Tokyo Mobile ーメル友ー

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1 ◆Rjv99aiDYM
ケータイにメールが入った。
社会人2年目で学生時代の友達とも連絡が途絶えがち。
会社の同期とかとはあまり気が合わず、おまけにここ1年くらい彼女もいない。
最近入るメールといったら出会い系の迷惑メールくらいで、
その日も会社帰りの電車の中で疲れきった状態でそのメールを見たんだ。

ただの広告メールだと思って開いた。
案の定広告メールだったんだけど、内容は普段来るような奴とは一風変わっていた。
内容を要約すると月2万で20歳の女の子がメル友になってくれるというものだった。
2 ◆Rjv99aiDYM :2006/09/11(月) 20:11:07 ID:ZM2ioz0k
ケータイにメールが入った。
社会人2年目で学生時代の友達とも連絡が途絶えがち。
会社の同期とかとはあまり気が合わず、おまけにここ1年くらい彼女もいない。
最近入るメールといったら出会い系の迷惑メールくらいで、
その日も会社帰りの電車の中で疲れきった状態でそのメールを見たんだ。

ただの広告メールだと思って開いた。
案の定広告メールだったんだけど、内容は普段来るような奴とは一風変わっていた。
内容を要約すると月2万で20歳の女の子がメル友になってくれるというものだった。
3 ◆Rjv99aiDYM :2006/09/11(月) 20:13:10 ID:ZM2ioz0k
「癒してあげます」という言葉に俺はひかれた。
もう毎日仕事で疲れきっていて、少しでも癒されたかったから。
申し込みのURLが貼ってないのも普通の出会い系のメールとは違ってた。
どこにも連絡先が書いてない。
とりあえず偽装のメルアドかどうか確かめようと思ってそのメールに返信をしてみた。
内容はどのくらいの頻度でメールくれるの?っていう質問。

返事はすぐに来た。
返信はできるだけすぐに返すし、こっちからもメール出したりもするよ、
という内容だった。
正直に言って、こんなメールのやりとり自体が久しぶりだった。
ずっと仕事のメールと迷惑メールしかこなかったからね。
4 ◆Rjv99aiDYM :2006/09/11(月) 20:14:50 ID:ZM2ioz0k
ただそもそも、相手が本当に女なのかもわからないし、やっぱり怪しさ十分だった。
あとで変な請求書が来たりしないかな、と詮索してたらまたメールが着信した。
「とりあえず3日間お試し期間として無料で相手してあげるから、それで決めて」
フリーメールでもないし、携帯の生アドレス同士。
ちなみに俺はSE。
これで架空請求みたいな詐欺に合うことはないだろうと踏んで、
俺はそのお試し期間とやらをお願いし、メールのやりとりが始まった。
5 ◆Rjv99aiDYM :2006/09/11(月) 20:16:06 ID:ZM2ioz0k
メールのやりとりは、まずお互いの自己紹介から始まった。
まずはお互いの名前。当然偽名。
俺は隆と呼んでもらうことにし、向こうは美紀と名乗った。
自分が会社員でSEであることなど、経歴を正直に書いていった。
向こうは仕事については秘密だそうだ。
案外これだけが収入源だったりするのかも知れない。
暇な主婦がやってるかも知れないし、実は無職のおっさんが相手かも知れないが、
そのあたりは気にしないことにした。
いつも死ぬほど長く感じる電車が、その日はあっという間に自分の駅へと到着した。
それだけでも何か癒された気になった。
恋愛は老人のボケ防止にいいと言うがきっと本当なのだろう。
架空の有料擬似恋愛のメールでも俺の気分は随分とフレッシュになった。
6 ◆Rjv99aiDYM :2006/09/11(月) 20:17:11 ID:ZM2ioz0k
ちょうど電車が駅に付く頃、メールの返事もダレてどうでもいい内容になってきた頃だったので、
返信せずにメールのやりとりを一旦終了させた。
家に着くといつもの散らかったアパート。
とりあえず風呂にお湯を張り、着替えてお湯に使った。
少し冷静になり、メールの相手のことを考えた。
まず気になったのはどうやって俺のアドレスを知ったのか。
名前に誕生日というオーソドックスなメルアドなので、たまたまなのかということ。
あとはやはり本当に女なのかということだけが気になった。
25の仕事漬けの彼女もいない男が、
おっさんとのメールに喜んで金払ってたら悲しすぎるからね。
7 ◆Rjv99aiDYM :2006/09/11(月) 20:18:34 ID:ZM2ioz0k
風呂上りにメールを出した。
「とりあえず、何か美紀が本当に女だってことを証明できないかな?
