言葉の力がキャロルを動けなくした。
「他の男になどいい顔をするな。他の男にその身を触れさせるな。そなたは私にだけ微笑みかけてくれればよい。
・・・・・・強引に抱いたのも・・・・嫌がるそなたを幾度も奪ったのも・・・そなたを失いたくなかったからだっ!
身体を奪って、一番酷いやり方でそなたを我がものとしたは全て・・・・そなたを・・・私と同じ仲間のそなたを、
初めて私の心を語り聞かせたそなたを失いたくないからだ」
「・・・・・同じ?・・・・あなたの銀髪よりもっと目立って醜い外見の私・・・だから・・・?嘲って哀れんで?」
キャロルの心がまた冷え切っていく。
「違うっ!」
王子は乱暴にキャロルの肩を揺さぶった。
「金貨のことなどどうでもよい、髪の毛や肌の色など些細なこと。
初めて私の銀髪を見て・・・初めて私の話を聞かせて・・・それでも私の髪の毛を美しいと言って笑ってくれたそなたを、
私のことを知っているそなたを・・そなたの心を失いたくない。そなたが私以外の者に心惹かれるのは許せない、我慢できない」
この上なく優しい孤独な魂と、身勝手な独占欲の権化たる魂。相反する二つの貌(かお)を持つ青年は冷静沈着、英明な若者の
仮面を捨てて矛盾した心の丈をキャロルに語った。
「・・・・・王子・・・・・・」
「そなたの全てが欲しいのだ。そなたを側に置いておきたいのだ。私をこれ以上、苦しめないでくれ。そなたがいなければ私は駄目だ。
そなた以外の女など欲しくない、愛せない」
100虜(とりこ):03/03/12 12:42
32
それは初めて王子が人に見せた弱い姿、醜態であったのだろう。王子の真摯さがキャロルの心を不思議に波立たせた。
(あんなひどいことをされながらも心のどこかで、この人は私を想っていてくれているのではないかって馬鹿なことを考えていたわ。最初に私に見せてくれた優しさが忘れられなかった。
ひどく矛盾した人。身勝手な人。優しさと酷たらしさ、強さと脆さ、男らしさと卑劣さ。
そして愛を知らない人。愛されたことも愛したこともない人。だからどうしていいか分からなかった可哀想な人。
・・・・・・・・私が人の心の不思議を、愛し愛されるぬくもりを・・・教えてあげられるの?)

「姫、何か申せ。何故、黙っている?」
「可哀想な人・・・・ひどい人・・・人の心を少しも知らないのね」
キャロルを見つめる王子の目は少し濡れているようにも見えた。それは光の悪戯にしかすぎないのか?
「あなたは私にひどいことをしたわ。私を侮辱して傷つけたわ。許せない。
・・・・・・・でも私はあなたに惹かれている。あなたの優しさが忘れられないの。あなたの心は一体どうなっているの?冷酷で・・・優しい。愚かな私は何も分からない」
「私は知っている。私はそなたを失いたくない。どんな手を使っても。そなたを側に置きたいのだ、そなたがどんなに厭うても。
そなたとて私の側でしかおられぬ。そうだ、そなたは私の虜だ。虜はどのように抗おうとも主の元でしか生きられぬ」
101名無し草:03/03/12 20:50
キャロルちん、こんなドメスティック・バイオレンス男にほだされるのきけーん
現実にイズミル王子がいたらただの危ないストーカーなんだがなー
でも王族乙女を萌えさせる何かがあるんだよなー
102名無し草:03/03/13 11:45
>そなたがいなければ私は駄目だ

キャロルに惚れた男って皆こういう状態になってる?!
103陽炎のごとく:03/03/13 16:03
>>49
14
「何度も来たけれど、なんだか懐かしい匂いのする場所のような気がするわ」
トルコのアンカラのラフマーン家の別邸にキャロルとアフマドはやってきた。
窓からは気持ちのよい風が流れ、キャロルの長い金髪を流す。
乱れる髪をアフマドとの婚約指輪が光る白い手で押さえるキャロルを
アフマドは改めて美しいと感じ、キャロルがじき自分の妻となる事に深い満足を隠そうともせず
表情に表した。
「顔色も少し良くなったようだね、ここではゆっくり過ごして欲しいものだ、私が見張るからね」
からかいを含めたアフマドの言葉にキャロルも微笑んで見せる。
「見張るだなんて大げさね、アフマド。でもここまで来たら、またたくさん見たいものがあるんですもの
 一緒に行きましょう。」
「また遺跡めぐりをして泥まみれになるのかい?今回は御免被りたいよ。
 私と一緒に甘いヴァカンスを過ごしてももらわないとね。」
飲み物を手渡しながら、軽いキスをキャロルの頬にするアフマドの2人の姿は
何処から見てもロマンスの真っ只中にいる恋人同士そのものである。
日に日に消耗していくキャロルに休養を取らせようとしてもなかなか首を縦に振らず、
結局はキャロルの希望のここに来てしまったのは間違いじゃなかっただろうか?
古代ヒッタイトの研究をしているキャロルにはお馴染の場所。
それでもあんなに喜び、心配していたように具合も悪くはなさそうで、
キャロルがテラスに出て街並みを眺めている様子も頗る嬉しそうである。
自分の杞憂に過ぎない、とアフマドも安心したのか溜め息が零れ落ちた。
「風が・・・いつも優しいわね、ここは。誰かに守られているような・・・そんなかんじだわ。」
そよ風に嬲られる髪をそのままにキャロルが微笑んでいる。
「アフマドもこちらへいらっしゃいな、気持ちがいいわ。」
キャロルの呼ぶ声にアフマドは振り向いた。
こちらを向いたキャロルの背後から誰かが抱きしめているような幻影を
アフマドは見た、と瞳を瞬いた。
大柄な男のような影が、まるでキャロルを守るようにとでも・・・。
それは以前カイロで感じたものよりもずっと気配の濃いもののようにアフマドには思われた。
104山崎渉:03/03/13 18:12
(^^)
105名無し草:03/03/13 18:43
山崎渉が前スレも上げていったので、
こっちを上にさせてもらいます。
106陽炎のごとく:03/03/14 16:49
>>103
15
アフマドは久し振りに訪れた邸内をのんびりと当てもなく歩いていた。
いつも自分の行くところに付いて回るじいとなにやら騒がしい声に気付きアフマドはそちらの方へと足を向けた。
廊下の一角で2人のメイドが半泣きになりながらじいになにやら訴え、
じいがそれを諌め、この家を取り仕切る家政婦も困った表情でメイドを諌めようとするがまとまらないようだ。
「何事だ?騒々しい。折角キャロルが休養に来ているというのにこれでは落ち着かん。」
アフマドの声に一同ははっと気付きその場は静かになった。
「申し訳ありません、アフマド様・・・。ですがこの者達がお嬢様にお仕え出来ないと申しまして・・・。」
いつもはアフマドのためにどんな段取りもてきぱきと仕切ってみせるじいが珍しく困った表情をしている。
メイドがこの機会を逃すものかと今度はアフマドに訴えてくる。
「旦那様!あのお嬢様に・・・何か・・取り憑いてるんです!お休みになってらっしゃる横に影が見えるんです!
 私・・・恐ろしくて・・・!」
「本当なんです!先ほどもお茶をお持ちしようとしたら・・・まるでお嬢様に被さるようにいて・・・。
 私も恐くて・・・。」
必死に訴えるメイドに「いい加減になさい!お嬢様に、、もうじき奥様になられる方になんて失礼な事を言うのです!」と
家政婦が叱り飛ばすが聞く耳を持たない様子にじいも手を焼いている。
「キャロルに取り憑くだと?この21世紀の世に何を言う?
 もうよい、この2人は奥向きの仕事にでも配置換えしてやれ、だが今の話は他言無用だ、わかっているな?」
アフマドの静かな声音の中に何事か感じたのかメイドと家政婦は静かに承諾し姿を消した。
「馬鹿馬鹿しいにも程がある、そうだろう?じい」
口調には呆れたようなものが表れてはいるが、内心では穏やかではない。
以前ガーシーの言った「あの娘にはエジプト王家ののろいが憑いているんだ」という言葉と
以前自分が見た眼の錯覚と思った大柄な男のような影への不審は晴れてはいない。
「あのような神秘的なお嬢様なのです、考古学にも明るくていらっしゃる、
 きっと魔神(ジン)のご加護でもあるのでしょう。まことにアフマド様に相応しいお嬢様ですな。」
じいの冗談にアフマドも「それもそうだな、私に相応しいか。」と声を上げて笑った。
107名無し草:03/03/14 17:56
虜(とりこ)作者様〜続きは来週ですか?('・ω・`)キニナル
108陽炎のごとく:03/03/14 18:19
16
キャロルは眠るのが恐いような気がしてならない。
眠れば自分を胸が切なくなるほどの愛を込めた声で呼び抱きしめるその存在が
あまりにも生々しすぎ、その声に応えられない自分がもどかしくて辛いのである。
トルコへ・・アンカラに来てからずっと自分を呼ぶ声がしていつような気配が強くなったようにも感じる。
アフマドの手前元気そうに振舞ってはいたが、眠りにつくのが嫌だなんて子供のようで恥ずかしい。
整えられたベッドに横になるのが恐いだなんてどうかしている・・とキャロルは自嘲した。
「キャロル、まだ眠れないのか?」
アフマドがお休みを言いに来てくれたのだろう、寛いだ格好をしているのを見てキャロルも微笑んだ。
「ちょっと神経が高ぶっているのかしらね、ふふっ、おかしいわね。」
「君が眠るまで側にいよう、さあお姫様、お休みの時間ですよ。絵本でも読んで欲しいかい?」
アフマドが冗談めかして言う言葉にキャロルも笑みが零れ落ちた。
「朝まで一緒に過ごそう、何もしやしない、紳士らしく過ごす事をアラーに誓おうじゃないか。」
アフマドが優しくキャロルを抱きしめて耳元で囁いてくる。
華奢な身体はすっぽりとアフマドの胸のうちに包み込まれてしまう。
こんなにも私を大切にしてくれる人なのに・・・受け入れる事がキャロルには出来ない。
本当に愛する事ができればどんなにいいだろう。そんな私を理解して決して無理強いもしないでいてくれるアフマド。
「嫌な夢から君を守るよ、キャロル」
アフマドの優しい声音と暖かな温もりがキャロルを眠りに誘い込み、キャロルの瞳はいつしか閉じられ規則正しい寝息が漏れてくる。
枕に広がった金髪をアフマドの指が触れようとした時、暗闇の中にぼうっとそれは現れた。
「誰だ?キャロルから離れろ!キャロルは私のものだ!」
耳に飛び込むというよりも脳裏に直接響くような、怒りの言葉らしきものをアフマドは感じ取った。
言葉、というよりも感覚で「返せ!」と言っていると感じたのだ。
腕の中にキャロルを抱き、そちらの方へと顔を向けるとそれはもう居なかった。
何事もなかったかのように静かな闇が目の前に広がるばかり・・・・。
キャロルの規則正しい寝息が、任せきった体の温もりと重みが、先ほどの事は現実にあったのだとアフマドに告げているような気がしてならなかった。
109名無し草:03/03/15 17:39
萌え〜
110:03/03/16 14:57

 イズミルはふと心許なさに覚ました。腕の中で眠っているはずの妃の姿がない。
 灯火は消えているのに、部屋の中は、ほの明るかった。
 イズミルはそっと起き上がり、寝台を抜け出した。
 妃は、隣の部屋にいた。開け放った鎧戸から青い月の光が差し込んで、ひたひたと部屋中を満たしている。
(妃よ…。)
 窓辺に座って月を眺める妃は美しかった。黄金の髪は月の光に濡れ、肌は内側から輝くように白く浮かび上がり、まるで海から上がったばかりの人魚のようだ。
 妃は何をするでもなく、ただぼんやりと月を眺めているかのように見えた。
 イズミルは、その凄絶な美しさにしばしの間、見とれていた。だが、なんの前触れもなくふとした不安が影のように心に差し込んだ。あるいは、それはこれから起こる別離への不安か。
 イズミルはその不安を拭い去るために、彼女を寝台へ連れ戻そうと動いた。
 しかし、声を掛けようとした瞬間、妃の低い歌声がイズミルの耳に届いた。イズミルは再び、柱の影に息を潜め、その歌声に耳を澄ませた。
(恋の歌…。)
 妃の国の歌だろうか、そのもの悲しい旋律と、明らかに別れを歌った歌詞は、イズミルの心に先程の不安以上の暗い影を落とした。
(妃は、幸せではないのかもしれない。)
111:03/03/16 14:59
2
妃の国の歌だろうか、そのもの悲しい旋律と、明らかに別れを歌った歌詞は、イズミルの心に先程の不安以上の暗い影を落とした。
(妃は、幸せではないのかもしれない。)
 バビロニアとの戦の最中、エジプトのファラオ、メンフィスが何者かに毒殺され、一人残った年若い王妃。それがイズミルの妃、キャロルだった。
 かねてより心を寄せていたエジプトの王妃の身は、エジプトに加勢する見返りとして得た。婚儀を挙げてまだ数ヶ月とはいえ、夜毎イズミルの身体の下で見せる彼女の媚態は、イズミルに、その心までも得たと思わせていた。
 あの笑顔は、上辺だけのものだったのか。心の中には、冷たい石を抱えたまま、夜毎私に身を任せていたのか…?
 イズミルは、飛び出して行って、キャロルを揺さぶり問い正したい衝動と、見てはいけないものを見てしまったような後ろめたさの間でしばらくためらい、結局、声をかけぬまま、自分一人で寝台に戻った。
112:03/03/16 15:06

「妃よ、そなたと共にエジプトへ入る予定であったが、私は急遽、アランヤ征伐に出なければならなくなった。
そなた一人を行かせるのは気がかりだが、エジプトの情勢を思うと、そなたをいつまでもヒッタイトへ留めてはおけぬ。」
 3日後、イズミルは旅支度を整えるキャロルに言った。
 あの夜以来、イズミルはキャロルをまともに見る事ができない。
「イズミル王子、私は大丈夫よ。でも、なるべく早くエジプトへ来てね。」
 キャロルは、そんなイズミルの気持ちを知ってか知らずか、甘える様に腕を絡めながらささやいた。
 メンフィス亡き後、エジプトの王位は、王妃であるキャロルと結婚したものが継ぐ。しかし、イズミルはファラオの座にはつかなかった。
 メンフィスに寄せるエジプト国民の忠誠心を思えば、いま無理にヒッタイトと併合すれば反発が怖い。王妃がエジプトを支配し、
ヒッタイトはエジプトの後ろ盾という立場を取る方が得策だ。ゆくゆくは、ヒッタイトの血を引いたファラオが誕生するにしても。
 キャロルは、しばらくの間ヒッタイトに滞在し、王子との婚儀を済ませた後、エジプトへ戻るのである。
「そなた…気をつけて行け。」
 イズミルは目を伏せて、キャロルの出発を見送った。

ちょっとやってみました〜。
ドキドキ
113名無し草:03/03/16 16:14
続けて、続けて〜
114名無し草:03/03/16 20:01
きゃーきゃー、素敵な設定!
糸作家様、王宮の柱の影から応援しております。
115虜(とりこ):03/03/17 11:52
>>100
33
キャロルは冷たい王子の頬に触れた。
「お願い、人の心を取り戻して。あなたはひどく未熟だわ。愛を請いながら、その愛を壊している乱暴な子供だわ。私を滅茶苦茶にして・・・・」
しばしの沈黙。
「でも・・・・私はあなたから離れられない。あなたがひどい人だということを知っているわ。でも、でもあなたが優しい脆い人だということも知っているの。お願い、愛や優しさは強引に奪うものでも強要するものでもないの。請うもの、与えるものなのよ」
王子の傲慢で冷酷な仮面の下から、自覚のない初恋に戸惑う少年の顔が現れた。
「そなたのいうことは・・・・分からぬ。そなたは私の側に居ればよいのだ。悪いようにはせぬ。きっと幸せにしてやろうと申しているのだぞ?
そなたのいうことは分からぬ。私はどうすればよいのだ?」
キャロルはじっと王子のはしばみ色の瞳を見つめた。怜悧で、でも人間らしい優しさや暖かさ、思いやりを本当には理解していないはしばみ色の瞳を。
そして。
キャロルは自分から王子の頬に口づけた。
「私にも心があります。意志もあります。忘れないで。ひどいことをされながらも・・・どこかであなたが初めて見せてくれた優しさを忘れられなかった私の心を忘れないで」
王子は呆然と罰であり恩寵でもある頬への接吻を受け入れた。
「そなたの・・・・心・・・・」

言葉として昇華されることのない様々な思考が王子の脳裏を去来する。その思考の奔流はただ王子に告げていた。目の前の少女を腕の中から永遠に離すな、と。お前にはそれが必要であり、また恋物語に憧れるような幼い年頃の少女もそれを望んでいると。
116虜(とりこ):03/03/17 11:53
34
「私はそなたを望んでいる。そなたを側から離したくない。そなたの優しい声を聞き、そなたが私に示してくれた様々な心遣いを望んでいる。
そのかわり、そなたを幸せにしてやろう。望みを叶え、大切にしてやりたい。
・・・・それではいけないのか?それがそなたの、女たる身の望みではないのか?」
キャロルは困ったように首を振った。
「それだけではないの。それだけではないのよ。人には心があるわ。尊厳があるわ。それを知らない、ただ愛情を傲慢に投げ与えるだけの人をどうして信じて愛せるの?
あ、あなたは私の身体を手に入れたわ。私の心まで手に入れてしまって・・・その後は?私はどうなるの?捨てられるの?あなたが見てくれるのをただ犬のように待つだけなの?」
イズミルは頭がクラクラした。この娘はおとなしい性質だと思っていたけれど、どうしてなかなかよく囀る意志的な娘ではないか?後宮で彼を待つどの女とも違う。
王子はキャロルのもたらした驚きに圧倒された。だが今更、後には引けない。猛烈な独占欲を伴った屈折した愛情が彼の中に根ざしていたから。
「・・・・・では、私がそなたに詫び、そして改めて愛を請う許しを求めればよいか?娘よ、私はそなたの言うとおり何も分からぬ。そなたが教えてくれ」
人の心を誑かす傲慢な口調。声音。
だがキャロルには分かっていた。愚かしくも、王子の言葉のその底にある孤独と不器用な子供の戸惑いを見捨てられない自分を。おそらくは彼を慕っている自分を。
キャロルは王子に接吻した。二度と引き返せない一歩を踏み出したのだと心を波立たせながら。
117虜(とりこ):03/03/17 11:54
35
「あれがハットウシャの城壁だ、姫よ」
王子は馬に同乗した小柄な娘に教えてやった。金貨100枚で購われた醜い貧弱な娘はいくつかの偶然と王子の企みによって今は「ナイルの姫」と呼びあがめたてられる娘になっていた。

現金なもので今はキャロルは美しいと形容され、奴隷に似合わぬ賢しらぶりよと嫌がられた20世紀の知恵も神の娘の英知ということにされている。
だがキャロルは扱いの激変ぶりを冷笑し、嫌がった。
「人の心の頼りなさと醜さだわ。私が美しい神の娘ですってさ!」
銀の髪を隠した若者は答えた。
「人の心の醜さ、頼みがたさを知ったそなただ。次はよく注意して信頼に足る者、使える者を見つけ、選び出すのだな。どうやら、そなた奴隷どころか人を心服させ、使う部類の人間であるらしいわ」
キャロルは問うた。
「・・・・・・あなたはどうなのかしら?」
「・・・・・・・・そうだな」
王子の片頬に皮肉な笑みが刻まれた。
「そなたは私の虜であろう?そなたは私から離れられぬ。そなたは囚われる甘美さを知ってしまった。そうではないのか?」
キャロルの背中がぞくり、とした。優しく賢い恋人は、同時に冷酷な看守でもあった。
「そうね・・・」
キャロルは呟いて目を伏せた。王子は満足そうに歓呼の声渦巻く城門の中へと彼女を誘った。
(虜・・・・。確かに私は自分から王子の腕の中に捕らえられたわ。
でも・・・・虜は永遠に囚われの身に甘んじるわけではないのよ,王子。
いつか私の方こそあなたを虜にしてみせるわ。きっとできるわ。王子、あなたの方こそ囚われの奴隷なのよ)
キャロルはそっと青年の大きな手に自分から触れた。

終わり
118虜(とりこ):03/03/17 11:55
これで終わりでございます。
未熟な話に長々とおつきあいくださいましてありがとうございました。
119名無し草:03/03/17 17:44
虜作家様!
すてきなお話をありがとうございました!
今までになかった「キャロル=異形」の視点は
目からウロコですた!
終わっちゃったのが残念〜!
次回作をきぼ〜ん!
120:03/03/17 19:33

 キャロルの帰還は、エジプト国民の熱狂的な喜びの声に迎えられた。
 実質はヒッタイトが政治の実権を握っているにせよ、いま表立ってファラオの座がヒッタイト人に占められていないのは、救いだった。イムホテップをはじめとするエジプトの高官達もキャロルの帰還に安堵し、王宮は久々に華やかな宴に沸き立った。
 
 キャロルは宴の途中で疲れを理由に中座し、そのまま自室には帰らずかつてのメンフィスと自分の居室の扉をそっと開いた。この部屋の中でメンフィスが最後を迎えて以来、ずっと締め切られたままだった。
 キャロルは、メンフィスのいない王宮に戻る事が恐ろしかった。この部屋に再び入る事が恐ろしくてたまらなかった。
 しかし今、思いのほか冷静だった。
 キャロルは、黄金の装身具を次々に取り払いながら、寝台に身を投げかけた。 
(メンフィス、私、帰ってきたわ。エジプトを守るためとはいえ、ヒッタイトの王子妃となった私の事を、あなたはなんと思っているの?)
 キャロルは、今は亡き愛する人に問いかけた。この部屋にも、どこにも、もうメンフィスはいない。その気配も、匂いさえも残ってはいない。シーツはただ、長い間放って置かれた部屋の埃っぽさを感じさせるだけだった。
 キャロルは、寝台に身を預けたまま、物思いに耽った。
 3ヶ月後には、イズミルはアランヤ征伐を終え、このエジプトへやってくる。
イズミルのテーベ入城は、ヒッタイトによる本格的なエジプト支配の始まりを意味していた。
エジプトの独立を守ろうと思うなら、イズミルのテーベ入城までに、何らかの手を
打たなければならない。
 酒の酔いのせいか、イズミルのことを思うと身体が熱く火照るが、心はそんな自分に
警鐘を鳴らしている。
 キャロルとメンフィスとの間には、子がいなかった。
子がいれば、その子にエジプトの王位を継がせようと、自分ももっと強い気持ちでいられ
たかもしれない。謀略に明け暮れることさえいとわずに。
121:03/03/17 19:35

 メンフィスに愛され、こんな未来が来るとも知らず各国をさ迷い、メンフィスを翻弄し続けた自分。せっかく授かった子も生まれる事は無かった。
 キャロルの脳裏に、メンフィスの最後の言葉が鮮やかに蘇る。
(メンフィス、メンフィス、死なないで、私をおいて逝ってはいや…!)
(キャロル、すまぬ…。そなたを愛している。我がエジプトを、愛するそなたの…手に…託す…。)
 メンフィスは、危機に直面するたび、キャロルをおいては逝かないと言っていた。
だが、いざ死が避けられないものとなった時、彼は、キャロルにエジプトを託した。
決して、自分について来いとも、母のもとへ帰れとも言ってくれなかった。
 キャロルは、それが恨めしい。共に死んでくれと言われれば、迷うことなく従った。
アイシスのようにメンフィスの後を追った方が、どれほど幸せだったろうか。
そうすれば、ふたりは今、はるか天界のどこかで抱き合って、この地上を見下ろしていただろう。
 しかし、愛する人の最後の望みが、生きて、エジプトを守ることだったとき、どうして、後を追うことができよう?
「メンフィス、私はあなたに謝りたい。やはり、私には無理。エジプトのためだけに生き
て行くなんて、人を愛することもなく、国のために生きるなんて出来ない…。」
 熱い涙が頬をつたう。
「メンフィス…わたし、わたしは、イズミル王子の…。」
 これ以上は言葉にならない、否、言葉にしてはいけない思い。
 ここは、言うなれば彼の腕の中。それ以上口にするのは、あまりに不謹慎過ぎるような
気がして、キャロルは言葉を飲みこんだ。
「もうだれも、愛してはいけないの?」
 答えが欲しいわけではない。答えなんてわかっている。だけど、仕方ないではないか。
生身の体は、心だけでは生きられない。
 キャロルは、メンフィスの声を聞きたいと、心から思った。
122:03/03/17 19:36

 その頃、アランヤ征伐は、当初の短期決戦という見込みと異なり、持久戦に発展していた。
 イズミルは、後方の天幕の中で作戦を練っていた。これ以上時間がかかれば、ヒッタイト軍は糧食が尽き、撤退を余儀なくされる。アランヤは、篭城を決めこんで時間切れを待つ構えだ。
 しかし、イズミルの思いは、ともすれば戦場を離れ、ひとりエジプトに居る彼の妃のもとへ飛ぶ。
(キャロル…我が妃よ、そなたの本心が知りたい。ああ、でも…もし、そなたがいまだに
メンフィスのことを想い、私との結婚は政略に過ぎないのであれば、どうしたら…?)
 イズミルは、悶々と同じ自問自答を繰り返していた。
(私ともあろうものが、これでは、全く…)
 恋する男とは、なんと無様なものか。イズミルは、自嘲的な笑みをもらした。だが、正直、妃の事が気にかかってこのままでは戦はおろか夜も眠れない。
 イズミルは腹心の部下、ルカを呼び、エジプトへ行くよう命じた。
 ルカは一礼すると、風のように天幕を飛び出して行った。
123:03/03/17 19:39

 あくる日、キャロルは一人、メンフィスの墓所に向かった。供も連れず外出するのは
無謀という他なかったが、とにかくキャロルは、メンフィスのもっと傍へ行きたかった。

 キャロルは、メンフィスの墓所で数時間を過ごし、夕刻一人で王宮へと急いだ。
 長く伸びた影が、不安を掻き立てる。誰かにつけられている…?
 キャロルが気づいた時は遅く、怪しい人影が、行く手を遮った。埃にまみれた貧しい身なり、しかし、がっしりとした体つき。男たちは、メンフィスの墓からずっとキャロルの後を付けていたようだ。
 無頼の男達に取り囲まれて、キャロルは、自分がどれほど危険な状況にあるかというこ
とにやっと思い至った。
 男たちはじりじりとキャロルに詰め寄ってくる。風の巻き上げる汗の匂いがたまらない不快感を催す。
「な…!何の用です?」
 キャロルの精一杯の虚勢も、男たちにはまるで通じない。
「ふふふ、威勢のいいお姫さまだぜ。」
(メンフィス!イズミル王子!だれか、助けて…!)

 キャロルの身体に、男たちの手がかかろうという、その刹那、
「待てい!指一本でも触れれば、そなたら誰一人として生かしてはおかぬぞ!」
 厳しい声とともに、長身の影がひらりとキャロルと男たちの間に割って入った。
(メンフィス…!)
 黒ずくめのその男は、剣舞のような優雅な身の動きで、たちまちのうちに賊を切り倒していく。
 キャロルはその姿にメンフィスを重ねながら、意識を手放した。
124アラブの宝石:03/03/18 11:09

「しかしアフマド、ムスリムの君が異教徒の家へなど来ていいのかい?クリスマスだよ、今は」
ライアン・リードはさも面白そうに大学院の同級生、アフマド・ル・ラフマーンに問いかけた。アラブの名家の子息アフマドはクリスマス休暇をリード家で過ごす予定になっていた。
「かまわないよ、ライアン。コーランにはキリストの名前だってあるんだぜ。
異文化を知るのもMBAを目指す身には必要なことだよ」
アフマドはそう言って雪の車窓の外を眺めた。広大なリード邸の敷地内にニューヨークの喧噪は届かない。
「ご家族にご迷惑でなければいいとは思っているがね。家族水入らずなんだろう、普通は」
「何、構わないよ。親戚が多く集まるし、両親は客人好きだ。アラブ風の社交も賑やかで親密だと聞いているけれど、君も我が家の賑わいを見れば驚くよ。
勉強のことを忘れて静かにくつろぐなんて贅沢な望みは持つなよ」
ライアンは愉快そうに浅黒い肌の学友に話しかけた。二人は共に22歳。飛び級で進学した院の過程を終えれば、それぞれが世界に冠たる大企業で、未来の首脳としてエリートの道を歩むことが決まっている大財閥の子息だった。
「君に話したかな、年の離れた妹がいるんだよ。うるさくつきまとうかも知れないから予め警告して謝っておこう」
アフマドは見え見えのライアンの冗談に微笑んで答えた。年の離れた妹をライアンが溺愛しているのは知る人ぞ知る有名な話だった。
「僕は構わないさ。妹さんはキャロル・・と言ったかな。小さい子供の相手は不慣れだよ。ご自慢の妹さんに嫌われなければいいがね」
125アラブの宝石:03/03/18 11:09

「ライアン兄さんっ、お帰りなさい!あっ・・・!」
母親と一緒に玄関に走り出してきた金髪の少女は大好きな兄が伴った異国の客人に驚いて、小りすのように照れて顔を赤らめた。
「キャロル、ただいま。こちらはアフマド・ル・ラフマーン氏だ。クリスマスのお客人だよ。ご挨拶を」
「はじめまして。ようこそいらっしゃいました、ラフマーンさん。キャロルと申します」
人形のような容貌の少女は頬を染め、濃い睫に縁取られた目を伏せてちょっと古風な挨拶の言葉を子供っぽい高い声で述べた。

「君と妹さんはずいぶん年が離れているのかい?」
応接間でライアン、ロディの兄弟と雑談の途切れたその時、アフマドはさり気なく気になっていたことを切り出した。
「ライアンとロディ君は2歳違いだと聞いていたが・・・・・さっきの妹さんはどう見ても10歳になっていないくらいの年だろう?」
「今、9歳だよ、アフマド。年は離れているけれど、我が国は一夫一婦制だ。母親違いとかそういうわけじゃない。両親が年を取ってから思いがけず授かった待望の女の子だから甘やかしてはいるね。驚いたかい?」
ライアンの気遣いにアフマドは手を振って笑って見せた。
「もっと年かさのお嬢さんかと思っていたんでね。しかしお人形みたいな子だったな。君の妹とは思えないよ。いかにも優しげで可愛らしい。ライアンの妹となれば黒髪のきつい優等生タイプのお嬢さんかと思っていたよ!」
その時、ドアがそっとノックされ、噂の当人キャロルが顔を出した。
「ライアン兄さん、一緒にゲームをしましょうよ!あら・・・!」
ゲームの箱を抱えたキャロルはアフマドがいるのに驚いたらしい。
「ごめんなさい。いらっしゃるとは思わなかったの。後でまた・・・」
いかにも躾の良さそうな、でも残念そうな反応にアフマドは微笑みを誘われた。
「君の大好きな兄さんを独り占めして悪いね。どう?皆でゲームをしないかい?」
アラブの客人は色鮮やかなゲームボードを囲んで子供っぽい遊びに興じたが、それは決して退屈でも不快でもなかった。
126アラブの宝石:03/03/18 11:10

「アフマド様、ずいぶんな手荷物ですな。別便でお送りになってはいかがです?」
アフマド23歳の夏。スイスのリード家別荘で過ごす彼の荷物を見て古参の爺やは頭を振った。トランクなどではない。どれも高級店の箱ばかりだ。パリの有名洋装店、名の通った人形工房の箱、オモチャ屋の箱、それに菓子店の箱がいくつも。
「そうはいかないさ。キャロルに約束したからな、お土産をたくさん持っていくって」
アフマドは柔らかな微笑を漏らした。クリスマス休暇の終わり、すっかり「アフマド兄さん」に懐いたキャロルが泣いて名残を惜しみ、引き留めようとしてくれたものだ。
「やれやれ、あのお小さいお嬢様ですか?幾度かお手紙やお電話を下さったアメリカの方」
「小さい子供に懐かれるのもたまには目新しくていいものさ。さて・・・出発だ」

「アフマド、よく来てくれたな!待っていたよ。しかしこの荷物は・・・?」
「ライアン、君の妹さんと約束していたお土産だよ。キャロルはどこだい?」
「おいおい、アフマド。アラブ式の気前の良さかい、これは?子供には多すぎるぞ?」
ライアンは苦笑した。アフマドはリード家の面々にもそれぞれ土産の品を持ってきてはいたが、それ全部をあわせたよりもキャロルのものの方が多い。
その時、小さな足音が近づいてきた。
「アフマド兄さん!」
白いレースのワンピースを着たキャロルは半年ぶりに会った大好きな「アフマド兄さん」に照れてしまって、部屋のドアのところでもじもじしている。
「やあ、キャロル。大きくなったね。こっちにおいで。僕のこと覚えているだろう?約束通りお土産を持ってきた。見てごらん」
しばらく照れくさそうに通り一遍の挨拶をしたり、お礼の言葉を言ったりしていたキャロルだが、箱を開けるにつれ、キャロルは目を輝かせて子供らしい喜びを爆発させた。
「わあっ!すてき!見て、パパ、ママ!アフマド兄さん、ありがとう!」
キャロルは自分そっくりに作られた特注の人形でさっそく遊び始めた。側の洋品店の箱には人形とお揃いのキャロルの衣装が詰まっている。
「リードご夫妻、ライアン、ロディ、呆れないでください。僕は自分の楽しみのためにやったんです。兄弟がいないせいかキャロルが何だか娘のようにも妹のようにも思えてね」
127アラブの宝石:03/03/18 11:11

アフマドは毎年のようにリード家の人々と休暇を過ごすのが習慣になった。学生時代を終え、ラフマーン財閥の首脳陣の一人として事業を動かすようになってもそれは変わらない。彼の学友、ライアンもまた巨大なリード財閥の社長となっていた。
大企業のトップ同士が親交を結ぶのは好ましいことと考えられていた。仕事上のことでのメリットは計り知れない。

「やれやれ、アフマド様。それはまたリード家のキャロルお嬢様への贈り物ですかな? そのご熱心さのせめて半分でもヤスミンお嬢様にお向けになればよろしいのに。ヤスミン様も二十五歳をお越えになりました」
ラフマーン家の分家筋の令嬢で、今のところアフマドの花嫁の最有力候補とされている女性の名前を、29歳アフマドは笑って聞き流した。
「ヤスミンは多忙なキャリアウーマンだ。俺のことなど構っちゃいない」
アフマドは手の中の宝石箱の中身を改めた。銀の透かし細工の葉の上にダイヤの露やルビーの一重咲きの薔薇が光っている逸品だ。
(キャロルは16歳か・・・。もう宝石を身につけてもいい年だな。ライアンもキャロルに初めての宝石を持たせたと言っていたっけ)
アフマドは父とも兄ともつかない熱心さでキャロルに構っていた。自分を慕って懐いてくれる異国の美少女はアフマドに強い印象を与えて心を離さなかった。

カイロのリード邸を訪れたアフマドは16歳のキャロルに再会した。しばらく会わなかった彼女は相変わらず幼げな愛らしい容貌であったが、生き生きとした精彩を放つ少女に成長していた。
だがアフマドは活動的な服装に身を包み、考古学に打ち込んでいるというお気に入りの少女との再会を素直には喜べなかった。
「アフマド兄さん、久しぶりね!会いたかったわ。
こちらは私のボーイ・フレンドのジミー・ブラウン。未来の考古学者なのよ」
128アラブの宝石:03/03/18 11:12
書いてみました〜。
メンフィスも王子も出てこないし、ライアンとキャロルは実の兄妹です。
源氏物語入ったアフマドとキャロルのお話です。
129名無し草:03/03/18 13:08
>「アラブの宝石」作者様
新鮮な人物相関図!楽しみです。
130名無し草:03/03/18 14:50
>虜 作家さま
容姿コンプレックスのキャロルと二重人格めいた王子の組み合わせが新鮮でした。
キャロルが王子を手玉に取る後日談読みたいです。

>糸 作家さま
「もうだれも、愛してはいけないの?」キャロルが切なすぎです。王子と二度目の幸せを掴んで欲しいです。

>アラブの宝石 作家さま
アフマドとキャロルの源氏物語モノですか。このカップリングって初めてじゃないですか?
(陽炎のごとく 作家さまの作品はアフマド、キャロルとくっつきそうにないですし)

どの作品も楽しみです。がんがってください!
131陽炎のごとく:03/03/18 15:17
>>108
17
何度も訪れたせいかしら?
風もにおいも自分に馴染んでるような気がいつもするわ。
カイロにいた時間の方が長いのに、どうしてこんなにここに惹きつけられるの?
見上げると澄み切った空の下、見事な城壁が見える、岩山に聳え立つ頑丈な城。
それを見上げるたびに「帰ってきた!」という喜びが胸に湧き上がり、私を見下ろす琥珀色の瞳と合う。
花盛りの庭で私を呼ぶ幼い声、衣装を掴む小さな手、胸に飛び込んでくる幼い子。
腕の中にある柔らかで暖かないとおしい温もり。
そして私達を見守る人達の笑顔を談笑・・・・。
「キャロル?気分でも悪いのか?」
自分を呼ぶアフマドの声にキャロルははっと目を見開き、辺りを呆然と見渡した。
「・・なんでもないのよ、アフマド。」
車の中からアンカラの街並みが見える。夢・・にしてはあまりにもリアルな感触に
「白昼夢なの?」とキャロルは胸の内に呟いてみる。
あの風景は一体何?聳え立つ城壁を私の目からみた情景に決まっている。
私を胸に抱き寄せたあの腕の逞しさがそれを物語る。
「戻ろう。屋敷に戻れ」とアフマドは命令し、キャロルが少しでも楽になれるような体制にしてやった。
「ごめんなさい・・・。こんなつもりじゃなかった・・・。」
「いいんだ。気にしないでいい。」
心配そうに自分を見下ろすアフマドに、誰かの影が被って見える。
長い髪が垂れその顔は・・・端整で理知的で・・でも私を見る時に微笑むと、目尻にうっすらとよる小さな皺があって
そんな表情を見せるのは・・・私と2人だけの時で・・・・。
武術に優れた硬い手だけれど・・・私の頬を滑るときはこの上なく優しくて・・・。
『・・・戻って参れ・・・我が・・・きよ・・・。』
胸に染み入るようなかすかな声を聞いたような気がすると思いながらもキャロルは
重く塞がって来る瞼を開けることが出来ずに体中からも力が抜ける。
「キャロル!どうしたんだ!キャロル!」
アフマドの必死に呼びかける声は酷く遠くから聞こえてくるようだ。
ああ・・あの風景は・・・どこかで・・・そう・・そうだ。
「・・ハットウシャ・・・城・・・行かなきゃ・・・。」
アフマドが掠れたキャロルの声を聞いた時にはキャロルは既に意識を手放した後だった。
132名無し草:03/03/18 18:03
「陽炎のごとく」の続き 嬉しいよお!
133:03/03/19 00:11

 メンフィスの墓所から帰る途中賊に襲われたキャロルを、危機一髪救ったのは、ミヌーエだった。
 ミヌーエは、剣をぬぐい鞘に収めると、乱れる息もそのままに、キャロルの傍に駆け寄った。
「キャロル様…?」
 気を失ったままのキャロルを抱き起こす。ミヌーエは気付け薬をキャロルの口元に寄せ
るが、無論、気を失ったキャロルが飲み下せるはずはない。
(仕方ない。)
 ミヌーエは自らの口に薬を含むと、キャロルに口付けた。
 重ねられたふたりの唇の間を、苦い薬が甘く伝う。
とろり、と薬がキャロルの口中に入ったのを見て、ミヌーエは軽く揺さぶった。
「キャロルさま…ご無事で…。」
 キャロルは、混乱した瞳で見上げていた。しばしの沈黙のあと、やっと、
「…ミヌーエ将軍…どうしてここへ?」
 ミヌーエは、メンフィスの最後を共に看取り、その最後の戦いを共に戦った戦友。
ミヌーエに再び会うことは、あの混乱を二人が生き延び、メンフィスのいない今も
生きているという現実と向き合うこと。
 だから、ミヌーエが西の国境警備の任に着き、テーベを離れたと聞かされた時、
キャロルはほっとしたような、物足りないような思いを味わったのだった。
 そのミヌーエが、いま、目の前にいる。
呆然とするキャロルの思いを知ってか知らずか、ミヌーエは彼女の手をとり、
懐かしそうにその指に口付けた。
「戻ってまいりました。キャロル様。貴方を、お守りするために。」
 ミヌーエは片膝を付き、座り込んだままのキャロルを見つめて言った。
134:03/03/19 00:13

「ミヌーエ、まあ、そなた…!」
「ミヌーエ将軍!キャロル様!」
 ナフテラとティティ、その他大勢の女官達の驚きの声に迎えられて、キャロルとミヌーエは王宮に戻った。
 もちろんキャロルはひとりで抜け出したことをナフテラに涙ながらに諭され、
キャロルの外出に気づかなかったティティはこってりと絞られた。
「まあまあ、母上、おしのびはキャロル様の十八番ではありませんか。
ティティばかりを責めてはかわいそうです。それに、このようなこともあろうかと、
私が付いていたのですから、いいではありませんか。」
 ミヌーエが見かねたように、割って入る。
「ミヌーエ…そなたが、その様なことを言うなんて…。そもそも、いつからテーベへ帰っ
ていたのです?国境警備の任はどうしたのです?」
 ミヌーエらしくない、結局無事だったのだからいいではないか、といういいかげんな取
り成しに、ナフテラは呆れて顔をまじまじとみつめた。ティティまで、さっきまで泣いて
いた事を忘れて、信じられないという顔つきでミヌーエを見ている。
 ミヌーエはそんなふたりの様子に、微苦笑を浮かべて言った。
「テーベには、3ヶ月前からおりました。」
「3ヶ月前といえば、戦が終わった時。それでは、そなた西の国境には全く行っていない
のですか。そなた…このことは、イムホテップ様はご存知なのですか?キャロル様は?!」
 命令に背いたのではないかと心配して矢継ぎ早に質問する母に、ミヌーエは言った。
「西の国境は、私の代わりにネケト隊長に行っていただきました。私は、休暇をいただい
ていたのです。このことは、イムホテップ宰相はもちろんご存知です。キャロル様はご存
知ありませんでしたが、一兵士の休暇など、いちいちご相談するまでもないでしょう、ヒ
ッタイトの許しを得る必要など。」
135:03/03/19 00:14
10
 一兵士の休暇などではない。ミヌーエを国境警備という任に命じたのは、ヒッタイトの
思惑である。口実をつくってメンフィスの片腕であり、有能な武人でもあるミヌーエをテ
ーベから追い払うのがねらいである。許しを得る必要どころか、ヒッタイト側がこの事を
知れば、今度こそ危険人物として殺されてしまうだろう。
 ナフテラは、厭味たっぷりに『ヒッタイト』を強調する息子に、呆れるのをとおり越して、言葉につまってしまう。
(こんなことが公になれば命はないというのに、なんと大胆な。私の息子ミヌーエは、このような男だったかしら…。)
 幼少の時から忠誠を捧げてきたメンフィス王の死が、ミヌーエを変えた事は明らかだった。
(何か考えがあって、ミヌーエはテーベに残ったのですね。それは、やはり…)
 聡明なナフテラは、確信しながらも口には出さなかった。メンフィスの腹心の部下、誇り高きエジプト人、豪腕の武人、これだけ考え合わせれば、自ずと答えは浮かんでくる。ミヌーエは、母の表情にその思考を読み取った。
 一方、ティティは懐かしいミヌーエの出現を素直に喜んでいた。
以前は、見た目はいいが堅物で融通のきかない男だったミヌーエ将軍が、何だかちょっと
さばけた好い男風になっているが、余計うれしい。
キャロルもエジプトに帰ってきたし、先程ルカの姿も見かけた。かつてのような楽しい日々が、きっとまたやってくる。
 ティティはそんな楽しい予感に心を弾ませていた。

136名無し草:03/03/19 03:16
>糸
ミヌーエが出てくるとは意外でした。
エジプトVSヒッタイト、ミヌーエVSイズミルとなっていくんでしょうか。
目新しい展開に、ワクワクしています。
137陽炎のごとく:03/03/19 13:16
>>131
18
アフマドの機嫌は悪かった。
外出しようとした自家用車の中で意識を失ったキャロルを屋敷に連れ帰り
医師に診察させても、病名と言ったものははっきりしないのだ。
「ただお疲れになられてるようですから、休養を」と話し、せいぜいブドウ糖の点滴をするにとどまっている。
「休養だと?そのつもりでここに連れてきたんだ!
 無理をさせないように注意もしている!睡眠だって腕の中で眠っているのを確認すらしている!
 それなのにこれ以上どうしろと言うのだ!」
何時にないアフマドのやり場のない怒りに、爺ですらなんと言っていいものか戸惑っている。
「旦那様・・・お嬢様がお目覚めになられました・・・。」
メイドが恐る恐るといった様子で告げるのを聞くと、アフマドは足早にキャロルの寝室へと向かい、後に残ったものは
ほっと息をついた。
「キャロル、気分はどう?」
ベッドに横になっているキャロルの側に腰を下ろしながら先ほどとはがらりと様子を変え、
アフマドの顔は恋人を心配する男の表情に取って代わった。
「お願い・・・私が悪かったのよ、だから怒らないで・・・。」
婚約指輪の光る白い小さな手がアフマドの頬に優しく触れ、アフマドはその手を労わり深く包むように自分の浅黒い手を重ねた。
「・・・すまない・・ちょっと声を荒げただけだ、もうしないよ。ゆっくりお休み。
 私に気を使うことはないんだ、無理はしないでくれ、キャロル。」
「・・もう平気よ、それよりも行かなきゃならないところがあるの、お願いだから行かせて」
キャロルの言葉にアフマドは首を振った。
「だめだ、しばらくいい子にしておいで。もう落ち着いてからでも構わないだろう?」
「いいえ、早く行かなければだめなの、あなたとのためにも。
 行けばはっきりするのはわかっているの、はっきりさせて、あなたのことも愛せるように
 ちゃんとけじめをつけたいのよ、今のままではいけない。だから行くわ。」
キャロルの口調は静かなものだったが、その静けさの中に秘められた確固たる決意と
誰にも侵すことの出来ない、キャロルを包む神々しいまでに目映い気高さをまざまざと感じて、
アフマドも逆らうことは出来なかった。
ただ黙ってアフマドはキャロルの額に口付けた、それが同意のしるしだった。
138アラブの宝石:03/03/19 13:16
>>127

「ところでライアン、さっき、キャロルと一緒にいたジミー・ブラウンとかいう子は・・・?」
リード邸で午後のお茶を飲みながらアフマドは探るようにライアンに問うた。
「ああ、ジミーか。カイロ学園のブラウン教授の孫だよ。キャロルの同級生だがなかなか野心的な坊やだ。お爺さんは浮き世離れした学者馬鹿の見本だが、彼は考古学だけじゃなく、金銭のマネジメントもできる。切れるね、なかなか」
ライアンのジミーに対する言葉が何故かアフマドを落胆させた。彼は滅多に人を褒めない。
「ブラウン教授なら知っているよ。精力的に遺跡調査をしている。君のところでも教授の発掘研究の援助をしていたはずだね?・・・・親しく行き来しているのかい?さっきジミーをキャロルに紹介された」
「まあね。ジミーがえらくキャロルを気に入ったらしい。キャロルも考古学の話のできる相手ができて嬉しいんだろうが、あまり深入りしたつき合いはさせたくないね」
ライアンの言葉は、今度はアフマドをたいそう嬉しがらせた。
「何故?」
「キャロルはまだ子供だし。言ったろう?ジミー・ブラウンは切れ者だと。あの年頃にしちゃ、なんというか、あざといくらいに切れるのさ。それは大いに結構だが・・・何というのかね・・・・キャロルに向いている相手ではないね」
「ほう・・・」
ライアンはジミーのことをあまり買っていないらしい。確かに貧乏学者の孫息子など大財閥の貴族的な家風には合わないのだろう。しかしそういうことに拘らないライアンの言葉からは、それ以上にジミーという少年に対する不信感のようなモノが漂っていた。
「ふ・・・ん。まぁ、キャロルには気をつけてやりたまえ、ライアン。悪い虫がついてからでは遅いぞ」
アフマドの言葉はただ、世間知らずで男慣れしていない箱入りの妹を心配する兄の言葉と受け取られた。
139アラブの宝石:03/03/19 13:19

ジミーとキャロルは涼風の吹き抜けるテラスでレポートを仕上げていた。
「さぁ、済んだわ。ジミー、助けてくれてありがとう!久しぶりにアフマド兄さんが来てくれたから宿題は早くに済ませたかったのよ」
「お役に立てて何より。・・・・ところでキャロル、テーベの遺跡発掘ね、あれが今どうなってるか知ってる?ほら、例のメンフィス王の都の遺跡」
「ああ!ブラウン教授も参加しておいででしょ?だいぶ発掘は進んだと聞いたわ。今度、日本の発掘チームも参加するんでしょ?最新の機器を持って。
どんな発見があるかしら?楽しみね?」
ジミーはため息をついた。
「どうしたの、ジミー?」
「そうさ、お金持ちの日本のチームが来るんだよ。奴らは金と設備にモノを言わせて大発見をするかもしれない。僕のお祖父さんだってもっとお金があれば大発見も夢じゃないのに」
「まぁ、ジミー!遺跡発掘は情熱と運だと教授はおっしゃっていたわ。教授なら大発見をものにできてよ。お金じゃないわ。もちろん、お金はあるにこしたことはないけれどね」
キャロルの言葉にジミーはまた吐息をついた。それは太平楽に理想論を語るお金持ちのお嬢さんに対する嫉妬と、ままならない自分の野心に対する不満が滲んだものだった。だがジミーはそんな感情はおくびにも出さない。
「ねえ、キャロル!考えてもごらんよ。僕のお祖父さんが大発見をしたならば、それはつまり我がカイロ学園考古学研究学科の名誉でもあるんだ。考古学を志すなら誰だって大発見を夢見るさ。僕だって・・・いつか・・・」
「そうね。そうなったらすばらしいわね」
だが話はそこで終わりだった。
ジミーは、自分の恋人に発掘援助金の増額を頼みたくて仕方なかった。だがもし、そんなことをすれば潔癖なキャロルは自分から離れていくだろう。ジミーはキャロルに好意を抱いていたし、いつかキャロルと結ばれて金銭を惜しまず発掘調査をし、大発見をする日を夢見てもいた。
キャロルはジミーのそんな思いなど知らない。ただ同じ考古学の夢を語れる相手として大切に思っているだけだ。それがジミーを苛立たせているとは思いもせずに・・・。
140アラブの宝石:03/03/19 13:20

「キャロル、3年ぶりだね。昔のおちびさんが本当に見違えたよ」
アフマドはキャロルに銀細工のブローチを手渡しながら言った。キャロルは頬を染めて目を伏せた。からかうようなアフマドの口調に、むきになって言い返す13歳の少女はもういなかった。
「綺麗な宝石・・・。アフマド兄さん、いつもありがとう。アフマド兄さんに頂いたもの、全部私の宝物なのよ」
「アフマド、君がくれた人形ね、キャロルは未だに洋服を縫ってやったりしているよ」
横からロディが言った。
「やだ、ロディ兄さんったら。アフマド兄さん、私、お人形遊びはもう卒業しているのよ。でもあのお人形は特別なのよ」
「俺が贈ったものを大事にしてくれて嬉しいよ、キャロル」
アフマドは満足そうにキャロルを眺めながら言った。
(キャロルは綺麗になった。つまらないみっともないアメリカ娘になるかと思ったが、とんだ見込み違いだったな・・・)

「・・・でね、これが今、発掘実習に行っている遺跡なの。この写真は私が発掘した杯。これで飲み物を飲んだ人はどんな人だったのかしら?」
考古学に熱中しているキャロルは、夜、書斎で自分の勉強についてアフマドに熱心に語っていた。好きな勉強に一心に打ち込む若々しい熱意がキャロルを眩しく見せた。
「・・・アフマド兄さん?ごめんなさい、さっきから私ばっかり話しているわね?退屈よね」
「そんなことはないさ、キャロル。ずいぶん熱心に勉強しているんだね。俺も知らないことばかりだ。とても面白いよ。この杯の模様は何だい?」
アフマドは考古学やその他様々なことを質問したり、彼女の答えにわざと反論したりして試した。
(なるほど怜悧な子だ。専門バカにならずに広く色々勉強しているな。知識を鼻にかけることもない。ふむ、リード家の貴族主義の躾もなかなかいいじゃないか)
141アラブの宝石:03/03/19 13:42

キャロルの留学の関係でリード家の面々がカイロに滞在する期間が長くなるにつれ、アフマドがこの邸宅を訪れる機会も増えた。
とはいえ、アフマドもライアンもプライベートで仕事の話は持ち出さない主義だった。友人達は当たり障りのない話に興じたが、
ライアンはじきにアフマドの興味の対象がキャロルだということに気付いた。妹を溺愛している兄はこの発見に驚かされた。
「アフマド、キャロルにあまり構うなよ。あの子はもうおもちゃにして遊べる小さい子じゃないぞ。一体どうしたことだ?」
「・・・・別に遊んでいるわけじゃないさ。あの子は小さい頃から知っているから、最近の成長ぶりがまばゆくてね。
・・・ところで話は変わるが、どうだい、ライアン。今度の休暇は君たちがアラブに来ないかい?」
アフマドの慣れ慣れしすぎるような口調にライアンは片眉を上げて薄く笑った。美しく成長したキャロルに近づく男性を全て疑い、
排斥しようとするこの兄も、異教徒の学友がキャロルに友人の妹に対する以上の興味を持っているとは思っていなかった。
誇り高いラフマーン家の外国人嫌いは有名であったし、アフマドにいくつか縁談があるらしいことも知っていたから。

「キャロル、やあ!もう学校は終わったのかい?今日はいいお土産があるよ」
アフマドは本を手渡してやりながら上機嫌だった。今日はキャロルの側にジミーがいなかったからだ。
「まぁ、歴史の本ね!それに文化誌・・・。面白そう、ありがとう」
「喜んでもらえて嬉しいね。せっかく留学までして勉強するんだ、イスラム文化圏の歴史や文化風習全般も知って置いた方がいい。
それからこれはおまけの経済新聞。こういう知識も持っておきなさい」
キャロルが嬉しそうに「アフマド兄さん」にお礼を言うと、アフマドは言った。
「・・・何、かまわないさ。ねぇ、キャロル。ライアンにはもう話したんだが今度の休暇に俺の国に遊びに来ないかい?」
142名無し草:03/03/19 15:56
キタ━(゚∀゚)━( ゚∀)━(  ゚)━(  )━(゚  )━(∀゚ )━(゚∀゚)!!!!!
神々が次々と降臨、大量うp!ありがとうございます!
嬉しすぎるよー。どの作品も面白いし。
143:03/03/19 20:06
11 
 ミヌーエは、テーベへ帰ってきた次の日から、キャロルの傍を一時も離れなかった。
 当然のことながら、ミヌーエの軍隊は解散させられてしまったので、
特に成すべき勤めもない状態である。
 一方キャロルは、いつもミヌーエが付き添っているので、息をつく暇もない。
 こんなことは、自分が古代に紛れ込んだ当初、メンフィスの目を盗んでなんとか逃
げ出そうとしていた頃以来である。
「ミヌーエ将軍、ルカがいるからそんなに付き添ってくれなくて大丈夫よ。
それに、もうひとりで王宮を抜け出したりしないわ。」
 キャロルはたまらずそう訴えるのだが、ミヌーエは意に関せずといった風で、
「ルカは召使です。それに、わたくしはキャロル様の『脱走』を心配しているのではなく、
御身の安全を心配しているのですよ。」
 と、言いながらキャロルの前に跪き、細い指にそっと口付ける。
以前なら、せいぜい彼女の衣の端に口付けるのが精一杯だったろう彼の洒脱な仕草に、
キャロルは陶然となりながらも、なんとか気持ちを立てなおして彼の手から自分の手を引き抜く。
144:03/03/19 20:08
12
「ミヌーエ将軍、あなたずいぶん変わったわね。聞けば国境警備をさぼって休暇を取っていたんですって?
何をしていたのよ?」
 ずっと花街にでも入り浸っていたのかと、厭味たっぷりにキャロルが聞くと、ミヌーエは、くすりと
心底おかしそうに含み笑いを返す。
「女性と過ごしていた訳ではありませんが、変わるのは当然ですよ。
キャロル様も随分変わられました。」
「変わった?私のどこが?」
 ミヌーエのずべてを見透かしたような答えに、キャロルは少し恐れながら聞いた。
「…お美しくなられました。」
 ミヌーエはにっこり笑いながら、キャロルの顔を覗き込む。
その瞳は、言いたいことは全く違いますよと、明らかにそう言っているが。
 ミヌーエは、近くの花瓶から花を一輪抜き取り、気障な仕草でキャロルの髪に挿た。
そのまま無骨な、しかし繊細な指先が、キャロルの黄金の髪を絡めとる。
 不意に、キャロルはミヌーエの意味するところがわかった。
(やっぱり、ミヌーエはイズミルに心惹かれた私に気付いている…。)
 イズミル王子との熱い夜々。キャロルの身体ばかりか、心まで溶かした…。
 キャロルは赤くなりながら、後ずさった。するとミヌーエは、さっと手を伸ばしてキャロルの両腕を掴んだ。
「あまり後ろにさがると、池に落ちます、キャロル様。」
 思わず声をあげそうになりながら、キャロルは耳まで赤くなった。
145:03/03/19 20:10
13
 ミヌーエから逃げる様にその身をもぎ離し、キャロルは自室に走りこんだ。
 さっき、ミヌーエに掴まれた両腕が熱い。心臓が痛いほど早鐘を打っている。
 いつも、ミヌーエが纏わり付いているのでキャロルは考え事に浸ることもなく、
かえって有り難いことではあるのだが。
(わたし…なんだかおかしいわ…ああ…)
 キャロルは両腕で自分を抱きしめる様にしてしゃがみこんだ。
(イズミル王子…会いたい…)

 イズミル王子と過ごした半年。
 初めは、メンフィスを失った悲しみと、イズミルへの怖れで、頑なになっていた。
まして、イズミルはメンフィスの存命中から自分を付け狙い、執拗に追い掛け回していた男。
そんな男に援軍の見返りとしてこの身を差し出すなんて、なんという屈辱。
 決して、決して心許すまいと誓っていた。心だけは永遠にメンフィスのものだと。しかし、
変わってしまったのだ。
 ヒッタイトは同盟と同時にその証としてキャロルの身柄を要求した。ヒッタイトの王子
との婚儀は戦いが終結してからになろうが、それまでの間、キャロルは客人として
ヒッタイトの首都ハットウシャに滞在を求められたのである。
しかし、客人とは名ばかりで、その実は人質である。
146:03/03/19 20:12
14
 テーベからヒッタイトへと向かう旅路の途中、エジプトの国境でヒッタイト軍にキャロルの身柄は引き渡された。
 その夜、王子の天幕で、イズミルは早速キャロルを引き寄せた。
「姫よ、何故そのように隅の方にいるのだ。何故そのように私から離れて座る?」
 力強い腕を体に回し、無遠慮に触れてくる。キャロルは、今は大事な時だから王子の機嫌を損ねてはいけないと
おとなしくしていたが、
体が強張るのはどうしようもない。しかし、それもイズミルの行為がますます大胆になって、
ついにキャロルの唇を求める仕草までだった。キャロルは、理性の止める声も聞かず、イズミルの頬を平手で打っていた。
「やめて、王子!わたくしはエジプトの王妃です。あなたの奴隷ではありませんわ。これ以上の無礼な真似は止めてください。」
 怒りのあまり涙を浮かべながら、キャロルは猛烈に抗議した。イズミルが怒って、さらに無体な行為に及んできたらどうするか、
そんな事は今の彼女の頭にはない。しかし、イズミルは怒るでもなく、逆に笑みを浮かべた。
「やっと、威勢のよい姫になったな。やはり、そなたはそうでなくては。」
と言いながら、おさえ切れないようにくっくっと笑い始める。
打たれた頬を気にするでもないその様子に、キャロルはいぶかしそうに首をかしげた。
 イズミルはやっと笑いを収めると、打って変わって真剣な優しい目でキャロルの顔を覗き込みながら言った。
147:03/03/19 20:31
15
「姫よ、メンフィスの死も、私の元に来る決断も、さぞ、辛かったであろう。一人で、
よく乗り越えたな。しかし、もはやそなたに辛い思いはさせぬ。」
 イズミルは指先でキャロルの頬にそっと触れた。しかし、それさえも
キャロルが眉をひそめるのを見て、手を下ろす。
「王子…。」
 キャロルは警戒しながらも、意外な言葉に対する驚きで、あとの言葉が続かない。
 イズミルは穏やかに続けた。
「国境でそなたの身を引き取った時、そなたの目には、何も映ってはいなかった。
あきらめて、身を任せて、投げやりに生きようと思っているのか。
しかし、私が欲するは、人形ではない。わたしが、そなたを幸せにする。
二度とあのような目はさせぬ。」
 その言葉に、イズミルの深い愛を垣間見たような気がした。このまま、
イズミルにすがってしまいそうだ。
(だめ、ここで気を許しては。こんな言葉は偽りに決まっている。)
 キャロルは自分を叱咤し、身を引きながら冷たく叫んだ。
「私のことを思うのならば、わたくしに指一本触れないで。あっちへいって。
ほおっておいて。」
「ならぬ!エジプトの命運は、我がヒッタイトの手中にあるのだぞ。アッシリアとの戦に
負ければ、エジプトがどのような目にあうか。そなたが一番よく分かっておろう。
であれば、聡明なそなたのこと、ここで私の機嫌を損ねるはどういうことか
わかるであろう。どうかな?」
 先程のうっとりするような優しい仕草はどこへやら、イズミルは厳しく応えた。
 この戦は、ヒッタイトにとっても命運を賭けた戦いなのだ。生半可な覚悟ではない。
「私は今から湯浴みをする。そなたも一緒に来て、私の背中を流せ。」
 イズミルは立ちあがりながら、征服者の傲慢さでキャロルに命じた。
「いいえ、いやです。私は…」
 キャロルは、イズミルの無体な振舞いは却って自分を気遣ってのものだと薄々気付いてはいたが、
一度たがが外れたら反抗的な言葉が止まらない。
「ならば頼まぬ。」
 イズミルはキャロルを抱え上げると、湯殿へ連れこんだ。
148名無し草:03/03/19 20:31
いつもと違うミヌーエが良い感じですね〜
149名無し草:03/03/20 12:32
糸作家様、素敵だ・・・。
150アラブの宝石:03/03/20 13:09
>>141

