「映画批評」1958年2月号
[座談会]
ヨーロッパの若いもの―黒澤明大いに語る―
出席者:黒澤明、藤原杉雄、堀川弘通、中平 康、川頭義郎、若杉光夫、曲谷守平
注:「写真」というのは「映画」という意味。
(座談会最終部分)
・黒澤
ところで、この間小林秀雄さんと座談会をやったけれどもとても面白かった。
あなたの写真は一本も見ていないですというところから始まってね。
そして、いちばんおもしろかったのは、僕も古いものが好きだろう、小林さんも古いもの
が好きだから、こんな話になった。たとえば「平家物語」という本を読んでおってもわか
らない。具象的にはわからない。ところがあの時分の鎧なんかを見る。
ほんとうに好きになってみれば、そこからイメージというのが出て来る。
前田青邨さんが持っている鎌倉時代のしゃもじ、そのしゃもじを見ると、鎌倉という時代
はこういうものかというものが出てくる。そのしゃもじがすごい。いまのしゃもじはこうでし
ょう。平べったい。そうじゃない。掴むところがこういう具合に三角になっていて、ここから
こういう厚みのあるしゃもじですよ。それを見ると、そのときの人間の状態がわかる。
それが飯器というこういうもの、こういう足のついている。それに山の様に盛っためしの上
にそれが垂直に立っている。それをこう持って、こういう具合にとって、めしをよそう・・・・
そういうものを想像して、そういうものから入っていかなければ、古い時代のイメージは
なかなか出て来ない。
そのときも言ったんだけど、批評家の一人が溝口さんが骨董屋からつまらないものを
集めて、なんてどこかに書いていたけど、こんなに腹が立ったことはないな。溝口さん
の写真はそういうのがこやしになってあの写真が出来ている。
にせ物をつかんだ事もあるだろうけれども、そうじゃなくて、ほんとうのいい物を集めている。
そういう勉強をずっと積み重ねてきて、溝口さんの写真が出来ている。あんなつまらない
物を集めてというのは腹が立った。
・藤原
これは絶対速記にとどめておいて下さい。
・黒澤
ものを作るのには、滋養分を摂らなければならない。つまらないものを集めて・・・・冗談
じゃない・・・・大体今のセットというのは・・・・僕なんかうるさく言っているけれども、こういう
セットを出来るようにしたのは溝口さんなんです。こういう昔の建築や道具もそういうものを
厳密に調べてやかましく言って作らせてきたのは溝さん、これは大変な事だと思うのだ。
溝さんが突破口を作ってくれたからぼくたちもできる。それも、溝さんが古い道具や何か
から吸収したものから出ている、それを・・・・大体自分がわからないものはくだらないという人
がいて困るよ。それからね、話は変わるけど、悪いという事にピントを合わせるなよ。
人の映画を見ても何を見るにしても、何をするにしても、自分の仕事についても、ゴルフで
も、トミー・アマーというゴルフの巨匠が言っているけれども、スイングで悪かった点を考え
るな、こういうふうにふればよかったというようにものを考えなければいかんとね。
堀川なんか覚えているかもしれない。中平君なんかも覚えているだろう。助監督さんが写真
を見てきて、あそこがつまらない。つまらないと言っておったらダメだと言うのだよ。
どんな写真でもあそこはよかったというところは一つはあるというのだよ。ここはよかった、
よかったというところはプラスになっている。悪かったといっても、肥料にも何にもならない。
・川頭
黒澤さんがおっしゃった事は木下さんもよく言うのです。だからつまらない映画でもつまらな
いと言っちゃいけないということをよく言っております。
・黒澤
それからね、外国で、そういつまでも溝口さんや僕では駄目だよ。新しい人が出て行かなけ
れば駄目だよ。
・藤原
ここにいらっしゃる方が世界的になるべきだよ。
・黒澤
銀ちゃん(藤原)もそうなれ。みんなそうなれ。今日はそれを言いに来たのさ。
・本誌
どうも長時間にわたって有難うございました。