438 :
名無しのオプ:
―――初めに―――
この物語は以下の作品を用いた2次創作です
京極夏彦著 「京極堂シリーズ」
竜騎士07作「ひぐらしのなく頃に」
そして以下の作品の概要や真相に触れています、ご了承ください
京極夏彦著 「姑獲鳥の夏」
竜騎士07作「ひぐらしのなく頃に」
また、文中の誤字・脱字・言葉の誤用・文法的な誤りなどは仕様もとい、指向です
決して、推敲の不足や文章力の欠如等によるものではございません、重ねてご了承ください
439 :
名無しのオプ:2009/09/26(土) 23:43:30 ID:jDppWmD8
我はオヤシロさま。
我こそはオヤシロさまの祟り。
我を祟めよ、讃えよ、そして畏れよ。
我が紡ぐは祟りにあらず、死にあらず。
我が紡ぐは歴史なり。
歴史は祟りを語り、我が存在を
永劫に語り伝えるであろう。
我こそは祟りなり、
肉で出来た身を超越し者なり。
この身が例え朽ち果てようとも、
我が紡ぎし歴史は
永遠に残り続けるであろう。
「ひぐらしのなく頃に」より
440 :
名無しのオプ:2009/09/26(土) 23:45:42 ID:jDppWmD8
目覚めた、目覚めてしまった。
目が覚めなければよかったのに――少し思う。
けれど、今日も陽(よう)として日は昇り、陰として月は沈む。
今日はいつ? 歳を取ると月日の早さに目がくらんでしまう。
時刻は平等ではない、そう思う。
5歳にとっての1年は人生の5分の1である。
50歳にとっての1年は人生の50分の1である。
生きれば生きるほど、速度が早くなる。
まるで、同じ事を何度も繰り返しているように。
今日、目にする陽と、昨日の陽は何かが違うのだろうか?
去年の今の陽と、今年の陽は何かが違うのだろうか?
今日はいつ? 昨日? 明日? それとも?
ただ、それでも、時刻は刻刻と過ぎていく。
何かが泣いている、鳴いている、啼いている。
ああ、あれは・・・せみ?・・・ひぐらし?・・・とり?・・・とり!?
441 :
名無しのオプ:2009/09/26(土) 23:47:58 ID:jDppWmD8
「鳥!!」
思わず叫んでしまった。
「何ですか先生!、いきなり!!」
ここは・・・夕暮れに染まった世界のどこに自分がいるのか、わかるまで一刻かかった。
「寝ぼけたんですか、僕は鳥ではなく鳥口ですよ」
ごめん――そう答えて、私は私を取り戻す。
「もうすぐ雛見沢につきますよ」
時刻は4時を大きく過ぎていた、朝の8時前に出たのだから8時間以上も過ぎている。
5・6時間で着くと予定だったはずだが、思ったよりも時間を喰ってしまったようだ。
私は窓を大きく開けた、東京とは違う匂いがする。
ああ、ひぐらしが鳴いている。
「後神の刻(とき)」〜神降ろし編(出題編)〜
442 :
名無しのオプ:2009/09/26(土) 23:49:58 ID:jDppWmD8
六月十六日(木)
「ご免ください、ご免ください」
無粋な声によって私の静寂は打ち砕かれた、あの声は多分鳥口だろう。
鳥口は所謂(いわゆる)カストリ誌の「月刊實録犯罪」の編集者である。
私は文筆業で身を立てようと、志を立てたのだが、
何箇月もかかって面白くもない短編小説を送り出しているようでは、今のご時世生活ができない。
とはいえ、私のような人間に他の商売など最初(はな)からできないわけで、
已む(やむ)を得ず、小説以外の雑文の執筆を引き受けざるを得ない羽目なのである。
確か、原稿の依頼を受けていたのだが、あの締め切りはいつだったろうか?
今日・・または昨日か・・・だが一枚も書いてはいなかった。
ここ3日ぐらい持病の鬱を再発してしまい寝込んでいたのだ。
私は学生時代に神経衰弱に陥り鬱病と診断されている。
鬱病は治らない病気ではない、だが再発しない病気でもないのだ。
なぜ再発したのかは―――――だがこうなってしまった以上仕方がないのだ。
妻には夏風邪と言い張った、妻も心得ているらしく詮索はしないでくれた。
この3日間私の家は水を打ったように静かだった、静寂はいい。
結局私は思考を停止している。
あの日私が妻に何を言ったのか、何を忘れているのか、そんな事はどうでもよくなっている。
私において日常を生きるというかとは何も考えないという事と同義であるようである。
考えるのを止めれば、大方の日常は平穏で生暖かく心地がよいのである。
進歩がない事は素晴らしい事だ。
そう思うと、まるで膜が一枚剥がれたように、世間が明るく思えてきた。
これでいつものつまらない日常に戻る事ができる。
そう思った
その時―――「ご免ください、ご免ください」―――私の静寂は打ち砕かれた。
443 :
名無しのオプ:2009/09/26(土) 23:51:44 ID:jDppWmD8
それでも―――
私は襖を閉めて蒲団を被った、会いたくなかった、
原稿を書けなかった言い訳するのが辛かった。
そんな私の様子を察して、妻が玄関に向かう。
蒲団を被っていると妻の声が聞こえる。
多分私の状態を説明しているのであろう。
私は蒲団を被ったまま、客が帰るのを凝乎(じつ)と待った。
しかし―――客は帰らなかった。
どたどた言う跫音が聞こえて襖がすらりと開いた。
「何だ先生――困ったな」
鳥口守彦(とりぐちもりひこ)は私の隣に座った。
「聞きましたよ、奥方から、夏風邪ですか、大変ですな、
ところで先生締め切りてのは、いつだったか覚えてますか?」
鳥口は巫山戯たように聞いてきた、答えられない私は鳥口に背を向けたまま狸眠りを決め込んだ。
「わっはっはっは、先生やめてください、いいんですよ、暫くうちの本は出ないですから」
「出ない?」
声が掠れた。
「引っ掛かりましたね、起きてるじゃないですか」
「う、嘘か」
ところが嘘じゃありません、鳥口は眉をへの字にして神妙な顔をつくったような顔をして
「――ネタがなくて、雑誌が発行できないんですよ、うちは猟奇事件一辺倒ですから」
「――そうか、なら書かなくていいのか」
私は胸をなで下ろした、
「しかし、雑誌が出ないなら原稿は不要だろ」
「廃刊になった訳じゃないんですよ」
鳥口は憮然とした顔で発売の目途が立たないだけですと云った。
「同じ事じゃないか」
「違います、お稲荷さんと狐憑きぐらい違います」
どういう比喩なんだろう、私は思わず失笑した、鳥口はにやにやしている。
444 :
名無しのオプ:2009/09/26(土) 23:55:34 ID:jDppWmD8
そこに妻が茶を持ってきた。妻はちらりと鳥口を見た。
――なるほど
私は鳥口のような、調子のいい男に引きずられる癖がある、これは妻なりの治療法なのだ。
妻は私が茶を飲み終わるのを待って買い物に行ってきます、と出て行った。
この3日間家を空ける事ができなかったのであろう。
妻がいなくなるといっそう鳥口はにやにやした。
「何だ――気持ちが悪い」
「いや――寛い(くつろい)だんですな」
「君は最初から寛いでいるじゃないか」
人の気も知らないで
私は照れ隠しで精一杯虚勢を張った。
「ああ――君の寛いだ顔を見ていたら、緊張が抜けて、夏風邪まで一緒に飛んでいったよ」
「うへえ。夏風邪は何とかしかひかないとも云いますもんね。おっと失礼。
――それより先生いけませんよ。生意気なような事を云うようですが」
「いけない?」
「奥さん泣かすようなことしたンじゃないですか?奥さん、ありゃだいぶ疲れてますぜ」
「そんなこと――」
していないと――と云うのを私は口の中で噛み砕き、飲み込んだ。
確かに私はある意味では最低の配偶者だと思う。
妻は疲れているだろう。
「ま、先生のことだから浮気や博打ってこたァないでしょうが――どうもねェ」
「いくら夫婦でも、ひとつ屋根の下で朝から晩までずうっと一緒にいるってェのはどうなんですかね。
そりゃ先生も気が鬱ぐ(ふさぐ)でしょうが、奥さんだって――」
「解っているよ」
取材にでも出りゃいいんですよ、と鳥口は云った。
「取材って――」
「いいじゃないですか、小説でも取材は必要でしょ。犬も歩けば打たれまいと云うじゃないですか」
445 :
名無しのオプ:2009/09/26(土) 23:56:45 ID:jDppWmD8
「だからって――僕の小説は」
「ですから――そう、うちの記事の取材してくださいよ。気晴らしになりますよ、陰惨だし。
兎に角、その、締め切りは延びただけでですね――」
「しかし――君の依頼は海外ネタじゃないか」
「そこはそれですよ」
「どれなんだよ。まあ確かに僕は僕なりに考えたんだが、どうもね、海外の猟奇事件の記事なんかを
書くのは――僕には無理のようだよ。今回もそれで根を詰めて躰を壊したのだから」
「根を詰めたってほど、升目は埋まってないようですがね――」
鳥口は伸び上がって文机(ふづくえ)を覗き込んだ。
「――何枚書いたんです?」
一枚も書いていなかった。
悪かったよ―――私はぞんざいに云った。
困ったなあと鳥口は腕を組む。
「―――そうだ先生、明日から僕は取材旅行に行くんですけど,
一緒に行きませんか?気分転換にもなるでしょうし」
「取材旅行?一体どこに行くんだい?」
鳥口が取材に行くところなんかは、犯罪現場に決まっているのだが。
「いやぁ、変な手紙が届きましてね、雛見沢っていう美濃じゃなくて岐阜の方の寒村らしいですけど、
空気が美味くていいところですよ」
「鳥口君、君はそこに行った事がないだろう?」
うへえ、鳥口は云い――ま、田舎の空気は美味いに決まってますよと笑った。
「どうです先生、行きませんか、旅費はこちらが持ちますから」
気を付かせていると思った。――鳥口にも――妻にも、私は少し逡巡し、
―――よろしく頼むよ、と答えた。
「本当ですね先生、本当は1人で取材に行くのが心細かったんですよ」
鳥口はうそぶいた、――私に気を付かわせないためだろうか?――考え過ぎか?
「ところで鳥口君、その変な手紙ってのは、どんな内容なんだい?
『實録犯罪』の記者が取材に行くような事件なのかい?」
それが・・変な手紙でして、と前置きをして鳥口は鞄をまさぐり1通の手紙を見せた。
4年前の綿流し祭の日にダム現場の監督が殺されました
3年前の綿流し祭の日にダム反対派の住民が殺されました
2年前の綿流し祭の日に神社の神主が殺されました
1年前の綿流し祭の日に2年目の被害者の親戚が殺されました
そして今年は私が殺されます
これは、計画殺人? それともオヤシロ様の祟り?
OO県 鹿骨市 雛見沢
447 :
名無しのオプ:2009/09/27(日) 00:00:37 ID:7cYTUVHA
六月十七日(金)
「タツさん、タツさん、起きてください」
妻の・・雪絵の声だ、妻は2人の時は私の事をそう呼ぶ。
私は頭を振り時計を見る、7時半前、鳥口は8時前には向かえに来ると云っていた。
いつも昼近くまで自堕落に寝ている為か、頭が重かった。
鳥口が来たのは事実8時前だった、妻から旅行道具一式を受け取り、私たち2人は車を走らせた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「もうすぐ雛見沢につきますよ」
時刻は4時を大きく過ぎていた、朝の8時前に出たのだから8時間以上も過ぎている。
5・6時間で着くと予定だったはずだが、思ったよりも時間を喰ってしまったようだ。
私は窓を大きく開けた、東京とは違う匂いがする。
「思ったよりも遅くなっちゃいましたね、今日は取材は無理ですかね――先生が居眠りするからだ」
「誰のせいだよ、いきなり東北に向かって走り出そうとしたり、同じところをぐるぐる回ったり」
鳥口のただ1人の上司、妹尾氏の云っていた通り、
鳥口には目的地に行くという能力が欠如しているようだった。
「うへえ、まあ、今日は下見という事で取材は明日からにしましょう、
ああ、ちょうどいいあれが多分古手神社ですね、今日はあそこを下見しておきましょう」
鳥口は車を路肩に止めた。
448 :
名無しのオプ:2009/09/27(日) 00:03:32 ID:7cYTUVHA
あれが古手神社、端から見ているうちは普通の神社のようだが。
鳥口はカメラを持ち出し俯瞰の写真を撮っている。
鳥口は元々カメラマン志望があり、雑誌の写真は全て自分で撮っているらしい。
幾段かの階段を上がり、鳥居をくぐる
そういえば、友人によると、鳥居とは外の世界と内の世界の境を示すものらしい。
その中の世界の中央、もう一つの鳥居の奥に本堂がある。
左手には別の棟があり、右手にはかなりの敷地の境内がある。
「先生、1人で先に行っちゃうなんて酷いじゃないですか」
鳥口が追いついてきた。
――こうして見ると普通の神社ですね、鳥口は私と同じ感想を述べた。
この2人で来たのは間違いだったのかもしれない。
「こんなのどかな所で、今年も事件が起こるのかな」
「ま、起こってくれれば大スクープなんですけどね」
鳥口によると―3年目の事件までは裏付けが取れたらしい。
けれども4年目の事件は何も報道されていなかったようだ。
「そんな、不謹慎な考え方の君が被害者にならない事を祈るよ」
「うへえ、死人に口なしですか、先生」
そんな馬鹿な事を話しながら境内を後ろに回ってみた。
少し歩くと視界が開けて、村全体が見渡せる所にでた。この神社は村の中で高台に位置しているようだ。
――うへえ、こりゃ凄いや、鳥口がファインダーを覗く。
夕日に照らされて、輝いている古風な住居と田園地帯はまさに一枚の絵のようだ。
思わず言葉を無くし、鳥口のシャッター音だけが響いていた。
その時―――後ろから跫音(あしおと)が聞こえてきた。
―――振り向くとそこには1人の少女がいた。
少女は微笑みかけた―――この顔を私はどこかで見ている―――
いつだろう――いつだろうか――
449 :
名無しのオプ:2009/09/27(日) 00:05:44 ID:jDppWmD8
「ここは私有地なんですよ」
少し幼さが残った声が聞こえた。
「うへえ、すみません、実は僕たちは雛見沢の取材に来てまして」
「そうなのですか、お仕事なのですか」
「こっちは作家の関口先生で、僕は――」
鳥口と少女の会話が頭の上を滑っていく、やはり私は彼女に会った事がある。
――白いブラウス。黒い色のスカート。そこから覗いている2本の白い脛。――
「せっかくだから、一緒に遊びたかったのです」
――うふふ。
――あそびましょう。
夕日が世界を赤く染めている、赤く、赤く、赤く・・・
私は意識を失った。
450 :
名無しのオプ:2009/09/27(日) 00:08:59 ID:7cYTUVHA
目が覚めた、目が覚めてしまった。
目の前には白い天井がある・・・ここは・・・
辺りを見回すと病院のベッドの上のようだ。
腕に違和感を感じる、腕から線がでている、その線は上の液体に繋がり
「気が付きましたか」
白衣を着た眼鏡の優男風の男性がカーテンを開けた
「ダメですよ、きちんと食事していますか?」
――はぁ、そういえばここ3日ほど、きちんと食事をしていなかった。
「旅疲れってヤツですかね、気を付けないと」
男は入江と名乗った、年は30代中盤ぐらいだろう、風袋のせいかもっと若く見えるが。
――はぁ、私の気の抜けた顔を見て入江は軽く笑った。
――30分ぐらいで点滴が抜けますから、と云い入江は出て行き、入れ替わりに鳥口がやってきた。
「先生、吃驚するじゃ、ないですかいきなり倒れて、これじゃ命がいくらあっても足りませんよ」
――はぁ、私の気の抜けた顔を見て鳥口は大きなため息をついた。
「栄養失調らしいですけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫、ちょっと目眩がしただけだよ」
――後、30分ぐらいで点滴が抜けるらしい、と告げると――飲み物でも買ってきますと出て行った。
小1時間後病院を出た、ここの名前は入江診療所というらしい、
外から見てみると寒村の診療所としてはかなり立派だった。
451 :
名無しのオプ:2009/09/27(日) 00:10:13 ID:7cYTUVHA
宿泊所は雛見沢から車で15分ほどの興宮(おきのみや)という隣町らしい。
鳥口によると雛見沢には宿泊施設がないとの事である。
「何か精のつくものを食べていきましょう」
時刻はもう8時近くだったが点滴のおかげか食欲は無かった。
――食欲が無くても、食べなきゃダメですよ、鳥口は車を駅前の食事処に止めた。
――うへえ、うへえ、先生、うへえ、
中に入ると、鳥口は得意の感嘆符をなぜか連呼していたが、私の頭には入ってこなかった。
私は、彼女の事を――少女の事を考えていた。
私は彼女と会った事がある。それは間違いないと思う。それはいつだろうか?
自分の意識を探るのだが、見つからない。
いや正確には、あるのだが、開ける事ができない。
・・・檻・・・・いや汲ゥ、
存在は認知できても中身が認識できない、鍵のかかった求E・・
これは開けてはいけないものなのだろうか?
遠くで鳥口の感嘆符が聞こえていた。
「あれは一体誰なの?見た事無い顔よ」
「あうあう、多分観光客の人なのですよ、最近はお祭りも賑やかですから」
「観光客・・・そう・・・確かにそうかもね、でもあの人はなぜあんな風になったのかしら」
「僕には解らないのですよ、梨花」
「もしかして、あなたが見えたんじゃないの?」
「僕は梨花にしか見えないんですよ」
「じゃあ、あの人は何を見たの?」
「あぅあぅあぅ」
まあ、どうでもいいか、この世界はもう・・・
でも、変な顔だった、関口に、富竹3号か・・・
453 :
名無しのオプ:2009/09/27(日) 00:57:30 ID:7cYTUVHA
六月十八日(土)
――
―――
――――
―――――
――――
―――
――
―
――――――――騒々しい騒音によって目が覚めた、受話器を取る。
――先生、いつまで寝てるんですか。
――それとも調子が悪いんですか?
そんな事はないよと答えて、覚醒する。時刻は8時半だ。
――早く降りてきてくださいよ、待ちきれなくて朝飯食べてますよ。
付属の食堂で鳥口は定食をがつがつと食べていた。
「先生、こっちですよ」
鳥口が立ち上がって手を挙げる。
「早起きだな、君は」
「先生が遅いんですよ、早起きは3円の得ですよ」
「いつもは、自堕落な生活をしているからね、朝は辛いよ」
「ダメですよ、体あっての物種って云うじゃないですか」
鳥口は巫山戯て(ふざけて)答え、一生懸命食事を取るのに戻った。
私は食欲がなかったので熱いお茶を貰った。
鳥口は綺麗に食事を平らげた。
454 :
名無しのオプ:2009/09/27(日) 00:58:32 ID:smlSTJme
乙
とんでもなくwktkするが、完結させようと思うと超大作になるなwww
455 :
名無しのオプ:2009/09/27(日) 00:59:29 ID:7cYTUVHA
「さて、先生どうしますか?、僕は今日2年目の事件が起こった自然公園を見に行くつもりですけど・・」
鳥口は人心地ついたのか、お茶を啜りながら聞いてきた。
ここから1時間ぐらいの所にその公園はあるらしい。
だが当然、1時間で着くはずもなく往復だとかなりの時間車に乗る事になる。
「あんまり、気乗りしないね。体調も悪いし・・・」
「そうですか――それじゃ、僕1人で行ってきますか、
先生は雛見沢の観光でもしていてください、午後からそっちに戻りますから」
――そうさせて貰うよ、と答えると。
――じゃあ早く出発しましょう、光陰あざなえる縄のごとしですよ。
鳥口は何故必ず間違った慣用句を使うのだろうか?――よく解らなかった。
――ガタガタ――ガタガタ――ガタガタ――
道路が舗装されていない道に入った。
宿泊所がある興宮から雛見沢までは車で15分ほどだ。
話によると、バスなどの公共機関は無いそうだ。
――住むとなったら大変だろうな。
――だが住めば錦ですよ。
――・・・
456 :
名無しのオプ:2009/09/27(日) 01:01:43 ID:7cYTUVHA
村の真ん中ぐらいで降ろしてもらう。
「先生これ、持っていってください」
そう云って鳥口は握り飯と水筒を渡してきた。
先ほどの食堂で作ってもらってきたらしい。
「ちゃんと食べないと、また倒れられたらこっちが困りますからね」
ありがとうと答えると、鳥口は嬉しそうに笑った。
――待ち合わせは夕方に古出神社でお願いします。
そう言い残して鳥口は去っていった。
さてどうしようか、日はまだ低く時間はたっぷりある。
私は特に目的地も決めずにトボトボと歩き出した。
初夏の青空に澄んだ空気、遠くには蝉の声が聞こえる。
いくら私が偏屈な人間でも多少心が明るくなる。
下手に別れる道に入ってみた、何となく川の近くに行ってみたかった。
川原まで降りるとそこは最高の景観だった。
・・・東京とは違うな。
木陰に入って季節はずれの夏の太陽から身を隠し、木洩れ日を満喫する。
鳥口から渡された、握り飯を頬張る。
・・・とても美味い。
・・・
・・・来てよかった。
・・・
・・・
・・・
457 :
名無しのオプ:2009/09/27(日) 01:02:44 ID:7cYTUVHA
――
―――
――――
―――――ご
――――ご免
―――ご免な
――ご免なさ
―ご免なさい
ごめんなさい
誰かが・・・謝っている。
誰だ?・・誰が?・・誰に?
ご免なさい
ご免なさい
ご免なさい
誰かが・・・謝っている、それも泣きながら。
もう許してあげればいいのに、こんなに必死に謝っているんだから。
ごめんなさい
ごめんなさい
ごめんなさい
誰かが・・・謝っている。
458 :
名無しのオプ:2009/09/27(日) 01:04:12 ID:7cYTUVHA
目が覚めた、目が覚めてしまった。
川のせせらぎが聞こえる――頭を2、3度振る――
夢か・・あれは・・・そう・・・だろう・・・
変な格好でうたた寝をしたから、悪い夢を見たのか。
太陽は天辺(てっぺん)を過ぎた辺りにあった。
折角だから村の観光をしようと、私は立ち上がった。
何の気なし小径を歩いていると、拓けた所に出た。
まるで私の小説のように、中途までが更地にされている。
どうやら鳥口が云っていた、中止になったダム計画の跡地だろう。
それを横目で見ながらさらに側道を上に進む、するとその脇に塵(ゴミ)の山が在った。
不法投棄されたのだろう。周りの自然とその不自然さの非現実感は何とも云いがたい物があった。
――カシャ、後ろの方で物音と人の気配がした。
振り向くとそこにはカメラを持った、青年がいた。
私の驚いた表情を見て彼は――すみません、と謝った。
「僕は富竹と云います、フリーのカメラマンをしてます。あまりに絵になっていたものでつい――」
――それは、私の顔が猿に似ているという事に対する嫌味だろうか――
「――雛見沢の人ですか?」
彼の言葉で、彼がここの人でない事がわかった。確かに訛りがない。
「いえ、僕も旅行雑誌の取材で来ていまして」
鳥口に殺人事件の取材ではそれこそ村八分にされると、身分を詐称するように云われていた。
――奇遇ですねえ、僕の専門は野鳥とかが主ですけど。
富竹と名乗り、青年は笑った。
年の頃は30代中盤辺りだろうか、穏和さがにじみ出たような顔だ。
頭には黒い野球帽を被り、黒い眼鏡に、黒い袖無し丸首シャツを着ている。
体格もガッチリしていて、私のような貧弱な体型ではない。
鳥口もそうなのだがカメラマンとはやはり肉体派なのだろう――少し嫌な気持ちになった。
459 :
名無しのオプ:2009/09/27(日) 01:06:15 ID:7cYTUVHA
富竹は7〜8年前から、年に2・3回雛見沢には野鳥の写真を取りに来るらしい。
「それにしても、この塵は酷いですね」
「ええ、何でも都会の方から捨てに来るらしくて、それが上手いもんでこっちが警戒していない時を狙って、
いつも来るらしいです。こういった自然の素晴らしさなんてわからないのかな」
そう云って富竹はカメラのファインダーを覗いた。
「もし雑誌に載る事になっても、こんな物は載せないでくださ――ん、誰かいるな」
富竹がカメラを向けている方を見ると確かに塵山の中腹あたりに誰かがいる――少女のようだ。
「はは、あんな所で何をしているのかな」
富竹が笑いながら聞いてきた。
「死体でも探しているんじゃないですか」
何の気になしに答えると。
「ああ、関口さんも知っているのか、悲惨な事件だったね」
富竹は急に真面目な顔になった。
何故かおかしな空気が流れ、言葉は失われてしまった。
460 :
名無しのオプ:2009/09/27(日) 01:20:48 ID:7cYTUVHA
――悲惨な事件
鳥口が云っていた過去の事件の事だろうか。
そういえば鳥口からまだ事件の詳しい内容を聞いてはいなかった。
――正確には聞いたのだが、記憶していないのかもしれない。
「ま、取材は僕がしますから、村の雰囲気だけ味わってもらって、後は小説家の創造力ってヤツで」
と云われて、それにこんな村で本当に殺人事件など起こらないだろう等とあまり気にしていなかった。
「しまった、もうこんな時間か、いけない待ち合わせに遅れてしまう」
奇妙な沈黙を打ち破るように富竹は、戯けた(おどけた)声を出し。
――じゃあ、また、と去って行った。
私は少女が何をしているのかが無性に気になり、塵山を降りていった。
少女はあんな所で何をしているのだろうか?
――まさか本当に死体を探して――
そんな事を考えていると、注意が削がれたのか不意に足下の塵肌が崩れた。
私は塵山の上を滑るように少女の近くまで、落ちていった。
少女はこちらを振り向いた。
手には鈍く光る鉈を握りしめて。
関口を降ろすと、鳥口は白川自然公園を目指した。
鳥口が調べたところ、北条某(なにがし)という夫婦が、
3年前の綿流しの日にそこから転落死したとの事だ。(それ以外はその日に雛見沢の住民は変死していない)
1時間ほどで着くらしい、時刻は9時半。――到着したのは12時近くだった。
鳥口は白川自然公園で五平餅をがつがつと食べていた。――空振りかな。
事故があったという場所の写真は撮ったが、当然3年前の事件の痕跡はなかった。
また目撃証言を集めてたものの、どれも空振りだった。
――まあ、仕方ない。
鳥口は気持ちの切り替えがはやい、伊達にカストリ雑誌の記者をしているわけではない。
――よし、雛見沢に戻ってその家の近所の人から聞き込みだな。
鳥口は行動力に優れている、酔狂でカストリ雑誌の記者をしているわけではない。
――帰りは流石に速かった。
462 :
名無しのオプ:2009/09/27(日) 03:05:54 ID:kMZKfCyz
おおう、すげぇのが来てるな。
463 :
名無しのオプ:2009/09/27(日) 10:01:23 ID:pJoDS41Q
最初の部分まんま川赤子じゃねーかwww
何はともあれ乙w
464 :
名無しのオプ:2009/09/27(日) 23:10:32 ID:kMZKfCyz
ほんとだ、読み返したら確かにそのまんまw
さすがにこれはちょっとw
465 :
名無しのオプ:2009/09/27(日) 23:53:55 ID:7cYTUVHA
―――中途に―――
この物語の中には以下の作品の無断引用等が含まれます
京極夏彦著 「京極堂シリーズ(川赤子含む)」
竜騎士07作「ひぐらしのなく頃に」
京極先生ならびに竜騎士07先生、ごめんなさい
またそれに伴い(文学的な)文体の壊れ等がございますが、そちらは仕様です
決して、文章構成能力の不足などではございません、けれども・・・ごめんなさい
466 :
名無しのオプ:2009/09/27(日) 23:58:49 ID:7cYTUVHA
少女はいる、少女がいる。
少女が振り返る、手には鉈を握りしめている、足下には人の様なモノがある。
少女は私を見留め(みとめ)近づいてくる、手に鉈を握っている。
少女は近づいてくる、手には鉈を握ってる、少女は――
「うわああああああ――」
私は悲鳴をあげ、後ずさった――転がった時に何処か打ったのか、腰が抜けたのか、立ち上がれない。
少女は近づいてくる、私は這った状態で離れる。
だが地面は這うより歩く方が速いのだ、――少女は近づいて――
――私は―――意識を失った
467 :
名無しのオプ:2009/09/28(月) 00:00:20 ID:SesO3DJk
目覚めた、目覚めてしまった。
青い空、ここは――傍らを見ると少女がいる――少女が振り返る――手には鉈が――
「ひいいいいいいい――」
私は後ずさる――けれど腰が抜けたのか、立ち上がれない。
少女は「落ち着いてください」と云った。
何を云っているんだ、私は混乱した。
少女は「大丈夫です」と云った。
何が大丈夫なんだ、私は混乱した。
少女は私の視線が鉈に在るのを見留めて、鉈を置いて――落ち着いてください、と繰り返した。
私は何とか自分を取り留めた。
468 :
名無しのオプ:2009/09/28(月) 00:02:16 ID:SesO3DJk
少女は竜宮レナと名乗った。
私が何をしていたのか尋ねると、顔をほんのり手に染め。
「健太君人形が、かあぁいいの〜だからお持ち帰りしたいの〜」
と答えた、意味がわからない。
少女の暗号の様な言葉を纏める(まとめる)と、
――捨てられていた健太君人形が可憐だから、持って帰りたい、との事だ。
健太君人形というのは、全国に支店を出す大衆食堂の象像(キャラクター)である。
しかし、七福神の大黒様と恵比寿様を喚起して創られた物であるため。
力士体型に無理矢理洋服を着せた形で、また顔は朗らかだが無駄に陽気な中年男性にしか見えない。
しかも、その身長は6尺近くもあるため、とても私には可憐とは云えない代物である。
――何故鉈を?
