★★広島の奥様★★ Part26

このエントリーをはてなブックマークに追加
198可愛い奥様
Do you like American movies?  「アメリカ映画はお好きですか?」
 Yes, I do. 「はい、好きです」
 No, I don`t. 「いいえ、好きではありません」

 英語を学び始めたときから、私はこの現象が不思議で不思議でしかたがなかった。だって、
この否定疑問文は、「相手(聞き手)がアメリカ映画は好きではない」という話し手の観念が出発点となって、
それが事実かどうかと尋ねているわけですから、聞き手はその観念を察知して、
もし自分が「アメリカ映画は好きではない」のであれば、「はい、あなたの考えのとおり、私はアメリカ映画は好きではない」と
答えるのが筋というものでしょう。

 この疑問を解決すべく、私はこう考えました――イギリス人やアメリカ人は自我が確立しており、
他人の意向に左右されることなく、事柄そのものが肯定か否定かだけを問題とする。したがって、相手がどのような形で
疑問を提出しても相手の思惑とは関係なく、それを事柄そのものに関する疑問ととらえ(つまり「アメリカ映画は好きか」も
「アメリカ映画は好きでないか」も、「アメリカ映画は好きか」という基本形に還元して受け取る、という意味です)、
肯定の事柄であれば一貫して yes と言い、否定の事柄であれば、これも一貫して no と言う。

 さてドイツ語を学び始めると、最初に言いましたように、今度は否定疑問文に対する<肯定>の答えは doch で始める
ということを知ります。doch は後ほど取り上げますが、「相手の期待を反駁する」という働きがありますから、
ドイツ人はイギリス人やアメリカ人とは違い、多少は相手の気持ちを推し量ろうとする傾向があるのかな、なんて思いました。

 今はっきり分かりますが、この私の推測は完全に間違っていました。否定疑問文に答える際には、
イギリス人・アメリカ人、そしてドイツ人もやはり、相手の意向を十分くみ取っているのです。

 英語で否定疑問文に対する yes と no の関係が、日本語の「はい」と「いいえ」とは正反対になるその理由は
実は簡単なことなのです。それは、英語の否定疑問文は、日本語とは異なり、最初から肯定の答えを予想しているということです。