>>189 >>206 情報ありがとうございます。
やっぱり、森功も橋下の父母が離婚したとは何処にも書いてないですね。
>>189さんの森功の記事に、叔父博Sへの公共事業発注疑惑で、橋下が知事のとき大阪府議会での答弁で
「この叔父は父親の弟でありまして、僕の父親が死んだ後、橋下家の大黒柱という形で、僕自身も
大変世話になっています。それで、僕が(知事に)就任したときにお祝いで、というふうにいわれた
ことを、さすがに断るわけにはいかない」
「父親が死んだのが、僕が小学校2年生で、うちの母親が再婚したのが中学校2年生ですから、
その間は叔父とも頻繁に連絡といいますか、父親代わりに世話をしてもらったということです」
と答えたことが書いてあります。
父親が死亡する前に父母が離婚したのなら、父の死後の叔父とのこのような関係は不自然です。
では、離婚してないのに、なぜ母親が言っているように
「あの子が小さいときに父親と離れ、以来、私も近寄らせませんでした。
東京と大阪で離れていましたので、仕事も何をしていたのかよく知りません」
となったのか?
答えは、父親が女を作って東京の家を出て行ったから、ということのようです。
週刊朝日8月24日号で、父親が死亡したとき「徹の母親とも違う別の新しい彼女がおった」と
縁戚Aが語っています。
愛人と暮らしている父親の姿なんか子供に見せたくないでしょうから、近寄らせなかった。
また、母親もプライドがあるから、夫の大阪での生活なんて知りたくもなかった。
週刊朝日8月24日号によると、橋下の父之峰は橋下の母親と結婚する前に、
同じ女性と2度結婚して、2度離婚しています。
つまり、同じ女性と 結婚→離婚→再結婚→再離婚 しています。
この再離婚した後に、橋下の母親と結婚するのですが、父之峰はこの再離婚した女性に未練タラタラ
だったようですので、この女性のところへ舞い戻ったのでは?
と個人的に想像しています。(但し、死亡した時点の彼女はまた別人)