アフマドの誘いは魅力的だったがもとよりキャロルの独断で即答できる類のものでもない。アフマドは目を輝かせて、「ライアン兄さんに聞いてみなくちゃ」といったキャロルの折り目正しさに満足した。
「もし兄さんが許してくれたら行ってみたいわ、アフマド兄さん。でも外国人の入国は難しいんでしょう?」
「なぁに、それくらいいくらでも交渉できるさ。アラビアンナイトそのままの美しい宮殿や、壮大な砂漠の落日を是非、君に見せて上げたいね」
中東某国の王家にも連なる家系の嫡男はこともなげに言った。
「見たいわ!兄さんが許してくれればいいんだけど! そうだわ、期末のテストで良い成績だったらおねだりもしやすいかも!がんばり甲斐があるわ」
「よしよし、その意気だよ、お嬢さん。どんなところを勉強しているの?俺が見てやろう」
アフマドは几帳面に整理して書かれたキャロルのノートや、細々と書き込みのしてあるテキストを覗き込んだ。飛び級をするだけあって、なかなか良く勉強をしているようだ。
アフマドはそこで見慣れない筆跡を見かけた。明らかにキャロルやライアンのものではない筆跡で分かりやすく物理の応用問題の解法が書き込んである。
「キャロル、これは?」
「ああ、それはジミーが書いてくれたの。私と違って物理が得意なのよ」
キャロルは何心ない様子で文武両道の同級の優等生(といっても飛び級しているキャロルは年下なのだが)の話をした。仲の良い相手のことだけにキャロルの話にも熱が入る。
「キャロル、俺は古くさいのかもしれないが、あまり身内でもない男の噂をするんは良くないね。ジミー・ブラウンをまるでヒーローのように扱うなんて滑稽だよ」
思いがけないアフマドのきつい言葉にキャロルは涙ぐんで部屋を走り出していった。
151アラブの宝石:03/03/20 13:09

「キャロル、きれいだなぁ!」
カイロ学園恒例の学年末ダンスパーティの夜。パートナーのキャロルを迎えに来たジミーは嬉しそうに言った。
「ありがと。さぁ、行きましょうか。ママ、行ってきます」
例によってライアンの見立てなのだろうか、古風な上品なドレスに身を包んだキャロルは、はにかみながらジミーの手を取った。胸元にはアフマドから贈られたブローチが光っている。

「キャロル?どうしたんだい?黙り込んだりしてさ」
運転席からジミーは声をかけた。
アフマドの言葉―ジミー・ブラウンをまるでヒーローのように扱うなんて滑稽だよ―があれからずっと頭から離れないのだ。そのせいだろうか?学園でもてはやされるジミーからダンスパーティのパートナーにと申し込まれたことも素直に喜べない。
(いつもならライアン兄さんにパートナーになってもらうのに今年はダメだったわ。だから・・・ジミーが申し込んでくれたとき嬉しかった。私も大人の女性の仲間入りができそうで。勉強もスポーツもできて、将来は考古学者として嘱望されているジミー。
アフマド兄さんと私で考え方が違うのは当然なのにどうしてこんなに、あの言葉が気になるの?)
考え事にふけっていたキャロルはジミーが車を止めたときに初めて、そこがパーティ会場ではなく、満天の星の下の砂漠だと気付いた。
「ジミーったらどうしたの?どうしてこんな所に?」
「君と二人きりになりたかったからさ。君は嫌?」
「あ・・・いえ・・・。いいえ!やっぱり・・・」
152アラブの宝石:03/03/20 13:10
10
「僕の話を聞いて、キャロル。僕は君が好きだ。初めて逢ったときから・・・」
唐突な告白にキャロルも酔ったようになってジミーの腕の中から逃れられない。
「いつも明るくて、何をするにも一生懸命な君が眩しかった。
・・・僕には夢があるんだ。この満天の星の下、らくだに乗って花嫁の君とどこまでも行きたい。君と人生を共に歩みたいんだ・・・」
ジミーはこういうことに免疫のないキャロルをじっと見つめた。
目の前にいる愛らしい少女は、彼と同じ考古学を志す学生。彼を尊敬し、理解してくれる存在。そして―こんなことは付け足しだとジミーは自分に言い聞かせた―地位や名誉、財産にも恵まれた大財閥の一人娘。まさに理想の恋人。
「ね・・・キャロル。僕が嫌い?」
「あ・・・いいえ。考古学に打ち込んでいるあなたはすてきだわ」
キャロルはロマンティックな雰囲気に当てられて真っ赤になっている。でも家族に内緒で夜の砂漠でジミーと二人きりというのは気が咎めた。
「僕は君が好きだ。同じ考古学を勉強する仲間としてだけじゃなく・・・いつか結ばれたいと思う相手として。キャロル、愛しているよ・・・」
ジミーは頬を真っ赤にして身を固くしているキャロルに接吻した。キャロルはただただ初めてのことに酔いしれている。
(ジミーが私を好きだって!勉強もスポーツもできて人気もあるジミーが。
私も・・・私もジミーが好きだわ・・・)

キャロルを愛してはいるが、その愛の中に半ば無意識の野心と打算も含ませた若者と、初めての恋物語に前後不覚に酔ってしまった少女が帰宅したのは真夜中近くなってからだった。
砂漠の砂を靴につけているのをライアンに見咎められ、その夜、キャロルはすぐ寝室に追いやられた。ジミーは屋敷への出入り禁止をやんわりと宣告された。
153アラブの宝石:03/03/20 13:11
11
ライアンがアフマドの招待に応じるつもりになったのは、やはりジミーをキャロルから遠ざけたかったからである。ただロディは東南アジアの石油プロジェクトにかかりきり、リード夫人は風邪をこじらせたため、アフマドの国に行くのはライアン、キャロルの兄妹だけである。
アフマドはライアンの旅行承諾に大喜びした。学生時代からの友人でもあり、ラフマーン財閥にとっても重要な取引先の首脳なのだから。彼は何故、ライアンが承諾したのかはあまり気にかけなかった。
だが、ライアンに叱られて萎れていたキャロルを慰めるうちにジミーとの一件を聞き、にわかに危機感を募らせた。
「ねえ、アフマド兄さん。私、何も悪いことなんかしていないわ。ジミーだって気を悪くしていると思うの。兄さんの誤解を解いて、ジミーに謝りたいわ」
アフマドは機転を効かせて、物分かりのいい「兄」を演じることにかろうじて間に合った。
「そうだね。だがキャロル、ライアンは君を心配しているんだよ。僕だって君が初めてのことにのぼせやしないか心配だよ。
とりあえず、ジミー坊やのことは置いておおき。休暇が済んでからだって遅くはないよ。恋は相手を焦らすことも肝要だ。
休暇で俺の国に来れば、ジミー坊やのことだって忘れるかも知れないよ」
アフマドはその足でライアンのところに行った。
「ライアン、キャロルはあのジミーとやらにのぼせているのかい?」
ライアンは困り切った父親のような表情でキャロルの危なっかしい「初恋」のことを聞かせた。
「無論、共学校なのだし恋愛ごっこのようなことはあるかもしれんさ。
だがこの間も言ったようにジミー・ブラウンはあまり好ましくない。下心はないのかもしれんが、キャロルに発掘費用の不足の不満を折に触れ吹き込んでいるのさ!どういうことを連想する?普通」
アフマドは全面的にライアンの意見に賛成し、その疑惑を深めるようなことさえ口にした。彼はキャロルが他の男に靡くのが許せない。
154名無し草:03/03/20 13:57
新作ラッシュが嬉しいです。
久しぶりに地味ーの名前を見て感無量(笑)
155アラブの宝石:03/03/21 12:34
>>153
12
「・・・・ええ、そうです。お父さん。今度、帰るときは友人のライアン・リード氏とその妹のキャロル嬢も一緒です。外国人がお嫌いなのは知っていますが二人に会えば、お考えも改まるでしょう。じゃあ、また!」
アフマドは電話を切った。
「やれやれ、アフマド様。今度のお休みではヤスミン様もご両親とお屋敷に来られますよ。お嬢様もご一緒では・・・」
爺やが頭を振った。長くアフマドに仕えているこの老人は、主人がキャロルに特別な好意を抱いていることを見抜いていた。
「外国のお方ですからな。アフマド様がお見初めになるだけあって素晴らしいお嬢様ですが、こればかりは。あちらのご家族だって・・・」
「ふん。ライアンには昨日、話したよ。あのポーカーフェイスが取り乱すのを初めて見たよ!」
アフマドは面白そうに笑った。ジミーとキャロルの恋愛を快く思っていないのを幸い、アフマドはライアンに切り出したのだ。君の妹を僕の妻にしたいと。
「なっ・・・!正気か、アフマド!キャロルはまだ16だぞ。君と13も違う!バカも休み休み言え、僕の大事な妹だぞ!」
「冗談なんかじゃないさ。ずっと昔からキャロルを知っていた。キャロルだって俺を慕ってくれている。彼女は綺麗で賢いレディになった。俺が花嫁にと望んで何がおかしい?俺は真剣だよ」
「馬鹿!一夫多妻制の異教徒の家に大事な妹をやれるか!君のお父上の外国人嫌いのことや、君に縁談が降るようにあることを僕が知らないとでも思ったのか?」
アフマドはヒートアップするライアンを宥めるように穏やかに反論した。
156アラブの宝石:03/03/21 12:35
13
「俺は親父とは違う。受けた教育も価値観もね。俺の妻となる女性は聡明で淑やかで、しかし確固たる自分というものを持った人間であって欲しい。
俺は昔からキャロルを見てきた。彼女を妻にということ、昨日今日に思いついた酔狂ではないよ。
俺はキャロルを俺の理想の女性だと思う。彼女なら俺の国に来てもやっていける。受け入れられる。
ライアン、俺がキャロルを妻にと考えていることを覚えていてくれ。俺は一夫多妻なんて器用な真似はできないし、他の女に今更興味を覚えもしない」
アフマドの黒曜石の瞳は情熱的に輝き、男性のライアンすら魅了されそうだ。
ライアンは知っていた。
アフマドは仕事の上では有能な男性、食えない策士、油断ならないマキャベリストだが、プライベートでは誠実で実直な人間だということを。
アフマドは誇り高いアラブの王に連なる一族の男、地位にも財産にも恵まれているが、それゆえに高慢の罪を犯すような愚かしさは持っていない。詩的な表現を許されるなら、彼は「王」の器量を持った男であった。
(アフマドが・・・キャロルを・・・)
ライアンは誰よりも年の離れた妹の幸せを願っていた。箱入りの妹がつまらない男に惹かれ、結ばれるようなことだけは避けたいと思っていた。
リード財閥の有り余る富や、名声に目を眩ますことなく純粋にキャロルという一人の女性を愛してくれる、立派な頼りがいある男性の手に妹を託すのがライアンの願いであった。
(アフマドならば・・・?確かに彼はキャロルのことをよく知っていてくれる。気心も知れている。しかし育った世界が違いすぎる)
「ライアン、俺はまだキャロルに俺の心を匂わせることもしていないよ。俺だって焦るつもりはない。
だが、忘れないでくれ。俺はキャロルが欲しい。彼女を幸せにしてやれるのは俺だけだという自負もある」
ライアンは眉間にしわを寄せ、異国の友人の雄弁に耳を傾けていた。
157名無し草:03/03/21 14:54
アラブの宝石作者様
新作をありがとう。こんなに早く続きが読めるなんて幸せです。
158Ψ(`▼´)Ψ 糸:03/03/21 20:37
16
「や、やめ…」
 キャロルの反抗は、イズミルの大きな手に簡単に封じられてしまう。
「そなたが嫌がるなら、無理強いはせぬ。」
 イズミルは、キャロルの耳元に口を寄せてささやいた。
「うそつき…わたし、嫌がってるわ…あ…」
 衣装を着けたまま湯船に引き込まれ、イズミルに押さえつけられるように
抱きしめられて、キャロルは必死に抵抗した。
「ふっ…本当に嫌がっているのなら、こんな風にはならぬ。」
 イズミルの指が、キャロルの秘密を探る。
 お湯の熱気とイズミルへの反抗心が、冷めていた心に火をつけ、キャロル本来の
鼻っ柱の強さが蘇ってきた。
 キャロルは精一杯腕を突っ張って、イズミルの厚い胸板を押しのけようとするのだが、
イズミルは頑として動じない。
「あっ…いや、いや、やめて王子、なにをするの。」
「何をするのかとは…言葉で言って欲しいのか、姫よ。」
「王子、ふざけないで。そんなとこ触らないで…。いや…」
 目に涙を溜めながらの必死の抵抗を、イズミルは楽しんでいる。
「私は、どこも触ってはおらぬ。そなた一人が暴れているのだ。」
「いや…いや…」
 イズミルは、キャロルの濡れた服を脱がそうとはしない。キャロルは、
湯殿の熱気のせいばかりではなく、本当にのぼせてきた。
159Ψ(`▼´)Ψ 糸:03/03/21 20:42
17
 イズミルの片手はキャロルの腰をしっかりと抱き、もう一方の手は
キャロルの奥深く入り込み、官能の淵へと誘う。
 キャロルは仰け反り、なんとかその手を逃れようともがいた。
「姫よ…心地よいのか?」
 イズミルはキャロルの耳元に唇を寄せて、色っぽくささやく。
そのまま、イズミルの舌が、じっくりとキャロルの耳朶を弄った。
「ああ…王子、ひどいわ…そんな言い方。あんまりよ…。」
 キャロルは快楽と屈辱の半ばで引き裂かれながら訴えた。
 その目に、本気の涙が浮かぶ。
「すまぬ…。」
 イズミルはその様子を見て、やっとキャロルを解放した。

 ハットウシャへ向かう旅路のなかで、ふたりの距離は急速に近づいていった。
 独身の頃には思いも寄らぬことだが、一人寝のさびしさはキャロルを苛んでいた。
人の温もりが傍にあるだけで、心が安らいだ。
 たとえそれがイズミルであっても。
 メンフィスへの罪悪感はいつも感じたが、どんなに自分を戒めても、
夜毎の目くるめく陶酔のなかでほどけて行く自分を止められない。
 キャロルは、誰かに縋りつくことで、自分を必死に保とうとしていた。
160:03/03/21 20:45
18
 イズミルとの思い出に浸りながら、キャロルの頬を涙が伝い始めた。
(イズミル王子…わたし、このままではどうなってしまうか分からない。
どうしていつも傍にいて、わたしを愛したり、叱ったり、抱き締めたりしてくれないの。
どうして戦になんか行ってしまうのよ。わたしを一人にしないで…)
(テーベに帰ってきてからわたしは変だわ。泣いてばかりいる。弱虫なキャロル、
どうしてもっと強くなれないのよ。)
 頭のなかで、自分の冷静な部分が冷ややかに見下している。だが、一度流れ始めた涙は
どうにも止まらない。やがて、その奔流に飲みこまれるように、
感情が堰を切って溢れ出す。
「キャロル様、どうなされました?」
 キャロルの嗚咽は、部屋の外まで漏れていたようだ。ルカが心配したようすで覗き込む。
「ルカ…。」
 キャロルは涙に曇った目で、ルカを見上げた。
 ルカが戻ってきたのは知っていたが、ここのところずっとミヌーエが纏わりついて
いたので、ルカと話をする暇はなかった。
 ミヌーエは、ルカを快く思ってはいない。ルカがメンフィスの存命中から
ヒッタイトの間者として潜入していたことを思えば、それも当然である。
「ルカ…ルカ…!」
 キャロルは頬を涙で濡らし、ルカの胸に縋りついた。
161名無し草:03/03/21 23:08
ヲィ!キャロル!おまえは主要登場人物の男ならいいのか?

・・・・それならカプター・・以下自粛。モゴモゴ。。。
162名無し草:03/03/23 01:15
糸作家様、>>159「ふたりの距離は急速に近づいていった」あたりを
できればもう少し詳しくお願いしたいのですが・・・。
Ψ(`▼´)Ψ の有無にはこだわりませぬゆえ。
激しく萌える展開で、さらりと流すにはもったいない!!
163名無し草:03/03/24 06:57
>「糸」作家様
同じく17.5をキボンヌです!
164アラブの宝石:03/03/24 11:34
>>156
14
「じゃあ、今度の休暇はアメリカへ帰らないのかい」
所変わってここは休暇直前のカイロ学園。
「ええ、兄さんとアフマド・ル・ラフマーン氏の家に招待されているの。
・・・ミノアの遺跡に行けないのは残念だわ。ジミー、あのね。私、きっとライアン兄さんの誤解を解いてみせるわ。だから・・・」
「分かっているよ、キャロル。ライアンさんも君が心配なんだってことはね。
それに僕みたいな貧乏人の小倅が気にくわないことも・・・さ!」
「ジミー!」
「冗談だよ、キャロル。でも貧乏なのは本当だよ。遺跡発掘も華々しい遺物が出ない限りはスポンサーはつきにくい。君みたいに考古学に造詣があって、お金持ちのスポンサーが欲しいよ」
キャロルの形良い眉が顰められた。
(どうしてジミーはお金のことばかり言うのかしら?私がリード家の娘だって事を揶揄するような言い方。何だか嫌だわ・・・)
そんな恋人の様子に気付いたのかジミーはすぐ謝った。
「気に障ったのなら謝るよ、キャロル。君が行けなくて本当に残念だよ。
ね、キャロル。僕は素晴らしい大発見をして誰もが認める考古学者に・・・ライアンさんからリード家に相応しいと認められるように頑張るよ。
愛してるよ、キャロル。休暇明けにまた!」
ジミーは初な恋人に素早くキスすると走り去っていった。

「ジミー!今度の休暇の予定はいかが?」
廊下で声をかけてきたのはドロシー・スペンサーだった。新興企業スペンサーグループの一人娘は、にこにこジミー・ブラウンに近づいた。容姿・頭脳が良くて人気もある彼は彼女にとって絶好の興味の対象―言葉を換えればアクセサリ―だった。
休暇の予定は発掘旅行以外特にないとジミーが答えるとドロシーは言った。
「じゃあ、うちに遊びに来て!私、というか私たち一家って考古学に興味があるのよ。今度、パパが考古学展をするのよ。リード財閥がしたみたいな、ね」
165アラブの宝石:03/03/24 11:35
15
(ジミーは見送りに来てくれなかった・・・。発掘の準備で忙しいのよね、きっと。我が儘言っちゃいけないわ)
キャロルは飛行機の窓からターミナルビルを眺めながら沈み込んだ。あの夜から二人の間にはこれといった進展はない。キャロルは逢えない間にどんどんジミーへの憧れを膨らませていった。
彼女のような世間知らずをぼうっとさせるのは簡単なことだ。無論、ジミーが打算尽くの世知辛い人間というわけではないが・・・。彼は考古学と自分の名声のためなら周囲が見えなくなるということを彼女が悟るのはいつのことか。
「キャロル、どうしたんだ?」
「あ・・・何でもないわ、ライアン兄さん」
キャロルは軽くシートベルトの留め金に触れながら答えた。アフマドの差し回してくれた自家用機は軽やかに離陸した。
(・・・・気にしたって仕方ないわ。せっかくのアフマド兄さんの招待ですもの。楽しまなきゃ!外国人は滅多に入れない砂漠の首長たちの国。一体どんな所かしら?)
ライアンはそっと妹の横顔を伺った。世間知らずの妹がジミーにのぼせ上がっていることに彼は心を痛めていた。
妹が愛した相手ならば、そして妹を愛してくれる相手ならば、何の文句もなく彼はキャロルを与えただろう。だが第六感のようなものが彼に告げていた。ジミーはキャロルの相手に相応しくない、と。
ざっと調べなおした限りではジミー・ブラウンは成績も良く、運動選手としても優秀だ。人気もある。そしてやり手である。学者馬鹿ブラウン教授が金銭的不自由をさほど感じないで済んでいるのは孫息子のマネジメント能力に負うところが大きい。
(だが、人気と人望は違う。彼にはどこか甘ちゃんの傲慢さ、軽薄さが感じられる。年を考えれば当然なのか?)

ほどなく自家用機は砂漠の国に到着した。飛行場には盛装したアフマドが民族衣装の男達を引き連れて迎えに来ていた。
「ようこそ、我が国に!歓迎する。さぁ、来てくれ。皆が君たちを待っている」
166萌え:03/03/24 12:18

「援軍の提供の見返りはナイルの娘を」
対ヒクソスの戦を終えたばかりのエジプトの王宮の一室に、ヒッタイト王子イズミルの冷たい声が響いた。
ざわめくエジプトの群臣。ファラオ メンフィスは怒りに燃える瞳で目の前の年上の青年を睨み据えたが、イズミルは涼しい顔だった。
「ヒッタイトはナイルの娘を要求する。ヒッタイト王女ミタムンがエジプトに嫁ぐことが決まっている今、ナイルの娘のヒッタイト入輿はこの上なき平和の保証」
きれい事を王子は並べるが、それはヒクソスを自国だけで蹴散らし得なかったエジプトへの恫喝であった。それにエジプトにとってこの上なく貴重なナイルの娘を入手することには、ファラオに万が一のことがあった場合に王位継承権を堂々と主張できると言うことを意味する。
「ナイルの娘は我が許に迎え、それなりの待遇を与えよう」
イズミル王子の言葉は、そのまま決定事項となる。

自分の与り知らぬ場所で、自分の運命が決められていく。
キャロルは自室で悔し涙に暮れていた。アイシスに引きずり込まれた古代。一度はアイシスを憎み、呪った。しかしヒクソス侵入でエジプトが危機に陥った時、それぞれの立場でエジプトを愛する女性は心を一つにして国を守った。
第二王妃となるヒッタイト王女ミタムンによるヒッタイトの援軍、エジプトの勝利。そしてアイシスとの和解。
だが今、キャロルはヒッタイトへやられると言う。
「ナイルの娘はいるか」
急に部屋に入ってきたヒッタイトの偉丈夫に侍女たちは逃げるように下がっていった。
167萌え:03/03/24 12:19

「な、何をしに来たのっ!来ないで下さい、ここは私の部屋です」
「そなたは私のものとなる。そなたのものは、私のものだ」
簡素で軽快なエジプト風の居室に立つ金髪の少女を舐めるように見ながらイズミルは言った。
「! 失礼ね!私は誰のものでもないわ。一時の気まぐれで私を連れていくような真似をしたらきっとあなたは後悔するわよ!」
気の強い言葉が王子を面白がらせた。
「私を怒らせぬ方がいいぞ、ナイルの娘。おとなしくしておれ。さすれば私はそなたを愛しく思うであろう」
「恩着せがましいっ!あなたなんかに、あなたみたいな男に愛しく思ってもらうほど私、落ちぶれていないわ!」
イズミル王子の片眉が上がった。今まで彼にこのような口のききかたをした人間はいない。
「ふん、男を知らぬくせに。人をまこと愛したことなどないくせに」
「何ですって!」
キャロルは逆上した。こんな冷酷な男に、情緒が欠落しているような言い方をされるとは。
「誰かを愛したことのない娘に、私を愛させるのも一興」
王子はそう言うとキャロルを軽々と抱え上げ、自室に連れていった。
168名無し草:03/03/24 13:11
おぉ!新作嬉しや〜
169名無し草:03/03/24 16:13
>人をまこと愛したことなどないくせに

王子、そりゃアンタのことでしょう(藁
これからどんなふうに王族乙女の萌えポイントをついた話が続くのか楽しみ
170糸作家:03/03/24 22:55
>162−163さま。
ありがとうございます。
 
それではリクエストにおこたえして、17.5
糸〜番外編ということで。
171:03/03/24 22:57
17.5の1
キャロルは、その夜何度目かの短い夢を見て、目を覚ました。
 心臓は早鐘のようで、胸は塞がれたように重い。
 キャロルは起きあがって顔を覆ったまま、夢の尻尾が行き過ぎるのを待った。
 夢の中で、キャロルはどこまでも続く浜辺を走っていた。夜空にはいっぱいに花火が
打ち上がっているのに、何の音も聞こえない。
 この先に、メンフィスが待っている。
 はやく…はやく行かなくちゃ…。
 だけど、どこまで走っても、砂浜は果てることがない。花火はいよいよ明るく、
誰もいない砂浜にキャロルの影を写しだす…。
 メンフィスが死んでから、夜毎訪れる短く苦しい眠り。哀しい夢を見るというわけでは
ないけれど、いつも夢はキャロルの心を重くした。
 夜明け前の孤独をひとり堪えるキャロルの肩に、そっと手が添えられた。
 キャロルは振り向きもせずに、じっとしていた。同じ寝台の反対側で眠っていた
イズミルが、キャロルの気配に目覚めたのだろう。
 このまま、イズミルはキャロルを引き倒して…?
 このまま抱かれてしまおうか。抗ったところで、誰のために操を守るというのか。
メンフィスはもういない。どっちにしろハットウシャへ着けば、婚儀をあげなくては
ならない。
 だったらいっそ、いま抱かれてしまったほうが心が落ち着くのではないだろうか。
この辛い夢の檻からも、逃れられるかもしれない。
「王子……抱い、て…。」
 イズミルは暫く何も言わなかった。ただ呆れるほど優しく、その腕が肩に絡んできて、
キャロルを引き寄せただけだった。
 イズミルは仕方ないなというように、肩で息をつくと、掠れた声で言った。
「ここでそなたを抱けば、いままでの私の全てが、嘘になってしまう…。」
172:03/03/24 22:59
17.5の2
キャロルの胸いっぱいに泣きたい気持ちが渦巻いて、そのせいで却って泣けなかった。
 メンフィスを失った哀しみ、自分への苛立ち、イズミルへの甘え、自分を差し出した
エジプトへの怒りもあったかも知れない。
 キャロルは感情を吐き出す事もできず、拳をイズミルの胸に打ちつけ、身悶えた。
 そして、感情を全て殺してキャロルは虚ろに呟いた。
「貴方はただ、形にこだわって、いま目の前にいるわたしの苦しみを受けとめることを
拒んでいるだけよ。貴方は、わたしが好きなわけじゃない…。」
「何を言う、姫よ。この胸を裂いて、この想いをそなたに見せようか。
一体、私にどうしろと言うのだ?ここでそなたを抱けば、それで満足なのか?姫よ?」
「ちがう…ちがうわ。王子、わたしの言いたいのはそんなことじゃない。
貴方は自分のことしか考えていないって、そういうことよ。
貴方は、自分の想いを押しつけているだけ…。」
 イズミルは、キャロルのやり場のない思いを感じていた。ただ、絡んでいるだけなのだ。
そんな相手に真面目に愛を説くことを愚かなことと思いながらも、
真剣にならずにはいられない。
「そうだな…わたしは人生を賭して、そなたを求めてきた。だから…いまは…何と
言われようと…。」
「じゃあ、わたしはどうすれば良いの?もう耐えられない…!耐えられないのよ!
貴方の体で、温もりで、癒して欲しいのに…!」
 それは、キャロルの血を吐くような心の叫びだった。しかし、イズミルは穏やかに
キャロルに言っただけだった。
「姫よ、今宵はもう休め。我らには時間はたっぷりある。その話しの続きは、
明日の夜でもよかろう。今宵は、もう悪い夢はやって来ぬよ…。わたしが守るゆえ…。」
 キャロルは、納得いかぬように何度も何度も頭を振りながら、それでも少しの温もり
を求めてイズミルの胸に縋った。
 やがて腕のなかで眠りについたキャロルを見つめながら、イズミルの胸にも嵐が
吹き荒れていた。
(姫よ…そなたが苦しめば苦しむほど、これほどにそれほどにそなたを捕らえ続ける
メンフィスが、わたしは…憎い!)
 抱き締める腕はそのままに、イズミルは感情をじっと押し殺した。
173:03/03/24 23:00
17.5の3
「姫よ、少し、外へ出てみぬか?」
 翌朝、イズミルは天幕のなかでいつまでも臥せったまま起きてこないキャロルに言った。
 ハットウシャまで、あと峠を二つ。今朝は遅立ちであった。
 キャロルは、のろのろと天幕の外へ出た。
 小さな草花が咲き乱れ、せわしない蜂の羽音がそこかしこに響いている。
 キャロルは思わず目細めた。風が優しくキャロルの髪をなぶる。
「姫よ、ハットウシャの春は、美しいであろう…?」
「ええ…」
 キャロルは至って素直に返事をした。
「きれい…」
 胸いっぱいに吸い込んだ空気が、生命の息吹をキャロルに伝えている。
 少しほころんだキャロルの口元を満足げに見やって、イズミルは言った。
「姫よ…花冠をしているそなたを見てみたい。」
「王子……?おかしな人ね。」
 それでも花を摘んで座り込んだキャロルを、春の日差しが照らす。
イズミルはその傍らに腰掛けて、夢中で花冠を編むキャロルの手元に見入った。
「どう?」
 やがて出来あがった花冠を頭に載せて、キャロルはイズミルを振り仰いだ。
「きれいだ・・。」
 何のてらいもなく、イズミルが答える。
「はい」
 キャロルは座ったまま手を伸ばして、イズミルの頭にも花冠を載せようとした。
イズミルはその手をつかんで、立ちあがった。キャロルを立たせておいて、
イズミルだけ片ひざをついてキャロルの前にひざまずく。
174:03/03/24 23:02
17・5の4
「王子…?」
 イズミルは頭を垂れて言った。
「王冠は本来神よりいただくもの。そなたはわが女神。我が法。
 全てを超えてわたしを支配する唯一絶対の法だ。
 さあ、わたしに冠を授けてくれ。わたしは、生涯、常春の女神を守るためことを誓う…!」
 戸惑うキャロルの手をとって、自らの頭に導く。
 キャロルは、おかしなことと思いながらも、イズミルの真剣さに逆らうことが
できなかった。
 春は、二人を包んでいよよ萌える。
175糸作家:03/03/24 23:13
×守るためことを誓う
○守ることを誓う 
でした。
求められているものと違うような気もしますがこんなとこで・・・
176163:03/03/24 23:26
17.5の素早いうp有難うござりまする。
「糸」作家様の才能に惚れた〜!

177162:03/03/25 09:43
糸作家神、リクエストに応えてくださってありがとうございました!
激しく萌えております。王子萌えー!!!!
ほんと、糸作家神、最高です・・・。
178名無し草:03/03/25 09:43
はぁ・・・なんだかせつなくなります。
179萌え:03/03/25 12:46
>>167

「さて・・・と」
イズミル王子は小さな身体を怒りと屈辱に震わせる金髪の少女を面白そうに見つめた。愛らしい顔立ちでありながら、この気性の激しさはどうだろう?優しく穏やかだともっぱらの評判だが、周囲の人間はきっとナイルの娘と呼ばれるこの少女の隠された一面を知らないのだ。
王子はいきなりキャロルの肩を掴むと、耳飾りを、首飾りを、額飾りを取り去った。
「お、王子!何をするのっ?! 無礼です!」
「おとなしくいたせ、ナイルの娘よ。これよりはこのような品、身につけてはならぬ。そなたを飾るものは全て私が与える。私がそなたに与えたもの以外、身につけてはならぬ。装身具も香料も・・・」
王子はいきなりキャロルの衣装の肩部分を引き裂いた。それはごく小さい部分であったかも知れないが、そのままでは外には出られない目立つ部分だ。
「衣装も、全部だ。そなたは私のものゆえに」
王子はそのまま、キャロルを湯殿に引っ張っていき、いきなり湯に放り込んだ。
「湯を浴びよ。エジプト風の香料はまだ子供のそなたには濃厚すぎる」
「王子っ!あなたどういうつもりよっ!こんなことをしてただですむと思ったら・・・!」
「どうした、私が洗ってやらねばならぬのか?」
キャロルは激怒し、派手に湯を散らかしながら湯浴みを終えた。
(一体、どういうつもりなの?何て傲慢で嫌みな男!市場で会ったときはあんなじゃなかったわ)
キャロルはしのびで出かけた市場で商人に身をやつした王子に出会っていた。
強い印象をキャロルに与えた精悍な若者が今は彼女の「所有者」だという。
(許さないから!思い通りにいくと思ったら大間違いよ)
180萌え:03/03/25 12:46

「湯浴みは済んだか?」
湯殿に立てこもろうとするキャロルを王子は軽々と抱き上げると、着替えのために仕切られた場所に放り込んだ。
「それに着替えよ。手伝って欲しくばいつでも申せ」
返答は投げられた化粧パレットだった。
キャロルは用意された寛衣を眺めた。それは贅沢に薄く軽やかなものでヒッタイト風にゆったりと身体を包み、慎ましく肌を隠すものだった。キャロルは大急ぎで衣装を身につけた。そうすればあとは狭い一角から出るくらいしかやることがない。

王子は当然のようにキャロルに言った。
「今宵よりはもはや私の居室がそなたの居室でもある。そなたの部屋に帰ることは許さぬ」
怒りに口も利けないキャロルに王子は急いで用意されたのであろう寝台を示した。
「とりあえず、今宵はそこで眠れ。私も疲れた。共寝したくばそれもよいが、子供のそなたには難しかろう!」
「だ、誰が子供ですって!」
「子供ではないか。テーベの市場で初めて出会ったそなたは供も連れず、初対面の私に馴れ馴れしく旅の話をせがんだ。分別のある娘は見知らぬ男に話しかけ、喜ばせるような真似はせぬよ」
そういう王子は何故か嬉しそうに見えた。

夜更け。
仕切のカーテンの向こうから寝息が聞こえるのを充分すぎるほど確かめたキャロルはそっと身を起こした。
(このまま、ヒッタイトへ行くなんてとんでもないわ!逃げてやる。逃げて現代へ帰るのよ。王子、せいぜい、吠え面かくがいいわ!)
キャロルはすっぽり布をかぶると音もなく部屋を抜け出し、回廊を急いだ。
急ぐ彼女に不意に声をかけてきた者があった。エジプトの最高神官カプターである。
181萌え:03/03/25 12:48

「これは・・・ナイルの娘ではありませぬか。このような夜更けにどうなされた?」
明るい月の光がキャロルを照らす。その美しい黄金色の優しい姿を、カプター大神官は好色な目で睨め回した。
「あ・・・・どいて下さい。私、急ぐんです」
カプター大神官は人目を避けるようなキャロルの姿を見て、彼女が出てきたヒッタイト王子の滞在する宮殿を見やってから、
だいたいの事情を察したようだ。
「ナイルの娘。お困りのようですな・・・・?私がお力になりましょう。なぁに、全てお任せあれ・・・。
ホンの少し私めの望みも叶えて下されば・・・決して悪いようにはいたしませぬ」
宴で酒を過ごした老人は有無を言わせず、キャロルを柱の陰に連れこんだ。
「ホンの少し・・・御身の黄金と大理石のお身体に触れさせていただければ。
神の娘たる御身の甘い香りを・・・優しい手触りを知ることができたなら。
生きた黄金たる貴重なる御身の・・・・」
好色な手はキャロルをまさぐり、酒臭い呼気がキャロルの唇を探る。
「ホンの・・・ホンの少しだけ。ご心配あるな。私は大神官。私に触れられることはつまり神々に触れられるも同じ事・・・」
恐怖と厭わしさに声も出ないキャロルを良いことにカプターの行為はどんどんエスカレートした。
「あ・・・・。嫌、嫌です。やめ・・・て・・・」
「おお、悩ましい良い声じゃ。若返る・・・」
カプターが衣装の裾をめくり上げ、キャロルの脚の間を探ろうとしたその時、キャロルは大神官の腰帯から短剣を抜き、
おぼつかない手つきで背中に刺した。短剣は太った老人の背中にずぶずぶとのめり込んだ。カプター大神官は信じられぬ
という風にキャロルを見て、声もなく倒れた。
「お・・・・ああ・・・・。どうしよう・・・」
がくがくと震え、滂沱と涙を流すキャロル。まさかこんなことになるとは。まさか人を傷つけてしまうとは。
カプター大神官は痙攣を繰り返し,うめき声を上げている。
その時。
「ナイルの娘。抜け出したりするとはどうしたことぞ?」
背後から声をかけてきたのはイズミル王子だった。
182萌え:03/03/25 13:54
>>165
16
砂漠の中の道は唐突に終わり、その先にはお伽噺もかくやと思われる豪華な宮殿が現れた。それがル・ラフマーン家の屋敷だった。同じ豪華でもリード邸のそれとは全く異なる。
(すごいわ!まるでアラビアン・ナイト!)
白亜の宮殿を見上げるキャロルの瞳は生き生きと輝いていた。アフマドの住む世界の時代がかったアラブ風の奢侈というものを知識としては知っていたライアンも心中密かに嘆息した。
アフマドはにこにことキャロルの様子を見守った。趣味の良い服装のキャロルはまだまだ子供の面影を濃く残してはいるものの楚々として美しい。キャロルに道中のことや試験の首尾のことなど聞き出しながら、アフマドは今更ながら自分の選択眼の良さを確認するのだった。
子供っぽい高い声で、でも怜悧さを伺わせる口調で受け答えするキャロルの様子をアフマドに従ってきた人々も注視している。それを計算した上で、アフマドは皆にキャロルの賢さや美しさを見せびらかすように話をした。

「さぁ、ここが客人の館だよ」
アフマドが兄妹を案内してくれたのは別棟になった豪華な居館だった。
「いつまでもヨーロッパ風の衣装では無粋だし、砂漠の気候には合わない。我がアラブの衣装を用意した。着替えてくれよ」
「おいおい、アフマド。一体どういうつもりだ?僕らのトランクはどうした?」
ライアンは抗議したが・・・。
「俺の親父の欧米嫌いは知っているだろう?郷に入らば郷に従えさ。30分したら迎えに来る!キャロルも、いいね?」
「お客様方、どうぞこちらに。お支度をお手伝いいたしますわ」
キャロルとライアンは引き離され、それぞれ着替えのために小部屋に連れ込まれた。

ライアンについてくれたのは流暢な英語を話す男性の召使いだった。彼は手慣れた様子でライアンにアラブ風の長衣を着せつけ、頭を覆う布と短剣をつけさせた。長身痩躯のライアンに精悍なアラブ衣装はたいそう似合った。
(すっかりアフマドのペースだな。・・・まずいことにならないといいが)
今更ながらキャロルを妻にと言ったアフマドの言葉が思い出される。
183萌え:03/03/25 13:55
17
「まぁ、お嬢様。お似合いでございますわ」
侍女がキャロルを大きな鏡の前に連れていった。絹の長衣、紗のベール、趣味の良い装身具。まるで王女のようなキャロルの装いである。
「・・・ありがとう」
はにかみながら侍女に礼を言うキャロル。アラブ人の侍女たちは少しも高ぶらずに、さりとて卑屈におどおどするというわけでもなく召使い達に
接する子供のような白人の娘に自然と頭を下げた。
「キャロル、用意は調ったかい?さぁ、客間にご案内しよう」
彼の故郷アラブの地で見るアフマドは、キャロルの知っている「アフマド兄さん」とはまるで別人のように威風堂々として近づきがたく思えた。
だが、微笑んで手を差し出してくれるのは間違いなく優しい「アフマド兄さん」なのだ。
「その衣装、よく似合っている」
アフマドは自分が選んだ衣装を着たキャロルを見て目を細めた。
「これなら皆、君が気に入るさ。さぁ、ライアンを迎えに行こうか」
アフマドはアラブ風の衣装をつけたライアン、キャロルの兄妹を伴って長い廊下を進んだ。まるで宮殿のような建物。
そこここから遠来の珍客を伺う気配が感じられ、キャロルは落ち着かなげにライアンに身を寄せた。
廊下の突き当たりの大扉が音もなく、内側から開けられた。薄暗い廊下を圧倒する光が中から漏れた。同時に音楽と人のざわめきも。
そこがル・ラフマーン家の客間、もとい広間であった。
「お父さん、僕の客人をご紹介します。我がラフマーン財閥の重要なパートナー、リード財閥の総帥であり、僕の親友でもある
ライアン・リード氏とその令妹キャロル嬢です」
アフマドは二人を、正面に座る父親ル・ラフマーン氏に紹介した。外国人嫌いで有名なアラブ財界の大者は無表情に二人の外国人を見下ろした。
彼に侍るように座る女性達(きっと妻達なのだろうとライアン達は思った)も、広間の壁際に座る一族の男達も興味津々といったふうに黒い瞳を
輝かせている。
184萌え:03/03/25 13:56
18
だがライアンは少しも臆することなく、ル・ラフマーン氏に挨拶した。若いながらも威厳溢れる様子にル・ラフマーン氏も興味を持ったようだった。
ライアンに続いてキャロルも淑やかに膝を折って挨拶した。だがその間中、慎ましく目は伏せたまま、言葉数も少なく、とかく外国の女性は姦しいと思いこんでいたアラブ人達も楚々としたその様子に驚いたのだった。
リード兄妹を見守りながら、アフマドは父親にどうだというような挑むような視線を送っていた。外国人嫌いの父親に彼らを引き合わせるのは、アフマドにとっては挑戦であり反抗でもあった。
「・・・・ふむ、アフマド。この方達がお前の言っていた異国の友人方か」
「・・・・そうです、お父さん」
「ふっ、アフマド。そのように睨むような顔をするでない。
・・・・ライアン殿、キャロル嬢、ようこそ来て下された。アフマドの友人であるあなた方は我らの会社にとって、そしてそれ以上に一族の大切な友人だ。
どうかくつろいで滞在を楽しんでいただきたい」
気むずかしく、人を見るに長けたラフマーン氏の試験に二人は合格したらしい。広間の空気はふっと緩み、音楽はにわかに賑やかになった。歓迎の宴が始まるのだ。
ラフマーン氏は客人を側近く招き寄せ、様々に語りかけた。ライアンの深い思慮、洞察力、会話の端々から窺われる誠実さ、驕らない強靱さがラフマーン氏を満足させる。
同時にラフマーン氏はキャロルにも語りかけた。キャロルが慎ましやかに、しかし萎縮せず、明晰な口調で受け答えすることがラフマーン氏を面白がらせ、また感心させた。
居合わせた人々は密かに囁き交わした。
(ラフマーン様はライアン氏とキャロル嬢を試験しておいでだ。ラフマーン様のお眼鏡にかなったとするとあの外国人は我が国との関係において素晴らしい恩恵を被るだろう。
しかし、あの令嬢は・・・?まさかアフマド様はあの令嬢を・・・?)

185萌え:03/03/25 13:56
18.5
宴も果てて、ラフマーン氏は今まで父親に反抗ばかりしてきた息子に暖かく微笑んで見せた。
「お前はなかなか良い友人に恵まれたな。私はお前同様、あの異国の友人を大切に思う。彼は誇り高いアラブの戦士のようだ。
そしてあの娘。美しく威厳がある。私の考えるとおりなら、お前はあの娘に子を産ませたいのだな、ラフマーンの血を引く」
「お父さん・・・僕は・・・」
「今度ばかりは、わしもお前のやり方に賛成だ」
186萌え アラブの宝石:03/03/25 13:59
すみませぬ、タイトル間違えました。
>>182からは「アラブの宝石」でつ。
うう、痛すぎる。コブラで首つって逝ってきまつ
187名無し草:03/03/25 14:03
>186
逝かないでくださいまし〜
188名無し草:03/03/25 15:53
萌える〜。本編より面白いかもと思うyo!
189名無し草:03/03/25 17:21
どの作品も読み応えがあって楽しい!
190:03/03/25 21:13
19
 必死に縋りつかれれば突き放す事は出来ない。ルカは戸惑いながらも、
キャロルをあいまいに抱き留めた。
 キャロルは言葉もなく、ただ泣き続けている。
 もともと、ルカにとって、キャロルは主君の想い人以上の存在ではない。
忠義を尽くすべき相手とはイズミルただ一人であって、キャロルはイズミルのために
守っているに過ぎない。
 数々の危機を共に乗り越え、いつも自分を庇ってくれる彼女を敬愛している
ことも確かだが、それでもイズミルのためであればいつでも捨てられる。
ルカにとっては、大切なのはイズミルだけで、他の人間などどうでもいい。
そんな中で、キャロルはちょっとだけ特別、ただそれだけのことだった。
 しかし今、泣きじゃくるキャロルを胸に抱いているうちに、ルカの頭は
靄がかかったようにぼんやりとしてきた。
191:03/03/25 21:14
20
 ルカは、キャロルがヒッタイトへ向かう前日の晩、自分の胸に頬を寄せて泣いた時
のことを思い出していた。
 震える身体、細い肩。
 知らず、キャロルを抱きしめる腕に力がこもる。
「キャロルさま、お嘆きにならないでください。このルカが、ついています…。」
「ルカ…」
 ルカは、キャロルにイズミルの様子を話し、彼がどんなにキャロルのことを
想っているか、だから心を強く持って欲しいと告げなくては、と思うのだが、
全く別の言葉が口から溢れ出す。
「キャロルさま、わたくしがいつ何時でもお守りいたします。
姫に万が一の事があれば、わたしは…。」
 自分は一体何を言っているのか、ルカは自分の声を遠くに感じた。
 キャロルの甘い肌にのぼせたのか。
 キャロルの苦悩に同情しているだけなのか。
 いずれにしろ、ルカは抗し難い誘惑を感じていた。
 自分にこんな一面があったと言う驚きと共に。
 やがて、ルカの服を掴んでいた手が、ぱたりと落ちた。
「キャロルさま…?」
 ルカはキャロルの顔を覗き込んだ。泣き疲れて眠ってしまったらしい。
 ルカは、ふぅ、と息をついた。
 どうにか自制した。妙な達成感を感じながら、ルカは眠り込んだキャロルを
寝台へと運んだ。
「私の姫は一体いつからこんなに好色になったのか」
王子はそう言って傍らに横たわるキャロルの裸身に触れた。
「私が弄っても嫌がりもせぬ。口では抗い、涙してみせても、そなたの身体はほら・・・・・」
王子は脚の間の亀裂をまさぐった。そこは蜜に暖かく濡れ、甘い匂いをさせている。
「ひっ!嫌だ、王子。あ・・・・・っ・・・・・・あうっ!」
王子のしなやかな指が2本、3本と内奥に差し込まれ敏感な内側の襞をかき回す。湿った卑猥な音。胎内のある一点を触られると全身に甘い電流が流れる。
「もう内でも歓びが感じられるようになったのか?最初は指を一本入れるのも大変であったのに今はこんなに柔軟になって」
王子は空いた指で亀裂の上縁にある突起を揉みしだいた。
「ああ・・・・・っ!」
あまりの刺激の強さにキャロルは悩ましく腰を揺すった。
「誘い方もなかなか巧者になったな。なんとも艶めかしく踊るようになったではないか」
王子はなおも指で彼女を焦らし、その唇から王子自身を請わせる言葉を言わせようやく自身で穿つのだった。
193アラブの宝石:03/03/26 11:58
>>185
19
「では、お父さん。キャロル・リードを妻に迎えることをお許しいただけますか?」
「ふふ、今更しおらしく殊勝な息子を演じてみる必要もあるまい。仮に私が反対してもお前は思うとおりにするだろう」
ラフマーン氏は気性の激しい息子に親しみ深く微笑みかけた。
「あれは聡明で気だての良い娘のようだ、もし私の目が曇っていないのであればな。不思議なほど気品がある。まるで我がアラブの王族のようだな」
外国人嫌い自民族優越論者で鳴るラフマーン氏はこうして息子に結婚の許諾を与えた。
「さて・・・。お前の夫人となるキャロル嬢の保護者殿と話し合わねばなるまい」

「このような夜更けに申し訳ない。だが夜の穏やかな月の光や涼風は、重要なことを話し合う折りには相応しい」
ラフマーン氏はライアンに低い椅子を勧めながら言った。
「話というのは他でもない。あなたの令妹キャロル嬢と我がラフマーン家の嫡男アフマドとの結婚についてだ」
(何とまぁ、話は急に進むことか!)
ライアンは内心の驚愕を押し隠すのに精一杯だ。アフマドがそういうつもりでいるらしいのは知っていたが本気で考えるに値しないこととタカをくくっていたのだ。
「アフマドがあなたにはもう話したと聞いていたが・・・。キャロル嬢の保護者として、兄上としてどうお考えかな? 我がラフマーン家は両家の結びつきを歓迎しても良いと思っている。私の意は我が一族の総意であり・・・・またラフマーン財閥の指針でもある」
ラフマーン氏は族長として、また財閥の総帥としてライアンに語りかけた。彼の口調は言外に告げる。我がラフマーン財閥とあなたのリード財閥が縁組みで結ばれるなら世界経済に非常に大きな地位を占める血縁グループが出来、大きな利潤を得るだろう、と。
194アラブの宝石:03/03/26 11:59
20
「は・・・」
ライアンはまっすぐラフマーン氏の目を見つめ返した。確かにこの縁組みはこの上ないものだ。アメリカでも有数の名家とアラブの名流の縁組み。
しかも両家は共に大財閥。プライベートでも仕事上でも他の追随を許さない共同体の出来上がりだ。
リード財閥の総帥としてのライアンは短い間に素早くラフマーン財閥との結びつきのメリットを検討した。だが妹の幸せを祈る一人の兄としては。
確かにアフマドは名家の嫡男だ。気心の知れた仲でもあるから、彼がどんなに優れた信頼に足る男かということも知っている。
なるほど、成熟した大人の男性である彼ならばキャロルを託すに足る。
しかし・・・。
「確かにその話はアフマド君からの申し出を受けています。あなたがキャロルを気に入って下さったのもあの子にとっては非常に名誉なことです。
だが、いかんせん、キャロルはまだ16歳の子供です。アフマド君は29歳。
僕としては、とてもまともに考えることの出来ない申し出だったと正直なところを告白いたします」
「なるほど、確かに。だがアフマドはずいぶん以前からあなたのご令妹に心を寄せていたようだ。ご令妹は16歳と伺ったが、もう結婚できる年頃だ」
その言葉の中に淡く性的なものを感じ取ってライアンは苦々しく思った。
「それに文化の違いはいかんともしがたい。文字通り住む世界が違うのですよ、二人は。尊敬しあう年の離れた友人同士にはなれるかもしれない。
だが夫婦にはなれますまい」
ほう、と言ったきり韜晦を決め込むラフマーン氏。ライアンは若いだけあってその手の時間稼ぎには不慣れだ。
「率直に申し上げる。妹を一夫多妻の文化圏に嫁がせることには抵抗があります。それにアフマド君にいくつか縁談がある、あるいはあったという
話を耳にしております」
195アラブの宝石:03/03/26 12:00
21
「なるほど、あなたは率直だな。しかし不思議に不快でも腹立たしくもない」
ラフマーン氏は笑った。ライアンは戸惑った。
「あなたの申し出は分かった。財閥の利害と切り離して家族を大切にされる真摯な姿勢もだ。さて。まず一夫多妻だが、アフマドに関してはそれがあるかも知れぬし、ないかも知れぬとだけしか答えられない。
キャロル嬢がアフマドに相応しく、アフマドを愛し、その愛情故に息子の心を独占できればアフマドは何があってもキャロル嬢を裏切るまい。
アフマドの縁談だが、それについては息子は年寄り山羊のように頑固でしてな。あの年まで独り身だ。だがそれもキャロル嬢ゆえであったかな・・・?」
ライアンは、ほうっと安堵の吐息をついた。ラフマーン氏は怜悧でバランス感覚に富んだ性格らしい。
「失礼を申し上げた若造に丁寧なご返答痛み入ります。どうか私の失礼をご寛恕頂きたい。
そうまで言っていただけるなら、無論、私としてもアフマド君のような男性に妹を託せれば安心ですと申し上げられる。しかし妹はまだ子供です。私はあのこの幸せを願っています。全てはあの子に決めさせたいのです」
「まだ子供であるとあなたは言われたが? 子供の幸せを用意してやるのが大人の務めではないかな?」
「妹はまだ経験の少ない子供ではありますが、愚かではないと思っております。あの子には自分の最善の道を選ぶ分別があります」
ラフマーン氏はますますこの兄妹が気に入った。
196アラブの宝石:03/03/26 12:00
22
アフマドは上機嫌でキャロルの姿を探した。昨夜は父親から自分の結婚に対して許しを貰った。そしてその3日後の今日はライアンから待望の返事を貰った。
「何事もキャロルの心次第だ。キャロルが君を選ぶなら僕は何の反対もない」
ライアンの言葉を心地よく反芻するアフマド。視線の先にはキャロルがいた。
(俺は今まで欲しいものは全て手に入れてきた。今、そしてこの先ずっと生きている限り、俺が心から望むのはキャロルだ)

「アフマド兄さん、おはよう!」
庭で花を眺めていたキャロルは今朝は欧米風の洋服を着ていた。無邪気にアフマドを「兄」と呼ぶ少女に、召使いの女達が面白そうに目配せをしている。
「おはよう、キャロル。今日は洋服かい?」
それはいつかアフマドが似合うと言ってやったワンピースだったが・・・。
「せっかく俺の国にいるんだ。着替えておいで。さぁ・・・」
「アフマド兄さんったら!」
抗議するキャロルを無視して召使いに淡い緑色の一揃いを着せるように指示するアフマド。建物の中に入っていくキャロルを見送りながら召使い達は囁き交わした。
―おや、アフマド様はどこであのようなことをお覚えになったのか―
―やはりあのお嬢様が第一夫人におなりなの?ラフマーン様もお気に入りの異国の方―

着替え終わったキャロルはアフマドに伴われてテラスに出た。召使い達が甘いお茶や菓子類を置いて下がっていく。
「やっぱりアラブ風の衣装の方が似合うよ、キャロル」
「そう?でもアフマド兄さんったら強引なんだもの。どうしたのかと思ったわ。召使いの人は笑うし・・・」
「笑わせておけばいいさ。ところでキャロル。僕のことをアフマド兄さんと呼ぶのはやめにしてくれないか?」
197名無し草:03/03/26 15:46
オニ作家様、久しぶりにお腹がいっぱいでつ
198Ψ(`▼´)Ψ糸:03/03/26 21:04
21
 ルカは、キャロルをそっと寝台に下ろした。
 複雑な思いで、その寝顔を見つめる。手が無意識のうちに、くしゃりと
キャロルの髪を掻きあげた。
「う…ん…。」
 メンフィスの夢でも見ているのか、キャロルの口元に淡い微笑が浮かぶ。
しかし次の瞬間、ルカは驚きと胸元に突き上げてくる喜びのあまり、
息が止まりそうになった。
「ル…カ…。」
 キャロルの唇から漏れる、自分の名。
 何と甘美に響くことか。
 それは至上の音楽。誘惑の秘薬。
 ルカの最後の抵抗はあっけなく打ち砕かれた。
 ルカは、何故こんなことをするのかも分からないまま、キャロルの唇に唇を重ねた。
 無意識のまま、キャロルもそれに応える。指が、キャロルの衣の下に滑り込んだ。
熱い鼓動が、手の平に伝わる。
 ルカはひしと、キャロルを抱き締めた。
199Ψ(`▼´)Ψ糸:03/03/26 21:06
22
「ル…ルカ?!きゃぁ…っ」
 キャロルはその動きに目を覚ましもがいた。
「ああ…姫…ひめっ…!」
 ルカはその腕を緩めなかった。
 ルカの悲痛なまでに真剣なまなざし、キャロルは抗うことをやめた。
 誰に愛されても、どんなに優しくされても、その指先はメンフィスの
ものではないのに、温もりを求めずにはいられない。
 ルカの孤独な魂もまた、激しくキャロルの温もりを欲しているのだ。
 必死に求められれば、突き放せないのはキャロルも同じ。
 ルカはキャロルの足元に蹲った。キャロルの白い足を尊いもののように捧げ持ち、
指の一本一本を丁寧に口に含む。やがて舌先はゆっくりと這い上がり、膝の裏を
くすぐり、更にその奥へと。そこは、露を滴らせ馥郁と咲き誇る薔薇の花園だった。
ルカは傅き、押戴くように舐めあげ、露をすすった。
あたかも神聖な儀式のように、キャロルは寝台に仰向けになったままルカに身を任せた。
キャロルの体が次第に熱を帯び、現実が情欲の中に溶けていく。
行きつく先は、身分もなく、恥じらいもなく、真実さえもない世界。
 しかしルカは、自らの欲望をキャロルにぶつけようとはしなかった。
ふたりに欲望の匂いはなく、慰め合う兄妹のように身を寄せ合った。
200名無し草:03/03/26 21:59
200げと。
キャロル×ルカってなんだか神話のような絵を想像しちゃいます。
201名無し草:03/03/27 13:27
わー念願のルカ×キャロルー!
素晴らしいー
でもキャロルは一体何人の男と・・・!?
202アラブの宝石:03/03/27 13:53
>>196
23
キャロルは驚いたふうにアフマドを見た。
「じゃあ、どう呼べばいいの?アフマド様、とか若様、とか?」
「それは,召使いの呼び方だ。ただアフマド、でいいよ。君だっていつまでも小さい女の子じゃないんだしね」
「でも年上の人を呼び捨てだなんて。せめてシェイク・アフマドでは?どうしてアフマド兄さんと呼んじゃいけないの?」
「だめ、アフマドでいいんだよ。君になら呼び捨てにされてもいいんだから」
アフマドは内心、自分の性急さに驚きながら話を一方的に打ち切った。あとは少しぎこちない雰囲気の中で雑談が続く。
その気まずさを救ったのはライアンの出現だった。妹思いの兄はアフマドがどうするつもりか偵察に来たというわけ。
「ライアン兄さん!」
あきらかにほっとした様子でキャロルは兄の腕に縋った。あまり外見の似ていない兄妹の姿にアフマドは軽く嫉妬を覚えた。「兄」と呼ばれるからこそキャロルは慕ってくれたのでは?一人の男として存在した場合、初なキャロルは無邪気につきまとってくれるだろうか?
「ライアン兄さん、アフマド・・・兄さんったらひどいのよ。急にアフマド兄さんって呼んじゃいけないなんて言うの!呼び捨てなんて私が呼びにくくて嫌だわ」
「・・・アフマドめ、さっそく亭主風を吹かせているのか」
「え?」
「何でもない。アフマドがそう言うなら、そう呼んでやればいいさ。そうだろう、アフマド?」
ライアンは未来の義弟になるかもしれない親友に目配せすると気を利かせて離れていった。
203アラブの宝石:03/03/27 13:54
24
しばらくアフマドは四方山話を続けた。だがやがてキャロルが言った。
「アフマドにい・・・いえ、アフマド。何だか変よ?」
「・・・別に変じゃないさ。いや、少し変かな?ねえ、キャロル。俺の国は気に入ったかい?」
「? ええ、もちろんよ。とても美しい国。皆、親切で気持ちの良い人たちだし。外国人を歓迎しない砂漠の中の誇り高き首長達の国って最初は怖かったのよ。でも杞憂だったわ。もう帰国なんて残念」
アフマドの目が光った。
「本当にそう思う?」
「ふふっ、でも我が儘はいけないわね。ごめんなさい。今回の入国だって特例なのでしょ?綺麗なものをいっぱい見られたし、あなたのご一族の女性方ともお知り合いになれて親しくお話していただけたわ。本当に夢みたいだった」
アフマドがキャロルの手首を掴んだ。
「君が望むならずっと俺の国にいればいい。俺もそれを望む。俺の国が君の国になる」
「あ・・・アフマド・・・兄さん?何を言っているの?」
強い力、真剣な口調、まるで相手の意志を奪って縛り付けるような。
「キャロル、俺の妻になって欲しい。俺の妻になって生涯側に居て欲しい。
親父を始め、俺の一族は俺の意志を尊重し歓迎してくれている。ライアンも賛成してくれている。
キャロル、どうかあなたを妻とする男に許諾の返事を与えて欲しい」
キャロルはがたがたと震えだした。アフマドのことを初めて怖いと思った。
(何?け、結婚ですって?私とアフマドが?ラフマーン氏も・・・・ライアン兄さんまで許しているですって?どういうことよ、一体!)
いきなりアフマドの顔が近づいてきて、キャロルに接吻をした。それは深く情熱的な口づけだった。ジミーとのそれなど児戯に等しい大人の接吻。
「キャロル・・・?」
「いやっ!大嫌いっ!」
キャロルは自室に駆け戻って行った。
204アラブの宝石:03/03/27 13:54
25
明日は帰国という夕方。キャロルは物憂く黙り込んだまま、送別の宴に出席するために身支度を整えていた。
「お嬢様、お顔の色が冴えませんわ。ご気分でも・・・?」
「いいえ、何でもないの。・・・ええ、宴には出席します。せっかくラフマーン様が催して下さったのに」
キャロルは召使いが差し出してくれる装身具を身につけながら答えた。豪華なアンティークの装身具の一揃い。ラフマーン氏の贈り物だ。
(こんなもの身につけずにすんだらどんなにいいかしら? こんなことをされては私、どんどんアフマドを断りにくくなる。せっかくの訪問なのに、アフマド兄さんが変なこと言うから私・・・)
アフマドの唐突強引な求婚はおとついのこと。ショックを受けたキャロルは今まで部屋に籠もりきりだったのだ。その間もアフマドは何だかんだと見舞いの品をよこした。砂漠の国にはあるはずもない花。果物。女性好みの綺麗な小間物、装身具類。
どれも高価なものでキャロルはライアンに窮状を訴えたが、はかばかしくない。それはきっとキャロルが、自分にはジミーがいるのだとか何だとか口走ってしまったせいだ。

