3話
「うーん」
久住さんの発言が炎上している。
確かに書き起こしを見る限り炎上してもおかしくないネタではある。
狼でスレが乱立するだけに止まらず、ニュースサイトで報じられたことにより
スタッフさんの間でも話題になったらしく、つい先程マネージャーさんの口から道重さんにも伝えられた。
狼での炎上は知っていてもニュースサイトまではチェックしていなかったのか道重さんは思いのほか驚いていた。
それにしても。
その場にいた道重さんにとってこの結果は予想通りなのだろうか。
話を聞いてからずっと何を考えているのか真剣な表情で黙り込んでいる。
ピリピリした雰囲気に誰も声をかけられない。
芸スポなんかを見るとこの件は狼に限らず道重さん派が多く、プラスになっているようだが
この様子では釣れた釣れたと喜んでいるようには見えない。
ここは本人に聞くより他にないだろうとそっと近寄る。
聖が『このタイミングでKY発動とかマジキチだろ』って顔して焦って止めようとしてきたけど、
その位でこの知的好奇心を止められるわけがない。
振り切って歩を進めると、何を勘違いしたのか力強く頷かれてしまった。
励まそうとしていると思ったのかもしれない。
違うっちゃけど…まあよかね。
「み…道重さん」
「……」
「あ、あのぅ」
「……」
へんじがない ただのしかばねのようだ
眉間に皺のよった屍とかなにそれ怖い。
ちょいちょいと服を引っ張って気付かせる。
「……あ…ああ、なに?どした?」
「えっと、あの…」
「ん?」
……あ、ヤバイ。
完全ノープランで来たからどう切り出せばいいのかわからん。
世間話からさり気なく本題に持ってくのが出来る女ってやつっちゃけど、
衣梨にはまだそこまでの話術は無い。
考え込んでいると段々道重さんが不審そうな顔になってきた。
ええい、もう直球でいくしかない。
「久住さんの件、ですけど」
「あー、……そっか。気になるか」
「はい」
「どう説明したらいいかな…」
暫く髪をかき上げたりして考え込む道重さんを無言で見つめる。
最近になってだけど、口を挟んじゃいけない時は分かるようになってきた。
「まあなんていうの? 売れようとするのって難しいからさ、小春も頑張って印象に残ろうと思ったんだと思うけど」
「印象にですか」
「本音も少しはあると思うけど、かなり盛って過激に言ったんじゃないかな」
「道重さんは、止められなかったんですか?」
「難しいよ。収録中断して注意するわけにいかないもん」
「でも……」
それでも何とかできなかったの?
古参ウルファーの道重さんなら、炎上を予測していてもおかしくないのに。
「軌道修正しようにもさゆみもイッパイイッパイな場所だし、それに」
「それに?」
「それに……昔のさゆみだったらステップアップとか同じこと言ってもおかしくないんだよね。
まあさすがに媚びるとかは言わなかったと思うけどさ」
「あ……」
そうやった。
道重さんはヤンタンで際どい下ネタや売れるためなら何でもするような発言でその場を盛り上げた事もあったんだ。
つべで色々予習してた時に見つけて驚いた覚えがある。
「でも今の立場じゃむしろ批判する側にまわらないと現役の立場がなくなっちゃうじゃん?
小春にはそこまで伝わらないから『なんで賛同してくれないの?』って感じで余計からまわっちゃったのかもね…」
「……」
「ま、人の噂もなんとかって言うしさ。段々笑い話になってくでしょ!」
吹っ切る様な言い方をする道重さん。
でも表情はまだ暗い。
そりゃそうだ。
この手の話はやっと皆が忘れたと思ったらまたスレが立つもの。
道重さんなら身を持って知る機会が幾つもあったろう。
「え!? ちょ、なんで泣いてんの!」
「ぅっ…みちしげさんが……意外にも優しくて…」
「失礼な! ていうか、これから撮影なんだから泣きやみな!」
「無理ですぅぅぅうう」
「うわっ、なんで生田泣いとると?」
「さゆみが意外に優しいとか言って泣き出したんやけど」
「なんそれ、ウケる。普段どんだけ怖いんよ」
「ホントそう。どういう意味って」
「おーい、だいじょぶかぁー」
楽屋に入ってきた田中さんとの掛け合いを聞きながら
道重さんに渡されたタオルを目にあてて涙が収まるのを待つ間、
6期って意外に優しい、と思ったけど口に出すとややこしくなりそうだったからやめておいた。
数日後。
いつも通り狼をチェックしていた衣梨の目に飛び込んできたのは
6期の二人が関西の番組で答えたアンケート結果だった。
Q.あなたにとって卒業とは?
道重:ステップアップ
「里保! 見て見てっ、スレ立っとお!」
「うーん」
「反応薄いっちゃね」
「これ道重さんも叩かれるんじゃない?」
「んー、今のとこ賛否両論な感じやね。でも釣りの腕が褒められとおよ」
「釣り……ねぇ」
「?」
「いや、なんでもない。それより今日の流れだけど…」
「ん? うん」
その後は、スケジュールの確認や振付のチェックしあったりで
里保に感じた違和感もいつの間にか忘れてしまっていた。