僕は、学校では、あまり目立たないほうだった。クラスの連中とは、ほとんど話さななかったし、
ただ毎日登校して、下校する、そんな毎日を繰り返してた。部活もやっていなかった。
母さんは、僕がまだ小さい頃に家を出て行ったらしい。気づくと僕は、父さんと2人暮らしだった。
そんな僕の、いちばんの楽しみは、インターネットだった。
僕は、インターネットでは、誰とでもすぐに会話することができた。
今日も学校から帰ったら、すぐにパソコンの電源を入れた。
そして、いつものサイトに行き、チャットを開いた。「○○市の高校生専用」というチャットだったけど、
僕はまだ、市内の中学3年だった。といっても、誰にもわからないし平気だった。
チャットは、まだ誰も入っていなかった。
ひとりROMしていたけど、たいして気にもしていなかった。それに、最近では、いつもの事だった。
しばらくすると、常連の「ルン」がやってきた。
《 がち、オヒサ☆ 》 《 ルン、おひさー 》 これがいつもの挨拶だった。
そう、僕のハンドルネームは「がち」。「ルン」は、たぶん高校生だろう。
「ルン」の話すことといったら、彼氏についての相談ばっかだった。間違いなく女だった。
そのうちに「けん」や、「ぷるるん」もやってきて、常連がそろった。
〜つづく〜
いつものように、くだらないない会話をしていたけど、そのうちに、今までずっと、ROMだったやつが
入ってきたみたいだった。
ハンドルネームは、「魔幽大使」。
(ぷっ、こいつ、馬鹿じゃねーの。)僕はそう思った。きっと中1くらいのガキなんだ。
僕たち常連の考えは、みんな同じだったらしくて、誰も無視して、そのまま仲良く会話していた。
すると、その魔幽大使が言った。
《 おまえたちが。だれかわたしはわかっている。おまえたちは。そのうちのろわれて。しまうだろう 》
全部ひらがなだ。まったく、どこのくそガキなんだよ。でも、僕たち常連は、この程度の荒らしには慣れていた。
みんなは、無視していたけど、その魔幽大使は、調子に乗って、わけのわからない呪文を書き始めた。
それでもみんなは、しばらく無視を続けていた。でもさすがに、だんだん頭にきだした。
でも、やつに話しかけることは、絶対にしない。僕は、第2の集合場所に移ることに決めた。
〜つづく〜
第2の集合場所っていうのは、つまり僕のパソコンのことだった。
僕は、Windowsにウェブサーバーを入れていて、CGIでチャットを使えるようにしていた。
チャットのタイトルは、「がちの部屋」。ちょっとかっこ悪いかもしれないけど、僕は、気に入っていた。
そして、荒らしが来たときなんかに、いつでも常連のみんなを、ここに誘導できるようにしていた。
僕は準備ができると、“第2に飛ぶよー”と言って、みんなに教えた。そしてメッセでIPアドレスを
みんなに送った。みんなは、“おっけー”、“らじゃ!”と、すぐに了解して、少しずつ移動してきた。
そして、みんなが移動を終えると、「○○区の高校生専用」チャットは、魔幽大使ひとりになった。
“ざまあみろ!”僕は口に出して言った。さすがに、第2の集合場所は、こいつにはわからない。
そのあとは、また、みんなで楽しく雑談して終わった。
〜つづく〜
ある日、学校から歩いて帰ってると、女子商の生徒2人が話しながらバスから降りてきた。
僕は、その話に、なんとなく耳を傾けていた。すると、“その魔幽大使がさぁー・・・”と、ひとりが言った。
今確かに魔幽大使と言った。ってことは、この2人のうち、少なくとも1人がうちのチャットの常連だ。
僕は2人の顔を急に確かめたくなった。反対側の歩道に渡って、それから、チラチラと、わからないように
2人の方を見てみた。2人とも、けっこうかわいかった。僕は、なんだか嬉しかった。
その夜、また、いつものように「○○市の高校生専用」にみんな集まっていた。話していると、やがて
この前の魔幽大使の話になった。