「おお、ライアン殿、キャロル嬢。この国より去られるあなた方のためにささやかな宴を設けた。どうか心ゆくまで楽しんでいただきたい」
ラフマーン氏の謙虚にすぎる言葉で豪華な宴は始まった。一族郎党が集い、アラブ風の装束に身を固めたリード兄妹を見守った。じき自分たちの一族に加わるのであろう異国の兄妹を。
―あれがキャロル嬢か。なるほどラフマーン様のお眼鏡に適うだけの器量の持ち主らしいな。ライアン・リードの妹ならば俗な馬鹿な女ではあるまいよ―
―しかしアフマド様にはヤスミンがいるではないか?キャロル嬢とヤスミン、どちらが名誉ある第一夫人になるのだろう?―
205アラブの宝石:03/03/27 13:55
26
宴もたけなわの頃。
キャロルは目立たぬように席を外し、涼しいバルコニーに出た。人々の好奇の視線や、先走った祝いの言葉が腹立たしくうっとおしかった。
(帰国してしまえば全部なかったことにしてしまえるわ。アフマド兄さんの勝手な気まぐれも、ラフマーン一族の勘違いも。
私が好きなのはジミーよ。私に初めて好きだと言ってくれた人。ああ、ジミー。あなたに会いたいわ!)
その時。
「キャロル。こんなところで何をしているんだい?」
「アフマド・・・兄さん」
後ずさるキャロルの手首をアフマドは掴んで、いきなり抱き上げた。
「アフマド兄さんっ!何するの!降ろして!」
「静かにおし、キャロル。俺が言ったようにアフマドと呼べば降ろすよ」
「わ、分かったわ。分かったわよ、アフマド!さあ、降ろして」
アフマドは苦笑して軽い身体を降ろした。でも逃がさぬように手首は掴んだままだ。
「どうして俺を避ける?」
キャロルは藻掻きながら言った。
「だってアフマドが私をからかってひどいことするから」
「からかった?俺が?」
アフマドの心底驚いた顔がキャロルの怒りに火をつけた。
「とぼけないでよ!私と結婚しようなんて言ったじゃない!ライアン兄さんまで巻き込んで勝手に決めて!わ、私は結婚なんてしないんだから!」
「・・・」
「・・・・・そりゃアフマドのことは好き。でもそれはアフマドが私の“兄さん”だからよ。結婚なんて・・・。私には好きな人もいるのよ?」
「ジミー坊やか」
アフマドの目が不吉に光った。
「あんな坊や。あの子は君を愛しちゃいないね。言ってみれば良き理解者、良きスポンサーとしての君を好きなのさ」
「ひどいこと言わないでっ!ジミーはそんな人じゃないわ。あなたなんかと違って優しい人・・・きゃっ!」
アフマドはいつの間にか生意気にも反抗することを覚えた唇を塞いだ。自分の唇で。
206名無し草:03/03/27 14:23
アラブの宝石作家様
リクエストに応えて下さってありがd!
207:03/03/27 23:45
23
「姫様は、最近ますます美しくなられましたわね。」
 テティが、キャロルの髪を梳りながら言った。
「そうかしら…?」
 キャロルはぼんやりと答えた。
 テティは、そんなキャロルの気持ちを引き立てようと、
わざとうきうきと話し掛ける
「姫様、ミヌーエ将軍って、すてきな方だったんですねぇ。いままで、いつも
忠義一筋って感じで控えめな方だったから、気づきませんでしたけど。」
「そうね、テティ。彼は、以前とは少し感じが変わったわね。」
「あ、姫様もやっぱりそう思われます?なんだか、ちょっと女たらし風…じゃなくて、
フフフ。最近のミヌーエ将軍はなんだかお美しくて、姫様とお二人で並んで
いらっしゃると、まるで絵のよう…。お似合いですわ。」
「まあ、テティ、なんということをキャロル様に申し上げるのです。
なんというご無礼を…!」
 ナフテラがあわててテティをたしなめた。キャロルはテティの突飛な発言に
思わず笑いながら、
「いいのよ、ナフテラ。私もミヌーエ将軍がこんなに…。」
(こんなに女性の扱いに慣れているなんて…。)
 キャロルは、昨日の夕方、ミヌーエに結婚を申し込まれたことを思い返した。
208:03/03/27 23:47
24
 キャロルの居室で、今後の事を話し合っていて、どうしてこんな展開になったのか、
自分でもよく分からないが、キャロルはミヌーエの腕の中に抱きとめられていた。
「私は、愚か者だ。貴方をこんなに悩ませ、苦しませるのならば、この剣に賭けても、
ヒッタイトへなど行かせるのではなかった。たとえあの時、エジプトが滅んでいても、
貴方を離すのではなかった。」 
 ミヌーエの顔は苦しそうで、痛みをこらえるかのような表情が浮かんでいた。
「何を言うの?わたしは、そなたの主君メンフィスの妃、そして今は、ヒッタイトの
王子イズミルの妃です。そのような事を、軽々しく口にしてはいけません。」
「この剣で、貴方を守り抜く自信があったのに、私は、エジプトが滅ぶかもしれない
ということに怯えて…。いや、エジプトなど滅んでもいい。
貴方以上に大切なものなどないのに。私は、何を、恐れて…?。
なんと弱い男なのだろうか…。」
「やめて、やめて」
 キャロルはミヌーエの腕の中で、か細く呟いた。ミヌーエのむき出しの胸は、
そのままキャロルの頬に触れ、彼の鼓動を伝えた。
 キャロルの蒼い瞳は涙に濡れ、身体はわなないた。心臓の鼓動が、痛いほど耳に響く。
しかし、それは甘い痛みだった。
209:03/03/27 23:48
25
(エジプト人の夫を、もう一度持つ…。)
 イズミルは来ない。キャロルは、もう一人寝には堪えられそうもなかった。
 太陽は、はや西の空に傾いていた。逆光の中にたたずむミヌーエの姿、
戦いに鍛えられた逞しい体の線が、メンフィスを思わせた。かつて愛した人と同じ
肌の色、日に焼けた髪の匂い。
 キャロルは、ミヌーエを見つめた。
「キャロル様、もう一度だけ、わたしに賭けてください。あなたを、私の手で
お幸せにしたいのです。」
「ミヌーエ、わたしはこの事には返事ができません。この話は二人だけの秘密。
私は聞かなかった事にします。」
 心臓は激しく鼓動を打ち眩暈がしたが、キャロルはかろうじて威厳を留めた。
210:03/03/27 23:50
26 
「姫さま、姫さまったら!」
 テティの声にキャロルははっと我に返った。
 心配そうなティティの視線に気付いて、安心させるために微笑む。
テティは、何度かためらい、意を決したように言った。
「ミヌーエ将軍は、本当は姫様のことがお好きなんですわ。」
「テティ!」
 キャロルはテティの意外な鋭さに内心舌を巻いた。
 この調子なら、存外早く二人の秘密は公然のものとなりそうである。
(それも良いのかもしれない…。)
 キャロルはミヌーエのことを想うと、心が甘く疼くのを否定できない。ミヌーエを
夫として、エジプトを治めるのなら、民も納得するだろう。何といってもミヌーエは、
国民の人気も高い勇猛な武人である。
 では、イズミルのことはどうする?ミヌーエを夫とするのなら、イズミルとは再び
敵同士になる。それは、裏切りではないか。
(口清いことだけ言っていては、国は守れない…。
メンフィスの本当の望みは、何だったのかしら…?)
 心底疲労し、少し休息を欲するキャロル。しかし、事態はそれを許さない方向に
動いて行くのだった。
211名無し草:03/03/28 09:38
ぬぁんと!ミヌーエもなかなかやるもんだ。
212アラブの宝石:03/03/28 12:45
>>205
27
「君はまだ子供だ。だから大抵のことは大目に見てやらなければならないことくらい分かっている。だが目に余る時はお仕置きが必要だ」
キャロルは必死にアフマドを押し返そうとするが逞しい体は微動だにしない。
「君に分からせてやる。誰が君を愛している人間か。君が愛するべきなのは誰なのか」
アフマドの体がキャロルの身体に密着する。アフマドの男がキャロルに熱く触れる。アフマドはキャロルが怯えるのも構わず、反抗的な白い身体を抱きしめた。
「君に教えてやる。愛されると言うのはどういうことか」
アフマドの動作はいつの間にか男女のことに慣れた男のそれになってきた。強靱な指が柔らかな身体にのめり込み、確かめた。舌が無遠慮に絡められ、脚は図々しくキャロルの膝を割り、もっとも男性と異なる秘密の部分に押しつけられた。
「痛っ!」
不意にアフマドがキャロルから離れた。アフマドの巧みな仕草に意識もおぼろになりかけていたキャロルが、やっとの思いで彼の舌を噛んだのだ。
「アフマド兄さんなんて大嫌いっ!」
罵声を浴びせて自室に逃げていく少女を見送るアフマドの唇の端から血が流れた。
「それでも・・・君は俺を愛するようになる」

しかしキャロルは兄ライアンと共に無事、帰国することができた。アフマドはその気になればキャロルを帰さずにいることもできたのだが、宴も果て酒気も抜けた朝になれば、アフマドの理性も戻り、愛しいと思ってその成長を見守ってきた少女への悔恨の気持ちも芽生える。
「アフマド、君はキャロルに何をした?キャロルはずっと塞いでいる。まさか・・・」
「ライアン、君の妹を・・・・・俺の妻になる女性を辱めるような真似は神に誓ってしていないよ。ただ驚かせ過ぎただけだ。ライアン、俺は彼女を妻に迎える。この絆は両家に大きな恵みをもたらすだろう」
ライアンは全面的に信頼する友人に頷いて答えた。
213アラブの宝石:03/03/28 12:45
28
休暇は終わり、キャロルには日常が戻ってくるはずだった。
しかし全ては何だか違って見えて微妙に調子が狂っていた。
ライアンも家族も知っているはずなのに何もアフマドとの縁談について口にしない。
アフマドは何も連絡をよこさなくなった。
そしてジミー。彼は以前と同じように屈託無く親しげにしてくれたが、キャロルを戸惑わせ、喜ばせたあの強引な情熱は影を潜めていた。キャロルとしては心のどこかでジミーに全てを押し流すように忘れさせて欲しいと思っていたのに。
ジミーの傍らにはドロシー・スペンサーがいた。休暇中の発掘調査の首尾を尋ねたキャロルにジミーは答えた。
「うん、いい発掘だったよ。それよりさ、今度ドロシーのお父さんのスペンサー・グループが大規模な考古学展をやるんだ。僕のお祖父さんが監修をつとめてる。リード財閥の古代エジプト展のような華々しいものになるよ」
「ジミーにも準備に参加して貰っているの。若い人の視点から考古学の魅力を伝える方法を考えるのよ。ジミーは素晴らしいわ!
うちのパパが気に入ってね、ジミーに援助したいなんて言っているのよ!」
キャロルに謂われのない競争心と敵愾心を抱いているらしいお金持ちの令嬢はジミーを見やって媚びるようなあでやかな笑みを浮かべた。
「そう・・・。素晴らしいわね、ジミー。楽しみだわ」
それ以外にキャロルに何が言えただろう?みじめな気持ちのキャロルは心の中であまりに短く滑稽だった自分の初恋に別れを告げた。
アフマドの言葉―ジミーは良き理解者、良きスポンサーとしての君を好きなのさ―が蘇る。
自分がどうも裕福な家の娘であるがゆえに求められ、もっと気前の良い娘とその一族の前にあっさりと忘れられたのだという屈辱にキャロルは涙も出ないような情けなさと哀しさを覚えた。
214アラブの宝石:03/03/28 12:46
29
「ふーん・・・。スペンサー・グループの『古代の世界展』ねぇ」
ライアンは上質の紙に印刷された招待状を見ながら不機嫌に呟いた。なりふり構わぬやり方で最近のし上がってきたスペンサー・グループをライアンは快く思っていない。若造めがと何かにつけ自分を目の敵にする脂ぎった男をライアンは好きではなかった。
「どうだい、キャロル。招待状が来ているけれど、お前も来るかい?」
ライアンは優しく妹を誘った。招待状に同封された案内状を見れば、ブラウン教授とジミーが監修者として名を連ねている。教授が今度、クレタで大規模な発掘を行うこともライアンは知っていた。大口の出資者スペンサー氏が白紙の小切手を渡したからだ。
教授にその幸運が舞い込んだのは孫のジミーとその「恋人」ドロシー・スペンサーのおかげだということを学者先生は知らないだろうが・・・。
(キャロルはずっと気丈に振る舞ってはいるが、頭のいい子だ。何故、ジミーが離れていったかを察してさぞ傷ついただろう。キャロルのためにはこれが一番いいとは思うが)
だがライアンはジミーに今更立腹する気にもなれなかった。それに今度の『古代の世界展』にはアフマドも来ると言っている。
(アフマドのことをキャロルが「夫となる人」として好きになるかはともかく、彼ならばジミーのように無神経にキャロルを傷つけることもないだろう)
ライアンは同行すると答えた妹の笑顔にほっとしながら考えていた。
215名無し草:03/03/28 13:10
アラブ男は強引だなぁ・・・・。でも萌える〜
216陽炎のごとく:03/03/28 15:18
>>137
19
「・・・・で何処に向かえばいいんだ?キャロル」
自家用車の中でのぎこちない雰囲気の中、アフマドは口を開いた。
遠慮がちにキャロルのか細い声が返ってくる。
「・・アラジャホユック遺跡へ・・・。」
キャロルはアフマドの身体に触れないように、微妙に2人の間に距離を取ろうとする。
その様子を見てアフマドは余裕を持った男ならではの微笑をキャロルに向けた。
昨夜アフマドはキャロルの身体を抱き、ゆっくりと眠っている官能の炎に火をつけた。
もがくキャロルの手や足から、手馴れたように愛撫を加えていくアフマドに
既に愛されることを知っている身体は徐々にとけていった。
それでも表情には受け入れていいものかどうかの迷いや不安と、身体が受け入れようとしていることのギャップに苦しむ様子がわかり、
キャロルだけを官能の海に漂わせるのみにとどめ、眠りに誘ったのであった。
生娘のような恥じらいを見せるキャロルを満足そうに見るアフマドは、今日を境に一気に結婚への段階が進むことであろうと
予測を踏んでいたのだ。
幾分顔色も悪いようには見えるが目の下にうっすらと隈ができているのは、昨夜自分が抱いた疲れだろうと、
アフマドはグラスを唇によせた。
一方キャロルは今まで欲望を押さえていてくれると信じていたアフマドに、自分に突然に愛の行為を仕掛けてきたことの混乱、
夢で見るようなものとは違う現実の官能の高みへ一人で追いやられたことや、
疲れて寝入った後に見た、自分を呼ぶ誰かの強い嫉妬や怒りや哀しみを感じてしまい、
とても休んだとは思えない状況に酷く苛まれていたのだ。
アフマドが自分を愛していることも分かっている、愛されることも知っている体なのに
身体の奥底から「違う」とずっと叫ばれているような感覚・・・。
あの人・・・何故かは分からないけど、神殿の跡に行けばはっきりする、とキャロルの中の何かが告げている。
あの岩山へ・・・・とキャロルは視線を車の外へ移した。
217名無し草:03/03/28 17:22
アフマドがたくさんで嬉しいっす。
不幸になるだろうアフマドと幸せになるだろうアフマドの揃い踏みが見られるなんてー(はぁと)
218名無し草:03/03/28 17:24
アフマドキモいよぅ、キモ過ぎ!
でも続きは気になる・・あ〜複雑。。
219218:03/03/28 17:28
218はアラブの宝石のアフマドね
220名無し草:03/03/28 17:30
本編のアフマドはちょっと苦手だけど、
このスレのは萌え〜
221218:03/03/28 17:38
おっと!アフマド萌えの方&作者様、失礼しました。
作品としてはすごい魅力的でたのしく読ませてもらってます。ご勘弁を〜〜
222:03/03/28 21:59
27
 もう、このままにはして置けない。
 ルカは強く思った。
 ミヌーエの意図などお見とおしだ。
 エジプトをヒッタイトの属国にせず、エジプト人の手に留めるために、ミヌーエは
彼女の夫に、そして王になろうとしている。
 聡明な姫のこと、理を説けば必ず理解してくれるだろう。しかし、今の彼女は、
頭で覚悟を決めても、冷たい政略の世界に身を浸すことには耐えられまい。まして、
政略だけの伴侶では、やがて綻びがでてくる。
 だからミヌーエは、真の狙いを隠し、洒脱な仕草でキャロルの心を取り込もうと
している。
 理性ではなく感情で、理解ではなく欲望で、彼女を取り込んで、愛し愛されている
という甘い幻想に浸らせ、エジプトに繋ぎ留めようとしているのだ。
 何も考えるな。
 私にすべてを預けろ、愛しているのだから…。
 ミヌーエはそう言っている。
 しかし、それはキャロルをあまりにも甘く見過ぎていると、ルカは思う。
今はキャロルの目がそこまで曇っているにしても、いずれは気付かれてしまうだろう。
その時、彼女はどうなる?
 
223:03/03/28 22:00
28
その分、イズミルのキャロルへの愛は純粋だと思う。
 だが、イズミルには施政者としての顔がある。ヒッタイトの王子としての責任がある。
だから、いつも彼女の傍にいて、彼女の寂しさを紛らわせてやる事はできない。
王子の伴侶は、もっと強い女性、自分を律し、同じ夢を追える女性でなくては務まらない。
 キャロルがいずれそのような女性になるとしても、今のこの危うい状態を誰かが
支えてやらなければ。
 そして、今彼女に必要なのは、もっとささやかな安らぎ。華やかな衣装や、贅沢な
暮らしではなくて。
 どこか小さな村ででも、落ちついた日々をおくらせて差し上げられないものか。
 連れ戻されても、その時までに彼女がほんの少しでも休息できれば。
いつかは、自分の元を去って行く日が来るとしても。
(姫を連れて、逃げるか…?)
 ルカの中で、キャロルはイズミルよりも大切な者に変わりつつあった。
224:03/03/28 22:01
29
 キャロルに結婚を申し込んだあとのミヌーエの動きはすばやかった。後ろ暗い陰謀や
策略は、以前の彼ならばもっとも厭うべきものであっただろうが、今は違う。
 ミヌーエは密かに、自分の腹心の部下数名にある事を命じた。

 長かったアランヤ征伐を終えたあと、イズミルはわずか数名の部下を引き連れて、
首都ハットウシャへ凱旋することなく、密かにエジプトへと向かっていた。
 道中、一行がシナイ半島にさしかかったときである。
 突如、崖の上からぱらぱらと数本の矢が降って来たと思うと、次々に人影が降ってくる。
 イズミル達は乱れることもなく、岩陰に身を寄せて矢をやり過ごした後、
王子を守るように態勢を整えた。
 現われたのは、黒装束に身を包み顔を隠した男達。
「何者だ!」
 イズミルが厳しく誰何する。対して、刺客は声もなく一斉に剣を抜いた。
「ふ…顔を隠しているようでは、名など名乗れようはずもないな。盗賊ども!」
 イズミルの皮肉に、一番若いと思われる男が反駁した。
「我等は盗賊などではない!我等は…!」
 続けて名にか言おうとする彼を、隊長とおぼしき男が手で押し留めた。
「ほう…我等は何だとな?いずれにしろ碌な輩ではあるまい。死にたくなくば、
とっとと去れ!」
 イズミルの厳しい声に、また何か言い返そうとするのをまたもや押し留められ、
もはや一言も返すことなく、燃えるような目でにらみ返すばかりである。
225:03/03/28 22:02
30
「一人残らず切り捨てい!」
 イズミルの命令に、たちまちたちまちあたりは血煙に染まっていった。
 イズミルは元から彼らが盗賊だとは思っていなかった。
 彼らの身のこなし、盗賊という言葉に対する反応からして、彼らは誇りたかい武人か。
 こちらの挑発に乗って何か一言でも発すれば、それがやつらの身元を知る手掛りとなる。
 そして、いま、必死に命のやり取りをしながら、イズミルは愕然としていた。
 彼らの発した言葉には、明らかにエジプトなまりがあったから…。

 いくらイズミルの軍がよく戦ったとしても、長い遠征帰りのこと、疲労が溜まっている。
対する敵はよく訓練されているらしい。
 まもなく、イズミルは追い詰められ、捕らえられた。そして、その身柄は密かに
テーベへ送られたのである。
226名無し草:03/03/28 22:14
作家さまがマメにうpして下さるから、
ここを覗くのが楽しみです。
作家さま達、ありがd
227:03/03/29 20:01
31
 イズミルは、テーベの地下牢で、キャロルとミヌーエの婚儀を知らされた。
 イズミルは、さしたる驚きもなくその知らせを受けた。
 ひとつには、ルカの密書によりミヌーエの動向をあらかじめ知っていたからであるし、
シナイ半島でエジプト人が襲ってきたことを考えあわせれば、この事態は想像の範囲内
だった。
 エジプトに不穏な動きがあるからこそ、あえて小人数で密かにエジプトへ向かった
のだが…。
(裏目に出てしまったか…。)
 暗い地下牢に繋がれて、イズミルはあれこれと考えをめぐらせた。
 自分を捕らえさせたということは、ミヌーエはどうやらすぐに殺すつもりはないようだ。
おそらく、婚儀の後か、それとも身柄と引き換えにヒッタイトに身代金を要求するつもり
かもしれない。
 いずれにしろ、こういう状況では自分はかなり有効な駒なのだから。
 しかし、そんなことはイズミルにはどうでもよかった。一番の関心事はキャロルのこと。  
 イズミルを苦しめたのは、この事態にキャロルがどう絡んでいるかということだった。
ルカは何も言っていなかったし、自分では想像も出来ない。いや、したくもなかった。
 裏切り者など、殺してしまえばよい。
 以前の自分なら躊躇うこともなく、そうした。
 キャロルに出会う前なら、この腕に抱く前なら。
 しかし、想い人と一夜を過ごした後の切ない物狂おしさは、ただ恋し、手に入れたいと
後を追いかけていた頃の比ではない。
 一度想いを遂げれば、冷めてしまう恋もあるのに。
 もっと、もっとと止まるところを知らぬ、この想い。
 イズミルは、自分でも愚かなことと自嘲しながら、暗い地下牢でのなかで
キャロルをまっているのだった。
228:03/03/29 20:02
32
 キャロルが刺客に襲われたのは、イズミルの行方不明が、公然の秘密として
人々の噂になり始めた頃だった。
 キャロルは、いつものようにティティを相手に自室で世間話をしていた。
 突然、数名の刺客が、パピルスの茂みから現われ押しこんできた。
「きゃあ、姫さま!く、く、く、曲者よー!だれかー!」
 ティティの口をあっという間もなく当て身を食らわせて封じる。
 相手に隙を見せては行けないと、キャロルは気丈に振舞った。ティティを庇いながら、
相手をはっしと睨み付けるさまは、威厳に溢れていた。
「何者です!」
 型どおりたずねても、当然の事ながら答えはない。
「あななたち、ヒッタイト人ね!なぜ?!」
 顔を隠していても、キャロルには瞳の色で分かった。相手が黙ったままなのが、
いっそ不気味である。
 キャロルは、はっと思い当たった。
「あなたたち、イズミル王子の行方不明は、わたしのせいだと思っているのね?!
私は何も知らないわ…!」
「では、ナイルの姫君でなければ、誰が命じたと言うのです?王子のお心を、
我らとの約定を、踏みにじる裏切り者…!」
 黙り込んだままだった相手の一人が、突如答えた。恨みがましくも厳しい女の声。
怒りに燃える瞳。
229:03/03/29 20:03
33
「ムーラ…!?」
「ムーラ…?ムーラなど知らぬ。我らは憂国の士。ヒッタイトの未来を案じる者。
私怨からこのようなことをしていると思われるな!」
「所詮、貴方さまはエジプトの神の娘。我らとは相容れませぬ。貴方さまは王子に
仇なすお方…!」
 口々に発せられる、激しい恨みの言葉。相手の殺気が毒蛇のように襲いかかってくる。
キャロルは思わず後ずさった。
「死ね!」
 懇親の力で、キャロルめがけて振り下ろされる刀。それを合図と、いっせいに刺客が
キャロルに襲いかかった。
「やめてぇ…!」
 キャロルはからくも刃の下を潜り抜ける。
 キャロルの悲鳴に、扉が勢いよく開き、ミヌーエとルカが駆け込んできた。
 ルカが飛び出すより早く、ミヌーエの剣がひらめいた。キャロルをその背に庇うと
かえす刀で敵の頭をかっ飛ばす。
「ああ、ミヌーエ!ミヌーエ!」
 キャロルが手をもみ絞りながら叫んだ。
「キャロルさま、こちらへ。」
「ルカ…ルカ…お願い、ミヌーエが…!」
 キャロルが泣きながら、ミヌーエの身を心配する。それに一抹の不満を覚えながら、
ルカはキャロルを促した。
「大丈夫ですよ、キャロルさま。心配は要りません。それよりはやく、安全な奥へ。」
 ルカに促されて、キャロルは避難した。
230アラブの宝石:03/03/31 10:57
>>214
30
スペンサーグループの考古学展はなかなか派手な催しだった。学術的、というよりは万人受けする、といったほうがいいかもしれない。招待客だけに公開される今日は財界人、各界著名人の他に芸能関係者の華やかな姿も見受けられた。
スペンサー氏はライアン達を見つけるとにこにこ笑いながら自慢たらたらの挨拶をした。
「今回の催しでは若い人たちにも考古学を親しみ深くアピールしたいと考えましてな、ブラウン教授のお孫さん、ジミー君に特別監修者をお願いした。
彼は優秀で将来有望な若者だ。いやはや、あんな若者は近頃珍しい!」
財産も地位も権力もある彼は、カネにもならない学術的なモノに何やら貴族的なものを感じ、手許に欲しいと渇望している。容姿も頭も良く、野心的なジミーが娘のお眼鏡にかなったとは全く素晴らしい!
それに・・・ジミーやドロシーの睦まじい雑談の端々から、かつてキャロル・リードがジミー・ブラウンにお熱であった様子もうかがえる。ところがジミーが選んだのはスペンサーの娘、ドロシーではないか?!そうに決まっている!
「さぁ、リードさん。どうかお楽しみくださいよ。私は客人の接待がありまして」
「ありがとう。じっくり拝見させていただきます」
ライアンが慇懃に返答したその時に新たな「客人」が現れた。
「おお、ラフマーンさん!お待ちしておりましたぞ。この展覧会を通じて我がスペンサー企業のことにもっと興味を持っていただきたいものです」
有望な投資家として熱い視線を注がれているアラブの青年は黒い瞳で中年男を一瞥すると、旧友のライアンとの「偶然」の再会をことさら喜んで見せた。
スペンサーにも、その一族郎党にも何の興味もないことを誇示するように。
231アラブの宝石:03/03/31 10:58
31
「やぁ、ライアン、キャロル、久しぶりだ」
アフマドはにこやかに言った。そこにはもうキャロルを震え上がらせ、戸惑わせた傲慢なアラブの青年はいなかった。昔なじみの「アフマド兄さん」だ。
3人は挨拶を交わし、ライアンは多くの知人との社交が忙しくて自然、アフマドとキャロルの側から離れていった。
「元気だったかい、キャロル?」
アフマドはしゃあしゃあと聞いて、手を取った。キャロルは我知らず赤くなった。大嫌いとは言ってはみたものの、帰国して以来、全く音沙汰がなかったのが寂しく、また不安だったのは紛れもない真実。
「ちっとも連絡をくれなかったから寂しかったよ」
アフマドは優男のように嘯いた。
「う・・・。あんなことがあって平気でいられるわけないじゃない。アフマド兄さんこそ、いつも電話をしてくれたりメールをくれたりするのに何もなくて・・・。私、からかわれたと思って腹を立てていたのよ!」
むきになって言い返すキャロルにアフマドはおかしみを覚えた。やれやれ、少なくとも連絡がなくて不安でしかたなかったのは事実らしい。
(強引に迫られて怯えても、その相手が離れたとなると不安になるのか。全く危なっかしい子供だな。俺以外の男だったら造作もなく騙して捨てるぞ?)
アフマドは露悪的なことを考えながらも、これまたお気に入りの少女が口を利いてくれたということに安堵していた。
「からかったわけじゃないさ、キャロル」
アフマドは言った。
「ただ驚かせたようだから、少しそっとしておいてやろうと思っただけだ。
少しは俺がいなくて寂しいと思ってくれたかな?」
「ば、馬鹿ね!アフマド兄さんは!」
アフマドは言いつけを忘れて「兄さん」と呼ぶ少女の肩を抱いて会場を歩いた。キャロルもそれを拒まなかった。それはジミーを忘れるためであったかも知れない。
232陽炎のごとく:03/03/31 16:22
>>216
20
広い土地にところどころ遺跡の跡。
動きやすい服装をした観光客が少し見えるところでは、キャロルの古代ヒッタイト風の衣装を身に着けた姿は一種異様な雰囲気を醸し出した。
ただ場違いといったものでなく、むしろ神殿跡というのを更に強調し、俗界の者がむやみに触れてはならない、
清らかでありながら威厳のある巫女のようなものである。
いや、巫女と言うのも当たっているのか、長い間祖国を離れていた姫が戻ってきた、と言わんばかりの風情ではないのか、と
アフマドはキャロルが自分のことなど目に入ってはいない様子を見ながら感じていたのだ。
古びた遺跡の跡を懐かしむかのように、そっと触れ、キャロルは一体何を思っているのだろう?
だがこれでキャロルの気持ちも落ち着き、キャロルの全ては自分のものとなると思うと、アフマドの唇は満足そうな男の表情を形作っていく。
衣装が汚れるのも気にもとめず、キャロルは土の上に座り、顔は空中に向けられた。
キャロルの目には昔ここに建っていたであろう頑丈な神殿が見えていたのだ。
愛する人と婚儀を挙げ、祭祀の折には自らも行ったことを。
生まれた我が子に祝福を与えし神に感謝と祈りを捧げたことを。
そして自分の傍らに立ち手を差し伸べていた人を、その大きな身体に守られて、様々なことを潜り抜けてきた日々を。
風が纏わりつきキャロルの陽光に輝く金色の髪を、身体の線を隠すかのようなたっぷりとした衣装の裾を跳ね上げる。
『・・やっと我が下へ・・戻って参ったか・・・。待っていたのだ・・・我が・・妃よ・・。』
風の中に懐かしく響く声音を聞いたのは幻聴か、とキャロルは周りを見渡した。
『・・・長い・・時代・・待っていた・・・そなたを・・・。』
「・・あなた!・・・イズミル!」
キャロルの口から吐いて出た名前に、キャロル自身が驚愕した。
「・・思い出したわ・・・全てを・・・。」
一人にしてほしいと言われたアフマドには、少し距離をおいたキャロルが風に向かって囁いているようにしか見えなかった。
233名無し草:03/03/31 16:34
新作が二つも!嬉しいです。
「アラブの宝石」のアフマド様〜。その強引さ、くさい台詞がまた泣かせます(笑)。
原作のアフマド様もこんなかんじっす。原作版のあの濃いアフマド様が萌えなもんで楽しみです。

「陽炎のごとく」はいよいよクライマックス?!続きの早期うぷ熱烈きぼんぬ!
234:03/03/31 22:06
>>229
34
 キャロルは奥の部屋に逃げ込んでも、暫くは体の震えが止まらなかった。
 侵入して来た曲者たちは、ほどなく捕らえられるか殺させるかして、
今は後始末をしているようである。
 キャロルは次第に冷静さを取り戻した。
(ヒッタイト側に計画が漏れているのね。そして、イズミルの行方不明はどうやら、
エジプトによるもの…。だけど、わたしが命じたんじゃないわ。)
(では、誰が…?)
 そこにはわかりきった答えがあった。
(ミヌーエ…)
 ミヌーエに請われ、流されるように婚約したけれど、本当はどうなのだろう?
 自分の心は?ミヌーエの愛は?
 愛ゆえでなく、情欲の中に溶かし込んで、忘れてしまいたかった辛い別離。
 本当は誰も愛していないから、イズミルに請われればイズミルに縋り、ミヌーエに
請われればミヌーエに縋ってしまう。
 幾重にも重ねられた、偽りの愛の言葉。
 それはもつれた糸。ほどくにほどけない…。
 ならば、ひと思いに断ち切るしかないのか。
(ごめんなさい、メンフィス。わたしはミヌーエにエジプトを委ねます。
彼なら良いファラオになれるわ。これが私にできる、エジプトにとって一番良い選択なの。
どうか、わたしのことはもう、解放して…。)
(私は、ライアン兄さんやママたち家族のもとに、帰ります…。
 やっとのことで心を決めれば、何とも言えない空しさが喉元を突き上げる。
 それを、無理に飲み込んで、
「さあ、そうと決まれば、しておくことがあるわ。もうこれ以上、古代人の血を
流してはいけないもの。」
 キャロルは声に出して、自らを励ますと、取り急ぎすべきことを順序だてた。
235:03/03/31 22:07
35
 その夜、キャロルは密かに宮殿を抜け出した。被り布で顔を隠し、イズミルの捕らえ
られている地下牢へと向かう。
 かつて、アッシリアにメンフィスが捕らえられた時も、こんな風に忍んで行ったこと
を思い出し、キャロルは複雑な思いを噛み締めた。
 あれは敵国でのこと、なのに今はエジプトの宮殿である。
 どうして、こんなにこそこそしなければならない?
 メンフィスに会いたい一心だったあの時と同じように、胸は早鐘、手足は震えて思う
にまかせない。
 キャロルは、衛兵の交代を見計らって、地下牢に続く階段に身を滑り込ませた。
 そして、その視線の先、薄暗い牢の中でうずくまっているのは、まごうことなく、
イズミルその人であった。
「イ、イズミル王子…!」
 震える声で、格子のあいだから必死で手をさし伸ばす。
「キャロル、キャロルではないか…!」
 イズミルもキャロルの手を握り締め、二人は格子越しにしっかりと抱き合った。
「ごめんなさい、ごめんなさい。私、あなたが捕らえられているとは知らなくて。
でも信じて、こんなこと、私が命じたわけではないのよ。」
「そのようなことはよい。そんなことよりも、そなた、ミヌーエと婚約したと…?」
「…イズミル王子…知って、いるの…」
 キャロルははっと身を引きながらたずねた。
 心の中には、はやくも「後悔」という名の暗雲が広がって行く。
236:03/03/31 22:08
36
「キャロルよ、何故?何故、そのようなことを…?」
 半ばわかっている答えを敢えて尋ねる。
「イズミル王子、わたしは…。」
 残酷な答えを待つ、さらに残酷な時間。
 聞きたくない…とイズミルは思った。
 言いたくない…とキャロルは震えた。それでも、言わないわけにはいかない。
「わたくしは、亡きメンフィスの妃。エジプトの王妃です。エジプトをヒッタイト
の属国にするわけにはいかないわ。
 だから、わたしはミヌーエと結婚することに決めたの。だから、だから、表立って
貴方を助けるわけにいかないのよ…。」
 それは、別れの言葉。イズミルは、知らず、縋るような目をした。
「でも、でも、イズミル王子、あなたを死なせたくないの。ここから逃がすわ。」
 キャロルは毅然とした王妃の顔から、頼りない少女に一変した。
(キャロル…?ミヌーエを真実愛したのなら、何故私を守ろうとする?)
 男には分からない、女心の闇。男はいつも明快な答えを求める。
(キャロルを立てて、エジプトの独立を守る…それは、大儀。
 誇り高いエジプト人であれば、命を賭けるに値する。しかし、見ようによっては、
エジプトを自らの手に入れんとしているともいえるではないか。)
(そうか…!私にはわかったぞ、ミヌーエの意図が。はっきりと見えた!
キャロルは、ミヌーエに操られているのだ。
おお…妃よ、何者にもそなたに触れさせはせぬ!そなたは、私が守る!)
 イズミルは一瞬で冷静さを取り戻した。
237:03/03/31 22:10
37
「もうよい。そなたを一人で、エジプトへやった私の間違いだ。私のことは心配せず
ともよい。」
「イズミル王子!」
「キャロルよ、よく聞け。そなたは知恵に富み、聡明だが、政治というものを知らぬ。
私を捕らえさせたのがミヌーエの独断であれば、それはそなたに対する謀反というも
の。」
「イズミル…ミヌーエはそんな人ではないわ。彼は、エジプトのために。」
 ためらいがちにキャロルが口を挟む。
「今は、亡きメンフィスへの忠誠からでたことでも、一度権力を手に入れた男は、何を
するか分からぬ。権力を握った後、ミヌーエはそなたをどうするか?そなたの身が心配
だ。」
「イズミル…私はあなた裏切ったのよ。ミヌーエは…」
「そうではない、キャロルよ。そなたは世間知らず。
婚儀も挙げぬうちに女の肌に触れる男を、信用してはならぬ。」
「え…?」
「そなたの肌から、男の移り香がする…。」
 イズミルの言葉に、キャロルはそっと自分を抱き締めた。
 イズミルは、表情を変えることなく
「とにかく、ここに来た事をミヌーエに知られては、そなたが危ない。私の事など心配
せずに、早く行け。」
 イズミルの言葉には、有無を言わせぬ響きがあった。
 キャロルは、それ以上何も言えず、王宮へと戻って行った。
238:03/03/31 22:11
37.5
「くっ…。」
 キャロルが王宮に戻ると、イズミルは牢の中で一人、痛みに堪えた。
 かまを賭けただけなのだ。
 さっと頬を赤らめたキャロルの態度からすると、ミヌーエはすでにキャロルの肌を
知っているらしい。
(言わなければ良かった…。)
 イズミルは後悔した。
 しかし、キャロルが自分を裏切ったのでないことははっきりした。
 結果的には、裏切ったと言えるかもしれないが、それは彼女の本意ではない。
 それだけで充分だった。
239名無し草:03/04/01 00:20
「糸」「陽炎のごとく」一体どうなるのー!?
「アラブの宝石」アフマド兄さん素敵です(はあと)。
作家様方、いつもありがとうございます。
はらはらドキドキしつつ毎日うp楽しみにしてまつ。
240陽炎のごとく:03/04/01 16:22
>>232
21
キャロルの周りを風が取り巻き、それはキャロルを包んでいるかのようだ。
そしてその気配は彼女がよく知っている、イズミル王のそれだった。
キャロルは立ち上がり空を見上げ、嬉しさと戸惑いを含んだ表情を見せた。
キャロルの目には別れた頃の雄々しく逞しいイズミル王の姿が見えている。
自分を見る時に、微笑むと目尻に小さな皺のよる、愛しい愛しい表情で。
「・・私を待っていてくれたのね?・・ずっと・・私とあなたが愛したこの土地で・・・。」
キャロルの胸は、長い年月を経ても色褪せることなく自分を思い続けてくれたイズミルを思うと
嬉しさと愛おしさでいっぱいになり、頬には静かに涙が伝っていく。
「・・あの子達は・・・?私とあなたの子供達は?」
『・・・天命を全うしたのだろう・・・。私の方が早く逝ったのでな・・・。
 魂だけでも我が下へ戻って参るとの言葉を信じて・・・・ただここにいた・・・。
 さあ、我が妃よ・・。』
イズミル王はキャロルに右手を差出したので、キャロルもそっと自分の右手を近づけた。
「そう・・・約束したわ・・・。魂だけでもあなたのところへ帰ってくるって。」
キャロルの顔は幸せそうに微笑んだ。
イズミル王とキャロルの指先が触れ合ったかのようにキャロルの眼に移った次の一瞬、
長い年月を耐え忍んできたものが何かの衝撃で一瞬にして塵となって崩れ落ちたのかのように、
キャロルの身体は掻き消えたのである。
「・・キャロル?どこへいったんだ?隠れん坊かい?」
広い遺跡跡を見渡してたアフマドはキャロルがいた辺りに目を向けたが、キャロルの姿はなかった。
隠れるような遮蔽物のない場所なのに、キャロルの姿はない。
キャロルのいた辺りに足を向けるがそこはキャロルなどいたような痕跡は見当たらず、
ただ古の文化を残すだけ・・・。
そしてアフマドは足元に光るものを拾い上げた。
自分がキャロルに贈った大粒のサファイアの輝く婚約指輪を。
風がアフマドの頬を撫でた時、「ごめんなさい・・・。」とキャロルのか細い声が聞けたような気がして、
アフマドはもう一度辺りを見回した。
そしてアフマドはキャロルがいなくなったことを悟ったのである。
「キャロルー!キャロル!何処だ!」
241名無し草:03/04/01 16:50
クライマックスですなーワクワク
242陽炎のごとく:03/04/01 17:07
22
付いてきた爺やボディガードなども総動員し、キャロルの捜索にあたり、警察にも連絡を入れ、大掛かりな捜索が行われた。
リードコンツェルンの総裁の妹で、大株主であり、またアラブの名門ル・ラフマーン家の嫡子の婚約者ともなれば
身代金目当ての誘拐かとも目され、世間を騒がせたのであった。
だが何の手がかりのないまま、日は過ぎていきいつしかキャロルのことを取り沙汰する人も減っていった。
ライアンやロディにも大きなショックを与えたが、二人の心には「いつかキャロルがいってしまう」という予感があったのか、
アフマドを責める真似はせず、ただキャロルが失踪直前まで幸福に過ごせたことをアフマドに感謝した。
そしてライアンは思い出深いカイロの別邸を手放すことを決めたが、なるべくキャロルのいなくなった当時のままにしたいと、カイロの別邸をライアンから譲り受けることにした。
キャロルがいた頃とは変わらない屋敷の中を歩き回りながら、アフマドはキャロルを思い出してみる。カウチに座っていた姿や自分を両手を広げて出迎えてくれた姿が、今にもそこから出てきそうな気がするのに、
あまりの存在感の薄さにアフマドも呆然としてしまう。確かにいたはずなのに、自分が見ていたのは陽炎であったかと思えるほど、その存在感は薄かった。
「アフマド様、お別れのご挨拶に参りました。」
振り向くとそこにはかつてこの屋敷を切り回していたばぁやがきちんと身づくろいして立っていた。
長い間ここにいてキャロルを世話していた彼女にとってはここを離れることはさぞ辛いことだろうと、アフマドは思いやりのある言葉をかけた。
潤んだ目をしながら短い言葉で礼を返したばぁやも最後に屋敷を一瞥するとアフマドに別れを告げた。
今後はどうするのか、といった問いには「ライアン様とジェニー様が、小さなキャロル様の面倒を見て欲しいとのことですから」と
ばぁやは答えると待たせていた車に乗り去っていった。
自分が愛したキャロルは本当にいたはずなのに、こうして忘れ去られてしまうのだろうか?
幾度そう問い掛けても、手の中で光を放つ大きなサファイアの指輪は何も答えなかった。
窓からは心地のよい風が吹き込んで優しくアフマドの頬を撫でた。
終わり

243陽炎のごとく:03/04/01 17:12
拙い文章を読んでくださった方、
心より御礼申し上げます。
「記憶の中の恋」と「不幸なアフマド」というのを書いてみたかったんです。
お眼汚しすみません。
7行目「アフマドはカイロの別邸を・・・」となります。
重ね重ねすみません。

レスして下さった方、読んで下さった方、本当にありがとうございました。
244名無し草:03/04/01 17:16
「陽炎のごとく」作者さま、お疲れさまでした&ありがとうございました。
245小ネタ:03/04/01 19:00

「どうしたの?そんなに見つめられては恥ずかしい」
キャロルは真っ赤になりながら王子に抗議した。恥ずかしさのあまり相手の顔はろくに見られない。
「冷たい言い方だな。ようやく婚儀を終えて我が腕の中に娶った妻を見つめて何が悪かろう?」
イズミル王子は他人には決して見せない柔和な微笑を新妻に向けた。長い長い時を経てようやく娶ったというのに、肝心の相手は相変わらず子供っぽく側に寄りつきもしない。
(昨日までは無邪気にまとわりついてきたというのに婚儀を終えた途端、他人行儀になるとはな・・・)
王子はからかうような苦笑を浮かべながらキャロルを寝台際に追いつめた。
「さぁ、もう子供っぽい真似はするでない。そなたは神の御前で私に心を捧げることを誓った。今度は私にその身を捧げてくれ」
王子は怯える少女をそっと抱き寄せ、寝台に横たえ、もう起きあがって抗えぬようにとでもいうように覆い被さって自由を奪った。
「愛しくてたまらぬ。こんなにも誰かを愛しく思えるとは。そなたが私に教えてくれた・・・人を愛しく思うとは・・・何も考えずにただ一途に誰かを愛おしむとはどういうことかを」
王子はただ「愛しい」と繰り返した。初めてその言葉を知ったかのように。その言葉の持つ甘やかさと重みを味わうように。
言葉と共に繰り返される接吻と愛撫にいつしかキャロルの緊張も解けていく。
「王子は・・・暖かい。暖かくて安心できる」
キャロルは初めて自分から王子の体に縋っていった。
「知らなかった、こんな暖かさ。安心できて何だか懐かしいの・・・。知らなかった、こんなにも・・・安心できるなんて・・・」
古代に来て以来、初めて心からの安らぎと、かつてないほどの暖かさへの渇望を覚えるキャロル。
246小ネタ:03/04/01 19:01

「もっと・・・・もっと暖めてやろうほどに」
王子はゆっくりと頭を下にずらしていった。熱い欲望に満ちた唇が処女雪のように白い女の肌に紅薔薇を咲かせていく。胸の膨らみが、その頂を飾る紅玉が王子の指に触れられ、舌で弄ぶように味を確かめられ、固く凝(しこ)った。
キャロルは荒い息を吐きながらも、王子の与える快感に本能的に抗った。
「もう・・・もうやめて。のぼせて、変になってしまうわ。お願い。いやよ、もう・・・」
「こればかりは・・・・・そなたの望みとて叶えてやるわけにはいかぬな。
嫌だと抗っても、そなたの身体は・・・ほら、私を求めている」
王子はいきなりキャロルの白い脚を割り開いた。甘い蜜が滴る薔薇の花の中で、珊瑚珠が羞じらいながら王子の視線に震えていた。
王子は親指と人差し指で珊瑚珠を摘み上げるように揉みしだいた。
「ひぃ・・・・あ・・・・っ。ああっ・・・・!」
キャロルは全身を灼かれるような強い痺れを覚えた。だがその痺れの何と甘美なことか。
「何とうぶな身体であることか」
王子は溢れる蜜を珊瑚珠に塗りつけながら残酷に微笑んだ。そしてそのまま溢れる蜜を、固く勃ちあがった珊瑚珠を、花びらを舌で存分に楽しんだ。
いくらもたたないうちにキャロルは激しく痙攣して初めて味わう女の悦びに達してしまった。
「何とも妖艶な貌だ・・・」
王子はそういうと痛いほどにいきり立った自身を乙女の場所にあてがった。
247小ネタ:03/04/01 19:01

「あ・・・・っ、やっぱり私・・・」
キャロルは腰を捻って逃れようとした。だが王子はそれを許さなかった。
「さぁ・・・そなたを私に与えてくれ。怖くはない。そなたは名実共に私の妻になるのだ」
王子はゆっくりと乙女の狭い場所に自身を沈めていった。一気に貫くことも出来ただろうが、痛みに耐えながら必死に男性を迎え入れる女の顔を堪能することを選んだのである。
「あ・・・・・あ・・ああ・・・・」
声も出ない苦痛の表情を浮かべるキャロルが王子を煽った。王子もともすれば暴発しそうになる己の欲望を必死に押さえながら、キャロルの身体を好色に弄びながら胎内に沈んでいく。
「・・・・・分かるか?私がそなたの中にいるのが」
王子は必死に嗚咽を堪えて涙を零す新妻の顔を見下ろしながら尋ねた。
誰にも触れられたことのない無垢の花を手折ったことへの後ろめたさ、倒錯した歓び。王子は大きく腰を動かした。
「王子・・・!」
王子はキャロルの耳朶にささやきかけた。
「許せよ・・・こうすることでしか、そなたへの愛を証拠立てることができぬ」
「王子・・・・」
キャロルは逞しい背中に必死に縋り、苦痛の海に流されぬようにするのが精一杯だった。
248名無し草:03/04/01 19:13
「陽炎のごとく」作家様、素晴らしい作品ありがとうございました。
きれいな作品でした〜。
「アラブの宝石」作家様、幸せなアフマドをみせてください!
249名無し草:03/04/02 08:31
小ネタ、小ネタ、小ネタ!
250名無し草:03/04/02 14:02
>>231
32
アフマドは拍子抜けするほど優しく穏やかになっていた。キャロルは身構えすぎていたかも知れない自分を少し恥ずかしく思った。二人が仲の良い兄妹のように会場を回るようになるのに時間はかからなかった。
キャロルが展示品の説明をし、アフマドがそれに耳を傾けたり質問したりして歩いているのを振り返って見る人は多かった。
やがて招待客だけの先行公開も終わり、パーティが始まった。ライアンとアフマドは当然のようにキャロルをエスコートした。スペンサー氏は面白くない。
アフマドは見せびらかすようにキャロルの世話を焼いたし、妹に近づく男にはシビアなライアンもアフマドの好きにさせておいた。ただ当のキャロルだけは気もそぞろだった。
ジミーとドロシーのカップルが招待主のような顔をして人々に対応しているのだ。

「あ・・・」
アフマドと会場内を歩いていたキャロルが立ち止まった。視線の先の休憩ラウンジにはジミーとドロシーの姿があった。カップルはまるですっかり夫婦のようでもある。
ドロシーがジミーの手を握りながら話す声が聞こえた。
「・・・あなたって本当に素晴らしいわ、ジミー!あなたの協力がなかったらここまで成功しなかったってパパも言っていたわ。私たち、あなたに夢中よ!」
「ありがとう!じゃあ、ご褒美は期待してもいいかな、綺麗なお嬢さん?」
「もちろんよ。王家の谷発掘調査費用ね!あなたならきっと素晴らしい発掘をするわ。ああ、あなたの才能を開花させるお手伝いが出来て良かったわ。
うちはね、成り上がりなのよ。少なくとも貴族趣味のリード財閥の一族はそう思っているわ。でも気取っていない分、いろんなことに柔軟に対応できるわ
・・・・あら、悪口を言ったみたいね。ごめんなさい」
「いいよ。確かにあそこは勿体ぶっていてつき合いにくいよ。キャロルも悪い子じゃないが、何をするにもお金がいるってことは理解できないようだし。僕も貧乏学者の孫だからね。君の言うことも分かるさ、ドロシー。
君のご家族の助力のおかげで僕は夢を追いかけられる。本当に君には感謝しているよ」
ジミーはドロシーに接吻した。

251アラブの宝石:03/04/02 14:03
33
漏れ聞こえる会話にキャロルは蒼白になった。
(私のことをそんなふうに思っていたの? 兄さんの財団が発掘にお金を増資しなかったって聞いてはいたけれど・・・。
ひどい、ひどいわ・・・)
キャロルはありったけの誇りをかき集めると涙を押し戻し、震える膝をしゃんとさせた。そして振り返って逃げるように立ち去ろうとした時。
「やあ、ドロシー嬢。ジミー・ブラウン君も」
アフマドがキャロルの肩を抱き、ジミーとドロシーのカップルに声をかけた。
驚いたのはジミーである。一度はプロポーズまでした相手に今の言葉を聞かれたろうか? 今の言葉は本気ではない。
ただドロシーに気に入られようと口にしただけなのだが・・・。
一方、ドロシーも驚いていた。本当ならキャロル・リードに対して勝ち誇った対応が出来るはずなのに、キャロルはアラブの名門ル・ラフマーン家の
嫡男に守られるように肩を抱かれている。
(キャロル、取り乱してはいけないよ。君は誇り高い姫君だ)
アフマドはキャロルにそう囁きかけると、肩を抱く手に力を込めた。そこからエネルギーが流れ込んでくるようで、キャロルはアフマドにだけ分かるような
わずかな仕草で了解の意を伝えるのだった。
「ご機嫌よう、ミスター・ラフマーン。わ、私、ドロシー・スペンサーですわ。スペンサーの娘ですの。こちらはジミー・ブラウン氏。
今回の展覧会の特別監修者ですのよ。あ、あの私たち二人とも、そちらのキャロルのお友達ですの。キャロル、ラフマーン氏を紹介して下さらないの?」
ドロシーのとってつけたような社交辞令にアフマドは素っ気なく答えた。
「君たちがキャロルの友人とは知らなかったな。キャロルだって知らなかったんじゃないかな?」
252アラブの宝石:03/04/02 14:04
34
ドロシーとジミーがさっと赤くなった。
「あの・・・キャロル、久しぶりだね。冗談はさておき、ラフマーン氏とは知り合いだったんだね。ライアンさんとの関係でかい?」
果敢にもジミーが口を開いた。ドロシーも興味津々と言った様子でキャロルとアフマドを見ている。アラブの大財閥の跡取りとは何と魅力的な男性だろう?
もしモノに出来ればスペンサー・グループにとってどれほど利益になるか!
アフマドはジミーに竦み上がるような一瞥を加えると、答えた。
「キャロルは私の婚約者だよ。彼女の学業が一段落するのを待って国に連れて帰るつもりだ」
はっとしたようにアフマドを見上げるキャロルを視線だけで黙らせると、アフマドは続けた。
「まだこちらでは正式には披露していないけれどね、国元ではもう公然のことだ。・・・・・キャロルが早く私の国に来てくれればいいのだがね」
アフマドは女ならば誰だってうっとりするような笑みを浮かべてキャロルを見た。キャロルは曖昧に笑ってアフマドを見つめかえす。
とんでもないことをアフマドが口走った事に対する怒りは無論、強かったがそれ以上にジミー達を見返してやったという女性らしい満足感も強かった。
253名無し草:03/04/02 15:22
うひゃあ〜!
アフマドやりますね!!!(萌え〜!
強引で原作に忠実なイメージがすてきだわ!
アラブの宝石作家様!
続決まってます!
254名無し草:03/04/02 16:57
「アラブの宝石」いっつもスルーしてまつたが今日のを読んで、最初から読み直しました。
お約束キャラのメンフィスやイズミル王子が出てこなくても・・・・面白いぢゃないか。
漏れも続きキヴォンヌ。
255:03/04/02 20:36
38
 あれほどイズミルに、もう来てはならないと言われたのにもかかわらず、キャロル
はほとんど毎日のようにイズミルのもとを訪れた。
 イズミルもまた、キャロルの身を案じつつも、その訪れを心待ちにしていた。
 キャロルは来るたびに、イズミルに脱出を薦めた。
「私は、ミヌーエと結婚するわ。けっして、騙されているわけではないの。
だから、あなたも…」
「そなたは、我が妃だ…!」
「いいえ、いいえ、私はもう決めたの。私はエジプトのために…」
 相変わらず聞く耳を持たぬイズミル。幾度となく繰り返される、同じ押し問答。
 いけないと思っていても、切なくて涙が溢れてくる。どうしてもこの三文芝居を
やり遂げなければならないのに、ここでイズミルが肯けば、本当の別れがくる。
 エジプトとも、イズミルとも…。
(そんなの堪えられないわ…!)
 一度は決めた事なのに、それが悲しくて、涙が止まらない。
 あの暖かかった腕、優しい微笑みも、怒った時の恐ろしさも、全てが夢になる。
 頬をつたう涙は塩辛く、口の中にまで流れ込んでくる。
「私の心からは、もう愛がなくなってしまったのかもしれないわ。」
 思わず弱音がほとばしり出る。イズミルは、それさえも抱きとめる。
「何を言う、我が妃よ。そなたは、我らが初めて出会った頃と変わらぬ。全然
変わってはおらぬ。清らかで、汚れを知らぬ。」
 イズミルは必死にキャロルをかき口説いた。
 触れる指先が、キャロルを濡らす。
 見て見ぬ振りの衛兵を尻目に、二人の夜は続いた。
256:03/04/02 20:38
39
 しかし、キャロルの地下牢通いは、間もなくミヌーエの知るところとなった。
 事を知ったミヌーエは荒々しく、キャロルの居室の扉を開けた。
「ミヌーエ将軍!ご無礼でしょう!」
 ミヌーエはテティの激しい抗議に一瞥くらわせ、キャロルの方に向き直って言った。
「キャロル様、お人払いを。」
 ミヌーエの激しさに、キャロルが命じるまでもなく女官達が次々に退席していく。
ただ一人ナフテラだけがためらっていた。
 キャロルは、そっと肯いてナフテラを促すと、ミヌーエに向き直った。
 ミヌーエは、キャロルが地下牢のイズミルの元へ忍んで行ったことを知って、
内心、烈火のごとく怒っていた。
 ナフテラの姿が見えなくなると、さっそく、ミヌーエは口を開いた。
「キャロル様、昨夜は、どこにいらっしゃいました?」
「どこに行こうと、私の勝手でしょう。ここはわたくしの王宮です。」
 キャロルは努めて冷静を装った。
「失礼いたしました。では、このような回りくどいことはやめて、単刀直入に
申し上げます。あなたは、昨夜、地下牢のイズミル王子の元へ行かれましたね。
王子を逃がす算段でも付けたのですか?」
「では、ミヌーエ将軍、わたくしもはっきり言います。わたくしに内緒で、
何故イズミル王子を捕らえたりしたのです。あなたのしたことは…。」
 謀反も同然です…というキャロルの言にかぶさるように、ミヌーエが言った。
「あなたは、今の状況がわかっていらっしゃいますか?今、エジプトは密かに
軍備をすすめ、ヒッタイトと一戦交えようとしているのです。そんな時、
ヒッタイトの世継ぎの身を押さえていることがどれほど重要なことか、
本当にわかっていらっしゃいますか?」
 言葉遣いは丁寧ながら、語気は激しい。キャロルは努めて冷静を装った。
「もちろん分かっています。エジプトの真の独立を守ろうという狙いも、
あなたの策略も…!」
257:03/04/02 20:39
40
「策略…?やはりあなたは戦というものが分かっていない!
剣を取って戦うばかりが戦ではないのですよ。」
「分かってるわ、ミヌーエ。あなたが本当にエジプトを愛しているから、
戦おうとしていることくらい。
 でも、イズミル王子は、先のアッシリアとの戦でエジプトのために援軍を送って
くれました。その王子を捕らえて、殺すなんて。エジプト人は恩知らずと
近隣諸国からも言われましょう!」
「それが国事です。民を導いて行くには、時に謀略も必要なのです。
綺麗ごとだけでは、生きては行けない!」
 ふたりの視線は激しくぶつかった。
 冷たい炎のような苛立ちが、この身を焼く。ふと、ミヌーエは暗い目をした。
「あなたは、ヒッタイトにいた間、一体、何をしていたのです?」
 明らかに矛先を変えた質問に、キャロルはぞっとして、視線をそらせた。
「本当にメンフィス様に対する愛があったのなら、ヒッタイトの内情を探り、
揺さぶりをかけるくらいしていてもよかったのではないですか。国の為に敵国の王子に
抱かれるのは、女ならば誰でも出来ること。」
「ミヌーエ、あなたは…!」
 キャロルは震えながらも必死に堪えた。
「キャロル様には、もっと強さを見せていただきたい。あなたは、まだ、
メンフィス様を失った悲しみに沈んでいるのですか。それとも、
エジプトのために我が身を犠牲にしたと、御自分の不幸を嘆いているばかりですか?」
 ミヌーエのキャロルに対する苛立ちはそのまま強い非難の言葉となって、
キャロルを打った。
「わたしは…!」
 キャロルは、何と言っていいか分からなかった。無言のまま、数分間ふたりは
見詰め合った。今にも、破綻が訪れそうな、息詰まる緊張がつづく。
(これ以上はだめ…。なにか言わないと…。ここでミヌーエと争えば、
彼を謀反人として処断しないわけにはいかなくなる。)
258糸作家:03/04/02 20:42
「陽炎のごとく」作家様
あなたの文章が大好きでした。
ありがとうございました。
259名無し草:03/04/02 21:45
アラブの宝石様、
新作ありがとうございます。
次が楽しみ〜
260名無し草:03/04/03 11:24
陽炎のごとく作家様、ありがとうございました。
じーんときますた…。素敵だ。
261アラブの宝石:03/04/03 12:23
>>252
35
「なかなか面白い夜だったな。退屈な先行公開、詰まらないパーティかと思ったけれど予想外に良い夜になったよ」
キャロルを自宅に送り届ける車の中。アフマドは肉食獣めいた満足げな笑みを浮かべ言った。
キャロルとリード家を愚弄するような話題で盛り上がっていたドロシー・スペンサーとジミー・ブラウンを懲らしめることもできたのも痛快であったし、
何よりも集まった人々の前で彼とキャロルの婚約を既定のものとしてしまえたのが満足だった。
アフマドとしてはライアンの反応だけが心配であったのだが、妹思いの兄はとりとめのない言葉を連ねる幼稚な妹の抗議を黙殺し(!)、驚いたり、
祝福したりする人々の対応を買って出てくれた。アフマドがキャロルと二人で過ごせるのもライアンの心遣いのおかげというわけだった。
だがキャロルは黙り込んだままだった。あの後、ジミーは聞き苦しい言い訳の言葉を連ね(もしかしたら誠実な真心からの言葉かもしれなかったが
キャロルの心に届くはずもなかった)、アフマドの前でプロポーズのことを仄めかした。ドロシーは嫉妬と不安でキャロルに非常に意地悪だった。
「どうして、そんなに面白がれるの? あんなこと・・・皆、ジミー達はどう思うかしら?」
きろり、とアフマドに睨まれてもキャロルは黙らなかった。アフマドの「機転」のおかげで自分の矜持は守れたのは事実だけれど、アフマドと結婚する気はない。
それに・・・ジミーに失恋したという事実がかなり堪えていた。
「アフマド兄さんのおかげで私、私・・・みじめな思いはせずにすんだわ。でも、人前であんな嘘つくなんて。私、結婚なんて・・・!私は・・・!」
アフマドは唐突に乱暴にハンドルを切ると、道を外れて砂漠の中に車を乗り入れて言った。ようやく車を止めるとアフマドは荒々しくキャロルを引き寄せた。
そこにいたのはあの強引で傲慢なアラブでのアフマドだった。
「俺は君と結婚する。俺は君を愛しているし、幸せにする自信もある。まだ君は子供だから何が自分の幸せか分からないだけだ」
262アラブの宝石:03/04/03 12:24
36
「馬鹿なこと・・・言わないで。アフマド兄・・・さん」
「ジミー・ブラウンが君に媚びて見苦しさの限りを見せつけたのにまだ未練があるのか?あんな誠実さのかけらもない奴」
アフマドは感情的にキャロルを責めた。キャロルがジミーに心惹かれ、あまつさえプロポーズまで受けていたことを先ほど知ったばかりなのだ。生まれて初めて嫉妬を覚えたアフマドは猛烈な独占欲に取り付かれていた。
「君だって充分分かっているはずだ。ジミーが君にどういう振る舞いをしたか。君がジミーに未練を感じるなら、それはただの少女趣味の見当違いの感傷というやつだよ」
「ひどい・・・」
「君もいい加減、目を覚ますんだ。君は混乱して正気じゃない。破れた初恋の痛みとやらに酔うならそれもいい。だがいい加減にしないと俺も怒るぞ」
キャロルは無言で涙をこぼした。アフマドの言うことは正しい。ジミーはキャロルを好きだと言ってはくれた。だがその好意の中には、キャロルの背後にある財産に対する渇望―しかもたちの悪いことにそれは妬みをも含んでいた―を多分に含んでいた。
「泣くのはやめなさい。自分を哀れむのもやめるんだ。そんな醜態は君に相応しくない。君が意固地になって俺を避けるならそれもまぁ、しばらくはいいだろう。だが、君は俺の妻になる。今更、予定変更はできない」
キャロルは涙を必死に堪え、震える声を何とか絞り出して口答えした。それはなけなしのプライドを守る滑稽な虚勢だった。
「私はアフマド兄さんが嫌いよ。自分のことを嫌っている相手と結婚するの?
ば、馬鹿みたいじゃないの。アフマド兄さんは意地悪だわ。兄さんこそ、自分の下手な冗談に引っ込みがつかなくなって私と結婚するなんて吹聴するはめになったんだわ」
「まだ言うか・・・っ!」
アフマドはキャロルの唇を接吻で塞いだ。
263アラブの宝石:03/04/03 12:25
36.5
その夜は結局、それ以上のことはなかった。アフマドはキャロルを無事、送り届け帰っていった。
その後、アフマドとキャロルの婚約を巡って世間は相当、姦しかったがキャロルはそれに無関心だった。
ライアンをはじめとする家族がアフマドの言い分を全面的に支持しているらしいのが口惜しく、キャロルはますます自分の殻に閉じこもった。
自分の愚かしさ、陰で笑われていたのだという事への屈辱感、そんな感情が世間知らずの16歳の心を打ちのめしていた。
こんな様子なのでアフマドのこともただ疎ましいだけだ。小さい頃からまとわりつき、慕っていた男性の求愛を改めて検討するだけの余裕もない。
いや、妙に意地を張って敢えて考えようとしないだけなのか。
ライアンはただ傷心の妹を見守った。これまでのいきさつを考えれば、アフマドとの縁談は全く申し分ないもののように思えるのだが。
264アラブの宝石:03/04/03 12:26
37
夕暮れのカイロ学園。一人、薄暗い廊下を歩いていたキャロルの前に現れたのはジミーだった。ぶつかるまでキャロルは全く気付かなかった。今夜、久しぶりに客人として屋敷に訪れるアラブ人のことを考えていたのだ。
「やあ、キャロル。久しぶりだね。ずっと君と話をしたかったんだけれど機会がなくて。君に謝って誤解を解いて貰いたいんだ」
屈託ないジミーの笑顔は魅力的だ。キャロルは存外、冷静な頭の中で自分が彼に惹かれていたのはずいぶん昔のことのように思えて不思議だった。この魅力的な、でも本質的に軽薄な男性を本当に自分は好きだったのだろうか?
キャロルは目を伏せて黙って首を振り、そのまま先を急ごうとした。だがジミーはそれを許さなかった。
「話を聞いてくれ、キャロル! 僕がスポンサーの歓心を買いたくて心にもないことを言ったことを分かってくれ! 潔癖な君には許し難いことは分かっているよ。でも僕の心は君の上にある。君がル・ラフマーン氏の婚約者だと聞かされたときの僕の心も思いやってくれ!」
その優しさ故にどこか流されやすい頼りないところもあるキャロルだった。ジミーもそれに賭けようとしていた。だが今回は違った。
「ジミー、もうやめましょう。私とあなたとの間には何もなかったの。あなたの立場も理解しようとしたわ。でも私達の間にはもう二度と信頼が成り立つとは思えないの。
・・・・あなたとはただのクラスメイトだわ。それだけ。さぁ、そこをどいて」
「嫌だっ!」
屈辱感に我を忘れたジミーはいきなりキャロルを壁際に押さえ込み、乱暴に接吻した。
「君は・・・君は僕のモノだ!」
ジミーの手は乱暴にブラウスの胸元をはだけ、スカートの中を探った。
265名無し草:03/04/03 13:11
珍しく強引な地味ーだ・・・
266名無し草:03/04/03 13:17
地味ー、やるじゃん。
原作の地味ーはセンス変だし、なんじゃゴルァ!ってかんじの天然少年だったがこっちの地味ーは甲斐性ありそう(笑)
267名無し草:03/04/03 13:24
地味ーの株があがってる!W
ほんで、誰が助けにきてくれるの?(わくわく
268名無し草:03/04/03 13:30
それはお約束ですから・・・ねぇ、奥様?
269名無し草:03/04/03 17:05
地味ー、肝心の時にコミクスで大笑いしたパイナップル柄のTシャツ着ていたら笑う。
>268さま、そりゃ、地味ーはお約束通りぼこぼこかと。
270名無し草:03/04/03 17:21
ここってどれくらいの読者がいるんだろう。ちょっと気になった。
271名無し草:03/04/03 18:02
かぞえる?
1人目、ハイ!(^∀^)∩
毎日読んでるよ
272名無し草:03/04/03 18:13
はーい、2人目でーっす!
ここがないと生きてく楽しみがないの。
273名無し草:03/04/03 19:45
3人目ですー!作家様、いつも楽しみにしております。
274名無し草:03/04/03 19:46
4人目。
このスレを覗くのが毎日の日課です。
275名無し草:03/04/03 19:57
5人目♪
毎日見に来てるよ〜
作家さま、素敵なお話楽しみに毎日すごしてます。
276名無し草:03/04/03 20:22
6人目♪
毎日見に来てます。新聞小説(朝○朝刊)とここの連載が楽しみなの〜。
277名無し草:03/04/03 20:46
7人目
週末は 淋しい お休みなんだもの
278名無し草:03/04/03 20:48
ラッキ−7。7人目?
279278:03/04/03 20:49

