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ちょっとだけ窓を開けて寝た。
こうすると5畳のこの部屋も風通りだけは一応いい。
畳のしけた臭いもいくらかは我慢できるという事もあった。
タクシーの仕事はといえば、あいも変わらず一日徹夜で客を拾っては
一日休むという、その繰り返しだった。ノルマみたいなものもあって、
時間働けばそれで万事お給料がもらえると、そういう甘いものでもなかった。
給料は一人身としては意外といい、16万円だ。
これでも実質働く日は半月だし、何にお金を使うということも無い暮らしで
まあ、こんなものだろと自分を納得させられるだけの金額である。
実際一人身だとは言っても、妻が居たがそのままアパートをほったらかしにして
出て行って、差出人不詳のまま離婚届の自分の欄だけ記入して送っていたわけだけれど。
離婚が正式に出来ていた事を役所に確認できたので、妻のアパートを見に行くと
レモン色のカーテンはすでにかかっておらず、茶色の縦じまのカーテンがかかっていた。
なんだか学生の若い男みたいで、妻の、元妻だが、姿はもうそこになく
実家も知らない私はもう妻とは完全にこの世の縁というか、そういうのは切れてしまったのだなと、
なんだかぼんやり感じた。
タクシーで来れる距離ではないので(来ようと思えば来れたが)、電車で帰りに
会社に寄った。茶封筒に入った給料を貰うと受け取り欄にサインをした。もうそのノートは大勢の
私みたいな道を外れた男達の手垢で、水色のノートが薄茶色に汚れているのだけれど、
汚いから替えませんか?と言える様な心境でもなかったし立場でもなかった。
風俗のオキニにはいると、あら、またきたのね、と別に迷惑というわけでも
だからといってうれしいという訳でもないような声音でともちゃんが迎え入れてくれた。
いつものようにお決まりのパターンで抜いてもらい、お決まりの、まあ
僕は小さなタクシー会社を経営しててね、そのうち保母さんになるつもり ほんとよ、
という様な会話をしつつシャワーを浴びて帰ってきた。本当に保母さんになるのかもしれないし
少なくとも収入はこちらより良いだろうから、タクシー会社を経営してるなんて嘘をつく人間よりは
まともな若い女なのだろう。何の理由も無いのかもしれないし、あるのかもしれない。
部屋につくと、先にも書いたが、まあ部屋というよりがらんとした5畳の和室で、どこか島か田舎の民宿の
仮眠部屋の赴きなのだけれど、もう午後3時を回っていたので目覚ましをセットしそのまま畳の上に横になった。
ああそうか、午後1時に入ったから2千円高かったわけだ、そんなことこ考えながら目を閉じ
遠くに聞こえる鉄工所の音が畳みの部屋にうっすらとやわらかく繰り返された。
午後6時半で目覚ましのチリリリという音で目が覚めると、部屋はもう暗くなっていて
鉄工所の音もやんでいた。今日は銭湯は休みか、でもさっきシャワーに入って洗ってもらったか。
少し石鹸の匂いをさせたまま、サンダルを履いてタクシーを洗いに行った。