【 歌に 】 井上陽水Part12 【 誘われて 】

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882名無しのエリー
 私が「失敗したな」と思うようになったのはようやく最近になってからの事だ。
事は雑誌、「近代麻雀」の誌上対局に出席し、田村光昭に出会った事から始まる。
もともと、ろくに点数のかぞえ方も知らない私が人様にお見せできるような麻雀が打てる
訳はないのだけれど年間の私の主な仕事であるコンサートツアーもどうにか終り、開放感
も手伝って出席を承諾してしまった。そこで田村に会い最初からイヤな感じはしていた。私
より男前なのである。しかしまあ私の顔は美形に属する方ではないし真中から線を引けば下の
方に位置する事は涙を忍んで確認している事だからその時点ではとりたてて「失敗したな」とは
思っていなかった。それに田村の前歯がほんの僅かではあるが欠けておりそこに金属が埋めら
883名無しのエリー:04/05/22 06:30 ID:EE3QDhGX
れている事を、父を歯科医師として持ち歯科大学を三度も受験した私が見落すはずがなかった。
私の方が優位に立っている点を強調すべく、田村に確認させるため、世話やき善人を装って
なぜそんな事になったのかを聞いてみたところ学生運動の折、官警に頂いた勲章だそうだ。
私はやっと見つけた自分の優位が音をたてて崩れるのを聞きながら「失敗したな」と思った。
 田村光昭はプロ雀士である。文も書くし人とも話そうが、麻雀を打つ事がその職業を成立させる
多くの要素である事に異論はあるまい。だいたい凡人はどんな楽しい事でもそれに「職業」と名が
つけば憂鬱となるものである。田村だってそういった空間をどうしたものかと往来している事は容易に
想像できるのだがしかし許せない一言を雀荘への途中で私に洩らした。「今から麻雀ができると思うと
884名無しのエリー:04/05/22 06:30 ID:EE3QDhGX
トキメキますネ」と、まぁ、こうおっしゃってくれたのだ。私は我身の不憫をかばうあまりに「失敗したな」と思った。
 田村光昭は快活に雀荘の入口をくぐりぬけ私はやっとの事でそこにたどりついた。今日のメンバーは
田村と私とそれにAとB。スタートからAはウイスキーをチビチビ、Bはガブガブやっていた。酒を呑みながら
麻雀を楽しめるという事は呑めない私にとって誠にうらやましい事であり同時にステキな事だ、ルールを守る
能力が維持出来れば………。ガブガブのBがいままでやっていなかった先ヅモを始めた。私はBの上家で
ツモる度に下家のBの右手も同じに出てくる、なんともやりにくいがそれを注意する発想が私にはなかった。
私と同様に呑んでいなかった田村がこう言った「Bさん、少しツモが早いんじゃないですか?」この田村の発言
にはなかなか微妙なところがあり常日頃、先ヅモ厳禁の立場をとるチビチビのAが私同様、見て見ぬふりを
885名無しのエリー:04/05/22 06:31 ID:EE3QDhGX
していた事への田村が持った義憤の念でもあったのだ。席が空白になり、しかし私は
充実し、とにもかくにも田村に先を越された私は尻馬に乗って遅ればせながらいまだ先ヅモを続ける
Bにヘラヘラとたしなめるような事は言うのだが、あまりにも自分がツマらなく見え「失敗したな」と思った。

 田村光昭は柔軟性のある幅の広い人間だと思う。彼の失敗は他人の目にはさほど失敗とは写るまい。
時折そういった恵まれたタイプの人間が居るものであるが当然、そのタイプを演出するため、多くの配慮をして
いる田村に対しての拍手は惜しまないのだが、最後には手が痛くなってやっぱり、私は「失敗したな」と思うのである。