8人目だった ?
280名無し草:03/04/03 21:53
9人目。ココは毎日の日課です。週末無いとわかっていても、ついのぞく。
281名無し草:03/04/03 21:57
10!
282sage:03/04/03 21:59
11〜
283名無し草:03/04/03 22:06
ごめんなさい、間違えました、もうしません。
284名無し草:03/04/03 22:23
12番目!!
ダイジェスト板も大好きでよく見てます。
285名無し草:03/04/03 22:38
「糸」の続き見に来たけどフライングかぁ・・・13!
286名無し草:03/04/03 23:29
14!
287:03/04/03 23:41
41
 キャロルは苦しく言葉を捜したが、先に沈黙を破ったのはミヌーエだった。
 ふう、とあきらめたように肩で息をつくと、手をのばして、そっとキャロルを引き寄せた。
「キャロル様、わたしがいるのに、どうして、何をそんなに怖れるのです?」
「ミヌーエ?」
 突然のミヌーエの態度の変化に、キャロルは戸惑った。
 ミヌーエは、なんとしてもこの芝居をやり遂げるつもりなのだ。
 キャロルには、それが分かっていた。しかし、問い詰めることはしない。
「キャロルさま、貴方はどんな誹りも受けることはありません。すべての罪は、
このミヌーエが被ります。裏切りという罪もすべて。貴方は罪を知らず、
清らかなまま…。だから、安心して、恐れたり心配することは何もないのです。」
「ミヌーエ。あなた、怒っているのではないの?」
 キャロルは不安そうな、甘えたような目線でミヌーエを上目遣いに見た。
「いいえ、キャロル様。ご無礼を申し上げ、わたしが悪うございました。
あなたが、私と婚約しているのに、イズミルの元へなど行ったから、つい嫉妬で取り乱してしまったのです。
 ですが、キャロル様、この後はどんな時も、このミヌーエにお縋りください。
私は一命を賭して、あなたをお守りいたしますから。」
 ミヌーエの指がキャロルの顎を捕らえ、優しく唇を重ね合わせる。
 キャロルはミヌーエの胸の熱さを感じた。ミヌーエはなんと巧みに、
自分をそらせていくのか。熱い血が、頬へと上ってくる。
 たわいなくはぐらかされる自分を半分は装いつつ、それでもこれだけはと言を紡いだ。
「ミヌーエ、イズミル王子を殺すことはできないわ。これだけは、あなたが何と言おうと、譲れない」
「分かりました、キャロル様。私が出すぎた真似をいたしました。婚儀のあとであれば、
イズミル王子を釈放しても問題ないでしょう。」
「本当に?ミヌーエ、本当ね?」
 キャロルは予想に反したミヌーエの物分りのいい言葉に、かえって疑わしそうに何度も確認した。
「信じられないのであれば、誰の命も受けない者に申し付ければよいでしょう。」
「そうね、そうするわ。ハサンにたのむわ。」
 キャロルはやっと安心して、微笑んだ。
288名無し草:03/04/03 23:41
15人目。わたしも日課です〜作家の皆様いつもありがd!!
289:03/04/03 23:42
42
 ミヌーエは、キャロルの寝顔を見つめた。
 ひそめられた眉、細い鼻梁。薔薇の唇はきつく引き結ばれ、苦悩を秘めている。
(愛しては、いるのだけれど…。)
 かつて、自分の主君が愛した女。その類まれな美貌も、いささか線の細い優しさも、
それでいて時折見せる芯の強さも、どれも愛するに値する。
(しかし…)
 ミヌーエはどうしても、アイシスと引き比べずにはいられない。
 メンフィスの死の知らせに、周囲が止める間もなく、毒を呷って息堪えた
バビロニアの王妃。
 公式には急病による死とされたけれど。
 その身を焼き尽くした、炎のような愛情。激しい生き方。
 アイシスのあの強さ、あの激しさが、慕わしかった。
 しかし一方で、ミヌーエは、キャロルが追死を許されなかったことを知っている。
国を守ることの重さも、嫌というほど。
 何かを守るためには、それ以外のものは切り捨てる残酷さが必要なのに、
いまのキャロルにはそれがない。
 それはメンフィスへの愛が、キャロルに大切なものを守る強さと、それ以外のものを
切り捨てる残酷さを与えていたから。
 自分では、メンフィスの代わりにはなれないのだろう。
(悲しみに沈む時間さえ、与えられず…。だけれど、生きることを選ばれたのなら、
もう少し、強くあって欲しい。どこか投げやりなこの生き方は…)
(他の誰でもなく、わたしに、わたしだけに縋ってくれれば…。)
 それは裏を返せば、メンフィスに捧げたと同じ愛をキャロルに乞うているのだが、
ミヌーエはそれには気付かない。
 ただ、もどかしく、気懸りながらも見ていられない。
(いまは、エジプトのためと割りきったほうが…。)
 ミヌーエはそっとキャロルの額に口付けた。
(婚儀がすめば、きっと…)
290名無し草:03/04/04 00:55
茅ヶ崎ちゃんねる
http://jbbs.shitaraba.com/travel/1213/
291名無し草:03/04/04 01:44
16番〜!
292名無し草:03/04/04 03:24
17
293名無し草:03/04/04 06:51
18人目
294名無し草:03/04/04 08:24
19人目!!
本編にイライラなので
ここへくるのが楽しみです。
295名無し草:03/04/04 09:51
20人目
ここに来るのが日課です(w
296名無し草:03/04/04 11:11
21人目^^;
毎日どきどきしながら楽しませていただいております〜。
297名無し草:03/04/04 12:33
22人目!
298名無し草:03/04/04 12:38
23・・・久しぶりに本編読見直してきます
299アラブの宝石:03/04/04 13:14
>>264
38
「いやあっ!」
どうやってジミーを突き飛ばして走り出せたのか分からない。下着の中にまで指を忍び込ませようとしていたジミーは後頭部を壁に激しくぶつけてへたりこんだ。
ボタンが取れて胸元がはだけたブラウス。スカートは皺だらけ、片方の靴はない。みじめな姿になったキャロルは薄手のコートを羽織ると必死に校門を走り出た。
(どうして・・・どうしてこんなことに?! 怖い、怖い・・・!ジミーがあんなこと・・・・・誰か、誰か、兄さん!)
振り返る人々の視線から逃げ出すようにキャロルは細い路地に入った。そのまま座り込んでしまうキャロル。
(私は・・・・汚れてしまった。もう元には戻れない)
厭わしくおぞましい感触の記憶は繰り返しキャロルを襲い、彼女は発狂しそうだった。

「おい、車を止めろ!・・・・あれは・・・・!」
アフマドは車を止めさせると、そのまま夕暮れの雑踏の中に走り出した。リード邸に向かう途中の彼はカイロの小綺麗なアッパータウンに不似合いな惨めな格好でよろけながら走るキャロルの姿を捉えたのだ。
アフマドはじき、ビルとビルの間の路地の暗がりに蹲るキャロルを見つけた。
「・・・・アフ・・・マド・・・・・兄さん・・・」
怯えきって涙に汚れた顔。はだけた胸元、汚れた足。
アフマドは一瞬、言葉を失った。
「君が走っていくのを見たんだ。だから追いかけてきた。・・・・・一体、誰が・・・誰が君をこんな目に遭わせたっ!」
アフマドはしっかりとキャロルを抱きしめた。愛しい娘がどんな目にあったかは一目瞭然だった。激しい怒りと嫉妬、そしてキャロルへの愛が胸の内に渦巻き、息苦しいほどだった。
300アラブの宝石:03/04/04 13:15
39
アフマドは自分の上着の中にキャロルを包み込むようにして車に戻った。物問いたげな運転手に、竦み上がるような視線で無言のうちに沈黙と無関心を誓わせると彼はリード邸ではなく、自分の邸宅に戻るように命じた。
キャロルはアフマドの胸の中でじっと身動きしなかった。

アフマドは召使い達を遠ざけると、手ずからキャロルをシャワールームに案内した。
「少し・・・汗を流すと良い。一人で大丈夫か?」
言葉と仕草の中に隠しようもなくあふれ出すアフマドの心。キャロルはこくんと頷くと、シャワールームに消えていった。

(学校の方から走ってきたキャロル。彼女をあんな目に遭わせたのはやはり・・・)
シャワーの音を聞き、キャロルの気配に細心の注意を払いながらアフマドは考えた。
その時。小さな音がしてアフマドの用意してやったゆったりしたシャツを着たキャロルが現れた。
「シャワーと・・・・服、ありがとう・・・」
アフマドは立ち上がるとタオルでキャロルの髪の毛を拭いてやった。金色の頭はアフマドの胸あたりまでしかない。小さい頼りない幼い少女。
「君をこんな目に遭わせた奴は誰だ・・・っ!」
ぴくりとキャロルの身体に緊張が走った。
生々しく蘇るジミーの動作。はだけた胸元に手を這わせ、唇を近づけ、もう片方の手は下着の中にまで入り込もうとした。
―キャロル、君は知るべきなんだ。君は僕に必要とされて居るんだって。他の奴なんか捨ててしまえっ!君は僕のものだ―
「あ・・・・ああ・・・」
キャロルは蒼白な顔でアフマドを見上げた。アフマドは何という目で自分を・・・ジミーにあんなことをされた自分を見るのだろう!
301アラブの宝石:03/04/04 13:16
40
「私・・・何もされて・・・ない。怖くて・・・気持ち悪くて・・・・動けなくて・・・。
でもっ、でも、何もされてないの!本当よ。必死に逃げて・・・きて・・・」
キャロルは頭を抱え、首を激しく振りながら泣き叫ぶように言った。
「すまない。キャロル、もういい!怖いことを思い出させてしまった。許してくれ。もういいんだ、キャロル。もう思い出さなくていい」
アフマドはキャロルを抱きしめた。緊張し、冷たい汗に肌を湿らせ、震える少女。どれほど怖かっただろう。無垢の花として大切に大切に育てられてきた娘が。
「キャロル。許してくれ。君が何よりも大切なのに、大事なときに側にいて守ってやれなかった」
アフマドの声がキャロルの心に染み込む。
「俺が・・・君を守ってやれなかった。許してくれ」
キャロルはアフマドの目を覗き込んだ。そこには心配と思いやりの光が溢れている。
(アフマド兄さんが・・・何故、私に謝るの? 兄さんは悪くないのに。
私はあんな目にあって汚いのに・・・何故、変わらず大切に扱ってくれるの?)
「愛している女を守ってやれなかった・・・許してくれ」
不意にキャロルの視界いっぱいにアフマドの黒曜石の瞳が拡がった。吸い込まれるようにその深く誠実な黒い瞳を見つめていると、不意に唇に暖かく柔らかいものが触れた。アフマドの唇だった。
しっとりと包み込むように、慈しむように重ねられた唇は、いつしか啄むような動きを加え、恐怖に強ばったキャロルの冷たい唇をほぐしていった。
「愛している、愛している、愛している。いつもいつも。誰よりも、何よりも・・・俺の愛しいキャロル。汚れない綺麗な君・・・」
唇を重ねたままアフマドは繰り返し囁く。アフマドの口説はキャロルの心をほぐし、ジミーのつけた汚れも流し去っていくようだ。
君は無垢だ、下劣な奴に君を汚すことなどできない。
アフマドの声と瞳はキャロルに暗示をかけ、心を鎮めていく。
キャロルはアフマドの首に手を回した。アフマドの抱擁はますます強くなる。
堰を切ったように泣き出したキャロルをアフマドはいつまでも抱きしめていた。
302名無し草:03/04/04 13:36
24人目!
アラブの宝石作家様、これでキャロルはアフマドに開眼しますか?
303名無し草:03/04/04 15:36
25人目っす。ていうか番号いうのが新しいお約束?
いつも楽しみにしてます。「糸」のキャロルの立場や心象風景がすごくリアルで新鮮です。
あの当時の支配者階級の未亡人ってあんなかんじかなーと。モデルはアンケセーナーメン?
「アラブの宝石」は萌えでつ(はぁと)。アフマドは寸止めか暴発か、週明けが楽しみっす。
304名無し草:03/04/04 16:15
今日は金曜日。休みは嬉しいけれど
続きが読めないのは淋しい・・・
305名無し草:03/04/04 17:56
小ネタは完結でつか?つづきキボンヌ!>作家様
306名無し草:03/04/04 18:03
26人目です。
307 ◆OUKEYXVT.2 :03/04/04 20:20
27人目です。

>>284
アリガトウ!ガンガルヨ!!ヽ(・∀・)人(・∀・)ノ
308名無し草:03/04/04 21:22
28人目です。
ここの作家様たちの文才の凄さにいつも脱帽〜
309名無し草:03/04/04 21:34
無駄なカウントいいかげんにやめませんか。
普段書き込まないから、sageない人もいるし。
310名無し草:03/04/04 22:23
>309
同意です

<お約束>
・sage推奨でお願いします(メール欄に半角文字で「sage」を入れる)。
311名無し草:03/04/05 01:41
309さんてば「無駄な」は余計では?キツイよぅ
312名無し草:03/04/05 14:05
実際、無駄で無意味ですよ。それはこのレスもなー。
313名無し草:03/04/05 22:15
29人目です〜〜

☆お約束
・sage推奨でお願いします(メール欄に 半角英字 で「sage」4文字を入れる)。
ただいま読者の有志がカウント取っているので感想を書く時に、良かったら「○人目」と入れてください。

☆「糸」
実際、アンケセーナメンは相愛の夫ツタンカーメンの若死した後、再婚問題につかれてヒッタイト王に手紙を書いて
「あなたの息子の一人を私の夫にください。そうすれば彼はエジプト王になるでしょう」て言ってるんですよね。
でもその望みは実現しないで、結局親子ほど年上のエジプトの大臣アイを夫=王にすることになった。。。

「糸」のキャロルの幸せってどういう形なんでしょうね?
ミヌーエはキャロル本人よりエジプトを愛してそうだし
314:03/04/05 22:23
43
 ルカは、婚儀を目前に控えたキャロルの落ちつきに、不吉な影を読み取っていた。
 キャロルがエジプトに帰還してからの数ヶ月、ルカはさまざまに悩んだ。
 一時は本気でキャロルとの逃避行を考えたこともあった。
 しかし、イズミルに拾われ、その命に生きるのが自分の運命であるならば、やはり
キャロルは主君の妃。自分はその分を超えることなどできない。
 この心は秘めて、一生傍で守って差し上げよう。
 そう決心した時から、ルカは却ってキャロルの心がありありとわかるようになっていた。
(姫君は、ナイルにお帰りになるおつもりに違いない。その覚悟ができたから、穏やかに
なられた…。)
 ルカは、そうイズミルに進言した。
 イズミルは驚きながらも、さもありなんという風に肯いた。
「あれの心の中には、未だメンフィスがいる。
しかし、私は、あれがいなくては生きていけぬ。悔しいことだが、私は、メンフィスごと
キャロルを攫って行こう。」
315Ψ(`▼´)Ψ糸:03/04/05 22:28
44
 3日後、婚儀は滞りなく終わり、二人は王と王妃として初めての夜を迎えた。
 寝所で向かいあうなり、ミヌーエはキャロルをその胸に引き寄せた。
 キャロルは黙ってミヌーエの胸に倒れこむ。
 キャロルはこれが最後だと思うだけで、触れられてもいなのに濡れている。
(これは、ミヌーエに王位を継承させるための儀式。これで最後なんて、感傷に浸ってい
る暇はないわ。)
 そんなキャロルの心を知ってか知らずか、煌々と明るい部屋の中でミヌーエの舌は、
熱く、硬く、キャロルの全てを探った。全ての襞を探り尽くして、やっと、ミヌーエは左手で
キャロルの乳房を揉みしだきながら、右手で秘密の場所を押し広げた。
 充分に潤んだ体は、ともすれば性急に相手を求めるが、ミヌーエはわざとゆっくりと
押し入ってくる。
「ああ……んんっ」
 ミヌーエはゆっくりと、確実にキャロルを高みへと誘って行く。その腰の動きが
なまめかしい。
 キャロルはいつしか声をあげていた。熱い吐息に何もわからなくなる。

 ミヌーエはいつもより長くキャロルを愛し、夜半過ぎにようやく情熱のたぎりを
解き放った。
 そして、キャロルの頬に口付けると身体を離し、背を向けた。
(ミヌーエ…。) 
 身体の熱が次第に退いていくに連れて、キャロルの心も冷えていった。
 別れの時が、もうそこまで迫っていた。
316:03/04/05 22:31
45
 しん、と冴えた頭で、キャロルは寝台を抜け出すと、一人で身支度を整えた。
ナイルのほとりへと歩いて行く。
 キャロルは、一度だけ振り向いてエジプトを眺めた。夜が明る前に、人々に気付かれ
ないうちに、事を済まさなければならない。
(楽しかったことも、悲しかったことも、全てここにおいて行くわ。
ナフテラ、テティ、ルカ…ミヌーエ…これまでありがとう…エジプトを頼みます。
そして、イズミル…貴方のこと、本当は、少し…。)
 キャロルは万感の思いで、灯火に照らされた王宮を眺めたが、涙は出なかった。
「さよなら、エジプト。」
 キャロルは、ナイルのなかにゆっくりと身を浸していった。
317名無し草:03/04/05 23:06
土曜日だから期待していなかったんだけど、続きがあって嬉しい。
展開が気になるところですね〜。
318名無し:03/04/05 23:08
糸作家様
王子話は嫌いじゃないけど食傷気味なんでミヌーエ将軍の春期待していいですが?
319名無し草:03/04/06 01:19
わたしは王子話いっくらでも読みたい〜〜糸作家様アリガトウ!!
320319:03/04/06 01:22
30人目です。忘れてすいません〜
321名無し草:03/04/06 14:57
31人目〜!
322名無し草:03/04/06 15:26
sageられないならカウントやめようよ・・・
323名無し草:03/04/06 19:06
(゚∀゚)ノ あげちゃえー
324名無し草:03/04/06 19:16
ここももう終わりですね
325名無し草:03/04/06 19:43
>>324
なぜわざわざそういう事を言う。
貴方の一言がさらに雰囲気を悪くしているのが分からないのか?

マターリマターリ
326名無し草:03/04/06 20:44

.∴・.゚ ゚.・∴..*.☆+        (\(\_/) ハイ、すこし
      .          〜  (\ヽ( ゚Д゚)′<換気しましょうね〜.∴・.゚ ゚.・∴..*.☆+
.    ∴・.゚ ゚.・∴..*.☆+  〜 (\ (ナフテラ)つ
                     (___) .∴・.゚ ゚.・∴..*.☆+
.∴・.゚ ゚.・∴..*.☆+          ∪∪
                             .∴・.゚ ゚.・∴..*.☆+
            .∴・.゚ ゚.・∴..*.☆+  
327名無し草:03/04/06 20:45
ぎゃあ(汗)ずれたぁ
気持ちだけでも伝わりますように(泣
328名無し草:03/04/06 20:53
気持ちは受け取ってよ!(お蝶夫人風)
マターリマターリいきませう。
329名無し草:03/04/06 21:44
はい、マターリマターリ確かにうけとりました。
休日だとわかっているけどココのぞいちゃうんだよネ〜〜
330名無し草:03/04/07 12:18
>>301
41
「・・・うん、キャロルが帰宅途中に貧血を起こしたんでね。たまたま通りかかったんで俺が引き取ったよ。今は大丈夫だ。ぐっすり寝ていて起こすのも可哀想なんでね、明日、ちゃんと送り届けるよ。・・・・おいおい、ライアン。俺を疑うのか?大丈夫だ。じゃあ、明日」
アフマドはそそくさと電話を切った。安定剤を飲まされて、泣き疲れたキャロルは部屋の隅のベッドでぐっすり眠っている。アフマドはリード邸訪問をキャンセルして自宅に引き取ったキャロルにつきっきりだった。
眠ったキャロルの身体をそっと改めれば、胸元に薄紅色の斑点があった。それが何なのか知らぬほど世間知らずのアフマドではない。
(キャロル・・・・俺のキャロルをこんな目に遭わせたのは・・・)
ジミー・ブラウンの野郎か、とアフマドは呟いた。キャロルは寄り道をするような娘ではない。遅くまで学園に残っていたキャロル。学園にはジミーも通っている。ジミーはきっとキャロルとの関係修復を望んでいたはずだ。
キャロルに好意を抱き、キャロルの属する名門の血筋と財産を羨望していたジミーは。

「ここ・・・どこ?誰か・・・」
キャロルが目を覚ましたのは明け方の5時近くだった。まだ窓の外は灰色に冥く、ひんやりしている。
「目が覚めたかい・・・?」
薄闇の中に沈んでいた椅子からアフマドが立ち上がった。
「アフマド・・・兄さん・・・?」
呟いてからキャロルがさっと身体を緊張させた。昨日のことを思い出したのだ。アフマドは優しくキャロルを抱きしめ、落ち着かせるように背中を軽く叩いてやった。
「もう大丈夫だ。もう何も怖がることはない。じきに朝が来る。そうしたら君の家に送っていってあげる。君は何も心配することはないんだよ」
アフマドの暖かさが、手が回らないくらい広い背中がキャロルを安心させた。
アフマドは徹夜で付き添って見守ってくれていたのだということはすぐ分かった。
「大丈夫だ、俺がいる。何も心配しなくていい。大丈夫だ・・・」
331名無し草:03/04/07 12:18
42
キャロルはほうっとため息をついた。暖かくて気持ちが良かった。喉にこみ上げてきていた嗚咽の塊はいつの間にか消えてしまった。
だが、アフマドが優しければ優しいほど、自分がいかに彼に相応しくないかが痛感された。
ジミーの荒々しく心を踏みにじるような振る舞い。触れられた肌。押しつけられた唇。
キャロルはぶるっと身を震わせて、暖かく逞しいアフマドの胸を押しやった。
「キャロル?」
「もう・・・いいの。アフマド兄さん。そんなに優しくしないで。私は・・・私は、もうアフマド兄さんにそんなことしてもらう資格ないの。
・・・・・私は・・・・・・・汚れて・・・・・いるから・・・」
傲慢強引なアフマドの求愛が、その下に誠意と慈しみを隠していたのが、ただキャロル個人だけを見つめて行われたものだということを不意に悟ったキャロルは妙にさめた頭でアフマドの面影をなぞった。もう二度と彼を正視する資格はないのだと思いながら。
自分の言葉が幾千の鋭い刃物となって胸をえぐった。人はあまりに悲しいと、あまりにつらいと涙も出ないらしい。
アフマドはキャロルの悲嘆に顔をゆがめた。何にもまして愛しくて、誰にも触れさせず、砂漠の奥でただ自分だけを待つようにさせたいとまで思った娘。
その娘をここまで傷つけた相手が憎く、それ以上に彼女の心を癒してやれない自分が腹立たしかった。
「・・・・もう言うな」
アフマドはキャロルを引き寄せた。息も絶えよとばかりに強く強く抱きしめる。
「君は汚れてなどいない。君は・・・君は・・・・」
アフマドはキャロルを寝台に押し倒し、唇を奪った。
「忘れるんだ、キャロル。何もかも!俺が忘れさせてやる、俺が君の痛みを忘れさせてやる。そして・・・・君の痛みの復讐をしてやる。キャロル、キャロル、俺のキャロル・・・・・・!」
キャロルは抗わなかった。自分から溺れようとでもいうかのようにキャロルはアフマドに縋った。
332名無し草:03/04/07 12:19
43
アフマドは幾度も幾度もキャロルに口づけた。最初は軽く触れるような接吻。
だがいつしか口づけはエスカレートして、アフマドは啄むような唇の動きでキャロルの口を開けさせると、舌を差し入れ震える娘を味わった。
唇はいつしか首筋に移動し、少し迷った後に胸元を探った。
アフマドはキャロルの耳朶にうわごとのように心配するな、怖がるなと繰り返し、ジミーのつけた痕が消えるまで自分の唇で白い肌を清めた。
接吻と抱擁はどれほど続けられたのか。続けざまに浴びせられた手慣れた接吻に肌を紅潮させ、艶めかしくもぐったりとしてしまったキャロルを優しくアフマドは見下ろして言った。
「驚かせてしまったかい、キャロル。許してくれるかい?
・・・・・さぁ、落ち着いたらお湯を浴びておいで。これ以上、君といたら俺の理性が持たないよ、魅力的な花嫁さん」
「アフマド兄さんっ・・・!」
真っ赤になって怒るキャロルからはもう先ほどの露に濡れた花のような艶めかしさはなくなっていた。だがアフマドはその子供っぽい初な怒りかたに心底、安心した。
「着替えは用意させるからゆっくりしておいで。終わったら朝飯だ」
アフマドはそう言って出ていった。いつの間にか部屋の中いっぱいに金色の朝日が差し込んでいた。

ライアンは難しい顔をして目の前のアフマドの顔を睨んでいた。
「で・・・・アフマド。何があったのか教えてくれないか。まさか昨日の電話を僕が鵜呑みにしているとは思わないだろう? 結婚前の娘が外泊をして、しかも違う服で帰宅したということは、だ」
「おいおい。俺はキャロルを大事に迎えたいと思っている敬虔なムスリムだよ。邪推はよしてくれ」
アフマドは笑いながら言ったが不意にまじめな顔に戻った。
「キャロルが乱暴をされかけた。運良く俺が助けてやることができて良かったよ」
ライアンの顔がさっと緊張した。
「一体、どこのどいつが?!」
「・・・・・察しはついている。確信はないし、キャロルも口を割るまい。キャロルは学園から飛び出してきたらしい・・・」
ライアンとアフマドは黙って顔を見合わせた。
333アラブの宝石:03/04/07 12:23
すみませぬ、>>330>>331>>332は「アラブの宝石」です。ごめんなさい。
334名無し草:03/04/07 12:54
アフマド〜、現実の男が吐いたら殴り倒したくなるような台詞も、濃い顔のあなたがいうと許せまつ。
寸止めなのもいいぞ!(オニを期待したが、実は)
次回は地味ーがぼこられるんでしょうか?
335名無し草:03/04/07 13:45
おおっ!!!
アフマド、ライアンで地味ーをぼこるのでつか?
なんて最強タッグだろう!(はぁと)
ついでに嫌味なドロシーちゃんもとっちめてやってくらはい。
ああ、続きが気になるー!
336名無し草:03/04/08 08:33
地味ーが幸せになる話ってないね、そういえば
337アラブの宝石:03/04/08 12:30
>>332
44
一週間ほど学校を休んでキャロルは通学を再会した。だが行き帰りは必ず誰かが付き添い、学内でもキャロルは親しい友人と離れることはなかった。
ジミーは完全に無視され、また彼もあの事件以後、白々しい沈黙を守った。
「キャロルっ! 帰りにお店に寄らない?冷たいモノでも食べようよ!」
マリアの誘いをキャロルは残念そうに断った。
「そっかー。今日のお出迎えはどなたですの、お姫様?アフマド王子様ですか?」
真っ赤になったキャロルを見てマリアはあたたかな笑みを浮かべた。
「照れちゃって! そりゃアイスクリームより婚約者の君よね。・・・・ねぇ、キャロル。本当に学校辞めちゃうの?結婚しちゃうの?」
「学校は辞めるけれど勉強は続けるわ。それに結婚も・・・・何だか実感が湧かないわ」
キャロルは微笑んだ。
この一週間。キャロルは多くの決断を下した。
カイロ学園を中退してアメリカの大学に編入すること。
アフマドの求婚を受け入れること・・・・・・・。

アフマドは毎日、キャロルの見舞いに訪れた。心理的ショックに打ちひしがれている彼女を思いやって見舞いに来る彼は、様々な贈り物を携えてきた。
それはキャロルが読みたいと思っていた本であったり、昔、アフマドが贈った人形のための着せ替え服だったり、ちょっとしたゲーム、装身具・小間物であったりした。
「アフマド兄さん、こんなに甘やかされては私、どうしようもない我が儘娘になってしまうわ」
「構わないね。俺はじゃじゃ馬馴らしが好きだから。・・・好きな女にモノを贈るのは楽しいものだしね」
キャロルはようやくアフマドの心を受け入れる余裕が出てきた。彼の優しさや思いやりが彼女の心を潤し、強引な独占欲が幼い女心を心地よくした。
明日は学園に行くと決めた日の午後。見舞いに訪れたアフマドはキャロルに指輪を見せた。
「君の指に填めたいのだがね」
ただそれだけ。自信にあふれた皮肉めかした笑みを浮かべアフマドは言った。
キャロルはそっと手を、左手を差し出した。
338アラブの宝石:03/04/08 12:31
45
「キャロル、本当に中退するのかい?」
マリア達と下校しようとしていたキャロルにジミーは声をかけた。
学生達でごった返す午後の校門。
「ええ・・・・そうよ」
最低限、答えるのも嫌だというように行こうとするキャロルの手首をジミーは掴み、居合わせた皆を驚かせた。
「どうして!」
「・・・・・・結婚するの・・・・・。アフマド兄さんの国に行くのよ」
キャロルの言葉に、そんなことも知らなかったのかと言いたげなクラスメイトの好奇の視線が混ざり、プライドの高いジミーを不快にさせた。
「冗談だろう?だって君は・・・」
ジミーは馴れ馴れしくキャロルの肩を抱き、耳元に囁きかけた。
「君を好きなんだ。愛している。君が必要なんだ」
(私が何も出来ないお馬鹿さんだとでも思っているの?)
キャロルはジミーを無言で突き飛ばした。周囲が突然の修羅場にわっと湧いた。別れ話の縺れだとでも思ったのか。
固い表情でアフマドの車に乗り込むキャロル。アフマドは走り去る車の窓からこちらを見つめるジミー・ブラウンの姿を認めた。

339アラブの宝石:03/04/08 12:31
45.5
カイロのアフマド邸。仕事に没頭するアフマド。
時計が8時を告げた時、召使いが遠慮がちに声をかけた。お客人です、と。
「誰だ?ライアンか?」
「いえ・・・ジミー・ブラウン様とおっしゃる若いお方です」

アフマドは軽輩の客を通す客間に待つジミーの前に姿を現した。アラブの衣装を着て、眼光炯々たる若者にジミーは竦み上がった。
「これはジミー・ブラウン。一体、何の用だね?」
アフマドは全く感情を感じさせない硬質の声で問うた。ジミーはそれでも厚かましく答えた。
「キャロルを・・・・・返して下さい。僕はキャロルの婚約者です」
アフマドの氷の沈黙に耐えかねたようにジミーは言葉を続けた。
「僕とキャロルの間には誤解があるんです。僕はそれを解かなければいけない。キャロルはあなたと婚約して学校を辞めると言っている!あんな才能に恵まれた彼女が!キャリアを捨ててあなたとなどと!」
アフマドは射るような視線でジミーを見据えた。
「ざっくばらんに言いましょう。僕とキャロルはもう将来を誓って心交わした仲です。キャロルは僕を誤解して、かわりにあなたと婚約しただけだ。
・・・・・僕は・・・・僕はあなたよりキャロルをよく知っている。ムスリムはヴァージニティを重んじると聞きます。これが意味する・・・うわっ!」
340名無し草:03/04/08 13:24
うわっ!の後にはいったい何が・・・気になります〜
341お泊まりΨ(`▼´)Ψ:03/04/08 14:10

王子と同じ鞍に乗り砂漠を渡る日々。
だがエジプトの勢力圏を抜け、ヒッタイトの勢力圏内に入った今日は地元の貴族の館で久しぶりにくつろぐことができる。
「イズミル王子様!ようこそおいでくださいました。どうかおくつろぎ下さいませ!」
初老の館の主は幾度も王子にお辞儀しながら、王子の腕の中に守られるようにして座っている小柄な少女を盗み見た。
(ははぁ・・・あれが世に名高いナイルの姫か。ヒッタイトの王子が並み居る側室・寵姫をうち捨てて異国の神の娘を娶るとはなぁ。
よほどの執心なのだろうよ。令名高いと言っても惚れた娘御との宿りだ。せいぜい気を利かせておくかのう)

条約締結のためにエジプトを訪れたイズミル王子がかの地でナイルの姫を見初め、メンフィスを出しぬいて奪い、仮とはいえ正妃冊立の宣言までしたというのはもう有名な話であった。

(もっと離れていたほうが落ち着くのに・・・・。今日に限ってどうしてこんなに見せびらかすみたいにするのかしら?)
キャロルはもじもじ身動きした。
「姫よ、子供のように身じろぎするでない。皆が見ているぞ」
王子はぐっと引き寄せたキャロルの耳朶に囁きかけた。真っ赤になるキャロル。王子はくすりと笑った。
「主、姫を先に休ませたい。子供のような身には長旅が堪えたのであろう」
「おお、それは・・・・。ではお妃様、どうかこちらへ・・・」
342お泊まりΨ(`▼´)Ψ:03/04/08 14:10

キャロルは久しぶりに浸かる湯に心地よく身を任せた。
香料と地中海渡りのしゃぼん草で泡立てた湯は長旅の疲れを癒してくれる。

「姫・・・・?」
唐突にイズミル王子が湯殿に入ってきた。驚いたキャロルは鼻先まで湯に浸かった。
「お、王子!どうしたの?お風呂に入って来るって一体・・・?ここは私の部屋よっ!」
「ふーん・・・・。ここの主は気を利かせて我ら二人のために部屋を整えてくれたらしいぞ。あの大きな寝台を見なかったか?」
王子は面白そうに笑うと腰布だけの姿になって湯に入ってきた。
「やだっ!向こうに行ってよ!」
「私だって疲れているのに追い出すのか?・・・・ああ、風呂は久しぶりだな」
王子は悠々と体を伸ばし、キャロルを引き寄せて膝の中に座らせた。キャロルの腰にあたる固く熱い王子の感触。
「泡が・・・こんなに。このしゃぼんというものは女をことさらに艶めかしくみせるものだなぁ」
王子は泡で覆われたキャロルの身体をまさぐった。力無い抵抗を巧みな愛撫と口説で封じながら、王子の手はキャロルの一番女らしい場所を探った。
343お泊まりΨ(`▼´)Ψ:03/04/08 14:10

敏感な花びらが、王子の指で弄ばれた。亀裂の上縁にある固い肉の突起はぬるぬるの泡ごしになぶられた。
「あ・・・・・っ・・・・・!」
もう抵抗するだけの力もなくキャロルは王子にされるがままだった。ぬるぬるの蜜が溢れてキャロルのそこは淫靡に潤っていた。
「せっかくの心遣いだ。このまま、そなたを抱いてしまおうか・・・?」
王子はそういうとキャロルを湯から引き出し、寝台に運んだ。
軽く拭われただけの身体は薔薇色に上気し、混乱し涙ぐんだキャロルの表情が王子を煽った。
王子は首筋に薔薇色の刻印を押し、やがて胸の突起をなぶった。キャロルは乳嘴が固くなるのを自覚した。
「何とも・・・・・艶めかしいな。子供だとばかり思っていたが・・・・身はもう・・女、か」
王子は淡いくさむらの陰の谷間を押し開き、ゼリーのような光沢を帯びた肉厚の花を愛でた。王子の言葉にまた蜜が溢れる。
「いやっ・・・・王子。こんなのはイヤ!」
王子は襞を入念に舌で味わい、溢れる蜜をすすった。王子の舌が胎内に入り込んだとき、キャロルは初めて達した。
「ふふっ・・・・」
王子は自身でキャロルの乳嘴を、首筋を、唇をなぶった。キャロルは王子の視線に命じられるまま、その情熱のたぎりを受け止めるために薔薇の唇を開き、王子自身を銜えるのだった・・・・・。
344名無し草:03/04/08 14:59
>340
・コブラ、サソリといったお約束小動物が目の前に降って湧いた
・いきなりアフマドに押し倒されてキスされた
・殴り飛ばされた
345名無し草:03/04/08 17:52
>>344
ワラタ。
答えは2番目のいきなりアフマドに・・・・だと面白いぞ
346:03/04/08 20:27
46
 イズミルはナイルに飛び込み、狂ったようにキャロルを追った。かつてのメンフィス
のように。息苦しさも覚える暇がないほど心が急き、必死にキャロルがこの腕に帰らん
ことをイシュタルに祈る。
 そしてついにイズミルは、メンフィスでも成し得なかった事を成した。
 キャロルの腕をつかみ、自らの胸へと引き戻したのだ。
 
「ん…ここは?」
 キャロルは、ナイル河畔に立てられた粗末な小屋の中で気がついた。薄暗い小屋の中で、
人影が動いた。
「気分はどうか?我が妃よ。」
 その声を聞いて、キャロルは瞬時に、相手がイズミルであることと、自分が21世紀に
戻れなかったことを悟った。イズミルが、キャロルの傍に寄り添ってくる。
「あ、イ、イズミル王子」
 驚いて、慌てて身を起こそうとするキャロルをイズミルが押し留めた。
「…王子…わたしは、生きているのね…?」
 キャロルは、今度はゆっくりと上半身を起こしながら言った。
 夜明け前の薄暗い闇の中で、互いの目だけが光り、正面からぶつかる。
「…イズミル王子、私を、殺して。」
347:03/04/08 20:29
47
 イズミルは、薄く笑って、言った。
「何を言う。そなたは、私の妃。」
「いいえ、私は貴方を裏切り、エジプトも裏切った。なんの価値もない、ただの女です。
裏切り者の…。」
 そればかりか、これ以上自分が古代にとどまれば、エジプトとヒッタイトは、ますます
泥沼の戦いにはまって行くだろう。自分はもう、ここにいてはいけない。そう決心して、
ナイルに身を投じたのに。
 キャロルの目から、新たな涙が溢れた。
「私の心は、まだ、そなたを裏切ってはおらぬ。」
 イズミルの、優しくも力強い言葉。気高く、それでいて傲慢で、怯えた子犬の目を
持つ青年。
「何度でも言う。私は、エジプトが欲しいのではない。そなたが欲しいのだ。」
 ヒッタイトへ向かう旅路を思い出す。あの時、哀しみと怖れに凝り固まった私の心を
最初にほぐしたのは、この声だった。
 キャロルの心に、懐かしさが広がっていく。
「そなたは、ナイルに落ちて死んだのだ。一度無くした命なら、昔のことは忘れて、
新しく、もう一度、私に預けよ。」
 しかし、キャロルは、なおも頑なに首を振った。イズミルは、キャロルの腕に触れ、
髪をなでた。
「急ぐ事はない、時間はたっぷりあるのだから。」
 イズミルは、キャロルの目を覗き込み、そっと身体に腕をまわしながら、この青年にし
ては珍しく、いたずらっぽい全開の笑みでいつか聞いた言葉を放った。
「私を、愛させるぞ。」
「イズミル王子…。」
 キャロルの言葉の後半は、イズミルの唇に強引に吸い込まれた。
348:03/04/08 20:30
48
 外では一睡もせずにエジプトの民が、ミヌーエの戴冠の喜びに沸いている。
その喜びの声が、ここまで届いてくる。メンフィスの妃として、成すべき勤めは果たした。
エジプトへの責任は、もう感じなくとも良い。
 自由の身になったのなら、イズミルの傍で生きることも許されるのではないかとキャロル
は思った。キャロルの愛を乞い、拒絶される怯えにその身を振るわせながら、それでも、
キャロルの全てを受けとめて愛し抜く覚悟のイズミル。
(自分がいなくなれば、この人はどうなってしまうのだろう…?)
 愛しているとは言えない。愛する自信もない。
 でも、愛しかけているとは言える。それが何故ミヌーエでないのか、ルカでないのか、
はたまたそれ以外の男でないのか、キャロルには分からない。
 強いて言えば、イズミルが他の男とは違う何かを自分にもたらしたからだろう。それは、
幾多の男達と夜を重ねた結果、分かったこと。
(それが何なのか、見極めてみるのも面白いわ…。)
 何の苦もなく、愛に真実を求めることができた乙女には戻れない。体を重ねる簡単でも、
愛することは努力が必要なのだと、自分は知ってしまった。だけど、それもまた悪くはな
い。嘘の向こうに真実がある時もある。
 キャロルはイズミルの目を正面から見つめた。イズミルもまた、まっすぐにキャロルを
見返してくる。
 キャロルは意を決してイズミルに言った。
「イズミル王子、新しい名を、わたしにください。古い自分を捨て去って、あなたと新しく
生きる為に…。」
「おお、姫よ、わが妃よ、ではそなたは今日から…」
 イズミルはキャロルの耳元に唇を寄せ、何事かささやいた。キャロルは肯き、すこし微笑む。
 その微笑で、あの夜からイズミルの胸の中で止まることのなかった哀しい歌が止んだ。
 粗末な小屋の中は、朝日の輝きは黄金で、エジプトの宮殿かと見まごうばかり。
 その光はキャロルの心にも差し込み、キャロルの心に立ちこめていた暗雲もとぎれた。
 ようやく、ナイルに太陽が昇った。
349糸作家:03/04/08 20:34
「糸」完結です。
ここまで読んでお付き合いくださった方、スルーでお付き合いくださった方
ありがとうございました。
ミヌーエの活躍を期待して下さった方、どうもすみません。
結局、イズミルとくっつけちゃいましたでつ。
350名無し草:03/04/08 20:49
いい!すっごく感動しました。
まさか最後でどんでん返しがあるとは。王子はやっぱり大人の男だ。
いい男がこうもたくさん出てくると目移りしてしまいますね。
ちがう作品ではぜひジミ−とかを出してください。
351名無し草:03/04/08 21:33
「糸」作家様!
苦悩するキャロルの女の業が新鮮でよかった!
最後に王子とくっつくのもよかっったよー!
ありがとうございました!
また新作を期待していますね!
352名無し草:03/04/09 08:13
>「糸」作家様
久々のステキ作品です。有難うございました。
何回も読み返したいぐらい好きです。
次の作品も期待してます!!!!
353名無し草:03/04/09 08:40
>「糸」作家様
今まで子供っぽい無垢な存在としてしか描かれなかったキャロルの新しい姿が新鮮でした。
すっごく楽しかったです。次回作期待してます!

>「アラブの宝石」作家様
王道を行くお話だと思います。キャロル×アフマドカップルって新鮮なので楽しみです。
アフマドの強引さが萌えでつ。
354アラブの宝石:03/04/09 13:25
>>339
46
ジミーは重い鉄拳を顎に食らってもんどり打った。
アフマドはすかさず襟首を掴み上げ、ジミーをつるし上げた。
「貴様かっ、貴様がキャロルをあんな目に遭わせたのか!」
続けざまの平手打ちがジミーに与えられる。
「恥知らずがっ!よくも俺の前に姿を現せたな!」
「や、やめろ・・・・。やめてくれ。僕は事を荒立てたくない。キャロルを僕に・・・」
「殺してやるっ!楽に死ねると思うなよ!」
すさまじい音に驚いた召使い達が部屋に入ってこなければジミーは殴り殺されていたかも知れなかった。
「アフマド様っ!落ち着かれませ。このような者に関わられてはご令名に傷が付きます」
「キャロルお嬢様の御為にもなりませんぞ」
アフマドはジミーを床に放り出した。
「・・・・・お前達は持ち場に戻れ」
「ですがアフマド様・・・・・」
「聞こえなかったか? 持ち場に戻れーっ!」
召使い達はジミーを気遣わしげに見ながら下がっていった。
「う・・・う・・・」
「おい、ジミー・ブラウン。貴様をぶち殺してやりたいが、貴様にはそれだけの価値もない。いいか、二度とキャロルに近づくな。二度とだ!いいなっ!」
呻くばかりのジミーにアフマドは冷たく言い放った。ジミーは息も絶え絶えだったがようやく頷く。内心、この程度で済んだことに快哉を叫びながら。
だが。
アフマドはジミーの心を見透かしたのだろうか?
「貴様の命など取るに値しない。でも俺は貴様を許せない。殺してやりたい。
・・・・・・だが貴様は逆恨みして俺やキャロルに迷惑をかける卑しい根性の持ち主だ。だから・・・」
骨の折れる嫌な音。ジミーの絶叫。アフマドはジミーの右手を取り、親指以外の指を手の甲側に折り曲げたのだ。
「これでしばらくは貴様もおとなしいだろう。傷の痛みと共に俺の怒りを覚えておけ。キャロルの味わった万分の一にも値しない痛みと共にな。
・・・・忘れるな。貴様を社会的に抹殺して人生をぼろぼろにしたやることなど造作もないことなんだからな」
アフマドはそう言うとジミーを門の外に放り出した。
355アラブの宝石:03/04/09 13:25
47
キャロルは荷物の整理をしていた手をふと止めて窓の外を眺めた。ジミーと一緒に写っている写真が出てきたのだ。
季節は2回移ったが、あまり実感がない。ジミーは相変わらず学園の考古学研究科に在籍してはいるが、かつての精彩はない。交通事故で右手に大怪我をして思うように使えなくなったせいかもしれない。あるいはスペンサー一族とのつながりが途切れてしまったせいかもしれない。
ジミーはキャロルとのことがあった後、まるで罰を受けるかのように不運に見まわれた。
抜けるように青いカイロの空。でももう見納めだ。明日にはアフマドの国にキャロルは発つ。名門ル・ラフマーン家の嫡男の花嫁になるために。
(こんなふうに学園をやめてエジプトを離れることになるとは思わなかったわ。ジミーとのことがあって・・・最後は決して後味のいいものじゃなかったけれど、私の学生時代、気楽な子供時代は終わるんだわ、もう・・・)
キャロルは左手を眺めた。白い薬指に光るのはアフマドから贈られた婚約指輪だ。アフマドがお気に入りの少女キャロル・リードに贈った最後の贈り物。
彼は妻となったキャロルに何を贈ってくれるだろう?
「キャロル、準備は進んでいるかい?」
開いたままのドアからアフマド―が声をかけた。
「まぁまぁよ。・・・・だめね。つい本を読んでしまったり・・・」
アフマドは無言でキャロルの手から写真を取り上げると細かく引き裂いた。
「君は俺の妻になる女性だ。俺以外の男の写真などもういらないはずだ。ましてやこんな・・・。いいか、キャロル。俺が許した以外のものなど全部捨ててお行き。国の屋敷には新しい物を何から何まで揃えてあるからね」
さすがに気恥ずかしくてキャロルは苦笑した。
「アフマド兄さんったら。封建的よ。それに・・・他の男の人が何人いたって、私にとって特別な人はアフマド兄さんだけだって・・・知っているでしょう?」
幼い媚態。アフマドの過剰とも思える愛情が誇らしくもあり、少々息苦しくもあり。
アフマドはキャロルに素早く接吻した。
「それから・・・俺のことはただアフマドと呼びなさい。前にも言い聞かせただろう?」
356名無し草:03/04/09 18:03
ジミー、すっげー痛そうでつ・・・・・。
イスラム文化圏では嫁入り前の娘に手を出したら、その一族郎党に殺されても文句をいえないとゆー話も聞きまつが。
357名無し草:03/04/09 19:38
やっぱアフマドは最低。
どんでん返しでジミーにチャンスが訪れて、
キャロルとアフマドの結婚が白紙に戻るの期待してるよ!
358名無し草:03/04/09 21:45
うーん・・・・・。
アフマドが最低とは思わないけどチョトやりすぎか?
婦女暴行未遂の香具師の腕を切り落とした御仁もいたけど、あれは古代人だしねぇ。
キャロ×アフのケコーンはもう既定事実でしょ。

・・・・・・・・・・・・・ワタシハ コノハナシ タノシミ・・・・・・・
359名無し草:03/04/09 22:22
かつて(つーか、近年)イスラム教徒を根絶やしにするために、多くの女性たちをレイプした某国軍と同じような事をしようとした地味〜の方が肩を持たれるワケがわからん。
360名無し草:03/04/09 22:24
すみません、上げてしまいました。
361名無し草:03/04/09 23:26
>糸作家様
毎日うpされるのを楽しみにしていました。
リクエストにも応えてくださって…感激ですた。
素敵なお話、ありがとうございました。そしてお疲れ様でした!
362357:03/04/10 00:14
キャロルが頼んでもないのに、何様なんだかジミーに大怪我させた
アフマドを最低だと思っただけ。
ジミーもキャロルにやられるならともかく、
彼に指折られる筋合いないよ。
妄想と現実は別にして現実がどうこうでなく
話の中でのただの感想。
363名無し草:03/04/10 08:57
作品に抱く感想はひとそれぞれ。
マターリいきませう。
364アラブの宝石:03/04/11 14:18
>>355
48
キャロルはテラスで砂漠の国を照らし出す月を眺めていた。
(私の国は・・・なんて遠くなってしまったのかしら?)
愛しい人と結ばれた夜。じきに彼女の夫となったアフマドが寝室を訪れる。でもキャロルは鬱々としてともすれば涙が浮かびそうになるのだった。
結婚式に訪れた人々の中にいた典型的なアラブ美人。それがヤスミンだった。
(あの人もアフマドの夫人になるって皆が噂していたわ・・・)
頭の良さそうな美人。あでやかで優しそうな人。
気が付けばキャロルはぼろぼろ涙を零していた。一夫多妻の国に嫁ぐことは分かっていた。でもアフマドは自分だけを大切にしてくれると思っていたのに。
いつかは・・・・誰かと彼の愛を分かち合わねばならないのだろうか?
(結婚式の夜にこんなことを知らされるなんて!アフマドは何も言ってくれなかったわ)

「キャロル・・・・?」
アフマドは後ろから優しくキャロルを抱きしめた。
「夜更かしはよくないよ、お嬢さん。明日からの披露宴はそりゃ賑やかで何日もかかるんだからね。・・・・・泣いているのかっ?!」
「何でもないの、何でもないのよ・・・」
キャロルは言ったが、アフマドに顔を覗き込まれ、とうとう泣き出してしまった。
「帰りたい、帰りたいの。皆のところに帰りたいの。お願い、アフマド。私、帰りたい!」
アフマドは驚いて花嫁の顔を覗き込んだ。まさかこの期に及んで・・・・・。
花婿が花嫁に涙の訳を聞き出せたのはそれから1時間ほども経ってからだった。
(俺も辛抱強くなったもんだ。初夜に泣く子供を慰めて貴重な時間を無駄にするとはね!)
「ねぇ、キャロル。俺は君をただ一人の妻として望み、そして今日やっと望みを叶えたんだよ。君を俺のものにするのが待ち遠しくて仕方なかった。
それなのに君は俺を疑うのか? ヤスミンのことはただの噂だ」
「でも・・・・。ええ、私だってアフマドを信じているわ。でも噂・・・はいい気がしないの」
「馬鹿馬鹿しい!」
いきなりアフマドは荒々しく言った。驚くキャロルを押し倒すとアフマドは低く囁いた。
「信じさせてやる。俺の心を君に信じさせてやる」
365アラブの宝石:03/04/11 14:19
49
「いやーっ!」
キャロルはアフマドを突き飛ばそうとした。夫婦になったばかりの夜、当然行われる事柄をアフマドは為そうとしただけなのだが、
今のキャロルには受け入れがたかった。
「やめて、やめて!アフマド、お願い!こんな気持ちのまま、大好きだったアフマド兄さんの花嫁になるのはいやーっ!
お願い、お願い、本当に私のことを好きでいてくれるなら・・・お願い、やめて!」
アフマドは動作を止めた。沈黙。
「・・・・・勝手にしろ!俺の心を計りやがって!」
アフマドは寝室から出ていった。キャロルは黙って涙を零した。

「ご機嫌よう、キャロルさん。私、ヤスミンといいます。名前くらいは知っていて下さるわよね? ふふっ、アフマドの『第二夫人候補』よ」
心ここにあらずで結婚披露の宴の賑わいを眺めていたキャロルに声をかけてきたのはヤスミンだった。知的な美貌の持ち主は戸惑い
警戒の色もあらわな少女に人なつこく微笑みかけた。
「ああ、誤解しないでね。私はアフマドとは何もないし、これからどうこうなることもないの。うちの一族が好きに囀っているのを聞いて、
あなたが心配して居るんじゃないかと思ったから。
どうかアフマドと幸せにね。彼、独裁者だからしっかり手綱を握ってね!」
ヤスミンはそういうと、ぽかんとした顔のキャロルを置いて行ってしまった。
すぐに心配したアフマドが未だ乙女のままの愛妻の所に寄ってきた。ヤスミンが何を言ったのかと。
その返事は自己嫌悪とこのうえない幸せに顔を赤くしたキャロルの接吻だった。まさにこの時、キャロルは心からアフマドの求婚を受け入れたと言えるかもしれない。

それから。
アメリカからアラブの国に嫁いだキャロルは異文化の中で様々に苦労し、そして幸せを味わい、二つの文化を結ぶ役割を果たすことに生き甲斐を見いだす賢夫人となった。
しっとりと落ち着いた貞淑な妻はいつも夫君に守られて生涯を終えた。彼女は「アラブの宝石」と呼ばれていたという。
366アラブの宝石:03/04/11 14:23
というわけで終わりです。
自分も書けるかもしれない!と無謀にも書き始めましたが結果は見ての通りです。
本当に最後は息切れして、ご都合主義もてんこもりです。お恥ずかしいです。

今までスルーしてくださった方、過分なお言葉を下さった方、本当にありがとうございました。
それから同じ時期にお話を読ませて下さった作家様、いつもあんなふうに書きたいと思っていました。
また他の方のお話、読めたら嬉しいです。では。
367名無し草:03/04/11 14:43
アラブの宝石作家さま。
お疲れ様&ありがとうございました!
アフマドXキャロル話も新鮮でよかった〜!
よかったらまた新作をお待ちしていますね。
368名無し草:03/04/11 15:06
アラブの宝石作家様、おつかれさまです。
現代モノって初めて読んだので新鮮でした。
濃いアラブ男アフマド、燃える男アフマド、くさい台詞もなんのそのっ!
とゆーかんじで私的にはツボな話でした。
また読みたいですねー。今度は滋味ーくん編などで。
369名無し草:03/04/11 16:42
なんとなくヤスミンはライアンとくっつく話を妄想してしまいました。
「ヤスミン、愛している。僕の妻になってくれ」
「だめよ、ライアン。今のこの時期、アメリカ人がアラブ系にどうゆう感情をもってるか知らない訳じゃないでしょう?」
「人種民族の違いが何だ?僕は君を守ってみせる!君だって差別に負けるには強すぎる女性だ。僕の妻になってくれ」
「ライアン・・・・・!」
ぶちゅう!!!

・・・・・・失礼しました〜。作家様、また読ませて下さいね!
370名無し草:03/04/12 03:56
来週〜の新作ラッシュに期待してまつ。
371名無し草:03/04/13 20:33
アラブの宝石作家様、お疲れ様でした。
最初「なんだアフマドかー」と思いましたが(ごめんよアフマド)、
どんどん作家様の文章にひきこまれていき、すっかりはまってしまいました。
素晴らしいお話を本当にありがとうございました。
次回作も心待ちにしています!
あなたのファンより
372名無し草:03/04/14 16:19
なんか一気に全部の連載が終わってしまったので寂しい週明けだ。。。。。
373後宮物語:03/04/15 11:38

常夜灯が淡く照らし出す寝所で一組の男女が睦み合っている。

「イズミル王子様、もっともっと、ミラを可愛がって下さいませ。ああ、私もお供したい。何故、お許しいただけなかったのでしょう。エジプトはあまりに遠うございます」

イズミル王子は側室ミラの頬を撫でてやった。今のところただ一人の側室としてイズミルの後宮の寵姫達の頂点にあるミラは、イズミルをこの上なく慕っている。母の意向で彼女を迎えたイズミルは、女の愛情と依存が度し難く疎ましい。
眉目秀麗、文武両道の怜悧な若者と諸国に名高い大国ヒッタイトの王子は、多くの人から愛され、また慕われ、尊敬されていた。
しかし・・・・・。当の本人は愛することを知らぬ人間だった。誰かに、何かに心を傾けることは弱点にしかならぬと思い、そのような感情を軽侮して生きている・・・・それがイズミルであった。

「そのように恨みがましい顔をいたすな、ミラ。私は父上の命を受け同盟締結のためにエジプトへ参るのだ。我が妹ミラを無事、ファラオの後宮に入れるが我が務め。女など足手まどいだ」

「冷たいお言葉。私はいつも心配なのです。王子様にいくら笑われようとも。
誰か他の女人が王子様のお心を盗むのではないかって」

媚びを含み、そんなことはない、という男の甘い返答を期待した上目遣い。
イズミルは小さく吐息をつくと、うっとおしいお喋りを封じ込めるかのように行為を再開してやるのだった。
目を閉じて悦びに身を任せるミラの目にイズミルの冷たく醒めきった表情が映ることはなかった。

翌朝早く、ミタムン王女の輿を護るヒッタイト王国の使者達はイズミル王子を先頭にはるかエジプト目指して旅立ったのである。
イズミルが見送りの後宮の女達を振り返ることはなかった。
374後宮物語:03/04/15 11:38

「アイシス、お願いがあるの。私をヒッタイト王子への贈り物の中に入れてちょうだい。何人かエジプト後宮から女性がヒッタイトへやられるでしょう?
その中に私を入れて欲しいの!」
異世界から迷い込んだ世間知らずの金髪の少女の言葉に、黒曜石の美女アイシスの顔が曇った。
「何を申すのです、キャロル。そなた、ヒッタイトへやられる女がどのような目的で行かされるのか、もとい贈られるか知らぬわけではないでしょう?
そなたがここに居たたまれぬ理由はよく知っています。私のためにそなたが故郷を離れざるをえなかったことも。
自棄になってはなりませぬ。ライアン達の許に帰れぬなら、せめて私が保護して何不自由ない生活を・・・」
キャロルはただ、黙って首を振るだけだった。
「あなたをこれ以上、苦しめるわけにはいかないの。それに・・・私、ギザに行ってみたいの。何か手だてがあるかもしれないわ!」

弟にして夫たるエジプトのファラオ メンフィスの病気平癒を祈るアイシスの祈りは20世紀からキャロルを呼び出した。
心優しいキャロルはアイシスに深く同情し、またアイシスも無邪気に彼女を慕い、心配してくれるキャロルに姉のような愛情を覚えるのだった。
キャロルの持っていた薬で命を救われたメンフィスはアイシスを娶り、そしてアイシスの保護下にある金髪の少女キャロルを愛するようになる。
王家に生まれた女性として夫の側室を認めようと苦悩するアイシス。あたりを憚らぬ強引な求愛をするメンフィス。
望みの殆どない帰郷の念に囚われているキャロルは、ファラオを恐れ、アイシスの苦悩に悩み、とうとう王宮から姿を隠す決意をした。
ただキザに行けば何か新しい道が開けるかも知れないと言う何の保証もない望みに縋って。
375後宮物語:03/04/15 11:53

「さようなら、アイシス。最後にお別れを言えないのだけが気がかりだわ。
お姉さんのようであったあなたの幸せを・・・心から祈っているわ」
同盟締結の使者として訪れたヒッタイト王子への返礼の女性―彼の後宮に貢納される女奴隷―として、華やかに装われたキャロルはベールの陰からそっとエジプト王宮を見上げた。
輝く太陽が彼女の従う華麗な行列を眩しく照らしていた・・・。

「女、そのように初な思わせぶりなフリをしても無駄だぞ。私は貰い物の女を抱くほど不自由はしておらぬわ」
夜、キャロルが緊張して座り込んでいた天幕に入ってきた王子の第一声はこれだった。
大柄な体躯。知的な整った顔立ち。低い落ち着いた声音。全体に漂う傲慢さと近寄りがたさ。
どさりと座り込んだ王子に与えられたのは驚くべき返答だった。
「本当? なら有り難いわ! アイシスに無理を言って出して貰ったけれど、どうしていいか分からなかったの」
「?! そなた、何者だ?」
てっきり愚弄されたのだと思って女のベールをむしり取ってみれば、露わになる白い肌、青い瞳、こぼれ落ちる金色の髪。
「・・・・・ナイルの・・・・娘・・・・?何故に・・・?」
「あ・・・・。ら、乱暴しないで!それに私にはキャロルという名前があるわ」
刺すような王子の視線に負けまいと小さな身体を精一杯伸ばしてキャロルは答えた。そのまま、王子の氷の沈黙に押しつぶされまいとでもいうように彼女は自分の身の上と、何故このような仕儀になったかを簡単に説明した。
王子は、冷静沈着、どのような時も取り乱さず的確な行動を取る若者は、この時初めて言葉を失い、目の前の状況に対処できなかった。
「・・・だから、私をギザまで一緒に連れていって欲しいの。そうしたら後はご迷惑かけません。もちろん途中だって、あなたの邪魔をするようなことはないわ」
気がつけば目の前の金色の小鳥は、身の上話を終え、仰天するような「お願い」まで話し終え、こちらを凝視しているではないか。
376後宮物語:03/04/15 11:56
以前、「妖しの恋」を書かせていただきました。
今回はミラのいる後宮に入ったキャロルの物語・・・を書いてみたいなと思っています。
ちょっと前回の話にだぶるような部分も出てくるかもですが、あれとは全く別の話です。
アイシスとキャロルは仲がいいし、ミタムン王女はメンフィスの所に嫁に行ってるし、ミラの性格は・・・。
どうぞよろしくお願いします。
377名無し草:03/04/15 12:59
おおっ、妖しの恋=後宮物語作家様、お待ちしてました!
ミラとキャロルの女の戦いになるんでしょうか・・・?
「後宮物語」タイトルも萌えるッス。
378名無し草:03/04/15 13:06
新作〜歓喜!!
379名無し草:03/04/15 13:45
新作の設定、変わってて面白いですー!続きが気になります。
380名無し草:03/04/15 15:54
やったー神降臨!ワクワク
381名無し草:03/04/15 15:55
後宮モノ・・・。
この王子は道程ではないわけでつね?!
ををー、この身が萌えまつる〜!
382名無し草:03/04/15 16:23
「後宮物語」作家様〜お待ちお待ち申し上げておりました!さっそく続きが気になります。
こんどは幸せなミラが見れたりして〜〜!?