《 あいつ、きっとガキだよな 》 と僕が打つと、
《 だよね。わたし、今日ガッコーで話してたのよ。 》 と、「ぷるるん」が答えた。
僕は、(ぷるるんは、もしかしてあの2人のうちのひとりなのかも・・・。) と思った。そこで僕は、
《 でもさ、バスの中とかで話したりしてて、実は後ろの席にいたりしてね。 》 と謎かけてみた。すると、
《 あ、やばw 》 《 がち、するどいっ☆ 》 と、「ぷるるん」が言ってきた。
ほかの連中は、
《 やだー 》 とか、《 こわーい 》 とか、ふざけていた。
たぶん間違いない。あの2人のうちのひとりは「ぷるるん」だったんだ。
〜つづく〜
次の日は土曜だった。僕は、夕方からみんな待っていたが、なかなかチャットに来なかった。
すると、「けい」という見慣れないハンドルネームの奴が入ってきた。
僕は、
《 けいさん、おはつです 》 と打ってみた。
「けい」は、
《 はじめまして。どうぞよろしく 》 と答えてきた。
僕は続けて、
《 高校生? 》 ときいてみた。
すると「けい」は、
《 じつは。ちゅうがく3ねんなんです。》 と打ってきた。
《 へぇ、そうなんだ 》 、《 なんでここに来たの? 》 と、僕が打つと、
《 わたし。かれもいないし。ひまだし 》 と打ってきた。女なのか?
でも、チャットではネカマが多いし、この程度の会話では信用できなかった。
それにしても、この、全部ひらがなと丸だけの打ちかたは・・・。
僕は、すぐに魔幽大使を思い出した。それで、ストレートにきいてみた。
《 きみ、まさか魔幽大使じゃないよね? 》
〜つづく〜
すると「けい」は、しばらくなにも言わなくなった。でも、やがて
《 すいませんでした 》 と打ってきた。
やっぱりそうだ、こいつ女だったのか、まったく!
僕は心で罵ったけど、丁寧に、こう打った。
《 もう済んだことはいいよ、でも、みんながイヤな思いをするから、二度としないでね。 》
すると、
《 はい。ありがとう。もう。ぜったいに。しないので 》 と、答えた。
(案外、素直だよな。)僕はそう思った。
《 なんなら、ここの常連になっちゃえば?きみが中学生ってことは内緒にしておくから。 》
同じ中学生だった僕は、なんとなく「けい」を仲間に入れたくなっていた。
「けい」は、
《 うれしいです。ありがとう 》 と、答えた。僕はおもわず、
《 実は僕も中3なんだ。でも、みんなには内緒だよ。 》 と、教えてしまった。
「けい」は、
《 そうだったんだ。じゃあ。もしかしたら。わたしたち。おなじがっこうかも 》 と、打ってきた。
《 もしかしたら、そうかもね。 》 と、僕は答えた。
そのあと僕は、「けい」に、第2の集合場所のこと、メッセが必要ってことも教えた。
「けい」は、
《 すごくあたまいいね。 》 と言った。
僕は、いつも夜9時くらいにみんなが集まることも教えた。「けい」は最後に、
《 がちさん。なかまにしてくれて。ありがとう。こんや。いきます 》 と言って、チャットから出た。
僕は、うちの仲間が増えて、満足していた。それに女の子みたいだし。
でも、「けい」は全部ひらがななので、読むのが疲れる。
それに、またあの調子で打たれたら、みんなに気づかれてしまうかも。そう思うと、僕はひやひやした。
とにかく、僕はリターンを押し続けて、ログをずっと下までさげた。そして、僕もチャットを出た。
〜つづく〜
夜になると、言ったとおりに「けい」は、やって来た。
《 こんばんわ 》
みんなは、思い思いに
《 おはつー 》 とか、《 やぁ!》 とか答えた。僕は、すかさず
《 僕の知り合いの「けい」です、みんなよろしくねー! 》 と、フォローした。
すると、「けん」が、
《 なんだ知り合いだったのか、じゃあ、第2も教えないとなー♪ 》 と言った。
僕は、
《 うん、もう教えてあるから大ジョブ 》 と言った。
突然、「けい」が、
