韓国人留学生「外国人だからと差別するな。日本は、国家に縛られない"美しい国"になるべき」
http://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/news/1269597792/ 留学生が日本で「思ったこと・感じたこと」
朴燦雨(パク チャンウ)さんが書いた「ドキュメンタリーで見た日本」です。
これは、NHKスペシャル「大きないちょうの木の下で」という番組を使った授業のあとに書かれた感想文です。
宿題でも課題でもなく、1時間の授業終了後、自発的に書いた作文でした。
実は、授業が終わってすぐ彼は担当教師の所にやってきて、「先生、本当に感動しました。
ぼくは韓国で外国人労働者支援のためのボランティア活動をしたことがあるんです。
そのとき、いろんな問題があると感じました」と話し始めたのです。
そこで、教師は「だったら、今のその思いを作文にしてみない?」とパクさんに言いました。
数日後、楽しみに待っていた教師たちの元に、次のような作文が届きました。
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「ドキュメンタリーで感じた日本」 朴燦雨(パク チャンウ)
私は学校で積極的な学生ではありません。日本語学校に通っているのに、日本語に興味があると
思っていないからかもしれません。しかし今日の視聴覚授業は私にとっては特別な授業でした。
日本にいる外国人労働者が来日した理由は様々です。今日の授業は、その外国人労働者の子どもたちの話で、
その子供たちが「自分は一体何人で、どんな生き方をしていくのか」と考える姿を見ました。私は、この番組を見て、
自分の高校時代を思い出しました。
社会科の授業で、教師が通っている奉仕団体に行く機会ができたことがありました。その団体は、外国人労働者の
人権を保護し、一緒にいろいろと話し合う団体でした。その奉仕団体で出会った人たちは国の家族のために、
悪い環境をものともせずに働いていました。私は、その人たちと一緒にサッカー試合をし、
食事もしながら、楽しい時間を過ごしました。しかし胸が張り裂けるような話を聞いて、涙ぐみました。
その人たちは「他国人だから」差別を受けていました。その差別は目に見えない差別でした。
外国人労働者だからという理由だけで差別を受け、苦しんだ話を聞いて、まず私だけでも偏見を捨てようと、
何度も何度も自分自身に念を押しました。その人たちは、他の一般の労働者と同じ、誰かのために、
そして自分のために働いている人たちでした。
今日授業で見たプログラムで印象に残ったのは、「自分は一体何者なのか」と自分の正体を探していく10代の
小学生でした。その子は、日本で生まれ、日本で育ち、日本で勉強しているインドシナ難民の子どもでした。
社会の壁を見たこともない小学生が、「自分と普通の日本人の小学生との違い」を知り、自分は日本人なのか、
ベトナム人なのか、何者なのかと、そのルーツに苦しみ悩む姿を見て、涙が出るほどの悲しみを感じました。
私は、このような子どもたちが、自分自身が日本にいる理由や他の人たちと自分の違いを理解し、
「国家」というものには縛られずに、自分なりの価値観で見事に生きていくことを願います。
このプログラムは、社会的弱者、中でも外国人労働者の子どもたちに焦点を当てていて、その子どもたちが
日本で暮らしている中で感じる複雑な心情を察することができました。私は、このプログラムから、
日本の成熟した社会を見ました。ただ「関心を持つ」というのではなく、「配慮」を見ました。
私は、桜の日本にも高層ビルの日本にもあこがれたことはありませんでした。
だが、今日の授業で、明るい顔をして勉強している外国人労働者の子どもたちがいるその教室から、
真の日本の美しさを見ました。
http://www.janjannews.jp/archives/2943834.html