もしも妹が清水佐紀ちゃんで 妹の友達が徳永千奈美ちゃんだったら
157 :
名無し募集中。。。:
「清水佐紀ちゃんの憂鬱」
時計の針はもうすぐ10時を回ろうとしている。
さすがに、おはようって時間じゃないよなぁ、と思いながら、あたしはちょっとだけ憂鬱な気分で
アニキの部屋の扉をコンコンッとノックした。
「おにぃちゃーん、入るよー」
努めて明るい声を出してみるのだが、返事が返ってこないのは最初からわかっている。
休みの日のアニキがお昼過ぎまで惰眠をむさぼるのは、もはや我が家の常識といっても過言ではない。
「寝る子は育つ」とはよく言ったもので、中学に入ってからバカみたいに背が高くなったアニキを
ベッドから引きずりおろすのは、いつも我が家で一番ちっちゃいあたしの役目だった。
恐る恐る扉を開けると、締め切った窓のせいで蒸し風呂状態になった部屋の熱気が、迷路に迷い込んで
やっと出口を見つけた子どものように小躍りしながら扉の隙間をすり抜けていく。
外は桜が満開になろうとしているってのに、開け放たれた扉の向こうには相変わらずジャングルのような
光景が広がっていた。
遮光カーテンの隙間から洩れる太陽の光はまるで密林に差し込む木漏れ日のようで、その光は床の上に
放り出されたマンガ雑誌をスポットライトさながらに照らしている。
表紙を飾るグラビアアイドルの間の抜けた笑顔に少しぎょっとしつつ、乱雑に脱ぎ捨てられた服や雑誌、
空になったペットボトルの間からかろうじて顔を覗かせる床板を探しながらベッドへ近づいていく。
まるで小川を飛び石で渡るようにぴょんぴょん飛び跳ねながらやっとのことでベッドに辿り着くと、
アニキは案の定アホ面丸出しで爆睡をかましていた。
額にびっしょり汗をかいてそれでも寝続けるその根性は、呆れるのを通り越してもはや感服する他ない。
まったく、こんなやつのどこがいいんだろう……。 あたしは腕組みをしながら、まじまじとアニキの
顔に見入った。
158 :
名無し募集中。。。:2008/04/17(木) 07:18:34.03 O
最近ちーがよく家に遊びにくる。あれこれ理由をつけてるけど、アニキ目当てなのはとっくにお見通しだ。
部屋に行こうと言っても、アニキが帰ってくるまでしつこくリビングに居座ったり、休みの日にとびっきり
オシャレしてやってきたり、友達としてみれば涙ぐましいほどだ。
しかし相手が相手である。ちーだったらもっとかっこいいカレシいくらでも見つけられそうなものを、
よりによってこんなぐうたら男がいいとは、つくづく先が思いやられる。
黙っていれば同じ靴下を3日くらい平気で履いてたり、、いつもは服はよれよれ髪はぼさぼさ、
玄関にちーの靴があると慌てて服のシワを伸ばしたり髪の毛を整えたりしてること、思わずバラして
しまいそうになるのだが、あんまりちーが夢見ごこちなんでなんとなくそれもできずにいた。
汗で額に張り付いた前髪がものすごく暑苦しそうで、いたずら半分にちょちょっとかき分けてみると、
おっ、けっこういけんじゃん、とか思ってみたりもする。
ちっちゃい頃(今でもちっちゃいんだけド)は、いっつもアニキの後ろをくっついて回っていた。
アニキはその頃から無愛想で、あたしのことなんか邪魔者扱いしてたくせに、あたしがいじめられてたら
いじめっ子を追っ払ってくれたり、転んで泣いてると家までおんぶしてくれたり、まぁ一言でいえば
不器用なヤツなのだ。
いつもキチンとしてないと気が済まないあたしは、おっきくなるにつれて絵に描いたようなぐうたらな
アニキにだんだん距離を置き始め、今でも一応「おにぃちゃん」と呼んではいるが、その実心の中では
この通り、完全に「アニキ」呼ばわりだ。
あたしがすぐ側にいることなど全く気付く様子もなく、規則正しい寝息をたてているアニキ。
なにかと癪にさわるヤツだが、いびきをかかないことだけは唯一の取り柄かもしれない。
これで毎晩いびきをかかれた日にゃあ、あたしは断固隣りの部屋を拒否していただろう。
「ばぁーかっ」
何とはなしに呟いた言葉は、間抜け面で寝こけるアニキを素通りして、泡のように弾けて消えた。
159 :
名無し募集中。。。:2008/04/17(木) 07:21:53.01 O
さて、そろそろ本気で起こすとするか……。ため息を一つついて気合を入れると、いつものように
掛け布団の端っこを掴んで、思いっきり引っぺがす。
「っ! ふにゅっ」
「……誰が『ばぁーかっ』だ」
布団のもう片方の端をしっかり握りしめたまま相変わらずぼそぼそと呟いたアニキは、けだるそうに
寝返りをうちながら、妙に艶かしい吐息を漏らした。
「ちょ、ちょっと起きてんなら早く言ってよぉ」