 メールだけだと性別もわからないから、これじゃちょっとね」
しばらくメールを待つ。この感じも久しぶり。
なんて返事してくるんだろうという期待感と、
怒らせるようなことを書いてしまったのではないかという不安感が入り混じった、
苦しくも心地よい感覚。
メールをまつ5分が10分にも15分にも感じられる。
しばらくするとメールが入ってくる。
「パソコン用のマイクついたヘッドホンか何かある?
 それで声聞いてもらえば証明になるかな」
なるほど。
こっちとしても電話番号は教えたくないのでこれなら確認できるだろう。
もしかしたら偽者を用意されるかもしれないけど、
夜の12時近くにそんな手際よく代打をたてるのも難しいだろう。
俺はそれで納得し、あとはお互いにスカイプの捨てIDを登録してメールで連絡しあった。
8 ◆Rjv99aiDYM :2006/09/11(月) 20:32:58 ID:ZM2ioz0k
ログインしてPCの前でしばし待つ。
美紀らしい人物から承認依頼が来て、OKをするとすぐにコールが鳴った。
「もしもし」
「はい」
「もしもし、隆、聞こえる?」
何のためらいもなく呼び捨てにされる。
まあ擬似恋愛なのだから「さん」づけや「君」づけではおかしいんだが。
「うん、聞こえてる」
「どう?ちゃんと女の声でしょ?」
「うん、女の子だね」
「疑り深いねえ、まあ仕方ないけど」
意外と若い声。ちょっとギャルギャルしい話し方。俺とはあまり縁のないタイプの人種。
「若いね、声とか話し方とか」
「そうかな?でももうこれ以上は無しね。
 ケーヤクガイだから。ではとりあえず3日間、メールよろしく。」
挨拶をしてスカイプは切れた。
意外とサービス内容については厳しいようだ。
まあメールの方で品質が伴えば問題はないんだけどね。
9 ◆Rjv99aiDYM :2006/09/11(月) 20:43:24 ID:ZM2ioz0k
コンビニ飯を腹に納めながらテレビを眺める。
しばらくしてメールが着信。
「女だってことは納得してもらえたかな?もう寝るね。オヤスミ」
元カノと別れたのが社会人になってすぐの頃だから、約1年ぶりのオヤスミメール。
「オヤスミ。その内、顔も見せてもらいたいな」
調子にのって写メを要求してみる。
「顔は無理〜。今度こそ本当にオヤスミ」
メールのやり取りだけだと完全に恋人気分。これなら2万払ってもいいかなと思う。
寂しい男だと思われるだろうけど女運と言うのは一度離れてしまうと中々戻ってこないもの。
最近じゃ合コンの誘いも少ないし、仮に誘われてもドンドン消極的になってる自分がいる。

その夜考えてたことは、お金の支払方法。
まさか携帯会社から請求はこないだろうし、カード決済も無理だろう。
そうなると振込みか手渡しになるのかな。などなど。
お金で手に入れる奇妙な関係。
傍から見ればこれほど虚しいものはないんだろうけど、
俺はまるで久しぶりに彼女でもできたかのような気分で久しぶりに上機嫌で眠りについた。
10 ◆Rjv99aiDYM :2006/09/11(月) 20:45:45 ID:ZM2ioz0k
翌朝はいつもどおり6時起床。朝食は食べない方。
7時ちょい過ぎの電車に乗って出勤。
8時近くになって、まだ次第に混雑がひどくなる電車の中で携帯が震える。
「おはよー。もう起きてるよね?出勤途中かな。仕事がんばってね」
おはようメールまでくれるとは中々仕事熱心な業者さんだ。
ただ、鉄の棒を握って社内の混雑に耐えてるお兄さんには、メールは読めても返事は書けないんだな。
しばしお待ちを。
電車を乗り換えるターミナル駅で歩きながら返信。
「電車混んでて返信できなかった、おはよう。もうこの時期は車内蒸し暑くて地獄だよ」

またすぐに返信。
「あたし満員電車は絶対ダメ。もうせまいし気持ち悪いし、この季節は特にダメ」
ここまで強調するってことは、満員電車には乗ってないんだろうな。
これでOLとかの線は消えた。フリーターかニートかも知れない。
いやでもこのメールも「仕事」だからニートではないか。
こんな風にして、メールのやりとりは始まった。
ただ困ったのは話題だった。
11 ◆Rjv99aiDYM :2006/09/11(月) 20:51:28 ID:ZM2ioz0k
基本的に向こうの素性は明かして貰えないので、質問はNGになってしまうことが多い。
あとは恋人同士なら週末にどこに行くかとかで盛り上がれるんだろうけど、
