1 :
名無し募集中。。。:
「海辺のあやちょ」
1.
苔むした石段を登る
荒い息が草いきれを吸い込む
「おっちゃん、はやくー」
あやちょは登りきって手を振っている
2 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 20:46:06.12 0
疲れて石段に腰をおろした
入り江の町が一望できる
海岸近くの狭い平地に小さな駅舎がある
3 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 20:46:24.75 0
数日前あの駅に降りた
駅から少し歩いて海に出た
真夏の日差しに空も海も眩しい
4 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 20:46:40.45 0
目を細めて漁船の群れを見る
日焼けした少女と目が合った
コンクリートの堤防に立ってこっちを持ている
ポニーテールが潮風に揺れる
5 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 20:46:56.07 0
カメラを向けると彼女は走り出した
堤防近くの小さな温泉宿に逃げ込む
彼女を追って宿に向かう
6 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 20:47:15.21 0
整然とした玄関が清清しい
奥から女将が出て来た
彼女への非礼を詫びると女将は笑う
「あの子は撮られるのが恥ずかしいんですよ」
7 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 20:47:30.51 0
彼女は柱の陰から覗いている
「こっちに来なさい」
女将の強い声が狭いロビーに響く
8 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 20:47:44.18 0
「勝手に撮ってごめんな」
「彩は彩花って言うよ」
「…彩花ちゃん?」
「みんなあやちょって呼ぶよ」
「あやちょ?」
彼女は奥へ走っていった
9 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 20:48:01.48 0
女将は娘の不躾を詫びる
「あれでも高校生なんですよ」
「はあ…」
10 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 20:48:18.80 0
女将は今朝獲れた魚の話を始めた
とりあえず3泊することにした
2階の部屋に案内される
窓を開けると堤防の向こうの海が見えた
11 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 20:49:58.54 0
2.
早朝の市場で競りの賑わいを撮った
路地を巡って朝支度の町並みを撮った
味噌汁と焼魚の匂いに腹の虫が騒ぎ出す
12 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 20:50:14.63 0
宿に戻るとあやちょが玄関先を掃除していた
「おはよう」
あやちょは厭わしいげに顔を向ける
目が半分しか開いてない
「昨日はごめんな」
返事はない
13 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 20:50:27.61 0
中に入ると女将が立っていた
「申し訳ありません、不作法な子で」
あやちょが女将に気づいた
表情が強張るのが見える
14 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 20:50:42.90 0
女将は深く頭を下げる
「叱らないで下さいよ、気にしてないから」
腹の虫が大きく鳴った
15 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 20:50:56.83 0
外であやちょが笑っている
女将も表情を和らげる
「直ぐにご飯をお持ちしますね」
「…お願いします」
照れ笑いしながら部屋に戻る
16 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 20:51:12.10 0
朝食はあやちょが運んできた
目が少し赤い
「叱られたか?」
「ちょっと…」
17 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 20:51:25.55 0
「女将さん怖い?」
「彩は寝起きが世界一悪いから…」
「間の悪い時に帰って来てごめんな」
18 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 20:51:41.17 0
赤魚の一夜干しに箸を入れる
湯気と匂いが立ちのぼる
「おっちゃんは優しいな」
「おっちゃん?」
19 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 20:51:54.29 0
「いつもの2倍入れたから」
おひつをポンと叩く
「おっちゃんの腹の虫のお礼だ」
あやちょは部屋を出て行った
20 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 20:52:07.12 0
炊き立ての飯に魚の身をのせて頬張る
岩海苔と茗荷の浅漬けをのせて一緒に頬張る
アオサと油あげの味噌汁を啜る
あやちょが急いで戻ってきた
21 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 20:52:20.34 0
「大事な事忘れた」
「何?」
かしこまって座っている
「先ほどは失礼致いた〈ち〉ま〈ち〉た」
飯を噴きそうになって口を押さえる
22 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 20:52:39.18 0
あやちょは頭を下げたまま笑っている
お茶でどうにか飯を飲み込んだ
「女将さんに言われたのか?」
23 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 20:52:50.53 0
「お尻の穴がきもちいいんさー」
24 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 20:52:57.26 0
「練習不足だった…」
お茶を噴いた
「こんど彩の秘密基地見せてやるよ」
笑いながら出て行った
25 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 20:55:18.24 0
3.
