1 :
作者代理:
やけに明るかった朝日のせいだろうか。目の前の光景は全て、現実感を
喪失して見えた。隊列を組み、山荘を取り囲む無数の制服警官。銀色の盾
をかざすその最前列には、私服の刑事が数人混ざっていた。
‥まるで、テレビ。
くるくる回るパトカーのサイレンを、身を隠すことも忘れぼんやりと見つ
める私の姿に気付いたのだろう。拡声器を通してひび割れた声が窓越しに
響いた。
「犯人達に、告ぐ。無駄な抵抗はやめて、おとなしく出て来なさい。繰り
返す。無駄な抵抗は、やめて、-------------。」
私はゆっくりと窓から離れて、手の中の拳銃に目を落とした。黒い鉄の塊
は、しばらく握っていた私の体温のためにぬるく温まり、そして、ずっし
りと重い。もはや、これまで。吹き出してしまいそうなくらい手に馴染んだ
その拳銃を、私は再び握りしめた。
◇◇
2 :
作者代理:2000/10/26(木) 21:04
3 :
2−1:2000/10/26(木) 21:05
あの人を殺した事、後悔はしていません。15年もの間、家族として私を育
ててくれたという事実を考えると、混乱して息が苦しくなりますが、やはり
あの人はそれだけの事を私にしたのだと思います。
その瞬間の事はあんまり覚えていないんです。あの日は私、家にいて、ずっ
と受験の勉強をしていました。志望していた女子校は随分人気の高いところ
でしたし、先生がたは楽観なさってるようでしたけど、だからと言って手を
抜くということでもありませんから。
昼食をとってすぐ、でしたから、多分2時頃だったと思います。父から電話
がありました。電話を取ったのは私ではなく、昔から来て頂いているお手伝
いの女性です。鈴木さんという方で、生きていれば多分母と同じくらいの年
齢だったと思います。世話好きで、少しだけお節介なところもありましたけ
ど、人のよいほがらかな方で、私は好きでした。
食後に少し休憩を取った私は、部屋に戻って再び机に向かいました。午前中
にやり残していた英語の長文を終えたところで、電話の鳴る音が聞こえたの
ですが、いつも鈴木さんが応対してくれていたので、構わず問題集を進めた
んです。
しばらくすると部屋のドアをノックして鈴木さんがやってきました。いつも
どおりの、人なつこい笑顔を浮かべて。
「梨華さん、お父様は今日、お早めに帰られるそうですよ。」
ついでに運んできた冷たい飲み物を机の横に置きながら鈴木さんは言いました。
これもまた普段の通り、どこか弾んでいるような口調でした。
お父様が帰ってくる--------。私はお腹の中に大きな鉄の塊を呑みこんだような
気分になりました。あの人は、父はいつもおかしかったわけではありません。
普段の日は帰りが遅く、同じ家で暮らしていても週の大半は顔を合わさない事
のほうが多かったんです。ただ、月に一度か二度、早い時間に帰宅する日があ
りました。そしてそういう日には必ず‥。以前、どうしても嫌で一度理由をつ
けて外泊してみたこともありましたが、そうすると父の機嫌は悪くなって行為
は次の日一日中に及びました。学校はむりやり休まされました。
「そう‥。」
ぼんやりしている私を不審げに見る鈴木さんの視線に気付いて私は慌てて返事
をしました。
「どうかしました?顔色が少し悪いみたいですけど‥。」
「いいえ、大丈夫です。最近ずっと勉強してたから。そう見えるだけですよ。」
「そうですか、気を付けて下さいね。じゃ、お父様が帰ってらっしゃるのです
から。いつものように早く上がりますね。お父様もおっしゃってたけど、やっ
ぱり親子水入らずの方がいいものね。」
鈴木さんの口調には、飽くまで邪気と言うものがありません。彼女は何も知ら
ないのです。
「‥ええ。」
私は曖昧に笑ってそう答えました。
手早く夕食の支度を済ませた鈴木さんが帰って行ってから、父の帰宅までには
まだ少し時間がありました。なんだか急に疲れた私が勉強をやめてベッドに腰
掛けると、ふと、彼女の事が頭に浮かびました。
あの夏の日、私が家を飛び出して以来、彼女とは口を聞いていません。今はもう
冬休みで、庭の木々は寒そうにすっかり葉を落としています。この4ヶ月間、
彼女は学校で顔を合わす度に何度か話しかけて来たけれど、私はそれを拒否
し続けました。携帯を新しいのに変えて、家の電話も鈴木さんに協力してもら
って‥。
初めて会った時、入学式に遅刻して、雨の中体育館の入り口でひとり佇んでい
たひとみちゃん。当時はまだ私より背も低くて、少し頼りなげだったけれど。
あの時の事を思い出すと自然に顔が微笑んでしまいます。なんだかかわいい。
今となってはあんなに頼れるひとみちゃんなのに、まだ子供だったんだなあって。
中澤先生のはからいで再び彼女と顔を合わせて以来、私達はすぐに親しくなり
ました。彼女は太陽みたいな人。明るくて、素朴で。そして、強い。年下でも、
もともと頭も良かった彼女に私が心を許すようになるまで、それ程時間はかか
りませんでした。
あの日、ひとみちゃんが私に、好きだと言ってくれた日、同性の彼女からの
告白はそれほど不快でもありませんでした。むしろ嬉しかったんです。今考え
ると、私はあの時すでにひとみちゃんと同じ気持ちだったのかもしれません。
でもそれ以上に、彼女に全てを知られていたという事のほうがショックでした。
数年続いていた私と父の忌まわしい関係、そしてそれに巻き込んでしまった
中澤先生との事実‥。
私は自分が他の女の子のように誰かを好きになったりしてはいけないのだと思っ
ていました。皆が持つ、そういう権利を私だけは持っていない。私は汚れてい
るから、そう思っていたんです。何度も言うようですが、ひとみちゃんは太陽
のような人です。健全な彼女を、これ以上私に関わらせたくなかった。ひとみ
ちゃんまで巻き込んでしまうのが、本当に怖かったんです。だから私は彼女を
避けるようになりました。
なにげなく見上げた窓の向こうには、冬の午後の太陽が優しく輝いているのが
見えました。少し傾いたその陽光は弱く、けれど確実に全てを包み込みます。
まるで柔らかいパウダーのような日射しの下では何もかもが例外なくトーン
を落とし、その漂白された風景はとても切なく私の胸に迫りました。冬の冷たい
大気のせいで、随分遠くの景色までもはっきりと見渡すことができたんです。
そしてその時、私は自覚してしまった。考えないように考えないように、気づく
事を無意識のうちにためらって、胸の奥深くに追いやっていた自分自信の本当の
気持ち。
いつの間にか私の両目からはぽろぽろと涙がこぼれ落ちていました。ひりひり
と焼け付くような喉と胸の痛みに気が付いて息を吐き出すと、温かく湿った嗚咽
と共に彼女の名前を発音する自分の声が、震える空気を伝って私の耳へと届き
ました。
あまりにもいっぱい涙が出てくるので、景色はもう見えなくなっていましたが、
窓のガラスを透過して部屋に入り込んで来る光が、さらに優しく私の頬を照ら
し続けている事がはっきりと感じられました。ひとみちゃんが好き。この時もし、
私がこの気持ちに気づくことがなかったら、私はあの人を殺していなかったのか
も知れません。
重い玄関を開ける暗い音が遠くで響いて、あの人が帰ってきたのがわかりました。
