海の彼方に

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1名無し娘。
再開。
2log0076:2000/10/30(月) 23:02
センクス。
3log0076:2000/10/30(月) 23:03
再開は明日から…つっても様子見かなあ…
421:2000/10/31(火) 00:45
ほぜ〜ん。
5濡れ衣:2000/10/31(火) 01:59
ほぜーん
6:2000/10/31(火) 22:53
プッチモニ。
7log0076:2000/10/31(火) 23:22
-1-

「じゃあ、行ってくるね。」
「気をつけてね、変な人の誘いに乗らないのよ、あと…」
「はいはい。大丈夫だって。」
母親の小言を遮って少女は家を出た。少女の名前は後藤真希。今年で中学3年生だ。彼女
は去年から、夏休みの間は家を空けて海に行く事にしていた。その理由は、そこの海で彼
女の大切な人の『市井紗耶香』という娘が亡くなったのだ。そのため後藤は、その海に少
しでも長くいたいがために夏休みを返上して、その海に向かうのだ。後藤は忘れようとは
思っているが忘れられずにいた。それほど大切な人だったのだ。

家を出て電車に揺られ、後藤はその海の最寄の駅で降りた。
「圭ちゃん!」
後藤は手を振って一気に駆け寄った。
「よっ! 元気だった?」
「うん。」
圭ちゃんこと保田圭は、市井の親友であった。彼女も、夏休みにはここに来る事にしてい
る。彼女は、この近くに別荘を持っていて、後藤はそこに居させてもらっているのだ。2
人は保田の家の車へと乗り込んだ。
「じゃあ、お墓参りから行こうか?」
「……うん。」
そうして2人は、墓地へと移動した。
8log0076:2000/10/31(火) 23:22
-2-

「……。」
後藤と保田は市井の墓の前で手を合わせた。しばらくして目を開けてしゃがんでいた後藤
は立ち上がった。そして、
「……骨もないのにね……。」
無表情にそう呟いた。保田はそれにただ頷くしか出来なかった。
「仕方ないよ……。」

―翌早朝。後藤は起き上がって外へと出た。潮風がまだ重いまぶたを撫でた。後藤は大き
く伸びをして海に行く事にした。保田の別荘から海へ行くのには10分しかかからない。
海へ着くと後藤は履いていたサンダルを脱いで砂浜を歩いた。朝日がまだキツクないため
か砂は温かった。後藤はTシャツを脱いで、ホットパンツとキャミソールタイプの水着だ
けになった。ゴーグルをつけて、海へ向かって駆け出して一気に飛び込んだ。

―海の中。後藤はとりあえず潜れるだけ潜った。とりあえず10mほど潜り上を見ると、
朝日がボォっと光っているのが見えた。息が続く限り、潜ったままで薄暗い海の中を泳ぎ
つづけた。しばらく泳いでいると目の前に何かが見えた。
「?」
魚と思っていたが、近づくと違った。人……だった。さらに近づくと、女の人だとわかっ
た。しかも、何もつけていなかった。裸だった。その女の人はこちらに気づいていなかっ
た。しばらく見ているとその人と目が合った。後藤はいきなりの出来事に、海水を吸い込
んでしまった。なので慌てて浮上した。
「ブハアッ!!ウッ、ゲホッ……ゴホッ……ウぇ……」
砂浜に手をついて後藤は海水を吐き出した。ビリビリと喉が焼けるように熱くなった。そ
れに涙目になりながら、後藤は海のほうを見た。さらに辺りを見回したが、服などは落ち
ていなかった。
9log0076:2000/10/31(火) 23:23
-3-

「人魚ォ?」
保田がフライパンを片手に後藤のほうを向いて呆れながら言った。後藤はキッチンのそば
に置いてある食卓テーブルに肘をつきながら言った。
「人魚はあくまでたとえだけどさぁ…でも本当に泳いでたんだよ、裸で。」
「ふぅ〜ん。で、どんな人だったの?」
保田は背を向けて料理をしながらも後藤に聞いた。
「どんな…だったっけ? 女の人っていうよりも女の子ぽかったけど……。」
「女の子、ね……。よっぽど度胸あるね、その娘。だって全裸でしょ?」
「うん。ゴーグルも何もつけてなかったよ。」
保田が今作った料理を後藤の前に並べながら言った。
「ま、人魚ってことにしとけば。後藤らしくね。」
「もぉ〜、子ども扱いすんなよぉ〜。ったく……」