私の問いに、少女は健太君を示した。
健太君の上に梁(はり)が乗っている、そして梁の先は塵山の中に埋まっている。
梁は半分ほど欠けていた――なるほど、彼を助けるために必要だったのか。
少女――中等学校ぐらいだろうか――の腕では大変だろう。
私は少女から鉈を借り受けると、思い切り梁に叩きつけた。
梁は意外と強固で、私は何度か鉈を振り落とした――まるで何か別の物を叩きつけるように。
469 :
名無しのオプ:2009/09/28(月) 00:03:44 ID:SesO3DJk
めきい――嫌な音をたてて梁は途切れた。
私は日頃から運動をしないためか、汗をかきやすいので、体中びっしょりしていた。
少女は健太君人形に何かを呟きながら頬ずりしている――やはり意味がわからない。
乗りかかった船で、少女が用意した大八車で家まで送っていく事にした。
大八車に中年の男性を乗せ、それを(私のような)男と少女が運んでいる――非現実的だ。
少女の家に着くとさらに愕然とした。
庭には健太君だけではなく、信楽の狸、河童のパオ、蛙のげろ吉、郵便ポストなどが雑然と並んでいた。
意味がわからない。
少女は茶を奨めてきたが固辞した、やはり自分が理解しにくいものはある種の畏怖になる。
陽はもう傾きかけていた。
雛見沢に戻ってると、今度は事故(?)にあった北条家を探した。
住民は(あんな事故があったからか)口がかたく一苦労した。北条家は村の外れにあった。
廃墟になっているのかも、と思っていたがそれほど荒れてはいない、
いや、むしろ生活感がある、これは今でも誰かが住んでいるのだろうか?
もしかしたら証言が取れるかも、淡い期待を胸に鳥口が玄関に近づくと
「――――――――――――!!」
もの凄い怒鳴り声が聞こえてきた、鳥口は思わず身を隠した。
「―――――!!、――!――!」
耳をそばだてていた鳥口に、再び罵声と何かを殴りつけるような音が聞こえた。
――うへえ、これは何かの事件なのかもしれない――鳥口は思った。
――もしかしたら廃墟を隠れ家にしていた凶悪犯罪人かも――鳥口は考える。
――もしそれが本当だったとしたら、これはもの凄いスクープだ――鳥口は想像する。
鳥口がくだらない妄想に勤しんでいると、
――ガラガラと扉が開かれ中から少女が出てきた。
鳥口の予想は外れたようだ。
少女は自転車で何処かに行くようだ。
鳥口の記者の感が様子がおかしい事を告げていた。
――まさか監禁しているのか?
――いや、それだったら1人で外に出す事はないか。
家の中からは何も音が聞こえなくなった。
鳥口は少し離れた所に身を移し少女が帰ってくるのを待ちかまえた。
――もし、戻ってきたら話を聞いてみよう。
15分ほどで少女は戻ってきた。
そこで、鳥口は話しかけてみたのだが少女の目の焦点が合っていない。
また話している内容も、支離滅裂の錯乱状態である。
少女の乗っていた自転車のカゴには一升瓶が入っている。
――これは、虐待だ。
鳥口は前に子供の虐待による親殺しの記事を載せた事があった。
――うへえ、これは厄介ですよ。
472 :
名無しのオプ:2009/09/28(月) 00:09:14 ID:SesO3DJk
少女――竜宮レナといったか
おかしな少女と別れて、私は古手神社を目指した。
日はもう暮れ始めていた、鳥口を待たせているかもしれない。
境内まで来たが鳥口の姿はなかった、代わりに老人達が酒盛りをしている。
辺りを見ると昨日来た時と違って天幕が張られ、椅子が準備されている。
明日の祭りの支度をしていたのだろう。
私は鳥口を待ち受けるために鳥居の所まで戻った。
「あれ―、関口さんじゃないですか」
すると誰かが声をかけてきた、見ると富竹と見た事がない女性が2人いた。
女性の1人は富竹より少し下ぐらいのの年齢で、もう1人は少女――さっきの少女と同じぐらいだろうか。
473 :
名無しのオプ:2009/09/28(月) 00:10:34 ID:SesO3DJk
「いや〜、奇遇ですね、こう何度も会うなんて」
富竹は人の良さそうな顔を綻ばせた。
「ジロウさんたら、隅に置けない人」
女性が笑った、とても艶っぽい声をしている。
「ええ、いや、そういう訳じゃなくて、え―紹介しようか、こちらは旅雑誌の作家の関口さん」
私は頭を下げた。少女も園崎魅音(そのざきみおん)と名乗って頭を下げた。
「私は―昨日―診療所でお会いしましたよね」
そう云うと女性は妖艶に笑った。
「―――」
昨日会ったのだろうか、私の記憶の中には無かった。
「あら―」
女性は首を傾げて私を見つめ、云った。
「―――」
顔が赤くなるのを感じる、私は鬱の他にも多人恐怖症に赤面症、失語症も持っているのだ。
「鷹野さん、いじめちゃダメだよ。こちらは診療所で看護婦をしている鷹野三四(みよ)さん」
私を見かねた富竹が助け船を出してくれた。
鷹野三四は嬉しそうな笑みを浮かべ――よろしく、と云った。
「旅雑誌の記者の方が来るって事は、雛見沢が載るんですか?」
少女が聞いてきた、何処か男児風(ボーイッシュ)な印象の少女だ。――ふくらみは大きいが――
「ええっと、まだいつ載るかとかは決まってないというか、まだいつ刊行されるかも――」
後半は嘘ではない。
――そうなんですか、少女は残念そうな表情を浮かべた。
――雛見沢は良いところだから、是非載せてくださいね、と笑った。
私は複雑な表情を浮かべた。
474 :
名無しのオプ:2009/09/28(月) 00:12:24 ID:SesO3DJk
「おやおや、勢揃いですね、皆さんこんばんは〜」
少し変な節回しの声がして、恰幅のいい中年の男がやって来た。
「ああ、大石さんこんばんは、明日の警備の話ですか?」
富竹が答える。
「んっふ〜そうですね、今年こそ何も無いと良いんですがね」
そう云って大石と呼ばれた男は全員の顔を舐めるように一瞥(いちべつ)した。
少女は嫌な者を見るような目で、男を睨み、
――明日のお祭りには来てくださいね、と私に云って去っていった。
「おやおや、嫌われちゃいましたかね、ところでそちらの方は?」
大石は私に顔を向けた。
「こちらは、関口さんと云って、東京で旅雑誌の作家さんをなさっている方ですよ」
富竹が私よりも早く応答した、――どうも、私は頭を下げた。
「雑誌社の方ですか、いや雛見沢も有名になったもんですな。私は大石蔵人と云います。
興宮、隣町で刑事をしています」
「大石さん、刑事さんですか」
「ええ、何なら蔵ちゃんでもいいですよ、んっふっふ」
大石はねちっこく笑った。
「さてさて、そろそろ行かないと、もうちょっと遅刻ですね」
――よいお年を。
大石はそう云い残して、警官達が集まった方へ向かっていった。
475 :
名無しのオプ:2009/09/28(月) 00:13:55 ID:SesO3DJk
――今年も起こるのかしらね、オヤシロ様の祟りは。
――いやあ、君も好きだなあ。
鷹野三四が富竹に話しかけている。
――いいじゃない、こんな渇いた時代には潤いが必要だわ。
――でも、ほら関口さんもいるんだから
鷹野三四は私の方をちらりと見た。猫が鼠を確認するように。
――都会じゃこういった怪奇譚は喜ばれるのよ。
鷹野三四は富竹に云った。
彼女はこちらに向き直り。
「関口さんは祟りを信じるかしら」
――祟り――そういえばあの手紙にもオヤシロ様の祟りと――
「祟りですか、面白いとは思いますがあんまり信じていませんが――」
そう答えた私の目を彼女は少し非難の混じった視線で捕らえた。
「そう――でも、祟りを信じるかどうかは話を最後まで聞いてからゆくっり考えてください」
そういって彼女はくすりと嗤った。
476 :
名無しのオプ:2009/09/28(月) 00:16:05 ID:SesO3DJk
そんな私たちを見て、富竹はヤレヤレという表情を浮かべ一度大きく息を吐いた。
「それじゃ、少し僕が話そう―関口さんは雛見沢ダムの事件はご存知ですよね?」
「ええと、実は詳しくは知らないんですよ、何かがあったらしいという話は聞いているんですが・・」
――そうか、と富竹は頷いて。
「なら最初から話しましょう、昔といっても数年前ですが、
雛見沢ダム計画という、ここら辺一体がダムの底に沈む大がかりな国のダム計画があったんですよ
そして、それに反対するために住民運動が結成されて国と激しい戦いを繰り広げたんです」
――確か――あの手紙にもダムの事は書かれていた――
「その雛見沢の人達が結束して旗揚げした、反対同盟の事務所があったのがこの神社なんです」
「ほらあの集会場がその名残よ、解散後は老人会のサークル活動にしか使われてないけど、
当時はまさに最後の砦だったそうよ」
鷹野三四が本堂に向かって左の別棟を指した。
「そういった事務所とかは普通、村長宅等が兼務するものじゃないのですか?」
「通常はそうだろうね、けど彼らは雛見沢の守り神様である
オヤシロ様を祀るこの神社に本陣を置く事で必勝を祈願したんだよ」
富竹が答えた。
・・・オヤシロ様・・・
―――間違いない―――
さっきオヤシロ様の祟りと云っていた。
477 :
名無しのオプ:2009/09/28(月) 00:17:41 ID:SesO3DJk
「オヤシロ様というのはこの神社の祀る神様の名前です、雛見沢を守っていると伝えられている」
富竹は一呼吸置いて――ここからは鷹野さんの方が詳しいかな、と鷹野三四に視線をふる。
「平たく云えばそのままよ、オヤシロ様はこの雛見沢に伝わる古い神様で、
神聖なこの地が俗世に汚される事がないよう、守り続けて来たと伝えられているわ」
「オヤシロ様崇拝は一種の選民思考の表れではないかと、研究されているわね。
大昔の雛見沢の人達は自分たちが人間とは違う、格が異なる存在だと強く信じていて、
下界との交流を『格が落ちる』として忌み嫌ったそうなの。・・・だから村に下界の人間が来ると
不純が混じってオヤシロ様のバチが当たると強く信じ、何者も近寄らせなかったそうよ」
「よく推理小説に出てくるよそ者を嫌う村、そんな感じだったらしいです」
富竹が補足する。
「だから下界からやって来た穢れたダム計画に立ち向かう為にこの神社に本陣を置いたんだろうね」
富竹は続ける。
「縁担ぎも万端、村民達は死力を尽くしてダム計画に立ち向かうんだ・・・・その最中なんだよ。
事実上あの事件でトドメが入ったと云ってもいい」
「雛見沢ダムの建設現場の監督がね――殺されちゃったの――」
鷹野三四が云う。
478 :
名無しのオプ:2009/09/28(月) 01:11:35 ID:zkDamkbb
おお続きが。
頑張ってくれ。
479 :
名無しのオプ:2009/09/28(月) 01:23:26 ID:SesO3DJk
「4年前だね、関口さんが見たのはこの事件だと思うよ、凄惨な事件だったから結構取り上げられたから」
富竹が云う。
――凄惨な事件?
「バラバラ殺人だよ」
富竹が答える。
――バラバラ殺人――
――4年前の綿流し祭の日にダム現場の監督が殺されました――
「その翌年にはね、雛見沢の住民でありながらダムの推進派のグループを結成していた男がね、
旅行先で崖から落ちて死んじゃったの。これは事故だそうよ」
「何しろ雛見沢中から敵視されていたからね。警察も念入りに他殺の線を洗ったんだけど、
結局、事故と断定したみたいだよ」
――これは今日鳥口が調べに行った、3年目前の事件――
「更に翌年、今度はね、この神社の神主さんが原因不明の病で倒れて急死しちゃったの」
「前の神主さんはちょっと日和見的な性格だったらしいね、何しろ本陣を構えている所の
主だからね、反対運動の盛り上がっている村の中では不満もあったらしいね」
――2年前の綿流し祭の日に神社の神主が殺されました――
「しかもね、面白い事に、これらの事件や事故はみんな綿流しのお祭りの晩に起こるんだよ」
「ね、――ちょっと祟りっぽくなってきたでしょう?」
――という事は、やはりあの手紙――告発文は本当なのか?――
「さらに翌年。つまり去年だね。今度は、事故死したダム推進派のリーダー格の男の、
弟夫婦の奥さんが撲殺死体で発見されちゃったんだ。もちろん犯人は捕まったけどね」
「ね?やっぱり祟りっぽいでしょう?」
――やはりあの手紙は真実なのだ、では一体誰があの手紙を――
480 :
名無しのオプ:2009/09/28(月) 01:26:32 ID:SesO3DJk
「最近では、みんなオヤシロ様の祟りだと噂しているらしいね、
実は何年か前までは綿流しのお祭りはそこまで盛況じゃなかったんだよ。
不信心者にはバチがあたるかもしれない、だからお祭りには行こうって人も多いだろうね」
富竹はそこで一区切りつけた。
「さて、ここまで聞いて関口さんは祟りはあると思いますか?」
鷹野三四が語りかけてくる。
「まあその、それでも祟りなんかないと思いますけど、信じる人の気持ちはわかりますが・・・」
私は答えた。
「祟りでもなく、偶然のはずもないのなら、――これらの事件はどういう事になるのかしらね」
鷹野三四が尋ねてくる。
「―――」
返答に困った私に、富竹が助け船を出してくれた。
「鷹野さんはね、これは人の仕業かもしれない、って云っているんです」
「だってそうでしょ?祟りでもなく偶然でもないなら、人の意志が働いているとしか考えられないもの」
――これは、計画殺人? それともオヤシロ様の祟り?――
481 :
名無しのオプ:2009/09/28(月) 01:28:36 ID:SesO3DJk
「――でも人の仕業だとすると、村の中に犯人がいるという事になりますよね?」
私は問うた。
「そうね、警察の大石さんはそういう風に考えているみたいね、
それに村の中ではオヤシロ様の祟りはダム計画抵抗運動の暗部じゃないかとも云われているわ」
鷹野三四は嬉しそうに答えた。
「まず、動機が村の内部の人間以外には無いもの、
――それにね関口さん、雛見沢の人間にはわかる、雛見沢の人間の犯行だという証拠があるんです」
鷹野三四は続けた。
「必ず1人が死んで、1人が消えるの――」
どういう意味だ?
「――消えると云うのは、失踪するという事ですか?」
新しい情報に私の頭はパニック寸前だった。
482 :
名無しのオプ:2009/09/28(月) 01:30:57 ID:SesO3DJk
「そう、忽然と、跡形もなく――」
鷹野三四は私の目を覗き込む。
「実はね、雛見沢に伝わる古い古い伝統のひとつに
オヤシロの様の怒りを鎮める為に生け贄を捧げた、というのがあるの」
鷹野三四は楽しそうに。
「それが、簀巻き(すまき)にされて、底なし沼に生きたままじわじわと時間をかけて沈めたんですって」
鷹野三四は更に楽しそうに。
「文献を調べた限りでは、3日3晩かけて本当にゆっくりと、じわじわと、沈めたそうよ。
ほら昔の人って駄洒落が好きでしょう?、『沈める』と『沈める』をかけたんていたんでしょうね
『時間をかけて鎮める』という意味があったんでしょうね――」
――くすくすくす
鷹野は嗤った。
483 :
名無しのオプ:2009/09/28(月) 01:35:18 ID:SesO3DJk
3日3晩かけてじわじわと沈めていく、
想像しただけで、私は顔から血の気がひいていくのを感じた。
「鷹野さんは雛見沢出身じゃないけど詳しいでしょう、
彼女は郷土史とか民間伝承が好きでね。全部独学で調べたんですよ」
呆然としている私に富竹が云った。
「そんなにかっこいいものじゃないのよ、単なる知的好奇心。
・・子供と同じよ、ただの怖い物みたさなんだから」
鷹野三四は恥ずかしそうに云って富竹と笑いあった。
「ちょっと待ってください、という事は人が1人亡くなる意外にも
1人がいなく――生け贄にされているという事ですか?」
私は話を本題に戻した。
484 :
名無しのオプ:2009/09/28(月) 01:36:10 ID:SesO3DJk
「うーん、生け贄にされているかは別にして、
過去の事件では必ず1人が死んで、1人が消えているんだよ」
富竹はさらりと云う。
「例えば、一番最初のダム現場の監督が殺された事件も、
複数犯の最後の1人がまだ逮捕されてないらしいんだ」
富竹は平然と続ける。
「で、次の年のダム推進派のリーダー格の男なんだけど、崖から落ちたね、
その時奥さんも一緒に落ちたらしいんだよ、けどその奥さんが見つからなくてね。
警察も懸命に捜査したらしいけど、増水していたらしくて奥さんの遺体は見つからなかった」
富竹は悠然と続ける。
「その次の年の神主の病死の時はもっとはっきりしている、奥さんが遺書を残していたらしい
『死んでオヤシロ様の怒りを鎮めに行きます』みたいなのが自宅にあったらしい。
その奥さんが入水自殺した沼は、さっき鷹野さんが話した底なし沼って事になっていて、
警察が沼を調べたけど、遺品が見つかっただけで、遺体は見つからなかった」
富竹は忽然と続ける。
「その次、去年か、殺された主婦の義理の甥だっけ、
確か2年目の祟りの事故に遭った夫婦の子供だったらしいんだけどその子が消えたんだ」
「まあ、ざっとこんな感じね、1人が死んで、1人が消える」
鷹野三四が締めた。
485 :
名無しのオプ:2009/09/28(月) 01:37:58 ID:SesO3DJk
私は頭の中を整理しようと勤めた。
1人が死んで、1人が消える、それが事実なら、やはり村の内部に犯人(犯人達)がいる事になる。
それはオヤシロ様信仰というものに取り憑かれた、狂信者達という事になるのだろうか。
もちろん祟り等という非科学的な物を排除するならばだが・・・
――これは、計画殺人? それともオヤシロ様の祟り?――
「という事はやっぱり、オヤシロ様の信仰者、この村の中に犯人がいると言う事になっちゃいませんか?」
私は考えを述べた。
「そうね、そういう事になるわ」
鷹野三四が云った。
「それなら、一体誰が――」
今度の私の問いには回答はなかった。
暫く時間が止まった。鷹野三四は黙って私の顔を覗き込んでいる。
486 :
名無しのオプ:2009/09/28(月) 01:39:34 ID:SesO3DJk
「鷹野さん、もういい加減にした方がいいよ、関口さんが本気にしてるじゃないか」
富竹が時間を破った。
「関口さん、あくまでもこの話はそういった符号があるというだけの、ただの噂話ですから」
富竹が明るく云った。
「まったく、鷹野さん悪い癖だよ、そうやって人を驚かして喜ぶのは」
「くすくす――ご免なさいね、関口さんが真剣に聞いてくれるからつい嬉しくなっちゃって」
鷹野三四は続ける。
「でも、明日のお祭りでは一体、誰が死んで、誰がいなくなるんでしょうね――」
――そして今年は私が殺されます――
「鷹野さん」
富竹が子供をしかる親の様な声を出した。
鷹野三四は――ご免なさい、と云ってペロリと舌を出してはにかんだ。
487 :
名無しのオプ:2009/09/28(月) 01:44:56 ID:SesO3DJk
「関口先生ーー」
ちょうどその時、階段を上がりながら鳥口が声をかけてきた。
「さてと、それじゃ僕らも行こうか」
富竹が鷹野三四に声をかける。
――それじゃ関口先生、明日のお祭りで会いましょう。
富竹はそう陽気に云って去っていった。
その去り際、鷹野三四がこちらにやって来て。
「今日は話していてとても楽しかったです――是非また今度も聞いてください。
雛見沢の昔話とかお伽噺(おとぎばなし)にも興味深いのがたくさんあるの。
もちろん、薄気味悪いのがたくさん――」
そう云うとゆっくりと嗤った。
私は顔が赤くなるのを感じた。
488 :
名無しのオプ:2009/09/28(月) 07:30:45 ID:YI3iP2KR
所々日本語が怪しいのが勿体無いな
>富竹は忽然と続ける。
とか。〜然で韻を踏みたかったのかもしれんが文章としてはおかしい
あと台詞の間にそんな地の分を無理矢理入れようとしなくてもいいんだよ
489 :
名無しのオプ:2009/09/28(月) 09:44:03 ID:YI3iP2KR
490 :
名無しのオプ:2009/09/28(月) 18:40:27 ID:WweI+5sq
>>488 乙も言えないのに大口叩くなら自分でこれくらい書いてみろ
>>440-
>>487 職人乙!!すげええええええええええええ
ちょっと最初っから何回か読み返すわ
久しぶりにきて本当によかった
491 :
名無しのオプ:2009/09/28(月) 19:55:30 ID:YI3iP2KR
乙は素で忘れてたごめん
492 :
名無しのオプ:2009/09/28(月) 21:37:15 ID:SHgEL2On
面白い!頑張ってくれ
空が橙色(だいだいいろ)になる頃、鳥口は小学校の職員室にいた。
と云っても小さな分校の小学校だ、そんなには大きくない。
「それじゃ知恵先生、もし上手くいったら、こちらの取材に全面的に協力してもらいますからね」
鳥口が云う。
「はい、わかりました」
知恵と呼ばれた女性は頷く。
鳥口は云う。
「まあ、泥船に乗ったつもりで安心してください、義を見てせざるは優なきなりですよ」
後半は意味が通じても漢字が違う事に、鳥口は気が付かなかった。
「皆さん、明日のお祭りの準備、遅くまでご苦労様です。
近年連続して起こっている、所謂雛見沢連続怪死事件ですが。
今年も昨年の様な、便乗した模倣犯の犯行などに十分注意してください。
んっふっふ〜まあ、と云っても多分事件を未然に防ぐ事は不可能でしょう。
今年も1人が死んで、1人が消えます」
部屋内に苦笑の波が起きる。
「大事な事は、明日の晩に起きた事にしっかりと食らいついて、
その裏側にあるモノを引きずり出す事です」
「今年こそオヤシロ様の祟りの化けの皮を引っ剥がしてやるぞ!」
――おおおおお!!
部屋内に野太い咆哮があがった。
495 :
名無しのオプ:2009/09/29(火) 00:25:17 ID:DVgMrmgC
基本的に週末に投稿しようと思っています
(今週は京極が登場予定)
長めの雑文になると思いますが、
「面白くない本など無い」の精神でお付き合い頂けたら幸いです
496 :
名無しのオプ:2009/09/29(火) 01:04:51 ID:R9hMoWZ6
乙。結構な量になるとは思うが、頑張ってくれい。
497 :
名無しのオプ:2009/09/29(火) 10:27:11 ID:EWbUvFWc
なんとなくでも最後まで構想できてる?
横からちゃちゃ入れたら困る?
498 :
名無しのオプ:2009/09/29(火) 19:26:54 ID:4G76E0Qq
>>495 乙!あなたが神か…
京極キャラとひぐらしキャラが違和感なく絡んでるな
情景が目に浮かぶようだ
続きがものっそ楽しみだが無理はせず適当なペースでいいんで
陰ながら全力で応援してます!
499 :
名無しのオプ:2009/09/29(火) 21:31:31 ID:zlAoBHQs
スレも半分にきて面白いことになってるよなぁ
最初はこんなことになるなんて露ほども思ってなかったw
500 :
名無しのオプ:2009/09/29(火) 21:35:02 ID:fC8icgSd
乙!面白かった!
三四と京極の共演に期待してます
501 :
名無しのオプ:2009/10/03(土) 23:48:30 ID:MQiFXX9z
六月十九日(日)
私は川を見ている。
水はやや濁っているが流れは緩やかで、
川音がしなければ止まっているように思える程である。
私は溜め息を吐いた。
水辺が――好きな訳ではない。
例えば海などは、広過ぎて、深過ぎて、激し過ぎて美し過ぎて、だからかえって厭になる。
海を眺めていると見ている自分の方が矮小で、浅薄で、自堕落で汚らしいモノだと思い知られる。
そんな気がするから、私は海がそれ程好きではない。
紺碧の天空。雄大な海原。そもそもそんなものが私に似合う訳はないのだ。
健康的なもの。真っ当なもの。熾烈なもの。整然としたもの。
私は元来、そうしたものが苦手なのである。
だから――この程度でいい。
――それだけか?
ふと、不安が頭を擡げる(もたげる)。
それは確かにそうなのだ。私はそう云う性質の人間なのである。
でも――
502 :
名無しのオプ:2009/10/03(土) 23:50:25 ID:MQiFXX9z
目が覚めた、覚めてしまった。
ぼんやりとした頭で時刻を見る、11時半ぐらいだった。
「鳥口は・・・」
声に出して云ってみた――掠れた。
この時間まで寝ている事は、私としては普通なのだが――
身支度を整えて、下に降りてみる。
言づけをもらった、
――ちょっと出てきます、夕方までには戻りますので、その後お祭りに行きましょう。
だ、そうだ。
いきなり暇になってしまった。
「さて、どうしたものか」
声に出して云ってみた――浮かばなかった。
とりあえず、食堂に行って何かまずいものを食べた。
そして、腹が膨れたところで部屋に戻ってみる。
とはいえ、戻った所で何もする事がなかった。
よって、座敷に大の字になり天井を見つめる。
思い浮かぶのは彼女――あの少女――何て名前だったか――
私は思索の海に落ちていく。
503 :
名無しのオプ:2009/10/03(土) 23:54:02 ID:MQiFXX9z
――まず、始まりは月刊實録犯罪に送られてきた1通の手紙からだ。
『4年前の綿流し祭の日にダム現場の監督が殺されました
3年前の綿流し祭の日にダム反対派の住民が殺されました
2年前の綿流し祭の日に神社の神主が殺されました
1年前の綿流し祭の日に2年目の被害者の親戚が殺されました
そして今年は私が殺されます
これは、計画殺人? それともオヤシロ様の祟り?』
富竹と鷹野三四によると、この文面は真実らしい。
雛見沢では毎年綿流しの晩に人が死んでいる(殺されている?)
しかも、それだけではなく1人が失踪するという(拉致?)
オヤシロ様の怒りを沈めるには生け贄を捧げるらしい(失踪した人は生け贄に?)
オヤシロ様はこの村の守り神・・・(オヤシロ様の祟り?)