靴を脱いで‥。きっと私を探しているのでしょう、ずいぶん古くなっていた廊下
をぎしぎしと音を立てて徘徊する足音が、階上の私の部屋まで聞こえました。居間
と応接室を覗いた後にあの人は階段を上がって、今から数分と経たないうちに今度
は私の部屋へとやってくる‥。それはいつものパターンでした。あの人の立てる
いかにも陰鬱な足音をじっとして聞いていると、恐怖と緊張で私はいつも押し潰さ
れそうになるんです。それが分かっていたので、私はベッドから身を起こして、だ
いぶ収まっていた涙を指先で軽く拭いました。
10 :
2−2:2000/10/26(木) 21:10
やがてドアのノブが無機質な音を立て、部屋の扉がゆっくりと開き
ました。ドアの開閉なんてありふれた、ひどく日常的な光景のはず
なんです。けれどあの人の手によって開く時に限って、やけにゆっ
くりとまるでスローモーションのように私には映るのでした。
「梨華‥。」
ノブを掴んだまま、身体に絡み付くような声で呼ぶあの人の声。完全
には開き切っていないドアの陰に隠れて、その横顔はあまりよく見え
ませんでした。
「寝室に‥、来なさい‥。」
「はい‥。」
私の返事を確認した後、ひと呼吸置くようにしてから、何も言わずあの
人は去って行きました。重い気持ちで立ち上がった時に深く吐き出した
私の息が、切れ切れに震えているのが自分でもわかりました。無駄な事
とは解っていましたが、それでも私は部屋を出る前に乱れた衣服を少し
整えました。
あの人の寝室、正しく言えば以前はあの人と母のものだった家の主寝室
に入って、しばらく経ったところから私の記憶は途切れています。どう
しても、思い出す事ができないんです。
「脱ぎなさい‥。」
あの人の言葉に刃向かう事に、私はとっくに疲れていました。そんな事
するだけ無駄なんだっていう事は、とっくに解っていたんです。何も考
えない、何も感じない。黙って従う事がもっとも大事なことなのだと、
それまでの経験を通して私は知っていました。
何も言わず背を向けて、ひとつひとつボタンを外す私の肩のあたりに、や
がて生暖かい父の吐息を感じました。込み上げる嫌悪感を呑み込もうと反
射的に目を閉じると、首筋に熱い唇が押し当てられた‥。襲いかかる生理
的な拒絶に耐え切れず私の全身は粟立って腕にはひどい鳥肌が立ちました
が、あの人は気づいていたのかどうか。少なくとも私には一向に気にする
様子もないように思えました。
熱を帯びぬるぬると湿ったあの人の手が私の顎を掴み、不自然な姿勢の
まま後方にねじ上げるまで、私は私自身でした。まだ自分を抑制する事
が出来ていました。人形のように感情を殺して、時間が過ぎるのをただ
耐えてさえいれば済むことなんです。目をつぶって、じっと我慢して
いればすぐに終わる。それまでもそうして来ましたし、その日もそうする
つもりでした。
しかし。
あの時はそれができませんでした。無理に振り向いたその体勢が苦しくて、
思わず目を開いてしまったんです。私の視線のすぐ前には黄色く濁った父の
瞳が。その両眼は行為の最中において決して閉じられる事はなく、狂人的な
冷静さで全てを観察していたのでした。
「いやっ!」
思わず声を出してしまって、無我夢中で父を振り払いました。私の存在は
この人に冒されるためにあるんじゃない。私の唇はこの人とキスする為に
あるんじゃない。一度そう思ってしまうと、わき上がる気持ちを止める事
はできませんでした。私には好きな人がいるのに、世界中の全ては狂って
いる。その全てが憎くて仕方ない。なにもかも消えて欲しい。そんな感じ
でした。そこから先は覚えていません。混乱し暴走する思考の中、ふと部屋
の隅に彼女を見たような気がしたんですけど、それは幻覚のようでした。
しばらくの間(それが果たしてどのくらいの時間だったのか、はっきりと
はわかりません)、私はその場に座り込んでいたようです。肌寒さを覚えて
辺りを見回すと、大きなベッドの向こうにうつ伏せて倒れているあの人の右
足が見えました。次に目を落とした私の腕は裸で、手のひらは血にまみれて
いました。柱に凭れて座った、投げ出した私の足の側には、金属製の重たい
時計が。ベッドボードに置かれていたはずの、そのいかめしい飾り時計もまた、
私の手同様にべっとりと血に染まっていました。
14 :
2−3:2000/10/26(木) 21:14
何を いまさら。
ひとみちゃんには何度か謝まった事があります。私は彼女の人生を大きく狂わ
せてしまったんです。私とさえ関わり合わなければ彼女には普通の、いいえ、
優秀な彼女のことですから、きっと人並み以上の人生がその未来には待って
いたはずでした。私が、あの時助けを求めてしまったから‥。しかし彼女は
その度にからかうような笑顔を作って答えました。気に病む私を安心させよう
と、わざと冗談めかして本当にサラリと答えるんです。
私はなぜひとみちゃんに電話をしたんだろう、自分でもわかりません。あのひと
の呼吸が止まった後、自制を無くした私は、ガタガタと震える指でひとみちゃん
の番号へと電話を掛けたらしいのです。記憶は実際定かではないのですが、彼女
への送信を伝える履歴が部屋の隅に転がった父の携帯に残っていたので、きっと
事実なのでしょう。
それにしても‥、なぜ。
確かにあの時、私の心の中にはひとみちゃんが既に大きな存在となって確実に息
づいていました。大切な大切な存在でした。
でも。
だからこそ避けていたのに。巻き込んでしまう事を何よりも恐れていたはずなのに。
こういう場合には中澤先生の方が相応しかったはずでした(そういう考え方をする
私は卑怯です)。
中澤先生とは、新入生の私がテニス部へ見学に行った時に初めて会いました。4月
中旬にしてはなかなか日射しの強い午後でした。私の学校のテニスコートの周囲
には、防風用の背の高い木が数本植えてあったのですが、その葉陰をついて尚も
差し込む幾筋かの光が、きっと眩しかったのだと思います。中澤先生は両手をポケッ
トに入れたまま、不機嫌な様子で顔をしかめていました。
入部当初、新入生たちはその無愛想さを多少敬遠していました。それでも時間が経つ
に連れ、外見とは裏腹に悪意のない人だという事を知って、みんな親しみを感じるよ
うになっていったんです。当の本人はと言えば、私達の好意をわかっているのかいな
いのか、誰をひいきするでもなく、ごく公平に教師として一定の距離を保ちつつ生徒
に接しているようでした。
気紛れでマイペースなように見えて、実は皆に優しい中澤先生。分け隔てないその
公平さ、あるいは一種の無関心で生徒を差別することなどなかった中澤先生。その
中澤先生の興味を特別私が惹くようになったのは、一体いつからだったのでしょう。
もう覚えてはいません。気が付くと、先生は私に頻繁に声を掛けてくるようになって
いました。
表面上はなんとか体裁を保っていましたけど、あの頃の私の内面は、募る父への
不信感によって暗く沈みこんでいました。当時はまだ、父が体の関係を強要する
ようになる前だったのですが、それでも、露骨に性的な態度を示す間隔が以前よ
りも随分短くなってきていたので、常にそういう緊張に苛まれていたんです。