あやちょが石段を駆け下りて来る
「おっちゃん、いそげ!」
手を引かれて重い体を持ち上げる
「おっちゃん、メタボだな」
26 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 20:55:34.62 0
なんとか石段を登りきる
あやちょは境内を横切っている
落陽に、日焼けした長い手足が光る
27 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 20:55:47.65 0
本堂に登った
古い寺の本堂から海が良く見える
「よくここに来るのか?」
「彩の秘密基地だから」
防砂林の松林に囲まれた高台の寺
28 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 20:56:01.47 0
「あやちょってだれが付けたの?」
「忘れたけど小さい頃…」
ずっと海を見ている
「ここの坊さんもあやちょって呼ぶよ」
「勝手に本堂に登っていいのか?」
「坊さんは彩の親友だから」
29 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 20:56:18.72 0
沈む太陽に海は少しずつ色を変える
「おっちゃん、きれいだろ」
欄干を掴むあやちょの細い指も
少しずつ彩りを消して行く
30 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 20:56:33.28 0
「ああ、きれいだ」
あやちょは真っ直ぐに海を見ている
大きな瞳を見開いて
無彩色の入り口を捉えようとしていた
31 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 20:59:31.93 0
何というノスタルジー
32 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 21:24:35.74 0
続きは?
33 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 21:55:08.59 0
4.
「済みません、彩花の相手してもらって」
「いえ、楽しかったですよ」
「お風呂に行かれますか」
女将は額の汗を見ている
「ええ、そうします」
汗をぬぐった指をズボンで拭いた
34 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 21:55:41.87 0
掛け流しの湯に浸かる
他に客はいない
ちんまりとした湯船がかえって落ち着く
思い出して腹の肉をつまんでみた
「立派なメタボだな」
35 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 21:56:21.09 0
女湯からあやちょの鼻歌が聞こえる
何度か耳にした流行の歌だ
よく覚えてないが音がずれてるのは分かる
36 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 21:57:00.86 0
風呂場を出るとあやちょが立っていた
「今日は女のお客さんがいないから入った」
小さい短パンから伸びる長い脚がまぶしい
タオルで髪を拭いて視線をそらす
37 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 21:57:34.74 0
「夕日きれいだったな」
「おっちゃん、感動した?」
「感動したよ」
「疲れた?」
「少しな」
38 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 21:58:09.37 0
あやちょはまじまじと見ている
「やっぱりメタボだ」
笑いながら走っていった
39 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 21:58:43.33 0
厨房にビールを頼んで部屋に戻る
「あやちょはメタボが好きなのか、嫌いなのか」
海の幸でビール腹を成長させながら考えた
40 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:00:40.37 0
5.
川伝いに町並を撮って海に向う
河口近くの古い橋を渡る
漁船の影が落陽を横切っている
夕日が照らす宿を撮って中に入った
41 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:01:15.81 0
「お客さん、頼まれてもらえますか?」
法事客の記念写真の撮影らしい
「いいですよ」
女将に付いて広間に向かう
42 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:01:50.58 0
精進落としの宴が続いていた
部屋の隅で撮影の準備を始める
あやちょが小さな椀を配膳している
43 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:02:46.31 0
「ねーちゃん、パンツ見えたぞ」
酔客の戯言にあやちょは立ちすくむ
賑わしい宴の中、一部の客が笑う
44 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:03:22.47 0
住職があやちょを手招く
「女将には後で言うから下がりなさい」
聞こえなかったのか、あやちょは酔客を睨んでいる
震える手で短パンの裾を握り締める
喧騒が少しずつ消えていく
45 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:04:02.47 0
「わしもあやちょのパンツ見たかったな」
沈黙の寸前で住職が言った
大声で笑っている
「坊さんのスケベ!」
あやちょは住職の頭を叩いた
46 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:04:35.75 0
’ペシャリ’と軽妙な音がして笑いが起こる
喧騒が戻ってくる
あやちょは出て行った
47 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:12:12.15 0
6.
