aiko LOVE LIKE POP Vol.373

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648名無しの歌姫
シャカは、この世は生老病死をはじめとする苦しみで満ちていると説きました。
これを四苦といいます。
ほかにも、愛する者と別れる苦しみ、憎い者と会う苦しみ、求めても得られない
苦しみ、煩脳の苦しみなど、この世は様々な苦しみに満ちています。
生老病死と合わせて、これらを「四苦八苦」といいます。
たしかにシャカの言うように、この世は四苦八苦の世界でしょう。
では、はたしてシャカは、この世界に何かの目的があると語るでしょうか。
人の人生に何かの意味があるとか意義があるとか価値があるとか語るでしょうか。
いいえ、彼はそのようなことは語りません。
単にこの世が苦しみであって、そこから離脱し、解脱する方法を説くだけです。
仏教の初期の経典『スッタ・ニパータ』の中で、シャカはこう言っています。
「切に世を厭い嫌う者となれ。二度とこの世に戻ってくるな」
仏教の一派である浄土宗などでも、
この世は仏教徒にとっては、「厭離」し、厭い離れるべきものなのです。
とくに原始仏教徒にとってはそうでした。
シャカにとって、この世は目的や意味を問うことさえ無意味なものであって、
また単なる苦しみの世界であり、厭い離れるべきものでした。
しかし、主イエス・キリストの考え方は違います。
649名無しの歌姫:2010/03/25(木) 22:12:17 ID:/6s5hTYc0
シャカは"捨てよ"と説きました。これに対し、主イエスは"得よ"と言われます。
あるインド人のクリスチャンが、チベットに行ったときのことです。
そこに、洞窟の中で毎日修行をしている僧侶がいました。
その僧侶は、すべての欲望を断つために、洞窟の暗闇から
一歩も外に出ないのです。
そして長いこと暗闇の中にいたので、ついに目が見えなくなってしまいました。
それでも残る生涯を暗闇の中で暮らすつもりであると語りました。
インド人のクリスチャンはその僧侶に、
「あなたはこのような瞑想生活から何を学びましたか」と聞きました。
するとその僧侶はこう答えました。
「私はすべての欲望を捨てて、欲望から自由になるために、こうしているのだよ。
私が求めているのは涅槃だ。すべての感覚と欲求を滅ぼすことだよ。
だが、私はまだ煩脳の闇の中にあって、いつそれを捨てられるともわからない。
今それができなければ、来世でできるかも知れない」。
これを聞いて、インド人のクリスチャンは彼に言いました。
「あなたの欲求も感覚も、神から与えられたものでそれは滅ぼすためのものでは
なく、神の中で満たされるためのものです。
欲求を滅ぼそうとしても、それは無意味というものです。
そもそも、欲求を殺そうと思うこと自体が欲求だからです。
本当の救いは、欲求を捨てたり殺すことにあるのではなく、創造主なる神の中で
それを満たすことにあるのです」と語りました。