けれど、その事を相談できる相手は誰もいませんでした。周りの友人たちは物質的
に恵まれた私の境遇を単純に羨ましがり、純粋な瞳で私に笑いかけるのです。父親
は私以外の人の前で常に鷹揚な人間で通っていました。家で2人きりになることが
多かったお手伝いの鈴木さんは、これっぽっちの疑問も抱いていないのです。
私にしても、そんな尋常ではない事を他人に打ち明けるという発想自体がそもそも
浮かびませんでした。父親と2人の生活の中で、感情を抑え体面を整えることが
すっかり身に付いてしまっていた私です。内心の動揺を隠して、とりあえずそれまで
と変わらぬ態度を心掛けていました。
その私の嘘に誰よりも早く気が付いて、助け舟を出してくれたのが中澤先生です。
けれども私は、急激に近付いてきた彼女に初めのうちは警戒を解くことができま
せんでした。なにしろ必死に、一人きりでずっと隠し通してきた私の心の奥底だっ
たんです。悩みがあるのか、そう言って差しのべられる優しい手を、こわばる笑顔
でただひたすらに拒み続けました。キケン、キケン。心の中にいるもう一人の私が
そう警報を鳴らしていました。
しばらくの間、私達の間でそういうやりとりが繰り返されましたが、中澤先生は決
して諦めようとはしませんでした。
「何かあるんだったら言いや。力になったるで。」
笑顔を作ってはいてもそっけない私の態度に関わらず、いつでも笑ってそう言いま
した。
そして、あの日。父親によって、初めて体を開かされた日。
気の済んだ父が眠りについたことでやっと解放された私は、なかば放心して家を
出ました。汚らわしい家に汚らわしいあの人と2人きりでいる事が耐えられなか
ったんです。あの時は秋も随分深くなっていたのに、何も考えず家を飛び出した
私は上着を忘れていたんです。あてもなく歩き続けるうちに、やがて私は寒さに
身を震わせました。それほど遅い時間でもないのに街を行く人はまばらで、近く
の自動販売機だけが青白い光を放って、ブーンと低く唸っていました。
中澤先生の家へは、行こうと初めから決めていたわけじゃなくて、もくもくと足を
動かしている内に偶然近くまで行ってしまっていたんです。駅近くの商店街の裏側
にある大きくてこぎれいなマンションは、確かに見覚えがありました。以前に一度、
部のみんなと遊びに行ったことがあったんです。おぼろげな記憶をたどって頭上を
仰ぐと、先生の部屋らしき窓にはオレンジ色の明かりが点っていました。
19 :
2−4:2000/10/26(木) 21:17
それ以来私は、中澤先生に縋るようになっていったんです。先生のこと、好きだ
ったのかどうか自信はありません。私は一度ひとみちゃんに、中澤先生を恩人と
説明したことがありました。そう、恩人‥。中澤先生との行為は私を醜悪な現実
から連れ去り、遠い世界の彼方まで私を逃がしてくれました。めくるめく快感に
さらわれて、私の頭の中はいつだって真っ白になったんです。事に及ぶ最中、先生
はまず何よりも私を快楽で埋めつくそうと、それだけを一番に考えているようで
した。
中澤先生と私のこんな関係はやはり非難されるべきものですか。背徳、禁断。誰
もがそういう言葉で形容しますか。けれど当時の私には、あの何もかもを忘れさ
せてくれる、理性も品性もすっかり吹き飛ばしてくれる中澤先生との瞬間が、自分
を解放できる貴重な唯一の場所だったんです。望むがままにそれを与えてくれた
中澤先生には、本当に感謝しています。追い込むような愛撫によって私は一旦リ
セットされ、胸がやけるような現実を暮らすことができたんです。
バタン。
寝室のドアが勢い良く開き、その激しい音はあやふやな私の知覚でさえも感知す
ることができました。うつろな視線を彷徨わせた先には頬を赤く染めた彼女、息
で肩を弾ませたひとみちゃんが立っていました。ああ、今でも覚えています。
颯爽とした登場は、いつか母と見た舞台のよう。死んだ屋敷に吹き込んだ、暖か
で強い夏の風みたいだったんです。
「幻覚‥、また‥。」
私はその光景を俄に信じる事ができませんでした。あまりにも鮮烈すぎて‥。あ
の人を殺す直前に見た、例のまぼろしの続きだと思いました。見えるはずのない
ものをまた見ている。そんな私はもう壊れちゃったのかな‥。はっきりしない
意識の中でそんな事を考えていました。もしかしたら声にも出してしまっていた
かも知れません。
彼女は戸口に立ったまま、怯えたような、それでいて意志に満ちたような、そん
な表情でこっちを見ていました。それは本当はものすごく短い時間だったのかも
知れないのだけれど‥。私には壊れたビデオテープの、永遠に変わらない停止画
像のように思えました。規則正しく上下する息せき切った肩以外、手も足も全く
止まったままだったんです。普段と変わらず強く輝く瞳でさえ、瞬くことはなく
固まったままでした。ふふ‥。私は少し笑いました。どうせ幻覚なんだから、
少しくらい夢を見たっていいよね‥。
「ひとみちゃん、こっちに来て‥。」
心の中でそう願った瞬間、架空であるはずの彼女が意志を持って動き出しました。
硬い表情と力強い足取りが、幻想にしてはやけに現実味を帯びています。その姿
は生命の力であふれ、ますます混乱する私にどんどん近付いて、ついにその手を
私に伸ばしました。
ひとみちゃんはその時、何度か私の名前を呼んでいたそうですが、錯綜するイベ
ントを飲みこむことさえままならなかった私に、彼女の声は届きませんでした。
虚構と現実の判断が全く達成出来ていなかったんです。両肩にかけられたひとみ
ちゃんの手にガクガクと身体を揺さぶられるまま、目の前にある、けれど決して
像を結ばないひとみちゃんの顔を、ただぼんやりと眺めていました。
その時。いぜんぼやける私の視界がいっそう激しく滲み、次の瞬間、温かく柔ら
かい感触で私の唇がふちどられました。
「あ‥。」
私に触れているのは、確かにひとみちゃんの唇。ただ重ねるだけの、子供のよう
なキス。それはとても不器用だったけれど、そのぶんだけ真直ぐでした。
これは、私が待ちわびたもの‥。
ずっと。ずっと‥。
柔らかで激しいその衝撃によって、ばらばらに分散した私の思考が、まるで立ち上
がるクララのようにゆっくりとひとつにまとまったのを覚えています。かみ合った
意識のなかで最初に私が見たものは、ものすごく近いところにあるひとみちゃんの
顔でした。
目が覚めたのは夜中でした。
ひとみちゃんに会って急激に安堵した私は、あのあとすぐ彼女に倒れこみ、その
まま眠りこんだたらしいのです。身体を包む暖かい感触に少しだけ首を動かすと、
自室のベッドに寝かされていて、足元の床の上には座ったままのひとみちゃんが
ベッドに凭れがっくりと頭をたれていました。かすかな音で寝息をたてていまし
たが、少し前まで起きていたのか、電気がこうこうと点り、部屋の隅にあるTVは
控えめな音量で付け放されていました。
以上が第二部の転載分です。
第一部およびオリジナルの過去ログは
>>2から辿ってください。
25 :
作者:2000/10/26(木) 21:48
まさか。ここまでして頂いたなんて。
今、気がつきました。本当にありがとう。保田記念日!!!