記念撮影のデータを女将に渡す
「済みません、助かりました」
「大したことないですよ」
あやちょは御膳を片付けている
「あの、もう一つ頼まれてもらえませんか?」
「え?」
48 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:12:49.36 0
どうやらあやちょの事らしい
酒宴の手伝いをさせた事を悔いてるようだ
重い話は苦手だ
断ろうとすると女将は餌を撒いた
近海物の本まぐろにあっさり釣られた
49 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:13:24.30 0
風呂に入って作戦を考える
一日中歩いて疲れた体が
湯の中で弛緩していく
脳みそも弛緩した
何も思いつかないまま部屋に戻った
50 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:14:08.93 0
「すごい…」
壮大な船盛りに気後れする
「作戦は明日考えるか」
開き直ってビールの栓を抜く
喉を潤すと主役の本マグロを頬張る
しっかり味わってからビールを飲み干す
51 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:14:42.31 0
追加のビールはあやちょが持ってきた
「女将さんに言われたの?」
「うん」
返事に元気がない
52 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:15:27.43 0
「酔っ払いの相手は嫌だろ」
「今日みたいなのは嫌だ…」
「そうだよな」
「おっちゃんならどうする?」
あやちょの目に涙が浮かんでいる
53 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:16:06.45 0
「俺のパンツ見たいか?」
「おっちゃんのなんか見たくないよ」
「何色だと思う?」
「知らないよ…」
54 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:16:49.28 0
「ピンクと水色のアーガイル」
「うそー」
「見るか?」
「セクハラだぞー」
あやちょが笑う
55 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:17:28.32 0
「元気だせよ」
「今度はおっちゃんの真似するよ」
「え?」
56 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:18:09.14 0
あやちょが出て行って本マグロと再会する
「マズイ事言ったかな」
些細な懸念はビール2杯で忘れた
57 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:29:36.77 0
7.
突然の雨で早めに宿に戻る
薄暗いロービーに人の気配はない
上がり框に腰掛けて濡れた靴を脱ぐ
58 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:30:13.04 0
頭からバスタオルを掛けられた
あやちょの笑い声が聞こえる
「おっちゃん、ビチョ濡れだな」
59 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:30:47.81 0
「ありがとう、留守番か?」
「お風呂場の掃除してた」
産毛が額に張り付いている
60 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:31:49.58 0
急いでタオルを返した
「いいよ、タオルいっぱいあるから」
「そうじゃなくて…」
Tシャツも短パンも汗と湯気で体に張り付いている
「あっ」
あやちょはタオルを巻いてしゃがみ込む
61 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:32:25.91 0
「おっちゃん、見えた?」
「ちょっとな…」
あやちょは間を空けて聞いた
「何色だった?」
62 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:33:08.87 0
「早速実践してきたか」
あやちょは笑う
「何色だった?」
嬉しそうにまた聞いてくる
63 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:33:47.64 0
「暗いから分からない」
「おっちゃんには教えてやるよ」
「いいよ…」
64 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:34:26.34 0
あやちょの大きな瞳が動きまわる
色を選んでるようだ
「ウルトラマリン」
「フェルメールブルーか?」
65 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:34:59.77 0
「おっちゃん、知ってるの?」
「少しな」
「画集持ってくる!」
雨と温泉とオヤジの匂いのするタオルをまとって
あやちょは走っていった
66 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:37:14.53 0
8.
