「真里〜、さぁ、行こう。」
突如ブス連中の1人が矢口さんの腕を掴んだ。
僕は自分の世界から現実世界に引き戻された。
矢口さんは焦った表情でブス達を見た。
「行くって、何処へ?」
「新入生の下見に決まってるじゃん。午後から入学式だよ。」
「いいよ、本当に。おいら山本君と…」
「いいから、いいから。キモカズなんて無視っておきなよ。」
矢口さんを無理矢理押して、連れて行くブス達。矢口さんはすまなそうに僕の方を一瞥した。
ブスの1人が振り返り、皮肉っぽく僕に罵声を浴びせた。
「そんなに女の子と帰りたかったら、ネクラ安倍と帰ればぁ?」
「いいねぇ〜、キモイ奴同士お似合いかもね。ギャハハハハ!」
ブス達は爆笑しながら矢口さんを連れて行く。矢口さんは安倍さんを哀しそうな表情で凝視する。
教室の外に出ても連中の笑い声は聞こえている。本当に公害以外の何者でもない。
僕は安倍さんに視線をやった。安倍さんは僕に近づいて来る。
「山本君…帰る?その…一緒に。」
「安倍さん、あいつらに変なこと言われたからって無理に僕と帰る必要ないんだぜ。」
「いいの…これはなっちの意思だから。それに初めてだよ、矢口が初めて話した人を良い人って言うのは。
だから、山本君なら信用できそう…」
僕と安倍さんは無言で教室を出て帰路に付いた。
僕は隣の安倍さんを見た。矢口さんほどではないが僕の胸を締め付ける想い…
勿体無いなぁ…あのブス達より100倍は可愛いのに。
突然安倍さんが口を開き、沈黙を破る。
「山本君、矢口の事どう思う。」
「えっ…そりゃあ可愛くて良い子だなぁって…」
安倍さんは少し間を置き再び口を開く。
「矢口…遊んでると思われてるけど全然そんな事ないんだよ。男の子から告白されても全部断ってるし…」
「えっ、そうなの。勿体無い…」
「皆矢口とエッチしたいだけの下品な人ばかり、下心見え見えだって言ってた。誰も矢口の中身を見てないの。
矢口、なっち以上に真面目なんだよ、実は。それに加えて驚くほどの努力家。
普通に女の子がするような遊びはするけど、やましい事は全く。変な噂もあるけど全部デタラメ…」
「ごめん、僕も矢口さんは遊んでるものだとてっきり…」
「いいの。矢口のことを信じてくれれば…矢口だけだよ、今のなっちに普通に付き合ってくれるのは。
以前は他にも友達居たけどなっちが勉強ばかりしてたら『つまらない奴』って言って離れて行った。
でも、矢口は違った。『なっちは一番の親友。いつまでも友達だよ』って言ってくれて…
なっち嬉しかった。その夜1人で泣いちゃった…」
僕も貰い泣きしそうになった。必死で涙を堪える。
「矢口の周りの子男の人と性経験を繰り返してグループ内で競争してるみたいだけど、矢口は参加してないの。
誰彼構わずエッチするのは女の価値を下げてるって言って。でも他の子はそれがカッコイイと思ってる。
他の子が原因で矢口も学校の人達に同一視されてるけど、矢口はそんな軽い女じゃない!
なっち我慢できない!矢口がそんな下品な女に見られてることが!誰も本当の矢口を分かっていない!」
安倍さんはいつになく興奮し、叫んでいた。
安倍さん…本当に矢口さんのことを大事にしてるんだな、きっと矢口さんのことが大好きなんだ。良い意味で。
「なっち、矢口には山本君みたいな誠実で真面目な人が似合ってると思う。
言い寄ってる男みたいに性欲の捌け口じゃなく、ちゃんと矢口の中身まで理解しようとしてるし、
矢口の周りの子みたいに自分の株を上げるために利用しないで、1人の女性として見てくれそうだから。」
僕は言葉に詰まった。僕なんか勿体無い…あんな天使みたいな子に…
その時、背中に強い衝撃を受け、僕と安倍さんは前方によろけた。
「よっ、お2人さん。なっちやるね〜男の子を下校に誘うなんて…」
「いや…なっちは別に…」
矢口さんだ。元気そうに僕らに話し掛けてくる。安倍さんはもじもじしている。
「や、矢口さん…新入生を見に行ったんじゃ…」
「おいら…男の人を流行の服をみたいに扱うの嫌なんだ。
いざ手に取っておいて、別のが流行ったらそっちに変えるみたいなの。
だからトイレ行くって言って逃げ出してきたんだ。」
僕は何だか可笑しくなった。そんな単純な手で…それを正直に言う矢口さんの無邪気さに。
「さ、行こう2人とも!」
矢口さんは僕達の背中を押した。
「矢口…何処へ行くの?」
「美味しいケーキ屋があるっていったでしょ?山本君もいっしょに…ね。」
「ま…まぁ、君達がいいなら、僕も行くよ。」
「じゃあ決まり!早く、早く!」
矢口さんは僕達を押し、その場所に連れて行った。
「カフェ エーゲ海」
外見は結構洒落た感じだ。木造の外見がいかにもカフェという雰囲気を醸し出している。
僕達は中に入った。結構人気あるみたいだな。
「いらっしゃいませ〜」
店員さんが声を掛ける。
「何名様ですか…ってアレ?もしかしてカズ君?」
僕はその声に聞き覚えがあった。
飯田圭織…僕の隣に住んでいるお姉さんだ。