83 :
名無し募集中。。。:
ウマが合わないってことはない。
というより、むしろ、痒いところにもう少しで手が届く、という感覚。
だからいつもはちょっと焦れったい。
だけど、その日受けた取材のインタビューでの切り返しは、珍しくこちらとの息があって綺麗にハマった。
たとえばそれがどんなことであれ、上手にできたときはやっぱり誰だって褒めて欲しい。
それは今までの経験上、自分自身も何度も味わってきたことだ。
普段、あまり表立っては褒めないけれど、そのときは心底褒めてあげたい気持ちが湧いたから、
取材を終えて、次の仕事現場へ向かう車の中で、狙ったようにこちらの隣に座った相手に向かって、さゆみはそっと手を伸ばした。
唐突だったとは思う。
彼女にしてみても、さゆみのその行動は予想外だっただろう。
びくんっ、と大きく肩を揺らされ、少し怯えたように見上げられて、頭を撫でようとした手はすぐに引き戻した。
「…あ、あの…?」
「ごめんごめん、びっくりさせちゃったね」
不思議そうに首を傾げて上目遣いで見つめてくる。
驚かせたことへの罪悪感が少しあったけれど、構わず、一度は引いた手で生田の頭を撫でてやる。
いきなり頭を撫でられたせいか、生田のカラダが強張る。
気づいても、さゆみは手を降ろさなかった。
「さっきのトーク、よかったよ。最近、喋るの、うまくなったよね」
わかりやすく言葉にしたら、それまで不安気だった生田の顔がぱあっと明るくなった。
84 :
名無し募集中。。。:2013/04/24(水) 23:30:17.42 0
「ホントですか!」
「うん」
「道重さんにそう言われると、すごい嬉しいです!」
まっすぐ。
本当に言葉どおりのまっすぐな感情がさゆみに向けられる。
加入したてのころは、どこまで踏み込んで弄っていいのかその限度が読めなくて近寄りがたかったけれど、
おそるおそる喋っていた数ヶ月前の心許なさは今ではあまり感じない。
時間の経過や次々とできる後輩の存在が彼女を成長させたんだろう。
そう思うと、感慨深さもあり、なんだか心淋しくもあり…。
「…ま、さっきのはまぐれだろうけど」
「えええ、そんなあ…」
手放しで褒めてやるのもなんだか癪で、そう返した途端、しゅん、と肩を落とす。
大きく振っていた尻尾を下げて落ち込む犬を思わせて思わず吹きだしたら、不満気に唇を尖らせたのが見えた。
「…嘘だよ。生田、ホントに喋るのうまくなってるよ」
疑わしそうにさゆみを見上げるその額を指先で小突く。
「なに、さゆみの言うこと、信じられない?」
「…そういうわけじゃ、ないですけど」
「けど?」
さゆみから目を逸らし、唇はまだ少し尖らせたまま。
85 :
名無し募集中。。。:2013/04/24(水) 23:30:44.44 0
>>50 58:05辺りから
田中「飯窪……」
道重「佐藤は?」
田中「生田……」
道重「えっ、いく……た……」
とても動揺してる
86 :
名無し募集中。。。:2013/04/24(水) 23:31:51.05 0
「…こんなこと言うと、ナマイキって言われそう、っていうか、ナマイキって自分でも思いますけど」
「うん?」
「全部じゃなくていいです、ずっとじゃなくていいいです。
たまにでいいから、道重さんが、衣梨と喋るの楽しいって思ってくれたらいいなって。
衣梨と喋るときは気兼ねいらなくてラクって、思われたいです」
咄嗟に返す言葉を見つけられなくて息を飲む。
確かに敢えて言葉にすることではないかも知れないけれど、まさか、そんなふうに考えていたなんて。
「……頼もしいこと言ってくれるじゃん」
「ぜんぜん、まだまだ、田中さんの足元にも及ばないですけど…」
「バカ」
ぺちん、と軽く音が聞こえる程度の強さで生田の腕を叩く。
「比べる対象が違い過ぎでしょ。れいなとさゆみ、どんだけ一緒にいたと思ってるの」
「ご、ごめんなさい」
「…でもそういう向上心、さゆみは好きだよ」
好き、という言葉を発したせいか生田の肩先が少しだけ揺れた。
でもそれには気づかないフリで、ゆっくりカラダの重心を生田のほうへと傾ける。
「え…? み、道重さん…?」
「……志の高い生田にご褒美をあげましょう」
「ふぇっ?」
裏返る生田の声が、さゆみの言動がらしくないものだということをさゆみ自身にも伝える。
87 :
名無し募集中。。。:2013/04/24(水) 23:33:05.52 0
とん、と、生田の右肩に頭を乗せる。
びくりと肩先が震えたので押しつけるように更に凭れかかると、察したようにおとなしくなった。
「…こ、これ…、ご褒美、ですか?」
「ご不満ですか?」
「そ、そういうことじゃなくって…、あの」
「…ま、フクちゃんやはるなんにとったら最高のご褒美のはずだけど、生田はやっぱガキさんのほうがいいか」
我ながら素直じゃない。
こんなふうに誰かと比べるようなことを言えば生田を傷つけてしまうだけなのに。
なんとなくムッとされた気がして苦笑いが浮かぶ。
普通に褒めてあげるだけでよかったのに、予想外のことを言われて、そしてそれがさゆみにとって嬉しいことだったからって、調子に乗り過ぎた。
ゆっくり頭を起こし、適当な言い訳を探して少し乾いた唇を舐めたとき、
左側にあった影がスッと動いて、それが何かと思うより早く、自分の左肩に重みを感じた。
「え…」
「…ご、ご褒美なら、こっちがいいいです…」
さゆみがしようとしたことをそのまま返されて、無意識にカラダが固まった。
体勢のせいで生田がどんな顔でこんなことをしたのか見てやりたいのにそれは叶わない。
88 :
名無し募集中。。。:2013/04/24(水) 23:34:07.19 0
顔が見えないのがもどかしかったけれど、短くなった髪の隙間から見えた生田の耳はさゆみが思うより赤く染まっていて、
生田も、自分の起こした行動をどこかで恥ずかしく思っているんだとわかったら、急に生田が可愛く思えた。
甘えるのが言うほど上手ではない生田の、精一杯だと気づいてしまったから。
「……これは、かなりレアだよ?」
「ご褒美なら、衣梨がしてほしいことしてもらうほうがそれっぽいです」
「…言うねえ」
耳の赤みが更に増した気がした。
「こうなると次の取材が楽しみだね」
「…っ、は、ハードル上げないでくださいっ」
顔を上げるのはまだ恥ずかしいのか、凭れかかったまま泣きごとのように生田が反論する。
「期待してますよ、生田さん」
わざと他人行儀な口調で言ったら、ぎゅっと服の袖を掴まれた。
だけどそれにもまた気づかないフリでさゆみは前を向く。
本当はもうとっくに、生田と喋ることに対して気兼ねなどしていない。
それどころか、いつのまにか生田の声を聞くだけで胸を弾ませていると、いつか言えるときがくるまで。
この胸の高鳴りは、さゆみだけの、秘密。