娘。小説書く!『魔法使いえりぽん』 10

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643名無し募集中。。。@転載禁止



亜佑美は焦っていた。
協会執行局からは待機を命じられるばかりで、一向に自分の去就の話が降りて来ない。
遥や優樹のことが心配で、早く動けるようになりたいのに、それもままならない状態が続いていた。

どんな事情かは分からないけれど、二人は今難しいことになっている。
遥がまた連絡すると言った言葉を信じて、自分から連絡するのを我慢しているけれど
不安はいよいよ募っていた。

連日執行局の本局に足を運んでいるけれど
慌ただしい雰囲気が続き、新入りの亜佑美を気にかける余裕も無さそうだった。

いつものように局を訪れると、建物の前に局員が集まっていた。
何事かと、近くにいたよく知る先輩局員に声をかける。

「どうしたんですか?みんな外に集まって」

先輩は、亜佑美の顔を見て少し硬い表情をした。

「ああ、局長がいよいよ出発される。それの見送りだ」

「え、局長が…?」

まだ局長の姿は見えない。
もう間もなく出てくるということだった。

「北で大仕事があるって話は聞いてるだろ?
 ……局長が、その陣頭指揮を取るんだ」

亜佑美は思わず口を開閉し、目を瞬かせた。
644名無し募集中。。。@転載禁止:2014/03/21(金) 13:49:47.13 0
協会でも最強の武闘集団である執行局の、局長が自ら指揮を執る。
そんなことはこれまで聞いたことも無かった。
既に本局でも指折りの先輩達が移動している。
そこまでの大事とは想像していなかった。

「そんな、大変なことだったんですか?」

亜佑美の表情の変化に
先輩魔道士がいくらか不器用な苦笑いを浮かべる。

「石田が心配する程のことじゃないよ。
 ただ今回は……局長なりのけじめなんだろう」

「けじめ?」

「ずっと反対して、この戦いを回避しようと動いていたからな。
 それが出来なかったから、けじめとして自分がやろうとなさってるんだ。
 誰だってこんな仕事の指揮を執りたくない」

何か歯に物が挟まったような先輩の物言いが酷く気になった。
見渡せば、周りにいる局員の顔も晴れやかなものではない。

今まで自分にはあまり関係の無いことと思っていたけれど
いったいどんな仕事なのか、知りたいと思った。
自分もまだ新入りとはいえ、執行局員なのだ。

「…いったい今回の仕事ってどんなのなんですか?」

「ん…?そうか、石田はちゃんとは聞いてなかったのか。
 まあみんなあんまり言いたく無かったのかもな。
 北方の狗族を攻めるんだ」
645名無し募集中。。。@転載禁止:2014/03/21(金) 14:04:53.73 0
「く…ぞく…?」

その言葉の意味が理解できず、亜佑美の頭は一瞬真っ白になった。
その白の中にぽっと、優樹の顔が浮かぶ。

「狗族…どういうことですか?なんで?」

亜佑美の顔が青褪め、唇が震えていることに気づかず
先輩魔道士は答えた。

「狗族の子供が協会員を傷つけて逃走した。
 その制裁……ということになってる」

「は?え?子供?」

「ん、石田、大丈夫か?顔が真っ青だぞ…」

漸く気付いた先輩が亜佑美を気遣う。
しかし亜佑美にはもう、そんな声は届かなかった。

優樹と遥が居なくなった。
その後、協会がにわかに騒がしくなって、今狗族を攻めると言う。
優樹は狗族。
狗族の子供が逃走…?

「まーちゃん……」

「石田、どうした?」

「まーちゃん、それ私の友達です!絶対何かの間違いですよ!
 やめてください!狗族を攻めるなんて、そんな…」
646名無し募集中。。。@転載禁止:2014/03/21(金) 14:05:39.68 0
突然声を張り上げた亜佑美に、集まっていた局員がギョッとして視線を寄せた。
注目されたことにも気付かず、亜佑美は身体を震わせている。
何となく感じていた嫌な予感が、最悪の形で現実のものとなってしまった。
遥との会話を思い出す。
多分遥は知っていた。
自分が何も知らず、ただぼんやりと過ごしていたことが悔しくて、悔しくて
亜佑美は泣きそうになった。
 