こういう時勢ですので、これからは毎日少しずつ更新していきます。
しかし今日は氏に敬意を表し、やや多めに。
読んで下さってる方々、ありがとうございます。
またよろしくお願いします。
26 :
2-5:2000/10/26(木) 21:51
夢を見ていた。
鮮やかな緑の芝生の上で、みんな楽しく食事をする夢。華麗に装飾された鉄製の
白いテーブルと、それに組んだ硬いけれど座り心地の悪くない椅子。私の家族も
梨華の両親も、きらきらと輝く太陽のもと、おだやかに微笑んで白い皿から料理
を食べた。
「なんか。眠い‥。」
唇を離してしばらくの間、私の胸に凭れこむようにしていた梨華は、そう言って
瞳を閉じてしまった。父親を殺害した後、意識の混乱著しかった彼女だから、こ
のまま二度と目覚めなかったら‥、そう思って一瞬動揺したけれど、彼女の呼吸
は安らかで、私は信じることにした。とりあえず梨華をかついで、彼女の部屋の
ベッドへ運ぶ。大丈夫。梨華はかならず目を醒ます。
梨華をベッドに寝かせて喉の渇きを覚えたので、階下にある台所から勝手に水と
氷をもらった。裕福な家らしく、冷蔵庫にはさまざまな飲み物が並んでいて、選
択の幅がとても広かったのだけれど、なんとなく味のする物は嫌だった(冬では
あっても暖かい飲み物で私の喉は潤わない)。カラカラ音をたてるグラスを手に
再び梨華の部屋へと戻ったけれど、何も考えたくなかったし-----やっぱりそれは
不可能だったが----、とりあえずTVの電源を入れた。梨華を起こしてしまわないよ
う、音量は最小限に留める。これから梨華におこるだろう吐き気のしそうな出来
ごとのうち、当時の私が思いつくあらゆる事が想像され、胸が張り裂けそうに
感じた。
番組をぼんやりと眺めているうちに、私もいつしか眠ってしまっていたらしい。
凭れていたベッドから微かに伝わる振動に気が付いて慌てて頭を持ち上げると、
目を醒まし半身を起こした梨華と、まるで当然のように目が合った。
夢の中で梨華は私の隣に座り、向かって左が私の両親。右手には知らない筈の梨華
の母親と、さっき死んじゃった父親。彼に対して悪い印象しか持っていなかった筈
なのに、他同様、やけにやさしく笑っていたっけ。死んだら人は、皆善人になるん
だろうか。
正面の席で中澤先生が、白い笑顔で私を見ていた。その眼差しは慈愛に満ち、なに
か語りかけているようだったけれど、それは決して私に届くことはない。すると突然
彼女の隣のマキちゃんが私の皿からハムを一枚、手を伸ばしてさらって行った。
「りかっち‥。良かった。目、醒めて。」
ああ。さっき見ていた番組に、マキちゃんが出ていたんだっけ。
「ひとみちゃん、私‥。」
「うん‥。」
起き上がった梨華は静かな口調で私に訪ねた。どうやら全て自覚しているらしい。
それは果たして彼女にとって良いことなのか。私はただ頷くことしかできなかった。
「お父さんは、まだあの部屋‥?」
「‥うん。」
「そう‥。ひとみちゃんが、ここまで運んでくれたの?‥ありがとう。」
「‥ううん。」
梨華はひどく冷静だった。罪を認め、全てを精算するつもりだ。人生と、ひきかえに。
「迷惑かけて、ごめんね。もう、大丈夫だから‥。」
一言一言しっかりと、微笑みすら浮かべて梨華は話す。うつむいた横顔を見ていたら
鼻の奥がつーんとした。
そもそもさ、これは一体りかっちの罪?
捕まったらさ、彼女はそれからどうなるの?
「明日、自首する。」
「りかっち‥、」
「明日、自首するから。だから。今夜だけは‥、一緒に、」
「りかっち!!」
言葉を遮って大きな声を出した私に、梨華は驚いて顔を上げた。
「一緒に、逃げよう?」
え‥?
不思議そうな顔をして、梨華は私を見つめた。意味をつかみかねているのかいくらか
首を傾けている。目から涙が溢れてくるのを、私は止めることができなかった。
「一緒に、逃げようよ。」
沈黙が2人の間を流れてしばらく経った頃、肩を震わせたはずみに切れ切れの息が
私の口から漏れた。自然と落とした視線を戻すと、梨華は怒ったような怖い顔をし
ている。それすら、かなしい。
「何‥、言ってるの?」
全てをその華奢な身体に引き受け、たった一人針山で笑い続けてきたのだ。彼女は。
「自分が言ってる事、解ってるわけ‥?」
そしてこれからも。その覚悟を痛いほど感じて、私は途方に暮れた。
ねえ、私じゃだめ?私と一緒じゃ嫌?
しゃくり上げながら立ち上がった私は、そのまま梨華に近付いて思わず彼女を抱き
しめていた。なかば、縋り付くように。顔を埋めた肩口からは、ほのかな梨華の清潔
な匂いがした。
「やめてよ‥、どうかしてる。」
「本気だよ。夜が終わったら、死体、埋めよう?」
いつまで逃げ切れるかわからない。ただ、彼女と今離れたくなかった。
再開おめでとうございます。
今度こそ、消されてなるものか!sage
良かった。再開。
sage sage!!