被害者の共通点・・動機?(反ダム運動にそぐわない者?)
ダム現場の監督・ダム反対派の住民(これはわかりやすい)
神社の神主・・・神主はダム反対運動に消極的だった(けれども)
ダム反対派の住民の親戚・・・最後の事件の理由は曖昧すぎる(曖昧になっている?)
昨日の夜、鳥口に確認したところ、
2年目の転落死は事故、神主は病死として報道されているらしい。
去年の事件は報道されていない(秘匿指定がかかったのかもしれないとの事――)
そして――今年は私が殺されます
今年は誰が死ぬんだ?――私とは誰だ?
本当に事件は起こるのか?――また1人が死んで1人が消えるのか?
それはいつ?――今日――でも――
男が2人いる。
「わかった、出て行けばいいんだな」
「ああ―――」
1人の男の手には、映像記録媒体(えいぞうフィルム)が握られている。
「け、大体俺もこんなしけた村にいるのは飽き飽きしていたんだ」
「なら、ちょうどいいじゃないか」
答えた男はにやり、と微笑む。
「なぜそんな事をする」
「なぜ?、人助けに理由が必要かい?、義を見てせざるは優なきなりだぜ」
505 :
名無しのオプ:2009/10/03(土) 23:57:19 ID:MQiFXX9z
でも――私が海を好まぬ理由はそれだけではないように思う。
何か自分にとって決定的な事柄を、私は失念しているのではないか。
そうなら――それは何だ。
――何を忘れてる?
何も思い当たる事はない。
――どうでも――いいことか。
多分、どうでもいいことなのだ。
例令(たとえ)何かを忘れているにしろ、私は取り敢えず日常生活を送れているのだから。
――でも。
私は何か忘れている事すらも忘れて、それで諾諾(だくだく)と暮らしていたのではないのか。
そう考えると少しだけ怖くなった。
私は精彩の欠いた景色を焦点の定まらぬ眸(ひとみ)に映し乍ら(ながら)ただ悶悶とした。
淙淙(そうそう)と川の流れる音がする。
――水の匂いがする
私はその湿り気を、胸いっぱいに吸い込む。
ああ、生きている、と思う。
まるで湿性類だ。ほとんどの人が額に汗して働いているであろうその時間に、
私はただ無為に、呼吸をすることで生を実感している。
そうして私は、社会の一部として機能していないへの背徳さ(うしろめたさ)を満喫する。
私はいつもそうだ。
無為だ。徹底的に無為だ。
草の間に水鳥がとまっている。
――鷺か。
違うかもしれない。
私は無心に鳥を見つめた――鳥を――
506 :
名無しのオプ:2009/10/03(土) 23:58:49 ID:MQiFXX9z
――鳥を――
「鳥!!」思わず叫んでいた。
「うへえ」誰かが叫んでいた。
ここは――この天井は――
「関口先生ー吃驚(びっくり)するじゃないですか」
誰かが云う。
「大体、何度も云いますけど、僕は鳥じゃなくて鳥口ですよ」
鳥口が云う。
「それに先生、鍵もかけないで不用心ですよ――さあ早く起きてください、お祭りに行きますよ」
――ううーん
頭を振る、陽が低く色が変わりだしている。
もう夕刻だ。
「鳥口君、一体どこに行っていたんだい?」
「いやあ、僕は優しい男ですから、義を見てせざるは優なきなり、ですよ」
「鳥口君、その『ゆう』は優しいじゃなくて、勇ましい、勇敢の『ゆう』だよ」
「うへえ」
507 :
名無しのオプ:2009/10/04(日) 00:08:48 ID:o5udKT5r
死体には乳房が無かった。綺麗に切り取られていたのである。
およそ素人の技量とは思えぬほどのわずかな出血量であるから、おそらく医術に心得があるものの所業であろう。
それにしても…臭い。死体とは斯様にも臭うものなのか。口で息をせぬと嘔吐するのは時間の問題である。
『クセエよ…』そう僕は呟きながら、作業に取りかかった。
508 :
名無しのオプ:2009/10/04(日) 00:10:27 ID:OpiGXL/x
雛見沢に向かう途中、鳥口が仕入れてきた情報を聞いた。
「4年目の事件、去年の事件ですね。どうやら本当にあったみたいです。
話によると被害者は北条玉枝、2年目の事件の、北条夫妻の親戚にあたるみたいですね。
やっぱり秘匿捜査の指定がかかって報道はされなかったようです」
富竹と鷹野三四の話は真実だったのか・・・
「それで、これが凄い情報なんですけど実は全部の事件が被害者は1人だけじゃないんですよ、なん―」
「1人が消えるんだろ、一緒に」
鳥口が嬉しそうに語るので、突っこみを入れてみた。
「先生!なんで知ってるんですか!」
「いや、昨日鷹野さんと富竹さんに聞いたんだよ」
「なら、僕にも教えてくださいよ、大体文屋にとって情報は命の次に大事な――」
――悪かった、と謝っておいた。
「で、ですね、どこまで知ってるんですか」
「えーと、最初が殺人犯の犯人、次が一緒に落ちた奥さん、死んだ神主の奥さん、
そして、えーと、2年目の夫妻の子供だっけ」
ガタガタ――と車が舗装されていない道路に入った。
509 :
名無しのオプ:2009/10/04(日) 00:11:20 ID:OpiGXL/x
「最初の方はともかく、最後の事件の消えた被害者には関連性が見えないよ」
「最後の事件の失踪者は、北条・・・えー・・沙都子(さとこ)ちゃんのお兄さんだから、
北条悟史 (さとし)君ですね」
鳥口が答える。
「悟史君は、2年目の事件の後、沙都子ちゃんと一緒に親戚の家に預けられたみたいですね。
ホント北条家ってのは呪われているんですかね、沙都子ちゃんも大変な目に遭っていたし」
鳥口がぼやく。
「沙都子ちゃん?それは誰だい?」
「それは、ほら、さっき云った、今日助けた、少女ですよ」
そう云えば、部屋で鳥口が何か云っていた――
鳥口は私の横顔をちらりと見て、溜め息をついた。
「北条沙都子ちゃんは、義父の北条鉄平に虐待されていたんです。
いや、実は北条鉄平は最近雛見沢に帰ってきたらしくて、そこで僕が人肌脱ぎまして――」
私の頭は処理能力を超えてしまったらしく、頭が痛くなってきた。
「鳥口君、もう『北条』が多すぎて、僕には何が何やら」
「関口先生、それは"順番が間違っているから、わかりにくい"だけですよ」
順番が間違っているから、わかりにくい――そうなのかもしれない。
「でも鳥口君、それは君の説明能力が足りないんじゃないのかい?」
――うへえ
510 :
名無しのオプ:2009/10/04(日) 00:12:51 ID:OpiGXL/x
鳥口はゆっくり、丁寧に説明した。
北条家には2人の子供がいた、悟史と沙都子。
2人は2年目の事件で北条夫妻がいなくなると、親戚の鉄平・玉枝夫妻に預けられる事になる。
(北条夫妻は2年目の被害者、ダム推進派のリーダー格だった)
けれど、4年目の事件で今度は、玉枝と悟史がいなくなった。
残ったのは鉄平と沙都子だけ、だが鉄平は沙都子を残して雛見沢を離れていた。
そして、最近なぜか鉄平が戻ってきた。そして沙都子を虐待していた。――らしい。
「で、そこで、鳥口守彦様登場と云う事かい?」
「そうです、先生にも見せたかったな僕の雄志を」
鳥口は誇らしげに云う。
「でも、それで鉄平がいなくなったら、沙都子ちゃんはどうなるんだい?」
「これは、鉄平がいなかった間もそうなんですけど、
古手神社で古手梨花ちゃんと一緒に暮らしていたそうです。だからその後も問題は無いですよ」
「古手梨花?」
「何云ってるんですか、一昨日会ったでしょう、ほら神社で――」
――ああ、あの少女だ。
「神社で暮らしているって・・・」
「古手梨花ちゃんは3年目の事件で両親を亡くしています、その後しばらくは村長の所でいたそうですが
今は神社の中の家に1人で、沙都子ちゃんもいれると2人で住んでいるそうです」
――また、頭が痛くなってきた。
511 :
名無しのオプ:2009/10/04(日) 00:14:07 ID:OpiGXL/x
「でも、まだ子供じゃないか、大丈夫なのかい?」
「まあ、ここら辺は田舎ですからね、そこらへんは大らか何でしょう」
鳥口は笑う。
「それにしても確かに北条家は呪われてるのかもしれないね、残された沙都子ちゃんには
両親の他界、兄の失踪、叔母の殺害、叔父の虐待、不幸の大行列だ」
「そうですね、今は入江診療所に入院しているみたいですけど」
鳥口が告げる。
「入院してる?」
「ええ、虐待によって、ちょっと錯乱状態と云うか、おかしい感じで――」
――幼少期の精神的外傷はその後の人格形成に大きな影を落とす――
私は学生時代、自分の鬱病を克服するために神経医学や精神医学を志した時期がある。
そうして手に入れたのが――鬱病は完治する事はないという事実だった。
彼女、北条沙都子に共感を覚えた。
「それは・・・」
鳥口は私の顔を見て――明日にでもお見舞いに行きましょうよ、と陽気に云った。
少し気が滅入った。
「入江、沙都子の病状はどうなのですか?」
「今は薬が効いてきて、落ち着いて来ています。もう大事にはならないでしょう」
「それは良かったのです、よろしくお願いするのです」
「はい――沙都子ちゃんは私の命に代えても守ってみせます」
「なら、もっと早く動いて欲しかったのです」
「それは・・・・」
「冗談なのですよ」
そう云うと少女はにぱー、と笑った。
513 :
名無しのオプ:2009/10/04(日) 00:19:01 ID:o5udKT5r
『マンコをそのままにしておくなんてあり得ないのです』
「沙都子、良かったですね」
「そうね、何が起こるのかわからないものだわ」
「梨花・・・もしかして期待しているのですか?」
「・・・」
「梨花・・期待した分だけ、失望は大きくなるのですよ・・・」
「羽入(はにゅう)、それはそうだけど、でも今回は今までとは違うわ
今まで関口や鳥口なんて、登場した事がないわ」
「でも梨花、あんな猿顔の男は主役には成れないのですよ」
少女は頬笑んで。
「でも羽入にはお似合いじゃないかしら、羽入が見えているかもしれないし――」
「あうあう、梨花がひどい事を云うのですよ」
515 :
名無しのオプ:2009/10/04(日) 00:31:35 ID:/mM+3uyK
白馬の猿www
516 :
名無しのオプ:2009/10/04(日) 00:46:12 ID:OpiGXL/x
「凄い人ですね」鳥口が云う。
「ああ、2000人はいるね」私は答える。
男2人で縁日を回る。
遠くで花火があがり、祭囃子が聞こえる。
――狂騒
やはりこうした賑やかなものが好きではないのだ。
――喧騒
やはりこうした華やかなものが好きではないのだ。
――陰陽
光があるから、影があるのか、明と暗は分かれていく。
気が滅入る。
517 :
名無しのオプ:2009/10/04(日) 00:47:47 ID:OpiGXL/x
お祭り騒ぎの一層騒がしい方から、見た事がある顔がやって来た。
竜宮レナと園崎魅音そして、古手梨花だった。
「関口先生、楽しんでますか?」
園崎魅音が声をかけてくる。
「まあね」――嘘を吐いた(ついた)。
私は子供が苦手なのだと思う――嫌いではないのか?
あまり接触する機会がなかったせいなのだろうか?
多分子供が持つ性質が私には合わないのだろう。
生命力に満ち溢れて、未来に向かっていく、しかも純粋に。
やはり私は子供が苦手なのだと思う――でも理由はそれだけだろうか?
竜宮レナが云う。
「折角だから、関口さん達も仲間に入れてあげようよ」――いや
古手梨花が云う。
「そうなのですよ、3人では少し寂しいのですよ」――嫌
竜宮レナが云う。
「関口さんは健太君を助けてくれたし」――嫌だ
古手梨花が云う。
「鳥口は沙都子を助けてくれたのですよ」――厭だ
園崎魅音が云う。
「よーしそれじゃ、園崎魅音の名において関口巽と鳥口守彦を仲間に加えます」
さらに気が滅入る。
518 :
名無しのオプ:2009/10/04(日) 00:49:09 ID:OpiGXL/x
少女達と射的をすることになってしまった。
しかも私が最後、トリを務める事になってしまった。
竜宮レナが云う。
「あの熊さんの人形かわいい〜」
子供というのは、皆こうなのだろうか?、それとも女性とは、なのだろうか?
熊を目指して皆がコルク玉を弾いていく。
けれども、当然、軽いコルク玉では簡単には落ない。
少し位置をずらすのが関の山だ。
「関口先生、あとちょっとですから、落としてくださいよ」
私の前に撃った鳥口が云う。
私の順番が来てしまった。
少女達が盛り上がっていたせいか、少なくない野次馬達が私を見ている。
「関口さん、絶対、絶対、熊さんとってね」
竜宮レナが云う。
「関口、ふぁいと、おー、なのですよ」
古手梨花が云う。
「関口先生、決めてね」
園崎魅音が云う。
かなり気が滅入る。
519 :
名無しのオプ:2009/10/04(日) 02:00:38 ID:OpiGXL/x
銃を手にした、手の平はびっしょりと濡れていた。
みんなの視線が痛い、みんなの期待が痛い。
私は何故こんな事をしているのだ?
―――期待が大きいほど失態は大きくなる―――
銃をかまえる、いつ以来だろうか?
多分あの戦場以来だろう。
私は戦争に行っている、それも将校として。
そもそも理系だった私は戦争には行かない事もできたはずだ。
私は何故、戦場に赴いたのだろうか?
もしかしたら、死にたかったのかもしれない――そう思う。
小隊長として南方の前線に送られた、結局私と木場修太郎以外は全員玉砕した。
私は戦ったのだろうか?――何故か必死に逃げまわっていた気がする。
――死にたかったのに?
銃口を向ける、手が震える。
がたがた――音をたてて、銃口がぶれる。
――ここは、何処だ?
指を引き金にかける、遠くで祭囃子が聞こえる。
私はためらいがちに――引き金を引いた。
520 :
名無しのオプ:2009/10/04(日) 02:01:38 ID:OpiGXL/x
弾は―――――はずれた――――――
521 :
名無しのオプ:2009/10/04(日) 10:19:03 ID:sqOpmaUP
おうふっ職人乙!
ほんとすごいわ
何も返せなくて悪いんだがマジで楽しみにしてる
これからの展開が気になってしゃーない
522 :
名無しのオプ:2009/10/04(日) 17:09:07 ID:C3Mqo10k
段々京極の雰囲気が薄れていってないか?なんつーか読みづらい。京極シリーズに影響受けたラノベって感じ。竜騎士と京極の間の子のなりそこないみたいな
523 :
名無しのオプ:2009/10/04(日) 19:15:25 ID:OowQeyow
読みづらいって言ったらお前の改行なしのレスも読みづらいけどな
まあ言いたいことはわかる
524 :
名無しのオプ:2009/10/04(日) 19:18:17 ID:9Re39/+r
別に京極風に書くスレではないだろ、自分は素直にGJだ
ひぐらしを題材にしてるんだから竜騎士っぽくなってもおかしくないし、関口と女の子達の会話とか良かったぞ
ただ、(びっくり)とかは京極読者はルビなくても読めるんじゃないか
気になったのはそれくらいだ
525 :
名無しのオプ:2009/10/04(日) 20:15:07 ID:OowQeyow
>>215-216みたいな意見もあるしなぁ。まあこれは極論だがね
どうせ読むなら京極風で、と思う人も少なからず居るだろうさ
むしろ自分は
>>468のレナの台詞
>「健太君人形が、かあぁいいの〜だからお持ち帰りしたいの〜」
に違和感を覚えるな
526 :
名無しのオプ:2009/10/04(日) 20:38:47 ID:/mM+3uyK
完璧に真似るのは無理だろ。
本人じゃないんだし・・・。
完結するまでは横槍入れずに見てろって。
527 :
名無しのオプ:2009/10/04(日) 21:39:16 ID:RdtE02UJ
そもそもがネタスレだから、そこまでのクオリティを求めるのは酷だろ
528 :
名無しのオプ:2009/10/04(日) 22:35:24 ID:UXASUtKU
逆に考えるんだ
> 京極シリーズに影響受けたラノベって感じ。竜騎士と京極の間の子のなりそこないみたいな
つまり2人のイメージがくっついた形態がこの小説と考えるんだ
どこまでもだらだらといい加減な傾斜で続いている坂道を登り詰めたところが目指す京極堂である。
木場修太郎(きばしゅうたろう)は坂道を登っていく。
木場は真四角の顔に、目と口が申し訳なさそうに付いている男だ。
美丈夫というには無理がある、だがそのがっしりとした体躯に合わせるとなかなか風格があるのだ。
木場はためらわずに母屋の戸を開ける。
京極堂は古本屋だ。主(あるじ)は神主で、陰陽師である。
京極堂の細君――中禅寺千鶴子(ちゅうぜんじちずこ)が応対に出てきた。
色白の、大層目の大きな、一見西洋人風の顔立ちをした美人である。
「京極はいるかい?」
主である中禅寺秋彦(ちゅうぜんじあきひこ)は屋号の京極堂が通り名だ。
京極堂は座敷で呪いにかかった芥川龍之介の様な顔に、
太宰治を拗らした(こじらした)ような表情を浮かべ、古い和綴じの本を読んでいた。
「旦那、公僕たる国家警察には休日なんてものはないんじゃないのか?」
京極は木場を旦那と呼ぶ、それは木場が旦那にふさわしい風袋をしているからだ。
――うるせいや。木場は座敷にあがった。
「さてこんな、時間にやって来るなんて――飯でもたかるなら、もう少し早いほうが」
京極堂が憎まれ口を叩く。
「よせやい、仮にもこの木場修太郎そこまで落ちぶれちゃいねいぜ」
京極堂は口の角を少しだけ上げた。
「今日は聞きたい事があって来たんだ、京極――未来予知ってのはできるのかい?」
「不可能だよ」
京極は眉根を寄せて、即答した。
「まあ普通はそうだが、ほら榎木津の馬鹿みたいな"未来が見える"奴がいる事はねえのかい?」
榎木津――榎木津礼二郎(えのきづれいじろう)は2人の共通の友人だ。
榎木津は戦争で致命的に視力を失ってから、"人の過去が見える"という能力を手に入れた。
今ではそれをいかして、神田で探偵をしている。
「いいかい、旦那、過去と未来というのはまったく違うんだ。
確かに榎木津には人の過去を見るという、云うなら超能力がある。
けれどもそれはそんなに難しい話でもないんだ、何なら科学でも推測できる」
「どういうことだ?」
「旦那、過去というのは確定した事柄だよ、記憶の積み重ねだ。
仮令(たとえ)ば記憶というのはど何処にあると思う?」
「この脳味噌じゃねえのか、よくわかれねえけど」
木場にとっては理論など、どうでもいい。
映画は見て面白ければそれで良し、画が映る仕組みなど興味もなかった。
「所謂(いわゆる)科学の信奉者達もそう考えているね、脳の大脳新皮質がどうとか。
科学的に推測するから、ここではその説を採用しよう。記憶は脳の細胞に刻まれたものだとする。
だとすると、人の記憶・過去を見る事、観測は不可能だろうか?」
「見えるわけねえだろ、人には頭蓋骨があるんだから」
「確かに今の科学では不可能だろう、でも進んだ科学、進(しん)科学とでも云おうか。
今から何百年も後、科学が発達して頭蓋骨の外側からでも脳の動きが観測できるようになったら?」
「そりゃ何百年も後なら可能だろうが」
京極堂は手で顎を撫でる。
「なら今度は、その脳の動きと同じ動きを自分の脳に行えばいいんだ。
そうすれば、科学的に人の過去が見えた事になるだろ」
「けど、そいつはずっと先の話だろ?」
「旦那、重要なのはそれが可能かどうかという話だよ。
榎木津には人の過去が見える、これは現時点では超能力さ、でも何百年も後なら不可能じゃない。
榎木津は"見る事ができないものを見ているだけさ、見えないものを見ている"訳じゃない」
「まあ、あの馬鹿の話はそれでいいにしても、
その進科学か、そいつを使えば未来だって見えるんじゃねえのか?」
「未来は過去みたいに一筋縄ではいかないんだよ、未来は可能性の塊で不確定な物だ。
例令るなら旦那が昨日食べた晩飯と、明日食べる晩飯のような関係なんだよ。
旦那が昨日食べた物は現在において確定していて変わったりしない、
けど明日何を食べるかは現在においては未確定なんだ。
もちろんある程度の予測や予報はできるけどね、
男独身(おとこやもめ)が食べる晩飯なんて店屋物か何かに決まっているから」
「ほっとけよ、じゃあ何百年たっても未来予知はできないのか」
「基本的にはそうさ、もちろん高度の予測や予報はできるようになるだろうがね。
ただ天気予報でも99.9%雨が降ると予報して、例令雨が降らなくてもそれは外れた訳じゃない。
残りの0.1%は当たった訳だからね、未来とはそう云う曖昧模糊な物なんだ。
未来は観測されて初めて現在、現実、今となる。云いかえれば未来は実存なんかしない」
京極堂は続ける。
「時間と云うものはね、1・2・3・・・と過去、現在、未来、
という並びじゃなく。0・1・2・・・と未来、現在、過去と並んでいるんだ。
そして、零――"ないものは見えない"」
木場はうーんと唸った。
「なら、その高度の予測か、例令ばそいつが百発百中までいく事はねえのか?」
「もちろん可能性はあるよ、でもそれは下手したら何千年後とかの話になるよ、
お釈迦様が弥勒菩薩になって56億7千万年後に人々を救いに来るのと同じような話さ。
さっき云った過去を見る、こちらは後2百年か百年ぐらいでできるかもしれない、
あるものを観測するだけでいい訳だから。
けど、未来の場合は観測しなくちゃいけないものが多すぎる。
旦那の明日の晩飯ぐらい短期的で限定的な物でも、さっき僕は店屋物だろうと予測したけど。
同僚と飲みに行くかもしれないし、急な事件が起こって抜きになるかもしれない、
飯をたかり損ねた帰り道に、拾い食いでもして腹を壊すかもしれない、可能性は無限に近い」
京極堂は仏頂面で笑った、そして――
「もし、森羅万象全てを観測し、それを理(ことわり)の中に入れ、確実な未来予測、いや予知か、
それができるとしたら、それはもはや―――神の所業だよ」
京極堂はそこで一区切りをつけた。
それを見計らったように千鶴子がお茶を持ってきた。
京極堂はお茶を一啜りすると。
――で、本題は何なんだい?、と聞いた。
木場もお茶を少し飲み。
「実はな――
533 :
名無しのオプ:2009/10/04(日) 23:09:30 ID:OpiGXL/x
とりあえず今週はここまでです
(本当はもっと書きたかったのですが達成できず・・・)
この次ぐらいから後半戦に入ります
ここまでは明るい感じでしたが、
後半は暗い感じになっていきます(いくと思います)
なるべく京極成分を増やそうと思っていますのでよろしくお願いします。
(といっても、直木賞作家には当然太刀打ちできませんのでそこはご了承ください)
534 :
名無しのオプ:2009/10/04(日) 23:11:07 ID:/mM+3uyK
乙。
やっぱ京極が登場すると面白くなるな。
535 :
名無しのオプ:2009/10/05(月) 09:53:56 ID:D7W1T7Qz
>>533 乙!
これだけ書けるんだからたいしたもんだよ
できれば、もし後半グロイ場面があるなら、その辺は適当に描写してくれw
むしろ
>>522>>528が言うようにこれを読んで
>京極シリーズに影響受けたラノベって感じ。竜騎士と京極の間の子のなりそこないみたいな
って思わせるのがすごいと思う
ちゃんと全く文章体が違う両方の要素を混ぜ合わせてるんだから
なりそこないじゃなくてこれこそが「なるべくしてなった形」なんじゃないか
536 :
名無しのオプ:2009/10/05(月) 09:59:31 ID:wL4Yigz7
乙・・・
ってかもう後半?
まだ榎木津も出てないけど大丈夫か?
537 :
名無しのオプ:2009/10/05(月) 12:59:20 ID:kJ90MSTK
大量投下乙
しかし、やっぱりなぁ……
関口あたりが喋っているならまだ良いが京極堂がおかしな日本語を喋っていると
猛烈に突っ込みたくなる
>>438で言う「指向」とやらが一体どこに向かっているものか見当もつかんが
少なくとも京極堂自身の台詞くらいは正しい日本語を使って欲しい
538 :
名無しのオプ:2009/10/05(月) 16:34:13 ID:9cIVhhWA
>>535 楽しませてくれるんだから
礼を言って労うべきだとは思うが
それはさすがに甘すぎる
539 :
名無しのオプ:2009/10/05(月) 19:56:04 ID:zmUIdo9w
>>537 趣向って書きたかったんじゃね?
>>538 でも京極レベルで書けるのなんて
本人くらいしかいないだろうよ
540 :
名無しのオプ:2009/10/05(月) 21:19:04 ID:kJ90MSTK
指向だろうが趣向だろうが同じこと
どういった目論見かは判らないが果たして京極堂に
間違った日本語を喋らせるに足る理由があるのかが問題
541 :
名無しのオプ:2009/10/05(月) 21:25:58 ID:eHxpVbAD
チトこだわりすぎじゃないか?
本人以外が書いてるもんにそこまで求めるなよ。
542 :
名無しのオプ:2009/10/06(火) 00:34:10 ID:5r4rZ1c7
本編とのつながりを考えるのは野暮かも知れんけど。
時系列としては川赤子からつながってるから姑獲鳥の前後?
なんにせよ、楽しく待ってます。
543 :
名無しのオプ:2009/10/06(火) 00:45:06 ID:UmP1AMoT
ひぐらしの時期と3〜40年の開きがある時点で時系列を考えても仕方無い気がw
益田とかがいれば絡新婦の後、とか考えやすいんだけどね。
544 :
名無しのオプ:2009/10/10(土) 23:47:34 ID:IBn9hUzq
――静寂、静粛、閑静、静かだ、水を打ったように音が溢れていない――
――静寂は素晴らしい。このまま、そうこのまま時間が止まってしまえばいいのに――
「り、り、梨花ちゃん、そ、そろそろ奉納演舞のじ、時間だよ」
園崎魅音の言葉によって静寂は打ち砕かれた。
私を取りまいていた人々が、蜘蛛の子を散らすように去っていく。
――ここは、何処だ?
そうだ、私は銃を構えていて・・・
「せ、関口先生、写真を撮らなきゃいけないから、先に行きますよ」
鳥口が云う。
――弾はどうなったんだろう?
よくわからない・・・
祭囃子が聞こえる。
――1人になった。
545 :
名無しのオプ:2009/10/10(土) 23:49:52 ID:IBn9hUzq
本殿の方に三々五々、人が集まっていく。
私もつられるように、そう向かっていく。
人垣ができつつある、境内を目前にして。
何かが行われるのだろうか?
