生田「道重さんスパゲッティーを食べませんか?」4

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266名無し募集中。。。
では、こちらも>>60のお目汚しの続きなど・・・


新垣さんの腕の中で、泣くだけ泣いたからすっきりしたのかもしれない。
そのときから、衣梨奈は“道重さんと話ができる日”が待ち遠しくてたまらなかった。
その日のことを考えると自然に顔がにやけてくる程だ。
(何だか遠足を楽しみにしてる小学生みたいっちゃね・・・)
ふと我に返ると、自分のことであるというのに呆れてしまったりもする。が、そんな自分を考えるだけでも楽しい、と思ってしまうのだ。
新垣さんからは、ふたつのことを言われていた。
「始め、あんたは黙っときなよ。さゆすけ、素直じゃないから」
「多分、喋るだけ喋ったら出ていこうとするから、そのときはちゃんと引き留めなさいね」
自分の話をするのはそれからだという。
何だか随分面倒くさい気もするが、何、それはそれで楽しみのひとつになってしまうのだから、我ながら始末に負えない。

そんな折、里保と一緒に食事をすることになった。
同期ではあるが、まだ中学生同士、二人で食事をするなんて珍しい。久し振りのことに、最近の浮かれ気分も相まって、キャッキャッと騒ぎながら食事をした。
もっとも、いくら中学生とはいえ、仕事仲間である。話題は、自然に仕事のことに移っていった。
始めはイベントのことや次に出す新曲のこと、ダンスレッスンのことなどで盛り上がっていた。そのうち、先輩達のことにまで話題が及んでいった。
「田中さんの卒業ももうすぐだね」
「そうやね。体のことは心配っちゃけど、田中さん、バンドのことで楽しそうやしね」
「そうそう。ボイトレとかレッスンのときにも結構バンドの話、出るよね」
「うんうん」
267名無し募集中。。。:2013/02/26(火) 00:19:20.68 0
「だからさ、田中さんが卒業した後はあたし達が中心になっていかなきゃ、だよね」
「ま、田中さんの穴を埋めるのは大変っちゃけど。でもさ、しばらくはまだ道重さんも居るんやし、そこまで気を張ることも無かやろぉ?」
「えー、道重さん?」
里保は呆れたような顔をして、ケタケタと笑い出した。
「そりゃ、道重さんはリーダーだけど歌えないし踊れないでしょ?頼りにするのは違うんじゃないかなぁ」
「え?」
衣梨奈は、自分の顔が強張るのを感じた。落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせる。
「だってさぁ、あたし達は歌手でしょ?」
「そうやけど・・・」
「だったらさぁ、歌えない先輩なんか頼りにしてもしょうがないじゃない。それに、道重さんってコンサートでも足攣って捌けちゃうくらいだし」
「・・・」
「そんな先輩、頼りにしたって・・・」
バン!
テーブルを叩いた音は、当の衣梨奈にも響くくらい大きかった。
「そんな言い方、無かっちゃろ!」
衣梨奈は、我知らず、里保に怒鳴りつけていた。
「え、えりぽん・・・」
「道重さんが居らっさんやったら、モーニング娘。が居ることも忘れられとったやろ!」
「だ、だって・・・」
「道重さんが必死で切れそうな糸を繋いでくれたから、テレビにも出られたんやし一位も取れたっちゃん。歌えるだけで良かとやったら売れない歌手は居らん!」
「で、でも・・・」
「もうよか!えりなは帰る!里保、支払いはこれでしとき!」
自分の分の代金をテーブルに叩きつけ、衣梨奈は足音荒くレストランを出ていった。背後で里保が何かを言っていたが、聞こえなかったし聞く気もまるで無かった。
268名無し募集中。。。:2013/02/26(火) 00:20:18.65 0
「生田、ちょっとこっちにおいで」
翌日、衣梨奈は硬い表情のさゆみに呼び止められた。
「何ですか?」
「あんた、りほりほと喧嘩したんだって?」
「喧嘩、っていうか・・・」
「泣いてたよ、あのコ」
さゆみは、静かではあるが厳しい声音で言葉を紡ぐ。
「何があったのかは知らないけどさ、同期でしょ?大事にしなきゃ駄目だよ」
人の気も知らないで。
衣梨奈は、そんなさゆみにも腹が立った。
反論しようと顔を上げた。・・・そして、はっとなった。
さゆみは、淋しそうで切なげで泣きそうな顔をしている。新垣さんが来てくれたときに見せた、衣梨奈の胸の中で鈍く残ったものと同じ表情だった。
里保の話を聞いていたときより、さゆみの表情を見ている今の方が胸の奥がズキリと痛む。
そんな顔をさせたい訳じゃないのに・・・。
「仲が良い悪いはあるかもしれないけどさ。大事な存在なんだよ、同期って」
「道重さん・・・」
「何時かは別々になっちゃうんだし、いつまでも一緒に居られるわけでもないけどね」
「・・・はい」
「だから、今を大事にしなきゃ。後悔しても遅いんだよ」
「・・・すみませんでした」
衣梨奈の様子を見て、さゆみはにっこり笑う。
「分かってくれれば良いんだよ。ごめんね、嫌な話をして」
「いえ・・・」
「じゃ、りほりほ呼んでくるからね。お互いごめんなさいして無かったことにしてくれる?」
「はい」
「じゃ、待ってて。すぐだからね」
不意に、衣梨奈は泣きたくなった。そして、さゆみにあんな顔をさせた自分を殴りつけたくなった。
何が正しいんだろう?あのとき、どうすれば良かったんだろう?
胸の奥の痛みは、長く衣梨奈の中に残った。