日付変更sage。
ラストに向けて頑張れ作者。sage。
防止さげ。
応援sage
sage!!!!! ゆっくりでいいです。がんばってください。
>>38 どうせならもうちょっと我慢して日付が変わってからの方がいいと思う。
40 :
名無し娘。:2000/10/28(土) 01:56
確かにね・・・。
41 :
2ー7:2000/10/28(土) 05:00
夜が明けるのを待って、私達は死体を運び出した。梨華の家は広大で敷地も広い。
早朝であることも手伝って、他人の目を気にする必要はそれ程なかったのだけれど、
万一のための用心と、それから死者である父親への畏怖の感情から死体には厚手の
布を被せた。じかに触るのはやっぱり気味が悪かった。
成人男性の体重は重く、私達2人では持ち上げることができない。仕方がないので私
が右肩、梨華が左肩を持ってずるずるとひきずることにした。ずいぶん長いことひき
ずっって、腰と腕がだんだん痺れてきた頃、私達は裏庭に桜の木をみつけた。ふんだ
んに養分を含んだ根元の土は黒ぐろと湿り、柔らかくいかにも掘りやすそうだ。
空が白むまでの間、梨華の部屋で私達はたいした言葉を交わさず過ごした。梨華が意識
を取り戻し、それからすぐ私が浅い眠りから醒めたのがだいたい夜中の2時頃。私は
ベッドの、梨華の脇に座り、ずっと彼女の手を握っていた。梨華は私の肩に凭れてし
ばらく起きていたのだけれど、相当疲れているのか、また少し眠ってしまった。
それからしばらく、私は両親のことを考えていた。私がいなくなったら、彼等は大騒
ぎするだろう。穏やかで物知りな父と明るくたくましい母親。叱られたりするのは
しょっちゅうだったし、時に大げんかもしたけれど、結局いつだって一番の理解者で、
無条件に守ってくれた。その私は家族を捨てる。梨華には誰もいないのだ。
「友達の家に泊まるから。」
先程、正確に言えば昨日、電話を入れた時のぶつぶつと小言を言う母の声が思い出さ
れた。
「まったく、あんたは奔放なんだから。今日はお鍋だったのよ。人数分用意しちゃった
じゃない、もう。」
ごめんねお母さん。さようなら。
一時間程で全作業はあっけなく終了し、掘り返した土を元通りにならして仕上げに足
で踏み固めながら、私は頭上の木を見上げた。冬の朝の寒さは本来厳しいはずだけれ
ど、私も梨華も体を動かしていたから、それはほとんど気にならない。うっすらと汗
ばんだ体から吐き出される息だけが白かった。
これでこの桜の木も、根元の死体の血を吸って、さらに美しい花をつけるだろう。
薄い霜をまとった幹をぼんやりと眺めていたら、梨華が無言で横に来て、私の手を
つないだ。
保全です
このスレッドだけは何としても。
何度もスマナイ。
かなしい
昼過ぎまでかけて、私達は出発の準備をした。梨華は何も言わなかったが、ため
らっている様子が明らかに見て取れたので、殺害現場の寝室は私が一人で始末し
た。私はまず床に転がった金メッキの飾り時計を丁寧に布で拭い、元のベッド
ボードへ置き直した。父親が倒れていた辺りには血液が多量付着していた。いく
ら拭いても染みがきえなかったので、私は大きなベッドを一人で動かし、なんと
か不自然に見えないよう注意を払って隠した。その間梨華は鈴木さんに電話を入
れ、今日は休んでもらったようだ。
屋敷の庭には、死体をひきずって出来た跡が、まるでどこまでも続く線路のよう
に伸びていた。それをホウキで消し終わって私が居間へ戻ると、ソファには背筋
を伸ばした梨華が小さめのボストンバッグを前にやけに姿勢良く座っていた。
「終わったよ。ソレ、着替え?」
バッグについて訪ねる私に梨華は首を振り、無言でファスナーを開けた。
「ぉおー‥。」
思わず私はため息をついた。中味はなんとぎっしりと詰め込まれた一万円札の束
だったのだ。かつて、これほどの大金をナマで見たことはない。一体いくらある
のか、私には見当もつかなかった。
↑
2−8
逃避行か・・。やっぱすげーかなしいよ。
日付変更sage
kakuninn.
53 :
2−9:2000/10/29(日) 16:32
「うちのお父さんね。裏のお金を、しばらく家に置いておく習慣があったの。
もらってすぐ口座に振り込むと、何かと嗅ぎ回られるからって‥。これは、
この間の高速道路建設で、落札した業者から貰ったお金。全部で6千万。何
かと便宜を計ったらしいの‥。」
目を伏せながら、何事か恥じらうように梨華は話した。
「私は、お金のありかを知っていた。一度父が、酔って私を抱いた時に、私
に話したの。『今日は儲った。』って‥。お父さんはもともとボンボンで、
お金に不自由したことがないから、それほど執着はなかったのかも‥。だって、
いくら身内だからって、私に話してしまうんだもの‥。」
たんたんとした梨華の言葉だけれど、私は複雑な気分だ。お金はともかく、父
親との関係が、私の心に波を立てる。
「そう。」
なんでもないような顔をして私は答えたが、内心複雑だった。嫉妬じみた感情
にまかせて、このまま梨華を奪ってやりたい、そういう衝動にかられたが、私
にはできなかった。この年にして梨華は性を知っているのだ。それも、普通以
上に。そんな彼女に釣り合う自信がなかった。なにげない自分のひとことがこ
んなにも他人を動揺させるなんて、一体梨華は気づいているのだろうか。私は
ジェントルだ。や、単に臆病なだけか。
「闇のお金だし、秘書の人たちもそれほど騒がないと思うの‥。だいたい
隠し場所自体、父を除いたら私しか知らないんだし‥。」
「そう。じゃあ、それを持って行こう。そしたら着替えとか、べつに要らない
よね。身軽でいいかも。」
「だよね。」
梨華はなにか吹っ切れたようだ。ここまで来たのだ。行くしかない。
念のため
昨日から何も食べていなかった私達は急に空腹を覚えた。冷蔵庫には鈴木さん
が用意した昨夜の夕食が手付かずで残っていたので、2人してそれをたいらげ
た。私も梨華も笑える程すごい食欲で、鍋いっぱいにあったビーフシチューが
8割方なくなった程だ。
その時付けていたTVにも人気絶頂かつ出ずっぱりのマキちゃんは出ていて、
『人類みなごろし〜。』
なんてカッコイイことを言っていた。
満腹になった私達はしばらく居間で休み、札束をバッグからリュックサックに
詰め替えて(このほうが持ち運びに便利だ)まるで旅行にでも出かけるように
家をでた。人目に付かないよう夜を待つことも考えたが、遅い時間に子供2人
でウロウロしているほうがよっぽど目立つ。そんな結論に達して、まっぴるま
から出発したのだ。それにしても梨華には笑った。家を出てすぐ、近所のおば
さんに出くわしたのだけれど、普通にそれも例の優等生ちっくな笑顔で、
「こんにちはー。」
なんて言っているのだもの。怖いものだ。習慣とは。
3時を少しまわった頃、私たちは駅に着き、主都行きの列車を待っていた。この
小さな私の町から、大都会へと向かう列車は日に数えるほどしかない。次の発車
までには、まだかなりの時間があった。
「ねえ、りかっち‥。電話、かけたほうがいいと思う。中澤先生に‥。」
すると梨華は視線を外した。
「うん‥。かけなきゃ。って、思ってた‥。」
左肩に提げた女の子らしいバッグから、梨華は携帯電話を取り出し、ゆっくりと
した動作で中澤のメモリーを呼び出した。
「もしもし、先生?石川です。」
つながったようだ。特徴ある中澤の独特な声が、ごく部分的ではあるけれど私の
耳にも届いた。晴れた冬の午後、駅のホームに人はまばらだ。宣伝用の白いセス
ナが微かなエンジン音を立て、遥か上空を飛び回っていた。
うん‥。うん‥、先生、ありがとね。
え?別にイキナリじゃないよ?ただなんとなく言いたくなっただけ。
ふふ‥。先生は今、何してるの?
え、そうじ?
ああ、大掃除‥。うん、今年ももうすぐ終わるね。
え‥?うん‥、私、片付けるのけっこう得意だよ。
今度行ってあげる。片付けてあげるね。ふふ‥。
‥あ、今ね、ひとみちゃんと一緒なの。
うん、よっすぃー。そう。ちょっと代わるね。
「もしもし。」
おー、よっすぃー。元気?部活がんばっとる?
「はい。」
なーんやオマエー、いつの間にリカちゃんと仲直りしたんよ〜?やめてやー。
ゆうちゃんのおらんところでそんなんしたらあかん。
断わり入れえやー、マジでよう。
「はは。おかげさまで。」
なんなん、あんたら、今どこにおるん?
