Mr.Children43

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こないだから書こう書こうと思っていたのだが、
ここんとこミスチルスレが荒れまくるんで、遠慮してました。
漏れが建てたスレも最低だったし。

で、最近ふと思いついたこと。
今、新曲が売れに売れている桑田佳祐と、
ベストが一応、市場である程度反応を示し、
新曲、『優しい歌』リリースがアナウンス&ツアーでもラストに演奏され、
ファンの間ではそれなりに話題になってはいるが、
メディアへの露出がとことん低く相変わらず
「終わった」感ばかりが目立ち不安が先立つ我らがMr.Children、桜井和寿。
この2人ってやっぱり、その音楽観
(音楽性、ではなく、音楽に対する人間的な姿勢)
がかなり似通っているんじゃないのだろうか?
前者、桑田佳祐の場合は、「売れなければ意味が無い」と自ら公言するほど
チャートリアクションを気にして曲を書き
(これはもちろん、自らの曲に対して色々な面を自分で持たせたいが為でもあろう。
決してファンをないがしろにしているなどといった意見ではない)、
マスコミ受けが良いキャラクターを創った、
言わば「仮面をつけた姿がさまになっている、似合っている」
ミュージシャンだと思われる。

しかし後者、桜井和寿は、
ミスチル現象によるマスコミの洗礼を受け、
世間の本質というダーティなイメージに自らを汚され、
その結果、既曲の歌詞でも自らが詩っているように
「あるがままの自分」で限りなくあろうとしている、
ミリオンヒットを多数持つビッグアーティストの中でも
稀有な存在になっている、それが彼だと思う。

そこで、『一体、この2人のどこが似てるねん?』と聞かれるだろうだが、
それは音楽を演る上での、根本的な部分が非常に似通っていると漏れは言いたい。
つまりどちらも、『音楽が好きで、最初からプロ志向だった』ということ。
上記した事柄は、その似ている2人が自分の音楽を売るために取った方法の違いです。
桑田佳祐は、よく出来た「朗らかで、かなりスケベなオヤヂ」という
コメディアンタッチな仮面を身につけ、
その側面をいかんなく発揮して今日まで売れ続けてきた
(もちろん、楽曲のクオリティの高さがまず評価されていることには間違いありません)。

一方の桜井和寿は、自らを着飾ることを捨て、
自分が持つ音楽の感性だけで勝負し、そして今日があるという気がする。
これは、どちらが良いか悪いかなどと言った善悪だけで判断できる問題ではないということを
前提にしながらここは意見を聞いて欲しいと願う。
どちらも、素晴らしいアーティストには違いがないのだから。

・・・しかし、正直なところ桑田佳祐は桜井の音楽センス、
それを世間一般に音楽のみで評価させた姿勢が心底羨ましいんじゃないのかなぁ。
音楽寅さんで会話していたことも、桑田の心の根底にはそんな
アーティストの純粋な妬みから来た発言なのかも?
と思わせるようなニュアンスの言葉が多かったし
(桑田:「桜井、これからも、良い音楽を創り続けていってくれよ・・・」のセリフ等など)。
売れて、売れ続ける為に自分で方法を編み出し、
それにより勝ち残った桑田佳祐。

売れて、売れ続ける為だけをあまり考えずに、自分の音楽だけを
ただひたすら信じた桜井和寿。

どっちがバカでどっちが本当に賢いなどとは絶対に言えるわきゃないが、
・・・結局どちらもあまり幸せそうに見えないのは漏れだけなのだろうか(藁)。

ま、どちらにも言えることは、
売れて成功と名声を掴み、たとえ金持ちになったとしても、
人生ってのは簡単には進まないってことなんだろうな、きっと。
自戒の念を込めて。
・・・って、漏れ。金持ちでもなんでもないんだがな。
バカみたいなマジネタ、しかも長文スマソ。