「わー、すごいすごい、動いてるー」
「えー、まじ?きゃはは」
「ちょっと、美貴ばっかり見ないでよー」
「はい、梨華ちゃーん」
「えーっ、あっ、見えた見えた。ほんとにおたまじゃくしじゃん。
元気いいね。すぐ妊娠しちゃいそ」
「おいらにも見せてよ……ありがと、ん、あ、あ、やばい。まじやばい。
すごい泳いでる。うわー」
「でしょでしょ?」
「絵里ちゃん、ほら見てみなー」
「え、は、はい。………………………………………」
「ど、どしたー?」
「あ、なんか感動しちゃって。すごいですねー」
「それ、さっき絵里ちゃんの口の中に……きゃははっ」
「矢口さーん、蒸し返さないでくださいよー」
「絵里、もっかい見せて」
「はいお姉ちゃん」
俺、まだなんだけど。
「でも、ホントに泳いでんだねー。ほんと、避妊しなきゃって思う」
「リアルに思うよね」
「見なきゃ良かったかも」
「えー、何でよ真里?」
「だって梨華ちゃん、こんどからあんたさ、ナカダシするの怖くなるじゃん」
「真里、ほんとに好きだもんね、ナマ」
「うーん、でも美貴はやめようって思った。真里もやめなよ」
「やめたほうがいいよー。あんなにウジャウジャいるんだもん」
「だってー、でも、すぐに泳げなくなるんじゃない?
日にちさえ選べば大丈夫だって、たぶん」
「えーっ?梨華知ーらなーい」
「美貴もー」
「あ、あの、コ…ンドームしたらいいじゃないですかぁ」
「ちょっとー、そこ、処女に言われたくない!」
みんな盛り上がってるけど、代わる代わる飽きもせず精子を観察している。
「でもさ、真里、さっき、すぐに動かなくなるって言ったけどー、
美貴もそれはそんな気がする」
「でしょでしょ?」
「でも、結構しぶといんじゃない?なんかゴキブリっぽい」
俺の精子をゴキブリって、石川さん!!
「本当のとこ、どうなんだろうねぇ?」
「じゃぁ、時間を置いて観察してみたらいいと思うんですけど……」
冷静沈着かつ科学的な絵里ちゃん。でも要らんことは言わないでー。
「あ、それいいじゃん。美貴ぃ、あんたの妹、ほんと賢いねー」
「じゃあさ、あした昼休み、集まってもう一度見ようよ」
「きゃはっ、賛成。で、どうやって持ってく?」
「このままでいいじゃん」
「こぼれたらやばいっしょ?授業中に精子のにおいとかしたら」
「フイルムケースとかに入れたらいいんじゃないかしら?」
「フイルム…はないけど、正露丸の瓶とか……」
「真里ぃ、正露丸って親父くさーい」
「体に合うんだからいーじゃんかよー」
「じゃぁさ、これに入れて、真里さ、あした持ってきて」
「お、おいら?」
「だってあんたの弟の精子だし」
「ま、いいけどさ。それじゃ、あした昼。視聴覚準備室で
4限終わったら速攻ね」
「ねぇ、絵梨香と唯も連れてっていいかなぁ?」
「いいんじゃん?」
あ、あの、俺、まだ見てないんだけど……
俺が主張しようと思ったとき、石川さんがやっと気づいてくれた。
「○○クン、まだ見てないじゃん」
「提供者ぁ、主張しろよー」
「だって、俺、なんか言いにくくってさ」
「ほれ○○、これがお前の精子だ!」
「元気でよかったねぇ」
俺の精子は、丸い視野の中で縦横無尽に泳ぎまわっていた。
その夜、俺が数学の宿題をやっているとチャイムが鳴った。
こんな遅くにだれだろう?
お袋が応対に出たみたい。
……
「○○〜、藤本さんよ。降りてきなさい!」
なんで俺なんだよ。せめて石川さんならよかったのに。
俺だって忙しいいだよ。
俺が不機嫌丸出しで階段を降りて行くと、玄関先にいたのは、
藤本さんは藤本さんでも、お姉さんのほうじゃなくって絵里ちゃんだった。
でも、何の用?
「あのねぇ……、ここじゃ何だから、上がっていい?」
「い、いいけど」
「お邪魔します」
絵里ちゃん、何?
俺、自分の部屋に女の子と二人きりになるのって初めてなんだけど。
絵里ちゃんが部屋のドアをノックする。姉ちゃんの部屋。
「真里姉さーん、絵里ですぅ」
なんだ、姉貴に用かよ。
「あ、絵里ちゃん。美貴からメールもらったよ。
はい、忘れもの」
藤本姉妹は絵里ちゃんのセーラー服を忘れていったみたい。
「あ、ありがとうございます」
「じゃあ、またね。気をつけて帰れよ」
「はーい。おやすみなさい」
俺は蚊帳の外か。
ちょっと不貞腐れて、絵里ちゃんを玄関先まで送る。
絵里ちゃんが、ちょっと照れながら言う。
「あのね、矢口くん。今日はゴメンね。お姉ちゃんが無理言っちゃって」
「俺のほうこそ、ゴメン。あの、なんか、ほんとゴメン」
「私のほうこそ、ごめんね。あの、ほんと、私は気にしてないから」
「お、俺も恥ずかしかったけど、もう済んだことだし」
「あのね、矢口クン、あのね。矢口クンって、ケータイとか持ってる?」
「う、うん」
えっ?
「あのね、メルアドとか、いい?」
「あ、いいけど。俺のケータイ部屋にある」
絵里ちゃんとアドレス交換。えへへ。
「アドレス、長い?」
「それほどでも」
「じゃあ、私、いま入れるから」
絵里ちゃんはピンクのケータイを取り出すと、おもむろにキーを叩いた。
「えーと、*******_**
[email protected]なんだけど」
「1030って誕生日?」
「あ、うん」
「おめでと。ちょっと遅いけど」
「ありがと……あの、藤本さんは?」
「あたしは、12月23日」
「天皇誕生日?」
「っていうかイブイブ」
「へぇ……」
「これ、ピッチ?」
「あ、うん。エッジ」
「じゃぁ、070?」
「あ、070-****-0721」
「0721……」
絵里ちゃんが電話番号聞いてくれたの、嬉しいけど恥ずかしい。
「……仕方ねえだろ。好きでこの番号じゃないんだから」
「え、なにが?」
「あ、気づいてないんならいい」
「えー、気になるぅ!」
「いいじゃん。あとで、メールとワンギリ、お願いな」
「あ、うん」
「送っていこうか?」
「ううん。自転車だから、ありがと。おやすみ、また……」
「あ、それじゃぁ」
絵里ちゃんの自転車は、みなみのうお座の方向に消えていった。