背の低い私には見えずらい。
歓声があがる――少女――古手梨花が巫女のような服で出てきた。
鍬(くわ)のような物を持っている――奉納演舞――何かの儀式か。
人混みはつらかった。
眸に入る光が厭だった。
もっと暗い所に行きたい。
私の脚は暗闇に向かってく。
月が輝いている。
私には輝かしい光などは似合わない、相応しくない。
太陽の光は生命の輝き――私には向いていない。
私には月光がちょうどいい、それでいい。
私がこんな風になってしまったのはいつからだろう?――考える。
鬱病が激しく発病したのは学生の頃だった。
何故発病したのだろう?――考える。
当然だが、なりたくて、なったわけではない。
私は生まれつき、そういった人間だったのだろうか?――考える。
元々そういった素養を持っていたのかもしれない。
だが何かを忘れている気がする。何か"きっかけ"があったような?――考える。
私が発病したきっかけ、引き金――思い出せない。
ただ何かがあった気がする、けれど内容がわからない。
546 :
名無しのオプ:2009/10/10(土) 23:56:41 ID:IBn9hUzq
暗闇の中を歩いていると、それまでより少しだけ心が落ち着いてきた。
やはり私は日陰の人間なのである。
『蔭花植物』等という、ありがたくない仇名まで頂戴した事がある――命名者は榎木津だったか。
戦争からおめおめと戻ってきた後、私は大学に戻り粘菌の研究をしていた。
粘菌は走る黴、動菌とも云われ、面白い特性がある。
粘菌は葉緑素を持たず、動物のような栄養摂取をするのに、胞子をつくって繁殖する。
粘菌は動物と植物の合いの子の生き物なのだ。
私が粘菌の研究を辞めたのは、雪絵――妻と身をかためる事にしてからだ。
私はその時、副業にしていた、小説家などと云うものを職とした。
私のような社交性の欠片もない人間には、他の職業を選ぶ事などできなかった。
妻は私には勿体ない女性だ。気立ても、器量もどちらも優れている。
妻は何故私などと夫婦(めおと)になったのだろう?――考える。
妻は私の事を好いていてくれるのだろうか?――考える。
私は私の事がこんなにも嫌いなのに。
人間は考える葦だとは云うが、考えてはいけないものも、あるのかもしれない。
下手の考えは休むに似たりとも云うが、私の思考は物事をより良く捉える事ができないようだ。
考える事を止めるにはどうしたらいいのだろう?――考える。
ただ、考える事を止めた人間は、人間なのだろうか?――考える。
私は人間の範疇に入れてもらえるのだろうか?――考える。
私は葦――いや粘菌だ。
私は動物と植物の合いの子なんだ。
――粘菌は胞子をつくって繁殖する――
547 :
名無しのオプ:2009/10/11(日) 00:00:07 ID:IBn9hUzq
月夜の凶人のように、月光の中をふらふらと歩いた。
何処に行こうとするのか、何をしようとするのか。
あてもなく歩いていく。
拓けた所に建物がある――倉庫――倉――蔵――
ちょうど少し腰を下ろしたいと思っていたので、近寄ってみる。
近づくと入り口に影がある――影――陰――人影――
瞬時に躰が緊張した、今の私には人と接するには準備がいる。
「―――――あらあら。どなたかしら?」
聞いた事がある声を感じた。
――こんばんは、何とか声を絞り出した。
「あらあら、関口さんじゃないですか――今晩は」
声の主(ぬし)は鷹野三四だった、隣には富竹もいる。
これはとんだ出歯亀だったのかもしれない。
――え、ええと、上手く言葉にならなかった。
私の狼狽を察して富竹が答えてくれた。
「いや関口さん、そう云うんじゃないんだよ」
「くすくす―――残念だけど、関口さんが覗き見したくなるような場面じゃないのよ。
期待に添えなくて申し訳ないわね――」
鷹野三四は嗤った。
548 :
名無しのオプ:2009/10/11(日) 00:02:29 ID:IBn9hUzq
――じゃあ、こんな所で何を?
「いやあ、これはね・・・」
富竹は言葉に詰まり鷹野三四を見る。
「ここはね。祭具殿と云ってね。祭具をしまっている倉庫なの。
―――いえ、祭具を祀っている神殿と云ってもいいかもしれないわね」
鷹野三四の言葉に建物を見る、確かに古式ゆかしい佇まいの建物だった。
「今日、梨花ちゃんが使っていた、祭事用の鍬(くわ)もここにしまってあったの。
雛見沢の神主の血筋、古手家の人間以外は『不浄』を持ち込むから立ち入り禁止の不可侵領域――」
――聖域なの。
「じゃ・じゃあ、こんな所で何をしているんですか?」
鷹野三四は稚気の混ざった口調で。
「私、雛見沢の昔語りや伝承を趣味で研究しているって云ったでしょう。
私の知的興味の様々な答えがこの中に詰まっているの。
この中に入れる機会(チャンス)を今日まで、ずっと待っていたの――」
どうやら、この祭具殿の中に侵入しようとしていたらしい。
確かに今の時間帯はみんなお祭りに気を取られていて機会なのかもしれない。
けどそれは許されない事なのでは――考える。
富竹が私の視線に気づき。
「いや僕も、いけない事だとは思うけどね、鷹野さんが『どうしても』って云うから」
「つき合わせてしまってごめんなさいね。でも、ジロウさんのお陰よ感謝してるわ」
「やれやれ・・・でも鷹野さん、こういうのはこれっきりにしてくれよ?
こういう所に黙って入り込むのはやっぱり気が引けるよ」
「くすくす―――やっぱりジロウさんはいい人ね」
そう云うと富竹は扉に付いている南京錠に手を加えた。
ゴトリ――神聖なる建物を護っていてモノが外れた。
549 :
名無しのオプ:2009/10/11(日) 00:04:15 ID:R3AFmaLb
「いよいよね」
鷹野三四は唾を飲み込むと一呼吸して扉を押した。
中から黴(かび)くさいような歴史のにおいが漂ってきた。
「どう?関口さんも共犯なんだし、せっかくだから一緒に見学しません?
雛見沢の秘史を埋める。貴重な文化遺産の見物会よ。――今日だけの限定会館――くすくす」
鷹野三四は嗤った。
――共犯なんて・・・上手く声にならず、むにゃむにゃとした言葉が出た。
富竹は階段部分に腰をおろして
「ここで見張りをしていますから、見てきたらいいですよ。
僕はあまり趣味じゃないですけど、結構面白いかもしれませんよ――ふっふっふ」
富竹は笑った。
――この中に何があるのか、富竹さんは知っているのですか?
「まあね、鷹野さんに散々聞かされているからね・・・」
富竹は苦笑した。
結局私は反対の意志を示す事ができなかった。
550 :
名無しのオプ:2009/10/11(日) 00:06:59 ID:R3AFmaLb
祭具殿の中は真っ暗で鷹野三四がもっている角灯(ランタン)の灯りで、そこが狭い前室だとわかった。
「真っ暗だね、転ばないように気をつけるんだよ」
「ご心配ありがとう、――じゃあ門番をよろしくね。ここ、閉めるわよ」
鷹野三四は嗤い乍ら(ながら)扉を閉めていく。
――やれやれ・・・、富竹の声が少しずつ遠ざかり
――扉は閉められた。
扉が閉ざされる事で辺りには闇と閉塞感が漂いだした。
鷹野三四がもつ角灯の光で世界が揺れる。
前室の奥には古い乍らも頑丈そうな、厳かな装飾のされた、重そうな扉があった。
――奥にあるモノを封じ込める、最後の砦のようだ――
「ただの倉庫なのに前室があるなんて変わっているでしょう。
――1枚ずつ扉を出入りさせる事によって、中が外に見えないようにしているのよ」
鷹野三四が語る。
私は暗い壁ぞいにある切替(スイッチ)を見つけた。
――これは、何の気なしに入れてみると上に吊されている電球に灯が点り、世界は光に包まれた。
私の暗闇に慣れていた眸にはあまりに眩しかった。
すると鷹野三四は私の手に触れると、その上から切替を切った。
「関口さん、私たちは忍び込んでいるのよ、明るいのもいいけど――今は、ね――」
鷹野三四が私の耳元で囁いた。
雪絵――妻以外の女性の手に触れたのはいつ以来だろう?――考える。
彼女の手は白く、冷たかった。
551 :
名無しのオプ:2009/10/11(日) 00:08:38 ID:R3AFmaLb
前室の奥には広い空間が広がっているようだった。
鷹野三四が角灯をかざすと、正面の一番奥には、仏像のようなご神体が立ち、
侵入者である私たちを見下ろしていた。
「あれが雛見沢の守り神、――オヤシロ様よ」
あれがオヤシロ様、雛見沢を外界の穢れから守り、祟りを起こしているという・・・。
「――想像していたより、たくさんの祭具が収められているようね。
――でも残念、どれもあまり手入れがされていないわ。
――状態が悪いのが悔やまれるわね」
壁や天井や棚に色々なものが並べられている。
どちらかと云うと、祭事的、芸術的な形のものはなく、大工や鍛冶屋の作業場のような、
そんな感じの木製や金属製のものがごろごろと並べられている。
美術品の様なものがあるのを想像していた私は拍子抜けしてしまった。
「――あら、面白くないかしら」
鷹野三四が声をかけてきた。
「ええ、まあ、こういったものに興味がある人には楽しいのでしょうが・・・
僕にはよく価値が・・・」
鷹野三四は私の顔を覗き込むと、手帳の様な物を取り出すと。
「――それじゃあ、関口さんに昔話でも聞かせてあげようかしら。
この地方では一般的な昔話よ。みんなが知っているくらい」
彼女はそう云うと
「いーい?じゃあ―読むわよ」
母親が子供に聞かせるように語り始めた。
552 :
名無しのオプ:2009/10/11(日) 00:12:16 ID:R3AFmaLb
昔々、ある山奥の村にね、村があったの。その沼はね、底無しの深い―深い―沼でね。
地の底の、鬼の国に繋がっていたんですって、その沼は海よりも深いと云われて、
飲み込まれればそのまま黄泉の国まで沈んでいくと伝えられる、底なしの沼だったの。
その名を――鬼ヶ淵と云いました。
村人たちは鬼の国、つまり地獄のことね。――鬼の国と繋がるという沼を崇め乍ら過ごしてきたの。
でもね、ある日の事――
――沼の底から鬼が次々と現れたの。
村人たちは――地獄が溢れたと、怯えたそうよ。
そうして鬼たちは村人たちに襲いかかった、村人たちは隠れて怯えているしかなかったの。
鬼たちは残虐非道に村人たちを迫害していたそうよ、でも村人たちが本当に諦めた、その時――
――神様が――『オヤシロ様』が降臨したの。
天から降臨したオヤシロ様の力は鬼たちとは比べ物にならなかった。
鬼たちは戦うまでもなく、その威光の前に平伏したのよ。
けどね、オヤシロ様が鬼たちに元の鬼の国に帰るように諭したけど、
鬼たちは涙ながらに訴えたそうよ。鬼の世界にも厳しい戒律があって、
彼らは鬼の国を追放された鬼たちだったんですって。
鬼の国にも、もちろん人の世にも彼らの居場所は無かったの、
もちろん村を襲ったのは悪い事だけど彼らはそれを反省したの。
村人たちも話を聞く内にね、少しずつ気の毒になっていったわ。
それでね、村のみんなで話し合って、鬼たちと一緒に住む事を決めたの。
553 :
名無しのオプ:2009/10/11(日) 00:16:57 ID:R3AFmaLb
鬼たちは村人が自分たちを受け入れてくれるという申し出に、
まず耳を疑い、次に感涙に咽びいたそうよ。
村人たちは鬼たちに生活の場を与え、
鬼たちは恩返しに自分たちの持つ様々な力や秘法を村人に授けたの。
オヤシロ様はその微笑ましい交流をとても喜んでね、
鬼たちが村人と分け隔てなく暮らせるように人間の姿を与えたの。
そして自らも地上に留まり、末永く両者の交流を見守る事にしたそうよ。
554 :
名無しのオプ:2009/10/11(日) 00:20:00 ID:R3AFmaLb
「普通の御伽噺ならここで終わりなんだけどね。このお話は後世にだいぶ加筆されたみたいで、
まだまだ続く、ずいぶんと長い話になっているわ」
鷹野三四はそこで、目線で感想を求める。
「なかなか・・面白いですね、神と人と鬼が共存する話なんて聞いた事がないです」
私は彼女に声で答えた。
「ここからは、もっと面白くなるわよ、その後鬼と人との混血が進み、もう何も区別がなくなったの」
「鬼の存在は結局村にとけ込んで消えてしまった、という事ですか?」
「いいえ、鬼の存在は半分はちゃんと、残ったそうよ。
でも村人たちは鬼の持つ力が異端である事を充分に理解して、
ふもとの人々に崇められ乍らひっそりと暮らしていたの――でも、その残った鬼の血が重要なのよ」
鬼か―――ふと、友人が何時か(いつか)話していた話が浮かんだ。
「その鬼というのは、何か実際に起こった出来事が元になっているとか考えられませんか?
例令(たとえ)ば、有名なのでは漂流異人説とか」
古代の日本で近海で難破した西洋人をあまりの風貌のちがいに『鬼』と呼んでいたなんて話だ。
当時の日本では西洋人の存在などは知られていなかっただろう、
その体格や顔のつくり、肌の色から、赤鬼や青鬼などと、そう呼ばれていたという説だ――確か・・・
「遭難した異人たちが流れ着き、言葉も通じないで鬼と呼ばれ排斥を受け、山に逃げ込む、
彼らも生きるために山賊化して村々を襲撃して食料を奪ったとか・・・」
「確かに、実際に漂流異人説を唱える人はいるわ、でも実際にはどうだったのかは誰にもわからない
山賊化した異人たちか、本当に地の底からやって来た鬼たちだったのか――ね」
鷹野三四は何故か少し嬉しそうに答えた――私は彼女に何故か親近感(好意?)を感じた。
555 :
名無しのオプ:2009/10/11(日) 00:28:13 ID:R3AFmaLb
「さて、いよいよ、ここから面白くなっていくの――」
鷹野三四は語り出した。
「――村人たちに半分、鬼の血が流れているのは話したわね、実はその血なんだけど、
鬼は鬼でも『人食い鬼』の血なんだ、って云われているの。
その血は今でも村人たちに脈々と受け継がれていてね、――時折、目を覚ますらしいの」
彼女の言葉は、人と鬼の共存の美談を生々しく変えていく。
「鬼の血をひく者たちはね、周期的に『狩猟者』としての本能が目覚めて、
獲物を求めて人里に姿を現すの、そうしてその際に行われるのが『鬼隠し』なの」
彼女の声は、女性としては若干低く、優しく、響く。
「『鬼隠し』はね、人としての理性を失って文字通り鬼と化した村人たちが大挙して、
彼らが穢れた俗世と忌み嫌う村々に襲いかかって、まるで狩りをするように人を攫う(さらう)の」
彼女の唇は、妖艶に、淀むことなく動き続ける。
「しかもね、その『鬼隠し』はオヤシロ様も了承していたそうなの、
『鬼隠し』は無差別でなくて、神様が認めた生贄以外には誰もさらわなかったそうよ」
彼女の瞳は、角灯の光の中で静かに揺れる。
「そうして生贄を攫ってきた夜にはね――『綿流し』の儀式が開かれたというわ」
彼女の息は、壁にふんわりと形を創る。
私は何かがこみ上げてくる気がした。
556 :
名無しのオプ:2009/10/11(日) 00:30:26 ID:R3AFmaLb
「た、確か今日のお祭りも『綿流し』って云うんじゃ―――」
「関口さん、ワタって云いません?――臓物(ぞうもつ)の事」
鷹野三四が聞いてくる。
「ワタ・・・そう云えば魚のワタとか・・・・『腸流し』・・・」
自分の声から連想されるものを、ここまでおぞましく感じた事はなかった。
「そう、関口さんが想像しているとおり、『わた』というのは腑(はらわた)の事なの――
今でこそ綿流しは毎年6月に行われる、少し早い夏祭りに過ぎないけど、昔は違った――
それは、祭囃子で賑わうものではなく、もっと違う身が凍るような、凄惨な宴だった――」
彼女はそう云うと、私の方へ1歩近づいた。
「今日行われた奉納演舞は見ましたか?」
鷹野三四が尋ねてくる。
「・・・少しだけ・・・さわりだけは・・」
「そう――じゃあ、あの奉納演舞が何を意味しているのかわかってくるでしょ?
古手梨花――少女が持っていた祭事用の鍬(くわ)――あれは田畑を耕す鍬ではなくて――
あの後、あの鍬で祭壇の蒲団からワタを取り出すの、そうしてそのワタを一人ずつ沢に流すの」
彼女は頬笑むと、私の方へ1歩近づいた。
「これで、ここ祭具殿の中にどういうものがあるのか、わかってきたかしら?」
鷹野三四が問う。
「人ってね、上手にやれば結構殺さずに済むものらしいの」
彼女は私の耳元で囁いた。
私は何かがこみ上げてくるのを感じた。
557 :
名無しのオプ:2009/10/11(日) 00:35:37 ID:R3AFmaLb
知らぬが仏と云う言葉がある。この世には知らない方がいい事もあるという意味だ。
さっきまで大工や鍛冶屋の作業場のように見えたこの祭具殿も一つの情報で色が変わった。
これは、この祭具たちは、日常生活で目にする物ではない。ある目的のために造られた物だ。
壁に立てかけられた明らかに人型と見える求iはこ)、天井に吊されている鉄格子の様な檻、
中にはどうしても用途が理解できない怪しげな物もあった――自分が理解できない物は畏怖になる。
鷹野三四は一つだけの灯りである角灯(ランタン)を持って、壁沿いに先導していく。
時折嬉しそうに解説を交えながら、嬉々としている。
私は先ほど彼女に親近感を感じた理由が理解できた。
――彼女も狂っているのだ。
――さて、これで軽く1週できたかしら、彼女はそう云うと、私を向き。
「これで関口さんも何となく信じてもらえた?この雛見沢に伝えられる、恐ろしい儀式の数々が」
こうして実物を見せられては否定する事はできなかった。
――どん、どん
その時何処か遠くの板の間で子供が跳ねているような音がした。
けれども、彼女は気に留めなかった。
「で・でも、それは中世の魔女狩りのように大昔の出来事だと思いますが・・」
彼女は再び顔を寄せ、私の耳元に囁いた。
「関口さん、私はその風習が現代でも残っているんじゃないかと思っているの」
彼女は私の近くで嗤って、云った。
「でもね、これは絶対に内緒にしていてね、知られたら私、オヤシロ様の祟りにあうか――
生贄にされちゃうかもしれないから――そう云えば今夜、オヤシロ様の祟りがあるの――」
彼女は嬉しそうだった。
私は何かがこみ上げてくるのがわかった。
558 :
名無しのオプ:2009/10/11(日) 00:52:59 ID:LKX00KeQ
乙!
やっぱ関口視点は鬱々としてんなw
559 :
名無しのオプ:2009/10/11(日) 01:46:19 ID:R3AFmaLb
そして、彼女は手帳からある切り抜きを取り出し、私に見せた。
それは古い、新聞記事だった。
「これはね、実際にあったお話よ、明治の終わり頃にね。
鬼ヶ淵、もう気づいているだろうけどこれは雛見沢の旧名ね。
その鬼ヶ淵村でね、身元不明の惨殺死体が発見されたんですって。
当時の警察の資料がほとんど残ってないそうだから、
口伝(くでん)と記憶によるものだけどね。これが当時の新聞の切り抜きなの」
『―――カクモ無惨且ツ残虐非道ヲ尽クサレタ遺体ハ嘗テ無ク――鬼ノ仕業カ』
「どういう事かわかるかしら?」
「・・猟奇的な事件が明治に入っても起こっていたっていう事ですか?・・」
「そう――1説には明治は元より昭和の始め頃まで、その因習は残っていたとも云われてるわ」
――どん、どん
再び、何処か遠くの板の間で子供が跳ねているような音がした。
矢張り、彼女は気に留めなかった。
「で・・でも、め・明治だってそうとう昔の話ですよ・・・」
私の声は上擦っている。
――ぎぃいいいいい
その時、いきなり扉が開き、富竹が顔を見せた。
私は何かがこみ上げてきた。
560 :
名無しのオプ:2009/10/11(日) 01:49:43 ID:R3AFmaLb
「あっはっは、驚かせちゃったかな?」
「あら、ジロウさんも見たくて我慢できなくなったかしら?」
「僕は遠慮させてもらうよ。――あははは――生来ね、こういうのは苦手なんだ」
男のくせに、とでも云いたいのか、鷹野三四は押し殺した声でお腹を抱えて笑った。
「それより、演舞と祭典(セレモニー)が終わって、みんな沢の方に降りていったよ。
後何分もしないでお祭りは終わっちゃう」
「あら、いけない、関口さんがあまりにも聞き上手だから、また話しすぎたわ。
ジロウさんは表で待っていてくれるかしら、私はちょっと写真を撮るわね。
本当はいくつか道具を持って帰りたいんだけど、流石(さすが)にそれは無理そうだから」
鷹野三四はそう云うとカメラを取り出し、写真を嬉しそうに撮り始めた。
私は鷹野三四を残して、祭具殿から出た。
「どうだい、面白かったかい?」
「・・・・・・・・」
「あっはっはっは!!」
富竹は私の顔を見て痛快に笑い転げた。
「鷹野さんは大人しく見ていたかな?ほら、彼女、子供っぽい所があるだろう?
宝の山を前に、さぞや興奮してたんじゃないかな。特に何か持ち出したり、触って壊したりし――」
「・・・・・・・・」
富竹は喋っていたが、私は何も答えられずに藪の方へ向かった。
そして――
561 :
名無しのオプ:2009/10/11(日) 01:51:00 ID:R3AFmaLb
私は―――――嘔吐した――――――
「実はな――
木場修太郎は四角い顔をさらに角張らして、話し始めた。
「赤坂――俺の後輩に、と云っても警察じゃなく公安なんだが、
赤坂ってのがいるんだ。それで、こないだその赤坂と飲む事があってな、
赤坂はこれでなかなか酒が強くてな、まあ、2軒、3軒とハシゴしてだな」
京極堂はむっつり、聞いている。
「それで、酒の肴で榎木津の話や、なんだ20ヶ月妊娠している妊婦だとか、
そう云った怪奇譚、不思議な話か、していたんだが、
そうしたら赤坂が自分も不思議な体験をした事があるって云いだしてな」
京極堂はぷっくり、聞いている。
「そんで赤坂が今から5年前に赤坂はある事件で、ある村に捜査にいったらしいんだが、
そこで不思議な少女にあったらしい、最初は普通の感じだったらしいが、
その少女が突然、神降ろしみたいな状態になってな」
京極堂はじっくり、聞いている。
「で、その少女が未来予知――予言か?、それをしたんだそうだ。
で、ちょうど同期の大石って奴が近くの警察にいたもんで聞いてみたんだよ。
で、そうしたら、どうやらその少女が5年前にした予知は当たっていたんだ」
京極堂はしっくり、聞いている。
「しかも、その予知って云うのが人が死ぬ――所謂(いわゆる)物騒な話なんだ。
ほら知ってるだろ、4年前に雛見沢ダムで起きたバラバラ殺人」
京極堂は『雛見沢』と云う言葉に反応し、眉尻をつり上げた。
木場は残っていたお茶を飲み干すと、
「その少女ってのは、その村の神社の子供でな、
その村では、神様の生まれ変わりなんて云われていたそうだ、んで、今から5年前に月夜の晩に――」
「私ね―――後、何年かすると、殺されるの」
「梨花ちゃんが・?・・どうして・・・」
「―――とても不愉快な事だけど。―――それも多分決まっている事なの」
「決まっているって、・・・誰がそれを決めるんだい?」
「それを私も知りたいの」
「―――ここは、人の命を何とも思わない連中でいっぱいです。
―――これを伝えても何も変わらないかも知れないけどでも、
―――死という月を映す水面を掻き消すためなら、小石を投じる事もあるかもしれない」
「――来年の今日、綿流しの日にダム現場の監督が殺されます」
「恐ろしい殺され方をした後、体中をバラバラに引き裂かれて捨てられてしまいます」
「バ・・・バラバラ殺人・・・・」
「その翌年の今日、――沙都子の両親が突き落とされて死にます」
「そして、さらに翌年の3年後の6月の今日。――私の両親が、殺されます。
そして、さらに翌年の4年後の6月の今日。沙都子の意地悪叔母が頭を割られて死にます。
そして、さらに翌年の5年後の6月の今日。――――――――あるいはその数日後か」
「――――私が殺されます」
「全ての死が確定事項なら。―――――最後の死もまた決まっているのでしょうか?」
「―――――――――――死にたくない」
564 :
名無しのオプ:2009/10/12(月) 00:07:41 ID:91obwu4S
私が落ち着きを取り繕って戻ると、鷹野三四は既に祭具殿から出ていた。
――大丈夫ですか?富竹の問いに、――まあ、何とか、と無理して笑った。
富竹は申し訳なさそうな表情を作り。
「僕たちは今からでも沢に行ってみますけど、関口さんも一緒に来ますか?」
沢で――綿を流し――ワタを流し――腸を流し――
「僕はもう・・・」
それだけ云うと富竹は察してくれたのか、鷹野三四に声をかけて沢への下り坂に向かった。
私が2人の後ろ姿を、安堵の気持ちで見送っていると、
鷹野三四が戻ってきて、手帳を出した。
「関口さんなら、馬鹿にしないでちゃんと読んでくれそうな気がするから、
私の秘蔵の切り抜き集(スクラップ)を貸してあげます。
本当は門外不出なのよでも、でも関口さんだから特別よ」
鷹野三四はそれを私の手に握らせた。
「是非、感想を聞かせてね、それと――これと、今日の事は絶対に内緒よ。
それこそ連中に知られたら、消されてしまうかもしれないもの――くすくすくす」
鷹野三四は嗤って、去って、行って、
――私は暫し呆(ぼう)とした。
565 :
名無しのオプ:2009/10/12(月) 00:10:58 ID:91obwu4S
体も心も消耗していた。
鷹野三四――彼女が持つ毒気に当てられてしまった。
少し時間が欲しかった。
もう一度――自分の心と体に平常を取り戻すために。
――私は暫し呆とした。
遠くの祭囃子さえ消えて、世界は静寂に包まれていた。
静寂はいい、動物でも植物でもない私はそれを暫し忘れる。
考えるからいけないのだ、何も考えずにいればいい。
時の流れに思考を乗せるのだ――そう時間の流れのように唯(ただ)流していけばいい。
「――関口、見ーつけたー、なのです」
背後から声をかけられ、瞬間に心が緊張した。今の私には人と接するには準備がいる。
振り向くとそこには少女――古手梨花がいた。
「こんな所で、何をしているのですか?」
「え、・・えーと、月夜の散歩だよ」
私はどぎまぎした。
「でも、ここら辺には祭具殿しかないのですよ」
「そ、・・そう、あの建物は祭具殿なんだ・・へ、へぇー・・」
私はあたふたした。
「関口はボクの奉納演舞を見てくれましたか?」
「も、もちろんだよ・・・」
私はびくびくした。
「関口は嘘がへたくそなのです」
少女は私の顔を上目づかいで見上げ、にぱーと笑った。
566 :
名無しのオプ:2009/10/12(月) 00:13:53 ID:91obwu4S
月光を浴びて少女の髪は蒼く輝いている。
少女はその可愛らしい瞳で私の目を見つめた。
――関口は"見えているのですか"
「な、何が・?・・」
少女はほんの少しだけ、落胆の表情を見せ、逡巡し、
そして、何かを決心した様な顔になり。
とても信じられない様な表情で、
とても信じられない様な口調で、
とても信じられない事を話した。
そして、少女は最後に云った。
――今日、鷹野と富竹が殺されます。
――――そして、明後日にも私が殺されます。
――――――未来はもう決まっているのでしょうか?
――――――――運命は受け入れなければいけないのでしょうか?
――――――――――死にたくない。
そして――
567 :
名無しのオプ:2009/10/12(月) 00:15:07 ID:91obwu4S
私は―――――失神した――――――
568 :
名無しのオプ:2009/10/12(月) 00:25:44 ID:91obwu4S
今週はここまでです。
>>536 榎木津は解決編からの登場になります
(ただでさえ取り扱い注意なキャラなのに、過去が見える能力は使い勝手が・・・)
あと、余談ではありますが
京極堂シリーズで一番の不思議は、
雪絵さんがあんな鬱病のチビザルと結婚した事だと思います
(当時の結婚はそういうものだったのかもしれませんが・・・)
569 :
名無しのオプ:2009/10/12(月) 00:29:26 ID:a2d8bAo+
>>過去が見える能力は使い勝手が・・・
最近本編でも出番が少ないのはこれが理由なのかね。
570 :
名無しのオプ:2009/10/12(月) 01:58:52 ID:NlN4Z0/L
>雪絵さんがあんな鬱病のチビザルと結婚した事だと思います
>(当時の結婚はそういうものだったのかもしれませんが・・・)
いや、あの二人は恋愛結婚だから、
雪絵さんの好みのタイプだったか、
なぜか惹かれたのか。
571 :
名無しのオプ:2009/10/12(月) 12:25:02 ID:Q3Jp4vl0
572 :
名無しのオプ:2009/10/12(月) 18:13:33 ID:m7bhXdMw
>>568 乙!
