8話
「なんか最近亜佑美ちゃんに避けられてる気がする」
「えー、気のせいっちゃないと?」
「ウチもそう思ったんだけど、近くに行くと目が泳ぐんだよね」
「うーん、衣梨からさり気なく聞いとこうか?」
「さり気なく出来るの?」
「……」
いつもながら里保は容赦ないっちゃね。
でも里保には普段から世話になっとぉし、こういう時こそ力になってあげんといかん。
「亜佑美ちゃん。ちょっとよか?」
「あ、はい。はるなん先戻ってて」
「わかった。でも…」
「ん?」
ジュースを数本両手に抱えたはるなんが衣梨の方に近づいてきた。
もしかしてパシらされとる?と一瞬思ったけど、はるなんの場合は喜んでパシる姿が目に浮かぶ。
13歳の奴隷とか萌えーっ! 変4は実世界でも変態でした! みたいな。
あるある。
衣梨がちょっと失礼な妄想を繰り広げてる間に、はるなんは衣梨の耳元に顔を寄せてきた。
亜佑美ちゃんには聞かれたくない話なんかな?
「はるなん?」
「すみません生田さん。私、生石はちょっと…」
「そういうんと違うっちゃ」
どういう誤解をしたらそうなる。
このカプヲタめ。
「ていうかはるなんの好きなカップリングってさゆみずき・あゆみずきやったよね」
「私はさゆみずき一筋です。あゆみずきも萌えますが、さゆみずきとは比較になりません」
「なんか衣梨が排除されてる気がするのは…」
「気のせいです。生鞘は好きですよ」
「えぇー、はるなんのツボってようわからん」
「あの?」
「あ! ごめんごめん」
ヤバイ。はるなんの話に集中して呼び止めた相手を忘れとった。
「それで、私になにか?」
はるなんが立ち去って二人になった廊下。
といってもスタッフさんはたまに通るけん、声は抑え目にする。
この二人の不仲説とかリアルすぎて漏れたらまずい。
「里保がさ、最近亜佑美ちゃんに避けられとるって気にしとるんやけど、
なんかあるんかなって思って」
「えっ! そうなんですか」
「どうなん?」
「や、でも、あの……うーん」
眉尻を下げてオロオロソワソワ。
亜佑美ちゃんには珍しく何度も言い淀んでる。
「言いづらいこと?」
「あの、私の勘違いかもしれないんですけど……鞘師さんって私のこと…えっと」
「嫌われとるかもしれんって?」
「いや、その逆、で」
「逆? そりゃメンバーやもん。好きやろ」
「そういう好きじゃなくてですね。なんか唇が…とか」
唇が?
あー、はいはい。あのネタね!
「それ釣りのためやけん、亜佑美ちゃんが心配しとるようなことはなかよ」
「釣り? えっと、私が魚っぽいって意味でしょうか」
ありゃ。亜佑美ちゃん思いっきり困惑しとる。
はるなんと仲良いけん狼見とると思っとったんやけど、この様子じゃまったく知らないみたい。
スマフォを取りだしてアプリを起動させる。
えっと、ビルスレは…と。
「これ見てみ」
「顔文字がいっぱいですね」
「そうやね。ほらこれが里保。こっちが亜佑美ちゃん」
「へ?」
「ビルスレはAAネタが多いっちゃね。たまに小説も上がるんやけど」
「えと、どういう事でしょうか」
「里保と亜佑美ちゃんが過剰に仲良いと嬉しいなってスレ」
「びるすれ? えーえーねた? 私の知らない単語がいくつかあったんですが…」
「それは……」
かくかくしかじか、一通り狼の見かたや説明をしながらスレを見せる。
困惑した顔が徐々により困惑していくのがわかった。
ああ、この初々しい感じ。
衣梨にもこんな頃があったっちゃ。
……いや、なかったか。
それにしても亜佑美ちゃんって真面目やね。
「簡単に言うと里保はここの人達にネタを提供して反応を楽しんどぉってこと」
「は、はあ」
「亜佑美ちゃんも見る? 衣梨がアプリ入れてあげようか?」
「あ、じゃあお願いします」
翌日、東京でのラボでどう釣ってやろうかと考えていると
困惑した顔の亜佑美ちゃんに呼び止められた。
まだ困惑しとるんかい!
「その、例の掲示板見たんですが…」
「おお、どうやった?」
「ネタスレ?ですか、そこの私の扱いが、なんというか変なんですよね。
盗み食いしたり、雑草食べたり、とにかくお金に困ってたり…」
「あはははは!!」
「わ、笑いごとじゃないですよ」
「あはは、ごめっんふふふ、ちょ…ヒィー!」
「笑いすぎでしょう!」
「ちょっと待って…ブフッ、ツボ入った。ふはは」
面白すぎて立っていられない。
四つん這いになって呼吸を整える。
亜佑美ちゃんは優しいのかお人よしなのか、拗ねたように口を尖らせながらも
衣梨の笑いが収まるまで黙って待っていてくれた。
「生田さん、これなんでかわかります?」
「亜佑美ちゃんは狼では貧乏って設定やけん」
「なっ、なんでそんなことに!?」
「昔の衣装を私服にしてる」
「そ、それは買取だったから…」
「人参のへたを水につけて葉っぱを栽培」
「う…」
「麦茶に牛乳でコーヒー牛乳」
「……」
当然ながら心当りがあるらしく、胸を押さえて蹲ってしまった。
二人して廊下に座り込んどるけん
通り過ぎるスタッフさんが怪訝な顔でチラ見してくけど、
まだお互い立ち上がれるほど回復してない。
「まあそういう事っちゃ」
「いやいやいや、なんで知ってるんですか」
「昔のブログとかずっと前から話題になっとぉよ」
「あの人たち探偵か何かですかっ」
「公式ブログやろ、検索したら一発やん」
「でも…」
「好印象やったし、むしろラッキー。
衣梨のブログ発掘された時なんかヤバかった、昔はA○Bのことばっか書いとったけん…」
「そうなんですか」
「石川さんが未だに焼きそばがトイレ臭い件を言われるように、きっと衣梨もずっと言われ続けるとよ…」
「げ、元気出してください」
「というわけで、"衣梨のおかげ"で亜佑美ちゃんの誤解は解けたっちゃ!」
「……」
「なん?」
「余計なことしてくれたね」
「余計? あのままやとギクシャクしたままやったやん」
「狼のことまで詳しく教えなくてもよかったじゃん」
「ダメやった?」
「ダメっていうか……」
「あ、鞘師さーん! 写メ撮りましょう!」
「うわ…来た…」
「おー、仲良くなっとおやん!」
「ブログに載せますから、顔近づけて口見てくださいねっ」
「いやあの、ウチはそういうつもりでやってたわけじゃ…」
「照れない照れない、期待に応えるのがアイドルの務めですよ!」
「なにその迷言、や、ちょっと待って…」
「待ちません。ほらチーズ!」
「やだぁぁぁ!」
「わっ、なんで逃げるんですかぁ!」
「追ってこないでよぅ!」
逃げる里保を慌てて追いかける亜佑美ちゃん。
二人とも足が速いけん、すれ違う人がみんなビックリした顔しとる。
なんこれ、痴話ゲンカってやつかいな。ブフォwww
「あー里保はいいなぁ。協力的な相方で羨ましいっちゃ。
いつか衣梨も道重さんとあんな感じで一緒に釣り出来たらいいんやけど」
釣り師としてもアイドルとしても今はまだ実力差がありすぎて誘えない。
でもいつか追いついてみせる。
衣梨の戦いは始まったばかりっちゃん!
2ちゃんねらー生田 【完】