もしも妹が清水佐紀ちゃんで 妹の友達が徳永千奈美ちゃんだったら その2
76 :
名無し募集中。。。:
「徳永千奈美ちゃんの困惑」
ふと、目が覚めた。 いつもと同じ日曜の朝。
早朝のまだひんやりとした空気を切り裂いて、お日様の光がレースのカーテンをまばゆく照らしてる。
けど、下の階からは、まだ物音一つしない。おかーさんもまだ起きてないんだ。
もう1度眠るには明るすぎるし、かといって起きる気にもならない時間。
なんて中途半端。 まるで今のあたしみたい。
こんなふうに何もすることがない時、思い浮かぶのは、いつもあの人のこと。
ゆっくり目を閉じると、最初はぼやけている輪郭が、だんだんはっきりしてくる。
少しはにかみながら、ニコッと笑いかけてくれる、やさしい笑顔。
「あぁ、いらっしゃい」って、ぼそぼそっと呟く、ちょっと低い声。
そう言って、あたしの横を通り過ぎる時の、汗の入り混じった匂い。
そんな時、あたしは決まってどきどきする。
けど、なんでどきどきするのか、よくわかんない。こんなこと初めてだから。
ただどきどきして、どうすればいいのかわかんなくって、自然と下を向いてしまう。
そうやってうつむいてると、いつも佐紀ちゃんが「ちー、顔赤いよ」って、意地悪っぽく笑うの。
たぶん佐紀ちゃんは知ってるんだ。このどきどきの意味を。
あたしとひとつしかかわらないのに、佐紀ちゃんはあたしよりずっとオトナだ。
そんな佐紀ちゃんが大好きで、半分おねーさんみたいに思っているけど、それでも佐紀ちゃんにだって
言えないことはある。
そう、佐紀ちゃんのおにーさんのことだけは言えない……。
77 :
名無し募集中。。。:2008/04/28(月) 03:35:26.72 O
気がつくと、もうすぐ10時になろうとしていた。
パンの焼けるいい匂いに誘われて台所に下りると、おかーさんはパジャマのまま朝ごはんを作ってる。
ベーコンと卵がフライパンの上で弾けるような音を立てて、まるで遅い日曜日の始まりを告げるベルみたい。
あたしは食堂のいつもの席にちょこんと座ると、おっきなあくびをしながらご飯を作るおかーさんを
じーっと見てた。
おかーさんも、あたしくらいの時、こんなふうにどきどきしたりしたのかな?
ひょっとして、その相手がおとーさん?
「どーしたの? ちなみ。 朝から元気ないねっ」
あたしがこんな気持ちでいることなんて知りもしないで、おかーさんはサラダに飾るトマトの端っこを
つまみ食いしながら聞いてくる。
いつも若くてキレイで、友達みたいなおかーさん。
おかーさんだったら、このどきどきの意味を教えてくれるかもしれない。
「ねぇ、おかーさんっ」
「んっ? あっ、ちょっと待って! ……へっくしゅん!!」
目玉焼きにコショーを振りかけて、ついでにいつもくしゃみまでしてしまうおかーさん。
こうゆうところがお茶目でカワイイ。
「おかーさん、どきどきするのって、どんな時?」
あたしは、思い切って聞いてみた。
おかーさんは目をぱちくりさせると、腕組みしたまま、しばらく「うーん」と唸ってみせる。
「そぉねぇ、怖い映画見た時とか、運転してていきなり車が飛び出てきた時とか……」
