何かがぶつかる音がした。暗闇の中で目覚めた克夫は耳をそばだてた。低く尾を引く唸り声、
この野郎、という人間の声。
母の向こうに寝ている父が起き、障子を開けて縁側に出ていく。克夫も布団を跳び出した。
父は縁側のガラス戸を透かして外を覗いていた。その後ろにしがみついて克夫も覗いた。雪の
なかに棍棒を振り上げた人影が動く。棍棒は何度も振り下ろされ、同時にけたたましい悲鳴が
起きる。克夫は雪の上をのたうつものから眼を逸らすことができなかった。やがてそれは動か
なくなった。
「やっつけたか……」
父はかすれた声で言い、それから便所の電灯を点けた。薄明かりが裏庭一面を白く際立たせ、
雪のなかに横たわる犬の形を映した。鼻の辺りに血が飛び散っている。
「手こずらせやがって」
忠夫の声は白い息になって何度も闇に吹き出した。
寒いのか怖いのか、克夫の体は震えてとまらなかった。
「バツじゃないよね、兄さん」
克夫は最も気になっていたことを聞いた。忠夫は克夫を見た。それから雪のなかから尾をつ
かんで見せた。黒い犬だったが長い尾がついていた。
けっきょく、黒犬の肉は家族の食卓にのぼることになった。葱(ねぎ)といっしょに煮て、醤
油味がついていたが、克夫の口の中で固い肉の塊はいくら噛んでも柔らかくならず、喉を通ら
なかった。「体があったまるぞ」と父は言い、「食われた魚以上に量が増えた」と忠夫は笑っ
た。母や姉たちも少量だが食べた。また幾らかは隣家の柾屋にも分けられた。
剥いだ犬の皮は板に釘づけにされ、縁側で乾かされた。忠夫は「克夫の外套の襟につけたら
いい」と言った。克夫は声が出なかった。
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