―その日の昼。後藤はビーチでアイス売りのバイトをしていた。バイトというか保田の手
伝いだ。別荘でボーッとしているのもなんだから、ということで後藤から保田に頼み込ん
で手伝いをさせてもらっているのだ。しかし後藤は、岩場のそばに座り込んで海を眺めて
いた。朝見たあの少女のことが気になっていた。
「人魚……なのかなぁ……。」
そう呟いていると後ろから保田に軽くチョップされた。
「アンタから手伝うって言ってといて早速サボってんじゃないの!」
「だはははっ……ゴメン、ゴメン。」
後藤はチョップされた頭をかきながら笑った。
10log0076:2000/10/31(火) 23:24
再開。とりあえず読み直しってとこです、はい。
つうか起こしてないよ、まだ。。。
ようは時間稼ぎさ。藁
11log0076:2000/11/01(水) 23:18
-4-

「ほら、戻るよ。」
「はぁ〜い。」
後藤は立ち上がって保田を追いかけた。保田が後藤を見てすかさず言った。
「アイス忘れてるっちゅ〜うの!」
「ああ、アハハッ……。」
後藤はヘラヘラしながら岩場に戻ってアイスが入った箱を持ち上げた。その時見上げた崖
の所に人がいた。白いワンピース姿の少女だ。なんとなく今朝見たあの娘に似ているよう
な、そんな感じだった。後藤は確かめてみたくなった。保田が後藤に近づいた。
「後藤〜、行くよ。」
「圭ちゃん。これ……。」
後藤は保田にアイスを渡して一気に崖に向かって駆け出した。
「ちょお! 後藤! 」
「暗くなる前には戻るからぁ〜!」
後藤はそう叫んで行ってしまった。
「ったく、もぉ〜。」

「ハァ……ハァ……」
後藤は崖への道を全速力で走っていた。どうしても確認したかった。何でここまでこだわ
るのかもよくわからないが、とりあえず後藤は考えるのをやめて、崖へと向かった。
12log0076:2000/11/01(水) 23:19
-5-

走ること10分。後藤はようやく先程少女が立っていた崖のところまで来た。だが、少女
の姿は、すでにその場になかった。グルリと1回転して周りを見回してみるが、やはり姿
はなかった。後藤はその場にへたり込んだ。
「あ〜あ……遅かったかぁ〜……もしかして幽霊……? なわけないか……。」
そうやってブツブツと独り言を言っていると、崖の周辺にある茂みのほうからガサリと音
が聞こえた。小動物かと思えばそれまでなのだが。後藤はある種の望みをかけて音のした
ほうへと一気に向かった。後藤が近づいていくと、音が後藤から逃げるように遠くなって
いった。
「!」
後藤は一気に駆け出して茂みの中に突っ込んだ。
「あっ……。」
白いワンピースがヒラリと木の間を抜けていくのが見えた。やっぱり。後藤は瞬時にそう
思って追いかけた。後藤は足の速さには自信があったが。向こうもなかなか速い。しかし
後藤もここまできたら追うのをやめるわけにいかない。ひたすら追いかけた。そうして追
いつづける事数分。ようやく向こうも疲れてきたのか、だんだん距離が縮まっていった。
そうしてついに眼前へと迫った。後藤はうんと手を伸ばし、とうとう相手の腕を掴んだ。
「キャッ!」
後藤に腕を掴まれてその少女は後ろのほうへと倒れこんだ。後藤はそれを受け止めるかの
ようにして背中から地面に倒れた。
「いでっ!」
13log0076:2000/11/01(水) 23:19
-6-

後藤は痛さでしばらく声が出なかった。その後藤の上にいる少女は起き上がると振り向い
て後藤のほうを見た。いや、睨んだ。後藤はますます動けなくなった。正に蛇に睨まれた
蛙といったところだ。後藤は愛想笑いをするぐらいしか出来ずにいた。
「アッ、ハハハハ……。」
「何なの、あなた?」
おとなしそうな容姿とは裏腹に結構きつめに返された。後藤は無理やり身体を起こした。
少女はそれと同時に立ち上がった。後藤はそんな少女をじっと観察した。褐色の肌。肩よ
りちょっと長い黒髪は真中で分けられて下ろされていた。白いワンピースからは、すらり
と細くて長い足が、膝からのぞいていた。何より印象的なのが、その鋭い瞳だった。後藤
はひととおり少女を観察すると、地面に腰を下ろしながらその少女を見上げて言った。
「ごめんなさい…ただ気になったんです。」
「気になった?」
「あの…今朝早く、海で泳ぎましたか? その…は、裸で…。」
「泳いだけど。」
少女はあっけなく言った。少女があまりにもサラリと言ってのけたため後藤はちょっと驚
いた。何も言い出さなくなった後藤に少女が言った。
「で、それだけが聞きたかったの?」
「あ、その……いや……えっと……友達……。」
「?」
「友達になりませんか? せっかくだし……。(なぁ〜に言ってんだろ…うわ〜…)」
「……ふざけないで……。」
それだけ言って少女は後藤を置いて行ってしまった。
「はぁ〜あ……そら怒るよねぇ〜……でも、なりたかったな…友達。」
14log0076:2000/11/01(水) 23:20
-7-