「今?今は駅。」
どっかでかけんの?アラ、楽しそうやね。
「まあね。」
おー、ええなー。楽しんで来ぃやー。
「はい。」
ほな、また来年ね。
「はい、また新学期に。じゃ、りかっちに代わります。」
またね、先生。
少しだけ話をして最期にそう言った梨華は電話を切り、手の中の携帯をそっと私
に差し出した。細い手が震えていたのは決して私の幻覚じゃない。
「これ‥。」
「うん‥。」
頷いた私はコートのポケットを探り、2つの携帯を取り出した。ひとつは自分の。
もう一つは、梨華の家の寝室から私が拾っておいた彼女の父の携帯電話。梨華の
ものと合わせ、計3つの携帯が私の手のなかにはあった。しばらくじっと見つめ
た後、私達はホームを歩き、設置されたごみ箱へとそれらを捨てた。プラスチッ
クの箱の底からくぐもった音が地味にひびき、うつむいた梨華は黙ったままで私
も顔を上げられなかった。
さようなら中澤先生。もう会わない。
第2部 終わり
読んで下さった方ありがとうございました。
2、3日更新を休みます。
お疲れさまです。
sage
第3部もここでやるんですよね?
sage
3日後に会いましょう
保全下げです
警報発令中なので不躾ですが保全させて頂きます。
期待sage。
ゆっくり頑張って下さい。
「ああ見えて、相当な曲者。近付かないほうがいいよ。」
カウンターの隅にひとりぼっちで座る彼女を一瞥した矢口さんは冷たく、
そして無関心に言った。ゆっくりと穏やかだけれど、どこか本能を刺激
するような、ループされた音楽が薄暗い室内を満たす。決して満員にな
ることのないこの店では様々な種類の煙が吐き出されて、甘美な芳香を放
つまでに充満しきったその粒子は、既に空間を構成する大気となって私達
を優しく包む。集まった客は全て、いかにも優雅に退屈をもてあました。
矢口さんはいわゆる、「持つ」側の人間だ。私達と年齢もたいして違わず
驚くほど小顔な彼女は、その歳にして多くの物を所有していた。新興では
あるが不況においても勢いの衰えない数少ない企業を経営する家に生まれ、
持てる者の余裕に由来する人なつこくてこだわらない性格が、若くして驚
異的な人脈をその周囲に集めた。出自が良いという点で梨華も決して劣って
はいないのだけれど、梨華にはない矢口さんの屈託のなさ、あるいはその
気紛れさは、あらゆる面で完璧に飽和した日々の生活からくるものだった。
主都の玄関口となる巨大な駅に到着した私達は、金銭に余裕があるのでし
ばらくはホテルに暮らしていた。それ程高級でもないかわりに清潔でさっ
ぱりとしたホテルでは、個人情報の偽造など容易いことだった(そうは言
っても私はやっぱりビクついていた。しかし他でもない梨華がこういう事
には慣れていたのだ)。
翌朝買った新聞に私達の事件が小さく報道された。その規模、または記事
からすると桜の根元に埋まった死体は発見されていないらしい。警察はま
だ殺人事件とは断定せず、『事件に巻き込まれた可能性』というくだりが
文章の最後に添えられていた。もっともそれが時間の問題だと言うことは
だれよりも私達がいちばん理解していたのだけれど。
ホテル側から怪しまれないよう、しばしば外出はしていたが、それでも
だいぶ籠り気味だった生活に私達はとうとう倦み、思い立って遊びに出掛
けた。環状に運行する路線で繁華街に出た私達は、買い物をしたいと言う
梨華の提案で筒型に設計されたショッピングモールに入った。すでに地域
のランドマークと化したその建物には、いまや絶滅と思われたいでたちの
女子がどこからともなく集まり、そのひしめきあう具合はまさにカナリア
の群舞と言えた。
「痛ッ!」
あっけにとられしばらく呆然としていた私は、突然真横であがった梨華の
悲鳴に、ようやく自我を取り戻した。梨華は身体を傾けながらしきりに顔
を顰めていて、とっさに落とした視線の先には飛び抜けて立派な厚底が
威風堂々と聳えていた。
「あ、ごめんね!」
本人にそのつもりがなくても、常に笑いを含んだような、ハイトーンなその
口調。巨人・矢口真理との出会いはそんなものだった。
矢口さんの後輩の、その先輩だかが経営するこの店で私達は働くようにな
った。同情すべき家出少女2人と私達を見たのか(いや決して間違ってい
るわけでもないか)、矢口さんは私達が店の2階に住めるよう先輩だか後輩
だかに頼んでくれた。
それから2ヶ月程が経ち、環境に慣れた私達の興味は次第に常連客へと移って
行った。
享楽的。まるで阿片窟のような、溶け出した自我が世界と混ざり合う事を
至上とする集団の中で、その存在は異彩を放った。
「なんか、ヤバイ関係のパトロンとかいるらしいよ。」
人指し指で頬に傷をつくって見せる、見慣れたジェスチャーをして矢口さん
は付け加えた。脇に座る梨華は驚いて眉を寄せた。
きりりと結んだ口元と、生真面目に顎を引いた姿は、厭世的な瞳と相まって
意志の存在を強調する。端正な少女人形のような、多分に純潔の面影を残す
彼女の可憐な容貌をそれがいっそう際立たせていた。
「でも、あの人。すごいかわいい‥。」
「見た目はね。」
梨華はため息をついたが矢口さんは相変わらず興味が無さそう。
「あの人、名前なんて言うんですか。」
最小限に絞ったネオン管の曖昧な光源に浮かび上がる横顔を私はぼんやり
と眺めた。
「安倍なつみ。」
飲みかけのドリンクから氷をひとつ口にいれ、矢口さんはつまらなそうに
答えた。
第三部始まったんすね。
期待sage
矢口と安倍登場に感動sage
始まったです
のんびりな学園生活から一転・・。とにかく、sage
更新下げです
79 :
名無し娘。:2000/11/07(火) 17:37
hozen
保全下げです
いい仕事してるね
ふむ。
保田ってでてくるかな?