《 おんなのこです。 》 と打った。そのとたんに「ぷるるん」や「ルン」が
《 へー!どこどこ、がっこーどこー? 》 とか、《 うちも知りたーい 》 とか言ってきた。
僕は、まずいと思い、あわてて、
《 けい、言わなくていいんだからね。 》 と打った。
《 はい。》 と、「けい」が答えた。
それを見て「ぷるるん」が、
《 なーんか☆2人☆あやしくなーい? 》 と打った。
「ルン」も
《 だよねー♪だよねー♪ 》 と打ってきた。
〜つづく〜
僕はちょっと焦った。でも、まるで本当に彼女みたいに言われたので、内心、うれしくなった。
でも「けい」は、どう思っているんだろう。僕は、思いついた。
《 これから、みんなで第2に行こうよ! 》
思った通り、みんなは、面倒くさがって、
《 別にここでいいよ 》 とか、
《 2人で行けばぁ 》 とか打ってきた。
僕は、
《 そっか、しょぼーん 》 と打つと、「けい」が
《 わたし行く。 》 と、打ってきた。「けい」の、はじめて漢字を使った発言だった。
「けん」が
《 あーあ、やってらんないよー 》 と言った。
するとみんなも、2人で行ってしまえと言い出した。
思っていたとおりの展開になった。みんながヒューヒュー言う中、
《 けい、第2に行こうか? 》 と僕は誘った。
「けい」は
《 うん、いいよ。 》 と答えた。
なんか急に、前からずっと友達だったような「けい」の言い方が、うれしかった。
僕はさっそく「がちの部屋」のアドレスを「けい」だけに教えた。
〜つづく〜
むこうのチャットを出て、「がちの部屋」で待っていると、すぐに「けい」が入ってきた。
《 こっちのチャットは。かわいいよね 》 と言った。
《 そう、うちの常連は、どうやら女が多いみたいだからね。
アンケートとったら、このデザインになっちゃったんだ 》 と、僕は答えた。
それから、
《 こっちのチャットは誰にも見られてないから、なにを言っても平気だよ 》 と僕は打った。
すると、「けい」は、
《 こんど。じっさいに。あわない? 》 と打ってきた。
なんか急に積極的だったので、僕はとまどった。
僕の正体がバレてしまう。だけど、彼女にも会ってみたかった。
どこの中学か訪ねると、隣町の中学だった。ちょっと考えてから僕は、
《 いいけど、じゃあ○○公園知ってる? 》 ときいてみた。
彼女は
《 うん。しってる。これからあう? 》 と言ってきた。
これからって、もう夜の11時だっつーの。こいつ、不良なのか。
〜つづく〜
僕はちょっと後込みした。でも、ナメられるのがいやだったので、
《 いいけど、けいは大丈夫? 》 と打った。
すると、
《 わたしは。だいじょうぶ 》 と、打ってきた。僕は、
《 じゃあ、これから行くけど、10分くらいかかるかも 》 と、答えた。
彼女は、
《 おっけー 》 と答えたかと思うと、すぐにチャットから出てしまった。
おいおい、マジなのかよ。僕は半信半疑だった。どうしようか、外は寒そうだし。でも、ゆっくり考えている時間もなかった。
僕は、おもいきって、公園に行ってみることにした。
僕は、父さんにわからないように、そっと部屋の窓から家を出た。そして、歩いて公園についた。
公園には、街灯がついていたけど、暗かった。
入り口から入ろうとすると、すぐ左に人影を感じた。“うわっ”
僕はおもわず声をあげてしまった。
〜つづく〜
そこには、黒いジャージ姿の、髪の長い女の子が立っていた。
その子は、腕を組み、なぜか後ずさりしながら、“がち?”“がち?”と、小声で確かめた。
“けいなのかよ?”僕は答えた。
“そう、そう” と言って、少しずつ僕に近寄ってきた。
僕よりちょっと背が高い、意外とかわいい女の子だった。
寒いので、ちょっと震えているようだった。
“それにしても、寒いよな。” 僕は言った。
道路を走る車のライトで照らされそうになった。僕たちは、おもわず草むらにしゃがみこんだ。
