>>138 亀は何であんな事を?──僕は亀井の唇の感触が残る右の頬を撫でながら思った。
今は既に5時限目、僕と新垣と亀井とその他大勢が教室で授業を受けていた。
僕は、斜め前の席に座る亀井を眺めてみる。
亀井は授業中はいつも集中している。
亀井はアフォな子なので、先生が言葉を言った後、3秒程してから、あっ!そうか!と手包みを打つ。
亀井は時折、耳にかかるショートの髪をかきあげる。
亀井は──
ふと、隣の席の新垣からの視線に気付いた。──睨んでいる。僕は睨まれている。
(どうした?)
(別に)
小声で話しかける僕に、新垣はそっけなく返事し、むこうを向いて机に突っ伏した。
どうも最近、亀井と新垣の様子がおかしい。
前の様に笑いながらお喋りする事も無くなっていたし、一緒にいる事すら無くなっているように感じた。
僕には、睨みつける亀井を新垣が避けている様に見えた。
喧嘩でもしたのかな?──僕は大事な女友達の為に、一肌脱ごうと思った。
>>181 その日の6時限目終了後、急いで教室を後にする亀井を不思議に思って僕は、新垣に聞いてみた。
「ちょっと、新垣。亀は何かあんのか?」
「──急ぎのバイトだって言ってた」
新垣は席に座ってうつむいたまま、そう答えた。
「亀はバイトしてんのか」
「──うん」
新垣は視線を合わせずに、またそう答えた。
「最近おかしいぞ、新垣」
「──おかしくなんて無いよ」
そっけ無く言う新垣に、僕は腹が立った。
嫌がる新垣の手を引っ張り、教室を出た。
「今日は一緒に帰ろう。亀井もいないし、話しよう」
「ちょちょっ!待って待って!」
慌てながらも僕について来る新垣は、少し笑顔だった。
>>182 またあの時と同じ、駅前の橋の近くのベンチに座り、僕は新垣に問いかけた。
「最近おかしいぞ、新垣」
「──さっき聞いた」
新垣はまた、うつむいたままそう答えた。
夕方の駅前は人通りも多く、雑踏と喧騒が辺りを包んでいる。
前は二人きりになると、『娘。』談義をしてきた元気な新垣は、もうそこにはいなかった。
ただうつむき、難しい事──亀井の事?──を考えているようで、うつむいていた。
僕は元気の無い新垣は嫌いだ。
僕は新垣に問いかけた。
「新垣、亀と何かあったのか?」
「──何も無いってば」
亀という言葉を聞いた時、少し体を震わしながらも、そっけなく新垣はまた答えた。
僕は元気の無い新垣を見るたびに、胸がキュッと痛んだ。
耐え切れず僕は、爆発した。
「何も無いわけ無いだろ!
前はさ、一緒に『娘。』談義もできたしさ!
亀もさ、新垣もさ、友達だったろ?それが話さなくなっちゃってさ、どうしたんだよ
あの元気な新垣はどこ行った?
新垣、聞いてるか?新垣」
「──」
気付くと、新垣は涙を流していた。
>>183 僕は途端に冷静に戻った。
声を押し殺したまま涙を流す新垣に、僕は何とか泣き止んでもらおうと思った。
「どうした?新垣?僕、強く言い過ぎた?ゴメン、新垣。──師匠、どうした?師匠」
「──」
新垣は泣き止まなかった。僕は途方にくれ、ベンチにもたれ、ため息を吐いた。
しばらくして、新垣が口を開いた。
「ありがと」
「おっ?どうした」
新垣の声に僕は、うなだれていた体を戻し、新垣の方に体を向き直した。
「あんたが、私の事、心配してくれてるってのはわかった」
「心配するさ」
涙を自分で拭きながら話し始める新垣に、僕はとりあえずホッとした。
僕はできるだけやさしく、新垣に聞いてみた。
「聞かせてくれるか?何があったか」
「──うん」
新垣は赤い目をこすって、僕の方に向きなおし、語り始めた。