105 :
名無しのオプ:
じゃあ話題を変えるためにももう一作。
『送り盆にて』
海水浴で賑わう浜辺。
その一角で初老の婦人が胸元にしっかりと遺影を抱きかかえ、優しい笑みを浮かべた亭主と一緒に海を眺めていた。
砂浜にシートをひき、腰を下ろして昔を思い返し、言葉にならず沈黙の時間が続く。
ここは彼女の一人息子のK太が7才のときにおぼれた浜。
子供たちのはしゃぎ声と海鳥のさえずりが波の音と合わさって鎮魂歌のように聞こえる。
仲の良い子供連れの家族を見ては昔の自分に重ねたりしてしまう。
そこには、若い頃の婦人と亭主と7才のK太になって楽しそうな家族連れとして映っている。
映像は変わり、人波をかき分けると、おぼれてぐったりしたK太を抱え上げた亭主が水際でぼう然として立っていた。
「K太!K太!」若い婦人は駆け寄りK太を受け取ると強く何度も何度も揺する。
その脇で亭主が「K太」と声にならない声で叫びつつ足元から崩れる。
ふと我に返り、やがて抱きかかえていた遺影をそっと脇に置き立て掛けると、亭主と二人ぶんのお弁当を拡げる。
「ねえ、あなた。もうあれから何年になるかしらね」
婦人は昔を思い返しながら、そっと亭主に語りかける。
「K太がこの浜でおぼれて、あなたが助けようとして、あれからもうずいぶん経ちましたね」
亭主はそう言う婦人を、ただいつもの優しい顔で微笑み返していた。
打ち寄せては引く波音がザーッザーッと何度となく古い記憶を蘇らせ、時の流れを忘れさせるかのように続いた。
やがて浜の人影もまばらに、背後から待たせていた車のクラクションが鳴ると呼ぶ声がした。
「母さん、もう陽が落ちます。そろそろ行きましょう」
婦人は重い腰を上げ遺影を大事に抱きかかえて、
「あなた、また来ますね」
K太の運転する車の中で、夕陽に照らされた遺影の亭主がいつもの優しい顔で微笑んでいた。