そのとき、顔がめちゃくちゃ近かった。「けい」は二重みたいでかわいかった。まつげも長かった。
僕は、ちょっと顔を離して言った。
“おれ、ほんとは「健二」っていうんだ、よろしくな。”
すると、
“わたしも、ほんとうは真美っていうの。”と、言った。息が僕にかかった。
いつのまにか、真美は僕の腕を掴んでいたが、パッと離して、
“あっごめん”と、言った。僕は“べつに、いいよ。”と、答えた。
〜つづく〜
“ところでおまえ、よくこんな時間に来られたな”と、僕が言った。
真美は、
“うち、お父さんいなくて、おかあさんも朝まで仕事なんだ”と、答えた。
“そうだったのか。どうりて簡単に出られたわけだ”と、僕は言った。
“健二くんも、よく来られたね”と、真美が言った。
僕は、
“ぜんぜん、普通だから”と、偉そうに答えた。
“じゃあ、寒いし、これからおまえんち行くか?” 僕は、さも不良っぽく言った。
すると、真美は、
“うーん・・じゃあ、いいよぉ。”とすこし鼻にかかった声で答えた。
僕は真美の言葉が信じられなかった。僕は、心臓がドキドキしていた。
僕たちは、道路を渡って、その先の橋を渡った。そして、少し歩くと、真美のうちに着いた。
真美のうちは2階建てのアパートの、2階の一番手前だった。
“失礼しまーす”と口をとがらせて言いながら、僕は真美のうちにあがった。
〜つづく〜
ちょっと見ると、どうやら右奥が真美の部屋のようだった。
真美は、台所で手を洗った。僕は、台所の床に座り込んで、
“おれ、女の子の家に上がったのは初めてなんだ”と、言った。
真美は、
“そうなんだぁ”と、言いながら、奥の部屋でなにやらカチャカチャと音をたてて、
やがて、クッションを持って、こっちに戻ってきた。そして、
そのクッションを腹に抱いて、僕の横に座った。
肩と、おしりの部分が触れているのがわかった。
しばらく、ふたりは黙って座っていた。
真美の顔を見ると、真美もこっちを見た。でも僕はすぐに顔をもどした。
すると、真美もまた下を向いた。そんなことを何回か繰り返したけど、
けっきょく、ふたりとも、黙ったままだった。
〜つづく〜
ふと見上げると、台所の時計は、もう12時だった。
それを見て、僕は急に眠気がさしてきた。
僕は立ち上がって、“そろそろ帰るから。またな、真美。”と、言った。
真美は、
“そう・・じゃあ送るよ。”と言って、立ち上がった。
“バカ、ひとりで帰れるよ。”と言って僕は立ち上がり、玄関のほうを向いた。
すると真美が、袖を掴んできて、“バカじゃないもん。”と、言った。
“ああ、ごめん。”と言って、僕は真美の家を出た。
外は寒かった。
僕は走って家に帰った。庭の窓から部屋に戻ってそのままベッドに潜り込んだ。
“すーぅ、はぁー。”僕は深呼吸した。
まみが僕の横に座ったとき、いいにおいがしたのを思い出した。
女の子っていいにおいだなぁ。
僕はそんなことを思いながらいつのまにか寝ていた。
〜つづく〜
次の日、学校の帰り、僕は、真美のことをずっと考えていた。
家に帰ると、さっそく、「○○市の高校生専用」チャットを開いた。でも、まだ4時だし、誰も来ていなかった。
僕は、「がちの部屋」を起動した。真美が来たら、すぐに移動しようと思った。
台所に行って冷蔵庫からジュースを持ってきて、マンガでも読むことにした。
ベッドで横になってしばらくマンガを読んでると、まえに、「けん」とチャットしたときの事を思い出した。
『・・・だから、本当は、おまえのWindowsは、サーバーをやっちゃダメなんだ・・』
『へぇ・・・』
『・・・いいか、Linux っていうのは・・・』
『うん、うん・・』
『・・そのライナスって人が・・・・』
『へぇ・・・』
『・・だろ、それには、アパッチとか・・・』
『ほう、ほう・・』
「けん」はとても詳しかった。高校でコンピュータークラブに入っているらしい。
結局5時になっても、誰も来なかった。僕はパソコンの電源を切った。
〜つづく〜