いきなりツッコミ失礼します。1の8行目>我が妹ミラを無事・・になってるのはミタムンですね?
383後宮物語:03/04/16 12:13
>>375

イズミル王子の一行は風のように砂漠を渡る。
エジプトから貢納された女奴隷ということになっているキャロルは、王子の側近くで旅の日々を重ねた。

キャロルが全てを打ち明けた夜。イズミル王子は小鳥の囀りに何と返事をしたのかよく覚えていなかった。それくらいナイルの娘と綽名されていたキャロルの出現は衝撃的だった。
「・・・・ナイルの娘よ。いや、キャロルとやら。何故にそなた、女奴隷などに身をやつした? そなたの噂は聞いている。
途中まで連れて行けだと?そなたが消えたと知ったならファラオはどう出るか? 我らを恨み、未来を見通し叡知を持つそなたを取り戻そうとするのではないかな?」
「私は神の娘なんかじゃないわ。私はただ家族の許に帰りたいだけなの。
ねえ、イズミル王子! お願いよ。私を途中まで連れていって。私はあなたにまとわりついて迷惑をかけるような類の女じゃないから」
キャロルは本能的に、イズミルがライアンと同じように全く女に興味のない堅物の美男子だと見抜いているらしかった。
「私がいれば、ミタムン王女にとってもよくないでしょう? そ、その・・自分で言うのも何だけれど確かにメンフィスは私に・・その興味があるようだし」
誰もが望むファラオの寵を受けながら、それを厭う娘の様子にイズミルはたいそう興味をひかれた。
「ふん・・・・。確かにそなたのように王の位にある男を恋狂いにさせる女は姿を消すのが一番よいのであろうな。よかろう、そなたを途中まで同道してやろう。だが面倒が起きるのであれば即座に見捨てるぞ」
人を見下しきったイズミルの言葉にキャロルは顔を強ばらせた。
「いくらあなたが口のききかたを知らない失礼な人でもこの場合は、ご厚意ありがとうって言うべきなんでしょうね。
いいわ、ギザまでおとなしくして決して迷惑をかけないようにするから」

イズミル王子は彼女を常に身近に置くようにした。だがそれはエジプト奴隷の媚態に惹かれたわけではなく、身分を隠した、度し難く突飛な少女をいつも監視するためであった。
384後宮物語:03/04/16 12:14

イズミル王子が砂漠のサソリに噛まれたのはギザまであと少しという場所であった。にわかに慌ただしくなるヒッタイトの野営地。
医師が呼ばれ処置が施されるが、毒の回りは早すぎ、王族の体に触れることを懼れる医師は萎縮してか満足な治療も行えない有様である。
医師の手伝いのために夜半過ぎに呼び出されたキャロルは、王子の体が断末魔じみた痙攣を繰り返すのを見て、思わず叫んだ。
「何てひどい!私、解毒の薬を持っています。使わせて下さい」
「何を申すか、この女!王子の玉体に仇なすエジプトの間者かっ!」
逆上した王子つきの将軍は、キャロルのベールを乱暴に引っ張り床に転がした。
灯火のもと、露わになる金色の髪。
「な、何と。ナイルの娘・・・。何故にこのような所に御身が・・・」
これまで慰み者の卑しい奴隷だとばかり思っていた娘が、実はとんでもない貴種の娘であると知った人々の驚き。
ファラオが人目も憚らず熱愛し、執着している賢く優しい神の娘の噂は皆が知っていた。
だが問答を繰り返し、時間を無駄にすることは許されなかった。王子にもっとも近しい将軍と、腹心の部下ルカの不承不承の許しを得てキャロルは瀕死の王子の傷口から膿を吸いだし、ロケットの中に仕舞っておいた抗生物質を含んだ薬を投与した。
それはメンフィスをコブラの毒から救った20世紀の奇蹟の薬。人々はただ王子を見守った。

当然のように、いや古代の人々にとっては奇跡的に王子は命を取り留めた。深刻な後遺症もなしに猛毒から快復した王子を看護するのは、今は「ナイルの娘」とヒッタイト人の尊敬を一身に集めるキャロルだった。

王子を気遣いつつ、一行は進む。キャロルは気がつけばギザから遠く離れた地中海に来ていた。これからは海路でヒッタイトへ向かうのだ。
人々はキャロルを決して一人にはさせてくれなかった。いかなる理由があるにせよ、王子の側にいるのは貴重なエジプトの神の娘。どうして手放したりできる?
385後宮物語:03/04/16 12:15

ぎいっ、ぎいっ・・・・。
単調な櫂の音。帆に当たる風の音。かもめの声。
(ああ・・・・もう地中海に出たのか? 私はどれくらい臥せっていたのだ?
船に移動したことも気付かぬとは)
王子はゆっくりと目を開けた。
青い瞳が心配そうに自分を見ていた。熱と悪夢の中で苦しんでいたときに、いつも見守り力づけてくれた青い瞳が。
「・・・ナイルの・・・娘・・・?」
「イズミル王子!気分はどう?・・・ああ、熱が下がったのね。なかなか熱が下がらなくて心配したのよ」
キャロルは病室の外に控えていた人々を呼び入れた。ヒッタイト人達は主君の快復を心から喜んだ。

その夕刻。
「ナイルの娘よ。そなたが私に貴重なる薬を与え、ずっと看護していてくれたのか?」
自分が臥せっていた間のキャロルの献身ぶりを聞かされた王子はそう問うた。
キャロルは無言で頷き、皆が私を信じて任せてくれたからよと控えめに付け加えた。
「・・・・・で、そなたはギザへは行かなかったのだな。いや、行けなかったのか。・・・・・・何故だ?」
ぼそりと呟くように言った王子の言葉は、キャロルの中の何か張りつめていたものを毀すには充分すぎる力を持っていた。
「あなたはサソリに噛まれて病気だったわ。私、病人を放っておけなかった。帰りたかったのよ。今でも帰りたいわ。でも、でも出来なかった。理由ですって? あなたはお願いを聞いてくれて私と一緒に旅をしてくれたからよっ!」
乱暴な言葉のなかにキャロルの優しさと耐えがたい望郷の念が覗く。
王子の胸の中に何か今まで知らなかった感情が萌した。それが何なのか自分の中で分析するより先に、王子は泣く娘を腕の中に抱え込んでいた。
386後宮物語:03/04/16 12:16
7(ダイジェスト版)
船旅は続く。回復期の王子はキャロルの看護を受け日々を過ごす。
何も言わないキャロルの心を思いつつ、その心配を素直に口にして気遣ってやることの出来ない王子の不器用さ。
それは初めて王子が知る恋情であったのだが、馴染みのない感情に王子自身まだ自覚していない。ただ常に側近く置き、娘が物思いに沈み悲しむ暇がないように次々用事を頼み、こき使い、徒然の話し相手にするだけの不器用な初恋。

キャロルは望郷の念を押し隠して王子の看護に励んだ。体を動かし、我が儘な病人につき合っていればほんのつかの間でも悲しみは忘れられるような気がした。
陰日向なく王子を看病し、付き従う兵士らにも心遣いを忘れないキャロルに好意を抱く者は多かった。人々はキャロルの苛立ちをよそに、勝手に自国の優れた王子と、エジプトの神の娘の恋物語を紡ぎだしては喜んでいた。
ファラオに熱望されていた神の娘はヒッタイトの王子を選び、卑しい奴隷に身をやつしてまで駆け落ちする道を選んだ、と。

ルウイヤ国の近くを航行中の船を突然の嵐が襲う。必死の操船にも関わらず、船は沈没。王子とキャロル、そして生き残った兵士らは這々の体で上陸する。
船を仕立てて、帰国を急がねばならないが身一つで脱出した彼らに金銭はなく、無論、ヒッタイト王子の身分を立証するものもない。
ようやく同乗させてくれそうな商船が見つかったが、船主は法外な値段を吹きかけた。兵士らは怒るが、どうにもならない。
「では、これでどうかしら?あなたが言うくらいの値段にはなるでしょう?」
キャロルが差し出したのは薬を入れていたロケットだった。細やかな金銀細工、はめ込まれた宝石貴石。ライアンから贈られた大切な品。20世紀の形見。
「ほう・・・。だが、まだ足りませぬなぁ。ふぅむ・・・いかがかな、あなたの髪の毛をちょうだいできませぬか?知り合いに鬘職人がいましてな」
人を馬鹿にしきった商人の言葉に、キャロルをナイルの娘と信じて疑わぬ人々は怒り狂った。
しかしキャロルは何の躊躇もなく髪を切ったのである。
「こんなものでよければ。そのかわり、あなたも約束を守ってちょうだい」と。
387名無し草:03/04/16 16:52
好きな相手をこき使う王子に萌えかも。。。。。
ウチのだんなが同じことしたら怒るけど(藁
388名無し草:03/04/16 17:31
何気なくダイジェストサイトが更新しています。
ありがとうございます〜!
389後宮物語:03/04/17 12:08
>>387
8(ダイジェスト版)
王子達の一行は商船に乗り、今度こそようやくヒッタイトの岸辺を目指すことが出来た。とはいえ、一行の無事を未だ本国には連絡できぬ歯がゆさ。
生き残った人々は指折り上陸の日を待ちわびるのだった。

キャロルはすっかり短くなった髪の毛をベールで隠して王子に接した。だがじきに王子はキャロルが大切なロケットと自分の金髪を売り渡して一行の足を確保してくれたことを知らされる。
「何ということを・・・あの見事なる金の髪を。兄より贈られたという美しい飾りを・・・。さぞや、さぞや辛かったであろう。そなたが我らを救ってくれたのだな・・・」
王子は乱暴に切られてぎざぎざになった髪の毛を手の中で慈しむように触れながら言った。
キャロルが如何に家族を大切に思い、恋しがっているかは王子がよく知っていた。彼女は王子に請われるまま、よく故郷の思い出を話して聞かせていた。
ロケットを抱き、静かに涙を流しているキャロルのことも知っていた。
「そなたの献身に対して、どのように報いればよいのであろう? そなたがいなければ我々は異境の地で野垂れ死にをしていたであろうよ・・・」
王子は生まれて初めて「愛しい」とはどういうことかを知った。彼を取り巻く女達が幾度となく口にしていた言葉の意味を。
自分の身も省みず、王子の寵愛を代償に求めることもなしに、ただ尽くす女など彼は知らなかった。
「可哀想なことをした・・・・。許せよ・・・」
キャロルは抱き寄せられるまま、王子の胸で泣いた。ひとりぽっちの心細さが王子の温かみの中で少し溶けていくような気がした・・・。

やがて王子は手ずからキャロルの髪の毛を切りそろえてやった。顎のあたりまでで揃えられた金髪は、キャロルの白く小さな整った顔をより幼く、少年とも少女ともつかぬ性的に未分化な生き物のようにも見せた。
390後宮物語:03/04/17 12:08
9(ダイジェスト版)
髪を切り終えて、王子はキャロルに腕輪を与えた。
金の細い腕輪に、自分の髪を纏めていた革ひもに通してあったビーズを通しただけのもの。だが、そのビーズは王子だけに許された紅玉髄のそれだった。
「綺麗・・・。でもいいの?こんなものを貰っても?」
「良い。それは護符のようなものだ。そなたが失った首飾りには及ばぬであろうが、無いよりは良かろう。身につけておけ。さすれば男に間違えられることもあるまい」
「やだっ、もうあのロケットのこととか言わないでって言っているでしょう?
別にあれが惜しくて夜も眠れないってわけじゃないわ。役に立って良かったって思っているのよ?」
王子がキャロルに話しかけるとき、その声には冗談めかした調子や慈しむような優しい色合いがあった。もっともその声に語られる言葉は皮肉っぽく、キャロルを子供扱いするものであったけれど。
人々はそんな王子の様子に驚いた。
まさか王子はあの神の娘を真実、愛しく思っておいでなのだろうか。王子があのように気を許され、優しくされる相手は今まで無かったのではないか、と。
キャロルもまた、王子に気を許すようになってきていた。旅路の徒然に交わす会話からは彼の教養や野卑ではないバランスの取れた性格が窺われた。
いつも自分を皮肉っぽくからかい、子供扱いする相手ではあったけれど、何かの折りに優しくさり気なく甘やかしてくれる年上の男性に頼るのは心地よかった。
そして二人の心は急速に近づいていく。初めて人を愛しく思うことを知った男と、気の狂いそうな孤独と寂寥に打ちのめされかけていた少女は。
391後宮物語:03/04/17 12:10
10(ダイジェスト版)
ようやくヒッタイトに上陸した一行。
「おお、よくご無事でお戻りなされました」
平民のような格好をした王子一行を恭しく出迎えたのは一人の老人であった。
「ラバルナ師よ! 久しゅうございます。よく我らのことがおわかりになったものだ! まだ誰にも我らの無事到着を知らせてはおりませぬに!」
「何、王子よ。半ば盲したとはいえ、空を渡る風や、地中深き所より出ずる水、この世のあらゆるものたちが私に万象を教えてくれまするぞ。
無論・・・我が教え子よ、あなたが風に託して飛ばされた念も聞こえました。
お教えしたことをお忘れではなかったかと嬉しく思いましたぞ。
・・・さぁ、参られませ」

その昔、王子が師事したという不思議な老人ラバルナの住居―といってもそれは仮住まいの目立たない小屋だった―に一行は落ち着いた。
早速、最寄りの砦とハットウシャに伝書鳩が飛ばされる。王子は迎えが来るまで、この恩師とともに過ごすことに決めたようだった。
不思議そうな顔をしているキャロルに将軍が、王子とラバルナ師の関係を説明してやった。
その昔、ただ一年だけ少年であった王子が師事した不思議な力を持った老人。彼は気楽な一人住まいだが、折に触れ王子は師を訪ね、共に過ごす事をタノシミにしていると。

楽しそうにくつろぐ王子達を見ているとキャロルはより強く疎外感を味わった。自分はこの世界では一人だという寂しさ。
一人、夜空を眺めるキャロルの側にいつの間にかラバルナ師がいた。彼は王子の変化を見抜き、教え子に「人の心」を教えた少女を見に来たのだ。
しばし会話を交わす二人。キャロルの話す未来の世界の話を老人は興味深く聞いた。やがて教え子の選んだキャロルの優しく聡明な気質に安堵した老人はキャロルに言う。
「そなた様がこの世界でどのように生きられるにせよ、御身の上に幸いが多くありますように」
392山崎渉:03/04/17 12:27
(^^)
393名無し草:03/04/17 18:05
いよいよ後宮に乗り込みまつかっ?(ワクワク)
394名無し草:03/04/17 21:36
最近ここを発見したんだけど、
面白すぎるー。
後宮物語作家さん、続き楽しみにしてます。
395後宮物語:03/04/18 11:58
>>391
11
ハットウシャから出迎えの使者が遣わされて、ようやくイズミル王子の一行は身分に相応しい旅をすることが出来るようになった。ラバルナ老は出立する教え子と、不思議な金髪の少女に祝福を与えて送り出してくれた。
王子を護衛する兵士達の他に、細々とした身の回りの世話をする侍女たちも王子を迎えに来ていた。侍女たちの頭は細身の女性で名をムーラと言った。

「さぁ、姫君。こちらのご装束をお召し遊ばせ。お済みになりましたら王子がお召しでございます」
いつの間にか姫君、と呼ばれるようになったキャロルにてきぱきと言いつけながらムーラは油断なく少女を値踏みしていた。
(なるほど、いつものお相手とはお扱いが違いまする。私の王子をお助け下された神の娘と聞いておりますが、さて本当のところどの程度のご器量の御方か)
彼女は王子の後宮の女達を監視し管理する役割も持っていた。
王子が言いつけて持ってこさせた装束は、上流階級の未婚の娘が着るようなものだった。幼げなその姿は、いつも王子の周りにいる豊満で艶やかな女達とは全く違ったものだった。
(漏れ聞けばこの御方は16くらいだとか。それなのに殊更幼げな格好をおさせになるとは王子もどういうおつもりか?)

「おお、姫。支度はできたか」
王子は自分が言いつけて持ってこさせたヒッタイト風の衣装がキャロルに映える様子に深い満足を覚えながら声をかけた。彼は宮廷の主席医師の手当を受けているところだった。厳めしい医師はキャロルの姿を認めると恭しく言った。
「姫君のご処置は全く的確でございました。傷は膿んだりすることもなく、また麻痺や引きつりといった後遺症もござりませぬ。信じられぬことでございますが、これも全て姫君が差し上げられたという不思議な薬のせいでございましょう」
褒められて控えめに会釈するキャロルに王子は言った。
「とはいえ、医師は尚しばらくの看護が必要だと申しておる。姫、ハットウシャまで同道し、医師と共に私の看護をするように」
396後宮物語:03/04/18 11:59
12
ギザへ行くはずが、反対にハットウシャまで行くことになったキャロルだったが、抗うことなど許されなかった。
サソリ毒がまだ残っているのか、それとも体力が全体的に低下しているのに冷涼な大気が堪えるのか、王子は夕方になると微熱を出した。
医師が用意した薬を王子に与えたり、ムーラに手伝ってもらって半病人の体を拭いたり包帯や衣装を換えるのは当然のようにキャロルの役目とされた。
キャロルは気づきもしなかったが、いつの間にか人々はキャロルを「王子が特別に目をかけておられる女性」と見なし、未来を読むという優しい異国の神の娘を王子の側近くに置いておこうとするのだった。

(私は姫の優しさを利用している・・・)
王子は寝台の側で目を伏せて包帯巻きに熱中するキャロルを眺めていた。
その優しさ故に―無論、王子も含めた周囲の人々の有言無言の圧力もあろうが―彼の看護を骨惜しみすることなくしてくれる少女。
話し相手をさせてみれば、ずいぶんと知識の深い賢い相手だと分かる。
才気煥発、深慮、知識といったものを重んじる王子は、キャロルの知識の広さに舌を巻いた。キャロルはそれを鼻にかけるどころか、誰でも知っていることなのだと困ったような顔をする。
ナイルの姫、と呼ばれる少女は身分高い姫でありながら、高慢ではなくむしろ誰に対しても穏やかで丁寧だ。といって卑屈なのでもない。
(このまま、姫を側に置いておけたならどのような望みも叶え、きっと幸せにしてやるのだが。
・・・・・・いや。この娘の幸せは故郷に帰ること。幸せにしてやるために手放さねばならぬとは皮肉な事よ)

(王子の側にいると兄さんの側に居るみたい)
キャロルは睫越しにヒッタイト王子の手を盗み見た。大きな手。武器を扱い慣れた無骨な固い手。だが驚くほど優しく暖かい手。その手に、その手の持ち主に彼女は幾度慰められ、力づけられたか。
(きっとお別れを言うときは名残惜しく思うんでしょうね。古代での私の兄さんで一番信じられる友達なんですもの)
397名無し草:03/04/19 05:15
この辺で、久しぶりにスケさんカクさんの片割れのウナス登場!
「姫!メンヒス様の元にお戻りください」

・・・・なんちて。
398山崎渉:03/04/20 06:17
   ∧_∧
  (  ^^ )< ぬるぽ(^^)
399名無し草:03/04/21 08:12
王家の紋章、おもしろいでつよね
400名無し草:03/04/21 10:32
400げと。
今週も新作を期待しております。
401名無し草:03/04/21 11:16
ウナスー
らぶでつ
402後宮物語:03/04/21 13:20
>>396
13
(姫は何をしているのか・・・)
ちょっと外の空気を吸ってきますと出ていったキャロルはなかなか戻ってこない。ここは精鋭の兵士らに守られた野営地の中、ましてや明日あさってにはハットウシャ入城という地なので安全に何ら問題はない。
キャロルにだって侍女を付き添わせた。それなのに王子は側にキャロルがいないことに苛立ち、呼び戻したいと思っている。
「姫を呼び戻して参る。夕暮れの風は冷たい。障りになってはならぬ。今朝も貧血を起こしたくせに・・・供の侍女は何をしておるか」
王子は驚き、押しとどめるムーラを尻目にマントを羽織り、キャロルを探しに黄昏の野営地の中に出ていった。

キャロルの供を命じた侍女が途方に暮れたように立ちつくしている。
何をしている、姫はどこかと叱責しようとした王子は、侍女の視線の先でしゃがみ込んで涙を流しているキャロルに気付き慌てて駆け寄った。
「姫!どうしたのだ?気分が悪いのか?何があったのだ?すっかり冷え切って居るではないか・・・」
王子の声に振り返ったキャロルは真っ赤な目をしてだた一言呟いた。
「お願い・・・一人にして下さい。もう放って置いて」
403後宮物語:03/04/21 13:21
13.5
「姫君、そのようなこと・・・。お願いでございます、どうかお戻り遊ばして」
途方に暮れた侍女を先に下がらせると、王子はそっとキャロルを立ち上がらせ、泥を払ってやった。そのまま泣きじゃくるキャロルが落ち着くまでマントで包み込んでやる。
やがて・・・・。
「私・・・帰りたい。皆のところに帰りたい。皆・・・待っていてくれる人が居るのに、私は一人」
キャロルはこれまで行きすぎた町や村で人々が、家族が楽しげに語り合い、連れだって歩くのにたまらない望郷の念を覚えたらしかった。
今になって、叶うことのない望みを口にして泣く少女の我が儘が王子の胸を打った。
(いくら・・・我が側で大切に扱おうとも、我が側で無邪気にうち解けてこようとも、姫の心はここにはないのか。ただ今まで必死に寂しさを堪え張りつめていただけなのか・・・)
久しく望郷の念は口にせず、王子の看護に心砕いてくれた少女の気遣いが、彼女を愛しく思う若者の胸の内にほのかな希望を育てていた。
この娘もまた私を慕って居てくれているのではないだろうか?ずっと側にいてくれるのではないか、と。
「泣くな、姫。泣くでない・・・。そなたのことをきっと故郷に帰してやる。
この私が約束する」
404名無し草:03/04/21 17:42
週明けキターーー!!!
405名無し草:03/04/21 23:15
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!

406:03/04/22 15:39
「・・・ん・・・?」
寝入っていたキャロルは不意に目が覚めた。
暖かなイズミル王子の身体が背中に感じられ、静かな寝息が耳にささやいている。
キャロルの腰の上に回されたイズミル王子の左手が、キャロルの横に投げ出されているのが
常夜灯の薄明かりに照らされて見える。
掌を上に向けて、軽く指の開かれた無防備な大きな手・・・。
武術を嗜み、剣を握り、弓を持つ手は、鍛えられたせいなのか、ところどころ節くれだち硬くなっている。
自分の掌よりはるかに二周りは大きな手。
そうっとキャロルの白い手が静かに触れてみる。
この手は私を守ってくれる手、この手で私を抱きしめ守り、それから・・・とキャロルは思うと
急に恥ずかしくなり顔が熱く火照るのを感じた。
「あっ・・!」
キャロルの手は突然触れていたイズミル王子の大きな手に握られた。
「眠れなくなったので、私の手と戯れておったのか?うん?」
首だけ振り向くと片肘ついた王子とキャロルは目があった。
「ううん、王子の手が・・好きだから・・ただ触ってみたくなったの・・。」
「可愛いことを・・・。手の持ち主のことは嫌いか?」
王子の唇がキャロルの首筋や滑らかな頬に押し付けられる。
答えようとしたキャロルの唇はイズミル王子によって塞がれ、二つの身体はもっと密接に絡み合った。
キャロルの白い指に太く大きな指が絡まったままで・・・。
407名無し草:03/04/22 16:19
こういうちょっとした物語も良いですね〜
408名無し草:03/04/22 18:19
「手」作家様〜ほんわか系で(・∀・)イイ!でつ
続きおながいします!
409名無し草:03/04/22 19:00
「手」作家でつ。
レスありがとうございます。
私個人としてはこの話はこのまま、といった感触でしたので
続編を書きたい方、どうぞお願いしますね〜。
410名無し草:03/04/22 21:37
「手」作家様レス有難うございますm(__)m
あいわかりた!
わたしとしてもその先の過激シーンを望んでるわけではありませぬ〜
作家様の作品が持つ雰囲気が好きでつ(・∀・)
別のお話もまた書いてくだちい〜
411名無し草:03/04/22 22:53
王子の手、萌え萌え。
せくすぃーー!
412名無し草:03/04/23 08:50
うっとりストーリーはイズミル王子のが多くていいなぁ。Ψ(`▼´)Ψも然り。。
メンフィスにも愛を!!>作家様
413:03/04/23 12:28
エジプトを巡る周辺諸国の動きはあわただしく、大臣達との協議を終らせたメンフィスは
疲れを感じながらも足早に、キャロルの眠る寝室へと向かった。
「まだ起きておったのか?先に休めとナフテラから聞いたであろう?」
窓辺で煌々と輝く月を眺めていたキャロルにメンフィスは声を掛けた。
「ナフテラからはちゃんと聞いたけど、メンフィスと一緒に眠りたかったから・・・。」
少し照れくさそうに話すキャロルが愛らしく、メンフィスの顔にも笑みが浮かぶ。
華奢な身体を抱き寄せると、柔らかで暖かい身体を擦り付ける幼い媚態。
「ねえ、メンフィス、あなたは私を愛してるでしょ?そうよね?」
突然のキャロルの質問に何事かと目を見張るが、メンフィスは「私を疑うのか?」と
まさに王者の風格で笑ってみせる。
「じゃあ、私のどこが好き?金髪をしてるから?瞳が青いから?肌が白いから?
 ほんの少しばかり歴史に詳しいから?だからなの?」
今まさに泣きそうな青い瞳で訴えるその様子に、キャロルの身体に回した腕にも力が入る。
「・・そうだな、泣き虫のくせにはねっかえりで、好奇心旺盛で・・・。」
そう言いながらキャロルの白い手に口付け、細い肩に、首筋にと指を這わせていく。
「皆に分け隔てなく優しいそなたの全てがいとおしい。私を愛してるそなたをだ。」
胸のなかで小刻みに揺れる細い肩は、この上なく儚げで手放したらもう二度と戻ってこないようなものすら感じさせる。
「泣くな、私の側にずっといる約束だろう?」
寝台がきしみ、メンフィスの黒い髪と月明かりにも煌いているキャロルの金髪がもつれ合う。
慈しみあう恋人達の姿を月の光が照らし出す・・・・。
414後宮物語:03/04/23 13:18
>>403
14
「そなたの献身に対してきっと報おうぞ。私がいつの日かそなたを母の許に帰してやる。その日までそなたは私の大切な妹だ。
良いな、姫。もう泣くな」
王子はキャロルをしっかりと抱きしめ、落ち着くまで背中を優しく撫でてやった。いつの日かミタムン王女にしてやったように。
(そなたに泣かれてはどうしてよいか分からぬ。そなたが泣きやみ、私に微笑んで見せてくれるなら何でもしてやろう。
何でも約束してやろう。
ああ、どうしてかくも心乱されるのか・・・)
キャロル愛しさのあまり、心にもない「約束」を口にしてしまう王子。
それはただ初めて自分が愛しいと思った娘の心を惹きつけるための方便にすぎなかったのだが・・・。
王子の言葉に顔を上げたキャロルは、その言葉に縋り付きやっと微笑んだ。
「本当?本当に約束してくれるの?ありがとう!」
キャロルは王子の望み通り、微笑んだ。晴れやかに愛らしいその笑みは残酷な刃となって王子の心に突き刺さった。

イズミル王子の首都入城は華やかに行われた。呼びかける人々の声に、無事を喜ぶ皆の声に今更ながらキャロルはこの青年の人望に驚かされた。
(何て堂々としているのかしら?整った賢そうな顔立ち、大きな体。高ぶらない、でも犯しがたい威厳。・・・私が一緒にいた人は生まれながらの王者だったのね)
長い旅路を共にして、弱った体を看護し、様々に語り合い親しみを覚えていた相手の立場に思い至り、キャロルはふと孤独を覚えた。

王宮の大広間で、イズミル王子は父母である国王・王妃、それに臣下百官に帰国の報告をしてキャロルを紹介した。
彼がエジプトの神の娘を伴って帰ることはすでに都合の良く膨らませられた恋物語―王子は異国の神の娘を見初め、娘も王子に心捧げ故郷を捨てた―
共々、周知のことだった。
それゆえ、王子がこの金髪の娘を客人として遇すると言ったことに皆、戸惑いと不審を覚えたのである。
415後宮物語:03/04/23 13:19
15
キャロルが王子に伴われて、世継ぎのための宮殿に入ったのはもう夜も更けてからのことだった。
帰国祝賀の宴で国王夫妻と様々に言葉を交わし、人々の好奇心剥き出しの値踏みするような視線に疲れ果てた彼女は、肩を王子に支えられるようにして歩いていた。
普段ならそんなことは嫌がるキャロルだったが、今は王子に支えられ、労られるようにして薄暗い廊下を歩くのが心地よかった。
「姫、疲れたのだな。可哀想に、長旅に気詰まりな宴では心休まる間もなかったであろう」
大過なく宴をやり過ごし、あまつさえ賞賛の声すら得たお気に入りの娘を王子は褒めてやりたかった。この人にしては珍しいことである。
「大丈夫よ。心配してくれてありがとう。王子こそ体は大丈夫なの?
・・・・でも正直、あんなに沢山の人に見られるのはちょっと辛いわ。旅の間に比べればあんなにたくさん人が居て華やかなんですものね」
無理に微笑んでキャロルは言った。
これまで無意識にせよ意識的にせよ王子に頼り、また王子に頼られしていた兄妹か友人同士の間柄から急に王子の「公人」としての立場を見せつけられたことに戸惑いを感じながら。
王子は自分を心配してくれるキャロルの肩を黙って引き寄せた。
416後宮物語:03/04/23 13:19
16
薄暗い廊下は不意に途切れ、灯火で明るくなった王子の宮殿の入り口にはミラを筆頭に彼の後宮の女達が居並んで主を出迎えていた。
「お帰りなさいませ、王子。無事のお戻りお喜び申し上げます。お怪我をなさったと聞いたときは胸やぶれる心地がいたしました」
ミラの言葉が響き、それを待っていたように他の女達がてんでに声を上げ、入り口は華やかな賑わいに包まれた。
だが、どの女性も科(しな)を作って囀りながらも、油断なく刺すような視線をキャロルに注いでいる。王子が異国より伴ってきた神の娘。
どの女性も美しく化粧し、艶やかに装い、人目でたった一人の主を待つ女性達なのだと知れる。キャロルは肩を抱かれていることに居心地の悪さを覚え、そっと離れようとした。
だが王子はそれを疲れて眠たがってぐずる子供の我が儘とでも取ったのだろうか?
素早く身をかがめ、キャロルの耳朶に囁いた。もう少しで休ませてやる、だからおとなしく私の側に居よ、と。キャロルは頬を染めた。皆の前で窘められたことや、耳にかかる王子の吐息が恥ずかしくて。
しかし居並ぶ女達はそうは取らなかった。何と彼女らの王子は人目も憚らず新しい金髪の女と戯れている!何と憎らしいナイルの姫!まだほんの子供ではないか!
「・・・・王子、そちらの女人が噂に聞きましたるナイルの姫、と呼ばれる方ですの?」
ミラが王子の片方の手を取りながら聞いた。刺すような視線。琥珀色の瞳の奥に嫉妬の炎が揺らめき、神経質そうな顔に癇性の色が走った。
キャロルは居並ぶ女達の自分を侮り、貶めるような視線にぞくりとしたものを感じた。だがそれに臆するには彼女も負けん気が強すぎた。キャロルは今度こそ王子の手から離れると女達の顔をぐるりと見回し優雅に会釈した。
417名無し草:03/04/23 13:55
新作ぞくぞく嬉しいでつ。
>後宮物語、いよいよ本格始動か?!
>短編作家様:これからもどんどん書いて下さい!
418412:03/04/23 17:34
うれしいー!メンフィスだ!!
アリガトございます>月作家様
419真夜中:03/04/23 21:19
真夜中に目が覚めた。
こんなことは初めてだ。いつも目が覚めれば辺りは明るい朝なのに。
夜は暗い。常夜灯の明かりが余計に部屋を暗くしているみたいだ。風の音、僕が身動きするたびに寝台の掛け布が擦れる音、僕の鼓動、息づかい。
心細い。夜はこんなに静かで心細いものだったんだ。
僕はそっと寝台を降りて、自分の影から目をそらすようにして父上と母上のお休みになっておいでの部屋との境の扉を開けようとした。

常夜灯に照らされた部屋が扉の隙間から見える。
父上、母上と呼ぼうとして僕は不意に声を呑み込んだ。
何かが、大きな何かの影が父上達の寝台の上にいて動いている!黒いその影は刻一刻と姿形を変え、僕が聞いたこともない声すらたてているではないか。
夜の化け物・・・?父上と母上はどこにいる?!

暗闇に目が慣れてくるのと、化け物は父上と母上の影だと分かったのはほとんど同時だった。
良かった、お二人は化け物に喰われたわけじゃないんだ・・・僕は少し安心したが・・・・・。

父上も母上も何も着ていなかった。お風呂に入るときのように何も着ていないのだ。
父上は小さな子供のように母上の胸に顔を埋め、母上は父上の背中に手を回して吐息のような不思議な甘い声をたてていた。
愛しい・・・・愛しい私の姫・・・。
・・愛しているわ、イズミル・・・・。
睦まじい父上と母上。でもいつもの、昼間の父上達の仲の良さとは違う。

見てはいけないものを見てしまったことが本能的に分かった。僕は黙って寝室に戻り、目を瞑った。
そして起きた後も夜のことは誰にも言わなかった。誰にも、だ。
でも時々は思い出す。あの睦まじく、でもどこか甘美な毒気のような妖しいものを含んだ夜の光景を。
420名無し草:03/04/24 08:08
短編ラッシュが嬉しいです。
個人的には「手」が萌えかな?
でもでも「真夜中」のイズミル王子の息子も気になる。作家様、彼の話キボンヌ。
421名無し草:03/04/24 17:40
幸せ。。。。。。。
422後宮物語:03/04/25 12:21
>>416
17
「王子・・・・お戻りになっておしまいなのですか?」
寝床の中から甘い声で拗ねたようにミラは言った。
王子がめでたく帰国してきた夜。王子の後宮の女達の頂点に立つミラは当然のように彼女が愛してやまない男性を自室に請い招いた。
「・・・起きておったのか?」
王子は振り向きもしなかった。いつも行為の後に感じる白けた気怠い気分が今宵は殊更強く感じられた。
「長旅の疲れがまだ取れぬ。一人で休みたい」
腰布を纏い、寛衣を逞しい体に羽織った男をミラは寝床の中から黙って見送った。王子は女の部屋で夜を明かすような男ではなかった。ひとときが終われば出ていき、女が入ることは許されぬ私室で書見をしたり、酒を嗜んだり。

(王子はいつもそう・・・。今宵だっていつもと同じ夜のはず。でも何故に心が波立つ?)
ミラはまだ火照りの消えぬ身体を物憂く起こした。王子を彼女は愛している。彼をかけがえのない相手として大切に独占したいという欲望は誰よりも強い。
王子はミラを公認の側室の座に据え、後宮の頂点に立つことを許してくれている。ミラは自分を重んじてくれる王子の心を疑ったことなどなかった。
(ナイルの姫とかいう女。王子はきっとあの女の側に行かれたのだ。変わった毛色の異国の小娘・・・!)
ミラはぎりぎりと歯がみした。冷たく気高い側室の仮面を被ったミラは初めて他の女達のように男の心を疑い、ライバルたる女の面影に嫉妬と怒りの涙を注いだのである。

「あ・・・王子、お戻りなされませ」
私室に戻った王子を甲斐甲斐しく迎え入れたのはムーラであった。
「思ったより遅くなったかな。姫はどうした?待っているように言い聞かせたのだが」
「はい・・・。王子をお待ち遊ばしておいででございましたが・・・あの、お疲れのご様子にて・・・」
ムーラの視線の先には長椅子に凭れて寝入る少女の姿があった。
423後宮物語:03/04/25 12:22
18
「ふふ・・・。幼いことだ。待っておれと命じたにこのように寝入るとは何と大胆な娘か」
ムーラは驚いて王子の顔を盗み見た。その言葉に反して王子の顔には柔らかな笑みが広がっている。

後宮の女達との「義理」を果たすために部屋を出ていく王子はキャロルに命じた。私が戻ってくるまでムーラの言うことを良く聞いて待っておれ、と。
キャロルはすでに兄同然に思っている王子の言葉に素直に頷いた。
王子の笑みは暖かく、その気配が染みついた私室は居心地が良かった。先ほどの後宮の女達の視線など、とりあえずは気にならなくなるほどに。
そしてキャロルはムーラ達の手で入浴させられ、衣装を変えられ、薄く化粧すら施されて王子の帰りを待っていたと言うわけである。侍女たちは今晩、王子がキャロルと寝所を共にするのだろうと察していた。
だが王子を兄のように、年の離れた友人のように思い、いつかはギザに送っていってもらえると縋るように信じているキャロルはただ手持ちぶさたに王子の帰りを待っているだけだった。
慣れぬことばかり続いた一日の疲れは重く、侍女たちがはっと気付いたときにはもうキャロルはぐっすりと眠り込んでいたというわけだった。

「申しわけございませぬ、王子。姫君は起きておられて、私どももお話相手など勤めさせていただいていたのですが・・・ほんの一瞬のうちに眠り込まれて。本当にこのようなことって初めてでございます・・・」
畏れ多くもヒッタイト王子の寵を受ける夜に先に眠り込んでしまった少女の「失態」にムーラはおろおろとするばかりだった。
「かまわぬと申しておろう。子供とはそのようなものだ・・・。ふふ、眠ると重くなるのだな」
王子は驚き呆れて口も利けないでいるムーラを尻目に、キャロルを軽々と抱え上げ垂れ幕の後ろの自分の寝台に連れていったのである。今まで女を呼び入れたことのない寝台に。キャロルの部屋は別に用意されていたというのに!
「ムーラ、今宵はもうよい。下がれ」
王子は垂れ幕の向こうからそう言った。
424名無し草:03/04/25 12:45
>後宮物語作家様
続きが読めてウレシイです。
でもここで週末を迎えるのは辛うございます〜〜
425名無し草:03/04/25 12:55
>後宮物語作家さま
王子は女は知っていても子供はいないはずなのにどーして「寝入った子供は重くなる」を知っておいでなのでしょう?
ああ、萌え萌えの今回でございまつ。。。
426名無し草:03/04/25 13:36
知ってるんじゃなく、「重くなるのだな」とその時知ったんじゃ?
横レススマソ
427名無し草:03/04/25 14:26
きゃ〜!萌え萌えでつわ!
このまま続きが読めないのは蛇の生殺し状態・・・。
428名無し草:03/04/25 16:31
でもでも王子は何もしないに10000コブラ(謎)。
キャロル、早く王子に惚れてミラと壮絶バトルをやってくれ!!!
429名無し草:03/04/25 16:36
でも、王子はミラとエチーしたのねん。・・
430名無し草:03/04/27 22:11
道程王子はいや〜んだから。エチ-しててもイイ!
王子はやっぱり、ポエットで、てくにしゃんでなければ(w

>後宮物語作家さま
萌えをありがとうございます。一刻も早く続きぷりーず!
431名無し草:03/04/29 22:10
続きはヤパーリ連休明けかな。
きつい寸止めでつ。
432名無し草:03/04/30 20:10
神々の降臨は今日もお預けなのでつね…
私待〜つ〜わ♪
いつまでも待〜つ〜わ♪
433名無し草:03/05/01 12:47
垂れ幕の後ろが気になる。。。。。
434名無し草:03/05/04 06:11
ワカッチャイルケド・・ノゾイテシマウ・・・スゴスゴ・・・
435名無し草:03/05/04 18:50
漏れも…。
436名無し草:03/05/05 10:37
しまった。上げていたのね。
今朝も覗きにきて、気づきました。ゴメンナサイ。
ケーブルで首つって、逝ってきまつ。
437名無し草:03/05/05 14:59
逝くな、明日はきっと・・・・・!
438後宮物語:03/05/06 11:03
>>423
19
王子がそっとキャロルを寝台に降ろしても、彼女は身じろぎもせず深い吐息を漏らしただけだった。
(完全に寝入っている・・・か)
王子は少しがっかりした気分で肩肘で体を支え、幼い寝顔を見下ろした。
(このような寝顔を見るのは初めてだな)
王子が知っている女の寝顔はいつも行為の後の火照りと淫靡な疲労を宿していた。男を独占したがる女の匂いを強くさせながら、強かさと強欲さ、それと裏返しの不安を孕んだ脆さ。
眠っていながらもなお男に絡みつくように、底なしに愛を請うように・・・。
だが目の前の金髪の子供はただただ眠っていた。安心しきって安らかに優しい穏やかな顔つきで。
だが本当の子供でない証拠に、その寝顔にどこか男を誘うような、男を狂わせるような処女の無意識の媚態が透けて見える。そう見えるのはあるいは王子がそのような対象としてキャロルを見ているからなのか。
「姫・・・」
王子は囁き、そっと白い胸元に手を這わせた。大理石のように白い肌は確実に生きた暖かみを宿していて、不埒な手に吸い付くような甘い感触を与えた。
王子はなだらかな隆起を愉しみ、やがてその頂に触れた。
「う・・・・・ん・・・・・?」
その途端、キャロルが身じろぎしたので王子は悪戯を見つかった子供のように手を引っ込めた。だが聖なる膨らみを知った手はひどく火照っていた。
「・・・・許せよ、姫。そなたはまだ無垢な子供であったな。母君の膝下を恋しがるばかりの幼い子供だ」
王子は切ない微笑を漏らした。初めて自分から望んだ存在は、未だ無垢で幼く、その愛しさ故に触れて子供時代に別れを告げさせることが出来ないのだ。
王子はそっとキャロルの頬に接吻した。
するとキャロルがうっすらと目を開いた。
「だぁれ・・・・・・?」
439後宮物語:03/05/06 11:04
20
見開かれた青い瞳は霧にけぶる水のように曖昧な光を宿していた。意識は半ば以上、眠りの世界にあるのだ。
「すまぬ。起こしたかな?」
王子はそっと小さな背中を撫でて、寝入らせてやろうとした。キャロルは母親に甘える子供のように王子の温かみに体を寄せてきた。
「姫・・・?! どうしたのだ、そのようにしたりして・・・」
「兄さん・・・・・・大好き・・・・・」
王子は狼狽え、喜んだがじきキャロルが寝ぼけているだけだということに気付いた。
「まこと・・・・困った子供だな」
王子はしばらくの間、薄く青い目を開けて覚醒と睡眠の狭間を漂うキャロルを見つめていた。
(ただ寝顔を見ているだけなのに、ただ寝ぼけて私を兄と呼び、身を寄せてきただけなのにこんなにも愛しく思えるとはなぁ。このまま抱いて私のものにも出来るのに・・・ただ今は見守っていたい。いや、ずっとずっと側に置いて成長させ、私を愛させ、子を生ませて・・・・)
王子はまじめな顔になると優しく耳元に囁いた。
「姫・・・私の姫。ギザになど帰るな。ずっと私の側に居よ。
ここにはそなたの好きな書物も絵図もたくさんある。私と旅をすれば色々なものを見せてやれる。私はそなたに多くのことを教えてやれるし、そなたは私の国に多くの恵みをもたらすだろう。
私の側に居てくれ。望みは何でも叶えてやろう。私を愛すると言ってくれ。他の女達のように。私もそなたに愛していると言うから・・・!」
柄にもなく熱烈な恋の告白を眠る少女にした青年は、頬を赤くして相手から離れた。旅の日々が王子の心を確実にキャロルに繋ぎ止めていた。
「う・・・ん・・・。は・・・・い・・・・」
寝返りをうったキャロルは王子を一瞬見上げ、うっすらと微笑むとまた寝入ってしまった・・・・・・
440名無し草:03/05/06 11:27
ぬぉぉ・・・
王子萌え〜
441名無し草:03/05/06 14:35
うわーん・・・・・
萌えるわ〜。ヤパーリこういうのが王子の王道。。。。。
442名無し草:03/05/06 20:37
きゃー!
萌えでつわ〜!!!
ヤパーリ王子には寸止めが似合ふ・・・。(ポ
443後宮物語:03/05/07 11:47
>>439
21
「姫君? いかがなさいましたの? そちらは端近にすぎましょう。もう少し奥へ」
ムーラに声をかけられてキャロルは、はっと我に返るとムーラの指し示す椅子に腰掛けた。
「日差しがきついゆえ、垂れ幕を・・・」
ムーラは侍女たちに命じて大きな窓を紗の垂れ幕で覆わせた。王子個人の客間はこれで外からは見えなくなり、庭から密かにキャロルの様子を盗み見しようとしていた後宮の女達はがっかりと帰っていくことになる。

(私・・・私ったら一体どういう顔をして王子に会えばいいのよっ? 待っていなさいと言われたのに寝てしまうなんて・・・王子の寝台を独占してムーラに起こされるまでぐっすりなんてみっともない!
起こしてくれれば良かったのに。そうしたら私、起きて自分の部屋に引き取ったわ。親切で寝かせておいてくれたのは分かるけれど・・・家族でもない他人の男の人に寝顔を見られるなんて!)
ムーラの差し出してくれたお茶を機械的に飲みながら、キャロルは自分の顔が真っ赤に染まっていくのを止められなかった。
意識的に感情を押さえた表情と声音でムーラはキャロルの身支度を手伝ってくれたが、そこには無礼な王子の客人への驚きと呆れた気分が色濃く漂っているようにキャロルには感じられた。
「あの・・・ムーラ」
「はい?なんでございましょう、姫君」
「色々と世話をして気遣ってくれてありがとう。でも少し一人にさせてもらえませんか?昨夜来、あなたには迷惑をかけ通しで申し訳なくて・・・。あなたの仕事もあるでしょうに」
ムーラは、育て子の王子とよく似た苦笑を片頬に刻んだ。
(全く風変わりな姫君を王子は見初められたこと!今朝方など王子がお出ましになるのにも気付かずに眠り続けて、お起こししてみれば涙を零して寝入ったことを恥ずかしがって闇雲に王子にお詫びを言いに行こうとされて・・・。
今だって、やたらと周囲に気遣い、慣れぬ場所でただただ恥ずかしがって困り果てた様子を隠そうともなさらぬ。
変わったお子だこと!王子もお手をおつけにならなかったようだし)
「お気遣いは結構でございます。姫君。慣れぬ場所で落ち着かれぬのでしょうか?私は王子からあなた様のお世話を言いつかっております。王子がお戻りになるまで落ち着いてお待ち遊ばせ」
444後宮物語:03/05/07 11:48
22
ムーラの言葉にまた頬を染めて黙ってしまったいかにも世慣れぬ風の娘を見ながらムーラは今朝方のことを思い返していた。

王子が垂れ幕の後ろから起きだしてきたのはようやく空全体が闇色から灰白色に色味を変えだした頃だった。ずいぶんと早い起床に手水の支度よ、朝湯の支度よと騒ぐ宿直の侍女らを制して王子は朝から酒を命じた。珍しいことである。
垂れ幕の後ろ、未だ寝台の中に居るであろう金髪の少女の気配を気遣いつつ、手酌の青年を心配そうに見上げるムーラに王子は言った。
「ふふ、そのような顔をいたすな、ムーラ。そなたが心配するような事は何もないぞ。姫は疲れたのであろう、まだ眠っている。そのままにしておいてやってくれ」
「はい・・・・あの・・・」
「・・・・朝酒か?そうだな、子守は存外疲れて心乱れるものゆえ飲みたくなったのだ。全く子を持って初めて分かる親の恩とはよくいったものだ」
「はぁ・・・?」
「何も無かったのだよ、ムーラ。何も、だ。あの姫はぐっすり眠り、私は初子を持った母親のように寝顔をのぞき込んでいたというわけだ。
あの姫は私の客人だ。間違っても他の側女のような扱いはいたすな。
起きたら、食べさせて部屋に連れていってやってくれ。そうだな、部屋からは出してはならぬ。退屈そうなら私の書物など見せてやれ。昼頃に一度顔を見に来る。
他の女達が姦しく新来の姫を見物に来るだろうが、会わせることは叶わぬぞ。
女達に分を弁えさせるようあしらって欲しい」
「・・・・はい。姫君をどなた様にもお会わせしないのですね」
ムーラは問いかけるように育て子であり、主君でもある若者を見た。
「ふ・・・ん。ミラには私から申し聞かせる。ま、あの気位の高い側室の御方は物見高く新参者を見に来はせぬだろうが」
辛辣にそう言って王子はまた杯を満たし、干した。
「そのように見てくれるな、ムーラ。私とて初めてのこと故、どうして良いか分からぬのだ。女に執着を覚えるなど」
王子は酔っているようだった・・・。

その時、部屋の外が騒がしくなった。侍女が告げに来た。
「ムーラ様、ミラ様がおいでになりました」
445名無し草:03/05/07 12:29
後宮物語、最初は展開とろくてマズーとかと思っていたが最近は萌えで嬉しい。
作者サマ、蟻がd
446名無し草:03/05/07 21:39
最初の方もよかったけどなー。
でも、確かに今はさらに萌え萌えだ。

いよいよ、ミラとキャロルのバトルでつね。
ミラちゃん空振りに、10000コブラ ←>>428のまねっこ(w
447名無し草:03/05/08 10:12
朝から手酌で呑む王子に色気を感じる私は腐女子でしょうか
448後宮物語:03/05/08 12:10
>>444
23
押しとどめる侍女を突き飛ばすようにして入ってきた女性はきらびやかに着飾り、冷たく権高な「公認の側室」の仮面では覆い隠せないほどの激しい癇走った表情を眉根のあたりに漂わせていた。
薄いベージュ色の髪の毛は鏝で丹念に巻いてあり、薄いオリーブ色の肌は入念に化粧されていた。見るからに高価そうな衣装に装身具。美しく整ってはいるけれど何だか作り物めいて冷たい容貌。
それが、王子の後宮の女達の頂点に立つミラだった。

いつものようにミラの私室に朝のご機嫌伺いにやって来た後宮の女達の聞こえよがしなお喋りがミラをここまで駆り立てた。
―ご存知?昨夜、やって来たエジプト人は王子のお部屋に泊まったのですって!下仕えの小女が言っていたわ、あの外国人のために用意された寝台には皺一つ寄っていなかったって!
―旅の途中で王子のお命を救って看病したのですって。以来、王子はお側を離さぬほどにご寵愛というわけ。
―あの方は子供じゃあるけれど何でもエジプトの女神の娘なんですってよ!
本当ならファラオのお側に上がるはずだったんだけど、王子様に見初められて駆け落ちまでなさったんですってよぉ・・・
女達はさり気なくミラの方を窺う。自分たちに対して権高に振る舞う側室の御方様がどう出るか愉しみで仕方ないのである。
新参者のキャロルは自分たちのライバルであるけれど、もし噂通りの高貴の姫君ならば、高慢で気取りかえったミラに自分たちに成り代わり罰を与えてくれるかもしれないではないか?
後宮の女達は強かで意地が悪かった。権力者の娘ミラに押さえつけられてろくに王子に目通りすることも叶わないのだ。

女達はミラにこう言った。
「私どもは取るに足らぬ身分の側仕え。今更、王子のお心を望めるような立場にはございませんわ。
あのような目映いばかりに美しい女神の御娘がおいでになったからって、何の気苦労もございません。こうなってみると王子の寵薄い、ぱっとしない身の上も却って有り難いことかもしれませんわ」
女達の目はこう嘲笑う。それに引き替え、ミラ様は・・・・と。
449後宮物語:03/05/08 12:11
24
(これが・・・・・ナイルの女神の娘)
ミラは目の前の小柄な子供を見下ろした。どのような美女かと思ったが、目の前にいるのは小柄な子供だった。昨夜、灯火の元で見たときよりさらに頼りなげに見える。
いつもなら、新しく王子の寵を受けた女性を見ても心は騒がなかった。自分に勝る相手がいるはずはなく、全ての女に勝り超然としていられると信じてこれたからだ。
だが。
今回は勝手が違った。目の前の毛色の変わった少女の恐れげのない澄んだ青い瞳が、ミラの心を激しくかき乱した。自分と対峙しても少しもたじろがぬ女など初めてだった。
未婚の娘が着るような幼げななりをさせられ、処女の証に髪の毛は梳き流しただけのキャロル。男の手はまだついていないと殊更、強調するようなやり方。
(王子、あなたは一体、この娘をどうなさるおつもりなのです?)

「ご機嫌よう」
先に声を出したのはキャロルだった。居合わせた人々は、驚いて、または好奇心剥き出しでキャロルを見た。
「私はキャロルと申します。王子の客人としてしばらくこちらに滞在いたします・・・」
すっと差し出された形の良い白い手をミラは狼狽えて取った。
(これではまるで君主の手を押し頂く臣下のようではないのっ!)
ミラは思ったが、同時に「王子の客人」という単語に縋るように飛びついた。
では、この女は後宮に入るのではないのだろうか? いや、だが王子はこの娘と同衾なさったというではないか・・・?
ミラは今度こそ、冷たく気高い側室の仮面で素顔を覆った。
「ご機嫌よう、エジプトの御方。王子の客人たるあなた様にご挨拶いたしますのは、あの方の妻たる私の義務ですわ。ご滞在が楽しいものとなりますように」
それだけをやっと言うとミラは引き取って行った。足早にキャロルや、他の侍女や女達から離れることで、かろうじて彼女の矜持は保たれたのである。
450後宮物語:03/05/08 12:12
25
「お見事でございました、姫君」
緊張のためか青ざめたキャロルの冷たい手を、母親のようにさすってやりながらムーラは言った。
ミラの人もなげな振る舞いに一時はどうなることかと、この有能な女官は肝を冷やしたのであるが意外にもキャロルが泰然としていたため事態は穏やかに集結した。
(小さな子供のように泣いて萎縮してばかりかと思えば、あのように毅然と厄介な野次馬達をあしらわれる!
そういえば昨夜も、後宮の女達に少しも臆することなく優雅に振る舞われたのを感心してお見上げしたものだったけれど・・・。
本当に不思議な御方だこと!まぁ、頭のよろしい方というのは確かやも。だとしたらお仕えのし甲斐もあるというもの。私、泣き虫と愚図と馬鹿は嫌い)
「皆は誤解しているのね・・・・。私が王子の新しい愛人か何かかと思っているのよ。私がうっかり王子の部屋で寝込んでしまったから・・・」
そう言ったキャロルの頬には早、新しい涙が伝い始めている。ムーラはつい先ほどの自分の感想は何かの間違いだったかしらと訝しく思いながら、涙を拭ってやった。
「もうそのことはよろしいではございませんか、姫君。
誤解云々につきましては今はお忘れ遊ばせ。そうそう、王子が姫君に書物をお貸しくださるそうです。ご覧になりますか?」

浮き立つ心を我ながら不思議に思いながら、王子はキャロルの部屋にやって来た。
地図を膝の上に置き、何やら物思わし気だったキャロルは王子の姿にびくりと身体を震わせた。
「姫、今戻った。何をしていた?おとなしくしていたか?疲れは取れたのか?」
「あ・・・あの・・・はい、大丈夫。それより昨夜は、というか今朝はごめんなさい。うっかり寝過ごしてしまって。本当にごめんなさいっ!」
睦言の一つもと期待していた王子は、謝るキャロルを宥め、気を紛らわせようと様々に冗談や軽口を叩きながら過ごすことになったのである・・・。
451名無し草:03/05/08 15:05
ムーラの
>私、泣き虫と愚図と馬鹿は嫌い
にやたら納得してしまった。嫌いそうだよなぁ・・・
452名無し草:03/05/08 17:16
禿同!
でもキャロルってその「泣き虫・愚図・馬鹿」ナンジャナイカナ・・・・・
453名無し草:03/05/08 19:19
ンじゃぁ、ムーラは見る目がないのか? トカ、イッテミタリスル・・
454後宮物語:03/05/09 14:19
>>450
26
だが結局、王子は不機嫌な雰囲気を纏ってキャロルの部屋を出ることになるのである。

キャロルが午前中に眺めていた絵図は地中海世界やナイルの岸辺の地勢を示したものだった。当然、下エジプトのギザも載っている。
キャロルは無邪気に言ったものだ。
「やはりギザは遠いわね。送っていってもらえるとしても・・・ずいぶん長くかかってしまう。
・・・・・送っていくって約束してくれてありがとう、王子。私一人だったらとてもこんな長い距離は旅できないわ」
遠慮がちに、でも断固として約束の履行を迫る娘に王子は少し鼻白んだ。
「やはり帰りたいか、姫よ」
「ええ、そりゃすぐにでも帰りたいわ。でも我が儘はいけないわね。ごめんなさい」
「・・・・そなたは昨夜・・・・」
「えっ!やっぱり私、何か言ったの?何か夢を見て寝ぼけていたような気もしていたの。何か変なこと言った?」
王子は何故か心底がっかりした気分を味わった。
(馬鹿馬鹿しい、寝ぼけた子供が生返事をしただけではないか。私の側にいると約束したわけではないのだ。
姫は早く帰ることだけを考えている。私のことなど何とも思っていない)
「覚えていないならよい。私はもう公務に戻らねば。さて、姫よ。今夜は寝ずに私を待っていてくれられるかな?」
「ええ、いいわ!・・・・あ、そうだわ、王子。お願いがあるの」
「うん?」
「あの、あのね。王子の後宮の女の人たちに・・・私のこと、ちゃんと説明して欲しいの。私はただの客で・・・その・・・王子とは何でもないって」
不愉快そうに顔をしかめた青年にキャロルは簡単にミラ来訪のことを説明した。

かくて。王子は図々しくもキャロルの品定めをしにきた側室と、それを押しとどめ得なかった乳母、それに自分の心を全く無視する金髪の少女の3人に腹を立てながら午後の公務に向かったというわけである。
455後宮物語:03/05/09 14:20
27
「まぁ、イズミル王子様!」
夕日の残照が差す部屋に訪れた青年をミラは狂喜して迎え入れた。
ミラは王子にしがみつき、悩ましく身体をすり寄せたが、近寄りがたい硬質な反応にじき身を離した。
どうも最愛の男性は機嫌が悪いようだ。原因は何となく察しがついた。あの新参者の外国人だろう。
「そうそう、今日は王子が新しくお連れになりましたエジプトの方のところに伺いましたの」
ミラは艶やかに微笑んで先手をうった。
「小さな幼い方ですのね。ご自分は王子の客人なのだと言っておりましたわ。
ねぇ・・・・あのような方は初めてなので私も気になってしまって。
まことのところ、どうなのです?」
馴れ馴れしく体重をかけてくる身体の香料の匂いと熱に、いつにない嫌悪を覚えながら王子は感情の窺えないいつもの口調で答えた。
「側室の君たるそなたが、そのようなことを気にするとは珍しいな。
そなたは私の側室だ。世間が公認し、重んじるただ一人の側室だ。他の側女とは違う。それでは不満か?
私が一番多く訪れる女、それがそなただ。不満か?」
王子はいきなりミラを抱え上げると寝台に放り出した。そのまま五月蠅い口を封じるように女を愛していく・・・・・。

456後宮物語:03/05/09 14:21
27.5
「・・・・王子様。お忘れにならないで下さいませ。あなた様を一番愛しているのは私ですわ・・・。あなた様の妃に立つのは私ですわ・・・」
いつになく激しい行為の疲れに半ば以上、眠りながらミラは囁いた。王子は一言も答えず、毛ほどの疲労も見せずに女の部屋を後にした。

「ようこそおいでなさいました、王子」
王子は思いもかけないキャロルの出迎えに嬉しい驚きを感じた。
キャロルは悪戯っぽく笑った。
「ね、今日はちゃんと起きていたでしょう?やればできるのよ」
王子とキャロルは様々な会話に興じた。決して出しゃばらず、知ったかぶりもせず、しかし求められれば即座に適切に答え、深い知識と知性を示す娘は王子にとってこの上ない話し相手だった。
「・・・よかったわ、王子。何だか気分が優れないようだったから心配だったの。何かあった?」
「うん?いや・・・そうか、私は不機嫌そうであったか。
ふふ、だが、そなたと話していて長く不機嫌ではいられまい。女と話して面白いと思い、飽きなかったのは初めてだ」
「ふふっ。私みたいなお喋りは珍しいかしら?でも旅の時だって色々話したわね。・・・私も王子と話していると楽しいわ」
「・・・・・・どうだ、姫。ずっと私の側にいぬか?ずっと私の話し相手をつとめてくれぬか?」
「・・・・・・・・・・・・それはだめよ」
457名無し草:03/05/09 15:26
嗚呼寸止めの週末・・・
458名無し草:03/05/09 17:04
一気に押し倒す甲斐性はないでしょうなぁ>王子
459名無し草:03/05/09 22:54
後宮物語、イイ!
460名無し草:03/05/12 10:03
週明けキターーーーー!!!
461後宮物語:03/05/12 12:27
>>456
28
私はあなたとは違う世界の人間。
あたなと居ると何だか兄さんと居るみたいで安心できるの。あなたはこの世界での私の一番信頼できる友達だわ。
でも・・・いいえ、だからずっと一緒にいられないの。

言ったでしょう? 私がどこから来たか。どこで生まれ育ったか。あなたは信じられないことかもしれないけれど、本当のことだわ。
あなたがこの世界で王子として生きるのを定められたように、きっと私も20世紀の世界で生きることを定められているの。
あなたの生きる世界はここ。私の生きる世界は遙か向こう。世界の違いを越えて一緒にいれば、そのうち私たちお互いに自分でなくなってしまうかもしれないじゃない。自分でいるというのは大切なことよ・・・・。
異世界から来た私は、王子の生きるこの世界にとっては異分子なんですもの。
私の存在が、あなたに障りになることがあったら私、自分を許せないわ。

・・・・・・・・・あなたは私の大事な友達よ。
心から信頼できる友達って生涯にそう何人もできないわ。私は一生あなたを大事な友達として覚えてきたいの。だから・・・一緒には居てはいけないの。


明るい月がよく見える窓辺でキャロルは静かに語った。
そこには王子のよく知っている年の割に幼い少女はおらず、真摯で理性的な娘がいた。
「ずっとずっと・・・・大好きな大切な友人だわ。だから・・・」
キャロルは最後にそういうと、そっと王子の頬に手を触れた。

キャロルは王子が出ていった扉を涙に潤んだ瞳でじっと見つめていた。
(馬鹿なキャロル。気がつかなかったとは言えないわ、私自身の気持ちに・・・。ライアン兄さんによく似た王子の優しさが嬉しかったくせに。いつだって、いつだって・・・・・!)
積み重なる旅の日々、交わされる会話、見交わす瞳、さりげない心遣い。
キャロルは、王子に恋心を抱きかけている自分をひたすら戒めた。
462後宮物語:03/05/12 12:27
29

「くそっ・・・・!」
王子は寝台にどさりと横になった。
先ほどキャロルに触れられた頬が驚くほどに熱かった。
女であれば誰でも待ちこがれるはずの男からの恋の告白。ヒッタイトの世継ぎとして人々から賞賛される男からの求愛。口先だけではない、心からの願い。
側に居て欲しい、と。
それなのに肝心の娘はそれを拒否した。見事なまでに。言葉を尽くして。大切な友人だからこそ一緒に居てはいけないのだなどと韜晦して!
王子はその口を封じ、身体を奪うことができないままに引き下がった。いつもならば女を組み敷いて奪って、その胸に自分の面影を焼き付けてしまうのに。肉食獣が狩りをするように、欲しいものは力尽くで奪って・・・。
「この私が・・・・この私を翻弄するとはなっ!」
王子は酒杯を呷った。酒は苦く焼け付くようだった。
(女ならば誰でも強い男からの求愛を待ちわびているのではないか?
私では不足なのか?母女神の国のことなど忘れよ。これまでそなたと過ごした日々・・・そなたもまた私のことを憎からず思っていてくれていると感じたのは私の愚かな勘違いなのか?)
強く瞑った瞼の裏側にキャロルの面影が通り過ぎる。
馬上で楽しそうに景色を見ていた娘。王子すら知らぬその土地固有の事象をよく知っていた博学な娘。
明るく微笑んで周囲の誰からも好かれた娘。そう、王子が嫉妬して隠してしまいたいと思ったほどに。
何の見返りも求めずに、王子の看病をしてくれた娘。女性ならば命と同じほどに大切であろう髪の毛をも惜しげもなく捨てた娘。
そして・・・・・・故郷を思い、孤独に打ちひしがれ涙していた娘。
(そなたを幸せにするには・・・やはり我が手の中から離さねばならぬのか)
463後宮物語:03/05/12 12:28
30
(王子は今日も一度も来てくれない・・・・)
昼下がりの庭園の一角でキャロルはそっと吐息をついた。
あのやりとりから3日。厳しい、でもどこか寂しげな顔で部屋を出ていった王子は一度もキャロルの許を訪れてはくれない。
多忙である、という伝言の粘土板を添えて、献上品の珍しい果物や花、それに装身具といった如何にも女性好みの品々は届けられるのだけれど、キャロルが好きだと言った書物などが貸し与えられることもない。
(私はあの人が選んで貸してくれる書物が好きだったのに。いいえ、書物を持ってきてくれる人が好きだったんじゃないかしら・・・?
王子は気を悪くしたのね。謝る機会もくれないわ。でも・・・謝るって何を?
あなたの言うとおりに、ずっとあなたの話し相手を勤めますっていうの?)