日がすっかり落ちた頃。後藤は保田の別荘へと戻ってきた。
「ただいまぁ〜……。」
「ただいまじゃないでしょ! まったくもぉ〜、どこで遊んでたのよ!」
後藤が戻ってくるなり保田は怒鳴った。
「ごめんなさい、明日はちゃんと手伝うから! だから許して、ねっ?」
後藤は子犬のような眼差しで保田を見つめた。そんな目で見られてしまうから保田もつい
「今回だけだよ! ったく……。」
そんな感じで結局許してあげてしまうのだ。保田は後藤を許すとキッチンに戻って夕食の
準備をし始めた。後藤もキッチンに向かい手を洗った。保田が料理をしながら横にいる後
藤に聞いた。
「ねえ。何で崖のほう行っちゃったの?」
「……あのね。今朝の女の子…ぽかったんだよ。それで確かめたくなってさ。追っかけた
んだ。」
「ふぅ〜ん……で?」
「つかまえたよ。」
「つかまえたって、あんたね…。ま、いいわ。それで? 」
「今朝見た女の子だった。裸で泳いでましたよね、って聞いたら。そうだ、って。」
保田が少し笑いながらさらに聞いた。
「…どういう会話なのよ、それ。で、そのあとは?」
「……なんかさ。私、訳わかんなくなっちゃって。とっさに、友達になりませんか、とか
言っちゃって……そしたら、ふざけないで!って……置いてかれちゃった。」
15log0076:2000/11/01(水) 23:20
-8-

保田がそれを聞いて苦笑いをした。
「その娘が怒っちゃうのもわかる気するわ……。」
「だってぇ……あ〜あ、でも友達にはなりたかったよ、本当に。」
「はいはい。とりあえず……その娘とあんたがまた出会える事を願っといてあげるよ。さ
てと、ご飯食べよっか。」
「うん。」

後藤はベッドの中で寝れずにいた。どうしてもあの少女の事ばかりが頭に浮かんできてし
まう。
「どんな名前なんだろ…いくつで…どこに住んでるのかな? はぁ〜、ゴメンね、市井ちゃ
ん……。」
後藤はベッドの脇に置いてある市井の写真に目をやってそう呟いた。あの少女に会った事
によって、後藤は初めて市井と出会った時と、同じような気持ちになっていた。
「また会えるといいなぁ〜………。」

―翌日。後藤はビーチに出て、アイス売りをしていた。暑さのせいのためか、箱の中のア
イスはすぐに減っていった。しばらくの間ビーチを歩き回って、誰もいないような所まで
来てしまった。後藤は、再び人の多いところに引き返そうとしたが止めた。目の前に…あ
の少女がいたからだ。後藤は近くに置いてある船の間にすかさず隠れた。そしてそっと顔
を出した。少女はまだ後藤に気づいてないようだった。
16log0076:2000/11/01(水) 23:21
-9-

「(どうしよ…どうしたら上手く話せるかな…。)」
後藤は考えた。でもどうしてもいい案が浮かばない。その時、箱の中の2本のアイスが目
にとまった。かなり幼稚ではあるが…後藤はそう思いながらもすっくと立ち上がった。
「あのぉ〜……。」
「!」
不意の呼びかけに少女は目を見開いて後藤のほうへと振り返った。後藤が一歩近づくたび
に少女も一歩後退した。1分ほどそれを繰り返した。
「(ラチあかねぇ……) アイス食べませんか?」
後藤は満面の笑みを浮かべて少女に言った。その笑顔に魅せられたのかはわからないが、
少女はようやく肩の力を抜いて答えた。それでもきつめの口調は相変わらずだった。
「いいけど……。」
「はい、どぉ〜ぞ。」
後藤はそのきつめの態度に怖じる事もなくアイスを手渡した。思えば市井も……最初の頃
はやたらきつかった訳で。それを思えば、この少女のきつさはまだまだ後藤にとっては許
容範囲だ。
「ありがとう……。」
少女は後藤からアイスを受け取った。後藤がその場に座ると、少女も座った。しばらく波
の音を聞きながら2人でアイスを食べていた。後藤はアイスを食べている間、少女を観察
した。髪は…真中分けではなくて8:2に分けられていて、前髪は垂らされていた。その
せいなのかこの前よりもうんと大人びた印象を受けた。服装は、上は白い薄手のパーカー
だった。その下には黒のキャミソールが透けて見えた。下はホットパンツだ。褐色の肌の
細い足がすっと伸びていた。後藤はしばらく少女に見入ってしまった。
17log0076:2000/11/01(水) 23:21
-10-