ここではおおむね、一日は午過ぎに始まった。太陽が軌道を昇りつめてしば
らく経った頃、私と梨華は目を醒ます。表の通りから聞こえて来るのは、活気
に満ちた昼間の音。健全な喧騒は夜毎開かれる密やかな饗宴をまるで嘘のよう
に覆い隠した。
部屋の南側、くわしく言えば南東の方角には大きな窓があった。その窓から
は少し先の高架道路が、ビルの谷間を縫って見える。昼間、道路は慢性的に
渋滞し、夥しい数の車両が列をなしのろのろと徐行した。まき散らされる
排ガスと騒音は付近の住民の間で一時期問題視されたようだけれど、建設から
十数年経った今、人々は諦め関心を失ったようだ。
午後8時に開く店は真夜中過ぎにたいして大きくもないピークを迎え、翌朝4
時頃客が引き上げ切ったところで営業を終える。几帳面な梨華をキャッシャー
に指名したオーナーは、背が高く体力のある私をフロアにまわした。仕事を始
めてまだ日も浅い頃、それ程忙しくないとは言え、現金とそしてカードも扱う
梨華は何かと覚える事も多く面倒そうだったけれど、もともと優等生な彼女は
聡明で物覚えが良い。一月も経った頃には全てをそつなくこなすようになり、
時々知ったような顔で売り上げをどうこう言っては、聞いている私を愉快な
気分にさせた。
この店にダンスフロアはない。壁で仕切られた一画にビリヤード台があったけ
れど、その白くて硬い光ですらここでは人を集めない。フロアに間隔を開けて
置かれたソファやら椅子やらにそれぞれ腰を下ろし、人々はつかの間の夜の夢
を過ごすのだった。
音楽と、囁き合う人の声。境界をなくしたそれらはいつしか暗い胎動に変わり、
人々は好んでそれを受け入れる。甘い闇に憑かれ自我を融合させた人々。テー
ブルの間を足取りも軽やかに私はアルコールを運び、梨華はもくもくと金を数
える。安倍なつみに関する良い噂はほとんど聞かなかった。
店を開けて間もない時間、梨華はレジで現金を数えていた。昨晩のラスト時と
金額が合わないようだ。
矢口さん今日は来るのかな。
そんな事を考えながら客の少ないフロアで退屈していると、奥のソファに陣取
ったギャル風の2人連れから、メソメソとすすり泣く声が聞こえた。
「で、アンタは結局どうしたいの?振ったんでしょ?」
「‥。振ったよ?あたしだってプライドあるもん‥。」
どうやらコイバナだ。硬そうな灰色の髪に銀のメッシュを入れた方がしきりに
鼻をすすっている。恋人と別れたばかりらしい。その友人なのか、脇には痛ん
だ茶髪と黄緑色のセーターが特徴的な女性が座り、しきりに連れを慰めていた。
「ほんと、許せないよね。次々と人のオトコにちょっかいかけてさ。
今までウチらの仲間何人やられてると思ってんの?」
憤まんやる方ない、そんな素振りで吐き捨てた聞き役が目の前のドリンクを
ぐいと掴んで一気にあおった。
「ひとみちゃん。」
ニヤニヤしながら聞き耳を立てていると、梨華がレジカウンターから呼んだ。
「どうしたの?なんかニヤニヤしてる‥。」
駆け寄ると梨華は怪訝そうに眉をしかめた。
「奥にいる2人、なんか恋人とうまくいってないみたいで。
おもしろいからちょっと立ち聞きしてた。」
すると梨華は小さくため息をつき、上目遣いに私をにらんだ。
「もう。やめなよ。下品。」
相変わらず几帳面だ。そう思ってさらに頬をゆるませていると、帳簿を閉じた
梨華は小さな封筒を手渡した。
「これ、昨日の分のチップ。
ひとみちゃんの分、ちょっと少なかったみたい。ごめんね。」
「ああ、だから合わなかったんだ、金額。てゆうかりかっちが持ってて
良かったのに。どうせ一緒に住んでるんだしさ。」
「うん‥。まあね。でもそこはキチンとしようと思って。」
レジスターの椅子はそれほど低くもないが、それでも立っている私の視線のほう
が梨華よりも少し高い。目を伏せ、テーブルに肘をついた梨華を見下ろす格好
の私だったが、生え際の整った彼女の額はいかにも生真面目だ。それがやけに
可愛らしく見えて、私はまた笑った。
11時を過ぎた頃から店は次第に混みだし、私も梨華もそれぞれ仕事に没頭し
ていた。その日、矢口さんは普段より早く顔を出し、先に集まっていた常連客
と中央のソファへ座った。彼等は決して学校などの友人ではなく、この店また
は街で矢口さんが知り合った男女だ。あくまでもそれだけの付き合いで、プラ
イベートの知り合いを矢口さんがここへ連れてくることはなかった。
オーダーされたドリンクを矢口さん達のテーブルに運ぶと、その中の一人が
しこたま酔っているらしく、テーブルの上にグラスを倒した。見れば全員顔を
赤くし、相当できあがっているようだ。それはテーブルに置かれたグラスの数
からも容易に想像できたが、その中でひとり矢口さんはお酒に随分強いのか、
それともコントロールしているのか、ともかく非常に冷静で、ビールを被った
男のコのじっとりと濡れたジーンズをハンカチで拭ってやっていた。
「大丈夫ですか?」
甲斐甲斐しい素振りで介抱を続ける矢口さんに私が声をかけると、矢口さんは
顔を上げ、剽軽に片目をつぶって見せた。
「ごめ〜ん、よっすぃー。悪いけど、雑巾持ってきてあげてくれる?
ちょっとハンカチじゃ足りないみたい。」
「はい。」
一目見て高価とわかる濃紺のハンカチがアルコールを吸ってべっとりと濡れていた。
「悪いねー。」
「いえ。」
そう言って踵を返した私が他に要るものはあるだろうか、そう思ってもう一度
テーブルを振り返ると今しがた人なつこくおどけてみせた矢口さんの表情から
笑みが消えていた。
トイレへと続く通路に、用具入れのロッカーはひっそりと置かれていた。隔離
された通路は白いライトの下、ある種独立して浮かび上がり、フロアでは極め
て有機的に広がる音楽も、ここではやけに遠く、乾いて聞こえる。従業員も客
も熱に浮かされた自我をこの通路では一瞬取り戻すのだった。
一息つくのも束の間、バケツと雑巾を手にフロアへと引き返す私の横を一人の
客が通り抜けた。ギャル。派手な服装と裏腹に表情は悲痛で顔は俯いている。
ああ、さっきの人だ。
先程店がまだ混み出す前、男の話をしていた2人連れの、その彼氏と別れた方。
すぐに思い出して興味を覚えたが私は振り返らなかった。早く持って行かなけ
ればいけないのだから。雑巾を。
「あー、よっすぃ−。」
急いで戻った私は矢口さんのテーブルへ早足で近付いた。矢口さんの表情には
いつもと同じ明るい笑顔が、再び浮かんでいた。
「お待たせしました。」
「サンキュー。」
先程見た矢口さんの表情に少しだけ違和感のようなものを感じたが、それを
考えている暇はその時無かった。矢口さんが自ら雑巾を持って床を拭こうと
したのだ。常連とは言え、流石に客にやらせるわけにはいかない。それは私
の仕事だ。
「あ、私がやりますから‥。」
遠慮する矢口さんからなかば強引に私は雑巾を受け取り、テーブルの下に跪
いた。矢口さんの厚底はいつみても立派だ。
その場を片付け終えた私は、もう一度通路に戻った。使用した物をロッカー
に戻す為だ。しばらく下を向いてかがみ込んでいたからか、頭がクラクラし、
少し汗もかいたようだ。私は一息いれようと体を壁に凭せかけた。フロアより
も1、2度低く感じられる通路の空気は、ひんやりとして心地よい。
誰もいない通路で壁に凭れたまま、私はぼんやりと天井を見つめていたが、
しばらくすると奥のトイレから「がたん」と物音が響いた。
「なに?」
いかにも不審だ。
そろそろ一日の疲労がたまりつつある体を、弾みをつけるようにして壁から
離した。
人の気配がしたのは女子トイレの方。少し様子を伺ってから、えい。とドア
を開けると、果たしてそこにいたのは安倍さんだった。
「あ、来てたんだ‥。気付かなかった。」
そう思った直後他に2人、女のコの姿も目に入った。見覚えのある2人は一瞬
固まっていたけれど、私が視線を向けると気まずそうに顔を見合わせた。
安倍さんは鏡を背に追い詰められるような格好で立ち、その正面に例の、さっき
コイバナをしていた2人連れ。先程振られた方の彼女とは通路ですれ違ったが、
あの時もう一人は安倍さんを呼びつけに行ってたんだろう。そして2対1で
(だいぶ一方的な)ケンカ。おおかたそんなところか。安倍さんは醒めた顔をし
て、ずっと口をつぐんでいる。
私が一歩、足を踏み出すと、2人のうち慰め役の方が動揺した声を出した。
「‥従業員が何の用?」
「あ。ちょっと手を洗いに。」
実際私の手は、先程矢口さんのテーブルを掃除したので、ベトついて気持ちが
悪かった。答えながらちらりと安倍さんに目をやると、彼女は下を向いたまま
微かに笑いを堪えていた。
あからさまに訝しさを表情に出す素直な2人組。それらを無視し、私はつか
つかと水道へ歩いた。蛇口をひねって水を出した私は、ソープを押し出して
ゆっくりと手を洗う。そうしているうちに2人は諦めたのか、慰め役の方が
キイキイと耳障りな声で言った。
「つうかテメー、今度やったらマジ許さねえからな!」
強烈な捨てゼリフを残して2人が去って行くと、安倍さんは我慢できなくな
ったのか、とうとう声を出して笑った。その声は多分にヒステリックだった。
間に合うか?