顔を会わせることの無い俺たちには無理な話題。
擬似恋愛の弱点がお試し期間中にすでに露呈。
そして3日が過ぎて、その日の朝にお試し期間終了のメールが来る。
「3日たったけどどうする?月2万で続ける?」
12 ◆Rjv99aiDYM :2006/09/11(月) 21:15:41 ID:ZM2ioz0k
「ちょっと考えてもいい?」
「いいよ。できたら今日中に返事ちょうだい」

とりあえずこのメールが月2万に値するかを考えた。
とりあえず、彼女もいない残業だらけのSEとしては、別にこのくらいの出費は痛くない。
そしてなんというか、メールをやりとりする恋人のような存在がいると、
例えそれがお金で買った擬似的なものであっても、頭のキャパが結構そっちに裂かれて、
それがいい具合に仕事のストレスを軽減してくれるのだ。
すぐに話題が尽きるような気もするし、
やりとりがワンパターンになって飽きるかもしれない心配もあった。
でもまあその時は解約させてもらえばいいか。
その日の帰りの電車で俺は返事のメールを送った。
「あなたを私の有料メル友として採用いたします。ではしばらくの間よろしく。」
「やった!こちらこそよろしくね!」
メールの文面からも向こうの喜んでる様子がよくわかった。
顔がわからないのでイマイチ想像力がかきたてられないのが残念だったが。
13 ◆Rjv99aiDYM :2006/09/11(月) 21:43:46 ID:ZM2ioz0k
こうして月2万の有料擬似恋愛の契約が結ばれ、話は料金の支払方法へと移った。
支払は毎月先払いで支払い方法は振込みとのこと。
メールで振込先が送られてきて、俺は翌日中に振り込むことを約束した。
翌朝、通勤途中にATMに立ち寄り、連絡のあった口座にお金を振り込んだ。
連絡があったのは、銀行と支店とと口座番号の4つ。
口座の種別と名義人名は書いていなかった。
口座はとりあえず普通口座を選択して、口座番号を入力した。
振込先の確認画面で出てきた口座の名義人名は「ワカバヤシ ミカ」。
美紀とミカ。
これが本人の口座だとしたらいかにも安易につけた偽名だ。
ひょっとして振り込む時に名義人名が出てしまうことを彼女は知らないのだろうか?
最初のメールを貰った時から、どうも素人くささが漂う。
なんらかの組織に所属してやるなら自分の銀行口座に直接振り込むなんてことはないだろう。
だいたい、広告メールを自分の携帯の本アカで送るなんて危なっかしすぎる。
今、俺とやりとりしてるアドレスは最初の広告メールを送ってきたアドレスそのままなのだ。
14 ◆Rjv99aiDYM :2006/09/11(月) 21:59:23 ID:ZM2ioz0k
彼女とのメールは初めの内はルールがわからず戸惑うことが多かった。
設定としては恋人同士がするメールなのだが、
彼女の仕事などの現在の状態について聞くのはNGらしい。
その代わり、「今何してるの?」といったような当たり障りのない内容なら無難な返事が返ってくる。
あとは彼女の現在の話はダメでも、過去の思い出話なら平気だということも分かってきた。
俺の方はと言えば、特に隠し立てするようなこともないので、
実名や会社名こそ出さないものの、話したいことをどんどんとメールに書き連ねていった。
過去の恋愛、仕事の愚痴、最近見た映画、テレビの話。
メールの往復は一日数十回。
もし俺以外にも客がいるとしたら、
彼女は一日何通のメールをやりとりしているのだろう。
キーボードならともかく携帯でそんなに大量のメールをさばけるのだろうか。
しかし声の感じからすると、彼女は二十歳かそれ未満に感じられた。
この世代は中学校から携帯を持っててもおかしくない世代。
親指タイプ暦6年。
しかも中学生というもの覚えのいい時期から始めているんだ。
そのくらい出来てしまうのかもしれない。
おそるべし、親指タイプライター。

15 ◆Rjv99aiDYM :2006/09/11(月) 22:02:50 ID:ZM2ioz0k
彼女のメールは実にマメだった。
朝のオハヨウメールから始まり、通勤電車、仕事の休憩時間、家に帰ってから寝るまでの間。
返信は光の速さで返ってくる。
待たされることはめったにない。
1回のメールのボリュームも少なすぎず多すぎず、話の内容も楽しかった。
なんというか、彼女は聞き上手なのだろう。
メールで『聞き』上手というのもおかしいかな。
正しくは『読み』上手?