そんな後藤に気付いて、少女が後藤に言った。
「なに?」
「あ……そ、そういえば初めましてじゃないのに、名前…まだ言ってなかったなぁ、って。
あ、私後藤真希って言います……年は……15です。」
そのとき、少女が一瞬顔を引きつらせた。後藤はそれを見逃さなかったが、あえて追求は
しなかった。もしかしたら彼女は、いきなり自己紹介なんかし始めた自分に嫌悪を感じて
しまったがためにそういう表情になってしまったのかもしれない。そう思いながら、少女
を見つめていると、
「私は……石川梨華。」
すっと後藤から目線を外してそう言った。
「石川さん……かぁ。ここに住んでるんですか?」
「うん、まぁ……。」
「私は、夏休みの間だけ、こっち来る事にしてるんですよ。」
「そう……。」
「すいません、急にぺらぺらしゃべりだしちゃって……図々しいですよね。」
「そうは……思わないよ。」
そう言ったかと思うと、石川は立ち上がった。そして座っている後藤を見て言った。
「私……今日行くところあるから……。アイスありがとう。」
「あ、梨華ちゃん……。」
後藤を置いて歩き出した石川を後藤はとっさに呼んだ。石川は背を向けたまま、
「! ……その呼び方……やめて。」
「あ、ごめんなさい……。」
そうして石川は歩いてどこかに行ってしまったのだった。
18log0076:2000/11/01(水) 23:22
今日の分の読み直し…
ゆっくり〜ゆっくり〜♪
19log0076:2000/11/03(金) 00:03
-11-

石川がいなくなったあと、後藤はたまらず砂浜の砂を蹴り上げた。
「なんだよぉ〜…怒る事ないじゃん…。」
後藤はブツブツと愚痴をこぼした。それでも石川の事が気になっている自分がいたりする。
「(なんか…嫌いになれないんだよね…どうしてだろ…。)」
後藤は立ち上がり砂を払うと、海の家へと戻っていった。

「ただいまぁ〜。」
「あ、後藤。おかえり。全部売れた?」
「うん。ハイ、売上げ。」
後藤はそう言ってハーフパンツのポケットから小銭やら札を出して保田に渡した。保田は奥
に一旦奥に入って売上げを店長に渡すと、缶ジュースを持って戻ってきて、後藤に渡した。
「はい、お疲れ様。」
「ありがと…。」
後藤は缶ジュースをもらうと、畳の上に座った。保田もその隣に座った。
「どしたの? 元気ないじゃん。」
「あのさ…さっきまたアノ娘に会ったんだ。」
「へぇ、また会えたんだ。…なに? あんたまた怒らせちゃったとか?」
保田がうつむく後藤を下から見て聞いた。
「怒らせたっていうか……なんっなんだろ……あ〜、もう……。」
後藤が頭を掻いて困り顔でそう言った。保田もそんな後藤の顔を見て苦笑した。
20log0076:2000/11/03(金) 00:03
-12-

「……そういえば、名前とか聞いたの?」
「うん…一応…。えっと、石川梨華…。」
「石川……あ〜、聞いたことあるわ。親がいくつも会社経営しててさ。娘たちもバリバリの
キャリアウーマンなんだって。その娘は…末っ子なのかな? 聞いたことない名前だし。」
「そんなにスゴイところの……ふはぁ〜、身のほど知らずだったかも……。」
「私の立場ないじゃん。一応これでも『お嬢様』なんだからね、もう。」
「圭ちゃんは別だよ。……もう会わないほうがいいのかな……。」
「アンタさぁ…そんなに気になるんだったら、もっと話せばいいじゃん。」
「気に……なってるのかな、やっぱ……。」
「いい機会じゃないの? いい思い出もっと作りなよ、ねっ?」
保田が後藤の肩を優しく抱いて言った。後藤はそんな保田に優しく微笑んで言った。
「うん……ありがとう、圭ちゃん……。」

―翌日の早朝。後藤は再び海に来ていた。泳ごうとして来たのだが、いきなり天気が急転
して雨が降りだした。後藤は仕方なく元来た道を歩き始めた。
「もぉ〜……せっかく起きたのにぃ〜……。」
後藤は別荘に向けて全速力で駆け出した。その途中で、目の前に人影を見つけた。雨で濡
れた前髪をよけて見てみると、
「あっ……石川梨華……。」
後藤の目の前から数十メートルほど先に石川がいた。後藤に背を向ける形で歩いてはいた
が、後藤にはすぐに石川だとわかった。
21log0076:2000/11/03(金) 00:04
-13-