「うぅん、そぉじゃなくってー」
じれったくって、思わずキッチンに身を乗り出しておかーさんの顔を覗き込んだ。
78 :
名無し募集中。。。:2008/04/28(月) 03:38:11.81 O
おかーさんはそんなあたしなんかお構いなしに、目玉焼きをひっくり返しながらけらけら笑った。
「そうそう、テレビ見てて、妻夫木クンが出てきた時とか」
「そう! それっ」
あたしの声があんまり大きかったのか、おかーさんはちょっとびっくりしたように振り返ると、
「それがどーかした?」っていう目でこっちを見てくる。
「ねぇ、どうして妻夫木クンが出てくるとどきどきするの?」
「どうしてって、妻夫木クン好きだもん」
「好きだとどきどきするの?」
おかーさんはあたしの顔をじーっと見つめると、コンロの火を止めて、「はぁ~っ」ってため息をついた。
「ちなみぃ、あんた好きな人と一緒にいるとき、なに考えてる?」
「なにって、たのしいなぁとか、おもしろいなぁとか……」
あたしがそう言い終わるか終わらないかのうちに、おかーさんは両手を挙げてそっぽを向く。
おかーさんがよくやる「降参!」のポーズだ。
「そーれーはっ、お友達のす~きっ。ホントに好きなひとと一緒だと、どきどきするもんなのっ
……今あたしヘンな顔してないかな?とか、この人あたしのことどう思ってるのかな?とか
考えるもんなのっ」
あたしはどきっとした。おにーさんと会う時、あたしがいつも考えてたことだったから。
おにーさんにあいさつする時、声が裏返っちゃって恥ずかしい!とか、今日体育でいっぱい汗かいたから
臭くないかな?とか、前髪切りすぎちゃったけどヘンだと思われないかな?とか……。
だったら、どきどきする=ホントに好きってこと?
「ねぇ、おかーさんもおとーさんにどきどきするの?」
コーヒーメーカーがいい匂いをさせながらこぽこぽと音をたてている。
おかーさんはそれをじっと眺めながら、ははっと笑った。
「さすがに今はないなぁ。 昔はそれこそどきどきしたり胸キュンしたりもしたけどねぇ」
胸キュン。それも聞いたことある言葉だ。でも実際まだ胸キュンしたことはない。 ……たぶん。
79 :
名無し募集中。。。:2008/04/28(月) 03:40:15.61 O
「えーどうして? おかーさん、もうおとーさんのこと好きじゃないの?」
「……あのねぇ、好きにはいろんな形があるのっ。そりゃ最初はどきどきしたり胸キュンしたりだけど、
一緒にいるとすっごい幸せな気持ちになったり、逆に一人でいると不安になったり、そのうち
家族といるみたいにあったかい気持ちになったりしていくのっ。それもぜ~んぶ好き!」
そう言っておかーさんはコーヒーポットを手に取った。
カウンターの上に、マグカップが3つ並んでいる。
おとーさんのおっきいマグカップ。おかーさんのピンクのマグカップ。そしてあたしのオレンジのマグカップ。
そのマグカップにこぽこぽとコーヒーを注いでるおかーさんは、とても幸せそうだった。
あたしは、そんなおかーさんの姿をじっと見つめていた。
これがおかーさんの「好き」の形なのかな?
