274 :
名盤さん:
ていうかtatuが一発屋じゃなかったら厭だ
ユーリャの切れるように鋭い叫びとリェーナの悲痛な高音のささやき
それに全体主義・革命・・・というソヴェトのイメージ、狂気、嵐、爆破、"止まらないものに巻き込まれていく"恐怖
という要素が加わってものすごいパワーを発揮していた
一発屋でいいんだよ
これは実力なんかよりもっと偉大で貴重なもの、偶然と奇蹟でできている
けどこんかい俺が衝撃を受けたのは、やはり瞬間は過ぎ去ってしまうものだということ
あとにはほとんど死んだような、平凡で才気のない退屈な現実が何十年も続くのだということ
ロシアのポップススレに書いたけど、2004年の終りころ収録されたビデオを見た
ユーリャは声を失っていたし、
あきらかに口パクをわかる歌唱、やる気のない、恥ずかしがっているようにすら見える振りつけ
観客はしずまりかえっていて、ただ花火とライトだげが空しくにぎやかで、
大衆の残酷さ、ときの流れの残酷さを感じずにはいられなかったよ
二人はまだ二十歳ぐらいでまだまだ全くかわいいんだが"終わってた"
その終わり方があまりに悲惨
例えばアメリカの歌手がこやって落ちぶれてるのを見ても「いい気味だ」という感想しか持てなかっただろうけど
「時代」というものに引き回され続けていたrussiaだからこそ、ここまで悲しい映像になっているのだろう
まじでそこらへんの文学より感動させられた