後藤は、ほんの一瞬だけ声をかけるべきか否かで迷ったが、気がついたら、
「あの……。」
石川の背後に迫って声をかけていた。石川は驚いて振り向いた。
「あっ……。」
「この前はどうも。……1人ですか?」
「うん……。」
石川は黒のキャミソールにジーンズタイプのホットパンツという軽装だった。なので、全
身濡れていた。後藤は自分の頭にかけていたパーカーを取って、石川に差し出した。
「あの、これ……。」
「いいよ、気にしなくても……。」
「いいですってば。」
そう言って半ば強引に後藤は石川の頭にパーカーをかぶせた。
「ありが…」
石川がそう言いかけた途端に、後藤は走り出していた。
「ちょっと待って…。」
石川は慌てて止めようとしたが、後藤はすでに追いかけられないぐらい遠くまで走ってい
た。雨の中、石川はしばらく後藤のその後ろ姿を眺めていた。

一方、後藤は…
「何やってんだ、私…。」
びしょぬれの髪をかきあげながら息を弾ませた。どうしてかあの場から逃げたくなってし
まったのだ。
22log0076:2000/11/03(金) 00:05
今日の分ですよ。
23名無しさん:2000/11/03(金) 00:39
読み返し中……
24濡れ衣:2000/11/03(金) 01:24
さすがに4つも同時進行で読んでるとややこしくなってくる。
25名無し娘。:2000/11/03(金) 14:32
保全下げです 
26log0076:2000/11/03(金) 23:15
-14-

後藤は後ろを振り向いた。石川が追いかけてくるような気配はなかった。それに少しだけ
安心して後藤は、別荘へと戻った。
「ただいまぁ〜。」
そう言って中へ入ると、エプロン姿の保田が手を拭きながら奥から出てきた。
「おかえり。あ〜らら、やっぱずぶ濡れか。」
「だって、急になんだもん…。」
「はいはい、ちょっと待っててね。今、タオル持ってくるから。」
「うん。」
保田が再び奥に引っ込むと後藤は座ってビーチサンダルを脱いだ。砂がべっとりついてい
るのを床に落とした。足についてる砂も落とした。そうしていると保田が戻ってきて、
「はい、タオル。」
そう言って後藤の頭に白いタオルをかぶせた。
「ありがと。」
保田にお礼を言って、後藤はわしわしと頭を拭いた。保田が不思議そうに聞いた。
「あれ? そういえばアンタ、出るときパーカー着ていかなかったっけ?」
後藤の頭を拭く手が一瞬だけ止まった。再びその手を動かして、
「忘れちゃった…んだ。」
「……? なんかあったでしょ。」
保田はすぐに後藤の嘘を見破ってしまった。
「…あはは。圭ちゃんには、かなわないなぁ〜……。」
27log0076:2000/11/03(金) 23:16
-15-

「逃げたって? ……なんで?」
後藤の話を聞いて保田は驚き呆れた。
「なんっていうんだろ…よくわかんないけど…いたくなかった。」
「だからってねぇ〜……逃げてどうすんのさ。」
「う〜…もう…自分でもわかんないよ〜。」
そう言って後藤は下を向いてしまった。保田は大きくため息をつきながらも、後藤の頭を
撫でて、
「…なんかさ、今のアンタ見てると…紗耶香がいた頃のアンタ思い出すよ…。」
それを聞いて、後藤は垂れていた頭を起こして保田のほうを見た。
「市井ちゃんがいた頃の…私?」
「うん。なんかね…変なの。」
保田がそう言ってふっと笑った。後藤はそれを聞いて口をとんがらせた。
「変って…なんだよぉ〜…。」
「悪い意味じゃないから。さ、ご飯食べようか。」
保田はそう言って立ち上がった。
「えっ? えっ? わかんないよぉ〜。ちゃんと説明してよぉ〜。」

―なんかさ、今のアンタ見てると…紗耶香がいた頃のアンタ思い出すよ…。

朝食を食べて部屋に戻ったあと、後藤はさっき保田に言われた言葉を何度も反芻させた。
「どういうことなんだろ…う゛〜…わっかんないよぉ〜…ああぁ〜、もうっ!」
後藤はベッドの倒れこんだ。
28log0076:2000/11/03(金) 23:16
今日の分。。。
休みなのに疲れてる…
29log0076:2000/11/04(土) 23:21
-16-

「……ほえ?」
後藤は目を覚ました。あのまま寝てしまっていたらしい。
「ごとぉ〜、昼ゴハンだよ〜。」
下から保田が後藤を呼んだ。
「アハハ……ゴハンばっか。」
後藤は1人でそう言って笑って、部屋を出た。

