生田「道重さんスパゲッティーを食べませんか?」3

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517名無し募集中。。。
「道重さん!」
仕事終わり三々五々帰路につくメンバーの中から明るい声が響いてきた。
確かめるまでもなく、生田の声。さゆみが聞き間違えるはずもない声だった。

生田と二人でいるところをあまり人に見られたくない。
さりげなく廊下の角に移動すると、生田も心得ているとばかりに後に続く。

「どうしたの?」

この歪んだ関係についてもう殆ど考えることをやめてしまった私だけど
いくつか暗黙のうちに理解していることがある。
生田から誘ってくる場合、どこか遠慮がちにおずおずといった態度なのもその一つで
だから明るく名前を呼ばれたことに戸惑った。
そもそも今日は生田からの誘いは無いものと決め込んでいた。
生田は私の疑問など知らぬげにニコニコと笑っている。

「んふふ、はい道重さん!ハッピーバレンタイン!」

言いながら生田は後ろ手に持っていた可愛らしい小箱を私に差し出した。
その意味するところが分からなくて、私の思考が一瞬停止する。

「え、えっと…さっき貰ったよ?」

先ほどメンバーの揃った楽屋でチョコレレートの交換会は終わっていた。
私の鞄の中には10人分のチョコレートが入っていて、勿論生田から貰ったものもある。

「さっきのはメンバーとしての分です!これは、特別な方です!」

幸い辺りに人気は無いが
誰かに聞かれはしないかというほど、生田の声が弾んでいた。
包装の隅に可愛らしい筆記体の「I love you」の文字が見える。
518名無し募集中。。。:2013/02/14(木) 23:45:53.85 0
「……さゆみが貰ってもいいの?」

素直に受け取ればいいのに、私の口からはそんな言葉が漏れた。
確かにさゆみと生田は今現在特殊な関係ではあるけれど
バレンタインデーというこの日に生田にとって「特別な人」が誰かくらいは
嫌というほど理解していた。
生田が本当にこのチョコを渡したい相手も、貰うべき相手もさゆみでは無い。

「勿論です!」

それ以上は何も言えなくなるような、甘い笑顔。
どうしてガキさんに渡すはずのものをさゆみに渡すのか、渡せない理由があるのか
もしかしてそれはさゆみのせいなんじゃないのか…
一度口に出してしまえば堤を切ってしまいそうな疑問を全て飲み込んだ。
少しだけ目尻に涙が浮かんだのを感じる。
結局私はだた手放すのが惜しいのだ。
いつまでも続くはずのないこの歪んだ関係を。さゆみを見ていないと分かっていても
甘く溶かされるその瞳を。心を締め付け、落ち着けてくれるその笑顔を。

「ありがとう」

チョコを受け取った瞬間、胸がキリキリと傷んだ。
罪悪感なのか、嫉妬なのか、その痛みの理由は分からなかった。

「ごめんね、さゆみからは…」
「いいんです!さっき貰いましたし!」

さゆみの言葉を遮って生田が手を振る。
交換会でさゆみの用意したチョコは生田の手に渡っている。メンバーと同じ物。
チョコを用意している時、生田にだけ「特別なチョコ」を渡そうかと
一瞬だけ思い浮かべたことを思い出した。あまりにも不毛だと自嘲してすぐに却下したけれど
そのことがまた今胸に鈍い痛みを与えた。
519名無し募集中。。。:2013/02/14(木) 23:46:55.42 0
今更どうやっても償えないけれど、取り繕うことも意味はないけれど
それでも生田がさゆみの元を離れるその時までは先輩としていよう。
胸に込み上げる気持ちに名前を付けないまま、手に持ったチョコを一撫でした。

生田が本当に渡したかった人にその気持ちを告げられる時まで
このチョコレートは大切に仕舞っておこう。
自己満足だとは分かっていても、生田にしてあげられることが他に思い浮かばなかった。

「なんかさゆみだけ貰って悪いし、ご飯食べに行く?おごるし」
「はい!嬉しいです!あ、衣梨奈、スパゲッティが食べたいです!」
「スパゲッティって…パスタね、パスタ」
「はい、んふふふ」
「じゃ、行こ」
「はい!」

「あ、今じゃなくていいんでチョコちゃんと食べてくださいね!」

「…うん」

外に出て歩きながら会話する。
タクシーを止める前にエンジンを唸らせて走りすぎた車が
その轟音で生田の言葉をかき消した。

『手紙も入ってるんでちゃんと読んで下さいね』

神様のいたずらのように
その一言だけがさゆみの耳に届くことは無かった。