毎週楽しみにしてます
しかし関さん嘔吐したり失神したりw大変だな
>>570 雪絵さんはダメ男に尽くしちゃうタイプなのか
573 :
名無しのオプ:2009/10/12(月) 21:34:01 ID:a2d8bAo+
雪絵さんは母性本能が強いんだろう。
「この人は私がいないとダメになる」みたいな。
574 :
名無しのオプ:2009/10/14(水) 22:25:16 ID:R6zQ7RJZ
だめんずうぉーかー
575 :
名無しのオプ:2009/10/18(日) 00:38:59 ID:2D3AzNYg
六月二十日(月)
海岸のような荒野のようなところである。
私は女に手を引かれて歩いている。
今日はお祭りなのだ。
私はこんな齢になってもまだ手を引かれて歩いているのがとても気恥ずかしい。
でも、私は子供なのだからこれがいいのだ。そう思うと気が楽になった。
海岸には黒衣の、徳の高そうな僧侶が何人も立っていて、
手に手に錫杖(しゃくじょう)を持ってじゃらじゃら鳴らす。
私はそれが面白くて、ついつい見とれてしまう。
しかし女は私の腕をぐいと引っ張って、無理矢理夜店の方に私を引き寄せ
「ほうら、綺麗でしょう」
などという。
私がそれでも僧侶を見ようとすると、女はとても嫌な顔をする。
私は彼女に謝らなければいけないと思った。しかし、何と呼んでいいのか思い出せない。
この女は私の母親なのだから普段から何度も呼んでいるだろうに。
576 :
名無しのオプ:2009/10/18(日) 00:41:38 ID:2D3AzNYg
女は私が口籠もっているのが気に入らないので折檻(せっかん)をするという。
私はそれも仕方がない、と思った。
女は私の頭を掴むと、砂浜にぐい、と押しつけた。砂はとても熱くて、
おまけに砂の中には座頭虫が沢山混じっているので私は随分不快な気持ちになった。
座頭虫は何百疋(ぴき)と私に取りつき、背といわず腹といわずちくちくと歩きまくった。
耳に座頭虫が入っては大変な事になってしまう。私は痛いのを堪えて、頭を上げた。
女の力は強くて、私は大層難儀したが、
上げた顔の目前に女のはだけた襟元があったので、私はいよいよ困った。
襟元からは女の白い乳房が覗けていて、
私はそれを見てはいけない、と思うのだが、目を瞑ることもできなかった。
私は仕方がないので、扉の方へ行こうと思い、女の手を擦り抜けた。
砂浜を二三歩よろよろと歩いた。
扉を開けると、白い廊下で向こうに見たこともない女性がいた。
女性が怪訝な顔で見る。それもまたやむを得ないと思う。
何しろ私は母に折檻をされるような子供なのだから。
私は座頭虫がついたりしては大変なので、ばたばたと体を叩き虫を払う。
女性は眉間に皺を寄せて口をぱくぱくとさせている、
――大丈夫ですか?、私は尋ねた。
女性は更に怪訝な顔をして、私を見ると向こうへ行ってしまった。
577 :
名無しのオプ:2009/10/18(日) 00:42:59 ID:2D3AzNYg
暫く(しばらく)すると向こうから見たことがある顔が来た。
確か、入江と云ったか。最近見た顔だ。
「関口さん、大丈夫ですか?」
入江は声をかけてきた。
――はぁ、私はいまいち事情がつかめなかった。
入江は確か医者だったはずだ。そう云えば先ほどの女性も看護婦のような格好をしていた。
ここは病院なのか?――なら私は何故ここにいる?
――私は病院に入れられたのか?――入れられてしまったのか?
私の戸惑いを知ってか知らずか、入江は笑った。
「いやあ、大変でしたよ昨日は、梨花ちゃんが急に関口さんが倒れたって云ってきて」
――はぁ、私は昨日の出来事を思い出そうと努めた。
そうだ、昨日の夜『綿流し』のお祭りに行って、祭具殿に入って、そして――
―――――――――――死にたくない
少女の告白を聞いたのだった。
578 :
名無しのオプ:2009/10/18(日) 00:44:47 ID:2D3AzNYg
「どうですか、頭が痛いとかありませんか?」
入江が聞いてくる。
――はあ、答えながら私はやっと目が覚めていくのを感じた。
「それにしても、一度大きな病院で見てもらった方がいいかもしれないですね。
こう短期間に意識を喪失するのは何かの疾患かもしれません。
昨日はちゃんと食事はしてますよね」
入江が問う。
――ああ、そう云えば昨日の朝(昼?)から何も食べていなかった。
「まったく駄目ですよ、先日も云いましたが、きちんと栄養をとらないと」
入江が云う。
――すみません、私は謝った。
入江は何か持ってきますから、病室で待っていてくださいと云って、去って。
私は出てきた部屋に戻った。部屋は白い壁に囲まれて、ベッドが4個と窓しかなかった。
私が寝ていたであろうベッドの隣には少女が寝ている、あの少女――古手梨花と同じくらいか。
服を脇に置かれていた開襟とズボンに着替えた。
すると衣服の下に1冊の本があった――これは鷹野三四が渡した切り抜き帳だ。
――今日、鷹野と富竹が殺されます。
古手梨花はそんな事も云っていた――馬鹿げた話だ、その一寸前まで私は彼女らと一緒にいたのだ。
だいたい子どもは昔から、"ああいう訳のわからない事"を云うものなのだ。
そうして、大人をからかって喜んでいるのだ。
579 :
名無しのオプ:2009/10/18(日) 00:46:36 ID:2D3AzNYg
そんな事を考えてると、入江が粥らしき物を持ってきた。
「こんな物ですみません」
「いえ、そんな――」
「お連れの鳥口さんは午後ぐらいには来るって云っていましたよ」
私がそれを受け取ると入江は隣のベッドに近寄った。
「その子は?」
私の問いに入江は。
「鳥口さんに聞いていませんか、この子は北条沙都子ちゃんと云いまして」
――ああ、そう云えば云っていた、確かもの凄く不幸な・・・
「確か身内に大変不幸が続いているとか」
「ええ、そうかもしれませんね、――北条家は貧しい家庭でした。
ですから、雛見沢ダムの話があがった時に立退料を求めてダム推進派になったのです。
けれども、村は反ダム運動で団結してしまい、こんな村ですから北条家は村八分にされていたのです」
入江は3日前に合った時より疲れた顔で続ける。
「その後はご両親が不幸に遭われて、しかも里親の北条鉄平達はたちが悪かったです。
本当は私の養子にしようかとも考えましたよ――けどまあ、無理だったんでしょうけど」
なかなか、親族の里親がいるのに養子にもらうと云うのは難しいのかもしれない。
「今は彼女が16歳になったら結婚を申し込もうと思っていますよ」
入江は少女の頭を優しく撫で、かるく笑った。
そんな入江を見て思う――矢張りあの娘(こ)が云ったのは、戯れ言だ。
たいてい子どもは昔から、"ああいう訳のわからない事"を云うものなのだ。
580 :
名無しのオプ:2009/10/18(日) 00:55:50 ID:2D3AzNYg
入江はそれじゃあ、と云い、出て行こうとした。
私はそこで気がついた、少女が云っていた事の真偽をはかるのは簡単なのだ。
――今日、鷹野と富竹が殺されます。
昨日の今日なのだから、今日、今、鷹野三四が生きているのが確認できれば、それだけで否定される。
鷹野三四はこの診療所に勤務している。しかも今日は平日だ。通常なら出勤しているはずだ。
私は尋ねた。
「入江先生、鷹野さん、鷹野三四さんは今日は出勤していますか?」
瞬間、入江の表情に酷い狼狽が浮かぶ。
「な・何故、鷹野さんの事を・・・」
「え・えーと、・・こ、この切り抜き帳を借りていまして、それをお返ししようかと・・」
とっさに嘘を吐いた。
入江は何とか動揺を抑えて、平静の顔を作った。
「な、なるほど――いえ、実は今日は彼女の出勤日なのに、一寸連絡がとれなくなってまして。
そ、それで少し驚いただけです――何なら私から渡しておきましょうか?」
「い、いえ感想を伝えたいので、また後で来ますよ」
ふたたび嘘を吐いた。
入江はそ、それじゃあ、と云い、出て行った。
581 :
名無しのオプ:2009/10/18(日) 00:59:49 ID:2D3AzNYg
――今日、鷹野と富竹が殺されます。
鷹野三四がいない・・・"ではあの少女の云っていた事は全て真実か?"
もしそうだとすると・・・この村には大きな陰謀がある事になる。
これはもう私になどは・・・手に余る事柄なのかもしれない。
私は窓の外の長閑(のどか)な風景を見た――とてもそんな恐ろしい事柄が隠されているとは思えない。
ふと、硝子(ガラス)に映る猿のような顔を見つけた。
――君は猿に似ているね。
榎木津――榎木津礼次郎が初めて私と会った時に云った言葉だ。
京極堂はそれを聞くと、
――この男は鬱病だ。いじめると失語症を併発する。先輩は躁病なのだから、彼を見習うがいい。
と、訳のわからない事を云った。
榎木津は、私や京極堂の旧制高校時代の1期先輩に当たるのだが、これが相当に変わった男なのである。
当時榎木津は恰も(あたかも)帝王の如く学内に君臨していた。
学問、武道、芸術は勿論、喧嘩色事に至るまでやること為すこと人並み外れて優秀で、
加えて家柄も良く眉目秀麗だった。
榎木津は躁病の気があり、いつも陽気で天衣無縫、天真爛漫、子供のようなところがあった。
だから(?)、鬱病の私とは何故か気が合い大層親しい間柄になっていた。
しかも戦争に行ってから人の過去が見える能力を手にしてから、豪放磊落さに磨きがかかっている。
今では神田に生前分与された遺産で、ビルを買い、悠々自適な探偵をしているらしい。
榎木津や京極堂なら、こんな事柄にもきちんとした形を造れるのかもしれない。
私はそんな事を考えた。
硝子の中の猿が溜め息を吐いた。
「それで、どうだった?」
「!、旦那、その名前は本当なのかい?」
「だとしたら――これは大事だよ」
「そうだ――もし、赤坂君が聞いた事――その少女が本当にそう云ったとしたら。
これは急がなくちゃいけない、えーと、赤坂君か今すぐ連絡とれるかな?」
「旦那、詳しい説明は後だ――あと、現地の警察には情報を流さないで欲しい。
多分、現地の警察内部には密通者がいる可能性が高い」
先立つ不幸を許せ。
余命幾ばくもなく、薄れる意識の中でいつが己の死する時もわからず旅立つよりは、
自らの足で死出の旅路に踏み出したい気持ちをどうかわかってほしい。
そのお陰でこうして文を残せる。
無意味な延命に寝惚けた意識の中で死を迎え、何も残すことができない恐怖に私は耐えられないのだ。
だが、結局、私は何も残せなかった。
私の積み上げてきた人生も誇るべき実績も結晶も、何もこの世に残せなかった。
私の死後に忘れ去られるのでなく、私が存命している内から忘れられた。
それを見ながらこの世を去らねばならぬ苦痛は筆舌に尽くし難い。
お前は祖父を越えなさい。
祖父の至れなかった先へ至りなさい。分野は何でも構わない。
それが無理なら偉業や成果を残しなさい。
人の身である以上、私もお前もやがては死ぬ。
人の身である以上、やがては焼かれて灰になる。肉の身は灰となるのが定めなのだ。
だが、お前が優れた偉業を残し名を残したなら、灰となっても永遠に生き続ける。
人の身を失いても生き続ける時、人はそれを神と呼ぶ。
祖父もそうなりたかったが至れなかった。
お前は神になりなさい。
584 :
名無しのオプ:2009/10/18(日) 01:12:50 ID:2D3AzNYg
鳥口がやって来たのは2時をまわってからだった。
何処か、何故か、嬉しそうだった。
「先生ー、もう何やってるんですか」
「いやあ、面目ない」
鳥口の声は浮かれている。
「鳥口君、何か嬉しそうだけど良い事でもあったのかい?」
「先生ここの自然は凄いですよ、カメラマンには天国ですよ。
こないだ大枚叩(はた)いて、カメラを買った甲斐がありましたよ」
鳥口はそう云うと、肩から掛けたカメラを見せつけた。
「いやあ、そんな物見せられても僕にはちっとも――」
「うへえ」
入江に声かけてを入江診療所を出た。鷹野三四とは未だに連絡が取れないらしい。
「それにしても、こう何度も気を失うのは変ですね。水が合わないのかな?蓼食う虫も何とかですね。
どうしますか、とりあえず取材は一通り終わってますので、もう東京に戻ってもいいですけど」
車に乗る前に、鳥口が問いかけてきた。
確かに、もうこの村にはそう長くいたくない。
私の心はもう無理が来ているような気がする。
私の体はもう限界まで近づいてしまっている。
「・・・そうだね、鳥口君がそう云うならできれ――」
――関口さーん!
私の答えは遮られた。
585 :
名無しのオプ:2009/10/18(日) 01:20:25 ID:2D3AzNYg
声の方から中年の男――大石がやって来た。
「いやー関口さん探しましたよ、ま、午後には退院するって聞いたから待っていたんですけど。
んっふっふっふ、ちょっと、お時間いいですか?、二三、聞きたい事がありまして」
大石はたしか刑事だった――刑事が私に何の要だ?
「大丈夫ですけど・・・」
「それじゃ、ここじゃあれですから、車まで来てもらっていいですか?
えーと、お連れの鳥口さんでしたか、ちょっと時間かかるかもしれないので、
関口さんは私が宿まで送っていきます、宿は調べてますから心配しないでください」
勝手にそう云うと、大石は少し離れた所に停めてある車まで、歩き出した。
「あれは誰ですか?」
鳥口は気の抜けた声で聞いてきた。
「警察の人だよ、だから心配はいらない。まあ、よくわからないけど行ってくるよ」
そう答えて私も大石を追う。
大石は車の後部座席を開けて待っていた。
私がそこに乗り込むと、大石も隣に座った、あまり気分のいいものではない。
「関口さんは雑誌の取材でこちらに来られているんですよね」
「ええ、まあ」
「どんな、雑誌ですか?」
「え、えーと旅雑誌ですよ」
私は嘘を吐いた。
「関口さん嘘は良くないですよ、これでも私、警察ですから」
大石は私を睨みつける。
――う、嘘・なんか・・声が震える。
「ま、いいでしょ、それは。でもね関口さん、貴男凄くわかりやすい性格してますよ。
んっふっふっふ、そんなんじゃ1人前の犯罪者にはなれませんよ」
586 :
名無しのオプ:2009/10/18(日) 01:28:22 ID:2D3AzNYg
「それでは、本題に入りましょうか、この写真の男女をご存知ですか?」
大石は2枚の写真を渡してきた。
その写真には富竹と鷹野三四が写っていた――何故、警察がこの2人の写真を?
「富竹さんと鷹野さんですか・・・」
「そうです、この2人に最後に会ったのはいつですか?」
「え・・昨日のお祭りで会いましたけど・・」
「それは何時くらいでしたか?」
――何故、警察がそんな事を聞いてくるのだ?
「詳しくはちょっと」
「そうですか、実は私、関口さんが富竹さん達と話をしているのを見てましてね。
こっちは色々警備でうろついていたんですけど、ほら祭具殿の前の辺りで話ししていたでしょ。
ワタを流し出すころかな、その時の事を詳しく教えてもらっていいですかね?」
「ぐ・偶然会ったんです・・・富竹さん達は、2人でワタを流しに行くと云って別れました」
――いったい何故警察がそんな事を聞いてくるのだ?
「な・何故そんな事を聞くんですか?」
私は声を振り絞った。
大石は暫し沈黙して。
「関口さんはオヤシロ様ってご存知ですか?」
「え・し・知りません・・」
「んっふっふ、関口さん正直ですね、
私は貴男達はそいつを調べに来たんじゃないかと践んでるんですが」
――すみません、私は謝った。
587 :
名無しのオプ:2009/10/18(日) 01:32:04 ID:2D3AzNYg
「どこまでご存知です?」
「一通りは知っていますけど」
「それなら、話は早い、関口さんは祟りなんか信じないでしょ」
「・ええ・・」
「それなら大丈夫だ。実はね、富竹さんが昨晩、お亡くなりになりました」
――何を云っているんだ?
「よりにもよってね、お亡くなりになられたのが昨日なんですよ。
つまり綿流しの当日―――意味わかりますよね」
――彼は何を云っているんだ?
「これはここだけの話でお願いしたいんですけど、その死に様がね異様だったんですよ。
第1発見者は祭りの警備を終えて帰還中のうちの者でした、時刻は24時5分前」
――こいつは何を云っているんだ?
「場所は、町へ出る道路がちょうど舗装道路に変わる所の路肩でした。
辺り1面血まみれでね、始めは轢き逃げかとも思われたんですが近寄って見るとこれが違う」
――コイツは何を云っているんだ?
「"喉がね、引き裂かれていたんですよ、それも自分の爪で"」
――此奴は何を云っているんだ?
588 :
名無しのオプ:2009/10/18(日) 01:35:03 ID:2D3AzNYg
「検死の結果、矢張り自分の爪で、と云う事が判明しました。
要するに富竹さんは自分の爪で、自分の喉を掻きむしって、死んだようです」
大石は続ける。
「薬物を疑いましたが、そう云う類(たぐい)のものは検出できませんでした。
ただ、体からは本人によらない外傷がいくつか発見されました。
富竹さんは何者かに暴行を受けた可能性があるということです」
大石は進める。
「死亡推定時刻は21時から23時頃のようです。
つまり、関口さんが昨日別れてからすぐの出来事なんですよ」
大石は喋る。
――意味が解らない。
昨日の夜、私と別れた後、富竹が自分で、自分の喉を掻きむしり、死んだ?
死んだ――自殺?――そんな馬鹿な――そんな様子はなかった――
なら何故?――祟り?――それにあの少女が云っていたことは――
「それとね、富竹さんと一緒にいたと思われる鷹野三四さん、こちらもお亡くなりになっています」
――意味がわからない。
「こちらは、何故か離れた隣の県で焼死です。もっとも正確には首を絞められた後、焼かれたようです」
――いみがわからない。
「しかもね、初期の検死では死亡から24時間は経過しているって出ちゃったんですよ」
――イミガワカラナイ。
589 :
名無しのオプ:2009/10/18(日) 01:42:14 ID:2D3AzNYg
「これは隣の県だから、ちょっとアレなんですけどね――検死が正しいとしたら、
鷹野三四さんは昨日は疎か、一昨日には死んでいたことになっちゃうんですよ。
だとすると、一昨日、私や関口さんが会った鷹野三四は一体何なんでしょうね」
大石は私に云う。
「今までの事件は別個に解決していますが、これで雛見沢連続怪死事件は5年連続です。
バラバラ殺人、事故死、病死と自殺、そして撲殺、さらに今年は喉を掻きむしる自殺に焼死。
我々もあらゆる面から捜査を進めますが、
村人達はオヤシロ様の祟りの話になると兎に角、口が重くなる」
大石は私を見る。
「このままでは、富竹さんと鷹野さんはオヤシロ様の祟りで死んだことになってしまいます。
ただ、当然――そんなモノはあるわけがない」
大石は紙を渡し。
「これは、私の電話番号です。不在でしたら出た者に伝言してもらえれば結構ですから。
何か気になるものを見たり聞いたりしたら教えてください」
「・・・・」
私は言葉を失っていた。
失語症を発症したのかもしれない。
もう私の脳味噌の許容を大きく越えた。
もう無理だよ――多分、きっと、確実に。
空はゆっくりと色をかえていく所だった――遠くで蜩(ひぐらし)が啼いている。
590 :
名無しのオプ:2009/10/18(日) 01:46:33 ID:2D3AzNYg
「さて、お話はこれで終わりです、送っていきますから」
そう云うと大石は車を動かす。
車を動かしながら大石は独り言のように云う。
「実は、私、雛見沢の連続怪死事件は、村ぐるみで引き起こされているんじゃないかと思ってるんです」
――ガタガタ、振動がする。
「証拠はないんですが、毎年綿流しの日に村の仇敵が死ぬんです。過程はともかく結果がそうなのです」
――ガタガタ、振動がする。
「もし、それが可能だとしたら。矢張り園崎家が有力なのかな、古手は子供1人だし公由はお飾りです」
――ガタガタ、振動がする。
「関口さんも気をつけてくださいよ、雛見沢では刺されても、下手をしたら無罪になるとかありえます」
――がたがた、振動がする。
「それにしても、富竹さん達は何で祟られたんですかね。いくら何でも、余所者ってだけじゃ弱いです」
――がたがた、振動がする。
「あれか、それじゃ関口さんこの事はくれぐれも内密にしてください、何かあったら、連絡待ってます」
――がたがた、振動がする。
神がいつ降臨されるのかは誰も知りません。
それはたとえるなら、泥棒がいつ訪れるのかわからないように。
だから予期せずにしてその時を迎えて、不信心であったことを悔いぬよう、常に目を醒ましていなさい。
その日が何時なのか、神さえも知り得ないのです。
神はいつその時が訪れてもいいように、常に目を醒ましているのでしょう。
常に自分の中に神を信じよ。
いつ日の光を浴びるかは、その神すらも知り得ないのだから。
努力を惜しむな。常に勤勉であれ。探求に情熱を。
報われる日は神でも知り得ないが、その日は約束されているのだ。
約束の日まで、私は自らの情熱の炎を消えさせることはない。
(略)
神は自らが三日の後に復活すると予言しました。
罪人たちは兵にて墓を封じ、その体が蘇ることがないように監視しましたが、
それはとても愚かしいことでした。
復活とは肉体が蘇ることではなく、その心と教えが蘇ることだからです。
肉体の死を恐れるな。
自らの貢献が揺らぎ無いなら、必ず自分は蘇る。
その時、自分は死を超越し永遠の生を得るのである。
そして悪魔は、神の子を断崖に連れて行き、飛び降りるよう言いました。
自らが神の子を名乗るなら、神は奇跡にてその身を守るはずだと言うのです。
それを試すことは即ち、神を試すということです。
神は人を試しますが、人が神を試してはなりません。
試すことは疑うことです。
疑いは悪魔の囁きに耳を貸し、あなたを堕落させるでしょう。
自らの成果を疑うな。自らの人生を疑うな。自らの貢献を疑うな。
そして自分の実績を人が評価することを試してはならない。
それを試すということは、自らの人生を疑うのと同じことなのだ。
Hifumi.T
592 :
名無しのオプ:2009/10/18(日) 02:32:36 ID:2D3AzNYg
私は部屋で考えていた。
この雛見沢に来てからの事を。
頭の中の粘菌は何も導かなかった。
そして絡まった糸のような形を造った。
それは、その形は、信じられない形だった。
――考えてはいけないものも、あるのかもしれない――
もうどうしようもなくなってしまって、私は京極堂に電話をしようと思った。
京極堂は、学生時代からの友人で、理(ことわり)が服を着て本を読んでいるような人間である。
京極堂は、仏教、基督教、回教、儒教、道教、陰陽道、修験道などに通じている。
京極堂は、今は古本屋であり、副業で神主や拝み屋をしている。
京極堂は、曖昧模糊な私にも輪郭をくれる。
あいつに、
京極堂に、
京極堂に解いてもらうのだ!
私は電話をかけた。
指が番号を覚えていた――覚えているのは、自宅と京極堂だけだろう。
呼び出し音が鳴った。
電話口から妙に懐かしい声が聞こえる。
「僕だ」――この言葉で判ってくれるのは、雪絵と京極堂だけだろう。
「ああ、関口君か。今忙しいから切るよ」
――ガチャン。
京極堂は電話を切った。
593 :
名無しのオプ:2009/10/18(日) 03:00:46 ID:EJO9B9E4
中禅寺ひでえw
594 :
名無しのオプ:2009/10/18(日) 20:56:44 ID:b2Bi7GRr
酷すぎるwww関口哀れ
いつもいつも楽しく読ませてもらってます。来週も楽しみだ!!
595 :
名無しのオプ:2009/10/18(日) 23:42:38 ID:2D3AzNYg
――ガチャン。
京極堂は電話を切った。
私は再び電話をかけた。
「い、いきなり切る事はな――」
――ガチャン。
京極堂は電話を切った。
私は三度電話をかけた。
「は、話を聞いてくれ――」
京極堂は溜め息を吐くと。
「いいかい関口君、僕は電話を待っているんだ、君の与太話に付き合っている暇は無いよ」
「た、頼む京極堂、お願いだ・・・」
京極堂は再び溜め息を吐くと。
「しかたないな――わかったよ、なるべく簡潔に頼むよ」
そして、私はとても簡潔とは云えない、たどたどと、おどおどと、おずおずと、語った。
京極堂は最後まで話を聞き終えると。
――なんて偶然だ、と呟いた。
596 :
名無しのオプ:2009/10/18(日) 23:44:45 ID:2D3AzNYg
電話口から京極堂が驚いているのを感じる――滅多にあることではないのだが。
「ぐ・偶然とは、どういう意味だ!?」
京極堂は何か別のことを考えているように。
「木場の旦那が昨日来てね、君が会った少女――古手梨花か、
その少女が、その雛見沢連続怪死事件を5年前に予言していたらしい」
と云う事は――少女の云っていた事は本当なのか?
――と云う事は、京極堂はまた呟いて。
「関口君、一つ確認させてくれ、その少女は早ければ明後日、
今日から見ると明日、殺されると云ったんだな」
私がそうだ、と答えると。
――時間がないな、京極堂はまたまた呟いて。
「いいかい関口君、話は解った。君は今すぐ東京に帰れ」
「な、何が解ったんだ、京極堂、詳しく説明してくれ」
「関口君、詳しい説明は後だ。"とりあえず、君の出番は終わったんだ"。
だから、早く東京に帰ってこい」
「きょ、京極堂、意味が解らないよ」
「関口いいか、これは忠告じゃない警告だ――」
――これ以上深入りすると、死ぬぞ。
そう云って――
京極堂は電話を切った。
597 :
名無しのオプ:2009/10/18(日) 23:56:23 ID:2D3AzNYg
今週はここまでです
>>593-594 的確なつっこみありがとうございます
このくだりは、まとめて投稿した方が良かったのでしょうが
タイムリーで読んでくれている方に一服の微笑みを与えられるのでは、
と思い、少し投稿時間をずらしました
(小説だったら改ページをしたい程です)
誠に申し訳ないのですが、頂戴した微笑みを返還する事はできませんので、ご了承ください
598 :
名無しのオプ:2009/10/19(月) 00:51:30 ID:SPvkQ55H
乙、やっぱこの二人の絡みがあると楽しいなw
599 :
名無しのオプ:2009/10/19(月) 18:36:49 ID:BDyDO5sz
>>597 おおおお乙!
関口の独白がすでに核心突いてるってのがうまい!
ひぐらし読んだことない人が呼んだら、あとでああ、ってなるな。
京極堂の態度に笑ったww
しかし関口は絶対この忠告聞かないんだろうなwいつものことながら
600 :
名無しのオプ:2009/10/20(火) 19:28:17 ID:nRSRuozA
601 :
名無しのオプ:2009/10/20(火) 20:18:18 ID:Bh7wUDwf
/} ))
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| ̄`ヽ、_/ 〈: : : : : : `: . 、 )) 。
(( | - Y }ニニ=、: : : : : \ ・ o っ o _____
, オ r'`t---': : : :.ヽヽ: : ヽ/〃/ , " ==- ____
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/:,イ: : : : :.l: :|/ l: : : |/ :.:ミ` ────┘____ / /
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| : :l : : |ヽ -─‐ァ |: : :.|x: :∧ 。 ゚ | { j ヽ
((.. |: /l : : |::.ヽ / xx|: : :.l^}/ ', `ー――‐" ノ
|/ !: :ト:.::八 xxx o .ィ'´|: :./ ̄歹 ` ----------‐´ ____
. c ヽ|:.:.:∧`:.ーr:t.7T 「/ ノ/ <__}{.| ==─
. |:.:/ V:.:∧l./ | / / | , -‐┐
. ((. ∨ ∨ / / l |'´ : : :.:} これは刺さってるんじゃなくて
/) V ! / , '´ ! : : : : :| 乙なんだからねっ!