数日振りに寺の石段を登る
海の幸のせいかこの前よりきつい気がする
「おっちゃん、はやくー」
67 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:37:50.61 0
あやちょは相変わらず足が速い
ようやく登りきって汗を拭く
蝉の音が下からも聞こえてくる
68 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:38:27.01 0
「おっちゃん、肥った?」
「毎日、飯が旨いからな」
「父ちゃんの料理旨いだろ」
「ああ、旨い」
69 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:39:00.77 0
「彩は肥らないよ」
余所行きのワンピースを着ている
「肥りたいのか?」
あやちょは自分の胸に目を落とした
70 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:39:33.30 0
言葉を探してみた
セクハラになりそうなので止めた
「ワンピース似合ってるよ」
あやちょは嬉しそうに微笑んだ
71 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:40:15.43 0
住職の住いを訪ねる
通された座敷にステテコ姿の住職がいた
あやちょは丁寧に座ると深く頭を下げる
「先日は失礼いた〈ち〉ま〈ち〉た」
72 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:40:49.17 0
住職が笑い出す
「練習したのに…」
悔しそうに言う
73 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:41:22.57 0
「叩かれたとこ痛かったぞ」
大げさに頭をさする
「坊さんのおかげで助かったよ、ありがとう」
「あやちょの親友だからな」
74 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:41:56.89 0
手土産の水羊羹を渡す
「坊さん、糖尿だから食べ過ぎるなよ」
「心配か?」
「親友だからな」
75 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:42:41.96 0
頃合をみて二人の写真を撮る
ステテコもワンピースも白い
日焼けした二人に良く映える
風変わりな交友の写真を来年も撮る事にした
76 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:44:18.42 0
海が魚の鱗のように光っていた
「おーい キミはどこへ行くんだい?」
「そりゃあ 世界一周さ」
桜色の小石をあやちょは足でつまんで放り投げた
77 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:44:39.12 0
9.
「見せたいものってここに有るのか?」
あやちょはポケットから合鍵を出す
「うん」
本堂の裏の倉庫を開ける
78 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:45:11.17 0
古びた仏具や様々な木の箱が暗がりの中に見える
「ここが彩の場所」
棚の一角に十数枚のキャンバスがあった
79 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:45:45.12 0
「あやちょが描いた絵?」
「うん」
丁寧に布で覆われている
80 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:46:36.59 0
「一度捨てられそうになった」
「女将さんに?」
「後を継いで欲しいって言われた」
「画家になりたいのか?」
あやちょは首をふる
「絵を描きたいだけ」
81 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:47:19.47 0
「玄関の掃除もお風呂場の掃除も嫌じゃないよ」
細い指でキャンバスを撫でる
「酔っ払いの人もなんとか頑張れそうな気がする」
82 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:47:52.65 0
「女将さんに言ってみた?」
「言ってない」
「どうして」
「女将になったら絵を描く時間なんて無いよ」
83 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:48:32.33 0
薄暗い倉庫が沈黙に沈む
話題を捜して倉庫を見回す
ポニーテールが揺れる
84 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:49:08.23 0
あやちょは紺色のリボンをしていた
「写真撮ろうか」
「え?」
リボンが見えるようにあやちょを撮った
カメラの液晶で確認する
倉庫に差し込む細い光がリボンを照らしている
85 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:50:02.19 0
「フェルメールみたいだ」
あやちょが呟く
「自画像にしなよ」
「間に合うかな」
「あやちょが女将になるのは相当先だよ」
「どうして?」
「’失礼いた〈ち〉ま〈ち〉た’じゃ女将になれないだろ」
恥ずかしそうにあやちょは笑った
86 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:54:20.09 0
10.
