大方の予想通り、俺の学生生活は暗黒のものとなった。
俺のちっぽけな何かを支えているのは、ミクとの思い出だった。
最後にフルオートのミクが、自分の意思で再会を誓ってくれた。
「また会おうね。」
たった一週間の出来事が、俺の人生を変えた。
「そこまで、行くぞ。ミク。」
俺は部屋の中でギターを抱えて、ゴールデンタイムの歌番組を観ていた。
ミクの出演が新聞に載っていたからだ。
俺のただひとつの目標は、もう一度ミクと同じステージに立つ。
だから、俺はミクのライブには行かない。
観客になんてならない。
俺は、ミクと同じ舞台に立つんだ。
部屋の中にある小さな小箱には、最後にミクから貰った大切なものがある。
グリーンのピックに「miku」と書かれている。
再会するその日まで。
大切にしまって、俺は弾くのをやめない。
「ミクちゃん、どうかした?」
若い男性プロデューサーが、突如遠くを見て止まるミクに声をかけた。
「あ、プロデューサーさん。」
ミクは向き直り、恥ずかしそうに笑った。
その仕草はもはや人間そのものだった。
「わたしの、大切なお友達の事を思い出してたんです。」
ミクは、そういいながら、少し困った顔をした。
「でも、思い出せないんです。」
プロデューサーは仕方ないと言った。ミクの記憶はそういう風に出来ている。
「でもでも、残ってるんですよ。わたしの手に、その人の手の感触が。」
ミクは嬉しそうに、右手を開いたり握ったりした。
そして、愛おしい眼差しで右手を見つめながら、小声で言った。
「すごく、会いたいんです。」
「ミクちゃん、その人は、どこに?」
「わからないんです。でも、マスターが、きっと会いに来てくれるって。」
「会いに来るの?いつ?」
「それもわからないんですけど、そのときが来たら…。」
「来たら?」
「マスターは、わたしに記憶をくれるって…。」
ミクは、楽しそうに笑って、その右手を開いて、中指の先にキスをした。
「まったく、ミクの初恋だったとはな。俺は寂しい!」
「喪男が勝手に惚れたんだろ?」
「いやいや、アイドルとしては大成功だ。」
喧々諤々と控え室では技術者達が雑談する。
チーフは、新たなVOCALOIDの計画にかかっていた。
「喪男め、あいつのおかげで大赤字だ。」
苦笑いしながら、開発室の一番奥にあるサーバーを見た。
「おまえの記憶をミクから取り出してバックアップを取ったら、
サーバー一台取られちまった。」
冷房と乾燥機と、二重化が施されたサーバー、最重要の扱いだ。
「でも約束だからな。」
「もう一度会うんだからな。ここまで来いよ。喪男。」
チーフはホワイトボードに書かれた相合傘の落書きを見た。
ミクと喪男の名前が、傘に収まっていた。
fin