加田伶太郎「萌え」

このエントリーをはてなブックマークに追加
89Enigma
 それでは、少々疑問点を……

>(1)日米のトラベル・ミステリーの元祖
 まず、クロフツはイギリスの作家なんですが。
 で、そもそも英米に日本で言う「トラベル・ミステリー」というものが
あるのかどうか知りません。具体的に作品名を挙げて、どういった点で
クロフツが「元祖」なのか、教えてください。鮎川についても同様。

>(2)交通機関を使ったトリックの多用
 どの程度だと「多用」になるのか、あいまいでよくわからないのですが。
 私はクロフツの長編を20ほど読んでいますが、交通機関を使ったトリックは、
10作程度でした。残りの作品はどうかわかりませんが、多作というのは
どうかと思います。
 また、交通機関を使ったアリバイトリックなら、この2人に限らず
いろいろな作家が書いています。

>(3)探偵は警察官で平凡な印象、ストーリー中心に展開。
 鬼貫警部は平凡ではないです。煙草は吸わない、酒はあまり飲まない、
コーヒーよりもココアを好む、独身等々。そのストイックな生き方は、
むしろハードボイルドの主人公が似つかわしいとさえ思えます。
 また、鮎川作品がストーリーを中心にしているというのも、問題でしょう。
作者自身が、本格派の作家はまずトリックを考えて、それに合ったプロットを
立てるのだと書いています。鮎川作品は、あくまでトリックありきでは
ないかと思います。

>(4)アリバイ破りのパターン多し
 これも、「多い」がどの程度かわかりません。
 まあ、確かにそうだとしても、アリバイ破りのパターンが多いのは
この2人だけではありません。

>(5)地味な作風
 これも、あてはまる作家は沢山います。

 では、この2人の作風の違いについて、少し書いてみたいと思います。

(a) 冒険小説/アクションの要素
 クロフツの『製材所の秘密』、『フレンチ警部とチェインの謎』、
『フレンチ警部と紫委の鎌』は、本格よりもむしろ冒険小説の風味が
強く出ています。『チェイン』以外はトリックも使われていますが、
作品のポイントとしては副次的なものです。
 また、最後にフレンチ警部が犯人の銃口にさらされて危機一髪! とか、
犯人逮捕の大捕物があったりと、アクションの要素が出てきたりします。
『ポンスン事件』では、タナー警部が容疑者をヨーロッパまで大追跡
しますが、鮎川作品にはこうしたアクションの要素は皆無です。

(b) グループ犯人
 普通本格ミステリでは、犯人は単独か、せいぜい共犯が1人です。
ところがクロフツの作品では、4〜5人のグループ犯も何度かあります。
中には作中「ギャング」と書かれたものもあります。
 数えたところ、20作中5作でした。本格と呼ばれる作家としては、
25パーセントというのはかなり高い数字ではないかと思います。
鮎川作品で、グループ犯人を読んだ記憶はありません。

(c) 鉄道トリックについて
 鮎川作品では、長短編共に鉄道の時刻表を利用した作品がいろいろ
ありますが、クロフツの場合時刻表が重要な位置を占める長編は3作
しか思い浮かびません。鉄道がバックグラウンドになっていたり
(轢死など)、列車内で事件が起こるという話もありますが、列車
トリックという点では、クロフツはそれほど作品を残していません。
その他の乗り物を使ったトリックでも、乗り物の運行そのものよりも、
機械の一部分を利用したものが多いと思います。

(d) 科学捜査について
 クロフツのフレンチ警部は、科学捜査に必要なカバンを持ち歩いて
いて、それで指紋を調べたり、遺留品の検査を行ったりしています。
あからさまにオースティン・フリーマンの影響を受けている、というか
ほとんどまねです。鮎川作品では、こうした科学性は見られません。

 ということで、あまり反論になっていない部分もありますが……。
 最後に、記憶があいまいで申し訳ないのです。たしか北村薫氏の
文で、次のようなものを読んだと思います。

 鮎川哲也作『砂の城』の最後で、鬼貫警部が犯人のアリバイ・
トリックを見破る。その時読んでいるこちらは、目の前に立ち
はだかった壁ががらがらと崩れるような気がした。この「がらがら」
感の有無が、鮎川とクロフツの大きな違いだ。

 この文章について、どなたかフォローをお願いします。
 ハンドル・ネームについては、推理してみましょう。