「……今起きた」
掛け布団を頭から被ったまま、くぐもってよく聞き取れない言葉を言い放つと、それっきり掛け布団が
再びリズミカルに上下し始める。
「ねぇおにぃちゃん! いい加減起きなさいよー。今日はおとうさんもおかあさんもいないんだから、
あたし忙しいんだからねっ。 ――掃除とか洗濯とか」
勢い良くカーテンを捲り、思いっきり窓を開け放つと、もう結構な高さまで昇った太陽の光と
爽やかな香りの春の風が、暗くよどんだこの部屋の空気を浄化するように舞い込んで来る。
眩しい朝日に眠りを邪魔されたアニキは、猫のように丸くなりながら「……なんでいないの?」と
まるで駄々っ子のような甘えた声を出した。
「もう、晩ゴハンの時に言ってたでしょー。なんか遠い親戚の人の法事があるとかって。
夕方まで帰ってこないんだから」
部屋中所狭しと投げ散らかされたシワくちゃの洋服を指で摘んで洗濯カゴに放り込みながら、あたし
なんかおかあさんみたいだな、とふと思った。
160 :
名無し募集中。。。:2008/04/17(木) 07:24:17.97 O
「ねぇ、お昼ゴハンどうする? あたしオムレツ作って食べるけど。パンでも焼いて食べちゃいなよ」
以前作ったオムレツは、家族から絶賛されるほどのまずさだった。
おとうさんは「こんなにまずいオムレツ食べたのは生まれて初めてだ」としみじみ洩らし、おかあさんは
情けなさを通り越してしまったようでゲラゲラ笑い転げていた。
ただ1人黙々とオムレツを口に運んでいたアニキも、最後のひとかけらを食べ終えると「まじぃ……」
と言い残して2階に上がっていった。
その後ろ姿を呆然と眺めてた時の惨めさといったらない。
その時あたしは誓ったのだ。いつかみんながびっくりするようなオムレツを焼いて、みんなのことを
見返してやるんだと。
そうやってあたしが「打倒!オムレツ」の決意を新たにしていると、相変わらず布団の中で亀になっていた
アニキがひょっこり顔だけ出して、バカみたいに能天気に「あ、俺も」と言い放った。
「へっ……」
一瞬、俺もなんなのよ? って、ぽかぁんとしてると、
「俺、佐紀のオムレツ、キライじゃないし」
アニキは畳みかけるようにそう言って、またもそもそと布団の中に潜りこんだ。
ベッドの向こう側の壁に、無造作に押しピンで留められた1枚の写真が風に揺れている。
ずいぶん色褪せたその写真は、あたしがまだ幼稚園の頃にアニキと一緒に撮ったものだ。
このぐうたらアニキのことだから、剥がすのが面倒くさくてほったらかしてるだけなのだろう。
いや、ひょっとしたら、まだ壁にぶらさがっていることすら忘れてるかもしれない。
あたしは暫くの間、その写真がゆらゆら揺れるのをぼぉっと眺めた後、こんもりと膨らんだ布団に向かって
「あっ、そう」
とだけ返すと、てんこもりになった洗濯カゴを引きずりながら、ちょっとだけマシになったジャングルを
後にした。
161 :
名無し募集中。。。:2008/04/17(木) 07:27:11.99 O
ざらついた足の裏をもう一方の足の甲で擦りつつ階下に下りると、床板のひんやりとした感触が
気分をちょっとだけ上向きにさせる。
洗濯機が置いてある脱衣所に行く途中、休憩がてら台所に立ち寄ると、冷蔵庫の中には幸いなことに
卵だけはふんだんに詰まっていた。
なにか他にめぼしいモノはないかと物色していると、アニキの唯一の好物である「とろけるチーズ」を
切らしていることに気づいて、せっかく上向きかけていた気分がみるみる萎んでいく。
はて、どうしたものか……。冷蔵庫と洗濯物を交互に見比べて思案に暮れているうちに、あたしは
不意にいい考えを思いつくと、ポケットの中をまさぐって携帯を取り出した。
洗濯機の中で、アニキの靴下が浮かんだり沈んだりしながらぐるぐる回っている。
あたしは洗濯が好きだ。小気味良いモーター音と共に洗濯機の中で洗濯物が渦を巻いているのを
ぼぉーっと眺めていると、その間だけ時が止まったような錯角に陥って、つい何時間も見入ってしまう。
アニキの洗濯物はさすがに1度では洗いきれなくって、あたしはまたため息をつきながら洗濯物を
入れ替えると、少し乱暴にスイッチを押した。
ふと時計に目をやると、11時を少し過ぎたところである。
あと30分もすれば、とびっきりオシャレしたちーが、「とろけるチーズ」を片手に、息を切らしながら
やってくるだろう。
そして、それを聞いて慌てふためく「おにぃちゃん」の姿を想像しながら、あたしは洗濯槽の水かさが
じりじり増していくのを、これまでになくワクワクした気持ちで見つめていた。
今まで出てきたネタを拾って1本書いてみました。
スレ汚してスミマセン。もう消えますので……