会社でも喫煙所で頻繁にメールをしている俺の姿が目立ったらしく、
「彼女できたんですか?」とからかわれることが、たびたびあった。
さすがにそこで「彼女ができた」というのははばかられ、
「いや、友達ですよ」と返事をしていた。
だが暇さえあればメールをしている俺の姿から、
社内では気がづけばすっかり彼女持ちとして認識されるようになっていた。
一度も肯定してないんだけどな・・・・。
現在の彼女の素性を聞いてはいけないというNGはあったものの、
それでもお互いのことはしだいに理解が深まっていった。
どちらかというと慎重派で穏やかであることを望み、
我慢強い俺に対し、明るく自由奔放で、我慢をすることが嫌いな彼女。
人間、自分と似てない相手の方が魅力的に感じるのだろうか。
自分と違って社交的な印象を受ける彼女に俺はどんどん好感を持っていった。
16 ◆Rjv99aiDYM :2006/09/11(月) 22:09:58 ID:ZM2ioz0k
どこかで読んだ話によると、
人間はその時、最も接触回数の多い異性に恋愛感情を抱きやすいらしい。
メールでのやり取りが『接触』と呼べるのかは定かではないが、
俺が彼女に恋愛感情を抱くのは時間の問題だった。
顔も知らない、声だってほとんど聞いたことない相手なのにね。
おかしいでしょ?
最初のひと月が経つ頃には、俺はメールだけのやり取りでは満足できなくなっていて、
顔も知らない彼女への想いで胸を苦しませていた。
ある夜、恒例のオヤスミメールの時、俺は思い切って
「オヤスミ、美紀。好きだよ。」
と送ってみた。
17 ◆Rjv99aiDYM :2006/09/11(月) 22:14:43 ID:ZM2ioz0k
返信は即座に返ってきて
「あたしも隆が好きだよ。おやすみ〜」
と書いてあった。
自分でやっておいてこんなことを言うのもなんだが、虚しくなって後悔した。
恋人同士という設定での有料メールなのだ。
「好きだ」と言えば「好きだ」と、
「愛してる」と送れば「愛してる」と返事が来るに決まってるのだ。
「そうじゃない、顔も見たこと無いのに君のことが本当に好きになったんだ」
そんなメールは送れるはずもなく、俺の胸の苦しさはどんどん締め付けがきつくなっていった。
18 ◆Rjv99aiDYM :2006/09/11(月) 22:16:54 ID:ZM2ioz0k
最初の1ヶ月が経ち、2月目をどうするかという話になった。
毎月10日は契約更新の日。支払はお早めに。
当然のことながら、この有料メールの生活にはまってしまっていた俺は契約の延長を申し込んだ。
そして彼女にちょっと無理なお願いをした。
有料メルカノは今後も続けたい。
でも美紀の顔写真が欲しい。
ピンボケしててもいいし、遠くから写して漠然としか顔が分からなくてもいいからと。
当然彼女は断ってきたが、相手のイメージすら全く分からないのでは、
擬似恋愛に感情移入がしきれないと説明し、俺は交渉を粘った。
今にして思えば、偽者の恋愛に感情移入をすることは愚かな行為でしかないわけだが。
しばらく考えさせてと彼女は言い、1時間後、写メが添付されたメールが送られてきた。
写真はピンボケもしてなくて、顔がはっきりと写っていた。
もっと派手な感じを想像していたが、大人し目の髪の色と、
可愛いというより美人系の整った顔立ち。
