604 :
('A`):
第一章 遅咲きの自我
大学生活も残り2年となった。僕は典型的な5月病というやつで、
就職活動への焦りと、過去への後悔がもっぱら頭の中を占領して、身動きが取れなかった。
養老孟司は考える前に動くのが人間の自然な状態だと言っていたけれど、まったく実感がない。
同じことが頭の中をぐるぐると周って、余計に気分を滅入らせた。
ふと、バイトをはじめようと思った。塞ぎの虫を退治するには、多忙が一番だろう、という荒療治を試みたのだ。
(つづく)
605 :
('A`):2009/05/18(月) 23:16:57 0
第二章 塾講師〜このクソッタレなるもの〜
教育学を専攻していることもあり、なんとなく塾講師のバイトを選んだ。
持ち前の猫っ被りで採用試験を潜り抜け、本採用となった。
研修、研修、研修。一通りの研修を終えて、愈々授業を受け持つことになる。
吃音もちの僕は一生懸命頑張ったが、塾業界においては、
「教育」なるものはお題目にすぎず、業績至上主義・商業主義が跋扈しており、
「どれだけ生徒に高い金を払わせるか」が求められた。気が滅入るったらありゃあしない。
(つづく)
606 :
('A`):2009/05/18(月) 23:24:26 0
第三章 ちくしょう、ちくしょう
世の小中高校生は、もうすぐ夏休みだ。僕が経験できなかった輝かしい夏休みを、彼らは謳歌するのだなあ、と思った。
受け持ちのスタンダード・英語クラスは、一般受験をする生徒が少ないせいか、
高校生活最後の夏休みを前に、浮き足立っているのが良く分かった。
まるで、高校生活最後だから、という強迫観念にとり付かれているかのごとくだった。
「高校生のときに○○はせねばならない」「○○歳までにXXしておくべき」
世間の常識を馬鹿にしたようなきらいがある僕だったが、こうしたチェックリストには敏感で、
それらにチェックが全く入れられていない自分のToDoリストに心底嫌気が差していた。
それは兎も角。
担当する生徒の中で、僕の大学を受験したいと希望している女子生徒がいた。
名前は、Sさんといった。地区三番手くらいの進学校の生徒だった。
607 :
('A`):2009/05/18(月) 23:30:43 0
第四章 日大東洋迷い厨
うだるような毎日が続いている。大学のテストを終えた僕は、大学三年の夏休みのことを考えていた。
ご多分に漏れず、「何かせねば」という強迫観念にかられていた。
そんな時、Sさんからメールが届く。
僕の通っている大学のオープンキャンパスに、行ってみたいというのだ。
なんとなく、胸が熱くなった。僕のような者を頼ってくれているんだ。そう、感じた。
かけ値なしで美人なSさんと、大学構内を歩くなんて、想像もできなかった。
女の子との折衝が苦手で、いつもひとりぼっちで歩いている僕なんかに……。
アニメや漫画、ドラマのような光景が頭の中に繰り広げられた。
(つづく)
608 :
('A`):2009/05/18(月) 23:42:39 0
私小説だね
609 :
('A`):2009/05/18(月) 23:48:48 0
第五章 魔羅王
8月6日。この日をどんなに待っていたか。
僕は元来、何か大きな用事が目前に差し迫っていると、その日のことしか考えられなくなるたちだった。
そのおかげで、ここ3日くらい、ボーッと、ふわふわと、過ごしていた。暑さのせいもあるだろうけれど。
さて、お気に入りの一張羅を着込んだ(といっても夏服だが)僕は、Sさんとの待ち合わせ場所であるY駅に向かった。
「学豚先生、今日はよろしくおねがいします」
僕は舞い上がるほど嬉しかった。こちらこそ、宜しくお願いしたい気分でいっぱいであった。
なるほど、グレーのシャツワンピースは背が高くて細身なSさんにとても似合っていた。
いけない、いけない。今日はオープンキャンパスの付き添いで、学校を案内するのが本分だったのだ。
気を取り直して、大学へ向かった。途中、他愛も無い話などをしながら、20分ほど歩いた。
道を避ける際にかすかに触れるSさんの透き通るような肌、緩く巻かれた髪……泣きたくなるほど嬉しい気持ちでいっぱいだった。
そして、こういったことを日常的に経験しているリア充を恨めしく思ったし、
童貞特有の思考をしている自分がたまらなく嫌になった。
彼女にも彼氏が居る・居たんだよなあ……。僕には、僕には……、ちくしょう、ちくしょう。
とっても、変な気分の20分間だった。
610 :
('A`):2009/05/19(火) 00:00:21 0
第六章 池田ネジ工場への誘い
「人、超多いいですね〜、先生」
多いいってのはちょっと気になったけど、まあいいや。
やはりマンモス私大のオープンキャンパスだけある。僕は人ごみが大嫌いだけれど、頑張った。