「おっちゃん、ウルトラマリンの意味知ってるか?」
寺の石段をゆっくり降りる
「もの凄い海?」
「はずれー」
あやちょは嬉しそうに笑う
87 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:54:54.18 0
「海の向こうって意味だって」
「そうなのか」
「詳しい話は忘れたけど」
88 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:55:36.06 0
低い太陽が海の向こう側の色を変え始めた
「あやちょの絵、好きだよ」
「坊さんも好きだって言ってくれる」
89 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:56:21.52 0
「糖尿病じゃこの石段大変だろう」
「坊さんは裏の道路使うよ」
「え?道が有るのか」
90 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:56:57.94 0
「でも、うんと遠回りだよ」
自転車とかバスとかタクシーとか
いろんな言葉が目まいを誘う
「少し休もう」
石段に腰をおろした
91 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:57:41.03 0
町並のひとつひとつの建物がそれぞれに色を変えていく
「おっちゃん、ここの夕日もきれいだろ」
人も車も漁船も茜色が包む
「きれいだな」
92 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:58:44.40 0
あやちょは腰を浮かせてしゃがんでいた
「ワンピース汚したくないから」
早めに休憩を終える
「お気に入りなのか?」
石段を下りながら聞いた
「思い出があるんだ」
93 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:59:24.36 0
石段の終わりが見える
吹く風に磯の匂いが混ざりはじめる
「坊さん怒ってなくて良かったよ」
あやちょは跳ねる様に石段を降りる
「おっちゃん、疲れた?」
「大丈夫だよ」
94 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 22:59:58.01 0
夕煙りの路地を歩く
町の喧騒が近づいて言葉が減る
沈黙が気にならなくなっていた
「明日帰るよ」
「え?」
「また来るよ」
95 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 23:00:31.16 0
街灯がいくつか点いている
「おっちゃん、ゆっくり歩こう」
「どうした?」
「夕飯の手伝いしたくないんだ」
96 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 23:03:30.73 0
11.
一年ぶりに石段を登る
今年も息が上がる
ところどころ石段が新しくなっている
97 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 23:04:03.98 0
境内を横切って本堂に登る
海が見える場所であやちょが手を振っている
「おっちゃん、おそいぞ」
焼けた肌もポニーテルも去年と変わらない
98 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 23:04:52.75 0
「おっちゃん、大変だったろ」
「去年の3倍かかったよ」
あやちょは町を見ている
99 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 23:05:31.71 0
「もう半年立つんだな」
「彩は運が良かったよ」
海に壊された町を見おろす
「全部なくした人がたくさんいるよ」
あやちょは真新しい白木の欄干を握り締める
100 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 23:06:11.00 0
本堂を降りて石段に座る
線路の跡を頼りに駅の場所を探す
駅舎の跡から宿の場所を推し量る
101 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 23:06:52.19 0
「父ちゃんは他所の町で働いてる」
ロビーのあったあたりに瓦礫が積まれている
「また旅館やるって言ってる」
102 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 23:07:28.15 0
「女将さんは?」
「もっと怖くなったよ」
あやちょはおおげさに眉をひそめる
「何かしたのか?」
「彩が旅館継ぐって言ったから」
「そうか」
「何年かかるかわからないけど」
103 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 23:08:08.87 0
カメラの液晶に去年の宿の写真を映した
玄関やロビーや風呂場が映る
何十年も続いた日々の手入れが写っている
104 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 23:08:42.86 0
市場で働く人が映る
朝の路地で軒先を掃く人が映る
通学路の子供が映る
あやちょは手のひらと指を交互に使って涙を拭いている
105 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 23:09:17.78 0
白いワンピースを着たあやちょが映る
細い指先で液晶のワンピースをなぞる
「一生分泣いたはずなのになぁ…」
悔しそうにハンカチに顔をうずめた
106 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 23:10:24.63 0
12.
