渋:増井、お前初日観るとか言ってたのに居なかったじゃないか。
増:居ましたよ、社長の隣に居たんです。何度も「社長、社長」って呼んだのに必
死でステージ観てて気付かなかったんですよ。何かアンコールの”ロックンロ
ール”で涙ぐんでましたね。
渋:なんで涙ぐむんだよ。あんな老人のライブ観て。
増:また、また見えはって。いいですよROの読者は優しいから、素直に感動を語
って下さいよ。たとえ笑ったとしても馬鹿になんかしませんから。
渋:思いっきり馬鹿にしてるじゃないか。
増:だけど。翌日会社で社員に「うちは社則にペイジ・プラントのライブは最低2回
は行く事って書いてあるんだけど、お前はいつ行くんだ」とかチェック入れたじ
ゃないですか。鈴木なんか「チケット代は経費から出るんですか」とか、僕のと
ころにききに来ましたよ。
渋:お前、ムチャクチャ言ってんな。読者が信じたらどうするんだよ。
増:だけど、良かったんでしょう?
渋:良かったじゃないか。最初、サポートギターなしで、ジミー・ペイジだけだと知
った時、思いっきり不安になったけど、立派に弾いてたしな。
増:それってストーンズのライブ観てミック・ジャガーが歌詞憶えてて良かったとか
馬場がちゃんとリングの上に自分で立ってて凄いとか、そういうレベルの感想
じゃないですか。
渋:何言ってんだ、凄くうまかったじゃないかギター。
増:社長、あれは高い金を客からとって行われている興行なんですよ。老人ホー
ムの無料の慰安会じゃないんだから、ギター弾けなきゃ客は暴れますよ。だか
ら、そういう低いレベルの感想じゃなくて、ZEPの極東担当スポークス・マンとし
てのコメントを下さいよ。
渋:お前はどうだったんだよ。
増:最低でしたよ。俺は再結成モノとか一切観ない人で、この手のものには初めて
行ったんですけど、思いっきり失望しましたよ。
渋:お前、それはペイジ・プラントを高く評価しすぎだよ。
増:ハァ?どういう意味ですか。
渋:あれはZEPじゃなくてペイジ・プラントなのよ。そんなZEPと比較しても不毛だぜ。
増:だって全曲ZEPだったじゃないですか。
渋:だってペイジ・プラントの曲なんか演奏したって客は喜ばないじゃん。
増:じゃんって、じゃあ社長は何が良かったんです。
渋:だから、ジミー・ペイジはギターちゃんと弾けたし、ロバート・プラントも声が出て
たじゃないか。
増:だから、それって思いっきりペイジ・プラントの事を馬鹿にしてません?
渋:そんな事ないよ、だって俺はNYまで観に行ったんだぜ。
増:じゃあ社長は、昔の同窓生の元気な様子が確認出来て良かった、っていうレベ
ルの良かったなんですか。
渋:まあ、そんなもんかな。
増:それって、昔から社長が批判してた反動的なロックファンの姿勢そのまんまじゃ
ない。ちゃんと言うべきでしょう、ペイジ・プラントはゴミだって。
渋:ゴミは過激だろう、ゴミは。チリとかホコリぐらいにしろよ。
増:つまんないボケをかましてないでちゃんと評価すべきですよ、さあ、ちゃんと言
って下さい、ちゃんと
渋:お前はどうしてそう杓子定規なんだよ、言いたくない俺の立場も分かるだろう。
増:分かりませんよ。だけどマジにZEPファンは社長の評価を聞きたいと思いますよ。
渋:俺は正直言って、本当に多くのものを期待してなかったから、あのステージは
あれで良かったと思うよ。客の求めているものを、つまりZEPナンバーのことだ
けど、真面目にやってたし。
増:つまり懐メロバンドとして誠実であったと。
渋:まあね。
増:現役のミュージシャンとして完璧に終わってたと。
渋:そこまで言わすか。
増:言わなきゃ評価にならんでしょう。
渋:それは分かんないけど、あのステージには確かにZEPの本来の姿はなかっ
たよ。プロモーション来日した時、ロバート・プラントが何故ZEPに距離感を覚
えるか説明してたじゃないか。その時に言ってたのは「俺は曲書いて、詞を書
いて。歌を歌っていただけだから」って事だったんだよ。俺は最初、何変な事
言ってんだ、冗談なのかな、と思ったんだ。だけど、あれって本音だったんだよ。
つまりZEPというのは曲でも詞でもなく、あの一種不思議なエネルギーなんだな。
ある一定の環境、そこに四つの要素を入れて化学反応させた結果なんだよ。
だから、それを再現するには、同じ環境と四つの要素全部が揃ってないと駄目
なんだよ。
増:じゃあ、永久にZEPの再現は無いじゃないですか。
渋:そういうことだな。そのかわりと言っちゃなんだけど、CDにはちゃんとそのエネ
ルギーがパッケージされていて、いつでも再生出来るじゃないか。
増:ライブ行く奴が馬鹿だと。