そんなキャロルをムーラはじっと見守った。
実の母よりもイズミルの心の機微に通じたこの女性は、育て子の初めての恋に驚きと嬉しさを感じていた。いつもいつも行儀の悪い子供がお菓子を食べ散らかすように無感動に女の相手をしていた冷たい男性が、初めての恋をした!
これまでムーラは、王子の周辺にたむろする女達に嫌悪や軽蔑を感じこそすれ、好意めいたものを覚えることはなかった。彼女は育て子とある意味、心ひとつであった。だからイズミルが惹かれた娘に初めて好意を覚え、何とか彼女自慢の育て子を愛して欲しいと強く願うのだった。
(私のお育てしたイズミル様は誰よりも優れた殿方。姫君は王子をお慕いになればこそ、ヒッタイトにおいでになったのではありませんの?
どうして今更、王子のお心に従われることを拒まれます?何をご心配かは存じませんが王子は全てからあなた様を守って下さいますよ・・・?
私のお育てしたあの方に一体何の不満が? 理由如何によってはお許し出来ませぬよ?)

その時。不意に賑やかな声が近づいてきた。後宮の女達を従えたミラだった。
464名無し草:03/05/12 12:56
ムーラがスキー
465名無し草:03/05/12 18:34
展開早くてウレシイ
466名無し草:03/05/13 15:29
続きが気になってついつい覗きにきちゃいます・・・
467名無し草:03/05/13 22:15
漏れも。
ムーラっていい人だ。将軍は出てくるんだろうか。
468名無し草:03/05/13 23:08
ルカが少ない。 チョトフマン
469後宮物語:03/05/14 12:01
>>463
31
―王子のお客人の方、ご機嫌よう。こちらにはいつまでご滞在ですの?
―いつ私どもにご挨拶においでかしらと思っていたのですけれど、おいでにならないから、こちらから伺いましたわ。

綺羅を競う女達はてんでに囀って、意地悪な視線でキャロルを値踏みした。
キャロルに話しかける女達の後ろで聞こえよがしに囁く声。
―まぁ、ずいぶんとお髪を短くしておいでなのね。どうして?
―貧弱な小娘じゃないの。勿体ぶって王子のお庭でおくつろぎというわけ?
―どういう手練手管で王子様を誑かしたのやら?
女達の見え透いた無礼を窘めようとしたムーラが口を開くより先にキャロルが答えた。
「ご機嫌よう。ご挨拶が遅れたことはお詫びいたしますわ。ヒッタイトの風儀にはまだ通じていなくて。いつまでこちらに滞在するかはまだ分かりません。
そのうち王子が送ってくださるはずです。約束しましたから。
・・・・・で、後ろの方がお聞きだった事柄についてもお答えしましょうか?
髪の毛が短いのは切ったせい。王子の庭にいるのは、ここまでなら出てもいいと言われているから。それに・・・」

「まぁまぁ、それくらいになさいな。あなた方」
にこやかな表情を崩さずに、でもつけ込むスキを与えぬキャロルの受け答えにたじたじとなった女達を、ミラが窘めた。キャロルの反撃に一番驚いているのは彼女だ。
「ご機嫌よう、ナイルの娘と呼ばれる方。私は王子の側室のミラです。こちらは王子の側仕えの者達。王子のお客人をおもてなしするのは私たちの役目ですのに王子は何もお命じにならぬから、こちらから押し掛けましたの」
ミラは優雅に言ったが、その声音は固く、顔は嫉妬に引きつっている。
目の前のキャロルが、これまで誰も捉ええなかった気難しい王子の心をいとも易々と奪ったことを本能的に察したのだ。
「ご挨拶する前にお帰りになってしまうかもしれませんものね!」
側女の一人がミラに媚びるように言った。でもミラは決してそんなことはない、と感じていた。
470後宮物語:03/05/14 12:02
32
「でも、まぁ、ご挨拶できて何よりでしたわ。どうか仲良くいたしましょうね。王子のお客人の方」
ミラはそう言って手を差し伸べた。つられてキャロルも白い手を差し出したが・・・。
ミラはびくりと差しのべた手を固まらせた。二人を見守っていた他の女達も驚きの声をあげた。キャロルの手首に光る紅玉髄のビーズの意味を悟ったのだ。
大粒の紅玉髄のビーズはヒッタイトの王子にだけ許されたもの。血のように炎のように光るそれを女に与えるとは・・・・?
「・・・・その飾りはどうなさいましたの・・・・・?」
「? 王子から頂きました」

あの憎たらしい金髪の新参者の前からどうやって私室まで戻ったのやらミラには分からなかった。嫉妬と怒りで目の前はあの紅玉髄と同じ色に染まり、頭の中にミラの失寵を期待する側女達の下卑た囁きがこだました。
―あのビーズは王子のお印。それをあのように下されるなんて!
―しかもお髪をまとめる革ひもにつけて!あの姫は意味を知らないんだわ。あの王子がそこまでなさるなんて、ああ、羨ましい!破格のお扱いじゃないの!
―あの姫、殊更、お手つきじゃないのを知らしめすような娘姿で。王子はよほど大切になさってるんだわ。男は本命には臆病になるっていうじゃないっ?
―では、あの姫が今度は後宮第一の方になるわけ?ミラ様はどうなるのよ?
―ミラ様なんて!今日だって私たちに悪役をふっておいてご自分は良い子の役。私たちはあの方の引き立て役じゃないわ!

(あのナイルの姫が王子のお心を捉えたんだわ! 王子がそこまで優しくお心をかけられるなんて! でもあの憎たらしい小娘は何にも気付いていない!)
ミラは寝台で泣いた。
キャロルの前を辞す直前に軽はずみの側女が投げつけた言葉。
―王子が送ってくださると言うことですけれど、あなた、王子はご多忙ですのよ。ほら、ねぇ・・・ミラ様の所に足繁くお通いなんですもの。
それほどお帰りになりたいなら、王子をお待ちしないでもいいんじゃありません?でないと私たちも誤解して勘ぐりたくなるじゃありませんか?
キャロルは心底、驚いた、そして傷ついた顔をした。先ほどまでの毅然とした勝ち気な少女の面影は消え失せていた。
そして・・・ミラの誇りもズタズタだった。側女達はキャロルではなく、自分をまず追い落とそうとしているらしいことくらいすぐ分かる。
471名無し草:03/05/14 12:41
今度のキャロルってすっげー強気????
他の女に泣かされてないyo!
472名無し草:03/05/14 17:45
後宮って怖いよ、ママン
きっと男がしっかり管理できてないせいだね(藁
473Ψ(`▼´)Ψ再会:03/05/15 13:55
「さぁさぁ、姫君。そろそろお召し替えを。ファラオはじきにお戻りになりましょう」
ナフテラは侍女たちに指図してキャロルの着替えを用意させた。
例によって長くメンフィスと引き離されていたキャロル。ようやくメンフィスとの再会も叶い、今は臣下と協議中のメンフィスを待ちわびている。
久しぶりにメンフィスに会えるのが嬉しくてキャロルは白い頬を紅潮させ、衣装や装身具を選んでいた。
「そうね・・・衣装はその淡い桃色のをお願いね。それから耳飾りは真珠のを・・・」
いつだったかメンフィスが似合うと褒めてくれた衣装をキャロルは求めた。そんなキャロルを微笑ましく見守るナフテラ。

「・・・? おかしいわ。何だか合わない」
「まぁ、まことに。お袖丈が短くなって。あら、お裾も少し・・・。足首が丸見えですわ。姫君、お背丈がお伸び遊ばしたのですわ!」
「ああ、久しぶりに着るからね。でも困ったわ、みっともないこと・・・」
慌てる女性達の耳に、従者を従えてやってくるメンフィスの気配が届いた。
「ここはずいぶん賑やかだな。キャロル!」
日に焼けて、少し顔の線がきつくなったメンフィスは、何やら野性味が増したようだった。
キャロルは合わない衣装を羞じて、ちぢこまるようにメンフィスに挨拶した。

「ふーん。しばらく会わぬ間に身が大きくなったのだなぁ」
寝台の中で生まれたままの姿に引き剥いた少女の身体を改めながら、メンフィスは好色な笑みを漏らした。
「なるほど、背丈は伸びたようだし、それに胸や腰の線も・・・・・何やら艶めかしく女性らしくなった。私の妻はまだまだ育ち盛りの子供であったのだなぁ」
「いやだ、メンフィスっ・・・・!恥ずかしいから・・・もう・・・・っ!」
メンフィスに弄ばれながらキャロルはもう子供ではない女性の貌をしてみせていた。
「新しき衣装は私が見立ててやろうほどに・・・」
メンフィスは愛しい妃に優しく触れるのだった・・・・・。
474名無し草:03/05/15 14:59
久々のメンフィス登場〜
475名無し草:03/05/15 17:23
をを、時の流れの停滞した王家ワールドでもキャロルちんは成長期なのね!
でも背丈には言及されててもムネだとかはどーなのかな〜?
476名無し草:03/05/15 17:39
「例によって」って妙に納得してしまふわ。
477後宮物語:03/05/15 19:48
>>470
33
(皆・・・・私の失墜を期待している!私がいなくなるためならば、あのナイルの姫とかいう新参者にすり寄っていくのだわ!)
ミラは口惜しさに身もだえた。これまで自分が散々やってきた後宮特有の陰湿な駆け引きに、自分もまた晒されるのだ。一人の男の寵愛を競うためだけに後宮で引きこもって暮らす女達の共食いにも似た、華やかに残酷な争い。
ミラは高価な首飾りを床に叩きつけた。
「・・・・邪魔者はいなくなれば良いのよ。王子が・・・・私以外の女を愛されるなんて許せない!」

その夜もイズミル王子はミラの部屋を訪れ、彼女を抱いた。
ミラは公認の側室の誇りも、何もかも捨てて男に縋った。男の行為は激しく、そして巧みで彼女の身体をとろかした。
「王子、王子・・・。お願いでございます。私にも・・・私にも紅玉髄を賜りませ。客人におやりになったのと同じのを・・・っ!」
王子は腰の動きを止めた。
「ミラ、そなた、また姫のもとに参ったのか?」
「え・・・? はい・・・」
うっすらと目を開けたミラが見たのは行為のさなかとも思えぬ、男の醒めきった厳しい顔だった。
「王子・・・・・様・・・・? だって、私はあなた様の・・き、妃に立つ女でございます。あなた様の後宮を束ねる女でございます。新参の客人に会いに行って何の・・・不都合・・・あっ!」
王子は激しく女を責めた。
「そなたは後宮の女だ。おとなしく分相応に振る舞えばこそ、私も愛でる。
欲しいものはやろう。何でも欲しいモノは与えてやる。
・・・・・だがそれ以上を欲しがるな。分を弁えて咲いてこそ花は愛でられる」
王子はミラが正体無く眠り込んでしまうまで責め立て、やがてその枕頭に無造作に紅玉髄を放り出すと出ていった。
478後宮物語:03/05/15 19:48
34
ミラの部屋を出た王子はそのままキャロルの居室に向かった。
真夜中過ぎての突然の王子の訪れに宿直の侍女たちは右往左往した。
「構うな。姫に用があるのだ。そなたらは次の間にでも控えておれ」
王子の言葉の意味を察した侍女たちはそそくさと出ていったのだった。

王子は常夜灯の明かりを大きくして、眠る佳人を見つめた。
(どうして最初にそなたに会わなかったのであろうな?どうして最初に抱いた女がそなたでなかったのであろうな。そなたに最初に会っていれば煩わしい後宮など持たずにすんだであろうに)
「う・・・・ん・・・・?・・・・きゃっ!」
「静かに。ただ、そなたの顔が見たくなったのだ。声を上げるな。怯えるでない。誰が愛しい女に無体を仕掛けて嫌われるような愚かしい真似をするものか・・・」
言いながら王子は素早く寝台に横たわり、添い寝するようにキャロルを抱きしめた。だが抱擁はやがて押さえ切れぬ求愛の動作を伴い始めた。
王子は譫言のようにキャロルに言った。

そなたをどこにもやりたくない。ギザに帰してやるなど嘘だ。私はそなたをずっと側に置いておきたいのだ。お願いだ、私を見てくれ。
側にいてくれれば生涯、大切に守ってやる。他の女達の無礼は厳しく罰してやる。私は寂しいのかもしれぬ。だから、だから、だから・・・!

キャロルは突然のことに声も出ず、冷たい汗で肌を湿らせながら身体を強ばらせ、無言で涙を流すばかりだった。
でも、恐ろしい、厭わしいと思う一方で男の求愛に流されたいと思っている弱い女をキャロルは確かに自覚していた。
キャロルのうなじに顔を埋めていた王子はやがて顔を上げた。
王子の金茶色の瞳に映ったのは恐怖と屈辱に涙する、青い瞳だった。
青い瞳の主は、欲望に満ちて魔力を秘めた金茶色の瞳を見返した。まるで吸い込まれるような抗いがたい魅力に満ちた瞳。誘惑する琥珀色の瞳。

「許せよ・・・・・」
不意に正気に返った王子に与えられたのは驚くべき返答だった。
「・・・私は誰も好きになってはいけないのに、あなたは私を誘う。どうしてなの・・・?」
キャロルは王子に手を差し伸べた・・・・・。
479名無し草:03/05/15 19:59
さて、2チャン止める前にもう一度と思った私・・えらい。
480名無し草:03/05/15 21:28
>479
私も・・・えらい、と自分を褒めてあげよう。
481名無し草:03/05/15 22:46
お恥ずかしながら私も!
482名無し草:03/05/15 23:00
寝る前にもっかいきて良かった。
483名無し草:03/05/15 23:54
私も〜〜。
484後宮物語:03/05/16 12:15
>>478
35
キャロルの白い腕が絡みつくように王子の首にまわされる。
「誰も好きになんてならない。この世界のものは何も好きにならない。私はこの世界の人間ではないんですもの。なのに・・・」
夢ではないかと訝る青年の首筋に、暖かく良い匂いのする重みが加わる。
「寂しくて、寂しくて・・・・寒くて心細くて、ひとりぽっちで・・・・あなたは私をどうしたいの? 客人だって言いながら、あ・・・愛人みたいな情けない立場に追いやって・・・」
すすり泣きの声。見当違いの喜びに男の体を熱くしていたイズミルはかろうじて違和感を覚えるだけの余裕があった。
(姫・・・?こんなふうに身を寄せて縋って・・・? でも心はここにはない。姫はこのような真似をする淫らな娘ではない。私が姫を見誤るはずがない)
「寂しくて・・・疲れてしまった。もう嫌。何かを待ったり、考えたり、我慢したりするのは・・・」

キャロルは暖かく広い胸を涙で濡らした。
不本意ながら古代にやって来て、それからはただ抗いがたい力に翻弄され、流されていくばかり。
自分を必死に守り、侮られぬように傷つけられぬようにと緊張して過ごす毎日。慣れぬ世界で親切にしてくれる者がいたとしても、所詮は別世界の人間。心を開き、縋るなど許されるはずもなく。
キャロルはいつかは現代に帰れるかもしれないという我ながら絶望的だと自覚している、脆い望みに縋ってただただ日を過ごしていた。

そんな中で。
イズミル王子は彼女を優しく包み込むように守ってくれた。彼の温かみにキャロルはどれだけ慰められただろう。
キャロルはいつしかイズミルに惹かれていく自分に気付き・・・そしてイズミルもまた自分を愛しく思っていてくれるらしいことに気付いたのである。
キャロルは緊張と孤独の日々に憔悴しきっていた。彼女は自棄になって目の前の誘惑に身を投じる。
「王子・・・王子・・・あなたは私をどうしたいの・・・?」
485後宮物語:03/05/16 12:16
36
「ひ・・・め・・・」
かすれた声でイズミルは囁くと、闇雲に暖かみを求めて縋ってくる少女の身体をしっかりと抱きしめた。キャロルは抗いもしない。
「アイシスに言われたの、帰れないだろうって。帰りたいのに・・・帰れない。なのに後宮の女の人たちは私のことをいやらしく誤解している。
私は何も好きにならないし、なれないんだって分かっているのに・・・それなのに・・・あなたを・・・王子を・・・・・・。
ひどい人・・・ひどい人・・・ひどい・・・ずるい人・・・こんなことして」
「姫・・・・」
「離さないで・・・私を・・・だ、抱い・・・」
王子はキャロルを抱く腕に力を入れ、唇を封じた。
腕の中の身体は驚くほど華奢で頼りなかった。だが王子を離すまいとでも言うようにまわされる細腕の力は何と強いのか。

(ああ・・・姫はただ寂しさに耐えられなくなっただけなのだ。心細さと一人の辛さに耐えきれなくなっただけなのだ。だから・・・男を誘うような自棄をするのだ。それだけなのだ。それだけ・・・。
愛しているから、手放したくないと思ったから、故郷を忘れるまで大切に閉じ込めておこうと思ったのだ。愛しいからこそ、そなたのような子供にそんな酷い真似をしたのだ)
「許せよ・・・。そなたに辛い思いをさせてしまったことを。そなたの口からそのようなことを言わせたことを」
王子は涙に濡れる白い顔を上向かせ、優しく唇を重ねた。
「そなたを大切に思っている。誰よりも何よりも大切に思っている。そなたは特別なのだ。私の一番大切な者なのだ。
信じて欲しい。私はそなたを、他者の侮りを買うようないい加減な扱い方をする気はない。だから・・・そのように自棄を起こすな。自分を大切にいたせ」
低く落ち着いた王子の声音が、ゆっくりと優しくささくれ立ったキャロルの心に染み込んでいく。
「私は・・・そなたを愛している・・・」
486後宮物語:03/05/16 12:17
37
キャロルは王子の瞳を見つめかえした。
暖かい金茶色の瞳に、もう先ほどの危険な誘惑の色はなく、ただ深い深い慈しみの色があるだけだった。
もう何も分からなくなって、春をひさぐ女のようにみだらに振る舞って無理矢理に流されるばかりの自分をどこかに繋ごうとしたのに、目の前の青年は全てを受け止めて包み込んでくれた。
(こんな私を・・・大切に思うと言ってくれた?あ、愛しているって言った?)
ときめきをキャロルはすぐにうち消した。
(馬鹿ね。この人は優しいもの。同情してくれているだけよ。自分から抱いて欲しいなんて言うはしたない私に困っているのよ)
「同情なんて・・・いいから・・・」
キャロルは絞り出すように言った。かわいげのないその言葉に返されたのはさらに暖かい抱擁と接吻だった。
「愛している。心から大切に思っている。そなたに寂しい思いをさせ、追いつめたことを済まないと思っている。
・・・・・私は・・・たとえ自棄になった心が言わせた戯言だと分かっていても・・そなたが私を求めてくれたことが・・・嬉しい」
キャロルは驚いて目の前の青年を見つめた。整った顔はどこまでも真摯で誠実で、キャロルの心に紛れもない真実を受け入れさせる力があった。
「私は・・・」
王子はそっと指先でキャロルの唇を封じた。
「私は焦らぬ。心落ち着くまで待つとしよう。今宵はもう眠れ。私がそなたを守ってやる」
王子はどこで覚えたのかと自分でも訝しく思うほど上手にキャロルを寝かしつけてしまった。
(手放したくない。もう決して手放さぬ。そのために姫にどれほどの犠牲を強いることになろうとも、私はきっとそれを贖ってあまりあるほどの幸せで姫を包んでやろう・・・)
王子はキャロルの部屋で一夜を明かしたのである・・・・・。
487名無し草:03/05/16 12:33
昼間から萌えさせられたよ
でもまた週末お預けなんだよなー
チェ
488名無し草:03/05/16 15:06
せっかくだからヤッチャエバイイノニ・・・・・
デモ ミラのあとだからツライノカナ
489名無し草:03/05/16 16:08
ヤッタあとだから、正気になるのも早かったのか?

ココまで見事な当て馬っぷりだと、ミラも気の毒になってくるものだにゃ。 
490名無し草:03/05/16 17:49
ぽえまーイズミル、本当に諸国の噂通りの賢い王子なら後宮くらいびしっと締めようぜ!
491名無し草:03/05/16 23:50
作家さん今日もありがとうございます
また来週も楽しみにしていますm(__)m
492名無し草:03/05/17 07:40
ここの妄想小説は面白いでつww
どっかのHPでもっと沢山の人に読んでもらってはどうでっか??
でもココが居心地いいのかもなww
後宮は有りそうなのに王家には絶対に出てこないのは何故だと
おもてたから、面白いwwけど怖いな
本編に出てきたら王子ファンは引くだろとおもたww(笑)メンフィスファンも同じだがww
作家様ご苦労でつww
493名無し草:03/05/17 17:59
名無しだからできる奇跡だとおもてます。
494492:03/05/17 20:25
>493
そのご返答。まさか「後宮物語」作家さまでっか?
わいww確かに名無しだから心置きなく妄想炸裂できるさね?ww
個人的にはミラ相手に**する王子を想像すると萎えるがぁ。
そこが妄想小説の面白いトコでせう。
ファンサイトだと表現に規制がありそだもんなっww
実際に規制の対象になったアチキ!バカでつ
続きもガンバってお願いしたいでつw
495名無し草:03/05/17 21:07
>>492
一応まとめのダイジェストサイトがあるんだけどな。
信者度の高い作品ほど色々と規制されちゃうからね。
その点名無しの2CHは書き易いと思う。
496493:03/05/17 22:45
>494
すすみませぬ。当人様ではありませぬ。
ひそっと見守っているROMのひとりです〜。
ダイジェストはここに何かあったときの保険とおもて感謝してますー。
497492:03/05/18 09:54
495>>496>>
まとめのダイジェストサイトって、何でしょか?
とっても気になりますww
教えて下さいww(ぺこり)
498名無し草:03/05/18 12:26
>>497
このスレ内で ダイジェスト で検索すれば出る。

素で聞くけど、その「ww」って何の意味があるの?
499nafutera:03/05/18 13:57
語尾にw
それは顔文字の (^^) みたいなものでございます。
一説によれば、waraiの略なのだそうです。
w一字だけなら「笑」。wwと連続なら「〜〜」と同意。

ところが、その場をなごませるために使ったつもりが、
受け取る相手によっては不快に感じる危険なしろもの。
「ぜんぜん気にならない。」「うざい。」の賛否両論なのでございます。

乱用にはご注意w
500名無し草:03/05/18 15:39
>>499
nafuteraとは、なごみの風を運んでくれるナフテラ様でつか?
501名無し草:03/05/18 22:09
マターリナフテラ風味にしたい時
わたしもやったことあるけよ〜
499タソも?乙〜〜(´∀`;)
502名無し草:03/05/18 23:16
お話(屮゜∀゜)屮 カモン。

503名無し草:03/05/18 23:44
週末と知りながら・・来てしまうううぅ
504名無し草:03/05/19 00:57
待ってるからね〜。待ってるからね〜〜〜っっ
505後宮物語:03/05/19 11:24
>>486
38
軽い衝撃とぎし、という寝台の軋む音にキャロルは眠りを破られた。
泣き寝入りした翌日なので頭の芯はぼうっと重いが、心は不思議と軽やかだった。古代に来てからこんなに爽やかな弾むような心持ちで迎えられた朝は初めてではないだろうか?
キャロルはぐっと身体を伸ばすと、目を開いた。
その途端。
「お、王子っ!」
すっかり身仕舞いをして、寝台に腰掛けて彼女を見守っていたのはイズミル王子だった。
「目覚めたか・・・。よく眠れたようだな。私はもう行かねばならぬが、そなたは今日一日おとなしく私の帰りを待っておれ」
王子はキャロルが恥ずかしがったりする暇を与えぬように言い聞かせた。その声は優しく深く、キャロルは我知らず顔を赤らめるのだった。
「よいな。・・・・そうそう、昨夜私がそなたに申し聞かせたことは夢ではないぞ。そなたはもう一人ではない。軽はずみな真似をして私を心配させるでない。ムーラの申すことを私の言いつけと思い、良い子でおれ」
王子はそういうとキャロルの頭を撫でて出ていった。キャロルは戸惑いと幸せと・・・また新しい渦の中に巻き込まれていったのではないかという漠然とした不安を感じながら王子を見送った。

王子と入れ替わりにムーラたちが寝室に入ってきた。ムーラは手慣れた様子でキャロルの身支度を整えていく。
キャロルは手鏡の中の自分の首筋に王子の接吻の跡を見つけて大いに狼狽えるが、よく訓練された侍女たちはそんなものくらいにびくともしない。
キャロルには未婚の女性の衣装が着せつけられた。昨日までのものと同じような形の衣装だが、飾られる装身具は今まで見たことのない、豪華な品物だった。
「王子からのお心づくしでございます、姫君」
ムーラは柔らかな声音で語りかけた。
「大切に遊ばしませ。それから王子が下さった紅玉髄の飾り、こちらはこれから決して肌身離さずお付けくださいますように。他の品とは比べものにならぬほど貴重な品でございます」
口にこそ出さなかったが、キャロルに仕える女達は皆、彼女が未だ娘の身体だということに驚いていた。
王子はキャロルの部屋に泊まりながら指一本触れず、それが不快の印などではない証拠に豪華な後朝の贈り物をして、また部屋に来ると言い残して公務に出ていった。
側女でも側室でもない姫君に皆、興味津々だった。
506後宮物語:03/05/19 11:25
39
身支度も朝食も済んでしまうと、ムーラがキャロルの前に様々な書物を運んできた。
「姫君、こちらは我がヒッタイトの歴史や風土に関する書物でございます。
まずはこちらをお読み遊ばせ。
もう後、一刻ほどいたしましたら今度は僭越ながら私が姫君に宮廷の作法や決まり事などをご進講申し上げます」
王子からのお言いつけでございます、しっかりお励み遊ばせと言うとムーラは部屋の隅に下がっていった。キャロルは素直に書物に没頭した。
もとより好きなことであったし、書物に集中していれば昨夜のことなど考えずにすむ。
(私ったら昨日、王子にとんでもない所を見せてしまったわ。あ、あんな訳の分からないことを言って困らせてしまうなんて最低。みっともないったらないわ・・・)
とはいえ、その戸惑いは好きな人の前で取り乱したところを見せてしまった少女の戸惑いと自己嫌悪だった。
(でも・・・あの人は優しかった。優しくしてくれた。私を・・・私のことを・・・愛しているって言ってくれた。
では・・・私もあの人を好きになっていいのかしら?本当にいいのかしら?)
キャロルの頬は自然に赤らんだ。
住む世界の違う自分が、この古代社会で誰かを好きになるなど笑止だと自らを戒めていたキャロルだが、今となってはその戒めを思い出すのも苦しかった。
キャロルははっきりとイズミルに対する想いを自覚していた・・・。

やがてムーラが声をかけてきて、キャロルは宮廷の典礼その他を学ぶことになった。ムーラは蕩々と、しかし簡潔に分かりやすくキャロルに宮廷の事柄を教えていった。
「・・・というわけでございます。次に王子様のお住まいになるこの西の宮殿と、王子様にお仕えする女人方についてご説明申し上げます」
ムーラの言葉にキャロルは、はっと顔をあげた。幸せに浮かれていた心が一気に引き戻される。
ムーラはそんなキャロルの様子を素早く察し、いかにも世間知らずな子供然とした彼女を可哀想に思いながら言葉を続けた。
「王子様は我がヒッタイトのお世継ぎの君。表宮殿でのご公務の他に王家の血筋を残すという大切なお役目もお持ちでございます。
すでにご存じではございましょうが、王子の後宮にはご公認の側室ミラ様を筆頭に4人の御方様がおいででございます」
507名無し草:03/05/19 11:57
王子ってたった4人しかいないんだ?
わりに少ないのねん
508名無し草:03/05/19 13:07
>507
公認が4人ってことでは?
裏ではもっとたくさんいそうな予感・・・
509名無し草:03/05/19 14:31
>508
禿同。何回か関係した相手(爆)と一度きりのお相手と。
しかしムーラはキャロルにキチンとご進講できるのか?
510名無し草:03/05/20 18:35
続きが気になるぐるぐるぐる
511名無し草:03/05/20 22:14
月曜日〜。でもまだでつたのね。
気長にお待ちしてまつので、がんばってくださいね〜>後宮物語作家様

しかし4人も公認がいると、子供のひとりぐらいいそう。
今回の王子って、子蟻でしょうか?
512名無し草:03/05/21 01:34
子供はないような気がします。なんとなく。
いたらミラが黙っていないような。。。
513名無し草:03/05/21 19:15
あれれれ?ショボーン、トボトボ
514名無し草:03/05/22 00:24
くるくる。あぁまた来てしまいました。
515山崎渉:03/05/22 02:20
━―━―━―━―━―━―━―━―━[JR山崎駅(^^)]━―━―━―━―━―━―━―━―━―
516名無し草:03/05/22 03:30
ほしゅ
517名無し草:03/05/22 22:00
作家様カゼでもひかれたかな?
お戻りお待ちしてます
518名無し草:03/05/22 23:29
今日3回目のヲチ。
でも、作家様のご光臨はなかった。
悲しいので、記念のカキコ。
519名無し草:03/05/23 07:00
金曜日
寸止め前に作家サマご降臨、ありますよーに(-人-)ナムナム
520名無し草:03/05/23 10:06
ご降臨、お待ちしてます。
あー!続きが、続きが気になるんだよー!
521後宮物語:03/05/23 12:15
>>506
40
ムーラは注意深くキャロルの様子を窺いながら、王子を取り巻く女性達のことを話した。

――王子は諸国、臣下とのつながりをより強固なものとするため、また貴重な王家の嫡流の血筋を次代に残すために側室、側女と呼ばれる女性達を召しておられます。
現在、ご正妃はおいでにならず、「側室」の称号と格式を許されておられるのは王妃様の遠いご縁戚にあたられるミラ様のみでございます。
ミラ様は国内の神官貴族のご一族で、王子にはもう5年ほどもお仕えでございましょうか。当年とって19歳におなりでございます。ミラ様は王子の後宮の
一の御方でございます。
他のお三方はいずれも「お側女」の方としてミラ様の下のご身分でございます。ご出身のお家柄も、まぁ様々ですがミラ様に比べれば軽いお扱いでございますね。
・・・・・この他にも何人か王子のお側に召された女人は数多おりますが、王子の後宮の女人方と申し上げるときはミラ様を含めたお四方を指しまする。
正式にお部屋を賜り、召使い達もついているのがこの方達。
今のところ、王子の和子をおあげした者はおりませぬ。ご身分、お人柄ともに申し分ない方がお后にお立ちになり、さらにお世継ぎの和子をお上げすれば万々歳でございます・・・。

ここで少しムーラは言葉を切ってキャロルの様子を窺った。
キャロルは殊更感情を押し隠すような緊張した顔つきであった。
(ああ、この方はお分かりだ)
ムーラは安堵の吐息を漏らした。如何にも世間知らずでありそうな、男と共寝した夜を持っても未だ乙女のままの娘が、一体どの程度、自分とイズミル王子(を取り巻く女性達も含めて)の関係を理解できるだろうか危ぶんでいたのである。
「姫君はその王子の御許に参られるわけでございます。エジプトの神の御娘たるあなた様のことを王子が格別に思し召しておいでなのは今更申すまでもございません」
キャロルは固い表情でムーラを見やった。
522後宮物語:03/05/23 12:16
41
「・・・・つまり私が好きになった人は只人ではなくて、だから独占しようとしてはいけないと言うことね。皆で譲り合って大切に扱わなければいけないおもちゃを持った子供のように!」
押さえようとしてもその声には叫ぶような哀しみが滲む。キャロルは痛ましげに自分を見るムーラに苛立った。
「さようでございます、姫君。後宮の女人方は王家と国内の有力貴族、外国の勢力者との繋がりを保証する要でもあるのです。その方々を身近に置かれるのはある意味、王国の安全と繁栄を保証するための王子の義務・・・」
「力ある男性の周りの多くの妻達は、その権勢の証でもあるのね。一時の嫉妬や独占力に負けて、あの人を独り占めしては後宮の、ひいては後宮の女性達の後ろにある権益や思惑を蔑ろにして国を乱すといったところかしら?」
皮肉っぽく、でも冷静に模範的な「正論」を述べるキャロルにムーラは舌を巻いた。
「仰せの通りでございます、姫君。そのように聡くおわすからこそ、王子も心許され、前例のないやり方でお迎え入れなさったのでございましょう・・・」
「ムーラ、今日は少し疲れました。一人になりたいのですけれど」
ムーラは恭しく頭を下げて出ていった。金髪の少女の突っ張って大人ぶった振る舞いに、この人にしては本当に珍しく痛ましい健気さを感じ取ってはいたが、王子の乳母は素直に慰めの言葉をかけることは出来ないのだった。

(分かっているはずだったじゃないの)
キャロルは自嘲気味に考えた。
(あの人が私に愛を告白してくれた時でさえ、心のどこかで考えていたはずよ、あの人の周りにいる女の人たちのことを。
・・・・・私にとって、あの人はただ一人の好きな人だけれども、あの人にとっては私は多くの女性達のうちの一人にすぎないの)
堪えきれない涙が頬を伝った。
「そんなの嫌。でも・・・離れるのはもっと嫌」
優しい心遣い、思いやり、包み込む暖かさ、安心して心を打ち明けられる相手。気がつかぬ間にイズミル王子はキャロルの中でとても大きな存在になっていた。
「他の人と争っても・・・・私はあなたを・・・」
523後宮物語:03/05/23 12:17
42
(あの人を好きになるということは、あの人の側で生きるということは、他の女性達の存在を認め、自分もその中の一人になりきるということ。
私にそれができる・・・?私の生きてきた世界はそんな価値観はなかった。
私が愛するのはただ一人。そしてその人にとっても私はたった一人の人でありたい。でもそれはただの我が儘、夢物語だわ。
私に耐えられる? 他の女性達と一緒にあの人の心を分け合うことが?
それが嫌ならば、私はあの人から離れなければいけない)
キャロルは頭を振った。
「あの人と離れて・・・また一人になれる? いいえ、私はあの人の側にいたい」
声に出して言った言葉がキャロルの胸に突き刺さった。
(私はあの人の側に居たい。あの人が好き。あの人を好きになると言うことは私を・・・捨てること。私の馴染んだ価値観を捨てること。
それでいいの?それが出来るの?誇りも何もかも捨てて、あの人の心を待ちわびるだけの日々・・・)
「・・・・・分からない。でも、もう一人は嫌・・・」
キャロルは紅玉髄の飾りをそっと撫でた。深紅の宝石は王子の真心そのもののように脈打つような光を放った。
「私の選ぶ道をお示し下さい。私が最善の選択を出来るようお守り下さい。
私は愚かかもしれません。私の心がまこと求めるものをお示し下さい」
キャロルは祈るように呟いた。

その日、公務を終えたイズミルはまっすぐキャロルの居室に向かった。
王子の訪れを聞き、子供のように駆けて出迎えるキャロル。その繕わぬ様子が王子をたいそう喜ばせた。
だが、差し向かいに座り他愛のない会話が始まればキャロルの脳裏にはまた先ほどの憂いが萌す。
「・・・・姫、いかがいたした?」
「あ・・・いいえ。あの、今晩は余所に行かなくて良いの?待っている人もあるでしょうに」
王子はすぐにキャロルが後宮の女達のことを言っているのだと悟った。
「そなたが気を回すことではない。ムーラに何か言われたのか?」
キャロルは黙って首を振った。
気まずい沈黙。不意に王子が立ち上がった。
「どうしたら、そなたに私の心を信じさせられるのか」
王子はそのまま寝所にキャロルを運んでいった。
524後宮物語:03/05/23 12:19
43
唇に、うなじに優しく軽く接吻しながら王子は問うた。どうしたのか、と。
答えは分かり切っていたけれどキャロルの口から答えさせたかった。
キャロルは強ばった身体に冷たい汗を滲ませながら王子を押しのけようとした。だが王子は遠慮がなかった。
「やめて、王子。こんなのは嫌なの。いやだったら!」
「そなた、好きな女と一緒にいる男がしたがることを知らぬほど幼いのであろうか・・・。さぁ、我が問いに答えよ。不機嫌の原因は何だ?」
「嫌っ!」
キャロルは力任せに王子を突き飛ばした。
「こんなのは嫌! ほ、他の女の人にもするみたいなこと私にしないで!
私は昨日、あんなことを言ってしまったけれど、私は、私はっ・・・」
「・・・・・・他の女、か」
王子はキャロルを膝の中に抱き直した。不機嫌に、でもどこかに甘えをのぞかせて自分を睨む娘を。
「どうしたら我が心を伝えられようか」
初めての疑問に王子もまた躊躇する。様々なしがらみや義理、義務を離れて初めて心から欲しいと思った相手。
接吻、贈り物、甘い口説、男女の行為。そのどれも娘に真心を伝えるには何かが欠けていた。

「そなたを抱いて我が物とするのは易いこと。そなたの歓心を得られるならば黄金の城をも築こうぞ。どうしたら私の心を信じさせられよう?
他の女とそなたは・・・・違う」
王子は囁いた。キャロルは黙っていた。
この時代の身分ある男性が多妻なのは当然と知識の上では知っていた。もし相手が王子でなかったら一夫多妻など何とも思わなかっただろう。相手を好きにならなかったら多くの妻など気にもならなかっただろう。
「そなたは側室でも側女でもない。妹のような娘のような・・・そして私が初めて欲しいと思った娘だ。いや、違うな。初めてその身体ではなく、心を得たいと思った相手だ」
キャロルは、はっと顔をあげた。
「直近の吉日を選び、そなたを神殿に伴う。神の御前にて我が王家の次の世代を産み落とすそなたをご紹介申し上げよう」
525名無し草:03/05/23 13:11
待ってたよー!
526名無し草:03/05/23 13:22
王子、小梨。
4人も居るのに。種無しの可能性は????(キチク腐女子)
527後宮物語:03/05/23 13:42
44
「私・・・王子の側にいたい。でもそれでいいのかしら?
私は犬のように飼い主が振り向いてくれるのを待つだけの生活に耐えられるのかしら? あなたの心にだけ縋って生きる・・・そんなことできるのかしら?
・・・・・・他の誰かとあなたを分け合う、嫉妬しないように自分を押さえて・・・できるのかしら?
あなたを好きになれば、私は私でいられなくなる気がする」
だいぶたってからキャロルがぽつりと呟いた。
王子は初めて女の心根を哀れに思った。それまでだって王子を独占しようと苦い哀しい涙を流した女は知っていた。でもそれは疎ましいだけだった。
王族であるからこそ、国を司る者だからこそ、誰かに心を傾けるなどということは禁忌だった。
誰かに愛され、心を命を忠誠を捧げられることはあっても反対はない。若者は傲慢で冷酷な支配者になっていった。孤独をその定めと受け入れて。
キャロルの言葉に、涙に、王子の心は初めて戦いた。その脳裏に今まで利用し、うち捨てた人々の顔が浮かんだ。多くの男や女達。
(ああ・・・。これが心か。自分を失うのを恐れ、私に応えることを躊躇する娘。このように重いものを私は引き受け、幸せにしてやらねばならぬのだ。
私がモノのように扱い、義務として所有してきた女達。あの者達もこんなふうに感じたのだろうか?)
王子はぶるっと震えた。
キャロルの迷い、真摯な思い、恐れや望みが彼の心の深い場所を打った。
「そなたに最初に会いたかった。そなたに逢うと分かっていたら、こんなにも誰かに心奪われることがあると知っていれば、もっと違う生き方もできたであろうに」
王子は初めて人を愛する喜びを知り、その恐ろしさと重さも知った。
「私はそなたに対して誠実であろうことを誓おう。そなたはそなたのままでいればよい。私が欲しいのは鋳型に填められ、歪んだ自我を持つ女ではない」
528踊り子の呟き:03/05/23 16:11
1
「やめよ!まだ子供ではないか!」
恐ろしさのあまりに目をかたく瞑り、腕で庇おうとした姿勢のまま聴いた、
涼やかでありながら威厳のある、若い殿方のお声。
そのお声の持ち主のために、私は生きていけると思った。11歳の頃だった。

物心つけば廓で、下働きをさせられていた。
「お前は美しくなるだろうよ、それまでしっかり働きな」
美しく装ったたくさんの女性は何のためにそこにいるのか、幼いながらも私にはわかった。
夜毎訪れる殿方を、お酒や踊りや歌で慰め、癒し、奉仕するのを目の当たりに日々。
仕込まれた踊りを歌を楽器の腕を客に披露している横で、姉様方は殿方にしな垂れかかり、自分の手練の技で閨へと誘い込む。
成長するのが恐かった。
大きくなれば、私は踊りを見せるだけじゃなく、見知らぬ男にこの体を売らねばならない。
姉様方のように、美しく装い、媚びた流し目で・・・。
その日は確実に近づいている、と廓の主人や召使の男達の視線や口さがないおしゃべりがそれを知らせていた。
あの日までは。
戦が起こり、略奪が始まり、私は逃げようとした。
でも見知らぬ戦装束の男が私を捕らえ、殺されると思った瞬間。
そのお声はその場の空気の色を変え、強張った体を誰かが抱きかかえた。
「ほう、子供のくせに悩ましい香りがする、何の香だ?」
がっしりした腕が私を抱き上げ、恐る恐る目を開けると、その琥珀色した目と私の目はぶつかった。
「ね・・姉様方が焚き染められるもの・・です・・。私が焚くので・・香りが・・」
たくさんの殿方の訪れる廓にいても、こんなに顔立ちが整って美しい方は見たことがなかった。
涼やかな目元、凛とした口許には、子供の私のためなのか、うっすらと笑みがあった。
「ミタムンよりはまだ幼かろう、遊び相手になるやもしれぬ、我が城に参るか?」
そして私はヒッタイトの王宮に来たのだ。
529踊り子の呟き:03/05/23 16:37
2
ミタムン王女は私より幾分か年上だった。
一端の貴婦人として扱ってもらいたがる、大人になりかけの子供のようで、
見るからに子供っぽい私は相手にされなかった。
でも私の歌や踊りはお気に召したようで、幾度も王女の前で歌い、異国の舞を見せると
徐々に遊び仲間の片端に呼ばれることも増えていった。
女同士のいざこざも、廓ではよくあることだったし、もっと気まぐれな姉様に仕えたこともあったせいか
ミタムン王女の我侭なんて、取るに足らぬことと扱いなれた私の様子に、
ミタムン王女の養育を担っているムーラ様にもお目をかけていただけた。
そこで私を助けたのは、この国の世継ぎの王子のイズミル王子だったと聞かされたのだ。

あの時、あのお声がなかったら、私は殺されていただろう。
そうでなくとも、子供でも容赦なく体を奪われたことも想像できる。
イズミル王子は私の命の恩人だった。
あのまま廓にいても、一生そこから出ることもなく、姉様のように殿方に媚びて暮らして行かねばならなかった。
その暮らしからも抜け出せた、二重の喜び。
お会いする機会はなくとも、せめてここで心をこめてお仕えしよう。
あのお方のために・・・・。
あのお声が私を生かせて下さるのだ、そう思うと喜びが胸にあふれてくる。
時折お姿を拝見できるだけで、噂話を聞くだけでも、私には充分だったのだ。
530名無し草:03/05/23 18:09
お待ちしてました〜〜あまりのうれしさに涙涙でございます。>後宮物語作家様
531踊り子の呟き:03/05/23 18:23
3
やがてミタムン王女にお輿入れのお話が持ち上がった。
王女は私が廓にいたことを知り、遊び仲間を遠ざけて、あまり口を挟まない私を相手に
様々な思いを語っていた。
「エジプトのメンフィス王の下へ嫁すこととなるやもしれぬ。
噂話では女と見紛うばかりの美少年王だと聞いているが、その気性は炎のように激しいのだ、と。
だが私も、このヒッタイトの王女、何の引けもとらぬはず。
エジプトを妾のものとしてみせようぞ。
だが、まだ男女の秘め事はよくわからぬ、そなたなら・・・。」という言葉が出るのは予想していた。
「私めには手に余るご相談でございます、私はただ、姉様方のお世話をしただけのこと。
 ですが、廓秘伝の秘め事の際に焚く、特別な香なら王女に差し上げましょう。
 その香は、必ずや王女の願いを叶える手助けをすることでしょう。」
香を焚くのは私の仕事で、その調合を私は覚えていた。幸なことに王宮に必要なものは揃っており、
稀に後宮の女性からも香の調合を請け負っていたのだ。
王女は私の香を密かに忍ばせ、エジプトへ旅立った。
私の仕事はなくなり、王女の遊び仲間も解散した。
ムーラ様にお仕えする人の片端にそっと居場所を探し出し、彼女達のために時折、琴を奏で、歌を歌う静かな日々。

「そなたか、歌っているのは。・・廓の片隅にいたあの時の子供か?」
庭の木陰で一人爪弾き、誰に聞かすこともなく歌っていた私に、
突然大柄な影が側へ近寄り、横へ座り込んだのはイズミル王子だった。
覚えのある涼やかなお声を、私の耳はどんな歌よりも耳に甘く響いた。
礼をとり去ろうとする私を王子は引きとめた。
「後宮の女が厭わしいのだ、しばらく歌でも聴かせよ。」
王子は長くまとめた髪を一払いし、楽な姿勢になった。
王子のために歌うことができる喜びを胸に、私は歌った。それは恋の歌だった。
532名無し草:03/05/23 18:51
「後宮物語」作家様
大量うp嬉しゅうございます。
ますます目が離せない内容ではありますが、
週末お約束の寸止めも快感になってまいりましたわ。

「踊り子の呟き」作家様
新作、待ってました。
色っぽい王子に早くもときめきが〜
533踊り子の呟き:03/05/23 23:15
>>531
4
「そなたは子供なのに、落ち着き払った目をしているな、面白い」
歌を一つ歌い終わると王子はそう言った。
「ミタムンは表情の豊かな目だった。くるくると表情もよく変わっていたものよ。
 だがそなたは違う。見据えた目だ、名はなんという?」
名はあるといえばあった。だが宮殿の前に捨てられていた私は「サライ(宮殿)」とそのまま呼び名をつけられはしたが
廓では大概「おい!」や「お前!」「「ちび!」と言われて名もないことも同然であった。
それに廓では客を取ることになる頃、宝石や花などの源氏名をつけられることになっていたのだから、
それまでは名前など意味がなかった。
ここ、王宮に来てからも「踊り子」と呼ばれていて、今更宮殿の意味のある名などかえって混乱する元となるだけなので
私は名乗ったことなかったのだ。
「では、私がそなたに名をやろう。その夜のような髪にちなんで、ライラと呼ぼう。」
「・・ありがとうございます・・・。」
私の髪は一体どこの血が混じっているのかわからないけれども、緩やかな波打った髪を持つ人々の中では異彩を放つ、
真っ直ぐな黒髪で、それがまた目立ち、よくからかわれる原因だった。
だが王子から名を与えられることになったのは髪のおかげだったと、生まれて初めてこの髪を持ったことに感謝した。
私に生きる意味を下さった王子が名まで与えて下さった!
それは大きな喜びだった。
「では名づけた礼に、もう少し歌ってみよ」
そういい終わった王子の手が私の頭に触れようとした時、手の動きに私の身体は竦んだ。
男が私の身体に触れようとする時、それは姉様方と戯れようとする時と同じ気配がした。
だから私はいつも触れられないように身体をひねり、避けるようにしていた。
王宮ではほとんど女性のいるところばかりだったので、その心配もなかったけれども、
それでも時折すれ違う兵などからも同じ気配がしていて、その習慣は抜けきれるものではなかった。
王子をご立腹させてしまう!!命の恩人になんてことを!
私の胸は不安でいっぱいになりながらも地面に平伏した。
534踊り子の呟き:03/05/23 23:46
5
「王子!」
聞きなれない若い男の声に、私も王子もそちらを向くと、一人の若い男の人が立っていた。
「ルカ、今戻ろうとしたところだ。」
王子の言葉にルカと呼ばれた方は礼をとったが、「将軍がお待ちでございます、お急ぎください」と用件を口に出した。
「あいわかった」と王子も立ち上がり身仕舞を正す。
その間も私の胸は不安で胸の鼓動が耳元で大きく鳴っているようだった。
「ライラ、またそなたの歌を聞かせよ、そなたの声は心地よい」
そういい終わると、恐れていたようなものでなく、暖かな手がそっと触れ、その感触は私の全身から力を抜くきっかけとなった。
そしてルカと名乗る方を従えて宮殿の中へと向かわれたのだ。

夜も更けた頃、ムーラ様に昼間のことをお話し、王子から名を頂いたことを告げると、
いつもは厳しい表情のムーラ様もほんの少し笑みを浮かべられた。
ミタムン様がいらっしゃらなくなり、妹姫を可愛がってらした王子には、幼いそなたが妹のように見えたのだろう、と。
世継ぎの王子から名を拝領するなどと、なんと光栄なことか。
心してお仕えするように。
その言葉は胸に染み入った。
命の恩人のうえ、名づけてくださった!なんて幸せなんだろう。
今まで感じたことのない気持ちで寝床についた。

それ以後、時折王子は私が庭で歌っていると、お声をかけてくださるようになり、
私を相手に、笑みを浮かべお話に興じることになった。
子供なので後宮のお仕えする方々の嫉妬の対象にならないこと、その割にそういったことに詳しく、
王子にしてみた私の感想は面白いらしく、時折はお声をだして笑われることもあった。
私は王子にお仕えできることで、十分過ぎるほど幸福になった。
535踊り子の呟き:03/05/23 23:57
えーっと、急に思い浮かんだので書いてしまいました。
少し訂正を。
1の8行目「目の当たりにした日々」
3の20行目「涼やかなお声は、私の耳には〜」
5の21行目「王子にしてみると」です。

下手なのに読んでくださる方、ありがとうございます。
興味のないかた、ガガーっとスクロールお願いいたします。
536名無し草:03/05/24 00:06
踊り子の呟き作家様、つづき期待してます
寝る前に来てヨカッタ(*^ー^*)
537名無し草:03/05/24 00:27
2チャン始めに来て、止めるときにまた来る、最近習慣になってしもた。
そして今日のような恩恵がある。 ウフフフフ
538名無し草:03/05/24 00:29
私も〜〜。
たのしみがまた増えまつた。
踊り子の呟き作家様、ありがとう。
539名無し草:03/05/24 01:03
踊り子の呟き作家さま
たどりつく先が愛なのか、哀なのかわかりませんが最後までお供いたします。
540名無し草:03/05/24 01:09
>「踊り子の呟き」作家様
最初の4行で完全にひきこまれました。一気に5まで読んだ!
この小説、すごく好きになりそう。がんがってください。

いやはや文才ある方が多いですよね〜
幸せ幸せ。でも妬けちゃいますよ〜
541名無し草:03/05/24 11:07
踊り子作家さま
すっごく面白いです。王子×キャロルのカップリングじゃないのが新鮮〜。
幸せになってほしいな、登場人物ず

後宮物語作家さま
王子を好きになることは自分を捨てることって思い詰めるキャロルと、それを知って苦しむ王子が萌え
王道カップルなので安心して読めまつ
542名無し草:03/05/24 11:19
王家の紋章だけど主人公のキャロルがいなくても
全然平気なんだ〜ということがよくわかりました<自分。

目から鱗のような気がしました。ありがとん。
543踊り子の呟き:03/05/24 16:09
>>534
6
王子は王宮を留守にされることも多かった。
国王の命を受け、あちこちの国々へと赴くのだ、とムーラ様から聞かされた。
寂しいと思うことも多かったが、私が香を調合できることを知った後宮にお仕えする方々に知れ、
結局は廓にいた頃と同じように、美しく装った方々のところへ伺うことが増えた。
以前と違うのは、以前よりもずっと豪華だったことと、私自身がそこで踊ったり歌ったりしなくてすむことだった。
見かけが子供だと油断されるのか、後宮の方々は私などいないも同然に、様々な噂話に興じていた。
そこで私は王子に関する話をたくさん耳にし、心密かに喜んでいた。
国王は色好みの方で、堂々とした体格の良い側室が数多くいた。国王のために私に香を調合するよう言いつける方も多かった。
国王は大体のお相手は決まっていたが、王子にはまだ決まった側室というのがなく、
そのため王子の寵を我がものとしようとする、野心を持つ方もいないわけではなかった。
国王の寵を受けている方でさえ、美しく賢い王子に誘いかけることもあるが、
聞くところによると、その場では限りなく情熱のある恋人であっても、夜が明けると全くそんな素振りが合ったことすら信じられないほど
冷めた態度をとられてしまうので、なかなか取り付く島がないのだ、という話だった。

お一人だけ、王子には特別扱いの女人がいるのを私は聞かされた。
王妃の遠縁に当たるミラ様と仰る方のことだ。
王妃は王子の妃に、そうでなくとも決まった側室にと望んでおられるのだが、
肝心の王子の関心は今ひとつどころか、まるで置物でも見るようだと、口さがない人は嘲笑した。
王妃にお仕えするミラ様のお姿を遠くから拝見したが、身につける衣装が豪華なことを除けば、
そう見栄えする容貌でもなく、廓にいた姉様方のほうがずっと美しいと私は思った。
王妃に従順な様子が、王妃のお気に召したことは子供の私でも想像がついた。
でもミラ様は恐ろしい方だろうと、私は経験から分かっていた。
おとなしそうに見えても、気位が高く、嫉妬心を普段は押し隠しているような女人は
ある日突然何をするかわからないと、廓の主人がこぼしていたことを知っていたからだ。
そして態度が表と裏とでは大層違うことも。

544踊り子の呟き:03/05/24 16:41
7
王宮の外ではたくさんの出来事が起こっているようだった。
しめやかに伝わったミタムン王女の死。
エジプトに現れた、若く猛々しい王を虜にした、黄金の髪を持つ神の娘の噂。
でも私は相変わらず後宮の方のために香を調合し、暇があれば琴を奏で歌う日々を過ごしていた。
後宮によく出入りするせいか、たくさんの人が私にいろいろな事を聞きたがったが、
揉め事から身を守るのは口の堅さであると、廓で身につけた術のせいで、私は何も知らない振りをし、相手の知りたがることは何一つ話さなかった。
「子供のくせに泣きも笑いもしやしない」と陰口を叩かれることは合っても、
殿方に媚び諂うことなく暮らしていけるこの生活を私は気に入っていた。
何より王子がいらっしゃるこの王宮で、このまま暮らせたら、といつも願っていたのだ。
時折王子がお声を掛けてくださることを楽しみにして、私は過ごしていた。
でもそれは私が子供だったからだと、ある日私は気がついた。
私の身体は成長していた。背が伸び、手足がきしむような痛みを伴うこともあった。
何より恐れていた女らしい体つきに、少しづつ膨らんでいく胸、少しづつ張り出していく腰つき。
淫靡なものを含む殿方の視線、憎悪を含む女人のきつい眼差し。
私はこの先どうなるんだろう・・・。
545踊り子の呟き:03/05/24 17:12
8
木陰で爪弾く私のところへ、待ち焦がれていた王子が実に久方ぶりに訪れた。
恋歌を爪弾く私に、王子は一人誰に語るわけでもなさそうに呟いていた。
そなたのように小柄で華奢なのに、あの気性はなんだろう?
並々でない慈愛の心を持ちながら、城を打ち壊す神の英知を持つ娘よ。
この腕に抱いたのに、我がものにならぬ、頑固な娘・・・。
王子は噂に聞いた、ナイルの姫君に恋慕しているのだと私はわかった。
それは哀しいと思わないわけではなかった、けれども王子をお慕いする気持ちには変わりがなく、
やはり命の恩人の王子には幸福であって欲しいと願う心も私の中にはあった。
「あなた様のようなご立派な方にそこまで想われる幸福な姫も、じき王子の望みのとおりなりましょう」
その言葉に王子は少し微笑んだ。
「そなたのような子供に慰められるとはな、ほんにおかしいことよ。」
「おかしいのですか?」と思わず問い返した私に王子は心から楽しそうに笑った。
「まだ恋もしらぬそなたに、そう申させたことがおかしいのだ、子供だとばかり思っておったそなたにな」
涼やかなお声は朗らかだった、それが私には嬉しかった。
そのお声は少なくとも私に向けられた、私だけのもの。
どうか耳にその響きが少しでも長く残ってほしいと願いながら、王子ために歌を歌った。
546踊り子の呟き:03/05/24 17:42
9
王宮の廊下ですれ違ったミラ様に、私は礼をとり畏まった。
だが次の瞬間、頬に何かあたり、燃えるような熱さを感じた。
ミラ様が私を打ったのだ。
生憎と廊下には私とミラ様以外に人影はなかった。
「子供だと思うて油断したわ!先ほど王子と庭で何を話しておった!
 王子ののようなご様子など、私の前では・・・。よくもこの小娘が!」
闇雲に叩きつけられ、振り回されるミラ様のお手を、身の軽い私は避けることは容易かったが、
そのことがまたミラ様の逆鱗に触れ、一行にやむ気配はなかった。
「おやめくださいまし!ミラ様!」
「形は幼くとも、男を蕩けさす手管は知っていると見える!流石に廓におった者よ!
 ならば廓へ戻るがよいわ!それとも国王様に召していただくか?」
「ミラ様!私はただ歌を歌っていただけに過ぎませぬ!ミラ様!」
いくら懇願してもミラ様の表情は空恐ろしいものだった。
「やめぬか!子供相手に何とする!」
凛とした威厳のあるお声がして、私の体は大きな腕に遮られ守られた。
「子供相手に醜態をさらすなど、母上が知られたらさぞお嘆きになろう、ミラ」
王子が私の前に立ちふさがって、ミラさまにを叱責していた。
普段は落ち着いた物言いをなさるばかりの王子が、このように声を荒げられるなどとは珍しいことだったので
私も驚きながら、広い背中を見つめることしかできなかった。
「・・・そのものは子供ではありませぬ!女ですわ!」
ミラ様がそう仰るなり、裾を翻して去っていかれるのを、私は息を殺して見つめていた。
「大事無いか?ライラ」
勿体無いお言葉をかけてくださる王子に、私はただ頷くことしかできなかった。
胸の中に不安が広がっていくのを、私は打ち消すことはできなかった。
547踊り子の呟き:03/05/24 17:52
すみません、訂正です。
6の3行目「後宮にお仕えする方々のために」
8の16行目「王子のために」
9の6行目「王子のあのようなご様子」です。
よみにくくてすみません。