〈¨ / | // |: : : : : }
602 :
名無しのオプ:2009/10/20(火) 20:58:19 ID:AQa+XaNY
>>600 あなたも神か
まとめサイト作ってくれて感謝!!ありがとう
603 :
mmm:2009/10/24(土) 19:42:39 ID:euI32tSY
おもしろおおおい(^_^)/~
モットよみたあああい!(^^)!
ガンバってくだせぇ
604 :
名無しのオプ:2009/10/24(土) 23:15:38 ID:ACdHrUDv
六月二十一日(火)
気が萎えたので川原に行ってみた。
川原と云っても、そこは都会(まち)中を流れる河川であるから、長閑な景観など望めない。
薄汚い板塀やら黄ばんだ漆喰壁やらの不愉快な影が暗い水面に映り込んでゆらゆらと淀んでいる。
家屋が川岸ぎりぎりまで迫(せ)り出して建っているのである。
綺麗なものではない。
梅雨時の空は陰鬱で、明るくも暗くもない。見上げると、
お前なぞどうでも良いとばかりに投げ出されてしまったような気怠さが湧いて来る。
凪いでいる訳ではないが風を感じることもなく、寒くもないが暑いこともない。
ならば適温なのかと云うと、これが快適とは程遠い。只管(ひたすら)に鬱陶しい。
それは承知のことだった。
それでも、家にいるよりはマシな気がした。澱(よど)んでいようと穢(きた)なかろうと、
それで一層に落ち込んでしまおうと、私は水辺に行ってみたかったのだ。
もう少し歩くと、小振りの橋が架かっている。
そこまで行ってみようと、何故かそう思った。
理由は解らない。ただ朦朧とした意識の上に、橋の架かった模糊とした風景が想起されたのである。
その橋の袂(たもと)から川岸まで下りることが出来る。
その所為(せい)かもしれなかった。きっとそうだろう。
流れに沿って暫く歩いた。
605 :
名無しのオプ:2009/10/24(土) 23:17:36 ID:ACdHrUDv
橋はいつもと変わらぬ色褪せた粗末な姿を、
同じように色褪せた風景の中に、何の主張もなく曝(さら)していた。
それは、暈(ぼや)けた私の記憶の中のそれと寸分違わぬ暈けた景色であった。
私は奇妙な安心感を持つ。
恒久的に変化しない絵柄。
代わり映えのしない現実。
進歩がないことは素敵だ。
少なくとも――いつまで経っても時間の先端にあることを認めたくない(私のような)臆病者にとって、
或いは世間の矢面に立たされていることを自覚したくない(私のような)卑怯者にとって、
――それは素敵なことなのだ。
泥で顔を真っ黒に汚した腕白そうな児童(こども)が三人ばかり橋を渡って来て、
私の脇を闊達に笑い乍(なが)ら駆けて行った。私は無表情にそれを眺める。
眼が渇いている。眠いのかもしれなかった。
瞼を?叩(しばたた)く。矢張り眠いんだ。
――ああ、生きているのは面倒臭い。
そんなことを思う。死にたいと思う訳ではない。
――死ぬ――か。
死ぬなんてとんでもない。
死ぬには労力が要る。そんな能動的な行為が今の私に出来る訳もない。
否、そうした劇的な変化を、今の私の神経はまったく受けつけないだろう。
606 :
名無しのオプ:2009/10/24(土) 23:18:26 ID:ACdHrUDv
私は橋の上に立って背を丸め、川面を見つめた。
目の奥が濁っているような、どんよりとした倦怠感に支配されている。
どこか遠くに行きたい。
――逃げ出したい。
何から逃げる。
幼い頃から私は逃避し続けて生きている。
私は不器用で鈍感で、怠惰で、要するに駄目な人間である。
ただ日常生活を送っているだけで、私は自分が何ひとつ"まとも"に出来ないと云う現実に直面し、
恐れ戦(おのの)いて逃避を繰り返してきたのだ。
授業を抜ける、親の目を盗む、仕事を投げ出す――。
しかし逃げ出したところで何をする訳でもなかったし、また何かが変わる訳でもなかった。
それでも私は逃げ続けた。
それは幼稚な現実逃避であって、主義主張に基づく抗議活動などではなかったし、
臆病な私には刹那的に享楽を貪るような真似も出来なかった。
逃げ出したところで、私は精精、義務を放棄したことに対する罪悪感を噛み締めて震えるだけだった。
ただ震えるために私は逃げて、震えることで私は自分の境界を再確認した。
自分が無能であること。
自分が世界から必要とされていないこと。
それを実感することで、私は安心した。
私はずっと、逃走し、そしてただ怯えて、
再び元の場所に戻ると云う無為な運動を繰り返しているのである。
卑怯者なのである。
607 :
名無しのオプ:2009/10/24(土) 23:19:11 ID:ACdHrUDv
ああ、川の音がする。水が――
――
―――
――――
―――――
――――
―――
――
―
ああ、遠くで囁くような――
――
―――
――――
―――――ご
――――ご免
―――ご免な
――ご免なさ
―ご免なさい
ごめんなさい
誰かが・・・謝っている。
誰だ?・・誰が?・・誰に?
謝らなくては、いけないのは私なのでは?
608 :
名無しのオプ:2009/10/24(土) 23:25:53 ID:ACdHrUDv
御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免
なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさ
い御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御
免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免な
さい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい
御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免
なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさ
い御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御
免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免な
さい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい
御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免
なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさ
い御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御
免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免な
さい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい
御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免
なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさ
い御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御
免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免な
さい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい御免なさい。
609 :
名無しのオプ:2009/10/24(土) 23:35:11 ID:ACdHrUDv
目が覚めた、覚めてしまった。
時刻を確認する――11時前だった。
頬がひりついている、とても酷い夢を見ていたような気がする。
身支度を整えて、下に降りてみる。
言づけをもらった、
――ちょっと出てきます、夕方までには戻りますので、その後どうするか決めましょう。
だ、そうだ。
前にもこんな事があったような――
兎に角、私は部屋に戻った。
どうせ鳥口は写真でも撮りに行ったのだろう――呑気な者だ。
「鳥口が戻ってきたら東京へ帰る」
声に出して云ってみた――そうしてみると、決まった事柄の様だ。
――いいかい関口君、話は解った。
京極堂は云っていた。
確かにそうなのだろう。
私の様な無能な人間には解らないのだ。
――とりあえず君の出番は終わったんだ。
京極堂は云っていた。
確かにそうなのだろう。
私の様な無用な人間の出番は終わりなのだ。
私はいつもそうなのだ。
「園崎家頭首代行、園崎魅音です。本日は頭首お魎(りょう)に代わりまして出席させて頂きました。
――さて不幸にして、オヤシロ様のお怒りは5年目にも下される事になりました。大変悲しい事です」
辺りに緊張が張りつめる。
「どうして今年も祟りがあったか。わかる方はいますか?
――それは祭具殿の禁を犯し、土足で聖域を踏み荒らし、穢れを持ち込んだからです」
――なんちゅーーーことをッ!!
――あほんたれが・・!信じられん小僧どもだ!!
――ハラワタ引き裂いても飽きたりんガキどもしゃあん!!
辺りは怒号に包まれる。
――オヤシロ様、お怒りをお鎮めください―――なむなむなむなむ。
――なんて事を、なんて事を―――オヤシロ様オヤシロ様―――――
辺りは苦悩に見舞われる。
――大体、あんな、ちゃっちい鍵に変えなければよかったんじゃ!!
――そうじゃ公由さん、あんた甘いからじゃ、責任の一端はあんたにもある。
――すったら事云っても、梨花ちゃまにはあの大きい閂は難儀だったじゃろうに。
辺りは狂騒に囚われる。
「僕もお邪魔でしょうから、梨花が呼ぶまで消えていますのです」
「――気が利くのね」
「――百年生きていても、梨花は梨花です。百歳の仙人には成れないのです。
――梨花には年相応に悩んで、考える時間があってもいいと思います。
――僕が梨花に、背伸びを強いたこともあるかも知れませんのです」
「――僕とおしゃべりしたい時は呼んでくださいです」
「もう泣きつかないの?私がこの世界で終わりにするのを撤回してほしいって」
「――梨花は頑固な人ですから。云えば云う程、逆効果になりますのです」
「くすくす。――流石、付き合いが長いだけの事はあるわね」
「――もう梨花も悟っている様ですから云います。――今日です」
「梨花が何をしても、しなくても、この世界は終わります。でも梨花が望めば次の朝も訪れる。
――それはまたしても今年の6月かも知れないけれど、――朝は朝」
「――もっと小さい頃。毎日が退屈で、毎朝起きても
同じ日が繰り返されているんじゃないかって思った事がある。――それが本当になるだけの事だしね」
「・・・今日を有意義に生きてくださいとだけ、云いますのです。これ以上は何も云いませんのです」
「多分、今日だろうと思っていたけど、――あんたにはっきり云われると堪(こた)えるわね。
――――矢っ張り終わるのね、今回も」
「はい。今回も終わりますのです。――いつもと同じ様に」
木場はある建物前にいた。
少し憂鬱な気持ちになっていた。
ビルの入り口のプレートには榎木津ビルヂングと書かれている。
――あいつを連れ出すのは一苦労だからな。
木場は思う。
――戦争の後はますます酷くなっている。
木場は考える。
――昔は、ガキの時分は、可愛い奴だったのにな。
木場は嘆く。
ふと、テーラーの硝子に、四角い顔をした厳つい男を見つけた。
――まあ、俺も人の事は云えねえか。
木場は呟いて、
幼なじみに会いに行った。
(支度の完了)
613 :
名無しのオプ:2009/10/25(日) 00:23:30 ID:ARumaBUe
ようやく神の登場かwktk
614 :
名無しのオプ:2009/10/25(日) 00:54:58 ID:0EGOGJ9V
東京へ帰る。
そう決めると大分心が落ち着いた。
この部屋から出なければ安全だろう。
例令(たとえ)、何があったとしても。
――これ以上深入りすると、死ぬぞ。
京極堂は云っていた。
これは深入りしなければいいのだ。
私はもう東京へ帰るのだ――だから何も問題はない。
そう後は鳥口が帰ってくるのを待てばいいのだ。
それまで何をする?――帰り支度だ!
私はいそいそと荷物の整理を始めた。
鞄の中に出していた衣服などを詰めていると、ひとつの手帳を見つけた。
これは?――鷹野三四の切り抜き帳・・・
どうせ、私にはもう関係のない事なのだが、暇つぶしに何となく読んでみた。
そこには驚くべき事が書かれていた。
そして、私は解った。
この村で起きている事柄の形が。
"そう云う事だったのか"。
<綿流しの意義について>
生贄を狩り、それを饗す宴、綿流し。
それ自体は異常なものでありながらも、同時に娯楽性を伴うものだと考えられてきた。
(異常な行為に娯楽性を感じるという「無理」によって、
自分たちが人間を超越した存在だと信じこもうとしたのかもしれない)
だが、その説に一石を投じる興味深い文献を見つけた。
口伝らしく、鵜呑みにできるものではなさそうだが、その内容は少し興味を惹く。
それによると、鬼ヶ淵村の住民にも、この儀式を「恐れる」感情があったと云うのだ。
これは非常に面白い異聞だ
私はこれまで、鬼ヶ淵村の住民は綿流しの儀式にある種の陶酔を得ていると考えてきた。
だが、この儀式によって村人が得ていたものが陶酔ではなく恐怖だったとすると、
儀式の意味するところは大きく変わってしまう。
つまり、有力者達が自分達の都合のいいように組み上げた戒律を厳守させるために催した、
見せしめの処刑だった可能性が出てくる。
鬼ヶ淵村を実効支配してきたのは御三家と呼ばれる3つの旧家だ。
この御三家の研究なくして、鬼ヶ淵村の真実には迫れまい。
<御三家について>
御三家は鬼ヶ淵村を実効支配してきた3つの旧家を指す。
内訳は公由家、古手家、園崎家で、いずれも現存している。
(古代ほどの支配力はないにせよ、今日でも強い影響力は堅持しているようである)
御三家は、鬼ヶ淵沼より現れた鬼の血を最も濃く残すと伝えられている。
●公由(きみよし)家
公由家は筆頭家として大きな力を持っていたらしいが、今日にあっては御三家を牽引する程ではない。
原則村長はこの家から輩出され、現村長(公由喜一郎)はこの家の出身である。
●古手家
古代から信仰の中心となり、オヤシロ様を祀る唯一の神社を守ってきた一族である。
オヤシロ様の代弁者として長く崇められてきたが、戦争で分家がほとんど絶え、今では本家のみである。
その本家も現在では一人娘を残すのみなので、この代で潰えるかもしれない。
また、古手家の女子を尊ぶ古い習慣があるらしく、一人娘の梨花は年寄り連中に崇められている様だ。
●園崎家
鬼ヶ淵村の戒律を守るある種の警官的な役割を担ったと伝えられている。
ただ、古代の御三家の中では一番弱い立場であったらしい。
もっとも、今日の園崎家は隆盛を極め、御三家内における立場は完全に逆転している。
御三家で合議するの残っているが、形骸化し、実質現園崎家頭首のお魎が決めていると云っていい。
<現在の御三家について>
前記の様に、今日では御三家は形骸化し、園崎家の独裁となっている。――(略)――
最も新しい「綿流し」と思われる明治末期の事件も園崎家主導で行われたと考えられる。――(略)――
加えて、近年続発している連続怪死事件についても園崎家の暗躍があったのではないかと云われている。
連続怪死事件は紛れもなく、古式ゆかしい「綿流し」の再来である。
本来の「綿流し」を、ただの村祭りに落ちぶれた「綿流し」の当日に行う事で、
村人たちに鬼ヶ淵村の戒律を思い出させようとでもしているに違いない。
園崎家を探る事が、今日における研究の一番の近道であると断言できるだろう。
<オヤシロ様について>
オヤシロ様が、どういう字で書くのかはあまり知られていない。
と云うのも、時代によって様々な修飾詞が付き、微妙に名称が変わったり、
当て字が変わったりするため、正式な名称を知る事が大変難しいからだ。
全ての時代に共通するのは、名称の読みに必ず「オヤシロ」の4文字が入るという事だけ。
オヤシロ様を祀る「社(やしろ)」が、そのまま礼拝対象になり、
「御社さま」と呼ばれるに至った云う説があるが、あまり頂けない。
これに関連するかわからないが、オヤシロ様を祀る高貴な血筋である古手家の人間には、
オヤシロ様の血が流れていると云う。
そして古手家に伝えられる伝説では、八代続いて第一子が女子ならば、
八代目のその娘はオヤシロ様の生まれ変わりである――と云うのだ。
この伝説に従うなら、オヤシロ様は「御八代様」と書くのが正しいと思う。
(この当て字はあくまでも私の思いつきなので、真偽は確かめようもないが)
だとするなら、御八代様は再び降臨する事を前提にした名称と云う事になる。
崇拝対象の再臨は、いくつかの宗教でも見受けられるので、そんなに珍しいものではない。
だが、さらにその中のいくつかでは、崇拝対象の再臨を「審判の日」等と呼び、
世界の終末を意味するものである事も忘れてはならないだろう。
村中の年寄り連中に、目に入れても痛くないくらい甘やかされている少女、古手梨花。
――彼女が、その八代目、「御八代様」であると云う噂がある。
古手の家系図はわからないが、少なくとも過去2代の間、第一子が女児である事は私も確認している。
雛見沢を見守る少女、古手梨花。彼女の加護を村が失ったらどうなるのか?
人と鬼は和を失い、どうなるのか?想像するだけでも――胸が、躍る。
<「帰巣性」と「望郷症」について>
広義の意味で「帰巣性」を取り扱うなら、およそほとんどの生き物に帰巣性があると云えるだろう。
人間についても同じで、我々は睡眠や休息、食事と云った行為を、馴染んでいる家で行いたがる。
この家は、まさに巣に通じるだろう。故(ゆえ)に人にも帰巣性があると云える。
そもそも何故動物は巣を必要とするのか。
睡眠や休息、食事と云う行為は、生存のために不可欠な行為であり、同時に隙を見せる行為でもある。
その為、隙を見せても大丈夫な「安全地帯」を設ける必要があったからである。
この「安全地帯」を得ない事が、高度な精神的抑圧を与えることは自明だろう。
動物を慣れない環境に強制的に移せば、相当の精神的抑圧を与える事になるし。
人間とて、不慣れな土地で気を許せない生活を強いれば、相当の精神的抑圧を受ける。
そしてその抑圧から生じる症状が「望郷症」である。
本邦ではあまり馴染みがないが、西洋では「ホーム・シック」(家の病)と呼ばれ、
中世から研究され、精神的なものではなく、肉体的な病気とまで信じられていた。
(略)
ただし、病と呼ぶのは正しくない。正確には「望郷症」とは、
郷里と云う「安全地帯」へ戻りたいと脳が要求する、帰巣信号であると云えるからだ。
始め脳は郷里などへの思い出などを掻きたて、自然な帰郷を促す。
だが理性がそれを咎め帰郷を果たせないと、脳は身体に異常な信号を送るようになる。
その結果、衰弱が起こり、より異郷での生活を困難としていき、
最後には理性を曲げる事で、帰郷を果たすのである。
つまり「帰巣性」ゆえに「望郷症」が生み出されるのである。
同時に、「帰巣性」が強ければ、より強力な「望郷症」が生み出されるわけでもある。
また「帰巣性」の強さには、個人差や、環境の安全性の多加や、文化的な地域差もみられる。
そんな中にあって、極めて過剰に「帰巣性」が強いと考えられるのが「鬼ヶ淵村」の仙人達である。
彼らは、戒律により村から出る事を禁じていた。
(これには前記の選民思想や穢れ意識などが作用していると思われる)
禁を破って村を捨てれば、必ずオヤシロ様が追ってきて祟りを成すと云う、
現在でも強く信じられている迷信は、前記の「望郷症」と捉える事もできる。
「帰巣性」と「望郷症」の関係が比例的であるならば、
祟りと云う大袈裟な表現はまさに「望郷症」及び「帰巣性」の強さを示すものである。
その「帰巣性」の強さ故に、下界を強く忌み嫌い閉鎖社会を形成したのではないだろうか。
(略)
ところが、明治以降の近年になって事情が一変した。
近代化の波が押し寄せ、村人の流出が始まったのである。
ここで、鬼が淵村の仙人の末裔達は、初めて己の「望郷症」の強さを知るのである。
雛見沢住民は異常に「望郷症」が強かったのである。
やがてその「望郷症」を誰ともなく「オヤシロ様の祟り」と呼ぶようになった。
しかも、出稼ぎに出た誰かが、異境の地で祟りに遭い、変死したとの噂が流れると、
流出住民達は次々と村か、周辺の町に舞い戻ってくる事となる。
この「望郷症」「帰巣性」の強さは、おそらく文化によるもの、即ち雛見沢独自の信仰である
オヤシロ様信仰により培われたと考えるのが妥当だろう。
彼らは生まれた時から無意識にオヤシロ様の戒律を刷り込まれ、
村を出る事に対し、無意識の内に罪を感じていたに違いない。
その結果「望郷症」を「オヤシロ様の祟り」と捉えたのだろう。
オヤシロ様の戒律があるから「帰巣性」が強まったのか、
「望郷症」が強すぎるからオヤシロ様の戒律を作ったのか。
――卵が先か鶏が先かははっきりしない。
<「オヤシロ様の祟り」について>
明治の頃の、流出住民集団帰郷の際、帰郷者達のある異常現象の噂が流れた。
雛見沢を離れると、傷口から得体の知れないものが湧き出し体中を内側から食い尽くすと云うのである。
その帰郷者達の異常について、当時の古手神社の神主はそれこそ「オヤシロ様の祟り」の印と説いた。
当時の口伝によると、神主は不出である絵巻物を広げ、
その「虫湧き」が太古の昔から語り継がれていた事を示したらしい。
何でも、鬼たちがやって来たという「鬼の国」は「死者の国」とも読み取れるらしく
死者の国の鬼たちは、常にその身には寄生する何かが棲み続けていると云うのである。
その鬼たちの血を宿す彼らは、オヤシロ様の加護がある雛見沢では問題がないが、
異境の地で加護を失うと、鬼の血の中で眠っていた奇妙な存在が目覚め、
全身に溢れかえって、その身を食い尽くしてしまうというのだ。
しばらくの間、この異常現象はひどく恐れられ、仕事の都合で郷里を離れなければならない時には、
この「祟り」から許しを得る免罪符を神社に求めたという。
(略)
ここで、興味深いのは、異常現象の噂が流れる以前には、住民達はこれについて知らなかった点である。
私の刷り込まれた信仰が「望郷症」を「祟り」と認識させるという説と真っ向から対立する。
祟りを鵜呑みにした集団帰郷者達にある種の集団妄想が取り憑き、
それを神主が巧に信仰心へ誘導したと読み取るのが確かに自然ではあるのだが――。
偶然の集団妄想が、たまたま太古の絵巻物と一致しただけとするのは、どうにも腑に落ちない。
「オヤシロ様の祟り」を受けると何の予備知識が無くても傷口から何かが現れるのだろうか?
誰か「祟り」を私の目の前で受けてはくれないだろうか――是非観察してみたいものだ。
<「寄生虫」による宿主支配について>
集団帰郷者に起こった異常現象について考えたのだが、そもそも雛見沢の過度な「望郷症」が、
何らかの寄生虫による感染症とは考えられないだろうか。
これは、彼らが傷口から湧き出す得体の知れないものをみたからと云う事ではなく、
そもそも彼らが文化(信仰)だと思っているものが、感染症と関連するのではないかと云う仮説である。
感染症の多くは、寄生虫たちが望まず引き起こしているものである。
寄生虫にとって宿主は文字通りに宿である。
よって、彼らにとっての究極の寄生とは、宿主に気付かれない完全な共生であろう。
だが、寄生虫たちは時に、宿主を支配して自らの繁栄に利用しようとすることがある。
たとえば、中間宿主を経由して感染する寄生虫にみられる能力に、宿主の行動を支配して、
より上位の宿主にわざと補食させ、伝染しようとする試みが知られている。
代表的な例では、蝸牛、蟻を中間宿主とし――(略)――伝染させる確率を向上させている。
また、不特定多数の宿主への無差別感染を目的とし――(略)――ちなみにこれは破傷風の事。
このように、寄生虫には自らの繁栄の為に、宿主を支配する能力を宿すものも少なくない。
さて、これまで挙げたもののほとんどは、寄生虫たちがより繁栄し伝染していく為のものだが、
もっと単純に、彼らがより過ごしやすい環境を欲して宿主の行動を支配する事もあるのではないか。
ここで、かつて提唱した、鬼ヶ淵村住民の異常な「帰巣性」と「望郷症」を関連させられないかと思う。
つまり、雛見沢にはある種の寄生虫が蔓延していて、村人全てに寄生していると仮定する。
その寄生虫たちは、この雛見沢がもっとも居心地のよい環境であり、
宿主に対してこの地に留まり続けるように、強い「帰巣性」を与え、無視して土地を離れようとすると、
「望郷症」を引き起こして抵抗するのではないだろうか。
寄生虫は名が示す通り、宿主に寄生しなければ生きていけない。
そんな彼らにとって、自分たちの過ごしやすい環境に、
宿主である人間が社会を形成して住み続ける事は都合がいいはずだ。
この宿主を自分たちの過ごしやすい土地に縛り付けようとする寄生虫の存在を仮定すると、
意外にもこれまでのナゾに説明がつけやすい。
つまり、太古の鬼ヶ淵村の仙人達は、この寄生虫の存在を知っていた事になる。
だから、宿主である自分達が村を離れて生きていけない事を知っていて、俗世を嫌う文化を創った。
それは近年のダム戦争の異常な盛り上がりも説明できる。
では、オヤシロ様の伝説で語られる、沼から湧き出した鬼とはつまり、
寄生虫の大量発生の事なのではないだろうか。
鬼たちが村を襲ったという記述は、おそらく末期の感染者の錯乱した行為を示すに違いない。
623 :
名無しのオプ:2009/10/25(日) 01:10:43 ID:0EGOGJ9V
黄昏になった頃、鳥口は戻ってきた。
私は自分が理解した真相を告げようかとも思ったが、止めにした。
この好奇心の塊のような男に告げれば、物語は続いていってしまう。
今必要なのは一刻も早く、この村から逃げ出すこと、それだけだから。
夕暮れを車は切り開く。
――このまま帰っていいのか?
ふと、そんな事を思う。
もえる緑が後ろに流れていく。
――本当にこのまま帰っていいのか?
いいに決まっている。
私の様な人間にこれ以上何が出来るのだろう。
遠くで蜩が鳴いている。
――本当にこのまま帰ってしまっていいのか?
私は何を拘(こだわ)っているのだ。
今までも、そしてこれからも、私は。
そう、私はいつもそうなのだ。
624 :
名無しのオプ:2009/10/25(日) 02:03:40 ID:0EGOGJ9V
西日が差し込んでくる――赤く、赤く、赤く・・・
私は少女の顔を思った。あの夕日に染められた微笑みを。
何かが引っ掛かっている。ずっと昔に会ったことがあるような?
何かをしなくてはいけない。そんな気がする、何かをやり残したような。
私は何を忘れているのだ?
思い出せ。
されど、その時私の頭に浮かんできたのはあの晩の、祭りの晩の彼女との会話だった。
「関口は"見えているのですか"」
「な、何が・?・・」
少女はほんの少しだけ、落胆の表情を見せ、逡巡し、
そして、何かを決心した様な顔になり。
「私は見えているの」
今までの稚気のこもった子供のしゃべり方ではなく、大人の喋り方で云った。
「な・何が?」
「羽入が」
はにゅう?それは何だ?
625 :
名無しのオプ:2009/10/25(日) 02:05:22 ID:0EGOGJ9V
「そ・それは何?」
「名――名前。呼び名よ」
呼び名?
「い・生き物?」
「そうね――動くし、喋るし、五月蠅いぐらいよ」
喋る?
「よ・妖怪?」
「うふふ――関口は面白いわね。確かにそうかも、本人はオヤシロ様の化身だと云っているけど。
一応、角もあるし――鬼と云ってもいいかもしれないわね」
鬼――金棒を持って、虎のパンツを履いたあの鬼か?
「妖怪ね――ふふ――今度云ってみようかしら」
「い・今もいるの?」
私は辺りを見回した。
「今はいないわ、多分祭具殿にいるんじゃないかしら。
だから関口も、中で会っているかも――」
私も会っていた?――そう云えば祭具殿の中で妙な音がしていた。
「きっとふて寝でもしてるんじゃないかしら。
あそこは羽入のお気に入りの場所だから、勝手に入られて怒っているわよ――きっと」
そんな・・怒った鬼が近くにいたなんて――想像したら、ぞっとした。
626 :
名無しのオプ:2009/10/25(日) 02:07:03 ID:0EGOGJ9V
少し間ができ、そこで彼女は視線を中空に向け。
「関口、未来は決まっていると思う?」
そう彼女は尋ねてきた。
「わ・わからないよ」
「では、過去は?」
彼女は続ける。
「私にとって、今は過去なの」
どういう意味だ?――意味が解らない。
「私は随分長い間、生きてきました」
どういう意味だ?――意味が解らない。
「けど――もうすぐ――また――終わる」
どういう意味だ?――意味が解らない。
「それは運命と呼ぶべきものなのかもしれません。
けど――それでも――私はそれに抗ってみたい」
どういう意味だ?――意味が解らない。
「私を――助けてください」
そう云うと彼女は私を見つめた。
627 :
名無しのオプ:2009/10/25(日) 02:08:28 ID:0EGOGJ9V
「き・君の力には、なりたいけど僕には意味が・」
私は云った。
「関口――私の云うことを信じてくれますか?」
彼女は云った。
私は何故か頷いた。
「私は何度も死んで、何度も生きています――この世界を。
それは羽入の力――彼女には時間を戻す力があるのです」
時間を戻す――なんだそれは?