19 ◆Rjv99aiDYM :2006/09/11(月) 22:31:57 ID:ZM2ioz0k
「本当に本人なのかな」と疑いながら送られてきた写メを眺めていると、
そんな俺の心を見透かしたかの様に、2つ目の写メが送られてきた。
今度の写メではさっきの写真と同じ女の子がメモを持っている。
『8/10 美紀(ハート)』これで本人確定。
俺はすぐにお礼のメールを送った。
そして自分で要求しておきながら
「こんなちゃんと顔が写ってる写真送って大丈夫なの?」
と彼女を心配するメールを送った。
矛盾する言動。馬鹿丸出し。
彼女が言うには、写真を送ってそれがネットとかに出回らないかが心配だったのだと言う。
でもこのひと月メールをしてみて、俺はそういうことはしない人間だと判断してくれたのだという。
顔を見せること自体は別に嫌ではないらしい。
信用してもらえたのは嬉しかったけど、それでもやっぱり無用心すぎると思った。
ひと月やそこらで、しかもメールだけのやりとりなんかで相手を信用しちゃダメだ。
自分の彼氏だって結構危険。
でないと、ネットに出回る数々のハメ撮り写真の説明がつかない。
付き合った相手だって、別れ際がこじれたら、何をしでかすかわからないっていうのに。
その夜は彼女にオヤスミメールを送った後も、なかなか寝付けず、
彼女の写メをベッドの中で眺めて、メールの相手が思いのほか美人であったことに、
なんだか得した気分を味わっていた。
20 ◆Rjv99aiDYM :2006/09/11(月) 23:26:15 ID:ZM2ioz0k
その頃俺は、よく「恋愛感情とはなんなのか」についてよく考えていた。
何をもって、その対象を「好きだ」と人は感じるのだろうか?
顔だろうか。内面だろうか。
生物学的には性交できる確率が高いとそうなるんだろうか。
だとすれば、俺が彼女とセックスできる確率は果てしなくゼロに近いわけだが、
それでもその時点での俺の交遊範囲のなかで、もっとも交流の頻度が高い美紀を、
俺の脳は最もセックスできる確率の高い相手としてはじき出し、
彼女に対する恋慕の情を生み出しているのかもしれない。
そんな風に、どんなに考えて彼女への恋愛感情を正当化しようとしても、
一歩下がって客観視すれば、俺は金で買ったメールを喜んでいる寂しい男なのだ。
そんなことはずっとわかっていて、だから彼女が俺のことを「信用」して、
顔写真を送ってくれたことがよほど俺には嬉しかったのだろう。
このメールのやり取りは、初め思っていたほどビジネスライクなドライなものではない。
やり取りを重ねていくうちに向こうも段々と情を通わせてきている。
まあ情と言っても恋愛感情とは程遠いかもしれないけど。
キャバクラに通う人の気持ちが少しわかった気がした。
そして自分の嬉しさの表現と、写真の俺をかねて、俺は翌日3万円を振り込んだ。

21 ◆Rjv99aiDYM :2006/09/11(月) 23:57:15 ID:ZM2ioz0k
こうしてメールを媒介とした俺と美紀の擬似恋愛生活は2ヶ月目を向けた。
実際に会ったことがないことと、彼女の素性が分かるようなことには触れてはいけない。
この2点を除けば、俺と彼女のやりとりは本当の恋人同士と何も変わらなかった。
まさかお金を払ってる相手と喧嘩まですることになるなんて。
ちょっとこのオプションはリアリティを追求しすぎだと思わない?
