26 :
書斎魔神 ◆AhysOwpt/w :
杉本苑子『孤愁の岸』を読んだ。
当時は閨秀作家には難しいと言われていた骨太な時代小説だが、
この定説を覆し、作者を女性時代小説の第一人者へと押し上げた作(直木賞受賞作)である。
薩摩藩といえば、まず幕末を想起するせいか雄藩の印象が強いが、
本作は、時を遡った宝暦治水工事の顛末を描いたスケールが大きい土木時代小説とでも称すべき作である。
外様の名門薩摩藩の財政的疲弊→弱体化を意図する幕府は(親藩尾張の自藩治水工事
完了の意図も絡む)御手伝普請として、木曾三河改修工事を命じる。
天井川等の難工事の連続、幕府役人、地元役人、農民らとの確執等、
薩摩隼人たちの想像を絶する苦難がここに始まった・・・
なるほど本作を読むと、幕末の薩摩藩のブレークぶりが理解出来る、
長年堪えに堪えて来たものが遂に噴出したということか。
ある程度のボリュームがある作ゆえ、難工事をメーンとした冒険小説的読みが出来る群像ドラマ
でもあるが、メーンな主人公はあくまで工事の最高責任者である家老平田靱負であるため、
権謀術数を尽くして金策に当たる経済小説的興趣にも富むのが奥行き深いものがある。
薩摩藩の家老といえば、幕末の小松帯刀が思い浮かぶが、
守護大名時代から続く名門だけあって、時代、時代により重役に人材を輩出したのが、
後に時代を超えてブレーク出来た因のひとつかと思う。
しかし、脇の人物のエピももっと書き込めば面白いと思われるもの多数。
大河ドラマ『篤姫』に見入り、全てを歴史的事実と思い込み、「漏れだけのあおいキター!」とか
絶叫している安手の新書ミステリ読み浸りのアホなミスオタにこそ、突きつけて読ませたい書で
あると言い得る。
27 :
書斎魔神 ◆AhysOwpt/w :2008/02/16(土) 21:01:59 ID:AzBP7VXu
有吉佐和子『華岡青洲の妻』を読んだ。
言わずと知れた、吉村昭『ふぉん・しいほるとの娘』、渡辺淳一『花埋み』と並ぶ
時代医学小説(ちゅーか、医道小説という名称の方が適切やもしれぬ)の傑作中の傑作である。
ボリューム的に他の2作、特に大作『ふぉん・しいほると・・・』には遠く及ばないものの、
内容的には決して見劣りすることがない作である。
筆者は、もち、ベストセラーになった時に読んだし、
映画化作品も見ているが(雷蔵扮する青洲が原作と比較してカッコ良過ぎるのは許容範囲としても、
テーマにも関連するラストシーンをなぜ変えてしまったのかは大いに疑問だ)、
今回の再読で妻加恵と母於継の凄まじいまでの確執の末、遂に2人で競い合い麻酔の
人体実験にまで及ぶ展開(これを実行する青洲も凄い)は、まさにサイコ・ホラーとして読め、
先の展開が読めない点は良質なミステリと同様である事に気付いた次第である。
特に地味キャラながら小陸(青洲の妹)の2人の静かなる確執の傍観者としての役割が非常に
作品全体において貴重なものだと確認出来た。
彼女の目を通した華岡家の嫁姑関係こそ、まさに「ホラー」そのものだったと言い得るのでは
なかろうか。