生田「道重さんスパゲッティーを食べませんか?」10
こうなったのは偶然か、それとも必然か。
この日衣梨奈はさゆみとホテルで同じ部屋になった。
部屋の分け方はくじ引きで、細工なんてしていないし、しようもない。一緒になれたのは本当に運だった
でもそうなればいいな、と衣梨奈は密かに願ってはいた。
ハロコンの地方遠征、ホテルの部屋割りを恒例のくじ引きで決めようとなったまではいつも通りの流れだった。
ただ今日に限って何を思ったのか、いつも自動的に1人部屋を割り当てられているさゆみがくじ引きに参加したいと言い出した。
メンバーは誰も反対しなかった。それどころかいつになく大盛り上がりでくじ引き大会が始まった。
そして衣梨奈がある意味大当たりを引いて現在に至る。
「はぁ・・・」
自然と溜め息が口からこぼれる。
一応テレビをつけているものの、バラエティー番組なのにさっきから一度も笑っていない。
さゆみはお風呂場へ行ってしまってこの場にはいなかった。
とはいえそう長い時間お風呂に入っているわけではないし、いずれはこの部屋に戻ってくる。
テレビでは売れてるお笑い芸人がお決まりのギャグを言って、たくさんの楽しそうな笑い声が聞こえてくるが、衣梨奈の口からは再び溜め息が吐き出された。
不意にあの日の出来事が頭を過ぎる。
雪により交通手段を奪われた冬のあの日、衣梨奈とさゆみは体を重ねた。
でも体を重ねたのはその日の一度きりで、まるで夢か幻だったかのように互いそのことには触れることもなく、よって二人の関係に変化が起こることもなかった。
「生田、上がったよ」
突然声がして衣梨奈は小さく体を震わせると、なぜか妙に慌ててしまってベッドの上に無造作に投げ出されたリモコンでテレビを消した。
そうしてからすぐに消さなくても良かったな、と後悔したけれど今更つけるのもそれはそれで気まずかった。
体が固まり気がつくと両手は膝の上に置かれている。
テレビを消したことによって部屋は一気に静まり返った。
衣梨奈はさゆみの方を見ずに顔を俯けていると、隣に腰を下ろしたのかベッドが微かに沈んだ。
「そんな慌ててどうしたの?・・・ひょっとしてHなやつでも見てた?」
「そ、そんなの見てません!」
「ムキにならなくたって分かってるって。ちょっとからかっただけじゃん」
「・・・すみません」
軽く頭を下げて謝ると、横から小さく溜め息が吐き出されたのが分かった。けれど衣梨奈は落胆しているだろうその顔を見たくなくて俯いたままだった。
沈黙。
「・・・ねぇ、生田」
「あっ、はい」
名前を呼ばれて顔を上げるのと同時に衣梨奈は押し倒され、気がつくとホテルの天井が視線の先にある。
あの日と逆だった。
あのときは衣梨奈がさゆみのことをベッドに押し倒した。そして熱を孕んだ瞳に鼓動が早まり、白いシーツに広がる美しい黒髪に見惚れた。
さゆみはゆっくりと衣梨奈の上に跨ると、手を伸ばして優しく両頬を手で包み込む。
「・・・期待してた?」
「えっ?」
先程よりも短い沈黙。
「・・・さゆみはちょっとだけしてたよ」
さゆみはなぜか悲しそうに笑うと、頬から手をずらし顎をなぞってから鎖骨を這い、最後に胸の膨らみを覆うように上に置かれる。
予想外の告白に衣梨奈は言葉を失った。
さゆみは相変わらす悲しそうに笑っていたが、ふと何を思ったのか顔を近づけて少し強引に唇が塞がれる。
そのため衣梨奈は言葉で伝える術を失った。
でもどうにか自分の気持ちを伝えたくて、さゆみの首に両手を巻きつけると自分の方に引き寄せる。そして僅かに開いていた歯の隙間から舌を差し入れた。