>>180 薄暗い回廊を、走る。
喪男(…怖い。)
この先にいる魔王の元へ、走る。
喪男(…怖い!)
涙で霞む視界の中、ひた走る。
喪男「こっ怖いぃぃ!」
今まで押し殺してきた感情が、遂には口を突いて出た。
叫ぶと同時に足も恐怖に負けて固まり縺れ、前のめりに転ぶ。
受身も取れず、罅割れたタイル張りの床に顔から飛び込む。
唇を擦り剥き、口の中に鉄と埃の味が広がる。
(怖い恐ろしい痛いのは嫌だ死にたくない逃げたい!!)
一度瓦解した喪男の心は一瞬にして恐怖の一色に染まってしまっていた。
今までは『仲間』がいた。
彼らは人間ではなかったが、今まで会ってきた人間なんかよりよっぽど信頼が置けた。
”一人ではない”その事だけが喪男の拠り所だった。
…しかし、その『仲間』は、置いてきてしまった。
すすり泣く嗚咽を
慰めてくれるやつも
笑い飛ばしてくれるやつも
叱り付けてくれるやつも
みんな二度と会えない場所に、置いて来てしまった。
嗚咽は全て、暗い回廊の闇に飲み込まれて消える。
喪男は動物的な防御本能で壁際まで這うように動いた。
ブーツが「ぐじゅ」と嫌な音を立てる。
汗ではない。
いつの間にか失禁までしていたようだ。
喪男(もう…ムリ・…)
喪男は膝を抱えて蹲り、首を垂れて動かなくなった・・・
魔族将軍「残るは貴様だけだ、エリミネーター。」
戦いは既に決着していた。
否、戦いと呼べるようなものではなかった。
腐った死体は左肩から臍までバッサリと斬り裂かれ倒れた。
ギガンテスは体に幾つもの矢と魔法を受けて座したまま動かなくなった。
そして唯一立っているエリミネーターも体中に傷を受け、
足元の床には流れ出る血が幾つも点を落としていた。
圧倒的な数の差に加え、相手は魔王直属の精鋭兵。
裏切り雑兵の勝てる相手ではなかった。
魔族将軍「しかし、我等に刃向かったその胆力は恐れ入る。
何故貴様の様な男が人間共なんぞに付いた?」
エリミネーター「・・・人間側に付いた訳じゃねぇよ。」
魔族将軍「・・・?」
エリミネーター「あの野郎よぉ・・・怪我して部隊に置いてきぼり食らった俺に
いきなりホイミかまして『友達になってくれませんか?』とか言ってきたんだぜぇ・・・」
魔族将軍「何の話をしている?」
エリミネーター「キモいよなぁ?何か企んでると思うよなぁ?
だけどよぉ・・・面白半分で一緒に旅してみてわかったんだ。
あいつ、本当に友達が欲しかっただけだったんだ、って・・・」
魔族将軍「気が触れたのか・・・?」
エリミネーター「あいつ馬鹿だから今まで何度も騙されたり利用されたりしてきたんだ・・・」
魔族将軍「・・・情けだ、今楽にしてやる。」
エリミネーター「だから俺だけは最後の最期まであいつの味方でいてやろうって・・・決めたんだよぉ!」
そう叫ぶとエリミネーターは腰から提げた袋から『腕輪』を取り出すと左手に填め込んだ。
それを見るや、今まさに剣を振り下ろそうとしていた魔族将軍が戦慄に凍る。
魔族将軍「きっ、貴様っ!その『腕輪』は・・・!」
エリミネーター「へっ、コイツを知ってやがるのか。この『腕輪』はなぁ、
喪男の野郎が国王に『これは勇者の印だ』とか言われて渡された物なんだ。」
魔族将軍「馬鹿な、その『腕輪』の効果は・・・」
エリミネーター「そう、ヒデェ話だよなぁ。あの馬鹿、気づかずに大事に付けてやがった。
俺が先に気付いちまったもんだから、寝てる間にこっそりギってやったんだ。」
魔族将軍「そ、総員退避!退避ぃー!」
将軍の声を聞くや、踵を返して撤退しようとする精鋭兵達。
しかしその時、息絶えたかと思われていたギガンテスが暴風の如く駆け、退路を塞いだ。
ギガンテス「お、おおまえたち、とおさ、ない。喪男のとこ、い、いかせない!」
魔族将軍「おのれぇ!仕方ない、私だけでも・・・リレミ・・・ぅお!?」
急に魔族将軍の足が掬われ、倒れた。
魔族将軍の足には腐った死体の右手がガッチリと巻きついていた。
腐った死体「つれねぇ事言うなよ・・・一緒に逝こうぜぇ?へへへ・・・」
魔族将軍「この、死に損ないがぁ・・・ほごっ!?」
魔族将軍の口に靴先が突っ込まれた。エリミネーターの靴だ。
エリミネーターは自分の斧の刃を己の首に押し当て、
喪男の走り去った方向を半目で見ると晴れ晴れとした笑顔で
エリミネーター「じゃあな、親友。」
・・・その斧を、一気に横に引いた。
暗転してゆく世界の中で、エリミネーターが最期に聞いたのは
左手に嵌めた『腕輪』から聞こえる無機質な呪文詠唱だった。
≪ メ ガ ン テ ≫
ゴゴォ・・・ン・・・
地鳴りがした。
爆音がした。
・・・仲間達のいた方向から。
喪男は思わず顔を上げ、闇の向こうで見えない事を分かりつつもその方向を見つめた。
刹那、突風が吹いた。
・・・爆風の残滓だ。
その瞬間、喪男は理解してしまった。仲間達の『終わり』を。
喪男「・・・ぁ・・・ぅ・・・・ぅああああぁぁああぁ!!!」
『仲間』達は、もう二度と会えないところに行ってしまった。
殺されてしまった。殺されてしまった。殺されて・・・
喪男(・・・何のために?)
仲間達の最後の言葉を思い出す。
彼らは、『僕』を先に行かせるために死んだ。
その『僕』はここで一体 何 を や っ て い る ?
喪男「・・・何をやってるんだ僕は・・・甘ったれてんじゃないっ!!」
喪男は勢いよく立ち上がった。
まだ膝は震えている。四肢も鉛のように重い。
だが、喪男はまた走り始めた。
魔王に向かって・・・