グレネルグ・ビーチ行方不明事件
1966年1月26日、オーストラリアのアデレードの近郊のグレネルグ・ビーチから、当時9歳のジェーン、アンナ(当時7歳)、グラント(当時4歳)の3人が行方不明になった。
すぐに地元の警察によって大がかりな捜査が行われ、「背の高いブロンドの男性」と共に3人が泳いでいたのを見た、という目撃証言も得られたが、それ以上の情報はなく捜査は難航。
クロワゼットの追随者はこの事件を聞きつけると、3人が行方不明になったビーチの写真をヘリコプターを使って撮影し、
この事件を報じた新聞や雑誌などの切り抜きと共に、オランダにいるクロワゼットのもとへ送った。
早速サイコメトリーを開始したクロワゼットは、3人はすでに殺され、遺体は埋められていると透視。彼の指示によっていたるところが掘り起こされたが、結局なんの手がかりも得られなかった。
しかし翌年には、誰もクロワゼットのことなど招待していないにもかかわらず勝手にアデレードに乗り込むと、「子どもは新しく建設された食物倉庫の地下に埋められている」と透視。
地元の捜索隊は、この根拠の無い透視のために7000ドルもの費用が掛かるので抵抗したが、市民の委員会によって押し切られた。結局、何も見つからなかったのは言うまでもない。
ところが、これで終わりではなかった。クロワゼットの死後16年経った1996年には、彼の信奉者たちが再び倉庫の地下を掘削した。
だが、前回のトホホな失敗から29年経過しても、やはり何も見つからなかったという事実に変わりはなかった。