「落ち着け石田、おい!」

「ダメです!狗族はまーちゃんの家族なんですよ!
 私連絡取ってみます。きっと何かの間違いだから、ちょっと、ちょっと待ってて下さい!」

バタバタと動き始めた亜佑美の頭を
先輩局員が上からぐっと押さえつけた。
スイッチを叩かれたように亜佑美の身体がキュウと止まる。

「落ち着け、石田。もうそんな段階じゃない」

動きを止めた亜佑美は、震えながら、涙を浮かべ先輩を見上げた。

「…どうして?」

「その子供が協会員を傷つけたのは事実だし、逃げたのも事実だ。
 そしてそんなことは大した問題じゃない。
 狗族がその子を差し出さない代償として、狗族の魔法を奪う。
 ……それが協会の意思なんだ」

「そんな…」

先輩が苦しげに紡ぎ出した言葉を聞いて
亜佑美の肩から力が抜け、崩れ落ちそうになった。
647名無し募集中。。。@転載禁止:2014/03/21(金) 14:06:17.10 0
意味が分からない。
どうしてそんなことをしなければならないのか。

亜佑美の様子を静観していた他の局員達も、先輩と同じ顔をしている。
辛そうな、苦しそうな顔。
みんな嫌なら、局長も嫌ならしなければいいのに。

協会の意思って何だろう。
狗族の魔力を奪うって、どういうことだろう。

局の扉が開き、小さなざわめきが起こった。
局長が姿を現す。

「どうしたんだ?」

局長が、騒ぎの雰囲気を感じて近くの局員に尋ねると
戸惑いがちに亜佑美を指差した。

「あの子が…」

亜佑美が顔を上げ、局長と目が合った。
局長が見た亜佑美の視線が、強く自分を睨みつけている。

亜佑美は局長の姿を見つけ、歩み寄った。
周りの局員が道を開ける。
局長と亜佑美が相対した。

「お前は、石田、だったか。何かあったのか?」

局長は亜佑美の涙に濡れた目を見つめ
静かに言った。
648名無し募集中。。。@転載禁止:2014/03/21(金) 14:07:34.10 0
「狗族を攻めるのを、やめてください」

亜佑美が低く強い声で言い放つ。
また辺りにざわめきが起こった。

「…どういうことだ?」

「逃げた狗族の子供は、佐藤優樹ですよね?」

「ああ」

「狗族から奪うなんて絶対認められません。
 だいたい、一人の子供が協会員を傷つけたからって、
 こんな大戦力で一族から『奪う』なんて無茶苦茶じゃないですか。
 おかしいですよ。
 まーちゃんとなら連絡が取れます。ちゃんと謝るように説得しますから
 こんなことやめてください」

強い声を涙に震わせながら言う亜佑美の姿を
局長も局員達も静かに見ていた。
649名無し募集中。。。@転載禁止:2014/03/21(金) 14:08:09.76 0
「そうか、佐藤優樹と、友達なのか?」

「はい」

「ならば、このことは知るべきでは無かったな。もう決定は覆らん」

亜佑美が局長を睨みつける。
魔力が高まり、今にも局長に飛びかかりそうになるのを
周りの局員に掴まれ、抑えられた。

亜佑美の攻撃的な魔力が上がり続け、
それに伴って周りの局員達も魔力を高める。

剣呑で重い沈黙が続いた。
650名無し募集中。。。@転載禁止:2014/03/21(金) 14:08:41.32 0
「局長!」

不意に局内から飛び出した局員の声によって
張り詰めた空気が破られた。

「よかった、まだ居た。
 本部から連絡です」

局の事務員が慌てて局長に駆け寄り、電話の子機を手渡した。
亜佑美を横目で見ながら局長がそれを受け取る。

「生田だが…」

電話口で少し話した局長は、何か酷く驚いたような、複雑な顔をして
いくらか言葉を交わし、通話を切った。
局員達が注目する中、局長は一つ大きく息を吐いて
声を出した。

「中止だ。北への出向はしない」

辺りの局員から大きなどよめきがおこる。

「何があったんですか?」

一人の局員の問いに、局長は重く言葉を吐き出した。

「狗族が、佐藤優樹を協会に差し出した」

当たりは一層大きなどよめきに包まれた。
亜佑美はまた一人、その意味を飲み込みきれずに茫然としていた。