番組収録の休憩の合間の娘。の楽屋。いつもどおりのにぎやかな声が響いている。
「りぃ〜かぁ〜ちゃん!」
荷物を整理していた石川に、辻と加護が後ろから声をかけた。石川が振り向くと、辻と
加護の2人が、プレゼント用にラッピングされた箱をつき出した。大きさは両手から少
しはみ出るぐらいであった。
「誕生日おめでとう!」
声をシンクロさせて、辻と加護が元気よく言った。
「ありがと。あいぼん、のの。」
石川は笑顔でそう返して、さっそく包装を丁寧にはがし、箱を開けた。箱の中には、毛
糸で編まれたチェックの手袋と、ベージュ色の、首に赤のリボンをつけたテディベアが
入っていた。
「かわいい〜。」
素直に感嘆している石川に辻と加護はしてやったりというような顔で互いに笑顔を見せ
た。そんな3人を、吉澤は少し離れたところから椅子にかけて、さりげに見ていた。大
きく息を吐きながら、椅子にもたれる。
「(明日…だもんね。梨華ちゃんの誕生日…)」
忘れていたわけではなかった。現に、あさって誕生日である矢口には、先ほど(特に石
川と中澤に)ばれないようにこっそりと、プレゼントを渡したわけで。矢口へのプレゼ
ントを買うときに、石川の分も買う気ではあったが、結局買わなかった。あげるのが嫌
なわけではなかった。なにをあげればいいのか、わからなくなってしまったのである。
吉澤は、それを思い出しながら、石川らに目を向けていたが、次第に、後ろめたさを感
じて、楽屋を逃げるようにして出ていった。廊下に出て、すっかり暗くなった外を眺め
る。窓に腕をついて、そこに額を置き、
「…なんか、買っとけばよかった。」
吐く息で、窓が白くなる。石川が辻と加護に向けていた、笑顔。吉澤が見たかった笑顔
だ。さらに重ねて思い出すのは、去年に仕事で行ったハワイでの出来事。
―去年6月初旬。収録全てが終わったあとの、つかの間の時間。ショッピングセンター
での事だ。頼まれていたものを全て買い終わった吉澤は、アクセサリーコーナーにいる
石川を見つけた。なにやら熱心に物色している石川に、
「梨華ちゃん、なに選んでるの?」
「あ、ひとみちゃん。カチューシャ…いいのないかなぁ、って。」
石川は一旦吉澤のほうを向いてそう言うと、再び正面にある数々のカチューシャに目を
配り始めた。吉澤も、つられてかそちらに目を向ける。そんななか、
「これ、似合うんじゃない?」
半ば、というかほとんど冗談で、ウサギ耳がついた妙なカチューシャを、石川の頭につ
けてやった。
「ひとみちゃぁ〜ん…恥ずかしいよぉ。」
困った顔になっている石川。それにカチューシャのウサギ耳が垂れているためか、冗談
で言ったはずなのに、似合っている、というなんとも皮肉な結果になってしまった。し
ばらくして、石川はそのカチューシャを戻して、今のものに比べれば、素朴なデザイン
のカチューシャを取り、レジのほうに行ってしまった。
「梨華ちゃん。」
店を出た石川に吉澤が声をかけて、紙袋を差し出した。中身は、ウサギ耳つきのカチュ
ーシャだ。紙袋の中身を見た石川が顔をゆっくり上げて…笑った。その時の吉澤が、見
たことのなかった石川の表情。そんな発見への喜びからか、吉澤の肩から力が抜ける。
「ありがとう、ひとみちゃん。」
「吉澤、収録。」
マネージャーの声に、吉澤はもたれていた窓から顔を離し、スタジオに向かい、収録に
参加した。隣の席の石川とは、言葉を交わさなかった。話し掛けられても、相槌を打つ
ぐらいで終わった。そのままスムーズに残りの収録も終わり、メンバーはそれぞれ事務
所の車で帰っていった。
「ひとみ、お風呂。」
ソファに座り、TVに顔を向けていた吉澤に、母親が声をかける。考え事をしていたた
め、気がつかなかったが、部屋の時計に目をやると、23時を回っていた。吉澤はしば
らく時計を見つめたあと、ソファから立ち上がり、部屋に向かった。
「ひとみ? こんな時間にどこ行くの?」
吉澤の母親が、玄関で靴を履いている吉澤を呼び止めた。
「梨華ちゃんのトコ。」
「えっ?」
母親が聞き返す前に、吉澤はドアを開けて駅へ向けて全速力で走っていた。冷えた空気
で、喉がじりりと痛くなる。少ない唾液で何とかそれを和らげて、吉澤は何とか終電に
間に合った。
オートロックを解除した石川は、玄関に向かう。玄関のドアを開けると、吉澤が肩で息
をして立っていた。
「こんな時間に、どうしたの?」
返事をしようにも、喉が痛くてできなかった。電車を降りてからも、走ったからだ。吉
澤の苦しそうな息づかいが、部屋に響く。
「はい。」
ベッドにもたれて床に座っている吉澤に、石川が水を渡し、隣に座った。コップの水を
飲み干した吉澤は手前のテーブルにコップを置いた。ふぅと一息ついて、部屋を見渡し
た。時計に目をやる。0時を少し過ぎている。さらに、辻と加護があげた手袋とテディ
ベアが目に入る。
「ごめんね、梨華ちゃん。」
突然そう言った吉澤の顔を、石川は膝を抱えたままで下から覗き、
「なにが?」
「今日…梨華ちゃんの誕生日じゃん。なのにね、プレゼント…買わなかったんだ。矢口
さんにはあげたくせに…」
石川からの返答はなかった。部屋の電化製品の動く音が無機質に響いてる。
「よっすぃ〜…」
そう言われてから、吉澤は恐る恐る石川のほうを向く。石川は微笑んでいる。冷えた頬
に石川の暖かい手が触れる。
「無理に買った気持ちのこもってないプレゼントなんていらないよ。だから、気にしな
いでね。」
石川に頬を撫でられながら、吉澤は小さく頷く。石川の言葉に、安心を覚えた吉澤は、
全速で走ってきたこともあり、次第に眠気が襲ってきて、吉澤はそのまま眠りについた。
目を覚ますと、吉澤はベッドに横たわっていた。ゆっくり身体を起こす。昨夜の喉の痛
みが、まだかすかに尾を引いている。顔をしかめながら、喉を押さえて再び身体を沈め
る。その時、
「おはよ。」
擦れた小さな石川の声に顔を向ける。枕に顔を乗せた石川が吉澤に笑いかけた。吉澤も
笑顔で、
「おはよう、梨華ちゃん。あ…誕生日おめでとう。」
「最高のプレゼントかな…」
そう言って、石川は布団の中に吉澤の手を見つけて握る。吉澤は石川の言う言葉の意味
の理解に苦しんだ。そんな吉澤に気づいてか、石川が、
「生まれて初めてだよ。大好きな人と…誕生日の朝におはよ、って言うの。」
あ、という感じで口を開ける吉澤。石川が少し照れて目線を下げる。握られた吉澤の手
は、それに伴うように熱くなっていく。2人は、朝日が昇りきるまで、ベッドでそのひ
と時を過ごした。