「……雨、やまないね。」
皿の上でフォークを遊ばせながら後藤が言った。保田も手を止めて窓のほうを見た。
「うん。せっかくだからさっさと宿題終わらせちゃえば?」
「うっ…ん。そうだね……。」
「……どしたの?」
「えっ? なにが?」
「元気ないなぁ〜、って。」
「……そう、かなぁ……。」
「石川って娘のこと…?」
保田の問いかけに後藤はハッとしたように顔を上げた。図星とかそういうのではなく
て、なんとなく反応してしまった。
「後藤?」
「あっ……ち、違うよ。宿題いっぱいあるからさ。嫌だなぁ、って……。」
そうは言ってみたものの、後藤はその答えに自分で疑問を感じた。
「(なぁ〜んか……自分でもわかんないや……。)」
30log0076:2000/11/04(土) 23:21
今日の分。
31濡れ衣:2000/11/05(日) 00:41
ほぜむ

細かいことだけど-15- の最後のとこ”上”が抜けてるね。
気悪くしたらスマソ。
32log0076:2000/11/05(日) 23:28
-17-

―昼食後。雨は降り続いていた。後藤は仕方なく部屋に入り、宿題をする事にした。
宿題を開始して30分。
「…このχを…おぉ…わっかんないよ〜、あ゛〜っ、もう。」
基本問題のページはなんとか解いていったものの、応用になった途端にわからなくな
り、後藤はテキストを閉じて、またベッドに飛び込んだ。後藤は天井に顔を向けた。
「……。」
そのまま目を閉じる。雨の音だけが耳に入ってくる。『あの日』も…雨が降っていた。
目を開けていられないくらいの強い雨。荒れた海。

―およそ一年前。まだ市井がいた頃、後藤は市井とともに朝早く起きては海で泳いで
いた。後藤にとっては泳ぐことはもちろん好きだったが、何よりも大好きな市井と一
緒にいられるのが嬉しかった。
「しっかし…後藤もあきないねぇ〜。」
市井はそう言いながらTシャツとカーゴパンツを脱ぎ捨てて、水着になった。
「うん、泳ぐの大好きだもん。」
後藤もTシャツを脱ぎ、水着になった。そうして2人は軽く身体を動かしてさっそく
海に入った。腰ぐらいまで海に浸かった。市井が、
「う〜、ちょっと冷たいね。」
「うん、ちょっと。」
「向こうも曇ってら…。」
市井は空を見上げて言った。後藤も一緒に見た。確かに曇っていた。
33log0076:2000/11/05(日) 23:29
-18-

「うん、曇ってる…。」
「…やめとく?」
市井が後藤に目を向けて聞いた。
「ちょっとぐらい大丈夫だよ。泳ごうよ、市井ちゃん。」
「そうだね、せっかく来たし。ちょっとぐらいなら大丈夫だよね。」
そう言って市井は少し構えた。後藤が、
「あのさ…市井ちゃん…。」
「ん? なに?」
「勝負…しない?」
「勝負? 別にいいけど。」
「あのね、じゃああのオレンジの浮き玉のところまでどっちが先につくか。」
そう言って後藤ははるか向こうの浮き玉を指差した。今、2人がいるところからは
米粒ぐらいにしか見えない。市井はちょっと笑って、
「ハハ…遠いいなぁ…。んで? 勝負つうからには、なんかあるの?」
「うんとね、負けたら勝った人の言う事なんでも聞くの。」
「なんでも? うはぁ〜……負けらんないねぇ〜。」
「私も負けないよ。」
「おっ…そうこなくっちゃね。」
2人は顔を見合わせてお互い見つめ合ったあと、再び正面を向いて構えた。
「よぉ〜い、ドンッ!」
34log0076:2000/11/05(日) 23:30
今日の分。

>>31
気は悪くしないよん。誤字・脱字はこっちのミスだから。
気がついたら書いといてください。
35名無し娘。:2000/11/06(月) 01:46
hozen
36名無し娘。:2000/11/06(月) 01:46
37名無し娘。:2000/11/06(月) 01:47
sage
38濡れ衣:2000/11/06(月) 01:59
何か起こりそうsage
39log0076:2000/11/06(月) 23:12
-19-

市井の掛け声で、2人は海に飛び込んで泳ぎ始めた。2人は少し身体を海に沈めて
前へ向かって進んだ。いつもより進みにくかった。海流が変わっていたようにも思
えた。しかし2人とも最初のうちは勝負に夢中であまり気にはかけなかった。出だ
しは市井が一歩リードしていたが、しばらくして後藤が市井を抜いた。
「(おおっ……早いな……。)」
市井はそう思いながら、一旦呼吸をするために上に上がった。
「ふっ……! 空が……。」
空はすっかり暗くなっていた。そして……
「雨だ……。」
大粒の雨が一気に降り注いできた。市井は泳ぐのをやめて後藤を探した。とりあえ
ず目指していた浮き玉に向かって泳いだ。そうしていると、浮き玉のそばから後藤
が顔を出しているのが見えた。
「…ご、とぉ!」
泳ぎながら市井は声を張り上げた。今浮き上がった後藤は、状況に混乱して、
「いちいちゃん!」
怯えてそう叫んだ。が、雨のせいで後藤の声は市井には全く聞こえなかった。それ
でも怖がっているのはわかった。市井は急いで後藤のほうへと向かった。が、波が
高くてなりなかなかたどり着けない。それでも必死に泳いでなんとか後藤のそばに
たどり着いた。
40log0076:2000/11/06(月) 23:13
-20-