渋:過剰な期待はしちゃ駄目って事だよ。
増:社長はそれでいいんですか。本人達はそこまで自覚的だとは思えないんです
よ。だってエジプシャンバンド入れたり、ストリングス隊とやったり、あれはMC
でも言ってましたけど、新しい価値観の提示のつもりでしょう。
渋:困るよな、あれが懐メロの免罪符だと思われちゃ。”カシミール”なんてスピル
バーグのサントラじゃねえか。
増:おっ、だんだん本音が出て来たな。
渋:うるさい、そういうお前は。あのコンサートに何を期待してたんだよ。
増:そりゃもうジミー・ペイジに決まってんじゃないですか。俺はね、ZEPの曲はソ
ラで全部歌えるしね、社長なんか足元にも及ばないくらいZEPに関しちゃ詳し
いわけですよ、実際は。
渋:本当かよお前。
増:いや、どっちが詳しいかなんてことはどうでもいいんですけど、とにかく人生で
一番多感な時期にZEPの洗礼を受けて、はっきり言ってZEPがいなかったら
確実に20歳前に自害して果ててたわけ。
渋:なにもんだ、お前は。うす気味悪い奴だな。
増:生まれて初めて暴力という思想を学んで、それで俺はサバイヴしてきたんです。
渋:ZEPはヤクザか、おい。
増:ところが、そのZEPを私は「ザ・ソング・リメインズ・ザ・セイム」でしか体験出来
てないわけですよ。これがどういうことだか分かりますか。ええ、おっちゃんよォ。
渋:増井君、私は社長だよ。
増:そんな人間に過剰な期待はするなとか、カスとかアカでも許してやよって、許せ
ますか!
渋:アカとは言ってないだろう、アカとは。
増:だいたい俺はね、ZEP神話が何故この90年代に至っても延々と生き延びてい
るのか、それはボンゾとペイジのリフ攻撃のファンキーさにあると言われてるわ
けで、だとすれば仮にボンゾがいない今であっても忠実な再現性さえテーマにす
れば、いくらルーシーちゃん人形みたいなジミー・ペイジだとは言え、それなりの
興奮を喚起してくれるはずだと踏んでたんですよ。ところが何ですか、あれは。
”移民の歌”から”ワントン・ソング”への導入部、あれだけじゃないですか。ロバ
ート・プラントはただのヘビメタオヤジだし、”胸いっぱいの愛”は宴会芸だし、む
ちゃくちゃかったるいもんじゃないですか。
増:つまり俺がああ残酷だなあと思ったのは、パッケージとしてのZEPもすでに
90年代には通用しないもんなんだという悲しい発見だったんですよ。
渋:バカ言うなよ。最先端のヒップホップとかブラックミュージックには未だにZEP
のサンプリングがあふれ返っているじゃないか。
増:それは基本的なリフ部分だけの話で、誰も今や”天国への階段”を丸ごとや
ろうなんてバカはいませんからね。だいたい社長、ストーン・ローゼズとかニ
ルヴァーナとかビースティーズとかベン・リーとか聴いてしまった今、ZEPだけ
は別格とか言うのは絶対おかしい。我々の認識論はZEPの冗漫さと大時代
性とロック・ヒロイズムを葬ったからこそ変わったんじゃなかったんですか?
渋:だからな、増井な、あれはZEPじゃなかったんだって。ペイジ・プラントなの。
本物のZEPが登場したらな、お前なんか失禁してるよ。だいたい何度も言っ
てるけどペイジ・プラントにそんな過剰な期待を持つ方が変なの、そういう原
体験を持たない世代の連中の物欲しげな発想が、ろくでもない懐古趣味を
呼ぶんだよ。ざまあみろ、俺なんか大阪フェスティバルホールで4時間のライ
ブ体験してんだからね。
増:何わけのわからんことをくっちゃべってるんですか。懐古趣味どころか、俺は
今回のコンサートは決してパフォーマンスとしては酷いもんじゃなかったと言っ
てるんですよ。社長も言うようにジミー・ペイジはほぼ完璧に弾けてたし、ロバ
ート・プラントの声も出ていた。今演れる範囲の比較的コンパクトな選曲をして
、目一杯やってくれてましたよ。それなのにあれはZEPじゃなかったなんて言い
出す方がよほど懐古趣味じゃないですか。問題なのはある程度再現されたZE
Pそのものがもう時代遅れだったという、歴史の風化に逆らえるものじゃなかっ
たということなんですよ。
渋:バカヤロー、ZEPを真の意味で超えるバンドがいつ出て来たんだ、言ってみろ。
だいたいお前はオアシスとかスウェードとか、ああいう懐古的なバンドばっかり
やってるから、そういうアホな錯誤を起こすんだよ。
増:オアシスとスウェードが懐古的だなんて言ってんのは社長だけですよ。それこ
そ現場感覚と当事者意識の欠落、ジジイのたわ言以外の何物でもありませんね。
渋:もういい。お前みたいなバカはクビだ。
増:社長こそ解任だ。
渋:ああもうツラも見たくない。出て失せろ。
増:さようなら。