「私は必ず、今年の6月に死にます。その理由は解りません、
けれども、それは間違いなく起こるのです」
彼女が死ぬ――なんだそれは?
「そ・それは、雛見沢連続怪死事件の・・5年目の祟り・・と云う事かい?・・」
「それは違います。雛見沢連続怪死事件などは存在しないのです」
存在しない――なんだそれは?
「そ・存在しない、それはどう云う意味・・」
「雛見沢連続怪死事件は、連続してはいないのです」
連続しない――なんだそれは?
「今から、雛見沢連続怪死事件事件の――いや、この村にある惨劇の真相を語ります」
そう云うと、彼女はゆっくりと息を吸った。
628 :
名無しのオプ:2009/10/25(日) 02:10:10 ID:0EGOGJ9V
少女の事を考えていたら頭が痛くなった。
求\―パンドラの求\―開けてはいけないもの。
車は速度を上げる――逃げていく。
風景は流れていく――逃げていく。
あのとき、
"あのとき"なぜ私はあんなにも少女を畏れたのか。
少女は笑っていた。
白いブラウス。暗い色のスカート。そこから覗いている二本の白い脛。
そして真っ赤な、真っ赤な・・・―――頭が痛い。
――――――――――死にたくない。
少女はそう云っていた。
私があの娘(こ)にしてやれる事はないのだろうか?
真相が私の想像通りだとして、彼女はこのままでいいのだろうか?
冷静になれ。
どうすればいい。
何をすればいい。
そうだ――私は天啓を受けた。
「鳥口君、引き返してくれ。あそこへ――古手神社へ!」
629 :
名無しのオプ:2009/10/25(日) 07:28:29 ID:MoC0KqWr
乙
いろんな意味で関口がやばい
630 :
名無しのオプ:2009/10/25(日) 18:03:03 ID:wVcLnVsD
乙です!
匣や箱じゃなく汲使ったのは何かの伏線?
「例えば、思想を病気と置き換えなさい。完治するまで退院させない、
触れた物は感染の疑いがあるから焼き捨てる。家族にも感染の疑いがあるから強制入院。
――結局は同じ事だ、入院という言葉が弾圧に変わっただけの話だよ」
「でも、思想なんて個人の自由なんでしょ?ペストとは違う」
「そうだ。しかし人間の思想が、感染能力を持ったある種の生命体によって
生み出されていると仮定すると、ペストとまったく同じ意味になるのだよ。
つまり、思想は治療不可能な伝染病と置き換えられるのだ」
「じゃあ――、異なる思想を持った人を、えっと、重症患者と同じに扱う?」
「そういうことだ。この考えを延長すると、無差別、そして無秩序な大量虐殺が起こる」
「――そうすると、人類は大規模な粛正を肯定してしまう論調になりかねん。
だから脳内で宿主を支配する生命体を語ることは、今の時代では禁忌なのだ」
「禁忌って・・?」
「触れてはならない、考えてもならないと云う事だな。だから、誰も研究せん。
いや、それどころか、脳内に侵入し、影響を及ぼす存在がいると考える事すら忘れている。
――万物の長たる霊長類を支配する未知の生命体などいるはずがないと頭から決めつけている」
「あははは。何だかお粗末な話。いない事の証明なんて『悪魔の証明』。絶対不可能なのに」
「その通り。悪魔がいる事を証明する事は容易い。悪魔を連れて来ればいいのだからな。
だが、いない事を証明する事はできん。『いない』を連れて来る事などできんのだからな」
「あははは。何だか、脳を支配する生命体が、自分たちの存在を秘密にするために、
その宿主の人間を操っているみたい」
「お前は、神様と云うものをどうのように考えている?」
「えっと、そうだね。信じるものは救われる、なんて聞いた事はあるけど。どうなんだろ。
さっきの悪魔と一緒で、いない事が証明できないからとりあえず『いる』って信じるしかないけど」
「ふむ、なるほど。しかし神の存在を教えて回ったかつての予言者達は、そうは答えなかった。
『いる』と信じ続ける事で、その存在は本物へと昇華されてゆくと説いたのだよ」
「――どうして?実際に『いる』って事が証明されない限り、
それが嘘か本当かなんて誰にもわからないじゃない」
「はははは、それは確かにそうだが。つまり彼らは、大切なのは神の存在を確かめる事ではなく、
神の存在を信じて言動を律する節度そのものなのだ、と伝えたかったのだよ。
ほとんどの予言者達は、当時の支配者によって疎まれ、追放されたり迫害を受けたりもした。
だが、彼らは神を信じ続けて、救いを乞う人々に手を差し伸べ、希望と幸福を説いた。
その結果、神を信じる人々はいつか、自分達が絶望と苦悩から解放される事を期待して邪心を捨て、
苦境からの脱却に力を振り絞っていた。
そうして、正しく導かれようとする人々は自らの幸せを手にする事ができたのだ。
それこそがつまり、神による正しき導きの結果。
信仰する人々の心の中に神は宿る。その時、神という存在はすでに地上にはない。
心の中にある。――つまり、神が絶対の存在となって復活した瞬間なのだ」
「だから、強くいつまでも、信じ続ける事が必要なんだ。例え死後であっても、
同じように信じてくれる人々によって正当な評価を受けられたなら。その偉業は必ずや蘇る。
その時、私の体が朽ち果ててしまっていても、私の存在は蘇って評価を受けるのだ」
「それはおじいちゃんが、神様になったと云う事・・・?」
「そうだよ。私の研究はいつか必ず認められる。その時、お爺ちゃんは神様になれると云う事なんだよ。
その時が訪れるのが、私が生きている内なのか、そうでないのか。それは神様にもわからない。
だが、その日は必ず訪れる。だからその日の訪れを疑わずに、努力を続けなくてはならないのだよ」
633 :
名無しのオプ:2009/10/25(日) 23:08:07 ID:0EGOGJ9V
車は夕暮れを切り裂く。
そして古手神社の前に停まる。
「エンジンは掛けたまま、待っていてくれ」
そう云うと、私は階段を駆け上がる。
急げ――今なら間に合うだろう。
息が切れる、鈍りきった体だ。
裏手に回ると、小屋があった。
鍵はかかってない、中に入る。
1階は倉庫の様になっていた。
私は迷わずに2階に上がった。
そこに――少女はいた。
窓際に腰かけて、片手には葡萄色の飲み物を持っている。
そして――少女は云った。
「関口、"また来てくれたの――"」
「ぎ、ぎみをざらういにきた」
私は噛んだ、意味は伝わらなかっただろう。
だが構わない、人を攫(さら)う時には同意は必須ではない。
私は少女を無理矢理抱きかかえると、
少女を攫った。
634 :
名無しのオプ:2009/10/25(日) 23:09:53 ID:0EGOGJ9V
車は夕暮れを切り裂く。
そして古手神社の前に停まる。
「エンジンは掛けたまま、待っていてくれ」
そう云うと、私は階段を駆け上がる。
急げ――今なら間に合うだろう。
息が切れる、鈍りきった体だ。
裏手に回ると、小屋があった。
鍵はかかってない、中に入る。
1階は倉庫の様になっていた。
私は迷わずに2階に上がった。
そこに――少女はいた。
窓際に腰かけて、片手には葡萄色の飲み物を持っている。
そして――少女は云った。
「関口、"また来てくれたの――"」
「ぎ、ぎみをざらういにきた」
私は噛んだ、意味は伝わらなかっただろう。
だが構わない、人を攫(さら)う時には同意は必須ではない。
私は少女を無理矢理抱きかかえると、
少女を攫った。
635 :
名無しのオプ:2009/10/25(日) 23:11:04 ID:0EGOGJ9V
少女を連れて戻ると鳥口は驚いていた。
「うへえ、先生何をするんですか」
「いいから、車を出すんだ鳥口君」
――立つ鳥跡を濁さずですよ。
鳥口は訳のわからない事を云って、車を発進させる。
少女は私の膝の上で、喜怒哀楽の喜と怒と哀が混ざった様な顔をしていた。
これでいい、このまま東京に帰ればいい。
あいつらも、東京までは追っては来ないだろう。
ガタガタ
振動を感じた。
少女の形を感じた。
私は以前、矢張りこうして抱いたことがある。
それは妄想だ。遥か前世の記憶のように朧げな。
私はその肌の温もりを吸い取るように、実にゆっくりとした動作で彼女を抱きしめた。
これでいい――そうこれでいい。
東京に帰ろう――この娘も一緒に。
そうだこれいい――これで全ていい。
いきなりこの娘を連れて帰ったら、雪絵は驚くだろうか?
私と、雪絵と、一緒に暮らすのも悪くないのかもしれない。
そんな気がする。
636 :
名無しのオプ:2009/10/25(日) 23:16:52 ID:ARumaBUe
ちょw関口何しとるんw
637 :
名無しのオプ:2009/10/25(日) 23:20:39 ID:0EGOGJ9V
私がくだらない妄想に浸っていると。
私の膝の上に座っていた少女が云った。
「関口。気持ちはとても嬉しい――けど、
矢っ張り未来は決まっているのですよ」
少女は何故か、泣き出しそうな表情だ。
「大丈夫だよ――僕には全てが解った」
私が答えると、少女は。
「今回の関口は、今までで一番格好いい――でも」
――どういう意味だ?
その時、車の前方で破裂音。
刹那に、平衡(バランス)が崩れる。
――うへえ!!
鳥口の間抜けな叫び。
制御を失った車は脇の雑木林に――
私は咄嗟(とっさ)に少女の頭を抱え込んだ。
そして――
激突。
638 :
名無しのオプ:2009/10/25(日) 23:45:22 ID:0EGOGJ9V
今週はここまでです
次で出題編は終わりです
解答編は一息にやりたいので、暫しお時間を頂戴するつもりです
>>630 たいへん素晴らしい観察眼だと思います
とは言え、言わぬが花と言うこともございますので、回答としては
「ミス」「ミスリード」「ミスマッチ」「ミステリアス」「ミスター、あたいに一杯おごらせて」
「匣と言う漢字を使いたかったが変換されなかったので、手書き入力を使った際の誤り(2度目)」
以上の6つのどれか、と言う事にさせて貰います、申し訳ありません
(ちなみに今回の「しばたたく」は文字化けです、重ねてすみません)
639 :
名無しのオプ:2009/10/26(月) 03:05:22 ID:PfviB4x8
関口の精神がやばい
640 :
名無しのオプ:2009/10/26(月) 07:18:28 ID:Zr/N1eC3
関口死んだな
641 :
名無しのオプ:2009/10/29(木) 20:42:19 ID:Cn3RzQ3W
久しぶりに来たらやべえw
まとめサイトまで出来てるし職人絶好調だな
それこそ一杯でいいから「ミスター、あたいにおごらせて」
いよいよ大詰めか…
642 :
名無しのオプ:2009/11/01(日) 15:33:20 ID:0KbErkFH
もうそろそろかな?
職人さま楽しみにしてますね!
643 :
名無しのオプ:2009/11/06(金) 09:57:23 ID:xabGCxXt
今最初から読みなおしたんだが、
このスレ読み応えあるなあ
最初の方のレスもところどころネタ満載でいいわw
644 :
名無しのオプ:2009/11/08(日) 00:35:05 ID:cZBhTAg6
所謂岡田規制に巻き込まれてしまいました
この1週間で他のIP番号の規制は解除されたようですが、私の番号だけは解除されず・・・
(少なくとも一人はいる!!)期待してくれている人には大変申し訳ないのですが、
もう暫し、お待ち頂けますようお願いします
(本文は先週の時点で完成していますので、このまま放り投げたりは致しません)
もし、今週規制が解除されないならば、
その時は、
その時は、
うーん・・・。
645 :
名無しのオプ:2009/11/08(日) 14:46:24 ID:Tv/RgKuW
>>644 どんまい
かなり規模のでかい規制だったもんなぁ…
律義にかきこんでくれてありがとう
いつまでも待ってるから!
646 :
名無しのオプ:2009/11/08(日) 18:59:23 ID:5p8yjDyH
>>644 規制なら仕方ないよなぁ・・・
マジで待ってるから!
647 :
名無しのオプ:2009/11/09(月) 00:55:35 ID:XfPbinXU
>>644 楽しみにしてる人は現時点で少なくとも3人は確実だぜ!
後ちょっとで終わりってところで残念だ
いつまでも楽しみに待ってますね!
648 :
名無しのオプ:2009/11/10(火) 23:20:43 ID:++4f0A+w
俺も待ってる
649 :
名無しのオプ:2009/11/11(水) 00:46:34 ID:0RGseH7q
私も待ってますよー
650 :
名無しのオプ:2009/11/11(水) 00:53:18 ID:w135IKYf
昨日このスレ初めて見て、朝まで読み耽ってしまった自分も
待ってます
このスレ神だらけだろ…
「――本部より鶯(うぐいす)、男性2名がRを奪取した。
車にて逃走。これを阻止し、Rを奪還せよ」
「――鶯1より本部、任務了解、発砲許可を申請」
「――本部より鶯1。発砲を許可する」
「鶯1より狙撃班、発砲を許可する。R確保のため、障害を阻止、排除せよ」
多重構造の建物の中を逃げ惑っている。追われているのだ。
振り返ると仲間が次々と殺されて行くのを見ることができる。
私は息を止めて身を屈め、死んだ振りをしてそっとそれを見る。
しかしはっきりは見えない。両目が濁っているせいか。
いや、周りが暗いのだ。真っ暗だ。
比較的都会で育った私は未だかつてこれ程の闇を経験したことがない。
異郷の夜には電灯はおろか松明の灯りさえなかった。藪蚊がいる。いや、蚊ではない。
得体の知れない昆虫だ。油断をすると皮膚の下に卵を産みつけられてしまう。
小隊は全滅した。部下は一人を除いて皆死んでしまった。
私の責任なのだろう。
あの気味の悪い声は何だ?鳥だろうか。
――ジャングルの鳥は夜でも啼くのだ。
男がいった。真っ暗で顔などわからない。
明るくなるまでじっとしていよう。右も左も解らない。
――朝までいたらボーイに見つかる。捕虜になって辱めを受けたいか?
それともいっそ自決するか?他の部隊の隊長なら皆そうする。
それが玉砕というものだ。
甲高い声で男がいう。死ぬのは嫌だ。
急に怖くなった。日頃からあれ程生きることを厭(いと)い、
この雑駁(ざっぱく)とした日常から逃避することだけを願い、
つまりは死にたいとばかり考え続けていたというこの私が。
653 :
名無しのオプ:2009/11/14(土) 22:44:11 ID:P19vnqJr
多重構造の建物の中を逃げ惑っている。追われているのだ。
振り返ると仲間が次々と殺されて行くのを見ることができる。
私は息を止めて身を屈め、死んだ振りをしてそっとそれを見る。
しかしはっきりは見えない。両目が濁っているせいか。
いや、周りが暗いのだ。真っ暗だ。
比較的都会で育った私は未だかつてこれ程の闇を経験したことがない。
異郷の夜には電灯はおろか松明の灯りさえなかった。藪蚊がいる。いや、蚊ではない。
得体の知れない昆虫だ。油断をすると皮膚の下に卵を産みつけられてしまう。
小隊は全滅した。部下は一人を除いて皆死んでしまった。
私の責任なのだろう。
あの気味の悪い声は何だ?鳥だろうか。
――ジャングルの鳥は夜でも啼くのだ。
男がいった。真っ暗で顔などわからない。
明るくなるまでじっとしていよう。右も左も解らない。
――朝までいたらボーイに見つかる。捕虜になって辱めを受けたいか?
それともいっそ自決するか?他の部隊の隊長なら皆そうする。
それが玉砕というものだ。
甲高い声で男がいう。死ぬのは嫌だ。
急に怖くなった。日頃からあれ程生きることを厭(いと)い、
この雑駁(ざっぱく)とした日常から逃避することだけを願い、
つまりは死にたいとばかり考え続けていたというこの私が。
654 :
名無しのオプ:2009/11/14(土) 22:45:35 ID:P19vnqJr
――あんたは取り返しのつかないことをしてしまった。
もう後には戻れないんだ。だから先へ進むしかない。
甲高いこえが告げる。この、生き残った部下の名前は何といっただろう?
取り返しのつかないこと。
折れそうな程細い腰。
蝋細工のような白い肌はひんやりと冷たい。
そして赤い、赤い・・・
私は壊したかった。
簡単に壊れる癖に、一度壊れてしまったら二度と元には戻らない何かを。
急がなければ、こんなところにはいられない。臆病な私は逃げなければならない。
どこへ?
あそこだ。
あの四角い明りは神社の鳥居なのだ。
――何をしている?
体が思うように動かない。足が縺れる。闇が纏(まと)わりついて来る。
これ程の闇夜は経験したことがない。いや、違う。あの日もそうだった。
あの、夏の夜。
ああ、何かが泣いている、鳴いている、啼いている。
ああ、あれは・・・せみ?・・・ひぐらし?・・・とり・・・とり!?
「鳥!!」
655 :
名無しのオプ:2009/11/14(土) 22:46:31 ID:P19vnqJr
「鳥!!」
目が覚めた、目を覚ました。
運転席では鳥口がいびきをかいている。
辺りはもう暗く夜が訪れていた――時刻は10時過ぎだった。
そして、私は気付いた――少女がいないことに。
なんて事だ――奴らだ――奴らの仕業だ。
鳥口を起こそうと試みたが、起きなかった。
外傷は無いようなので大丈夫だとは思うが。
私は鳥口にもしもの為の書き置きを残した。
車は前部が大破しており、動かす事は無理そうだ。
私は走り出した。
急がなければ、こんなところにはいられない。
どこへ?
あそこだ。
古手神社だ。
私は先へ進むしかない。
――何をしている?
656 :
名無しのオプ:2009/11/14(土) 22:47:54 ID:P19vnqJr
私は走る。
体が思うように動かない。息が切れる。
足が縺れる。闇が纏わりついて来る。
私は走る。
夜と云うのは、こんなにも暗いものだったろうか。
比較的都会で育った私は、未だかつてこれ程の闇を経験した事がない。
ざわざわと森が騒ぐ。闇の中では木々は明らかに生きている。
いきなり恐怖心が湧いた。
――何故、走る?
闇と云うのは、これ程畏ろしいものだったのか?
光を失っただけで、世界はこれ程に違った様相を示すものなのか。
そんな、空恐ろしい世界に私達は目を瞑り、知らぬ顔をして、のうのうと暮らしていたのか。
――何で、走る?
光が欲しい、明かりが欲しい、灯りが欲しい。
陽光でも月光でも構わない、私の心に纏わりつく、
私の後ろから、憑きまとってくる闇を、祓って欲しい。
――どうせ、無駄なのに。
無駄なのかも知れない、けれども私は走る。
躰は悲鳴をあげだした、けれども私は走る。
心の内の虫が叫びだす、けれども私は走る。
――お前の様な人間が。
657 :
名無しのオプ:2009/11/14(土) 22:50:26 ID:P19vnqJr
お前の様な人間が。
この言葉は堪(こた)えた。
確かに私の様な無能な人間が走ってどうなる?
私が行ったところで何かが変わるのだろうか?
私は走っている。
本当にそうだ、私に何が出来る?
少女がいなくなってから何時間経っている?
今さら行ったところで手遅れに決まっているじゃないか?
私は走っている・・。
何故?
何で?
何の為に?
私は―――
その時、足下に小さな障害。
慣性に任せて前進しようとする躰。
手をつくことも出来ずに叩きつけられる。
そして――
私は立ち上がる事が出来なかった。
658 :
名無しのオプ:2009/11/14(土) 22:54:48 ID:P19vnqJr
私は倒れて、
萎えて、挫けて、折れて、潰れてしまった。
ああ、愚鈍な躰だ、すぐに息切れがする。
ああ、胡乱な心だ、そんな躰を支配も出来ない。
そう、無駄な行為だったのだ全て――無為だ。
京極堂が云う様に何もせずに帰ればよかったのだ。
私の様な人間が出しゃばるべきではなかったのだ。
私には英雄の様な活躍など出来るはずがないのだ。
私はいつもそうなのだ。
間抜けな話だ、自分の分もわきまえず。
奔走し、迷走し、失速し、失敗する。
もし、神の様な全てを見通せる存在がいるとして、私を見て嘲笑っているのだろうか?
まるで、釈迦の手の上で、弄ばれる孫悟空の様だ。
と云っても、私は無能な猿なのだが。
私は大いに笑った。
そして、少し泣いた。
それは、とても滑稽で。
それは、とても惨めで。
それは、とても私だった。
659 :
名無しのオプ:2009/11/14(土) 23:21:57 ID:P19vnqJr
汗が冷たくなり、頬がひりつきを覚える頃。
踏み潰された座頭虫の様に、私は空を眺めていた。
月は雲に隠されていたが、空には数多の星が煌めいていた。
ああ、あれは私なのだ。
灯りとしては役にたたず。
ただ、そこに存在している。
とても小さな、かすかな光だ。
胡乱な心が動きだす。
愚鈍な躰に心が戻る。
私にはまだしなくてはならない事がある。
道化師として、最後まで役目を果たそう。
――ご免なさい。
謝らないで欲しい、謝らなければならないのは私の方だ。
遠くで、気味の悪い声がする。
ここらの鳥は夜でも啼くのだ。
行こう、行かなくてはならない。
私は取り返しのつかないことをしてしまった。
もう後には戻れないんだ。だから先へ進むしかない。
そして――
私は立ち上がった。
660 :
名無しのオプ:2009/11/14(土) 23:23:46 ID:P19vnqJr
闇夜の凶人のように、闇の中をふらふらと歩いた。
何処に行こうとするのか、何をしようとするのか。
目指すのは古手神社だ。
勿論、私が行っても何も変わるはずもない。
――――――未来はもう決まっているのでしょうか?
そう、決まっていたのだ、私の様な無能な人間では。
――――――――運命は受け入れなければいけないのでしょうか?
そう、受け入れなければいけない、私の様な無能な人間には。
――――――――――死にたくない。
ああ、御免よ、御免なさい、私の様な無能な人間には、君を救う事は出来なかったのだ。
あの時、あの娘(こ)の告白を聞いたのが私でなかったら、中禅寺や榎木津だったなら。
「今から、雛見沢連続怪死事件事件の――いや、この村にある惨劇の真相を語ります」
そう云うと、少女いや彼女はゆっくりと息を吸った。
「雛見沢には、ある特別な病気があるのです。その病気の名前は、
仮なのか正式なのかはわかりませんが『雛見沢症候群』と呼ばれています」
雛見沢症候群?
661 :
名無しのオプ:2009/11/14(土) 23:27:00 ID:P19vnqJr
「この雛見沢症候群と云う名称は古く、実は戦前くらいに名付けられたものです。
雛見沢近隣の出身者が遠方で患う重度の望郷症とそれに伴う精神不安定などの症状。
それにある医師が注目し、様々な文献に基づいて調査を行いました。
そしてその医師は、この特異な症状が雛見沢の特殊な文化性ではなく、
外因性によるものではないかと仮説を立てたのです」
外因性による症状?
「この医師はさらに仮説を立てました。
雛見沢にはある種の風土病があり、その地から離れると分泌物の異常などを引き起こし、
過度の被害妄想を膨らませるのではないかと云うものです」
過度の被害妄想?
「雛見沢のオヤシロ様信仰をその見知から見ると、明らかに古代鬼ヶ淵村の人々は
この風土病を理解している様に思われました。
自らが村を出ては生きられない事を理解し、また他所から人が来れば感染し、
2度と村から出られなくなるため、村に近づけまいとする土着の教義。
古代の人々はそれを病気と云う概念ではなく、祟りと云う概念で捉えたのです」
村から出られなくなる?
「そして、この病気の最大の特徴は、発症時の極端な被害妄想と、それに起因する過剰な攻撃思考。
それと、末期に至った際の自傷行為です。
この末期患者の異常行為は、鬼ヶ淵の村から鬼が湧き出して村人を襲った、と云う伝承の行を、
ガス災害と云う見方ではなく、何らかの感染症が突如大発生し、
急性発症した村人達が被害妄想を肥大させ、村人殺しに発展したと読み解けました」
発症時の極端な被害妄想?
662 :
名無しのオプ:2009/11/14(土) 23:28:44 ID:P19vnqJr
「その感染症も長い時間の中で、非適合な人間がほぼ淘汰されると、
村人達は自分達の病気、祟りの法則を理解し始めました。
まず、この病気は一度罹患(りかん)すると治せない。
そのため、村を閉ざし余所者を近付けない教義が生まれた」
罹患すると治せない?
「そして、この病気を発症させる要因、大きな条件は二つ。一つは疑心暗鬼。
人を疑る気持ちは被害妄想を膨らませ、自ら末期症状を引き起こしてしまう」
疑心暗鬼?
「そしてもう一つは、こっちの方がわかりやすくて教義の根幹だけど。
それは雛見沢を離れると、距離、時間に比例して発症確率が高まると云うもの。
現代の村民達は長期旅行にいっても発症する事はほぼないけど、
当時の村民達にはとても顕著で、劇的だったそうよ」
雛見沢を離れると確率が高まる?
「この二つの発症要因を治める為にオヤシロ様には禁忌が生まれた。
まず、村人達は村社会への帰属意識を強くして、疑り合うことがない様にした。
最近は薄れてるけど、そもそも、オヤシロ様は縁結びや隣人愛の神様なの。
そして、雛見沢を離れてはいけないと云う禁忌。
それに伴い、これに逆らうと、オヤシロ様の祟りが起こると云う罰則」
オヤシロ様の祟りが起こる?
「オヤシロ様伝説の最初の、オヤシロ様が降臨し人と鬼を融和させた云う行は、
この二つの禁忌を守らせる為に、生まれたと云ってもいいかもしれない。
そして村に残る、残酷な儀式の風習はその禁忌を強固にする為の抑止力だったのでしょう」
オヤシロ様の降臨?