レス下さった方、感激です。
ありがとうございます。
548踊り子の呟き:03/05/24 22:31
>>546
10
不安は的中した。
怪訝な表情を浮かべたムーラ様に私は呼ばれ、身を清め身仕舞を整えられ始めたのだ。
なんでも今宵はミノアからの客人のために宴があるのだが、
その宴に舞を舞い、歌って興を添えるよう国王様自らの命を受けたというのだ、この私が!
いくら私が歌を歌えても舞が舞えても、子供のことだからと、今までは宴など呼ばれたことなどなかった。
ムーラ様の口振りでは、それはとんでもないことのようだった。
なのに急なお召しに、ムーラ様も側仕えの方も手は動かしてはいても、納得はいかない様子だった。
「夕刻前に、ミラ様が宴にとても華を添える踊り子がおります、是非お召しになってはと、進言されたとか・・・。」
「ライラは子供ゆえ、侍らすなどとしては、どんな失礼をしでかすかわかりませぬ、ご容赦くださいと申し上げたのに、
 王妃様も是非にと仰られて・・・。」
薄化粧されながら私は合点がいった、やはりミラ様だったのだ・・・。
王子が私に笑いかけられたから、王子が私を庇ってくださったから。
「失礼のないよう、注意なさい、よいですね?」
いつもの厳しい顔つきのなかに、どことなく心配そうな色を見せたムーラ様に私は答えた。
「はい、精一杯お勤めいたします。」そう言って無理に微笑んで見せた。
踊ることに、歌うことに不安は感じていなかった。ただ、私はもう子供として扱われるのはもうないのだと、そちらのほうへの不安が大きかった。
側仕えの方々は口々に私を褒めた。
とても綺麗だわ、ライラ。もうすっかり娘らしくなっていたのね。
あなたの舞で、宴が華やかにならないはずがないわ。王子もさぞかし驚かれることでしょう。
そうだ、私は王子のために生きているのだ、では王子のために歌おう、踊ろう。
そう思うと、私の顔はしっかりと前を向き、恐れるものはなくなったような気がした。
手をとられ、私は大広間へと足を踏み出した。
全ては王子のために、胸の中に呟くと、私は姉様方のように、にっこりと微笑んで見せた。
549踊り子の呟き:03/05/24 23:01
11
私は務めを果たした。
宴は一層賑やかになり、殿方の囃し声も飛び交った。
王子は私が大広間に入っていった時、少し驚かれたように、ほんの少し眉を吊り上げられたようだったが、
静かに杯を傾けていらした。
異国の形をしたのがミノアからの客人なのだろう、しきりに褒美の言葉を私に下さった。
「少々幼いかと思うたが、充分に美しい、しなやかな手足、よく伸び、通った歌声、感嘆したぞ。」
大げさなまでに褒めたのは、国王がいる手前だと私は感じていたが、それだけではなかったらしい。
「年はいくつになるのだ?」と問われ、私は12だと答えた。
国王は客人が酷く私を気にいったのに目を止め、よければ手土産に、と上機嫌に言い放ったのだ!
客人は喜び、訳を国王に語りだした。
ミノアの王は14になられるのだが、今病の床にあり、退屈をしのがせるものを求めている。
この娘の歌や踊りはきっと王の気晴らしになるだろう、と。
私は信じたくなかった、このようなやり取りなど!
遠いミノアへ連れ去られてしまうのだ、王子から離れて!
私はただ仕込まれたように礼を述べ、体が震えようとするのを必死で我慢した。
だが王妃様にお仕えするミラ様のお顔に、酷く満足げな、意地の悪そうな笑みが浮かぶのを
私は確かに見たのだ。
明日の出発の事を上機嫌に話す客人の声を聞きながら、私はひっそりと大広間から抜け出した。
私の頭の中には、ただ王子から離れてしまう、そのことしか思い浮かばなかった。
550名無し草:03/05/24 23:38
>「踊り子の呟き」作者さま
新鮮です!!
ちょっとせつない恋心・・・
551名無し草:03/05/25 01:21
せ、せつない〜〜〜〜〜〜。
552踊り子の呟き:03/05/25 20:27
>>549
12
私がミノアへ行くことを、ムーラ様をはじめ、側仕えの方々は、別れを惜しんでくれた。
けれども私はミタムン王女に仕える為にここに来ていたのだから、
王女のいないここでは用がないものだったし、今度は年齢の近い少年王にお仕えすることのほうが遥に相応しいと、
別れを惜しむ一方で、それはとても光栄なことなのだと褒めた。
そして相応に衣装などをまとめてくれるとムーラ様は請合い、早く休むよう取り計らってくれた。
私は割り当てられた寝所で、窓から見える月を見ながら決意を固めていた。
私の命を救って下さった王子、名を与えて下さった王子のために私は生きていた。
あの涼やかなお声の届かぬ遠いミノアの地で、私は生きていけるのだろうか。
廓にいただけに、目鼻立ちの整った女の行く末は嫌になるほどよく知っていた。
それに自分の顔形が殿方の目を引かぬわけにはいかないことを自覚できないほど、
私は愚かではなかった。
王子も「そなたが大きくなればさぞや人目を引くだろう」と幾度も話されたことも覚えていた。
自分のために香を焚く等考えたこともなかったけれど、今私はそうしなければならなかった。
しかも自分の知る限り、特別効果の高いものを。
それがどれほど自分に不似合いなのかも分かりすぎるほど知っていた。
貧弱な体、細すぎる手足、薄い胸、頼りない腰つき。
豊かな胸や括れた腰つきの姉様方や、後宮の方々の体つきをこの時ばかりは羨ましく思った。
いつもはそうなりたくないと思っていたのに・・・。
自分がやるべきことをもう一度胸のうちにつぶやくと、私は立ち上がり、闇に紛れて忍んで行った。
そこへいくのは初めてだった、胸の鼓動が体中に響き渡るようだったけれども
何とか落ち着いた声が出るように、一つ大きく息を吐くと頭をしゃんともたげて言った。
「ライラでございます、王子、お別れのご挨拶に参りました。」
553踊り子の呟き:03/05/25 21:41
13
常夜灯の灯りの下でいつになく王子は美しく逞しく見えた。
私が訪れたことを驚かれたようだったが、私が王子の下へ行くのをお許しになり、
「そなたがここに居ないのは、さぞかし寂しいだろうな」とあの涼やかなお声で仰った。
ミノアからの客人とは、ミノアの大臣であり、ミノアはヒッタイトにとっては重要な国交相手なのだから、
国王も無下に扱わぬのだと、王子は私に分かりやすく話された。
ミノアの少年王は病弱で王宮から出ない生活だそうだから、そなたの存在は重宝されるだろう、と。
王子の口から出る言葉は、聞きたいものではなかった、いかにあの私のお慕いするお声であろうとも。
震えそうになる手を必死に固く握りしめ、私は王子のお顔を見つめて言った。
「どうか、どうかただ一つのライラの願いをお聞きください。あなた様に救われて以来、私は何も望まないよう過ごして参りました。
 命と引き換えにしても構いませぬ。どうか今宵、ライラをお召しください、どうぞ、お情けをこのライラに・・・。」
「・・私には子供を抱く趣味はない」
「精一杯お勤めいたします!どうか・・・どうか、お願いでございます、王子・・・。」
実際にしたことはなかった、でも姉様方から殿方への閨の技を教えられていた、姉様方がどのようにするか見ていた。
王子のお顔を見ないように、王子の側へ寄り、王子の纏われた寛衣の胸元を震える指で広げ、奉仕しようとした。
あれほどなりたくないと思っていた、したくないと思っていたことしか、結局私は知らなくて、
それ以外に自分のできることなどないのが胸が締め付けられるほど辛かった。
王子の匂いがする、ぬくもりを感じるこんなお近くにいるのに、喜びよりも辛く感じられるのは何故なんだろう・・・。
「もうよい、ライラ、よいのだ」
私の頭がすっぽりと包まれるほど大きな掌が、優しく頭を撫でる感触に顔を上げると、少し哀しげな琥珀色の目と合った。
「無理にせずともよい、そなたが辛いのは分かるゆえ・・・。」
体が引き寄せられて王子の膝に抱きかかえられ、私の身体は温もりに包まれた。
それは私が初めて知った温かさだった。


554名無し草:03/05/25 23:47
こんなところで寸止めだあああああ!
555名無し草:03/05/25 23:52
でも、土曜も日曜も更新して下すってうれしすぃ
556名無し草:03/05/26 00:11
せつないよぅ
自分がライラだとして。。。
この先、好きでもないだれかに触れられることになると知ったら、
その前にいちどだけ王子に抱かれたいと願うなぁ(ξーξ)
実際そんな状況になるのはイヤンだけども
557後宮物語:03/05/26 10:51
>>527
45
その夜も王子はキャロルの部屋で過ごした。ただ添い寝するだけの夜。
「・・・私を信じよ。そなたが最初に私に感じた気持ちを信じよ。
信じておれば裏切られることはない。
私は子を生ませる義務を果たすための女が欲しいのではない。私は私と同じ一人の自由な人間としてのそなたが欲しいのだ。
そなたは自分の言葉と自分の頭を持っている。その頭で考えよ。考えて考えて考え抜くが良い。これからどうするのか、何を望むのか。私は待とう」
キャロルは王子を見つめた。
(ああ・・・この人は本当に私のことを考えていてくれる。抱いて欲しいと自棄になった時もただ黙って見守ってくれた。
ただ恩恵を与えるように私を欲しがってくれているんじゃないんだわ)
「・・・・考えて・・・結果、ギザへ行きたいならば・・・私は・・・」
今度はキャロルが王子を抱きしめ、その言葉を封じた・・・。

キャロルは安定した気持ちでムーラの「ご進講」を受けていた。
ムーラにもその気持ちは伝わっていて、この忠義者の乳母はたいそう安心したのだった。王子の後宮の一員となることを受け入れられないのでは、とやはり心配したからだった。
「姫君・・・。あの・・・後宮の女人方とのおつきあいに関しましてはご心配遊ばしますな。私が精一杯お助けいたしますゆえ。あまり難しくお考えにならずにゆったりとしたお心持ちで、王子に全てをお任せになりまして・・・」
柄にもない心配の言葉をかけたのは育て子イズミルの心を素早く察したためか。
(姫君はこの国をお好きになって頂かなくてはなりませぬ。王子の御為に、私がお育てした大事な王子の御為に。
王子のお心がこの姫君を望まれるのであれば、姫君はそのように振る舞って頂かなくては。おそらくはこの御方が王子の和子を最初にお上げする・・・)
キャロルは落ち着いた深い声でムーラに答えた。
「私は大丈夫よ、ムーラ。迷いや戸惑いが無いと言えば嘘になりますけれど、私は大丈夫」
ムーラはこれから後宮に入る姫君とも思えぬしっかりした受け答えにひたすら恐れ入った。
558後宮物語:03/05/26 10:52
45
「まぁ、ミラ様!素晴らしいお品ですこと。王子の贈り物でございますのね!」
後宮の女達の嬌声が明るい回廊に響きわたった。
「ええ。今朝、枕元に見つけましたの。こんなことって初めてですから嬉しいわ」
ミラは誇らしげに胸元につけた首飾りを見せた。
黄金の台座の中央に紅玉髄をはめ込み、その周りにはトルコ石や紫水晶が輝く深紅の宝石を引き立たせるように配置されている。
「ええ、王子が贈ってくださいましたの。思いもかけない素晴らしい贈り物ですわ!」
王子がうち捨てるようにしてミラに紅玉髄を与えてから3日ほどもたった日のことである。
ミラは工房の職人に紅玉髄と手持ちの首飾りを渡し急がせに急がして、この美しい装身具を仕立て上げたのである。思いがけない王子の贈り物はミラの不安を吹き飛ばし、虚栄心を痛く満足させた。
紅玉髄以外は手持ちの品で、紅玉髄が填っている場所にはもともと真珠が入っていたのだが、ミラは躊躇無くそれを外し、赤い宝石を入れることにしたのである。
「王子のお印の紅玉髄を賜りますとは何と羨ましい。やはりミラ様は別格ですのねえ!」
「ナイルの姫のよりはるかに豪華ですわ!あちらはただの石だけ。ミラ様にはこのような首飾り」
女達に本当のことを話してやる必要もない、とミラは考えた。
(ナイルの姫よりも、誰よりも王子のお側で輝いていたい。あの方のお心を得て、后の地位に昇り、皆から仰がれ、羨ましがられたい。
王子を誰よりもお慕いしているのは私。王子のお心を誰よりも知っているのは私。誰にも王子は渡さない!)
「ねえ、ミラ様。内々に宴を催しましょうよ。王子にその首飾りをつけたミラ様をお見せしなくては」
後宮内では一番地位の低い側女が媚びるように提案した。ミラは皆のはやし立てるような歓声の中でそれを約束したのだった。
559後宮物語:03/05/26 10:53
46
その頃。
イズミル王子はキャロルの部屋を訪れていた。今日は王子自らキャロルの「勉強」の成果を見に来たのである。
緊張した様子で文字を綴り、質問に答えるキャロルを王子は微笑ましく見守っていた。もともと機知や才気煥発さを好む王子であった。様々にキャロルを試し、この生徒の出来の良さに大きく満足したのであった。
王子は金茶色の瞳で生徒を眺める。生徒は不意に自分に注がれる「教師」の視線に気付き、赤くなって離れた。
(この人の側に居たい。この古代で初めて信頼して心打ち明けることができると思った人・・・初めて好きになった人・・・)
キャロルは自分を引き寄せるイズミルの腕の中に素直に体重を預けた。
(きっと人並みの幸せは得られない。嫉妬して、泣いて、苦しんで・・・。
でも側にいたい。流されて選ぶんじゃない、私は自分でこの人の側を選んだのだから。
私は自分の意志でこの人を選んだ。だからこの人の心にだけ頼って幸せにしてもらおうなんて思うまい。
・・・・・私は強くなりたい。不幸せになど生きない!)
「姫?どうした、黙ってしまって。何かまだ心にかかることがあるのか」
王子の声にキャロルは静かに身を起こした。
「いいえ、王子。私、うんと勉強するわ。自分の足で立って歩けるように。
あなたの振り向いてくれるのを待つだけにならないように」
イズミルの金茶色の瞳を射るように見つめる青い瞳。そこにはいつかイズミルが見て、一目で心惹かれた強い意志的な輝きがあった。
(初めてだな、このように強い瞳で私を見る女など。他の女ならただただ私の愛顧を寵を望むだろうに、この娘はそうはならじと己を強く律している)
王子はふっと微笑を漏らした。
「よしよし。うんと学ぶが良い。私の側に立つ重責に堪えうるようにな。支配者は強くあらねばならぬのだから。
・・・私はそなたが飛び去らぬよう心砕くとしようか」
王子は腕の中の娘に口づけた。それは恋人の仕草で、キャロルの未だ知らぬ感覚に火をつけるものだった。
「私を信じていよ。己の強さを信じよ。そなたは私が選んだ女だ。私が共に立ちたいと思う女だ。他の誰とも違うかけがえのない者だ・・・」
560後宮物語:03/05/26 10:54
47
その夜。
イズミルは後宮の女達が催す内宴に顔を出した。「客人」キャロルは出席していない。
ミラを筆頭に4人の後宮の女達、その下に位置する女達が賑やかに華やかに笑いながら歌舞音曲に興じ王子の心を惹こうとする。
王子は杯を傾けながら女達を眺めた。どの女も人並み以上の容貌をしている。
王子のためなら命だって差し出すだろう。王子の為すこと、命じることに何の疑問も持たずに。
(この者達にも姫と同じ心があるのか。今まで私が気付こうともしなかった心が。私の愛顧を得ようと腐心する女達。だが私はこの者達に我が心を与えようとは思わぬ)
全く感情を窺わせない瞳で女達を値踏みする王子。
彼はどんなときも冷徹な支配者の視点を忘れなかった。側に女を召すときすら、美貌や肢体の他に後腐れの無さや妙な野心・権勢欲の無さを必ず求めた。
並かそれ以下の頭しかない女が政治に口を出したり、闇雲な野心に駆られて国の屋台骨を揺るがすことがあってはならないのだ。
キャロルにすら、イズミルは同じものを、いやそれ以上のものを求めていた。
愛しいという個人的感情だけで妻を持つにはあまりに身分高い彼。それゆえにキャロルはイズミルが見出し愛した様々な資質や美点を万人に示し、自ら王子の側に立つに相応しい女性、次代への血を残すに足る女性として立つことを求められていた。
「王子様? いかがなさいましたの?」
婉然と微笑んだミラが酌をしにきた。他の女達は遠慮して少し下がった。
ミラは首に飾った新しい首飾りが目立つように殊更、科(しな)を作って見せた。
「王子様から賜りました紅玉髄の首飾りですわ。似合いましょうかしら?」
王子の冷たい金茶色の瞳と、野心に燃えるミラの薄茶色の瞳が絡み合った。
(この女、分を忘れかけておるな・・・)
王子は言った。
「私が内々に与えた石をずいぶんと立派な台座に填め込んで見せびらかすものだな。我が母上 王妃すらそこまではせぬ。側室には分不相応だ」
宴の空気は一気に冷えた。王子やミラが去った後の部屋にはミラを嘲笑する密やかな笑いがいつまでも消えなかった。
561名無し草:03/05/26 11:28
後宮小説キターーーーー!
王子はキャロル以外の女には冷たいのね。それが萌えでもあり、突っ込みたいところでもあり。
562踊り子の呟き:03/05/26 16:40
>>553
14
そのお手は私が知ってるどんなものよりも温かく優しいものだった。
初めて知る下心のない、私を慰め癒すもの。
私の名を呼ぶ、私の頭の上から響く低くて甘い声音はずっとそのまま聴いていたいものだった。
あなた様から離れてどうして生きていけましょう。あなた様があの時兵を止めなければ私は死んでおりました。
何も欲しいと思いませんでした、ただあなた様のお声の届くところにさえ居れさえすれば・・・・。
大きくなんてなりたくない、子供のままであなた様のお側で歌っていたかった。
身に余る大それた願いだとは分かっております、でも私にはあなた様に差し上げるものが何もないのです。
あなた様に救われた命と名以外には・・・・・。
頬を濡らすものが何かわからなかった、目の前がぼやけて、王子のお美しいお顔がはっきりと見えない。
王子の指が頬を拭い取り、やっと私が泣いているのだと思い当たった。
物心ついて以来泣いたことなど覚えがなかった、泣けば殴られ余計に邪険にされたから、泣かないようにしているうちに、
私は泣き方すら忘れていた。
でも今王子が私を呼ぶ声を聴きながら、広い胸のうちに抱かれて泣いているのは何故だか心地よく安心できた。
「可愛いライラ、そなたを妹のように思っているのだ、ミタムンは乙女のまま早く死んだのだ、
ミタムンの分もそなたに生きよと願うは、私の我侭か?」
なんて勿体無いお言葉をこの私にかけてくださったのか。
でも私は生きたいと思っていなかった、この王宮をでたら、山々を縫って進む一行から離れてこの身を投げようと決めていた。
旅の最中、行方知れずになったり、浚われたりするのはよくあること。
王宮で命を絶てば、王子に、ムーラ様に、ご迷惑がかかる、だから死ぬなら、王宮を出てからだと決めていた。
生きていれば、姉様みたいにしなければならない、そうせざるを得ない、あんなふうになりたくなかった。
でも今なら王子のことを思ったまま、そのまま幸せに死ねるのだ。
「全くもって、そなたもかの姫も、よく似ていることよ、一途で真摯で・・・。
 私を惹きつけてやまぬ。」
そう話す王子の声に、私は王子のお顔を見上げた。そのお顔はなにやら困ったような笑みを浮かべてらした。

563名無し草:03/05/26 16:46
>後宮小説作家様
>だからこの人の心にだけ頼って幸せにしてもらおうなんて思うまい。
本編のキャロルちんに聞かせたいカコイイ台詞っす

>踊り子の呟き作家様
この期に及んで「姫」のことを口にするなんてライラが可哀想すぎでつ
564踊り子の呟き:03/05/26 17:15
15
かの姫、というのはナイルの姫君の事だとは察しがついた。
王子のお手が私をあやすように頭や肩や背中を幾度も滑っていくのを心地よく思いながら、
王子の静かなお声を私は聞いていた。
自分の手のうちにありながら、エジプトのファラオに寄せる激しいまでに一途なその様子に、
自分に靡かぬ女などいなかった王子には信じられなかったのだと。
好奇心が旺盛で、深い慈愛の心を持ち、よく表情の変わる姫と、子供ながらに落ち着き払った見据えた目のそなたとは一見似ていないようだが、
その一途に思う目の光は同じなのだと。そして自分を惹き付けた。
そなたは美しく利発なのだ、そのような悩ましい香が誠に似合う頃には、そなたを愛しく思う者を捕らえて離さぬだろう。
私もかの姫をわがものとするのに努力しよう、だからそなたも生きよ、と。
そう仰る端整なお顔を見ているうちに私の涙もいつしか乾き、幾分か落ち着きを取り戻したようだった。
王子が私に生きよと願われるなら、生きなければならない。ミタムン王女の分も生きよと仰るならばそれも運命なのかもしれない。
でも生きていけるのかもしれない、この夜を、この温もりを忘れない限り。
「私の褥で何もせずに終らせたは、そなたただ一人よ、ライラ」
私が暇を告げるとき、王子は笑いながら仰った、それは私がただ一人特別扱いの待遇を受けたのだという意味だった。
王子と別れるのは辛かったけれど、胸の奥が暖かいもので満たされたような不思議な感覚はずっと残っていた。
ほんの少し、大人になるのが恐くなくなったような気すらしたのだ。
565踊り子の呟き:03/05/26 17:54
16
ミノアの方々は私を大事に扱ってくださった。
少年王ミノス様は、線の細い方で、自由にならぬ体のために大層癇が強くなっておられ、
その様子は廓にいた気まぐれ姉様やミタムン王女の我侭振りを思い出させた。
自分より年かさの者ばかりが仕えるところで、年少の私がお仕えするのは気に食わなかったのか、
ミノス王は無理難題を突きつけてみたり、気まぐれなことを言ったりして困らせようとしたけれども、
私がそのようなことに慣れていることや、あまり自分の命に執着がなく、神殿に捧げるという脅しも効かないのがわかると、
かえって私を側に起きたがり、日がな一日私を放さなかった。
それに香の調合ができるのが役に立った。
加減して調合すると眠りに誘う香もできるので、気の高ぶって眠れない時など、王はよく私を呼び、
香を焚かせ、私は小さな声で歌を歌いながら、眠りに落ちるのを見ていることも多かった。

今、王は回復なされ、まだまだ線の細さは残ってはいるけれども、体つきが大きくなられた。
政務にも就かれ以前のような病弱な影は消えた。
私は相変わらずミノス王の元にいる、ミノス王の寵を受けるのかもしれない。
王のことは嫌いではなかった、王と過ごす時間も好きだった。
私の身体は女らしくなった、あれほど嫌がっていたはずなのに、胸は豊かになり、腰つきも張り出した。
でも王が私の身体も、声も、全てが好きだと仰られて以来、そう厭わなくもなってきていた。
そう変わった自分のことを考えると、いつもイズミル王子を思い出す。
あのお方が居なければ私は生きてはいなかった、それだけはいつも感謝している。
王子がナイルの姫君と幸福に過ごしてくださることを、この美しい海に囲まれたミノアから、
あの岸壁に聳え立つ王宮を思い出しては、祈っている。
あの夜の、私を呼ぶ低く甘い響きのお声を思い出しては・・・・。

終わり
566踊り子の呟き:03/05/26 17:58
思いついたので勢いのまま書き殴ってしまいました。
貴重なスペースを拝借したことをお詫びいたします。

レス下さった方、ありがとうございました。
誤字脱字すみませんです。
こんな下手な話読んでくださった方、ありがとうございました。
567名無し草:03/05/26 18:10
踊り子の呟き作家様、とても素敵なお話でした!
ライラが不幸にならなくて安心しました。
568名無し草:03/05/26 20:31
569名無し草:03/05/26 23:34
>踊り子の呟き
なんというか、うっとりとした気持ちで読ませてもらいました。
ライラが不幸になるのではないかと、とても心配でしたので、
新しい道を見つけられたことが自分のことのように嬉しかったです。
素晴らしいお話を、ありがとうございました。
570名無し草:03/05/26 23:35
踊り子の呟き作家様、ありがとうでつ。
ライラの恋心がせつなくて、よかったですよう。
571名無し草:03/05/27 00:09
「踊り子の呟き」作家様、また新作お待ちしてまつ。
572後宮物語:03/05/27 11:32
>>560
47
「この首飾りのせいでっ!この首飾りのせいで要らぬ恥をかいたっ!」
床に叩きつけられた首飾りから紅玉髄が跳ね飛び、二つに割れた。
ミラは怒りと屈辱の涙に濡れ、美しい顔は醜く歪んだ。気位の高い彼女に人の嘲笑は耐えられない。
(皆が私を嘲笑う。私の失敗を喜んで。ああ・・・今となってはあのような者達の浅薄な煽りにのって宴など催したことさえ口惜しい。
よもや、こうなることを見越して私に宴を進言した・・・?)
ミラの表情がすっと醒めていった。屈辱の炎に灼かれた心は冷え冷えと冴え渡り、気位高い美姫を鬼にする・・・・・。

「そなたに頼みがあるのですよ」
真夜中近くのミラの私室。彼女の前に控えているのは一番末席の側女である。
ミラに宴を勧めたこの側女ベヌトは、恐れに身を竦ませて裁きを待っていた。
イズミル王子の後宮第一の女性に恥をかかせてしまったのである。手ひどく撲たれるのか、罵られるのか、それとも・・・・殺されてしまう?
573後宮物語:03/05/27 11:32
47.5
「まぁまぁ、そのように固くならなくてもよいのです。一体どうしたのです?」
「ミ、ミラ様、どうかお許し下さいませ。う、宴のこと。決してわざとしたことではございませぬ。あなた様に対してどうして無礼を働けましょう?」
ベヌトはやっとそれだけを言った。だが返ってきたのは以外にも晴れやかな笑い声だった。
「まぁ、ベヌト!そんなことはどうでもよいのですよ。誰がそなたを咎めましょう?イズミル様はたまたまご機嫌がお悪かったのです。私とて至らなかったのですからね」
ベヌトは信じられない思いで、この高慢で気難しい側室の笑顔を見た。
「・・・それで、そなたに頼みがあるのですよ。他の誰にも頼めませぬ。聞いてくれますか?」
「は、はい!それはもう!ミラ様のおっしゃることなら何なりと!」
あまり頭の良くないベヌトをミラは冷たい笑みを浮かべて見下ろした。
「では・・・あのナイルの国の客人を城壁の外に出してやって欲しいのですよ。あの者を故郷に帰してやるのです」
「ええっ!」
ベヌトは驚いて、思わず腰を浮かせた。
「そんな・・・!だってあの方は王子のお客人。王子が帰国の差配を遊ばしたとも聞き及んでおりませぬ。
お、恐れながら後宮から無断で外出した者は死、死のお咎めを受けまする。少なくとも王子のお情けを一度でも頂いた者は。ミラ様とてご存じのはず」
ミラは口元だけ上向けて笑っているような表情を装った。
「つい先ほど王子からご下命がございました。かの姫は帰りたいと我が儘を申してとうとう王子も根負けされたよう。私がかの姫の旅支度を調えますゆえ、そなたが付き添って城門の外に出しておくれ」
574後宮物語:03/05/27 11:33
48
戸惑うベヌトにミラは説明してやった。
ナイルの姫はエジプトに帰るのだと。ただ公式に旅の一行を仕立てると外聞が悪いので、お忍びで行くのだ。
城門の外に商人に身をやつした護衛隊が待っている。「ミラと王子の信厚い」ベヌトがそこまで大事な、でも我が儘な客人を送って欲しい、と。
ベヌトは相当、戸惑い疑っているようだった。だがミラが割れた紅玉髄の一片と一粒の見事な真珠をその手の中に握らせてやるに及び、ようやく納得したようだった。
「分かりました、ミラ様。ナイルの姫をお届けいたしましょう。ご安心あそばせ。・・・・ミラ様のご用を勤めることができて嬉しゅうございますわ」
ベヌトは素早く頭を巡らせ、ここでミラに恩を売ることに決めたようである。
「ええ、もちろんこのことは口外いたしませんことよ。ムーラ様にも・・・・・王子様にも・・・・・。
ほほ、紅玉髄と真珠、有り難く配慮いたします。人には見せられませぬけれど・・・私とミラ様の友情の証・・・・ですわね」
気弱さと恫喝するような調子が複雑に混ざり合った表情を浮かべながらベヌトは退出していった。
(愚かなベヌト。今の内にこの私の弱みを握ったような気でいるがいい。
その身の程知らずな傲慢の報いはすぐに来るのだからね)
ミラはくすりと笑った。そして次の日、密かに奴隷商人を召しだし、2日後に女奴隷を一人、売るという契約を結んだのである。後宮出入りの奴隷商人は残忍な笑みを浮かべてミラの言いつけを守る旨を誓った。

575後宮物語:03/05/27 11:34
48.5
同じ頃、ミラの冥く深い嫉妬など知る由もないキャロルは、王子から暦を見せられていた。
「見るが良い、姫。次の吉日は6日後だ。この日はイシュタル女神の小祭日でもある」
上機嫌の王子は膝の中に抱え込んだ娘にきわどく触れながら言う。
「先に約束いたしたな。直近の吉日にそなたを神殿に連れていくと。それがこの日だ」
「ええ・・・・。でも・・・ずいぶん早い」
「今更!私は待たぬぞ。そなたは言ったな、自分の意志でここに残ると。
だから私はそなたを神殿に伴うのだ。これは・・・婚儀のようなものだ。少なくとも私にとってはな。王族が正式なる婚儀を上げるは世継ぎの和子が生まれたその後と決まってはいるが・・私は世の男のようにまず神殿で祝福を受けたい」
キャロルは空恐ろしいほどの幸福感を覚えた。幸福感はしかし同時に不安ももたらすのだった。
576後宮物語:03/05/27 11:35
「踊り子の呟き」作家様
すてきな物語をありがとうございました!ライラの健気さに落涙ものでした。
577名無し草:03/05/27 12:12
後宮物語、ミラ動く!
楽しみでつ、作家様
578名無し草:03/05/27 13:17
王子って頭良いはずなのに後宮のたくらみは気がつかないのねん
恋は盲目だから?王子だから?なんかミラを応援したいアテクシ
579名無し草:03/05/27 22:41
>578
貴方、王子嫌いのaさん?違ったらごめんなさいね。

本編のミラなら、いじらしいので応援してあげてもいいけど、
この作品のミラは傲慢だからちょっとナー
逆にキャロルちゃんは、本編でもこれくらい強くなってもらいたいかも。
580名無し草:03/05/28 00:43
578じゃないけど、今回みたいなタイプのミラってめずらしいから、
私も応援したいけどな〜。
目的のために手段を選ばない姐さんて、ちょっと好きだ。
581山崎渉:03/05/28 10:44
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎――◎                      山崎渉
582名無し草:03/05/28 12:29
今日はまだか・・・・・・
583山崎渉:03/05/28 17:25
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎――◎                      山崎渉
584名無し草:03/05/28 18:04
なーんだ、また山崎か。(´・ω・`)
585後宮物語:03/05/29 11:13
>>575
49
「ラバルナ師がハットウシャに向かっておられる。数日後に到着されよう」
杏の木が西宮殿の奥庭に美しい花を咲かせる季節。余人の入れぬこの美しい王子の庭に、青年は初恋にのぼせる少年のように想い人を招じ入れた。
「本当?いつかお目にかかった王子の先生ね。連絡があったの?」
王子が見立てた衣装に身を包み、くつろいだ様子で茶器を口元に当てているキャロルは柔らかな安心しきった微笑みを浮かべている。
「ふふ、風が語ってくれた」
「え?!」
「嘘だ。伝書鳩だ。あの方は華やいだ場所はお嫌い故、こたびのようなことは本当に珍しいのだよ。色々と話をしたいものだ」

(この人はこんなふうに笑うのね・・・)
キャロルは王子の顔を眩しく思った。
英明にして冷静沈着。冷徹にして時に苛烈。公明正大で慈悲深い君主ではあるが決して自分の内側を覗かせない。孤高の王者・・・・。
様々に表され、尊敬され恐れられている老成した青年の内面を知っているのはキャロルだけだったかも知れない。
必要悪としての武術、軍事術にも充分通じているが、本当は学問や思索を好む内省的な青年。不器用な子供のようなところもある優しい心の持ち主。
(私・・・この人の笑顔好きだわ)

(ふ・・・む。妻を娶るとはこういうことか)
王子は目の前で無邪気に微笑む娘の顔に暖かいものを感じた。
物思いに倦み疲れ、憔悴した表情でいるキャロルの様子が心に掛かり、二人きりでくつろげる時間をとるようにしたのは王子だった。
「姫、こちらにおいで」
王子はキャロルを引き寄せ、そっと組み敷いた。そのまま薔薇色の唇を貪り、高ぶった自身を衣装越しに女の脚に擦りつけた。
「早くそなたが欲しい・・・・・」
緊張し、冷たい汗を流しながらも抗いはしない娘の様子が王子を喜ばせた。後宮の女にはついぞ感じたことのない強い欲望と、目の前の無垢の娘にそのような感情を抱く事への自己嫌悪がない交ぜになり、王子は複雑な気分を味わった。
世間ではそんな王子を「初恋に溺れる坊や」とでも評するのだろうか・・・。
586後宮物語:03/05/29 11:14
50
「ナイルの姫君、ご機嫌よう」
回廊で急に声をかけられてキャロルは緊張して振り向いた。お供の侍女も連れずの一人歩きの最中であった。
声をかけてきたのは後宮の側女の一人ベヌトだった。イズミル王子より少し年かさ、盛りをやや過ぎた肌に豊満な体つきの派手やかな美貌の持ち主である。
「そんなに驚かれますな。まるで私があなた様を虐めでもするようではないですか」
ベヌトはそう言って馴れ馴れしくキャロルの顔をのぞき込んだ。
(なるほど綺麗な小娘だわ。ミラ様が追い落とそうとなさるのも無理ないこと。でも世間知らずのようだし、私がミラ様なら上手く丸め込んで利用するのに)
「ご機嫌よう。何か・・・ご用ですの?あの・・・」
「私はベヌトと申しますよ。イズミル王子様のお言いつけであなたさまを市場にお連れしようと思うのです」
「え?」
驚くキャロルにベヌトは蕩々と説明した。後宮の女は気晴らしのために毎月、決まった日になら市場を見て回り買い物をする自由が与えられている。
何やら退屈しているキャロルを心配した王子は、ベヌトにキャロルを市場に連れていってやるよう命じたのだと。
「ほほ・・・。信じられないようなお顔つきですのね。どうして王子の側女の私が、とお思いなのでしょう?
私は王子より3つほども年上なのです。だからでしょうか、お側女としてのおつとめの他にもちょっとしたご用を承ることも多いのです。頼りになると行っていただいているんですよ、これでも。
ムーラ様があなた付きのようですけれど市場巡りならば私の方が詳しいし、若いあなたに気詰まりでないと思うのです。
後宮の女達はいがみ合って暮らしているわけではないんですよ。言ってみれば王子を中にした友達みたいなところもありますからね・・・」
ベヌトは如才なくキャロルに話しかけ、じき相手に市場行きを承知させてしまった。
587後宮物語:03/05/29 11:14
51
「では、ナイルの御方、明日の朝に」
ベヌトはそう言うとキャロルが向かうのとは反対方向に回廊を歩いていった。
キャロルは初めて示された「好意」に少し上気した顔をしていた。

「ミラ様、誘い出しましたわ」
回廊の暗がりで二人のやりとりを見ていたミラにベヌトは薄く笑って告げた。
「ご苦労です。このことは他言無用ですよ」
ベヌトは低く頭を下げたまま下がっていった。彼女が顔を上げ、ミラの端正な顔に刻まれた酷薄な微笑を見たのなら、この企みからすぐに身を引いたであろうに。

西宮殿の回廊は一部が露台のように張り出していて、庭を見渡せる東屋のようでもあった。キャロルはそこの長椅子に腰掛けて王子から贈られた紅玉髄を眺めていた。
(これは王子の心の証。私は王子に相応しい人間になれるだろうか?
ただ好きだ、愛しいって子供のように可愛がられるだけでなく・・あの人に相応しい相手として、私があの人を尊敬するようにあの人も・・・)
紅玉髄を日の光にかざせば、石は生きている炎のように煌めいた。それは王子の瞳の中に宿り、様々に色合いを変える炎のようにも見えた。
不意に。
キャロルの上に影が落ち、紅玉髄の炎も消えた。
「ご機嫌よう、エジプトの方」
「ミラ・・・様」
王子からせしめた紅玉髄を填め込んだ豪華な金の首飾りをこれ見よがしにつけたミラはキャロルに傲慢に微笑んでみせた。
「王子様の御許にいよいよ参られるのですってね。ムーラが出入り商人を相手に色々と注文していましたわ。しっかりしたご実家がない方はお気の毒」
「・・・私は王子にお頼りしているのです。でもそれで嘲りを受ける謂われはありません」
思いがけないキャロルの口答えに逆上したミラは、手にしていた絹のショールでその頬を打った。
「思い上がりもいい加減になさいませとご忠告に参ったのですわ。
・・・王子は私に紅玉髄の首飾りを下さいました。あなた様がお側に上がられて、それからじきに私は王子妃に冊立されます。
この首飾りは王子妃の証なのですよ!」
588名無し草:03/05/29 11:46
ミラ〜かんがれー!
589名無し草:03/05/29 12:41
>踊り子の呟き様
とても素晴らしかったです!おつかれさまでした。

>後宮物語様
ありがとうございます!つづきお待ちいたしております。

>579タソ
あんな何様のつもり!と一緒にしたら578に悪いでつよ。
わたしも番外編ならではの強いミラ、嫌いじゃないかもでつ。
590名無し草:03/05/29 17:47
>>579=>>589
ファンサイトネタ(?)や私怨カキコはやめましょう。
番外編を書いて下さる作家様、それを純粋に愉しんでる読者にとって
あまり気分の良いものではありませぬゆえ・・・
591名無し草:03/05/29 18:09
明日は恒例の週末なのねん
592名無し:03/05/29 20:31
>>579,>>589
何様のつもり!はあなた方でしょう。
別にここは特定のキャラ萌えの方々のスレではないはずだし、
このスレのメンフィスの描写のされ方だってメンフィスファンにとっては不快かもしれない。
593名無し草:03/05/29 21:18
そのもの言いがにてていや。よそいってやってよ。
594名無し草:03/05/29 21:19
ナフテラさまーっ
あれやってくだされー
595名無し草:03/05/29 21:20
579→589ジサクジエーンしなくたって。。しつこいなぁ。
596名無し草:03/05/29 21:26
                    .∴・.゚ ゚.・∴..*.☆+
.∴・.゚ ゚.・∴..*.☆+
                    (\(\_/)   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
      .          〜  (\ヽ( ゚Д゚)′< ハイ、すこし換気しましょうね〜
.    ∴・.゚ ゚.・∴..*.☆+  〜 (\ (ナフテラ)つ .\__________
                      (____)        .∴・.゚ ゚.・∴..*.☆+
.∴・.゚ ゚.・∴..*.☆+            ∪∪
                             .∴・.゚ ゚.・∴..*.☆+
            .∴・.゚ ゚.・∴..*.☆+
597名無し草:03/05/29 21:36
良くわからん展開だが、とりあえず換気しましょう。
598名無し草:03/05/29 22:13
>594
これですか?じゃあ594さんもいっしょに手伝ってくださいね。

                    .∴・.゚ ゚.・∴..*.☆+
.∴・.゚ ゚.・∴..*.☆+
                    (\(\_/)   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
      .          〜  (\ヽ( ゚Д゚)′< 596さん、ありがとう。もうすこし換気しますよ〜
.    ∴・.゚ ゚.・∴..*.☆+  〜 (\ (ナフテラ)つ .\___________________
                      (____)        .∴・.゚ ゚.・∴..*.☆+
.∴・.゚ ゚.・∴..*.☆+            ∪∪
                             .∴・.゚ ゚.・∴..*.☆+
            .∴・.゚ ゚.・∴..*.☆+  
599名無し草:03/05/29 23:10
マターリマターリいきませう。

実はメンフィスネタ書きたかったんだけど
なんだか書いちゃだめって雰囲気に感じられて
ちと凹んでますた。
時間があれば、また書きにきたいっす。
600名無し草:03/05/29 23:22
>596タソ>598タソ換気アリガd!
蒸暑い夜にいい風入って来ますた。
>599
書いちゃだめなこと全然ないよ。
ぜひ書いて下さい、お待ちしてます〜〜
601名無し草:03/05/30 01:11
>>599
最近はあんまりメンフィスネタないので、大 歓 迎 !!でござります〜!
がんばってください!
602名無し草:03/05/30 05:48
1から4辺りでも、王子のスレとは書いていませんので、大歓迎。

キャロルが出てこない番外編も以前は素敵なのがありましたよ、
アトラス出生の秘密とか、幸せなアイシスとか、色々。
私はクレクレだけのおばばで申し訳ないが・・・・作家様お待ちしてます。
603名無し草:03/05/30 06:16
>>602
確かに最近は作家とギャラリーとで別れちゃっている感じですね。
以前のようにリレー小説とかしてみたいような・・・。
604名無し草:03/05/30 06:37
>>603
オハヨー、朝から来てるの自分だけだとおもてたが(w
いまも勝手に続き〜ぽく別の作家様が続き書いて、プチリレーになってるのがあるけど
むかしはもっと続いてたね。
あれはあれでおもしろいから復活きぼん。
ロム専の人もきがるに書いてほしい。
605名無し草:03/05/30 07:47
ぐるぐる〜なんかなつかすぃ〜〜!
606名無し草:03/05/30 09:13
いいですね〜リレー。
メンフィスでも脇キャラでも、新作きぼ〜ん。
607名無し草:03/05/30 09:52
甘甘でせつない系、でもキャロルが王子にフラレる話ってナイカナー。(´・ω・`)
608名無し草:03/05/30 12:30
恒例の週末うぇ〜ん、のまえに後宮物語作家様の御降臨待ってます。
609名無し草:03/05/30 14:00
「後宮物語」つづきが気になるよう
610後宮物語:03/05/30 14:21
>>587
52
ミラは呆然と脱力したキャロルの手首を掴み上げた。王子が与えた紅玉髄の飾りが嫉妬に狂った目を射る。
「思い上がって・・・生まれも知れぬ卑しい小娘がっ! 王子は私を正妃にお選びなされたのです。分不相応な思い上がりは後宮の乱れの元です。
王子の権威を傷つけるものです。よく覚えておかれませ!こ、このような飾りを見せびらかしてっ!」
狂気じみた信じられない力でミラは革紐を一気に引きちぎった。
「痛いっ!」
キャロルは血の滲む手首を押さえた。勝ち誇るミラの手には王子が贈った紅玉髄が・・・。
「そなたは王子のお伽の相手にすぎぬ。王子にもお慰みは必要でしょうゆえ、そなたが居ることを私は認めます。あの方の妻、たった一人の正妃としてね。
でもそれ以上は許しませぬ。紅玉髄は返してもらいます。
・・・その目は何です?王子がお命じになったのです。ほほ、これは私が頂くことにしましょう」
こう言い放ってミラは後も見ずに歩き去った。

(これが・・・あの人を、イズミル王子を好きになるということ)
キャロルは呆然とミラが歩き去ったその後を見つめていた。手首の痛みも、あの大切な紅玉髄が失われてしまったことも意識に上らなかった。
(あの美しい女性があんな凄まじい顔をして・・・乱暴な言葉で・・・)
おそらくは王子も知らぬであろう女の一面。だがそれは確実に存在する。権高で傲慢な側室ミラの癇走った美貌の中に。そして・・・自分の中にも。

「姫君っ? いかがなさいましたの?」
キャロルを探しに来たムーラは金髪の娘が冷え切った身体のまま、露台に座り込んでいるのを見つけて仰天した。
何を聞いても固い表情で答えないキャロルを見て、ムーラはすぐに何か後宮特有の陰湿な出来事が彼女に衝撃を与えたのであろうと察した。
血を滲ませる手首に包帯を巻き暖かいお茶を勧めながらムーラは言った。
王子が熱愛するこの娘を、ムーラもまた大いに好ましく思うようになっていた。
「姫君・・・おかわいそうに。すぐに王子にお知らせいたしましょうね。
何もご心配はいりませぬ。大丈夫でございますよ・・・・」
キャロルはかろうじて頷いた。
だが。ミラの寝所に引き込むようにして招じ入れられた王子はその夜、キャロルを訪れてやることができなかったのである。
611名無し草:03/05/30 14:29
待ってましたー!
612名無し草:03/05/30 15:00
さぁ、キャロルどーなる?!
誤解の泥沼にはまったまま、ミラに売り飛ばされるのかっ!
気になります〜
613名無し草:03/05/30 15:08
うううっ、ここで寸止めは辛いでつ(´Д⊂
614秘密:03/05/30 22:13
そろそろ眠りに着こうとしたエジプトのファラオとその王妃キャロル。
ナフテラが寝仕度を支持する横で、テティの叫び声がする。
「ひ、姫様!姫様がお倒れに!」
そそっかしいキャロルが酒の入った杯を間違えて呷ったのだ。
アルコールに弱いキャロルはそのまま寝台に入れられ、
メンフィスが自分でキャロルの様子を見るからと、側仕えのものを追い出した。
キャロルの横で寝転び身体を楽にしながら、メンフィスは様々なことを考えていると、
キャロルが身じろぐ気配に、視線をそちらに向けた。
「気分はどうだ、キャロル。誠にそなたは・・・。」
まだ半覚醒のような、ぼんやりしたキャロルは、薄くそ青い瞳を開け、メンフィスを見た。
「メンフィス・・・。」
キャロルの白く細い指がメンフィスの胸に這わされ、触れたところからメンフィスの身体に火がついたような感触に飲まれていく。
いつもは慎ましやかなキャロルをメンフィスが誘い、官能の海に漂わせてやるのに、
今のキャロルは妖艶でうっとりとメンフィスを誘いかけるのだ。
それまで抑制していた箍がはじけとび、メンフィスは白い身体を組み敷いた。
615秘密 2:03/05/30 22:30
夜明け頃、メンフィスは非常に満たされた面持ちで、
キャロルの体を抱きしめながら目覚めた。
キャロルがあんなにも自分を求め、自分もキャロルを求め絡み合った濃厚な夜を過ごしたことに
メンフィスはキャロルが女として目覚めてきたのだと満足した。
「う・・・ん・・・。なんだか・・頭が痛いわ・・。どうしたのかしら?」
腕の中で顔をしかめているキャロルだが、自分が何故メンフィスに抱かれているのかもわからないようで、
不思議そうな表情をしている。
「いやね、お酒のせいかしら?これからは注意しないと」とはにかみながら言うキャロルに、
「そなた、覚えておらぬのか?」とメンフィスが詰問する。
「?なんのことなの?メンフィスったら、ふざけて薄絹までとるなんて、恥ずかしいからやめてね。」
全く覚えていないような昨夜のことを話そうとすると、部屋の外から「お目覚めでございますか?」と
侍女達の声がし始め、メンフィスはその機会を失ってしまった。
「姫様、おはようございます、ご気分はいかがですか?」
「テティ、おはよう、なんだか頭が少し痛いの、きっとお酒のせいね。」
「それはいけませんわ、もう少しお休みになってはいかがでしょう?」
キャロルが侍女達と会話しているのを呆然と見つめるメンフィス。
あれは酒を飲んだゆえのことだったか、と気付いたメンフィスの横では、
「もうお酒はこりごりだわ、これからは注意するわね。」と朗らかに話すキャロルの声がしているのであった。
昨夜のことはメンフィス一人胸にしまわれた秘密である。


続編、書ける方お願いします。
なんだか上手くまとまりませんでした。
616名無し草:03/05/31 00:52
ダイジェスト板の管理人様、こまめな更新いつもありがとうございます。
すみませんが602さんが言っている「アトラス出生の秘密」
を読みたいのですが、ありますか?
617名無し草:03/05/31 01:35
メンフィス×キャロル 
キタ━━ヽ(゚∀゚)ノ━( ゚∀)ノ━(  ゚)ノ━ヽ(  )ノ━ヽ(゚  )━ヽ(∀゚ )ノ━ヽ(゚∀゚)ノ ━━!!
続編キボンヌ
618396 ◆OUKEYXVT.2 :03/05/31 02:14
>>616
あい。がんがります(´д`*)ゞ

>アトラス出生の秘密
このことでしょうか?
ttp://www.geocities.co.jp/AnimeComic-Palette/4856/tanpen/outaigounotuioku.html
619夜明け前:03/06/01 09:14
(夜明け前か・・・)
メンフィスは夜明け前に目覚めるのが常だった。そのまま夜が明けて側仕えの者達がさり気なくファラオの眠りを覚ますためにほのかな物音を立て始めるまで様々なことを考える。
政務のこと、外交のこと、都市計画のことなどなど・・・。
だがさすがに今朝方は疲れ、頭の芯がぼうっとして考え事はまとまらなかった。
それも当然だ。横を見れば昨日娶ったばかりの新妻が眠っている。高雅な美貌は眠っていても変わることなく。いや眠っているからこそ妖しげな艶めかしさすら加わる。

(姉上・・・いや、アイシスと呼ぶほうがよいのかな)
メンフィスは妻となった異母姉アイシスを見つめた。昨夜の奔放な姿。羞じらいながらもメンフィスを求め、メンフィスに縋り、譫言のように言った。
「私はそなたの妻です、愛しいメンフィス。お願い、もう私はそなたの姉ではありませぬ。妻なのです、女なのです・・・!」
女の肌に慣れたメンフィスですら驚くほど凄艶に舞うアイシスの身体。熟れに熟れ、崩れる寸前の果実のような美しさ。
メンフィスが触れれば何倍にも激しく反応した。自分から待ち望んだ最愛の男の肌に身体を擦り寄せて。
(我が王妃、か。婚儀など、正妃を娶る婚儀など典礼に定められただけのことなのに何故、あそこまで思い入れたっぷりに振る舞えるかな・・・。
美しく気高い姉上も、所詮ただの女か)

だが、同じ血を引き、同じ時間を過ごした相手はメンフィスの心に不思議な安心感を与える。気心の知れた同志のような相手。
(同じネフェルマァト王の血を引く我らから新しい世代が生まれるのか)
メンフィスは愛しさにも似た感情を初めてアイシスに覚えるのだった・・・。
620名無し草:03/06/01 13:59
キタ━*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(゚∀゚)゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*━!!!!! 

アイシス好きだ〜〜っ!! 
621後宮物語:03/06/02 11:17
>>610
52
(王子は・・・来てくれない)
キャロルは隣室に控えているムーラら宿直の侍女たちに悟られないように寝返りをうち、吐息をついた。枕も夜衣の袖も、そして手首に巻かれた包帯も苦い無言の涙で濡れている。
(来てくれたらどうだというの?何を言うの?あの人を責めるの?それとも縋って泣いて甘える?
馬鹿ね・・・どうしたって無駄なだけよ。自分の誇りと引き替えにあの人の同情を買うだけ。そこまでしたいの?キャロル?)
夜は驚くほど長く、寝台は冷たく広すぎた。いつもなら戸惑うほど過剰な愛情を傾けてくれる青年が添い寝をしてくれるのに。

(あの人を信じてここに居ようと決めたわ。たとえ後宮の中の一人でも良いから初めて好きになったあの人の側に居たいと思ったの。全てを覚悟して、全てを捨てて・・・。
でも、でも惨めだわ・・・)
ミラの仕打ちがひどく堪えた。権高な美貌の側室はキャロルを侮辱し罵倒した。強くあろうと心を強く持つキャロルだが、張りつめすぎた心は衝撃に耐えられずぼろぼろになった。
全ては嫉妬に狂ったミラの狂言だとキャロルは知るよしもなく、祈るような気持ちで王子を待つだけだった。

じき夜も明けようかという時間。
酒を過ごした時特有の頭痛を覚えながらイズミル王子は目を覚ました。そこは側室ミラの寝所で、側にはしどけなく夜衣をはだけたミラが眠っていた。
(しまった、姫の許に行ってやろうと思っていたというに!)
王子は素早く起きあがり、寝ぼけ眼の宿直の侍女たちに見送られてミラの部屋を後にした。酒やきつい香料の匂いが肌にまつわって不快だった。

「姫はどうしているか?うっかりしてしまってな・・・」
王子を出迎えたムーラは手短に告げた。キャロルの手首から紅玉髄が消え、王子の思い人はひどく憔悴し、泣くばかりだと。
「なに・・・」
王子は瞬時に悟った。自分を引き留めて離さなかったミラ。紅玉髄の飾りが増えているように思えた首飾り。何故、まだ着けていたのか?
(ミラ・・・・。この私を愚弄する気か?)
622後宮物語:03/06/02 11:18
53
ぎいっと軋むような音がして寝所の扉が開いた。
キャロルが身を起こすより先に王子が寝台にやって来て、キャロルを無言で抱いた。
「遅くなった・・・許せよ」
王子の肌は暖かく、安心できる匂いがしてキャロルはふっと緊張感が緩んだ。
「さぞ心細かったであろう。許せよ」
王子は優しく囁き、幼子を宥めるように小さな背中を、白い額を、金色の髪を撫でた。
後宮を持ち、女達の華やかに残酷な争いを冷徹に見通している王子であったが、今回のミラのやり方にはいささか驚かされた。気位の高い側室がキャロルに手を出すとは。王子はキャロルの手首の包帯にも気付いていた。
(私が姫を愛しく思い、大切に扱うことは決して姫のためにはならぬのか。
姫を愛すれば愛するほどに、姫を傷つけ追い落とそうとする輩が出てくる。
後宮の争いはやがて表宮殿をも巻き込むやもしれぬ。くっそう、国のためにと迎えた女達が、このような形で私を悩ますとはな。
・・・誰かを・・・かけがえのない大切なる者とすることは相手にこそ苦しみを強いることであったのか。
私は只人ではない・・・・ゆえに・・・。私の側にいることは苦しみと危険を伴うこと、か)
王子はキャロルの顔を上向かせた。涙に濡れ、疲れ果てたその顔を哀れにも、また艶めかしくも思う王子。
「幾度でも申そう。そなたは私のただ一人の女人ぞ。何も心配することはないのだ。私がそなたを守ってやる、そなたはただ私を信じて、私を・・・私を愛していてくれればよいのだ」
手慣れて流麗に流れる口説も今は歯がゆかった。真実の想いを籠めているのに何と空虚に響くのか。
それはこれまで数多の女人を仮初めに愛し、はかない望みを抱かせた報いか。

(王子・・・・。香料の移り香。女の人の・・・誰か他の人を抱いた残り香)
キャロルは驚くほど強い力で王子を押しのけた。
「私は大丈夫です。だから放っておいて。・・・・・・誰か他の人の所に居たくせに!こんな明け方に恩着せがましく来たりして!馬鹿にしないで!
わ、私じゃなくても誰だっていいのでしょうっ?」
心にもない言葉が口から迸る。キャロルは今度こそ声をあげて泣いた。
623変身:03/06/02 13:44
「禁断の恋をしよう」とゆーまんがが元ネタです。読んでいただけると嬉しいです。


いつもこの庭には私とあなただけだったのに。
書物を読むあなたのために日差しを遮り、あなたのために甘い果実を実らせ、あなたのために美しく在る。
あなたが好きで、あなたも私が好きで、それだけで幸せだったのに。
あなたは成長し、私は老いた。
あなたは残酷にも他の女を伴って私のところにやって来た。

金色と白と碧の女。いえ、女と呼ぶにはまだ幼い。性の匂いすらしないそんな子供。愛らしいけれど幼くて、あなたが好む複雑な陰影のある美しさはない。
なのにあなたはその女を愛する。
口づけ、淫らに触れ、優しく慈しみ、くまなく改めて味わって、子供を女にしようとする。
私とあなただけのこの美しい奥庭で。あなただけを見てきたこの私の目の前で。
私が散らせる花びらは私の涙。
なのにあなたは昔と変わらぬ微笑を浮かべ、美しい、と言ってくれる。
あの女の白い頬に口づけながら。

ある昼下がり、薄紅の花びらの彩る草のしとねであの人は娘を女にした。
私はあの人の心を奪った憎たらしい子供が、声をあげ涙を流して女になる瞬間を見ていなくてはならなかった。
624変身:03/06/02 13:44

「きれい・・・・」
王子の肩越しに見える杏の木を見上げてキャロルは呟いた。
「私が子供の頃、はるか東方の国より献上されてきたのだ。甘い果実、涼しい木陰、私の気に入りの場所だ」
王子は一糸纏わないキャロルを膝の中に抱き寄せながら言った。
王子の庭は許しがなければ誰も入れない。その庭でお気に入りの恋人キャロルを抱くのが王子の密かな愉しみだった。
肉付きの薄い子供っぽい身体は未だ王子を受け入れるのに少し苦痛を覚えるらしかった。接吻の仕方から始めて、男を迎え入れるときの身体の開き方まで入念に教え込むほどに王子はキャロルに入れ込んでいた。
「いつもここで一人、書物を読んだり、考え事をしたりするのが好きだった。
そなたが初めてなのだ、ここに来ることを許されたのは」
王子はそう言って花びらを、少女の肌にのせてみた。接吻の跡に、乳嘴に、未だ火照る茂みの上に。
「いやだ、恥ずかしい・・・」
男の戯れにキャロルは真っ赤になって身をよじった。しかし好色な男の目から見れば、それは何とも積極的な誘いの仕草・・・。
「私がこんなに好色になるのは、そなたの誘いがあまりに甘美で抗いがたいゆえ・・・」
王子は指で脚の間を探り、泉を湧き出させながら耳朶に囁きかけた。
625変身:03/06/02 13:45
1.5

不意に。
ごうっと風が吹いた。強い風は杏の花を吹き散らせ、一瞬視界を奪った。
そして風が止めば。

王子の腕の中には10歳になるかならぬかの幼姿に変じたキャロルが居た。
626変身:03/06/02 13:46

「一体、どうしたことかな・・・・」
王子は途方に暮れたようにキャロルを見つめた。
キャロルは幼女の姿になったままだ。幼い姿はさらに幼く頼りなげになり、王子を途方に暮れさせた。
キャロルもまた訳が分からず、固い表情で王子に縋った。

王子妃はにわかの不例ということで居室に籠もりきりとなった。王子と限られた侍女しか目通り出来ない。
「姫君のお加減は変わりませぬ・・・」
困り切った表情のムーラが王子を出迎えた。ムーラ達に大切に守られているキャロルは王子を見て嬉しそうに微笑んだ。
背丈は王子の腰くらいまでしかなく、それはそれで愛らしく心惹かれる容姿であるのだが、キャロルと肌を重ねる喜びに夢中の王子には何とも物足りない。
そしてそのことはキャロルにも分かっていた。添い寝の折り、王子の欲望には気付かざるをえなかったから。

兄妹のように戯れる昼間、睦まじく清らかな添い寝。そんな日々が幾度重なったか。
「・・・・王子は私のこと、好きでいてくれる?」
「当たり前ではないか。何故にそのようなことを聞く?そなたがどのような姿であっても私はそなたが愛しい。ことさら聞かねば信じられぬか?」
「いいえ、ただ・・・」
キャロルは言葉を呑み込んだ。
「おやすみなさい、王子」
627変身:03/06/02 13:47

「呪術師に聞いても、占星術師に聞いても埒があかぬ。薬師、医師などもっと役に立たぬ。もう半月近くなるというに!」
奥庭の杏の木の下で王子は言った。側には子供姿のキャロル。
「・・・ごめんなさい、王子」
「そなたが謝ることではない。しかし何なのかな、魔術、呪術の類なら大概は破れるはずなのにな。まして、そなたは誰か人の強い恨みを買うような人間ではないはずだし」
王子は幼い唇に接吻した。でもそれは恋人同士のそれではない軽く触れるような接吻。
(そなたに触れたくてたまらないが、しかし子供を抱くのは倒錯じみているし・・・第一、壊してしまいそうで。姫とて嫌がるであろうし)

(王子はこんな姿の私からいつか離れていってしまうかもしれない)
一度、王子の手で火照りの甘美さを教え込まれた身体。キャロルは思い切って尋ねた。
「・・・・王子は私のこと好き?好きでいてくれる?あの・・・あの・・・身体の結びつきなんてなくても?」
幼い姿をしていても心は人を愛し求めることを知った女のそれ。
「当たり・・・・当たり前ではないか、そんなこと」
王子は思わず子供を強く引き寄せた。幼女は引き寄せられるまま、大柄な青年に接吻する。
「本当に?どんな姿形でも、私が私だから好きでいてくれる?たとえ・・・できなくても?私を抱きしめてくれる?」
「証拠が・・・欲しいか?私はそなたの心をこそ愛しく得難いものと思うておるに!」
王子はキャロルにのしかかった。キャロルは抗うどころか王子に縋った。
628変身 オニ:03/06/02 13:47

「怖いの、心細いの、王子、王子・・・」
「そのようにされては・・・・私は・・・・男は・・・」
「お願い、私を離さないで。しっかり抱いて。怖いの、怖いの・・・」
「良いのか?まこと・・・良いのか?私はそなたを傷つけ毀すや・・・も・・・」
王子に与えられた返事は強い強い抱擁。
「お願い、王子・・・お願い・・・!」

杏の花の下、誰も知らぬ秘密の倒錯の宴。
オリーブ色の肌をした大柄強固な体躯の若者が幼い白い身体を組み敷き貪る。
未だ膨らみを持たぬ細い頼りない身体。それでも慈しまれれば折れそうな身体は撓り、異性を誘う蜜を滴らせる。
男は舌を固く尖らせて、幼子の深い亀裂を入念に味わった。幼い形でありながら女の反応を見せる身体にいつしか王子も溺れて狂態はエスカレートする。
「そなたが愛しい。そなたがそなたであるからこそ、私はそなたが愛しい」
自身の情熱を未熟な花芯に浴びせかけ、王子は腕の中で達してしまった幼女に譫言のように囁いた。

そして・・・・・・・・・・・・・。

魔法はとける・・・・・・・・・。

狂ったように咲き、咲いたさきから散る杏の花の下・・・・・・。
629変身:03/06/02 13:48

私は天に還ります。
天に還れば沢山の姉妹達が私を迎えてくれるでしょう。東の果ての国でそうであったように。
さようなら、私の愛したあなた。
幼子であったあなたがいつしか美丈夫となり、私はあなたに恋をした。

