衣梨奈は小さく溜め息を吐く。
今は1人で壁に寄りかかっている状態で、周りには誰もいない。
視線の先にはもう何度も見てる光景が広がっている。なのに衣梨奈の胸を軽く締め付けられる。
視線の先には他のメンバーと楽しそうに話すさゆみがいる。
自分の以外の子と楽しそうに話して、楽しそうに笑って、さり気なく髪とか肩に触れたりする。
いつもと変わらない楽屋の光景。でも衣梨奈見ていられなくてそっと視線を横に逸らした。
二人の関係を周りに悟られたくないからか、さゆみは楽屋や舞台裏ではあまり衣梨奈と絡まない。
抱きしめられるのも、キスしてくれるのも、それ以上のことをしてくれるのも、全て二人きりになれるホテルの一室か、またはさゆみの家だけ。
さゆみは何も分かっていない。
衣梨奈まだ15歳の子どもで、この関係を大人のように簡単には割り切れない。割り切ってるフリをしているだけだった。
好きな人を自分だけのものにしたいし、隠れて付き合っているのも嫌だし、誰に臆することなく手を繋いだりキスがしたかった。
衣梨奈はもう一度さゆみの方を見る。
相変わらず楽しそうだった。
不意にさゆみと関係を持っていることを、この場で叫びたくなったがそんなことできるはずがなかった。
そんなことをすればさゆみが悲しむ。そしてきっとひどく傷つく。
衣梨奈が真っ直ぐさゆみを見つめていると、偶然なのか目が合った。
さゆみは少し驚いた顔をすると、どこか慌てた様子で衣梨奈の方に駆け寄ってくる。
「生田?大丈夫?・・・いつもと様子違うし、何かあった?」
「そうですか?衣梨はいつも通りですけど」
「そ、そう。まぁならいいんだけど」
さゆみは未だ納得いかない顔をしていたが、それ以上言葉を続けることはなかった。
本当にズルイ人だと衣梨奈は思う。
普段は全く気のないフリをして逆にバカにするような発言が多いのに、弱気になっているときは必ず一番に話しかけてくる。
それからさゆみは少しだけ寂しそうに笑った後、衣梨奈に背を向けて再び会話に加わろうとみんなの元へ行こうとする。
衣梨奈は無意識のうちにその手を掴んでいた。
「生田」
衣梨奈の方に顔を向けないままさゆみがやんわりと咎める。
その手を一度強く握ってからすみませんと小声で謝ると、手の甲を撫で指を軽く摩りながらゆっくりと手を離した。
さゆみは一切こちらを振り返ることなく歩いて行ってしまう。
「・・・好きです、道重さん」
その背中に投げかけるように呟いたが、声が小さかったからか周りのメンバーは当然気づいていないし、勿論さゆみも衣梨奈の方には振り向かなかった。