「後藤。」
「市井ちゃん…どうしよ。」
「大丈夫だよ、落ち着きなよ。」
市井は混乱しかけている後藤を励ますように強く言葉をかけた。雨はますます強く
なり、水位も一気に増したように思われた。2人は、岸からどんどん遠ざかってい
た。
「いい、後藤。しっかり捕まってなよ。」
市井は後藤の腕を掴んで、しっかり浮き玉に巻きつけた。後藤は言われた通りに、
しっかり捕まった。2人は、何度か大きな波にのまれかかったが、そのたびに何と
か必死に持ちこたえて、助けを待った。そうして30分が経過した。岸のほうに目
をやると、人が集まり始めていた。よく見ると、保田もいた。市井は、後藤の肩を
叩いて、
「後藤、もうすぐで戻れるよ。もう少しの辛抱だからね。」
「……うん。」
2人はびしょ濡れになりながらも、笑顔で向き合った。

と、その時……
「い、市井ちゃん!」
後藤が後ろを見て叫んだ。その後ろに、2人を覆うかのように波が迫った。体が動
く前に2人は波にのまれた。
41log0076:2000/11/06(月) 23:13
ほい、今日の分。
明日以降、新規更新。
42濡れ衣:2000/11/07(火) 00:36
ほぜむ
43名無し娘。:2000/11/07(火) 01:38
待ってました!
続きが楽しみ〜
44log0076:2000/11/07(火) 23:37
-21-

波に飲み込まれながらも、後藤はなんとか溺れまいと水中の中で浮き玉をつないで
いる綱に捕まった。もう片方の腕には、市井の手が掴まれていた。しかし次第に、
飲み込んだ水が後藤の意識を奪っていった。その時に、後藤が感じた最後の感覚は
鼓膜がはじけ飛びそうなほどの耳の痛みと、市井の手が自分の手からすり抜けてい
くという感覚――

「……市井ちゃん。」
うたた寝。その間に見た思い出したくない夢。耳の辺りに涙が伝った。後藤がいる
部屋にある天窓から見える空は晴れていた。ようやく雨がやんだ。事故に遭ったあ
の日。市井が後藤の前から消えた……死んだあの日。後藤は市井とともに岸には帰
ることはなかった。市井の遺体は見つかっていない。再三の捜索が行われたものの
一ヶ月で打ち切られた。そのあとに遺体の無い葬式が行われた。後藤はその当時は
涙を流す事は無かった。信じられない。そんな思いでいっぱいだった。泣いたのは
それから何週間も経ってから、後藤の右手の甲についた5センチほどの細い傷。市
井が、後藤の手を掴もうとしてついた傷だ。その傷を見ると、まだ死にたくない、
という市井の声が聞こえてきそうで。後藤は耐え切れず、大きく嗚咽した。

「市井ちゃん、逢いたいよぉ……。」
かなわない願いを呟いて、後藤は再びベッドに伏して泣いた。
45log0076:2000/11/07(火) 23:38
久々。
更新です。

札幌は雪降りそうなくらい冷え込んでるたつ〜の!藁。
46名無し娘。:2000/11/08(水) 00:02
死体が見つからなかったってのが
いろいろ想像をかきたてたれるな〜。

>>45
こっちは20度以上で暑かったっす。
47log0076:2000/11/08(水) 01:03
実際、そう言う事故多いからなぁ…遺体が見つからない水難事故
48濡れ衣:2000/11/08(水) 01:53
市井は生きていると期待
49log0076:2000/11/08(水) 23:28
-22-

どのくらい泣いていただろう。ようやく落ち着いてきて、後藤は再び身体を返して
天窓のほうを向いた。空は時間も時間なだけに夕日で赤く染まっていた。後藤は、
鼻をすすりながら、身体を起こして部屋から出て、一階へと降りた。リビングで雑
誌を開いている保田に涙で濡れた顔を見られまいと、音を立てずに素早くその後ろ
を通り抜けて洗面台で顔を洗った。洗面所からリビングに戻ると、保田がソファに
かけながら身体をねじって後藤のほうを向き、
「宿題、終わった?」
「うん、もうちょいかな……。」
後藤は保田に、まだ少し腫れている目に気づかれないように、顔を少し下げて答え
た。そして、
「ちょっと…海…行ってくる。ゴハンまでには帰るから。」
そう言ってリビングから出て、玄関に行きビーチサンダルを履くとすぐに外へと出
て行った。保田はそれを見送って、再び正面を向き、雑誌に目をやりながら、
「……また紗耶香の事思い出してたのかな……。」