663 :
名無しのオプ:2009/11/14(土) 23:30:19 ID:P19vnqJr
彼女はそこで、長い話に一息ついた。
私は思わず大きな溜め息を一つした。
「と・とても信じられない」
「私もそうよ、でも私が見てきた色んな世界でも、雛見沢症候群は発症している。
今年も、例えばレナが発症する世界もあった」
レナ、竜宮レナ――あのおかしな少女か。
「他にも、魅音の双子の妹、詩音が発病する世界」
魅音、園崎魅音――あの子に双子の妹がいたのか・・・そう云えばどこかで。
「後は、あの馬鹿叔父が戻ってきたせいで、沙都子が発症する世界」
沙都子、北条沙都子――鳥口が云っていた子か。
「他にも、転校生が発症する世界もあったわね」
転校生、流石にこれはわからない。
「そ・それじゃあ、その雛見沢症候群がこの連続怪死事件に関わっているの?」
「そう、1年目のダム工事の現場監督殺害事件、これは主犯の男が発症。
2年目の北条夫妻は沙都子が発症して突き落とした」
「さ・沙都子?、でもその子はまだ生きているじゃないか、発症しても生きているのか?」
「ああ、そうね――まだその事を話てなかったわ」
彼女も大きな溜め息を吐いた。
664 :
名無しのオプ:2009/11/14(土) 23:32:56 ID:P19vnqJr
「さっき話した、最初にこの雛見沢症候群を発見した医師は、
これを何か有効利用出来ないかと当時の政府、軍部に主張した。
けれど当時は戦争の戦局が思わしくなく、そんな異常現象の研究に予算を割けなかった。
そうして、この雛見沢症候群を研究しようとする話は潰えるはずだった」
戦争――あの戦争か。
「そして、終戦。日本は新しい価値観を受け入れる、いや、受け入れざるおえなくなった。
けど、詳しくは説明しないけど、中にはもう1度日本の独立を願う有力者達がいたの。
そんな彼らは日本の復興にあわせて手に入れた、大きな資金力と政治力があった。
そこで戦時中に忘れ去られた雛見沢症候群に注目された。
雛見沢症候群が軍事的価値を持たないかどうかね」
馬鹿げている――だが、あの時は我々だって馬鹿げていたのだ。
「そこで、送り込まれたのが入江京介。関口も知っているかしら、雛見沢の診療所の所長よ」
そう云えば――あの診療所は異常に立派だった。
「他にも鷹野や富竹もその雛見沢症候群研究の関係者――これは知らないかもね」
そう云えば――鷹野三四もここの生まれではないと。
「彼らの目的は雛見沢症候群の研究及び管理。そして入江は優秀な研究者だった。
入江は雛見沢症候群の細菌の特定及び予防薬や治療薬の開発に成功したわ。
まあ、正確には治療薬と云うよりも抑制薬だけど・・・それで沙都子は生きながらえているの」
そう云えば――鳥口が少女はおかしな感じだと。
665 :
名無しのオプ:2009/11/14(土) 23:35:18 ID:P19vnqJr
「で・でも、そ・そんな危険な病気が今まで発見されないなんて、お・おかしいよ・・」
私は尋ねた。
「雛見沢症候群が軍事利用の優位性が高いとされたのはそこなの。
その原因である因子体が、宿主が生体でないと検出されないの。
――それもかなり非人道的な手法でなければね」
確かに筋は通っている・・・。
「で・でも、何で君がそんな事を知っているんだい、そ・その何度も生きてる中で調べたのかい?」
私は再び尋ねた。
「私は入江達に実験材料にされているの――」
彼女は少し寂しそうな表情をして。
「私の、古手家の血筋にはオヤシロ様の血が流れている。
その伝承は正かった様で、私の体は彼らの格好の研究材料なの。
そして、その所為で両親は彼らに殺された」
最後の方は呟く様だった。
彼女は再び溜め息を吐くと、
「さて、話を戻しましょうか。どこまで話したっけ――
そう、2年目の祟りは沙都子が発症したの、3年目は入江達の仕業。
4年目は沙都子の兄の悟史が発症――これが雛見沢連続怪死事件の真相なの。
3年目以外は、本当に連続ではなく偶々(たまたま)同じ日に発症が起こっただけ」
「で・では、1人消える。鬼隠しは?」
「それは、ほとんどが入江達の仕業。感染者の管理、隠蔽も仕事の内なの」
666 :
名無しのオプ:2009/11/14(土) 23:38:46 ID:P19vnqJr
そこまで話すと彼女は月を見やり――いい月ね、と云った。
彼女の話は、矢張り筋は通っている。だが到底信じられない。
「ひ・一つ、き・聞いてもいいかな?」
私は聞いた。
「そ・その雛見沢症候群の感染経路は一体、何なんだい?」
「空気感染よ――もしかしたら関口も罹(かか)っているかも」
彼女は私を見ずに云った。
空気感染だと?――なら私も。
「さて、やっと話は本題に入るわ」
彼女は私に顔を向ける。
「その連続怪死事件とは関係なく、もう間もなく私が殺されるのです」
なら私も感染しているのか?――疑心暗鬼になる。
「それは、必ず、確実に、何度も起こります」
そう云えば、ここに来てから――発病要因は・・・。
「関口、聞いてますか?」
――何を聞いているのだ?
「あ・あ・ああ、で・でも到底・し・信じたくないよ」
私は答えた。
「そうでしょうね、なら一つ予言しましょう」
そして最後に彼女は――
667 :
名無しのオプ:2009/11/14(土) 23:43:26 ID:P19vnqJr
朦朧とした意識の中、私は古手神社の石段の前に辿り着いた。
私は躊躇せずに階段を登り始める。
私を支配していたのは諦観だった。
そうきっと、それはある。
きっと本殿の前辺りにだろう。
そして私はそれを見つけ出して。
自分の無力さに、打ちのめされる。
それで私は、私を確認するのだ。
そして、
もはや私は、そんな私を傍観している。
一つ目の鳥居をくぐる。
もうすぐだ。
数段の石段の上に二つ目の鳥居がある。
鳥居は世界の境を示すものなのだ。
あれを越えれば世界は変わる。
もうすぐだ。
そして――
私は境界を越えた。
整理された道が終わり、砂利道がガタガタと車を揺らす。
今年は空梅雨だった。
しっとりとした雨を楽しめるはずの6月も、もう真夏の様な日が訪れている。
あの年も、こんな空梅雨の夏だった事を、彼は思い出していた。
彼の名は赤坂衛。
警察庁に勤める古株の刑事だ。
彼と雛見沢の縁はずっと過去に遡る。
彼はここ雛見沢で、大石と、そして古手梨花と出会った。
古手梨花が予言した自らの死の運命。
赤坂にとっては、この少女を運命から救い出せなかった事は、
今になっても尚、忘れられない痛恨の悔やみだった。
やがて彼は雛見沢大災害を知り、当時世話になった大石と再会。
少女を襲った惨劇を、雛見沢連続怪死事件の謎を、例え今からでも暴こうと誓い合ったのである。
だが雛見沢は気が遠くなる程の長い時間に渡り封鎖され続けていた。
よって赤坂達は自分達の持つ情報を手記にまとめて発表し、
読者に当時の記憶を辿ってもらって情報を寄せてもらう以上の事は出来ずにいた。
しかし、ようやく雛見沢村の封鎖は解かれた。
本来なら大石と来る予定だったのだが、大石の検査入院が急に決まり1人で訪れる事になった。
同伴している2人は、赤坂の後輩の男と、その元部下で雛見沢の封鎖中その任務に関わっていた男だ。
赤坂は自分の荷物から、切り抜き帳を取り出す。
――角はもうよれよれになり、相当の劣化が伺えた。
「――では、鬼ヶ淵沼をお願いします」
――了解しました。若い男が答える。
車が走り、森を抜けると。
土砂で埋め尽くされた不自然な土地が姿を現す。
沼どころか、水一滴もない――そこが鬼ヶ淵沼跡地だった。
「ははは、沼どころか、水溜まりもないな」
「大災害の後、初期に埋め立てられたと聞いています」
そこは、広大な森の空き地に現れた無垢の巨大な大地。
「――なるほど、これが所謂(いわゆる)未確認飛行物体の着陸場と云うやつか」
「そんな事云われてるんですか」
「オカルト愛好者の間じゃ有名らしいよ、政府がここで宇宙人と交流していたってね」
「わっはっはっはっは」
この沼があの6月末に突如湧き出した火山性ガスの発生場所だ。
致死性の極めて高い、硫化水素と二酸化炭素の混合ガスは深夜の内に村を丸ごと飲み込み、
雛見沢と云う村を一夜にして滅ぼしたのである。
そして封鎖された後、ここを管理していた政府によって沼は埋め立てられた。
「でも彼らにも彼らなりの論理があるらしくて、地質学的に云って、
ガスの発生源を塞ぐ為に、沼を埋め立てても何の意味もないらしいんだよ」
「そりゃ、そうでしょうね。火山口を埋め立てって話は聞かないですから」
近年、オカルト愛好者達の間でこの雛見沢大災害が話題なのだそうだ。
雛見沢大災害は火山ガスの噴出と決着したのだが、それは政府が事実を隠蔽する為に作った腹案で、
その実態は宇宙人による細菌攻撃だったと云う風説だ。
彼らが根拠とするのは、『34号文書』と呼ばれる秘密の文献の存在であった。
この『34号文書』は、雛見沢の診療所に勤務していた鷹野三四と云う看護婦が記した手記である。
(34号とはその名前をもじったものらしい)
この女性は雛見沢に伝わる奇妙な鬼伝説の歴史を追い、
その伝説が何を意味するかを解き明かそうとする個人研究者であったとされている。
その内容によれば、あの年の雛見沢大災害は事前に予見されていた、と云うのである。
彼女の研究によるならば、雛見沢には太古の昔、
宇宙から飛来した未確認飛行物体が墜落し、鬼ヶ淵沼に沈んだと云う。
その未確認飛行物体には、地球に存在しない、宇宙の寄生生物が漂着しており、村人達に感染した。
この細菌に寄生された人間は凶暴化し、『鬼』と呼ばれるに相応しい存在と化したと云う。
鷹野三四はこれこそが、沼から湧き出した鬼の正体だとしている。
墜落した未確認飛行物体に乗っていた宇宙人は、地球人達が自分の持ち込んだ細菌の所為で、
大変な事になっているのを知り、その姿を村人達の前に現した。
――これがオヤシロ様の降臨であるという。
宇宙人は、地球外文明の高度な方法で村人を治療したが、対処療法にしかならなかった。
その為、宗教的象徴として、オヤシロ様の名で崇められていた宇宙人は、
症状を悪化させない為に法を科したと云う。
細菌たちは雛見沢の風土にのみ馴染んでいたので、宿主が雛見沢を離れると症状を悪化させてしまう。
その為、村から離れるなと云う規則を作ったのだ。
これがその後の鬼ヶ淵村の仙人を巡る伝説につながっていく。
つまり、仙人達が持っていたと云う仙術や奇跡の技は、全て宇宙人がもたらした英知だったのだ。
「わっはっはっは。本当にオカルト愛好者達は、そう云った話が好きですよね」
「でも、鷹野三四は雛見沢大災害を予見したらしい。それは嘘じゃない。
確かにこの切り抜き帳に書いてある」
「そんな、まさか。あっはっはっは。・・・・――赤坂先輩それ本当に?」
仙人達の時代から長い時間を経る内に、人々に寄生した細菌は非常に安定したものになり、
人体に無害なものとなった。そして宇宙人も細菌も、人々の記憶から薄れていく。
だが宇宙人たちは御三家に守られながら何百年もの間、生き続けてきたと云うのである。
古手神社の秘密神殿の中で代々、ご神体として崇められて生きてきたのである。
その宇宙人は寄生している細菌たちを操り、その結果、村人達を何百年も支配していた。
その支配を取り戻すため、彼らは再び寄生細菌の太古の力を取り戻すべく、研究を始め―――。
後は諸説が入り混じり、結局は寄生細菌を地球規模でばらまき、地球の支配を目論もうとした、
宇宙人の地球侵略計画こそが雛見沢大災害の正体である――と云うらしい。
それで、実は日本政府内には宇宙人の侵略と戦うための秘密部門があって、
彼らは米国の秘密基地で訓練を受けていて―――。
そして、彼らが動き出し、この宇宙人の地球侵略を食い止めるため、
村を全て封鎖して毒ガス攻撃で完全に封殺した――と云うのである。
「わっはっはっは!!流石にそこまで来ると、冒険科学小説の域ですな」
「俺もここまで来ると滅茶苦茶だとは思う。
ただ、この滅茶苦茶を書いた鷹野三四はあの年の6月中旬、正体不明の怪死を遂げる。
そして、その死の直前に、自らの死を悟ったかの様に、
村に来ていた1人の男性に、この切り抜き帳を預けて意思を託したと云うんだ」
その男性の名は『関口巽』。
「その男性も奇妙な行動をして、雛見沢大災害の前日に失踪している。
だが、残された切り抜き帳には1枚の紙が挟まっていて、それにはこの大災害を予言していたんだ」
「まさか!そんな事ありえない、偶然ですよ」
「わからないが、偶然ではないと思う連中に云わせると、その後の政府の対応がおかしいらしい。
例えば、この沼の埋め立てが一例だ。
さらに埋め立て前に、秘密の地質調査をしていたという封鎖に関わっていた者の証言もある。
否定派はそれを単にガスの発生地だから、危険に備えて立ち入りを制限していた主張するが――」
「それは、多分、否定派の云うのが正しいんじゃないかと思いますね」
「他にも雛見沢を封鎖していた関係者たちは定期的に血を抜かれて厳密な検査を受けていると云う。
それは、実は、細菌感染の陽性反応を見るものであったと云われている」
「矢張り、ガスが湧き出す危険があったから、健康管理に気を遣っただけじゃないですか」
「まあ、君の云う事ももっともだと思う。あと、他にもっと面白い話もあるぞ。
雛見沢大災害では火山ガスは発生していないと主張する連中もいる」
「火山ガスが発生していない?どういう意味ですか」
「つまり、元々火山ガスなんか噴出してなくて、ガス災害と云うのが政府の嘘だと主張しているんだ」
「それこそオカルト愛好者のこじつけですよ、一体何を根拠に?」
「封鎖解除後、オカルト愛好者が押し寄せて、未確認飛行物体説を補強するために調査したらしい。
連中の主張はこうだ、
『政府発表の火山ガス成分によるなら、硫化水素によって金属が腐食されたり、
自然体系に大きなダメージが残るはずだ。だが雛見沢にはその痕跡が残っていない。
よって、火山ガスが噴出したとは到底思えない』――だ、そうだ」
「もっとも、あれから何十年も放置された村だ、痕跡が発見できたかも疑わしいが」
「はっはっは、まあお話としては面白いですけどね――赤坂先輩はそれを信じてるのですか?」
「最初は信じなかったが、最近は俺もわからない。何割かは真実が含まれているかも、と思っている」
「赤坂先輩ともあろうお方が、未確認飛行物体説を信じるんですか?」
「この切り抜き帳。これが本物の『34号文書』だとしたら?」
「え?」
「あの年の6月、大災害の前日に失踪した、関口巽が所持していた、正真正銘の本物だ」
『34号文書』は雛見沢大災害の混乱で長い事行方不明だったが、私たちの出版した手記を見た、
あの日、関口巽と一緒に取材に来ていたという読者の男性が送ってくれたのだ。
(彼はカストリ雑誌の編集者でもあり、陰謀説の一翼を担っているらしい)
当時は妄想と思っていた大石すら、雛見沢大災害の後では決して笑い捨てられる内容ではなかった。
それは、雛見沢に土着の寄生細菌による風土病が『オヤシロ様の祟り』だったと云う部分だ。
もちろん、病原体は発見されてないので仮説の域を出てはいない。
「大石さんの仮説なんだが、御三家が過去の信仰心を村に取り戻すために、
大昔の毒性の強い病原体を研究していたのは本当じゃないか、って云うんだ。
雛見沢大災害はその結果の失敗じゃないかってな」
もちろんこの辺りには、風説や奇説や珍説も入り混じっている。
雛見沢大災害の直前に謎の死を遂げた診療所長。
そして、関口巽失踪の夜に惨殺された古手梨花と云う少女の謎・・・。
診療所の地下に秘密の研究施設があり、そこで入江は細菌の研究をさせられていたが、
罪の意識に耐えかねて自殺。
オヤシロ様の復活と云う宗教的な祭典の何らかの意味の為、梨花は宗教的儀式で惨殺され生贄に――。
だが、彼らが研究した細菌は失敗作だった。
――それは村人達に寄生するどころか、そのまま死に至らしめてしまう殺人細菌だったのだ。
そして村は、一夜にして滅びてしまう事になる。
「ただのガス災害じゃない事は明白なんだ。ガスが湧く直前に、
1人の男性がそれを予記して失踪、さらに数人の村人が怪死を遂げている。
それを切り抜き帳にまとめた鷹野三四本人も含めてね。
あれを偶然の予見不可能な災害だとするには、どうにも腑に落ちない要素が少なくない。
この『34号文書』を読めば、それは明らかになってくる」
「じゃあ――、雛見沢大災害は自然的な災害ではなく、人為的な災害?」
「その後の長い封鎖は、その殺人細菌を調査するためじゃないかとも囁かれている」
「まあ、未確認飛行物体がって、説よりは狂信者集団の方が信憑性はありますね」
「――この跡地を見ていると、本当に未確認飛行物体が墜落した可能性もあるかもしれないな」
「馬鹿馬鹿しい――」
「それが馬鹿馬鹿しくて調べたくても、沼は埋め立てられて確かめる術もない。
地質学的には何も効果は期待できないはずの馬鹿馬鹿しい工事によってだ」
「赤坂先輩がそれを立証するには、あとはここの住民の生き残りを見つけて、
体内からその特殊な病原体ってやつを見つけ出すしか、ないんじゃないですか」
「――それも致命的だ。大災害の後、雛見沢出身者に対する魔女狩りのせいで、
今や出身者の存在は不明だ。彼らは名乗りなどあげない」
「じゃあ、お手上げじゃないですか」
「それでも諦めないのが刑事魂ってものだよ。
あれが自然災害じゃなかったって云う状況証拠はいくらでもあるんだ。
何か一つの具体的証拠で芋づる式に全てを白日に晒せるかもしれない」
「まあ、あれから大分経過してますからね。真相はあまりに深い闇の中かもしれません」
「そうだな・・・・・新世紀になった、今頃になってここを訪れても、何も解りはしないのかもな」
あの年の6月に。雛見沢で一体、何があったと云うのだ。
確実にわかっているのは、鷹野三四がそれを予見して怪死を遂げて。
さらにそれを予記した関口巽が失踪し、診療所の所長が怪死を遂げ、
オヤシロ様の生まれ変わりと信じられていた古手梨花と云う少女が、惨殺されたと云う事実のみ。
関口巽の残した紙にはこう書かれていた。
『私、関口巽は真相が解りました。
誰が犯人かは特定することが出来ません。
唯、解った事は、オヤシロ様信仰と関わりがある事です。
雛見沢連続怪死事件は連続ではありません。
そして、奴らが古手梨花を殺すのです。
それで、計画を実行するのです。
これを読んだ貴方。どうか真相を暴いてください。
それだけが私の望みです。
関口巽』
関口巽を真相に辿り着かせ、失踪させた、この切り抜き帳は一体何なのか。
内容が示すとおり、それは壮大な陰謀を暴いた一大告発書なのか。
当時、誰もが思った様に、唯の妄想のでっち上げなのか。
何が真相か解らなくなる時、この惨劇を見て誰かが楽しんでいるのを思う事がある。
この切り抜き帳は、そう、脚本なのだ。
数千人もの村人の命を一夜にして奪う、惨劇の舞台脚本。
人の死を見て笑う地獄の観劇者のための、悪魔の脚本。
この脚本を誰かが書いた、そして誰かが上演した。それを見て誰かが笑った。
くそ!!、あの年の6月に雛見沢で一体何が起こったって云うんだ・・・・!!
676 :
名無しのオプ:2009/11/15(日) 00:43:59 ID:IbqbfNWn
境目を越えると、
拓けた所に建物がある――本堂――本殿――本社――
私はおずおずと近寄っていく。
近づくと入り口に影がある――影――陰――人影――
瞬時に躰が緊張した、なぜならその数が多かったからだ。
その人影は4つ。
左から大きい影が2つ。
続いて小さな影が1つ。
一番右に大きな影1つ。
なぜ?
闇にまぎれて顔までは見えないのだが、確かに存在している。
在ったとしても、変わりはてた影が1つのはずなのに、
この影達はいったい何なんだろう?
「――――――」
小さな影が声にならない声をあげた――猿轡(さるぐつわ)でもされているのか?
一刻の間を持って、私は気付いた。
ああ、生きている。
677 :
名無しのオプ:2009/11/15(日) 16:14:41 ID:4Inr24fg
乙。
いつも楽しい週末をありがとう!
678 :
名無しのオプ:2009/11/15(日) 20:54:17 ID:uOkvjkaO
職人さま乙! 待ってました!
しかし…しかし関口いいぃ!!!
緊急要項第1号
自然発生的末期発症者(以下L5と表記)が確認された場合、
施設長はL5が異常的社会行為を起こす前に迅速に事態を収拾しなくてはならない。
ただし、機密保持に厳重に注意する事。
その際、施設長は機密保持部隊に対し応援を要請できるものとする。
機密保持部隊は、確保に当たり必要と判断した場合は発砲許可を施設長に対し申請する事ができる。
L5の確保は極力、生体である事が望ましいが、機密保持上の理由でそれが困難な場合、
生死を問わないものとする。
全てにおいて機密保持と外部発覚を最優先する事。
ただし、機密保持は外部発覚阻止に優先するものとする。
緊急要項第34号(複写・持出・許可なき閲覧――厳禁)
本要項は最高決裁者の決裁によってのみ適用される。如何なる簡易決裁もこれを認めない。
また決裁者は本要項適用の決裁に当たっては可及的速やかに判断する事。
対処不能な事態が発生し最高決裁者がそれを認められる場合、機密保持と外部発覚阻止の為、
入江機関(以下、機関と表記)は最終的解決をしなければならない。
最終的解決とは以下を指す。
・L2以上の潜在患者全員の収拾
・機関施設の完全な証拠隠滅
・本要項の適用の隠蔽
施設長は上記を事態発生から48時間以内に遂行しなくてはならない。
不測の事態により施設長の指揮が困難な場合、長官がこれを兼務する。
最終的解決は以下の手順で遂行される。
・ガス災害偽装、及び交通の遮断
交通封鎖部隊は警察官に偽装し、雛見沢地区を外部より遮断する。
その際、自然ガス災害であるよう偽装する事。
(略)
・通信手段の遮断
(略)
・潜在患者の集合
機密保持部隊本隊は雛見沢地区災害集合場所に潜在患者全員を集合させる事。
集合手順は別紙参照の事。集合後は厳重に点呼を行い全員の集合を確認する事。
(略)
・潜在患者の対処
機密保持部隊本隊は集合させた潜在患者への対処を行う事。
対処にあたっては、ガス災害偽装を疑われないよう注意する事。
(略)
・機関施設の隠蔽
(略)
・村内捜索
機密保持部隊は村内の完全捜索を行い、生存者がいない事を厳重に確認する事。
(略)
・完全撤収
全ての作戦を終了し、機密保持部隊は雛見沢地区から撤退する。
後続の一般部隊に不信感を持たれない様厳重に注意する事。
なお、機関施設は秘匿区画の完全撤去が終了するまで継続警備とする事。
<女王感染者ト一般感染者ニツイテ>
病原体ハ蟻ナドノ社会型生物ト同ジ習性ガアルモノト推定。
女王蟻ニ当タル女王感染者ガ常ニ1人オリ、ソレガ古手家代々ニ受ケ継ガレテイルモノト推定。
マタ、一般感染者ハ女王感染者ヲ庇護スル傾向ガ強ク、其レヲ容易ニ観察デキル。
マタ、女王感染者ノ半径ニ束縛サレル一般感染者トハ違イ、
女王感染者ハ土地ニ束縛サレルモノト推測。
(略)
<感染者集落ノ崩壊ニツイテ>
前途ノ理由カラ、女王感染者ガ死亡スルヨウナコトガアッタ場合、
感染者集落ハ集落単位デ末期症状ヲ引キ起コスモノト推定。
末期症状ハ急性ナラバ早クテ二十四時間以内、遅クトモ四十八時間デ発症スルタメ、
四十八時間以内ニ最終的解決ヲ行ナワナカッタ場合、騒乱ハ極メテ甚大ニナルモノト推定。
マタ、集落規模カラ見テ、警察、憲兵程度デハ此レノ鎮圧ハ容易ナラザルモノト推定。
反国家武装蜂起ト位置付ケ、緊急ニ軍ヲ以ッテ鎮圧スルノガ最モ適当ト思ワレル。
昭和二十年一月吉日
宛最高戦争指導会議 小泉大佐殿
高野一二三記ス
「ご存知の通り、アルファベット計画は戦後の日本の国際的な地位向上を目的としたものです。
そして、我が国は世界への平和的貢献を模索し、国際的地位を確立するに至りました。
日本は国際社会において重要な地位を担う国家として成熟し、さらにその存在感を強める事でしょう。
よって、現在、時代に即した形になるよう、アルファベット計画の見直しを進めています」
「そして、この4月に新体制の理事会が発足し、全計画に対する新方針が決定されました。
この入江機関の研究目的は二つありました。
一つは雛見沢症候群の研究と治療法の確立。もう一つは多面運用の模索です。
新生理事会はこの後者の、多面運用の模索については即時の中止を決定しました。
これらの研究開発が国内で行われていた事実と痕跡は、今後はむしろ醜聞になりかねません。
入江機関は直ちに、これに関わる全ての研究を中止し、一切を破棄してください」
「また、入江機関につきましては、最長3年を目処に、研究の収束を図ってまいります。
私どもにとっての最大の目的は、軍事目的の研究が行われていた事の完全な破棄です。
よって、雛見沢症候群と云う特殊現象が研究されていた痕跡と、
そもそも存在していた事実についても隠蔽すべきであると考えます」
「誤解ないようにして頂きたいのは、
私どもはあくまでも研究を直ちに中止させようと云うのではなく。
円満な形で研究を終了させようと云う事です。この違いをご理解ください」
683 :
名無しのオプ:2009/11/16(月) 00:06:19 ID:pw5KXWeZ
物事が想像よりも悪くなる事は遭っても、良くなる事は少ないのが私の人生である。
その観点から見ると、矢張りこれも悪い事に当てはまるのかも知れない。
私は暗闇の中、少女を拉致した影達と対峙していた。
そして――私は吃驚(びっくり)していた。
どうしよう。
それが私の中に遭った感情だった。
相手は3人、私は1人。
しかも私は丸腰だ。
しまった。
これが私に新たに生まれた感情だった。
私はお世辞にも、体力がある訳でもない。
せめて、武器になる様な物を持ってくれば。
どうしようもない。
右の影が――残念と呟き、首を振った。
左の影達が手に握った何かを私に向ける――銃か?
ああ、私はここで死ぬのか?――そう死ぬだろう。
私は目を瞑り、その時を待ちかまえた――せめて苦しまずに。
矢張り京極堂の云うとおり、大人しく東京に帰れば良かったのだ。
ああ、雪絵に一言謝りたかった。
私はこの時間が、永遠に続くかと思った。
願いを成就し、望む未来を紡ぐ力。
紡がれる糸の強さは、意志の強さ。
気高く強き願いは必ず現実となる。
それは小さな胸に宿る、大きな決意。
人の命が、もしも地球より重いなら。
私の小さな決意は、地球よりも重い。
運命は個人だけじゃなく、人を、世界を支配する絶対の力。
それはつまり、もはや運命。
私が紡ぐのは、運命。
実現の約束された願いは、もはや願いとは呼ばない。
私の絶対の意思が、絶対の未来を紡ぎ出す。
誰にも邪魔できない、誰にも覆せない。
サイコロの1なんて認めない。
全てのサイコロを6にしてやる。
それは生きながらにして神に至る。
それに気づいた時、私は解放される。
そう。私は神の域を超えるのだ。
サイコロの目など私は越える。
サイコロの目は私が決める。
運命すらも、私が決める。
挫けぬ絶対の意思で。
685 :
名無しのオプ:2009/11/16(月) 00:14:45 ID:pw5KXWeZ
永遠に続くかと思われた時間は、音によって破られた。
甲(かん)
かん?――「バン」じゃないのか?
甲(かん)
まただ――これは?――跫(あしおと)?
甲(かん)
私は後ろを振り返る。
鳥居の向こうにあいつの上半身が見える。
甲(かん)
雲に隠れていた月が、不意に丸い姿を現す。
奴がやって来たんだ、物語を終結させる為に。
劇的。
余りに劇的、
まるで活劇。
そして――
月光を背に、
黒衣の殺し屋が登場した。
686 :
読者への挑戦:2009/11/16(月) 00:20:29 ID:pw5KXWeZ
物語の世界において、(少なくともその中では)作者は神と言っても構わないでしょう。
ならば神として、この言葉を使う時、神託を告げる刻(とき)が来たようです。
今ここに、全ての情報が提示されました。
これまでに、紡ぎ出されたカケラたちを、理で繋ぎ合わせれば、一つの形を示すでしょう。
ここで私が問いたいのは、
「誰が犯人かを推理する問題」ではなく、
「誰が神なのかを証明する問題」なのです。
ここは小説やゲームなどと言った、一方的な世界ではありません。
貴方は傍観者ではなく、観測者にもなりうるのです。
(そして、この世界では観測者は神と言いかえる事も可能でしょう)
さて、
親愛かつ敬愛なる、読者の皆様の解答を心よりお待ちしております。
687 :
名無しのオプ:2009/11/16(月) 00:24:08 ID:pw5KXWeZ
「後神の刻(とき)」〜神降ろし編(出題編)〜 <完>
688 :
次回予告:2009/11/16(月) 00:27:00 ID:pw5KXWeZ
ひなびた寒村で起こった連続怪死事件。
そこを訪れた、へっぽこ文士・関口巽に襲いかかる怪奇たち。
物語が混迷の度を極めた時、ついに現れた黒衣の殺し屋。
奴は神か、悪魔か、はたまた妖怪か。
黒衣の殺し屋が理を語る時、世界は一つに集束する。
疾風怒濤、快刀乱麻、驚天動地な解答編。
「後神の刻〜神貶(おと)し編〜」
12月12日(土)投稿予定。
関口巽の明日はどっちだ!