清涼院流水いっちまいますかpart3 院

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269前半
芸文百話<2002年7月28日(日)・日本経済新聞 24面>

「探偵を追え4 オタクアイドル竜宮城之介」

探偵小説はどこへ行くのか。将来を示唆する探偵たちがいる。
1974年に旗揚げした私立探偵組織「日本探偵倶楽部」(JDC)に所属する350人である。

JDCの探偵は、能力順に50人ずつ7つの班に分けられ、定期的にポストが入れ替えられる。
最上位の第1班ともなると「一人一人が強烈な個性と独自の推理方法を持ち」
「世界をまたにかけて縦横無尽に活躍する」。

例えば、第1班の竜宮城之介(りゅうぐう・じょうのすけ)は「黒衣の推理貴公子」。
黒の上下に黒手袋、黒いマントに黒のつば広のフェルト帽というスタイルをいつ何時も崩さない。
武器は「傾奇(かぶき)推理」。とんちや言葉の語呂合わせを使って、犯人のメッセージを鮮やかに解読する。

第1班副班長の九十九十九(つくも・じゅうく)は究極の美形。サングラスで隠しても
「ブラウン管を通して九十九十九の美しすぎる会釈で失神したものは、約16万人」となる始末。
義理の妹、九十九音夢(ねむ)は18歳の「ファジィ探偵」。「女の勘を極めた才能」で
事件の全体像を漠然とつかむ。第3班のピラミッド・水野氏にいたっては、100%真相を外す
「迷推理」で重用されている。
270後半:02/07/31 02:55
「探偵=アイドルと考えていますから……」。JDCの生みの親である作家・清涼院流水
(せいりょういん・りゅうすい)は、講演会でこう語っている。清涼院は27歳。
大学在学中の96年に「コズミック 世紀末探偵神話」でデビューした。JDCが「1200人が殺される」
と予告した殺人鬼・密室卿に挑む物語だ。

古典の造詣(ぞうけい)と緻密な論理で探偵小説を再興した先輩作家たちの大半からは
厳しい非難を受けた。その一方で、若い読者の熱烈な支持も得た。

90年代に拡大したミステリーの市場は、謎解きを楽しむ読者よりも、登場人物に勝手に感情移入し、
イラストを描き、二次創作を試みる読者に支えられてきた━━。アニメやゲームに耽溺(たんでき)する
若者の「オタク系文化」を批判してきた東浩紀は分析する。「オタク系の活字文化は、作品ではなく
キャラクターを中心に作られた別種の論理で動き始めている。その変化に最も敏感に反応し、最も根底的に
小説の書き方を変えてしまった作家が清涼院だ」

清涼院の探偵たちは、作家の手を離れ、同人誌やインターネットでイラストや全く別の物語に化けて、
流通しはじめている。探偵たちは孤高の英雄から架空のアイドルへと変身したのである。 =敬称略

(文化部 松岡弘城)