彼女から怒りのメールが届いたのは、お金を振り込んだ翌日の昼だった。
「なんか3万円振り込まれてるけど何で?」
俺は顔写真を送ってくれたお礼だと言ったが、それが彼女を怒らせたらしい。
写真を送ってくれたのは俺を喜ばそうとした彼女なりの善意であって、
それに対してお金を払われたことが彼女には不愉快だったのだ。
俺は彼女がこの契約関係をやめると言い出すのではないかとハラハラした。
恋人に別れ話を切り出されるのではないかと心配するかのように。
こんなサービスいりませんから。
22 ◆Rjv99aiDYM :2006/09/12(火) 00:03:28 ID:ZM2ioz0k
俺の謝罪メールに対して、彼女は返事をくれなくなり、
ハラハラしながらその日は仕事を終え、家路についた。
帰りの電車の中と、家についてからと俺は謝罪のメールを出し続け、
彼女からのメールを待ち続けた。
その日、0時を過ぎた頃、ようやく彼女から返事が来た。
感謝の気持ちを表すのに、俺たちの関係上、
お金という手段をとってしまったのは仕方がないじゃないかという俺の主張を、
向こうはある程度納得してくれたらしい。
ただ、感謝の気持ちを表すのにお金を使うというのはもう止めてくれと彼女は言ってきた。
俺は彼女の要求を全面的に受け入れ、傷つけたことを再度謝罪した。
これに対し、彼女が「仲直りのしるし」と「罰ゲーム」として要求してきたのは
俺の顔がはっきりと写った写メールだった。
その夜、俺は風呂上りの頭を真夜中にセットしなおし、
できるだけ男前に写るよう、夜中の2時まで自分の携帯と格闘することとなった。

この事件がきっかけで、俺の彼女に対する想いはより一層深まった。
通勤電車、会社の喫煙所、家のベッドの中。
俺は彼女の写真を始終眺め、ため息をついては胸の苦しさを感じるほどだった。
あとはこの事件のお陰で、彼女は「怒る」という感情を示すほど、
俺との関係をちゃんとした人間関係として認めてくれているということがわかり、
俺はちょっとだけ彼女との未来に希望を抱いたりしていた。
だってそうでしょ?
本当にお金の為だけにメールのやりとりをしていたのなら、
お金を多く振り込まれても怒るはずがない。
そんな風に俺は彼女との今後に期待感を膨らませ、
この頃から彼女の気を引くように色々と小細工をしはじめた。
メールだけの関係でも色々と方法はあるんだよ?
メールの返事を少し遅らせてみたり、たまにはそっけなく、ちょっと冷たい返事をしてみたり。
そしてその後は、うんと優しく「愛してる」と伝えたり、感謝の気持ちを綴ったり。

23 ◆Rjv99aiDYM :2006/09/12(火) 00:26:40 ID:yBbjVnRo
でも一番努力したのは、彼女の聞き手にまわろうとしたこと。
これまでは一方的に自分の話したいことを話し、彼女はひたすら聞き役にまわり、
俺を慰め、生活に潤いを与えてくれていた。
今後はそうではなく、自分も彼女のよい聞き手になれるよう、自分なりに努力し始めた。
一方的に彼女を必要としてる関係ではなく、彼女にも自分を必要として欲しかったのだ。
月2万のお小遣い以外にもね。
メールの件でも分かるように、この頃には俺と彼女の間にある程度の信頼関係がなりたっていた。
だから彼女に自分の話をさせるよう仕向けることはそんなに難しくはなかった。
もちろん最初から彼女がペラペラと自分のことを書いてくるはずもなく、
俺はメールの中に少しずつ質問を織り交ぜ、少しずつ彼女の周りの壁をとりはらっていった。
素性が知れるようなことはいつまでたっても教えてくれないものの、
昔の思い出話、最近面白かったテレビ、その日の予定、楽しかったこと、頭に来た事など、
少しずつ彼女は自分から話すようになっていった。
俺はそれに対し、彼女の中で世界一よい聞き手になれるよう、
熱心に耳を傾け、練りに練った返信メールを彼女に対して送り続けた。
24 ◆Rjv99aiDYM :2006/09/12(火) 00:41:00 ID:yBbjVnRo
そうして彼女の話を聞くうちに、彼女のことが少しずつわかっていった。
3人兄弟の一番上であること。
両親が厳しいこと。
今は一人暮らしであること。
仲が良かったけど喧嘩して連絡をとってない友達の話や、昔の恋愛の話。
ひとつひとつ、それぞれの話を聞き、
それに対して意見を交換していく内に少なくとも俺は、
お互いを段々と深く理解して行っているのだと感じていた。
同じ空間を共有しない、電波とケーブルで届く文字だけのつながりだけどね。
こんな関係はやっぱり希薄な人間関係だと思うかい?