あなたが愛した女の姿を変えて、あなたから遠ざけようとしたのにあなたは術に惑わされなかった。
あなたが幼姿の女を愛して見せたとき、私の中で何かが壊れました。

さようなら、あなた。
愛しいあなた。今となっては浅ましい私の心根をあなたに知られずに済んだのがせめてもの救いです。


王子の奥庭の杏が枯れたのはその年の夏のこと・・・・・。
630名無し草:03/06/02 13:56
週明け、嬉しいーーーーー!
631名無し草:03/06/02 14:54
新作いっぱいだー!
うれすぃ!
632名無し草:03/06/02 21:54
いいぞーう新作ーーーーーーっっT
633後宮物語:03/06/03 13:33
>>622
54
「あ、あの王子・・・。姫君は・・・」
「少し気が高ぶっている。一人で居るのが苦にならぬたちらしいゆえ、今日はそっとしておいてやって欲しい」
王子は心配のあまりか少し取り乱したムーラにそう言いつけると公務のために表宮殿に出ていった。

(しっかりした気性、自制心の強い落ち着いた性質よと思ってはいても所詮は子供か・・・。頭で分かってはいても心が理解せようとはせぬのだろう。
噛んで含めるように言い聞かせても少しも聞こうとはせずに怒って泣いて・・・。あのようなところは初めて見せるな)
キャロルを説得し、機嫌を取り結ぼうとしたのにどんなことをしても小さな佳人の心は解れなかった。
しかし王子はそんなふうに感情をむき出しにして泣いて怒る少女に戸惑いを覚えつつも愛しくてたまらなかった。慣れぬ小動物を手懐けるような愉しみ。
(また夕刻に・・・今宵は一晩かけて慰め、詫びて、あの小さな意地っ張りにつき合ってやろう。あの娘とて頭は悪くないのだ。私が悪気で姫の許を訪れなかったのだとは思ってはおるまい。
ただ悲しくて怒って、そのまま怒りの納め方が分からぬだけ。ふふっ、時間はたっぷりあるのだ、たまには喧嘩別れの朝というのも面白かろうよ・・・)
キャロルが何よりも愛しくて、こと彼女に関しては日頃の余裕も無くなりがちな王子ではあったが、今朝に限っていえばこの粋人は余裕綽々であった。

(誰もいない・・・)
キャロルは目立たないベールで全身を包んで部屋から滑り出した。ベヌトが市場に連れていってくれると約束した日である。
だがキャロルは緊張し、ともすれば涙しそうになりながら脱獄囚のように部屋を抜け出る。換金性の高そうな装身具、目立たず動きやすい服装、水袋、干した果物一袋、朝食の残り物・・・・。
キャロルは王子の許を去るつもりだった。
634後宮物語:03/06/03 13:34
55
「ああ、こちらですよ、あなた!」
ベヌトはキャロルを差し招いて召使い達が通る裏通路から王宮を出た。途中いくつもある関所のような扉ではミラから渡された鑑札がモノを言った。
「ほほ、秘密めかして怪しげなとでも言いたげですね」
ベヌトが笑いかけた。
「後宮からの女出入りは厳しく改められるのですよ。心配はいりませぬ。ほら、あそこを抜けたら外ですよ!」
緊張して冷たく強ばった白い手を引きながらベヌトは明るく言った。その指にはミラから与えられた紅玉髄と真珠で作った指輪が輝いていた。

「ベヌト、では頼みましたよ。あの金髪の姫を城門のところで待っている商人に引き渡して。さすればあの姫も好きなところに帰れましょう!」
「かしこまりました、ミラ様。目印は黒い髭に灰色のターバンですわね。ほほ、無事に“引き渡し”が済みましたらミラ様はますます御安泰。おめでとうございます」
「・・・」
「ああ、そうそう。ミラ様から賜りました真珠と紅玉髄で指輪を作らせましたの!もちろん職人は口が堅いですし、私もしょっちゅう着けて歩くような真似はいたしませんわ。
“分不相応”ですものね。でも折々は着けたいですわ。特別の折りになど・・・。ミラ様と私の友情の印ですものね・・・」
恫喝するように微笑むベヌトにミラは微笑を向けた。
「好きになさいな、ベヌト。あの姫を送っていってくれる時も着けると良いわ・・・」
ベヌトは勝ち誇った笑みを側室ミラに向けると下がっていった・・・。
635後宮物語:03/06/03 13:35
55.5
「・・・ベヌト、あのずいぶん歩くのね。あの私、少し一人で歩きたいんだけどダメかしら?」
「ええ?ああ・・・一人で、ね。そうね若い娘さんは一人歩きもしたいでしょう。でもあともう少し。ほら城門の所まで行きましょう!」
この娘はエジプトに帰らせてもらえることを知らないのではないかしらと遅らばせながらベヌトが気付いたときはもう遅かった。
城門の陰では辣腕の奴隷商人が待ちかまえており、「商品」キャロルを引き取った。
そして・・・ベヌトは何が起こったかも理解しきれぬうちに命を落としたのである。ミラに対してあまりに強気に出た美しい側女は。
636名無し草:03/06/03 14:22
をを、急展開!
637名無し草:03/06/03 14:31
キャロルはどこへ売られるんだぁ?それとも王子かルカが救出?
つ、続きプリーーーーズ!
638名無し草:03/06/03 17:24
次の更新待ちきれませぬ〜!
639名無し草:03/06/03 21:04
ミラのお約束ベタな悪役ぶりは、安心して読める。
640名無し草:03/06/04 07:29
「秘密」のつづき読みたいよぅ作家様。。
641後宮物語:03/06/04 13:26
>>635
56
「ベヌトっ!」
目の前で斬り殺された側女。キャロルは何が起こったかを充分理解する時間も与えられず、乱暴な当て身を食らわされ、頭からすっぽりと黒い袋をかぶせられた。
「行くぞ!へっへ、高く売れそうな女だ。お前ら、商品に手を着けるんじゃねえぞ。こりゃ極上品に化ける。処女のままで磨き上げて売り飛ばす!」
奴隷商人は上機嫌だった。これまでだって後宮の女達から頼まれて女を拐かし売り飛ばしたことは何回かあったが、今回の側室ミラからの「委託品」ほどの上物は初めてだった。
(ご側室様もこれでますますご安泰か。邪魔者は躊躇無く消して、その後は口を拭って知らん顔。女は怖いねぇ。
未来の名君よと仰がれるイズミル王子様は、てめえがおっかねえ雌蛇抱いて寝ているということに、さて気付いておられるのやら?)
奴隷商人は無感動にベヌトの返り血を拭い、死体を跨ごうとした。艶やかに美しい後宮の側女を殺したことで常にない不快感のようなものを感じていた。
ミラはキャロルを消すついでに、哀れな協力者ベヌトも消すことにしたのだった。無論、奴隷商人はその依頼を断らなかった。よくあることなのだから。
キャロルをひと思いに殺さなかったのは、自分をここまで追いつめた相手を思う存分、辱め、傷つけたいという肉食の爬虫類じみた執念ゆえだった。
「・・・・・おや・・・?」
奴隷商人は死体の指の美しい指輪に気付いた。真っ赤な宝石と純白の真珠が金の台座の上で煌めいている。
「・・・・・・王子のお印の紅玉髄・・・?へっへ、面白い。貰っていくか」
奴隷商人はキャロルを大きな櫃に入れると、素知らぬ顔で城門を出た。

やがてキャロルは意識を取り戻す。そこはハットウシャの城壁の外。奴隷商人は好色な目で彼女を見ながら、冷酷に宣言する。
お前は奴隷に売られたのだ。気取り返った顔はもう出来ないぞ、と。
642後宮物語:03/06/04 13:26
57(ダイジェスト版)
奴隷商人達の旅は早い。キャロルは幾度も幾度も脱走を企て、商人達に逆らったが白い肌にむごたらしい痣が増えるだけであった。
「頑固な女だな!何様のつもりかは知らねえがお前はもう売られたんだ。
脚を開かされねえだけ有り難いと思うんだな。ったく味見も許してくれねえんだからお頭もけちくさい」
(売られた・・・私が・・・・。慰み者になるために、辱められるために。
一体誰が?私、私・・・王子以外の人に・・・?故郷にも帰れないままに?)
キャロルは恐怖と不安に身も心も引き裂かれそうな心地を味わいながらも脱出のための不毛な努力を続けるのだった。

ハットウシャを離れて4日目の夕暮れ。夕食の支度よ、天幕の準備よと忙しい奴隷商人の一行の隙をついてキャロルは逃げ出した。足首には縄と、それを地面に繋ぎ止めていた小さな杭をつけ、手首にはやっと引きちぎった革紐をぶら下げたままで。
だが拙い脱走はすぐにばれる。奴隷商人達の罵声を聞きながら必死に走るキャロル。
そこに。
思いもかけない救いの手が差し伸べられる。王子の師ラバルナ老である。
瞬時に状況を悟った老人は奴隷商人達にキャロルの買い取りを申し出る。
「爺いが何をほざきやがる。これはわしらの大事な商品だ。貧乏くさいすけべ爺いはもっと他の売春宿でもあたるんだな。さぁ怪我して後悔しねえうちに・・・」
「お前達は自分が誰に、何をやっているのかまるで分かっておらぬらしいな。
愚か者でしかおられぬとは哀れな奴らよ・・・」
ラバルナ老の細い腕が素早く動いたかと思うと奴隷商人達は次々に地面に転がされてしまった。
それだけではない。老人の呟きに呼び寄せられたかのように大風が吹き、商人達はてんでに吹き飛ばされてしまったのである。
「お久しゅうございますな、姫君。一体何が、とはお聞きいたしますまい。
ともあれお救いできて良かった。さぁ・・・」
だが差し出された手をキャロルは取ることはしなかった。
「放って置いてください。私はもう・・・・行くところがないのです」
643名無し草:03/06/04 15:51
ラバルナじーさんが助けに来るとは思わなかったよ
じーさんとキャロルが出来て王子が滝涙っつーのはだめ?
644名無し草:03/06/04 16:22
>>643 イヤーン!(笑)

でもラバルナ老とは。ちゃんと伏線使っててイイ!
連日のウP嬉しいねぇ
645名無し草:03/06/04 20:01
ああ、展開が気になります・・・。
これからどうなるの?
わくわくどきどきですわ。
646後宮物語:03/06/05 11:27
>>642
58(ダイジェスト版)
「さぁ、今夜はとりあえずここで明かすとしましょうかの。もう何も心配なさることはない。もう誰もあなた様を傷つけはしませんわい」
「私はハットウシャには帰りません。王子の側には行きたくないのです。私・・・」
「その話はまた後で。今は休まれよ。そうすれば傷も早く癒えましょう」
ラバルナ師がキャロルの額にそっと人差し指で触れた。キャロルは呆気ないほど簡単に深い眠りの中に沈み込んでいった。

(王子が初めて愛された姫が奴隷に身を落とされ、王子を拒む強い言葉を口にされる。よほどお辛い目に遭われたのだろう。おいたわしいことよ)
殆ど見えぬ目の奥に焚き火の明かりの揺らめきを朧に感じながらラバルナ師は黙考する。
(・・・・・・・何が・・・・あったのかの・・・・)
老人は眠るキャロルに小さく詫びの言葉を呟くと、そっと手を額に当てた。そのまま不思議の術に通じた老人が何事かを唱えると、その脳裏にキャロルの記憶が流れ込んでくる。
映像は鮮明であったが、ひどく断片的で感情を押さえ込んでいるような印象を受けるものだった。
(眠りの中にあってもたやすくは記憶を、お心の内を明かすことはなさらぬか。心の強い御方だ。全て開けひろげになる者が多いというのに。ふむ、我が教え子の君もそうであったのう・・・)
それでもだいたいの事情を察したラバルナ師はこれからどうしたものかと悩んだ。
先日の伝書鳩ですでにキャロル失踪の件は知らされており、今回キャロルを救出できたのも幸運とそれ以上に、ラバルナ師の不思議な力に負うところが大であったのだ。

翌朝。起きだしたキャロルにラバルナ師は何も言わなかった。都に移動しようとも、無事を王子に知らせようとも何も。
二人は洞窟を仮の宿りとして静かに暮らしだしたのだった。
647後宮物語:03/06/05 11:27
59(ダイジェスト版)
(私はこれからどうなるのかしら?ラバルナ師はどうなさるのかしら?確か王子を訪ねてハットウシャに向かう途中のはず・・・)
黄昏ていく空を眺めながらキャロルは吐息を漏らした。洞窟で暮らし始めてもう一週間。ラバルナ師は穏和で知恵深い老人でキャロルを孫娘のように慈しんでくれた。キャロルはそんな老人に深く心を寄せるようになっていった。
王子がキャロルを神殿に伴うと言っていた日もとうに過ぎ、人界から隔絶された静かな暮らしは時間の流れから忘れ去られたようだった。
(いつまでもこんなふうにしていてはいけない・・・)
ラバルナ師の手当のおかげで傷も癒えていき、醜い痣も薄く消えかかっている。
思い悩むキャロルをラバルナ師は黙って見守っていた。賢く優しい性質でありながら、ひどく頑なで融通の利かないところもある潔癖な少女が殻を破るのを待っていたのである。

「・・・・おや、少し泣かれたかな? どうなされた?」
ようやく洞窟の中に入ってきたキャロルの気配に頭をあげたラバルナ師は静かな声音で尋ねた。
「何か心にかかることがおありですな・・・。どうでございます、少しお心の内の重りを吐き出しておしまいなっては?心配事や憂い事は長く持っていると毒となってお身体を蝕みまするぞ」
老人は近寄ってきた娘を本当の孫娘でもあるかのように腕の中に抱き、背中を撫でてやりながら聞いた。
キャロルは引き寄せられるまま跪き、老人の胸に頭をもたせながら訥々と話しだした。
648後宮物語:03/06/05 11:28
60
「・・・私、自分の心が分からないのです。ご存じでしょう、私は好きなあの人がいるからこそ、この世界を選んだのに・・・あの人は私一人の人ではなくて、私はあの人の周りにいる女の人の中の一人です。
愛しているから・・・そんな立場でも構わないとまで思い詰めて覚悟したつもりだったけれど、実際は耐えられませんでした。
あの人にだけ縋って、あの人が来てくれるのを待つだけにはなりたくなくて勉強もしたわ。あの人に全てを委ねるだけの生き方だけはしたくなかったから。
あの人なしでも大丈夫なくらい強くなってから、あの人を愛そうと思っていたの。でも無理。
気がついたら私にはあの人しかいなかったの。一番惨めで馬鹿みたいな生き方を私、選んでしまっていたんです。
私、あの人を好きです。でも好きになればなるほど私は私じゃなくなっていくわ。そんなふうにしかなれないのなら、私はあの人の側にはいられない。
だって、あの人が好きだと言ってくれた私は、そんな惨めで愚かな私じゃないんですもの」
嗚咽を堪えて気丈に話すキャロルの強さに老人は不思議な感動を覚えた。長く生き、広く深く世間を知っていると自負してはいたが、女性がこんなふうな強い自我を持っているとは初めて知った。
(なるほど、イズミル様が居並ぶ女達を蹴散らして心から欲せられたのも無理からぬ事。このように意志的な方がおられては!
以前、会ったときにはまだまだ子供であられたがずいぶんと成長された)
649後宮物語:03/06/05 11:39
61
「・・・姫君。それでもあなた様は私の教え子イズミルを愛していてくださるのですな? 何があっても、どんなに傷ついても?」
老人は穏やかに尋ねた。その見えぬ目に宿る不思議な光はキャロルの錯綜した思考を解きほぐし、心を落ち着かせる。
「・・・・ええ。でも苦しいばかり。王子を愛して、あの人も私を愛してくれてそれで幸せなんだと思っていたけれど・・・。愛しているのに。愛しているから何があっても耐えられると思っていたのに」
「姫君、愛とはそのように夢のようなものではございませぬぞ。愛があるからこそ全ては苦しくもなるのです」
はっとしたように顔をあげたキャロルに老人は言った。
「もっとお心をゆったりとお持ちなされ。あなた様は見かけ以上に自制心もお強く、しっかりした方じゃ。
愛、愛とあなた様はおっしゃるがおそらくはまだ愛の何たるかをご存じあるまい。愛しているから全て耐えられる、受け入れられるとは大間違い。
愛していればこそ相手を独占し、かけがえのない相手よと大切に胸の内に抱きしめておきたくもなる。お互いにただ一人の相手になりたいと願う。
もっと我が儘になりなされ。あなた様は何も考えずにただ一途に、私の朴念仁の教え子に愛していると言ってやってくださったことがおありかな?
おそらくはあの若年寄りに合わせて模範的なことばかり言っておられたのじゃろう。違いますかな?」
老人は面白そうに笑った。
「難しく考えなさるな。意地を張りなさるな。側に居たいと、側に居て欲しいと、何よりも誰よりもそなたが愛しいのじゃと言うだけでよろしいのじゃ。
いや、ただ抱きついて笑いかけてやるだけでよろしいのじゃ。
大丈夫。きっと姫君のお悩みは消えましょう。あなた様はイズミル王子を心から慕っておいでじゃ。そして・・・我が王子もあなたを愛しておられる。
さしあたってはそれだけで充分ではございませぬかな?あなたと王子の絆に他の者は立ち入ることはできませぬ。なのにあなた様は難しく考えてどんどん余分なものを入れてしまわれる」
650名無し草:03/06/05 19:11
長台詞だがイイこと言ってる!
651名無し草:03/06/05 22:08
激同
キャロルはちゃんと王子に再会できるよねっ?
652名無し草:03/06/06 00:16
クライマックス直前で週末に突入のヨカーン。
待ち遠しいね!
653後宮物語:03/06/06 13:00
>>649
62
翌朝。キャロルは自分を取り巻く風景がにわかに新しい輝きを帯びているのを感じた。
それはこれまで霧のようにまとわりついていたどこか現実味を欠いた雰囲気を一掃する光だった。そう、また時間が流れ始めたのである。
(何もかも吐き出してしまってずいぶんすっきりしたこと)
キャロルはてきぱきと朝食の支度を整えていた。と、そこにラバルナ師が戻ってきた。手には伝書鳩が留まっている。
「ラバルナ様、それは・・・」
「ハットウシャからの伝書鳩じゃ。賢いのう、このような場所まで私を捜してやって来てくれる。・・・王子からの書状をたずさえての」
ラバルナ師はキャロルに書状を手渡した。最初こそキャロルはそれが真っ赤な炎でもあるかのように触れられずにいたが、懐かしい筆跡の誘惑は抗いがたく、目を走らせた。

そこには。
キャロル失踪以来、少しも心休まらぬイズミル王子の苦悩と不安が溢れていた。
キャロルを拐かし、ベヌトを殺した犯人の奴隷商人は瀕死の状態で捕まったことが手短に書状に綴られていた。
そして奴隷商人は紅玉髄と真珠の指輪を持っていたがゆえに捕らわれたのだとも書かれている。ヒッタイト国内ではごくごく限られた人間しか持てない宝石。商人はどこからそれを入手したかという決定的な告白はせずに死んだという。
王子は師に問う。我が妃と定めた姫の行方はいずれかと。我が愛したが故に苦しめ傷つけた姫はいずれにあるかと。

「・・・・・これからいかがなされますかな、姫君」
ラバルナ師がそっと声をかけた。いつの間にかキャロルの頬は涙に濡れていた。
654後宮物語:03/06/06 13:02
63
ずっとずっと自分のほうがよりイズミルを愛し、それゆえに苦しんでいるのだと思っていた。だがひょっとしたらイズミルはキャロルが彼を愛するのより何倍も深く真摯に愛していてくれているのではないだろうか?
イズミルにはキャロル以外の女性がいる。だがイズミルはいつでも誠実であったではないか?
キャロルは他の女性を蹴散らし傷つけてまでイズミルを独占したかったのだろうか?イズミルがそうしてくれることを望んでいたのだろうか?
(いいえ、違う。私はあの人の優しさを愛したの。誰かの涙を踏み台にして愛されることを望んだのではないの。
あの人はこの世界で何の後ろ盾もない私を愛して守ってくれた。選んでくれた。他の女の人のように義理や義務で私を望んでくれたのではないの。
そして・・・そしてあの人が私を選んだように、私もあの人を選んで求めているわ。あの人があの人であるが故に!)
あの自信にあふれて傲慢なまでに強かった王子の苦悩に、キャロルは身体が震える思いがした。
キャロルはラバルナ師をまっすぐに見つめた。
「もしお許しいただけますなら、ラバルナ様。私をハットウシャへの旅のお供にしていただきたいのです」
老人は恭しく腰をかがめた。
「未来のお后様をご夫君の御許にお連れできるのは老いの身の誉れでございますな」
そして冗談っぽく付け加えた。
「じゃが姫君。御身はお妃であられる前に、我が教え子の恋人であられる。
恋人からただ一人の妻になるために何をせねばならぬか、男に何をさせねばならぬかはご存じじゃな?」
「え・・・?」
頬を赤らめたキャロルに老人は優しく言った。
「身分高き男であれば妾や愛人はいくらでも持てまする。じゃが身分の高低に関わらず、生涯を共に歩める妻は一人しか持てませぬ」

老人とその孫娘といったふうの二人連れが首都に続く街道に姿を現したのは、その日の午後のことだった。二人に先行して出発した伝書鳩はじき、出迎えの一行を二人の前に連れてくるだろう・・・。
655名無し草:03/06/06 13:33
ああ、また週末がーーー。
でもとりあえずキャロルは帰る気になったみたいだし、あとはミラだね。
656名無し草:03/06/07 00:59
よかったー王子よかったねー
ラバルナじいさん流石だ。
さてミラはどうなる?どうする?
657名無し草:03/06/07 22:37
土日だから進展はないと思いつつも覗きに来てしまいます・・・
658名無し草:03/06/08 18:03
来てしまった・・・。
わかっているのに。しくしく。
作者さま、身悶えしつつ待ってます。
659後宮物語:03/06/09 12:22
>>654
64
場面はハットウシャの王宮に移る。
「・・・姫は無事であったか・・・!」
伝書鳩が携えてきた報せに、イズミルの瞳には久しぶりに人間らしい暖かみを感じさせる光が宿った。
だが、やがて椅子から立ち上がったイズミルはその金茶の瞳に冷たく底知れぬ凄みのある炎を宿し、冷酷無比とも言って良いであろう表情をその秀麗な貌に刻んでいた。
その美しい悪鬼のような表情は言いつけられて旅支度を揃えてきたムーラをぞっとさせた。
「いつでも出立できるよう準備しておいてほしい。用事が済ませてすぐに発つ故」
イズミルはそういうと悠然たる足取りで後宮のある一室に向かった。

そしてここはミラの私室。イズミル王子の後宮一の権勢を誇る公認側室の美しい居間は、後宮中を騒がせたこのたびの騒動を噂する女達の声で姦しかった。

―結局ベヌトは殺されたんですってね。後宮を抜け出すなど恐ろしい反逆、謀反ですわ。死を賜る前に殺されたのは罰があたったということかしら?
―ナイルの姫も死骸が見つからぬのですって!奴隷商人が関わっていたらしいけれど結局、何も分からない・・・・。
―あら・・!ベヌトはエジプトに帰りたがっていたナイルの姫を誘って逃亡を謀ったのでしょう?反逆者は二人ですよ。
―王子はこたびのことでは何もおっしゃいませぬねぇ。もともとベヌトはご寵愛深いほうでもなかったけれど、ナイルの姫についてはご執心だったよう。
ご自分の所から逃げる蝶などより、美しいミラ様・・といったところかしら?

女達が噂している内容は全てミラが都合良く流した事柄ばかり。
だが後宮の女達は愚かではない。一段と声を落として、自分たちの生死をも握る側室の君の隠している事を探り合う。

―ミラ様はナイルの姫の出現にずいぶん狼狽えておいでだったようですよ。王子様のあの姫へのお扱いは普通ではなかったから。
―あの方の邪魔をする女人が‘また’いなくなったのです!ひょっとして・・・!
―ミラ様のお父様はこの国の大臣。王妃様のご遠縁。王子様にもご遠慮があるのでしょう。黒幕はきっと・・・様だけれど下手に処罰すれば表宮殿にも影響が。

ミラはそんな囁きを知ってか知らずか婉然と微笑み、周囲の女達を見下していた。
660後宮物語:03/06/09 12:23
65
女達の団らんは、イズミル王子の出現で破られた。その顔に穏やかな笑みを―不自然なまでに穏やかな笑みを―浮かべた王子は静かに人払いを命じ、ミラと二人きりになった。
「・・・王子様、ようこそおいでくださいました。一体どのようなご用でございましょう?」
ミラは落ち着き払って言った。相変わらず甘やかに美しく微笑みながら。
王子も同じように微笑しながら言った。
「そなたらが噂していた事柄についてだ。ベヌトを殺した奴隷商人は死んだ。女達を拐かした奴隷商人だ」
「恐ろしいこと・・・」
ミラは内心、今回の事件の真実を知る奴隷商人の死に快哉を叫びながら答えた。しかし同時に自分の頭上に恐ろしい剣が振りかざされていることも予感する。
「・・・・で、ナイルの姫君は・・・?」
ミラは思い切って先手を打った。その気になればこの側室もまた、彼女が愛する男性同様に感情や思考を押し隠した演技が出来るのだ。
王子は答える代わりにミラの膝の上に、紅玉髄と真珠でできた指輪を投げた。
死んだベヌトがミラからせしめた石で作らせ、ベヌトを殺した奴隷商人が奪った指輪だ。さすがにミラの頬がぴくっと震えた。
「・・・・私が紅玉髄を与えた者は、この世に二人しかおらぬ。大粒の全き円珠をした紅玉髄と、それより少し劣るいびつな紅玉髄。この指輪には後者が使われているようだ」
「・・・・・ですから・・・・・?」
王子の顔から作り笑いが消えた。
「内務大臣の娘にして側室たるミラ。そなたを再度、召し出すまでに身を慎んでおれ。これは王の勅命同様に心得よ」

そして場面は再度、変わってキャロルとラバルナ師の歩く街道。
ラバルナ師はキャロルに問うていた。こたびの事件はどのようにけりをつけたいと思うかと。御身はおそらくはおおかたのことを察しておられ、それは間違いではないだろうから、と。
キャロルは答えた。
「私の考えていることはあくまで私の推測。真実とは限りません。
証拠立てられぬことで騒ぎを大きくしたくないのです。全ては・・・・公正な裁きに・・・任せたいのです。結果がどうあれ、私はそれに従います」
661名無し草:03/06/09 12:37
ミラ強気じゃん。
っつーか支配者の嫁の資質はミラのほうがありそうな〜(藁
662名無し草:03/06/09 19:58
ミラが王太子妃になったら後宮の女性大虐殺だよ・・・。
こんな陰謀ばっか企んでつ女性はいやだー。
やっぱり私はキャロルがいいなあ〜。
663名無し草:03/06/10 13:02
>662
確かに。このミラのしたたかさは好きだけど、邪魔な女を殺しまくりそうなのは
ちょっと。
キャロルの帰りが待ち遠しい〜
664名無し草:03/06/10 15:00
私はどっちかというとミラのほうが辣腕王妃になりそうだと思う。
西太后とか中国系のおっかないお妃様風。自分の腹から男の子が生まれたら夫だってあぼーんする女丈夫さん
665名無し草:03/06/10 19:13
西太后は政治的にも優れた手腕を発揮したけど、
王子相手に簡単に陰謀の露見するミラではちょっと役不足っつー感じ。
せめて王子くらい騙せるほど賢くないと。
666名無し草:03/06/10 21:40
「大奥」観ながら、どこの国でもいつの時代も、権力者の女って大変・・・
ミラはミラでがんがってほしい
667名無し草:03/06/10 23:07
みんなキャロルかミラのファンでつか?
漏れはラバルナお師匠のファン・・・。
続きが読みたいよう〜〜。
668後宮物語:03/06/12 14:39
>>660
66
暖かい午後の日差しが降り注ぐ街道。その向こうに土煙が見えた。それはどんどん近づいてくる。10騎ほどの兵士がまっすぐ老人と少女の二人連れに走ってくる。

(王子だ・・・!)
キャロルは土煙を初めて認めたときからはっきりと分かっていた。王子が迎えに来てくれたのだと。騎馬の一行は皆、地味な兵士のなりをしていて、身分ある人間の立派な装束を着けた者はいなかった。
だがキャロルには分かっていた。あの中にイズミル王子がいる、と。
ひときわ大柄な兵士、先頭きって走ってくるあの兵士・・・・・。

「無事で・・・・っ!」
灰色の馬はラバルナ老とキャロルを轢き潰さんばかりの距離で止まった。転がり落ちるように馬を下りたイズミル王子は目の前の二人連れを凝視した。
ずっとずっと待ち望んでいた存在を。
(あ・・・・・・)
覚えている姿よりも少しやつれた男性の姿を見たキャロルはその場に立ちすくんだ。
もしも逢えたなら、ああも言おう、こうもしようとずっと考えてきたのにいざそうなると少しも身体は動かなかった。ただ心臓だけが身体の外に飛び出しそうな勢いで動いている。
ただ一兵士に身をやつすようにしてやって来てくれた金茶色の瞳の若者を見つめるだけしかできない。

イズミル王子もまた、キャロルを見つめることしかできなかった。
やっと逢えた愛しい娘。自分が愛したが故に傷つけ苦しめる仕儀となったその娘に、無事を祈る夜毎にどれほど詫びただろう。
愛するが故に苦しめ、幸せを祈るのであれば故郷に送り届けてやるだけでよいのに、それだけは絶対にできない苦しみ。
常に側近くに置き、守り、傅き導き、愛し・・・だがそれは初めて心から愛したキャロルを、後宮の女達の憎しみの矢面に立たせることにしかならないのだ。

王子は鉄の意志で恩師ラバルナに向き直った。そのまま、教え子らしく恭しく老師に礼をし、挨拶する。
「我が師よ、お迎えに上がりました。ご無事のお姿を拝見し、イズミルは喜ばしく思います」
669後宮物語:03/06/12 14:40
67
ラバルナ師は大きなため息をついた。そのおかげでキャロルの小さく哀しい吐息は誰にも気付かれなかった。
(やれやれ、このような時まで師弟の礼に拘るか。心の全くこもっておらぬ挨拶をされたわしこそ、いい面の皮じゃ。この小さい姫君の萎れよう、見ておれぬのう・・・)
ラバルナ師はそれでも、イズミルが引き連れてきた護衛の兵士の手前、そして何よりも自分の手前、照れているのだろうと察するだけの余裕はあった。
「イズミル王子よ、久しゅうございますな。わざわざのお出迎え、痛みいる。
さて・・・。こたびの訪問のお土産にとお約束しておりました宝石をお渡しいたしましょう。お改めあれ。どこにも傷はなく、清らかに輝かしい宝石じゃ」
ラバルナ師はキャロルの白い手を取って、イズミルの大きな手の中に託した。
その光景は神話の中の風景のようでもあり、他の兵士達はごく自然に主君とその師匠、そして金髪の姫から少し距離を置き、視線を下げたのだった。

「姫・・・。よく無事であった・・・」
王子の声は少し震えていたかも知れない。伏せた金茶色の瞳は少し潤んだような光を帯びていたかも知れない。
(ああ・・・・王子だわ・・・)
キャロルはまっすぐに愛しい人を見つめた。そのまっすぐな視線は王子の魂を射抜き、永遠に虜にしてしまうほどのものだった。
(もう迷うまい。徒に悩み、大事なものを見失うようなことはしない)
キャロルは差し出された王子の手を、自分の両手で包み込むようにした。
670後宮物語:03/06/12 14:41
67.5
「きっと来てくれるって信じていました。・・・・・・ずっとずっとあなたに逢いたいって祈っていました」
王子の目の中に暖かい光が、二度と消えることのない光が灯った。

騎馬の一行はラバルナ師とキャロルを気遣いつつ、ハットウシャを目指した。
キャロルは王子の馬に乗ったが、二人は言葉をほとんど交わさなかった。
だがお互いの暖かみは二人をこの上なく幸せな気持ちにし、キャロルは引き寄せられるままに王子の胸に身体を預けた。
やがて日没近い時間となり、一行は皮の近くで夜営をすることになった。手早く天幕が張られる。王子のと、その師匠のと、兵士のと。
王子は食事を済ませたキャロルを当然のように自分の天幕に導いた。
「あ・・・あのっ・・・」
狼狽えるキャロルに初めて王子は微笑を漏らした。
「そうだ、水を浴びるか。街道の埃はすごかったからな。大丈夫だ、私が見張っておいてやろう」
そういうと王子は軽々とキャロルを抱え上げ、水辺に寄った。兵士らは主君と、羞じらって賑やかに騒ぐその恋人を見ても少しも表情を変えなかった。少なくとも表面上は。
671名無し草:03/06/12 17:57
やったー!
王子、次はいよいよか?
672名無し草:03/06/12 18:55
うわーん、良かったよー
673名無し草:03/06/12 22:54
逢えたねー。
嬉しいー。
次が楽しみ。
674後宮物語:03/06/13 12:39
>>670
68
恥ずかしがってなかなか水から上がってこないキャロルを待ちかねた王子は、軽い細い身体をマントに包み込み軽々と抱き上げた。
「全く何をしているのやら。いくら満月夜とはいえ、夜の水には何が潜むやら分からぬに!・・・・さぁ、参るぞ」
キャロルは煌々たる月光に照らされた青年の横顔を見て、心ときめくのだった。

王子はキャロルを自分の天幕へと連れ帰った。簡単に設えられた天幕の内は灯火に暖かく照らし出され、何やら母の胎内のようにも思えた。
王子はキャロルの身体をしっかりと布で包み直すと、そっと低い簡易式の寝台の上に横たえた。そして自分は川の水で濡れた衣装をくつろげ、諸肌脱ぎになる。
キャロルは彫刻のようなその体から目が離せなかった。
(私・・・ずっとあの胸に凭れていたんだわ。あの腕に抱き上げられたんだわ。そして・・・)
真っ赤な顔をして、それでも初めて目の当たりにする愛しい男性の体から目を離せないでいるキャロルに王子はそっと微笑を漏らした。
布一枚で外と隔たっただけの仮の宿りではあるけれど、人目を憚らずにずっと探し求めていた恋人との再会を愉しめると思うと、イズミルは男の悦びを感じるのだった。

「ずっと、そなたに逢いたかった。そなたは私のただ一人の妻だ。私が初めて心から欲しいと思った相手だ。信じて欲しい、私の心を・・・」
王子は肩肘で体を支えて横たわると、優しく白い頬を撫でた。
キャロルはその手を包み込み、恥ずかしそうに口づけた。
「あなたが好きです。誰よりも何よりも。あなたの側にいては苦しいばかりと思ったこともあったけれど・・・でも私はあなたしか・・・」
蛹が殻を破るようにキャロルが布の内から白い腕を差し伸べた。白磁の胸元も露わになり、水ですすいだ清潔な肌が誘うように甘く匂った。
「そなたにとって私がかけがえのない者であるように、私にとってそなたは唯一無二の愛しき者。どうか姫よ・・・御身を我妻とすることを許されよ」
675後宮物語Ψ(`▼´)Ψ:03/06/13 12:40
69
いきなり王子がキャロルを組み敷いた。寝台がぎいっと撓るような音をたてた。
「あ・・・」
驚くほど間近に迫った男の顔を見て、キャロルは反射的に身をよじり逃げようとした。触れ合った肌が驚くほど熱い。
「あ・・・あの、やっぱり私、まだ・・・!」
だが王子は容赦しなかった。猛禽のような光を帯びた金茶の瞳がキャロルの動きを封じる。
「だめだ・・・」
イズミルはキャロルを覆っていた布を剥ぎ取り、地面に落とした。
「今宵、そなたを我妻とする。もう待てぬ。ここがそなたを永遠に娶る神殿となるのだから・・・」
欲望にかすれた声で王子は言い、首に下げていた嵐の神の護符を枕辺に置いた。
「そなたが欲しい・・・。二度と見失わぬように私の印を付けてしまわねば・・・」

男の大きな手が、まだ子供のままの細い手首を押さえつける。身動きの叶わぬ相手を王子は手慣れた仕草で改め、愛していく。
白いうなじに、胸元に唇で濃い紅色の刻印を押し、生まれたままの肌を舌と指先で弄ぶように愛し、少女が未だ知らぬ感覚を教え込んでいった。
「あ・・・・っ・・・・・!」
必死に声を抑えるキャロルだが、執拗に乳嘴を味わわれるうちに妖しい感覚が身の内に萌してきて甘い声が漏れ、艶めかしく身体が震えた。
「いや・・・・っ、もう・・・・」
「何が嫌なものか。そなたはこんなに私を求めていてくれる・・・」
王子はキャロルのもっとも女性らしい部分を慈しみながら呟いた。
キャロルを深く深く執拗なまでに愛して、ようやく王子は愛しい娘を女にした。

「そなたは私の妻だ・・・。私が唯一心を許した相手だ・・・」
王子は女になったばかりの娘の涙を唇で吸ってやりながら言い聞かせた。
キャロルは夢見るように微笑むとそのまま深く寝入ってしまった。
676名無し草:03/06/13 13:01
ああっ、これで週末も心安らかでつ、作家様。
あとはミラですね!
677名無し草:03/06/16 12:57
週明けなのにまだなのでつね
678名無し草:03/06/16 22:26
明日を楽しみにまってます
初めての創作でーす。
文庫本の5巻の最初のあたりに、王子がキャロルに花をあげてるっぽいシーンがあったのですが、そのシーンからの創作です。
コミックスだと10巻あたりになるのかな?

では、どうぞ


エジプトからキャロルをさらってここ数日、首都ヒッタイトへの道中イズミルは常にキャロルを監視し一時も傍から離さなかった。
しかし監視される事に疲れたキャロルはここ数日ふさぎこんでいるように見えるのだった。
景色を見渡せる丘の上でキャロルは考え事でもしているのかそこから動こうとしない。
イズミルはたまにはキャロルをそっと一人にしてやろうと、しばらくそこに放っておいた。


長身の身体にまとった衣装を風になびかせながら、王子はキャロルの横で腰を下ろした。
「風が冷たくなって来たというのにまだここにいるのか」
「王子・・・」
イズミルの長い薄茶色の髪が夕日に映えて美しい。
しかしキャロルにはこの男が美しければ美しいほど、冷酷で非情な恐ろしい存在に思えるのだった。
少しでも気を許せばこの男が生来持つ抗いがたい不思議な引力に引き込まれてしまいそうで、キャロルは王子が側に来ると身体を硬くせずにはいられない。
「ふふ・・・」
王子は整った唇の端を少し歪め、仕方なさそうに苦笑する。
何度優しく微笑みかけても、この娘は頑なにイズミルの求愛を拒む。
ヒッタイトの王子であり、眉目秀麗なこの男を拒むような女など一人としていなかった。
どのように冷たくあしらおうとも女とは媚びて来るものであったのに、この少女だけは全く違う。
しかし、皮肉な事にこの少女が頑なであればある程、イズミルは狂おしい想いを募らせる。
時おりキャロルの従順でない態度に怒りを覚え憎く思う事もあるが、それは愛しさゆえこと。
キャロルの体温が衣装越しに伝わってくるほど距離は近いのに、両腕で自分の身体を抱きしめ身を守ろうとするキャロルの態度は、イズミルとの心の距離をひどく感じさせる。
「そなたが好むだろうと思ってな・・・」
王子の大きな手が開かれると長い指の間から色とりどりの花がハラハラと舞い落ちた。
キャロルは反射的に手を伸ばし、膝の上落とされる花を両手で受け止めた。
「王子・・・?」
キャロルは王子のはしばみ色の涼しげな瞳を見上げる。
時に恐ろしいほど冷酷で鋭利な光を宿すその瞳は、今はとても穏やかで優しげな深い色に見える。
このような一時の優しげな雰囲気に惑わされてはいけないとキャロルは自分に言い聞かせる。
自分を探るようなキャロルの視線に気づくと、王子はひきしまった口許に優しげな笑みを浮かべた。
「なぜ、私を見るとそのように身体を硬くするのだ。
・・・私はそれほどに恐ろしい男かな?」
キャロルの膝の上に散らばる花を一本そっと取り上げると、王子はその茎を短刀で短く切り落とした。
黄金に輝くキャロルの髪のこめかみのあたりに花を結わえる。
イズミルの摘んだ薄紅色のその花は、キャロルの可憐さによく似合った。
王子の指が髪を梳き、その指が耳たぶに触れる。
その長い指が触れる部分に、わずかに電流のような痺れが肌を走る。
王子の動きを制止しようにも、身体がすぐに動かない。
「そなたに良く似合う。」
満足げに目を細めてキャロルを見つめる。
「もう少しこちらを向いて、良く見せよ」
王子はキャロルのあごに指をかけて上を向かせた。
「やめて」
キャロルは自分の頬が熱く紅潮してくるのを感じて王子の手を振り払おうとしたが、彼の力の方が強かった。
なぜだかキャロル自身解らないのだが、イズミルに触れられ見つめられるとひどく落ち着かないのだ。
とても彼の瞳をまともに直視できず、視線を脇にそらした。
「私の何がそれほどそなたを恐れさせる?
この私がそなたに危害など与えるはずがなかろう。」
イズミルはばら色に染まったキャロルの頬を愛しげに指でなぞった。
キャロルはたまらず目を閉じる。
「お願い、私に触らないで・・・お願い」
「ふっ・・・顔に似合わず強情な。
まぁ、よい。今はまだそなたの我がままも強がりも許そう。
そなたを首都ハットウシャへ連れ帰ればすぐに私の妃にする。
例え否と申してもそなたは私に抗うことはできぬ。よいな。」
「いやよ!
どうして分かってくれないの?
妃になんてならないわ。
私はこの時代の人間じゃないのに。
あなたがヒッタイトの王子だろうと、私に命令なんてできないのよ!」
端正な表情が一瞬強張る。
さっきまでの優しげな表情がすうっと消え、冷静で意思の強そうないつもの王子の表情になる。
「そなたはまだ自分の立場を理解しておらぬな。
少し解らせる必要がある。」
イズミルは否応なくキャロルの身体をグッと自分の方へ引き寄せ、膝の間にかき抱く。
「いや・・・」
長い両足がキャロルの身体を両側から挟み込み、一切身動きができない。
「いや、いやっ・・・離して」
「無駄だ、そなたの細い腕では私の力にはかなわぬ。
大人しくいたせ」
キャロルが抵抗しようにも、筋肉質な胸も力強い腕も両脚もビクとも動かない。
それどころか抵抗するほど乳房がイズミルの胸に押し当てられてしまう。
衣装越しの柔らかな乳房の感触はイズミルを押さえがたい衝動へと駆りたてる。
唇をキャロルの唇に押し当てると、身動きできぬようきつく抱きしめた。
「ン・・・」
苦しいほどに抱きしめられ、息も出来ぬほど口づけされる。
その柔らかで甘い唇を吸いたてていると、イズミルは今にも理性を失いそうになる。
この小さくたおやかな身体を我が物にしたい。
この少女の何もかもを我が物にしたい。
その為になら他の全てを捨てても良いと思わせるほど、それは強く激しい衝動だった。
狂おしいほどに愛しく思うこの胸の内をどうしてわからせようものか。
無理やりに身体を奪うのはいとも簡単であるが、キャロルを傷つけるのはイズミルとて本意ではない。
力づくで奪ったところで、キャロルは心を閉ざすだけだ。
真に欲しいものはキャロルの身体ではない。
「んんっ・・・」
キャロルが苦しそうな事に気づくと、イズミルは唇を少し離して呼吸をさせてやった。
「愛しい・・・愛しい姫。
これほどまでに私がそなたを想うというに、なぜ私から逃げようとする?」
キャロルの頬は紅潮し、唇は濡れ、息苦しそうな呼吸が漏れる。
イズミルが傍に寄れば身体を硬くするくせに、いったん口づけをしてやるとキャロルの身体はとたんに柔らかく崩れ落ちそうになるのをイズミルは知っている。
「私にこうされるのは嫌か?」
イズミルの舌がキャロルの口中に忍びこんで来た。
いつもならばイズミルの舌の進入を許さないキャロルなのに、今日はいとも簡単に唇が開かれた。
イズミルは初めて味わうキャロルの甘く柔らかな舌の感触に忘我した。
そのとろけそうな感触は、他の女では絶対に味わえない特別なものだった。
なぜこの少女の何もかもがこのように自分を狂おしい程夢中にさせるのか、イズミルには不思議でならない。
今までにない激しい口づけはキャロルの思考を止めた。
胸も頭の中も熱気にさらされたかのようにただ熱く、何も考えられない。
キャロルは訳が分らなくなり、少し恐ろしくなって震え始めた。
「・・・少し驚かせてしまったか。
まったく・・・そなたは愛しいな、そのように震えて。
何も恐ろしい事はいたさぬ、そのまま私に身を任せればよい。」
イズミルの両手がキャロルの背中や髪を愛しげに愛撫する。
それは例えようも無く心地よいものだった。
しかし唇がキャロルの白い首筋に触れると反射的にキャロルの身体がのけぞった。
「ああぁっ・・・」
全身がビクッと引きつり甘美な痺れがキャロルの身体を走る。
止めようとしても声が漏れた。
「そのような声を聞くと・・・私は・・・もはや自分を止められぬ」
切なく苦しげなかすれた声でそう呟くと、イズミルの唇は首筋を這い降り、柔らかな隆起を描く胸の谷間に降り立った。
イズミルの指がせわしげにキャロルの衣装の胸元をほどいて行く。
「姫・・・そなたが欲しい・・・欲しくてたまらぬ・・・!」
胸元が冷たい空気にさらされるのを感じたキャロルは、心地よい恍惚感から急に現実に引き戻された。
「いやよ!いやっ、やめてっ・・・!」
イズミルによって乱された胸元を両手でたぐり寄せ、また身体を硬く強張らせた。
「姫・・・どうした?」
イズミルにキスされてから暫くの間に起こった事は、まるで夢の中の出来事のようだ。
全く抵抗する事もできず、自分の身体であるのに思い通りに動かす事すら出来ない。
いや、あまりの甘美さに抵抗しようとする意志さえ失っていた。
自分をこのようにしてしまう王子をキャロルは一層恐れる。
「・・・ひどいわ、王子」
「姫・・・?」
イズミルは乱れた髪をかき上げると、心配そうにキャロルを見た。
キャロルの瞳いっぱいに涙が溜まって、瞬きをすれば零れ落ちそうになっている。
そんな瞳でイズミルをにらみ付け、身体に回された腕を振り解こうとする。
「いや、こんな事するなんて・・・もう触らないで!離してよっ!」
「そうか・・・そなたには少し刺激が強すぎたかも知れぬな」
真っ赤になって彼の腕から逃れようとするキャロルの姿は愛しくてたまらず、今しばらくは腕を解いてやる気にはなれない。いっそう強く抱きしめた。
「他ならぬ愛しいそなたの頼みといえど、それは聞き入れられぬな。
あのような可愛い声をあげておきながら、離せとはいかに?」
はしばみ色の瞳がキャロルの瞳を覗き込む。
「やっぱり私・・・王子は嫌い」
キャロルはそう言うと王子は少し傷付くだろうと思ったが、思いのほか彼は勝ち誇ったように口端に笑みを浮かべている。
「・・・そうかな?
私に口づけされる時のそなたはそうとも思えぬが」
血の気が一気にあがり、頬がカッと熱くなる。
王子がその気になれば、キャロルに抵抗などさせず意のままにする事は彼にとっては至って容易な事なのだ。
イズミルはそれを良く承知の上で、キャロルの反応を楽しんでいる。
「そなたは口ではいやだと言っておきながら、私が口づけしようものならとろけそうになるのだからな。
ふふ・・・はたして私はどちらを信じればよいものか、なぁ姫よ。」
「イヤ、イヤ!もう言わないでっ!!」
キャロルはあまりの恥ずかしさについに泣き始めてしまった。
「分かった、分かった。
もうそなたを苛めるのは止そう。」
イズミルはキャロルの瞳から溢れる大粒の涙を唇で吸い取ると、改めて頬に愛しさを込めてキスをした。
王子のキスは限りなく優しくキャロルをいたわるものであったのに、キャロルは王子の前でなす術も無い自分の無力な存在を悔しく思って泣いた。
「いやよ・・・嫌いよ・・・王子なんて・・・本当に嫌いなんだから」
キャロルが悪態をついたところで、王子はクスクスと笑うだけである。
「さぁ、参ろう。もう暗くなって来た」
キャロルを軽々と抱き上げると夜営をしている天幕の方へと歩き始めた。
686名無し草:03/06/16 23:44
どきどきの新作が〜〜〜!
作家様、ありがとうございます!!
天幕の中、イズミルは苛立ちを隠せない声でキャロルに問うた。
「・・・・姫、一体どういうつもりか?」
「・・・・・・・・・」
キャロルはイズミルを見ようともしない。
「私と一言も話さぬ気か?」
「・・・・・・・・・」
さきほど天幕に戻って以来、キャロルはイズミルと口を聞こうとしない。
キャロルの好物の果物を与えようが、ぶどう酒をすすめようが一向に機嫌が治らない。
「ふん・・・まことそなたは強情だな。
私と話さぬならそれでも良いが明日は早くここを発つゆえ、今宵は早く休まねばな」
寝台の上に横たわりながらイズミルはキャロルにも早く床に着くよう促す。
「・・・・王子と同じ所で寝るのはイヤよ」
寝台から一番離れた所に座り込み、イズミルを睨み付けている。
「何を駄々をこねているのだ。
そのうち私の胸で安心して眠るようになる・・・さあ、早くこちらへ参れ」
軽く微笑でかわされ、キャロルはむきになって再び言い放った。
「王子と一緒では眠れないわ!」
「ならば、どの天幕で眠る?
兵士達の天幕で寝るわけにも行くまい」
「・・・・・・・・・・」
「早く参らぬか。
そんなところに座っていると身体を冷やすであろう、早く」
「イヤよ!!何をされるか分からないものっ!!」
今日の昼間の出来事のせいで、イズミルと同じ床に入ることを恐れているらしい。
一向に動こうとしないキャロルに業を煮やしたイズミルは、床から起き上がるとキャロルを抱き上げた。
「いやっ!!何するの、離して」
キャロルは力の限り抵抗する。
「いやぁっ!!やめて、お願い・・・」
あまりにキャロルが必死で暴れまわるので、長いため息をつくとイズミルは呆れるように言い捨てた。
「安心するがよい。
今の私はそなたを無理に抱いたりはせぬ。
嫌がるそなたを抱いたところで私は満足できぬからな」
キャロルをいささか乱暴に寝台に降ろすとイズミルも彼女のすぐそばに横たわった。
キャロルは不満そうではあったが、イズミルに背を向けて横になった。
イズミルの腕が伸びでキャロルの髪を撫でた。
小さな背中がビクリと震える。
「今宵、私がそなたを無理に抱くのではと案じていたのだな?」
背を向けたままキャロルは返事をしなかった。
しかしキャロルのその背中からはイズミルに対する緊張感があらわに感じ取れる。
「抱きたいのは山々だが・・・そなたを泣かせたくない。
そなたを悲しませて、私の思いを遂げたところで私は幸せにはなれぬ。
泣いて暮らされては、私は辛いだけだ」
突然キャロルが寝返ってイズミルの方を向いた。
「嘘よ、王子は冷酷で、私の気持ちなんて考えたりしない人よ」
「なに・・・?」
王子は上体を起こしてキャロルに向き直った。
「どうしてそんな嘘を言うのよ。
私をハットウシャに連れて行って捕虜か罪人にするんだったらそう言ってよ!」
「捕虜か罪人だと・・・?
馬鹿な、何を的のはずれた事を」
「どう考えたってそうとしか・・・私を拷問にでもかけるつもりなんだわ。
妃にするなんておかしな事言うけれど、本当は利用して殺すんでしょう」
「姫、何度も私はそなたに申したと思うが・・・」
「殺すなら今殺したらいいわ!」
「姫!!」
イズミルの低い通る声で一喝され、キャロルはビクッと身をすくめた。
「今日の昼間の事は戯れ事でも何でもない。
そなたを妃にしたいと思っているのは、私がそなたを愛しているからこそ。
捕虜だの拷問だのくだらぬ事を言い立てて私を怒らせるな。
馬鹿馬鹿しい、なぜにこの私がそなたを殺さねばなるまい?」
「だって・・私は」
イズミルの唇が言葉を塞いだ。
筋肉質の重たい身体が上に覆いかぶさると、一瞬で身動きが取れなくなる。
「んん・・・」
昼間以上に情熱的に唇を吸い立てられると体中に甘い痺れが走り、あっという間に力が抜けていく。
王子の舌が唇を押し分けて入ってくる。
舌を吸われると、身体の痺れは甘く切ない疼きに変わっていった。
ずいぶん長い間キスされた後、やっと唇を開放された。
もうキャロルの瞳は虚ろで、唇からは乱れた呼吸が繰り返されるだけだ。
イズミルはキャロルを切なげな瞳で見つめながら、苦しそうに呟いた。
「姫・・・許せよ。
そなたに分からせるにはこうするのが一番早い・・・」
イズミルは寝台の上に腰掛けるように座ると、自分の膝の間にキャロルを座らせ、夜着を着せたままキャロルの太ももを優しく愛撫した。
もはやキャロルはイズミルに逆らう余裕もなく、心地よい余韻に浸っている。
どうしてこの男に逆らえないのか、自分自身でも分からない。
でも、もうそれすらどうでもよい事のように思える。
するとイズミルの指が突然、キャロルの両脚の間をまさぐり始めた。
「あっ、イヤ!」
キャロルが足を閉じるより早く、イズミルの指はキャロルの一番敏感な部分を探り当てた。
「なっ・・・何・・・王子・・・あ」
肌着をくぐり、キャロルの柔らかな草むらを掻き分け、王子の器用な指先が敏感な真珠を捉えた。
その小粒な肉粒を指の腹でくすぐるように転がすとキャロルの身体がビクビクと波うち反応した。
キャロルは恥ずかしい声を出すまいと必死に唇を噛んでいる。
か細いキャロルの指が必死でイズミルの腕の動きを制止しようとするが、イズミルは指の動きを止めること無く、キャロルの唇を再び吸い始めた。
指先でいたぶられると真珠はどんどん硬さと大きさが増してくる。
王子は指先を割れ目の下方へと潜り込ませた。
すると何という事か、キャロルの花びらからは溢れんばかりのトロリとした蜜が滴っているではないか。
イズミルの指に手のひらに、蜜は次々と滴り落ちる。
初めて触れるこの少女のすべやかな花芯の感触と蜜のぬめりにイズミルは激しく興奮した。
「おお・・・この・・・素直でない姫をどうしてくれよう」
イズミルは憎らしさと愛しさの入り混じった思いで言葉を吐いた。
再び指を真珠に戻すと、硬くしこり始めたそれをじれったく円を描くように責め立てる。
「あぁっ・・・王子・・・あああっ!!」
なんとも甘く切ない声をあげるキャロルに駆り立てられ、イズミルの指はキャロルの真珠と割れ目の間を何度もリズミカルに往復した。
指が真珠に触れるたび、キャロルはイズミルの腕の中で何度も身体を仰け反らせた。
イズミルの指で執拗に愛撫されるそこが熱を持ち、今にもはじけそうだ。
「ああっ、ああっ・・・」
生まれて初めての絶頂感がまさにそこまで近づいている時、突然イズミルの指がピタリと止まった。
「・・・・・・・王子?」
キャロルは閉じていた瞳をあけて、すがるようにイズミルを見つめた。
「・・・ふふ、さあ、どうして欲しい? わが愛しの姫よ。
そなたの望みのままにいたそう」
依然としてイズミルの指はキャロルの真珠の上でピタリと止まったままだ。
キャロルはもどかしさにいても立ってもいられない。
キャロルの瞳に哀願の色と涙が浮かぶのを、イズミルは不敵そうな笑みを浮かべて見守る。
「あ・・・・そんな・・・・イヤ・・・・イヤよ」
どうして欲しいとも言えず、かと言ってこの状態には耐えられない。
「耐えるのは辛かろう、さぁ申すが良い。」
キャロルを見下ろしククッと意地悪く笑った。
「やっ・・王子は意地悪だわ・・・イヤ、言えない・・・イヤ」
キャロルはイズミルの首にすがりついて許しを乞うた。
「よし、では代わりに私の質問に答えてもらおうぞ。
姫は私を愛しているか否か」
再び王子の指先がゆっくりと動き出した。
「あっ・・・わからない・・・・わからないのっ」
「何が分からぬ? そなた自身のことであろう?
私を愛しているかそうでないか、答えは二つに一つ」
指先の動きが強さと速さを増してくる。
キャロルの真珠はいまや痛いほどにしこっている。
さきほど一旦中断された事により、いっそう大きな波が押し寄せてくる。
「わからない・・・嫌いじゃないでも・・・あぁ、まだよく・・・・あっ、あああっ!」
身を震わせ、イズミルの身体にしがみ付きキャロルは生まれて初めての絶頂を迎えた。
イズミルはキャロルの答えを最後まで聞きたかったが、その前に彼女は腕の中で崩れ落ち意識を失ってしまった。
そのまま深い眠りに落ちてしまったキャロルの寝顔に優しく口づけをした。
愛しくて堪らないという風にキャロルの身体を抱き、共に寝台に横たわった。
イズミルの腕に抱かれ穏やかに眠るキャロルをよそに、眠るに眠れないイズミルは切なげに、しかし満足そうに呟いた。
「なるほど・・・嫌いではない、という訳か…ならば良い。
そなたを早く身も心も私の妃にしたい、私はもはや待たぬぞ!」
693(*^_^*):03/06/17 00:21
では、つづきはまた明日♪♪♪
感想などお聞かせ頂けると嬉しいです。おやすみなさい。
694名無し草:03/06/17 00:34
ヒッタイト道中記(*^_^*)作家様
新作大量うpありがたや〜うれすぃ〜〜
王子がお花あげてる場面好き好き!
明日も読めるんでつね、待ち遠しい〜
695名無し草:03/06/17 08:00
694までで残り24KB。
早目に新スレ立てときました。
http://that.2ch.net/test/read.cgi/nanmin/1055804321/
696後宮物語:03/06/17 19:15
>>675
70
イズミル王子がキャロルを伴って王宮に帰還したのは真昼の光目映い時刻だった。人々は仲睦まじい恋人同士を興味津々見守った。
後宮から勝手に抜け出た女は死罪となる決まりであったが、王子は手際よく国王夫妻にキャロルと共にラバルナ師を迎えに行ったのだと報告し、そのまま西宮殿に入った。
無論、王子の西宮殿で奴隷商人や死んでしまった側女のことなど、今回の「陰謀にまつわる噂話」を口にする者もいない。
後宮の女達は時として嫉妬深く愚かで陰湿ではあるけれど、ある種の「空気」を読みとる才能は長けていて、その他の諸々を圧倒した。
彼女らは王子が伴ってきた女性─金髪の姫がもう乙女でないことくらい誰にでも分かる─が自分たちの上に立つ存在となったことを瞬時に悟ったのだ。そう、追い落とされたミラに代わって・・・・。

ミラはすでに後宮にいなかった。イズミルとの短い会談の後、彼女は実家に下がっていった。しかし彼女は死を賜ることはなかった。
彼女は自決用の短剣の代わりに護符を贈られていた。謹慎用の狭い部屋に監禁されながら。
・・・・彼女は王子の子を身ごもっていたのである・・・・。

しかし、側室の懐妊がおおっぴらにされることはない。彼女は王子に対して大きな罪を犯した罪人なのである。彼女が生き長らえているのは偏に彼女の内にある高貴な血を守るためだけ。
キャロルが王子に迎えられた今となっては、その胎児はら危険で忌まわしいだけの存在なのだけれど。

新しく王子の側室となったキャロルの身辺の華やぎに比べれば、ミラの身辺は暗く冷たかった。ミラはただお腹の中に宿った愛しい男の子供をのみ心の支えにして生きていた。
彼女の冥い情念を、自分を追い落とした金髪の姫への憎しみの深さを誰が知ろうか・・・。
697後宮物語:03/06/17 19:16
71
「だいぶ髪の毛が伸びてきたな・・・」
王子は手の中で金色の髪の毛を弄びながら満足そうに笑った。
白いうなじに映える金色の髪の毛を彼はたいそう自慢に思っていた。肩を覆うほどの髪の毛にそっと花を飾ってやりながら王子は言った。
「さて、これほどに髪の毛が伸びたのであるから良い髪飾りを贈ってやらねばな。どのようなものが良いであろう?
紅玉髄はもう懲り懲りだ。そなたの瞳と同じ碧い宝石?肌の色と競うような真珠、それとも紫水晶、ラピスラズリ・・・」
キャロルは幸せそうに微笑んだ。
「あなたがくれるものなら何でも嬉しいわ。いいえ、あなたが側にいてそう言ってくれるのが嬉しいの」
「可愛いことを言ってくれる・・・」
王子は優しくキャロルのお腹を撫でた。ふっくらと丸いそこには王子の子が宿っている。待ち望まれ、祝福されて生まれてくる王子の和子が。
「良い子を産んで欲しい・・・」

ミラが女の子を産み落としたのは一年前のことだ。ヒッタイトでは女の子にも王位継承権は認められている。王位継承権を持った子の母は国母となる。たとえ罪を得て監禁状態にある女人でも、である。
王子は女児誕生、母子共々健康という報告を聞き、ひそかに舌打ちをした。これは王子の父王も同じであった。
だから。
王子はキャロルの産み落とす和子を心待ちにしている。このままミラが力を持つようなことがあれば、国王と、ミラを推した王妃は対立し、それは宮廷全体に波及するだろう。

そして。
月満ちて、王子の寵厚い側室キャロルは王子を産んだ。国中は熱狂して新しい王子を迎えた。キャロルは子を産んで3日もたたぬうちにイズミル王子の正妃に冊立されたのである。

キャロルは幸せだった。愛しい夫と子供を持ち、人々の信望も厚かった。
しかしその幸せがミラとその王女の不幸の上に咲く徒花だと言うこともキャロルは知っていた。
王子と、彼を愛する二人の女性、キャロルとミラの存在は国の将来に大きな影を落とすのであるがそれはまた別の物語である・・・・。
698後宮物語:03/06/17 19:19
というわけで最終回でございます。
かなり中途半端な終わりかたになりましたが、また子持ちになったミラとキャロルの確執@後宮のお話は書いてみたいです。
今まで読んで下さった方、黙ってスルーして下さった方どうもありがとうございました。
699名無し草:03/06/17 21:49
>「後宮物語」作者さま
ありがとうございました&お疲れさまでした。
ミラとキャロルの確執も是非読んでみたいので、
首を長〜くして待っています。
700名無し草:03/06/17 23:08
>後宮作者さま
ほんとうに名作でした!毎回楽しみにして読んでいました。
ありがとうございました。続きも是非!!
701名無し草:03/06/18 11:25
後宮物語作家様、お疲れさまでした&ありがとうございました!
ミラが実は懐妊していたというヒキに期待大!
続き書いて下さいね!
702名無し草
後宮物語り おもしろかったですー。
ラバルナ師の人徳にほれぼれ。
続編ができたらぜひ師を登場させてほしーですー。