石段の上で住職が呼んでいる
「坊さんの手伝いに戻らないと…」
あやちょはハンカチを握り締めて立ち上がる
「すぐいくよー」
大きく手を振ってスカートが揺れる
107 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 23:11:06.14 0
「おっちゃん、彩のパンツ見えた?」
しゃがんで顔をのぞき込んで来る
「え?」
あやちょは赤い目のまま悪戯な笑みを作る
108 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 23:11:39.00 0
「ユニクロに貰ったパンツ調子いいぞ」
「…そうか」
「洋服とかいろんな人に貰った」
109 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 23:12:15.47 0
「石段もお寺もみんなで直した」
「今年もお盆やるんだな」
「坊さんがどうしてもやるって言った」
110 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 23:13:04.81 0
あやちょは縁石の蝉を拾い上げる
「おっちゃん、来年も来る?」
「ああ、あやちょの自画像を見に来るよ」
あやちょは石段の脇の斜面に降りて夏草を分ける
動かない蝉を土の上にそっと置いた
111 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 23:14:56.74 0
「今度はきっと完成させる」
一艘の漁船が港を出て行く
ポニーテールと夏草が風にゆれた
おしまい
112 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 23:17:44.49 0
おしまいだけ読みました
113 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 23:19:27.65 0
よかったよ
114 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 23:24:33.57 0
すごいです
また書いてください
115 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 23:35:16.51 0
>「あの子は撮られるのが恥ずかしいんですよ」
ここで掴まれた
うまいな
116 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 23:37:07.83 0
面白かった
こんなシチュエーション最近ではエロ小説でしか読んだ覚えがない
117 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 23:42:05.08 0
エピローグ
海辺の少女は夏の盛りが来る前に
また華やかで冷たい喧騒の街へと戻っていった
石段には彼女の瞳のように濃い木陰が残った
118 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 23:42:28.30 0
一気に読んだ
すごく良かった
119 :
名無し募集中。。。:2011/09/28(水) 23:55:24.57 0
120 :
名無し募集中。。。:2011/09/29(木) 00:13:30.42 0
次は印旛沼のゆうかりん書いてくれ
121 :
名無し募集中。。。:2011/09/29(木) 01:04:00.43 0
122 :
名無し募集中。。。:2011/09/29(木) 01:12:08.08 0
飼育には書いてないのか?
123 :
名無し募集中。。。:2011/09/29(木) 03:30:25.58 0
いいな
瞼に情景がスッと浮かんでくる感じ
嫌いじゃない
124 :
名無し募集中。。。:2011/09/29(木) 05:23:26.55 0
あやちょには海が似合うな
125 :
名無し募集中。。。:2011/09/29(木) 05:49:41.99 0
佐吉の方がよかった
あやちょはおっちゃんとか言わないので違和感が凄い
126 :
名無し募集中。。。:2011/09/29(木) 06:11:04.56 0
しかし良く考えりゃあやちょって海なし県出身なんだけどな
それでも「海辺の少女」ってのがしっかりマッチする不思議
127 :
名無し募集中。。。:2011/09/29(木) 08:12:40.27 0
>>125 ブログでラーメン屋のおっちゃんとか言ってたから
俺はあやちょと重なった
128 :
名無し募集中。。。:2011/09/29(木) 11:37:26.17 0
嫌いじゃない
129 :
名無し募集中。。。:2011/09/29(木) 11:57:22.27 0
飼育で書こうぜ
感想をまったく貰えない以外は最高の環境だ
130 :
名無し募集中。。。:2011/09/29(木) 13:00:18.60 0
前作の夏休みのやつ大好きだ
あれに影響を受けて短歌の入門本を買ったりした
少ない文字で動きや奥行きをイメージさせる書き方がいい
131 :
名無し募集中。。。 :2011/09/29(木) 13:10:19.70 0
やはり60代の作者が書かれているだけあって
趣があるね
素晴らしい
132 :
名無し募集中。。。:2011/09/29(木) 14:32:11.08 0
>>120 俺も書こうとした
ゆうかりんが田舎娘っぽいの書いて
133 :
名無し募集中。。。:2011/09/29(木) 16:41:41.04 0
この人の小説読むといつも腹がへる
134 :
名無し募集中。。。:
一人称で書かれてることにいま気づいた