直接会って交流しなければ、やはり深い人間関係にはなれないのかな?
自分でもそういう限界はずっと感じていたんだ。
でも俺にはひとつだけ希望があった。
それは彼女の銀行口座のある支店が、結構俺の家と近いのだ。
とは言っても電車で20〜30分と言ったところだけどね。
一応写真でお互いの顔は知っている。
どこかで偶然に出会うのではないかと、
気が付けば俺は外出時には無意識の内に彼女を探すのが習慣になっていた。
でもこれだけ人口の多い東京で、そんな偶然は宝くじに当たるよりも確率は少ないんだろうけどね。
銀行口座だって本人のものか分からないし、その近所に住んでいるとも限らない。
でもこれが唯一の慰めだったんだ。
こんな風にして、毎日会社と家を往復し、
その間、彼女と一日中メールをやりとりし、
通勤時間にはそのメールの相手との偶然の出会いを求める生活が続いた。
彼女と時間と空間を共有したいという欲求は日増しに強くなっていった。
25 ◆Rjv99aiDYM :2006/09/12(火) 00:57:55 ID:yBbjVnRo
ある日俺は彼女にデートを申し込んだ。
一緒に映画を観ようって。
もちろん実際に会ってのデートは断られるに決まっているので、そこはひとつ工夫をした。
ふたりで同じDVDを借りて、週末の同じ時間に一緒にその映画を観るのだ。
こんなのがデートだって言えないのはわかっている。
それでも彼女と少しでもいいから時間を共有する感覚が欲しいという願いから、
俺はこんなことを考え付いたのだった。
まあ元ネタは昔雑誌で読んだ遠距離恋愛のカップルの記事なんだけどね。
俺のバーチャルデートのオファーは彼女に承諾され、
ある週の土曜日に同じ時間にそれぞれ別のレンタルビデオ店へと足を運んだ。
あらかじめタイトルを決めておいて、それぞれ別々に借りてもよかったのだが、
新作は全部貸し出し中になってる心配があったし、
旧作は置いてある店と置いてない店があるだろ?
だから同じ時間にビデオ屋に行って、
メールで相談しながらタイトルを決めることにしたんだ。
偶然同じビデオやでばったりと出会う。
そんな期待をしていたのは彼女には内緒。
実際そんな偶然は起こらなかったけどね。
26 ◆Rjv99aiDYM :2006/09/12(火) 01:00:26 ID:yBbjVnRo
新作は案の定、全部貸し出し中のものが多かった。
俺の方では借りれても向こうが借りれなかったり、その逆だったりしてあえなく断念。
色々相談の末、結局借りたのは去年あたりにリリースされた、
韓国の純愛映画。恋愛モノに誘導したのはもちろん俺。
だって初デートの映画ってそういうものでしょ?
帰りにコンビニでスナックと飲み物を買って準備完了。
彼女はじゃがりこを買ったみたい。
もし本当に一緒に映画を観ることがあったら、じゃがりこは勘弁して欲しい。
だってあれ、食べる時の音が大きいし。
14時ちょうどに映画をスタート。
話には聞いていたけど、韓国の映画は本当に話がゴテゴテしすぎてる。
この映画にしても、ヒロインの昔の恋人に主人公がそっくりだったり、
別れた二人がお見合いのようなものでまた偶然に再会したり。
それでも話自体は爽やかな純愛モノで、セレクションはまずまずだった。
観終わった後のメールも、結構盛り上がったしね。
それでも俺の物足りなさは解消されるはずもなかった。
同じ時間に同じものを観る。
それは確かに嬉しいけれど、
俺は映画のそれぞれのシーンで彼女がどんな表情をするのかが見てみたかった。
大体、肝心の映画の最中に、メールは出せないからね。
延々と続くないものねだりのループ。
クモの糸みたいに絡み付いて、
彼女を想う胸の苦しさは日を追うごとにますますひどくなるのだった。
27 ◆Rjv99aiDYM
こんな風にして、日々、彼女への想いを募らせながら、
時間はあっという間に過ぎていった。
そして3回目の契約更新と料金の振込みが終わり、
それから一週間が経った頃、運命の日は突然やってきたんだ。