「ちなみぃ、あんたひょっとして誰かどきどきする人がいるの?」
あたしに背中を向けて目玉焼きをお皿によそいながら、おかーさんは唐突に聞いてきた。
顔は見えないけど声が笑ってて、その言葉であたしはいきなり正気に戻った。
顔がどんどん熱くなっていくのがわかる。
「ち、ちがうよっ。お友達の、……そう、佐紀ちゃんの話!」
「ふぅ~ん、あっそう」
おかーさんはにやにや笑いながら、それだけ言った。
たぶんおかーさんにはバレてる。わかってるけど、それ以上聞かないでいてくれてるんだ。
あたしはなんだかすっごい恥ずかしくなって、上目遣いでちらっとおかーさんを見た。
「ほらっ、そろそろおとーさんを起こしてらっしゃい!」
おかーさんはそう言うと、手を洗ったばかりのまだ水で濡れてる指で、あたしのおでこをちょんっと
つついた。
ほてった顔に、その水のひんやりとした感触が心地よかった。
80 :
名無し募集中。。。:2008/04/28(月) 03:42:33.22 O
何もすることがない日曜の朝。
こんな時に思い浮かぶのは、やっぱりおにーさんのこと。
でも、まだよくわかんない。 「好き」って、もっと楽しいモノだと思ってたから。
でも今は、なんかもやもやする。どっちかってゆうと苦しいの。
ベッドに寝転んで天井の模様を眺めてると、体がお布団にずぶずぶ埋もれていってしまいそうな、
不思議な感覚に陥っていく。
そんなあたしを現実に引き戻すように、ケータイが賑やかに騒ぎ立てた。
『あっ、モシモシちー? 今日一緒にお昼食べない? アタシ、オムレツ作るんだぁ』
あたしは途端にげんなりした。佐紀ちゃんのお料理オンチはみんな知ってるから。
「えーっ、あたしさっきゴハン食べたばっかだし……」
『あっ、そう。ところでさぁ、ウチ来る時ついでにとろけるチーズ買ってきて欲しいんだケド』
「ちょっと待ってよ。まだ行くって言ってないしー」
『いやぁ、いま冷蔵庫見たら切らしててさぁ。おにぃちゃんの大好物なんだよねぇ』
その瞬間、心臓が一際大きな音をたてて、「どくんっ」と動いた。
『アイツ、とろけるチーズさえ入ってれば喜んで食べるからさ。じゃ、よろしくね~』
それっきり、ぷつっと切れてしまったケータイを片手に、あたしは暫くぼーぜんとしていた。
えっ、どうゆうこと? おにーさんもゴハン食べるの? あたしも一緒に?
そう思うと、急に胸の辺りがぎゅうってしてきた。
81 :
名無し募集中。。。:2008/04/28(月) 03:45:22.05 O
「おかーさん!おかーさん! あのちょうちょの髪留めあったよねっ。あれ貸して!」
お気に入りの白い花柄のワンピース姿で階段を駆け下りてきたあたしに、まだパジャマのまま
テレビを見てたおかーさんは目をまん丸にしてる。
「どーしたの? そんなオシャレして……」
「今から佐紀ちゃんちに行くのっ。もお、急いでるんだからはやくぅ!」
「はいはいっ。ちょっと待って。 ――ほらっ、こっち向いて! つけたげるからっ」
おかーさんの髪留めをつけた鏡の中のあたしは、今朝の中途半端なあたしからちょっとだけ
変わり始めてるような、そんな気がした。
「夕方には帰るからっ。いってきまぁーす!」
「ちなみっ」
いきなり呼び止められて振り返ると、おかーさんは親指を立てて、
「がんばれっ」
と一言だけ声を掛けると、にっと笑った。
やっぱりおかーさんは全部お見通しなんだ。
佐紀ちゃんちに続く坂道を、あたしは小走りに駆け下りていく。
片手に近所のスーパーで買ったとろけるチーズをぶら下げて。
今日のあたしの格好を見て、おにーさんはどんな顔するのかな?
かわいいと思ってくれるかな?
そんなことを考えながら歩いてると、遠くに佐紀ちゃんちが見えてきて、あたしのどきどきは
どんどん大きくなっていく。
いつかこのどきどきが、今朝おかーさんが言ってたように、幸せだなぁと思えるようになったり、
あったかい気持ちになったりする日がくるのかな?
震える手をもう一方の手で掴んで、思い切って呼び鈴を押すと、明るい佐紀ちゃんの声が飛んできた。
『あっ、ちー?はやかったねっ。 ――ちょっとおにぃちゃん出てよ! アタシ今手が離せないからっ』
なにかぼそぼそって呟いて、おにーさんの足音がこっちに近づいてくる。
その瞬間、あたしの胸はまたぎゅうってなった。 ――やっぱり、これが「胸キュン」なんだ!
この扉が開いておにーさんが姿を見せた時、あたしの中で一つの答えが出るだろう。
そしてもしこのどきどきが本物なら、その時は神様、あたしにもう少しだけ勇気を下さい……。