ベルリン( ● ´ ー ` ● )の詩

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295天使は瞳を閉じて
十人の人間が、静かに、横たわっている。
幸福な音楽と共に、人々は、ゆっくり起き上がる。
その顔は、静かな微笑みに満ちている。
朝日のような柔らかな光が、人々を、包み込む。
人々の目は、
遥か向こうにそびえたつ壁にゆっくりと向けられる。
次の瞬間、人々は壁に向かって走り出す。
その時、激しいサイレンの音。
冷徹で事務的な声が、響く。
「グラウンドに不法に占拠する諸君に警告する。
ただちに所定の位置に戻りなさい」
「どうしよう!」
「ちくしょう!」
「強行突破よ!」
「え!」
「あの壁さえ越えれば、私達は、自由なのよ!」
「あの壁さえ」
「よし、行こう!」
「うん!」
296天使は瞳を閉じて:02/02/10 00:20
「思い出すのだ。君達、
ひとりひとりが初めてこの場所に来た時のことを。
君達は、君達の判断で、この場所を選んだのだ。
警告する。ただちに、所定の位置に戻りなさい」
「わたしは、ここを出たいの!
こんな監獄にいつまでもいたくない!」
「ここは監獄ではない。
ここはあなたが正しく自立できるようにするための病院である。
警告する。ただちに所定の位置に…」
「わたしはこの病院を出たいの!
わたしは狂ってもないし、狂いたいとも思ってないの!」
「ここは病院ではない。
ここはあなたが豊かな自立を約束する事務所である。
警告する。ただちに所定の位置に…」
「わたしは事務所をやめたい!
わたしには、わたしのやりたいことがあるの!」
「ここは事務所ではない。
ここはあなたの自立を優しく見守る家庭である。
警告する。ただちに所定の位置に…」
「わたしは家庭を出ていきたいの!
もう、うんざりなの! わたしは家庭を捨てたいの!」
「ここは家庭ではない。
ここはあなたの自立を勇気づけるステージである。
警告する。ただちに所定の位置に…」
「これ以上、ニセモノのステージなんかいたくない!
もう、ニセモノのステージはうんざりなの!」
「ここはステージではない。
ここはあなたの自立を厳しく育てる芸能界なのだ。
君達は、芸能界にバラを捜しに行かなくてはならない。
警告する。ただちに所定の位置に…」
「わたしは芸能界なんかいたくないの!
わたしはもう誰も傷つけたくないし、
誰も傷つけてたくはないの!
「ここは芸能界ではない。
ここはあなたの自立を訓練する学校である。
警告する。ただちに所定の位置に…」
「わたしはもう、学校をやめたいの!
自立という言葉で、私を抑圧する学校にはこれ以上、
いたくはないの!」
「ここは学校ではない。ここは教会である。
自立にくじけそうなるあなたを優しく包む教会である。
君達は、迷える天使である。
警告する。ただちに所定の位置に…」
「わたしは教会になんかいたくない!
わたしは、ここを出ていきたいの!」
「ここは教会ではない。ここは、あなた自身の部屋なのだ。
一人芝居の仮面を取る、あなた一人の部屋なのだ。
警告する。ただちに、所定の位置に戻りなさい」
297天使は瞳を閉じて:02/02/10 00:21
全員、銃声の中を飛び出した。
が、すぐに見えない柔らかな壁にぶち当たって、
前進できない。
「何、これ!?」
「分かんない、からみつくよ!」
見えない壁は、人々がもがけばもがくほど、
からみついてくる。
「くっそー!」
力一杯、見えない壁を押す。
と、閃光が走って、全員が、弾き飛ばされた。
「電気ショックだ!」
「なんなのよ! これは!」
「分かんない。透明な膜だ」
「膜じゃない、透明な壁だ!」
「壁!?」
「じゃあ、あの見えてる壁は、ダミーなの!」
全員、遥か前方に見えている壁を、凝視する。
「あの壁はニセモノなんだ!」
「そこは入口ではない。
所定の場所への入口は、君達の後方にある。
繰り返す。そこは入口ではない。
警告する。ただちに、所定の位置に戻りなさい」
「どうすりゃいいの!」
「ここにいよう」
「え?」
「私達は、所定の場所へ戻る気なんかない。でも」
「でも?」
「この壁の向こうへは行けない」
「だから、ここに立ち続けよう。
「そんな」
「立ち続けよう。それしか方法はないよ」
「…」
298天使は瞳を閉じて:02/02/10 00:22
雨は六日間、降り続いた。
「戻ろう」
「え?」
「これ以上、ここにいても無駄よ」
「ねえ、壁、壊れそう?」
「だめ。固体と液体の真ん中って感じ。
ただ、不思議なことがひとつある」
「何?」
「この壁はどこまでも拡がる。
出て行くとこは出来なくても、遠くまで行ける」
「さ、戻ろう」
「う、うん」
「無駄よ」
「どうして?」
「入口、ふさがってるわよ」
「え!?」
「そんな!?」
「いつから!?」
「一昨日から」
「聞こえる? 私達は所定の場所に戻る。
だから、入口を開けて!」
反応はなかった。
299天使は瞳を閉じて:02/02/10 00:22
「どうしたんだ…」
「ラジオは本当だったんだ…」
「ラジオ?」
「どこかの原子力発電所が、出力調整の失敗で、
原子炉が暴走して、メルト・ダウンしたっていう…」
「まさか…」
「世界は終わってしまったっていうこと?」
「たぶんね」
「そんな、突然!?」
「台本があるのは、テレビ番組だけよ」
「どうする?」「どうする?」「どうする?」
「どうって…」
「ねぇ、街を作らない?」
「えっ?」
「頭がどうかなったんじゃない?」
「どうして? 新しい街を作りましょうよ」
「ちょっと待って。街を作る。いいじゃない!
だって、みんな、元の街から抜け出してここに来たのよ」
「えっ…」
「なるほど」
「そのうち入口が開くかもしんないし」
「そのうち、この壁がなくなるかもしんないし」
「そのうちなんとかなるかもしんないから」
「新しい街を」
「誰も傷つかない新しい街を」
「誰も傷つけない誰も傷つかない新しい街を」
「新しい街を」
「よし! 新しい街を作ろう!」
300天使は瞳を閉じて:02/02/10 00:23
そして百年が過ぎた。
301天使は瞳を閉じて:02/02/10 00:24
コンサートの後の、静かになったステージで、
圭織と圭が楽しそうに話している。
あさ美は、居残りでダンスの練習をしていた。
「じゃあ圭織は、ダーウィンとか信じてないわけ?」
「うん。自然淘汰と突然変異じゃ、
『ミッシング・リンク』の説明がつかないってさ」
「じゃあ、進化の原因は、なんだと思ってるの?」
「進化は、いっせいに起きるって説、知ってる?」
「…どういうこと?」
「その通りの意味なんじゃない?
進化は時間をかけてちょっとずつじゃなくて、
ある瞬間に、いっせいに起きるんだって」
「どうして?」
「よく分かんないけど、遺伝子とか関係してるらしいよ」
圭のケータイが鳴った。
「はいはいはい。これから行きます」
ケータイを切る圭を圭織が笑う。
「プッチモニ。の仕事だよ」
「じゃ、話の続き、忘れないでね」
急いで圭がステージを降りると、
あさ美が好奇心いっぱいの笑顔で近づいてきた。