校舎を一通り案内して説明会に出た後、学食を食べて、学科の模擬授業を一緒に受けた。
単なるダメ学生の僕だけど、この学校の先輩だということだけで、得意になれた。なんだか悲しかった。
Sさんは学科に非常に興味を持ったようで、とても熱心だった。
なんだか僕をそっちのけで、あちこち行ってしまうのだった。
そんなこんなで、オープンキャンパスは、終わる。
でも、有意義な一日になって良かったなあ。これは、心底、思った。
帰りも大学談義に花が咲いて、ひとときの幸せを味わった。いや、味あわせてもらった。
「今日はお疲れ様」
「先生、色々ありがとうございました!」
(つづく)
611 :
('A`):2009/05/19(火) 00:07:04 0
第七章 辻本剛健の秋
夏休みも終わる。僕は普段のように狭苦しい教室の中で教鞭をとっていた。
あれからというもの、Sさんとは時々メールをするようになっていた。
どうやら、彼女の第一志望は僕の大学ということに決定したらしい。
こうなったら、是が非でも合格に導いてやろう。そう思った。
大学に入学してから、はじめて何か目標というものが出来たような気がした。
他人の心配などしている場合ではなく、ダメ学生としては資格でも取って
少しでも就職活動でアドバンテージをとれるようにしておかなければいけないのだろう。
しかし、そういったゴチャゴチャしたことは、頭の中から消えていた。
なるほど、遅咲きの自我は他者との関係性の中に見つけたり。
高校時代の親愛なる友人・関西大学社会学部心理学科辻本剛健(応援団所属)と、無性に人生について語りたくなった。
(つづく)
612 :
('A`):2009/05/19(火) 00:07:43 0
まだやるの
613 :
('A`):2009/05/19(火) 00:11:09 0
インフル万歳
614 :
('A`):2009/05/19(火) 00:11:24 0
応援してます
615 :
('A`):2009/05/19(火) 00:22:39 O
ここの半コテは何故こうも魅力的なのか
616 :
('A`):2009/05/19(火) 00:26:41 0
つづけてつづけて
617 :
('A`):2009/05/19(火) 00:27:23 O
「やはり蕎麦にかぎるねぇ^^」
‐2009年 大晦日‐
千葉の工業団地に住まう青年は、今年も何とか年の瀬を迎えることができた。
やはりどんな困窮した生活であろうと、日本人たるもの年越しの蕎麦はいただきたいものだ。
それは、この男も例外ではないのである。
「うまい!おかわりしちゃおうかなぁ!」
ごちそうを獲るため再びコンビニのゴミ箱へ向かう彼であった。
618 :
('A`):2009/05/19(火) 00:29:21 0
じゃあやめる
第八章 ファッスキスからハジマタ\(^o^)/
大学生が、就職活動やらなにやらで慌しくなっている時季。
高校生にとっては受験シーズンでもあった。
Sさんはというと、僕の大学を一般入試で受験し、合格を待っている情況だ。
僕は就職活動なんて放っぽり投げて、Sさんの合否だけを案じていた。
はっきりいって、塾では僕のSさん贔屓は周りの顰蹙を買っていたが、構うもんか。
彼女を僕の大学に合格すること、それが叶えば死んでもいいとおもった。言い過ぎかもしれないけれど。
発表当日、Sさんからメールが届く。やたら焦らしたような文面であった。
これから塾に来て、合否を教えてくれるというのだ。Web発表が当たり前のこのご時世、
なんだか変な感じだな、と思いつつも、そんなに回りくどいやり方をするからには、合格しているに違いないと感じた。
ようし。僕は顔をパシャパシャと洗って、気持ちを新たにした。
やがてSさんが来る。喜びを噛み殺したような表情で入ってくるものだから、すぐに分かった。
「受かったんだよね? おめでとう」
「……ありがとう先生っ」
ドラマなんかでは、ここで生徒が先生に飛びついてきて抱き合うものだろうけれど、
そんなことはなく淡々と合格の報告を聞いて、別れた。
ああ、ようやく僕の暗黒の受験時代が幕を閉じたんだ。
独り孤独に強迫観念に耐えながら戦った2年間。
彼女の合格に心血を注ぐことで、受験生活を追体験し、
凍り固まっていたものが氷解してゆくのを感じた。
孤独な情況において異性の存在がどれだけのものであるか、
そりゃあ、自由な校風な進学校・共学高で励ましあいながら生活してきた奴には、
僕が逆立ちしながら勝てなかったはずだ。悲しくもあった。
そして、今では彼女は僕の学科の後輩である。
悲しいかな、彼女には入学後2ヵ月で彼氏ができて、
僕は就職活動に失敗。ブラック企業に入社が決まった。
でも、これはこれで良かったのだと思う。
精一杯、過去問ATMとしての役割を果たしてから、卒業したい。
そう思った次第であった。