別荘を出て、後藤は砂浜をひょこひょこと歩きながら、真っ赤な夕日が反射してい
る海に目をやった。まぶしすぎて、たまらず目を細める。その時、さくりと砂を踏
む音が後藤の真後ろで聞こえた。後藤はすぐに振り向いた。夕日のせいで目に光点
が浮かび、誰かはわからなかった。次第に目が治り始めて、
「あ……。」
その人物が石川である事がわかった。
50log0076:2000/11/08(水) 23:35
更新です。
夕日っていいよね。ぼ〜。。。
51名無し娘。:2000/11/08(水) 23:38
参ったな。市井を思い出してめそめそしてる
後藤に萌える
52log0076:2000/11/09(木) 23:55
-23-

石川は何も言わないで、手にもっていた後藤のパーカーを後藤に手渡した。
「……ありがとう。風邪、ひかなかった?」
「あ、はい……わざわざどうも……。」
会ったばかりだから仕方ないにしても、あまりにもよそよそ過ぎる会話。さっき石
川から突然逃げ出すような感じで去った事もあってか、それに負い目を感じた後藤
は、
「時間……空いてます?」
不自然に写らないように何とか笑顔を作って…正確には泣いたせいで顔が固まって
たので、だ。石川は、一瞬どう答えていいかわからない顔になったが、特に表情を
変える事もなく、
「……空いてるけど。」
「じゃあ、一緒に見てましょうか。夕日。」
我ながら不器用すぎだと、後藤は思った。でもこのまま何も話さないで石川を帰し
てしまうよりは、よっぽどマシだ。後藤は石川の返事を待った。少し経った後、石
川はそらしていた視線を再び後藤に合わせて、そして微笑んだ。初めて見る石川の
その表情に後藤は魅せられていた。呆けてる後藤に石川が、
「いいよ、見よう。」
「……あ、ありがとう。」
2人はそう交し合ったあと、夕日のほうを向いて、しばらくの間、その場を動かな
かった。
53log0076:2000/11/09(木) 23:55
更新です。
54名無し娘。:2000/11/10(金) 00:25
二人で夕日を見る
青春だな
55濡れ衣:2000/11/10(金) 00:34
不器用な後藤、いいね。
56log0076:2000/11/10(金) 23:25
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時間が経つにつれて、夕日が沈んでゆき、辺りも闇に包まれ始めてきた。そして、
夕日が海の彼方に消えた。暗い砂浜に打ち寄せる波の音だけが響いた。後藤が物惜
しそうに、
「……沈んじゃいましたね。」
「うん……。」
石川もどことなく寂しい感じに言った。
「……帰りましょうか。」
「うん……。」
そうして2人は砂浜をあとにして、海沿いの道路を歩き始めた。歩くたびに、2人
の、昼間の雨で濡れた砂浜の砂のついたビーチサンダルが、じゃりじゃりと音を立
てた。しばらくの間は、その音と、時折2人を通り越していく車の走る音しか聞こ
えなかった。2人は何も話すことなく、歩きつづけた。そして2人は、保田のいる
別荘へと続く小道の前に着いた。この小道を上り歩けば別荘だ。後藤は立ち止まっ
て、
「じゃあ、私はここで……。」
「うん……じゃあね。」
そっけない別れの言葉。背を向けて、数歩歩き出した石川に、後藤は、
「……あ、あのぉ!」
57log0076:2000/11/10(金) 23:26
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石川はすぐに振り返って、
「なぁに?」
鋭くて、それでいて真っ直ぐな石川の視線。少し離れていても、なぜかその視線に
緊張してしまう。後藤は、一息吸って、
「夕日、一緒に見てくれて…ありがとう。嬉しかった…よ。」
一瞬迷ったが、後藤は敬語を使うのをやめた。後藤の言葉を受けて、石川は、
「そう。 ……今度、もう一回見ようか?」
「!」
思ってもいなかった石川の言葉に、後藤はハッとした表情になって固まった。少し
して唇が震えた。もちろん怖いのではない。嬉しくて、だ。後藤は震える唇を、軽
くかんで、
「うん!」
満面の笑みで、そう答えた。石川はそれに頷いて、
「それじゃ、またね。」
小さく手を振って、歩き出し、闇の中へと消えていった。後藤も石川が見えなくな
るまで手を振った。石川の姿が視界から消えて、後藤は手を下ろして、満足げの表
情で別荘へと帰っていった。

「圭ちゃん、ただいまぁ〜!」
後藤がそう言って、砂で汚れた足を拭いていると、奥からエプロン姿の保田が来て、
「おう、お帰り。ゴハンちょうど出来たところだから。」
「うん。」
後藤は鼻歌混じりに足を拭いた。