保全下げです
sage
下げます
99 :
黄板:2000/11/15(水) 02:42
ほぜむ。
保全下げです
101
時間をたっぷりかけて手を洗った私がフロアに戻ると、梨華と矢口さんがカウ
ンターに座っていた。店内を見渡したけれど、あの2人連れの姿はない。どう
やら帰ったようだ。
「あ、ひとみちゃん。どこ行ってたの?」
隣の席についた私に梨華がドリンクを手渡す。薄緑色の液体はよく冷えて、
グラスの外周に透明な水滴をつけている。メロン味を期待した私だが、予想に
反しそれはキウイだった。
「うん。ちょっとトイレ。手洗ってきた。矢口さん、お友達はいいんですか?」
私は矢口さんがいたテーブルを振り返った。私とも多少顔見知りだけれど、あまり
言葉を交わしたことのない男女数人のグループは、もはや意識を朦朧とさせ、中には
だらしなく開けた口から涎を垂らす者までいる。酒以外のモノもヤった。明らかに
そんなかんじだ。
「ああ。だってアイツらつまんないんだもん。バカでウザいし。」
さっき一緒にいる時、あれほどまめまめしく皆の世話を焼いていた矢口さんは
手のひらを返したように冷たい口調。
「またまた。そんな事言って。」
「どーだっていいよべつに。」
冗談と思った私が笑って返すと、カウンターに誰かが忘れて行ったライターを、
矢口さんは拾い上げて弄んだ。
「うん。ちょっとトイレ。手洗ってきた。矢口さん、お友達はいいんですか?」
私は矢口さんがいたテーブルを振り返った。私とも多少顔見知りだけれど、あまり
言葉を交わしたことのない男女数人のグループは、もはや意識を朦朧とさせ、中には
だらしなく開けた口から涎を垂らす者までいる。酒以外のモノもヤった。明らかに
そんなかんじだ。
「ああ。だってアイツらつまんないんだもん。バカでウザいし。」
さっき一緒にいる時、あれほどまめまめしく皆の世話を焼いていた矢口さんは
手のひらを返したように冷たい口調。
「またまた。そんな事言って。」
「どーだっていいよべつに。」
冗談と思った私が笑って返すと、カウンターに誰かが忘れて行ったライターを、
矢口さんは拾い上げて弄んだ。
「ねえ、今トイレ行ってたんならさあ‥。」
カチ。
突然、思いついたような顔をして矢口さんはライターをつけ、蒼く小さな火を
私の顔の前にかざした。
「アイツ、囲まれてたでしょ?」
私は眩しさに思わず目を細めた。ついさっきまで退屈に無表情だった彼女の瞳は今、
炎のむこうで愉快そうに煌めいている。
「え‥?」
目を見開いた私がしばらく言葉につまっていると、とりすました声の梨華が聞いた。
「アイツって?」
ふふ。
「ア・ベ・さん。」
弾むような口調でそう言った矢口さんは、ライターをフッと吹き消した。
夜明けを待たず客はその日早めに引ききり、フロアの隅では帰りを意識し始めた
他の従業員がそわそわしだした。
朝陽が昇る直前、仕事を終えた私達は階上の部屋へと戻ったが、私の頭の中から
安倍さんの笑う姿が消えない。けたたましく響いた高い声は、あかるすぎてどこ
か悲痛。
「人のものを取るのが趣味なんじゃないの?」
矢口さんは言っていた。
確かに安倍さんは人目をひく。白くて透き通るような肌。真直ぐで柔らかそうな
髪。一見かわいらしい少女のようなその顔は、じつは相当整っている。よく男の
人に声をかけられているのも知っているし、常連客の間で賭けの対象として話題
に上がっているのも度々聞いた。つまり落とせるか、どうか。気まぐれな彼女の
行動は、男を含む数人から恨みを随分かってもいるようだけれど、つきまとう
黒い噂(パトロンがあっち関係の人だとかどうとか)のせいで、実際に手を出す
者はいないようだ。
「ヤクザの愛人ねえ‥。」
ソファに足を投げ出した私がつい口に出して呟いたので、ベッドで雑誌をめくって
いた梨華は顔を上げて私を見つめた。
「安倍さんのコト、考えてたの?」
「うん‥。」
「安倍さんねえ‥。確かに、私から見ても、あの人は憧れちゃうな。すっごく
可愛いっていうか、可憐。」
「うん。ちっちゃくて、なんか守ってあげたい。ってかんじ。またあのアンニュイ
な雰囲気がさ、周りを惹き付けるんだよねー。ま、いろいろ噂はあるけど‥。
綺麗なバラにはトゲがある、ってかんじだよね、あの人、ほんと。」
マイペースに語ってしまった私がふと気付いて視線を戻すと、梨華は静かに微笑ん
で私を見ていた。笑ったままで何も言わない。
「あれ‥、りかっち‥?ナニ。怒った‥?」
言い過ぎか?不自然に長い沈黙にいたたまれなくなった私がたまりかねて口を開く
と、梨華はクスリと小さく笑った。
「なんで?なんで私が怒るの?」
「いえ‥。べつに‥。アレ?」
私はしどろもどろだ。怒ってないなら別にいいんだけど。そんな私を見つめる梨華は
あいかわらずの優しい微笑み。なんだかスリル満点なかんじ。息をのんで固まった
私の額を、冷たい汗がゆっくりと流れたその瞬間‥!
「それより。ヤクザの愛人なんて。そんな言い方やめない?安倍さんに悪いわ。」
「あ‥。うん。」
それだけ言うと梨華はまた雑誌に目を戻した。怒ってないなら、べつにいいのだけ
れど。嫌な汗をかいた。まさか殺されやしないだろうな‥。私はちょこっとだけ
そんな事を思った。
吉澤・・・おまえ・・・そういう事か・・・
かわいそうに・・・
111 :
名無し娘。:2000/11/20(月) 21:40
あげておこうっと。
112 :
名無し娘。:2000/11/21(火) 01:43
氏ね
113 :
↑:2000/11/21(火) 01:52
空気読め。馬鹿犬
いちなちいれてくれないかなぁ…
保全します
あああ。
117 :
火の元 戸締り ガス注意:2000/11/24(金) 05:48
火の元 戸締り ガス注意
それからしばらく経った日。私は相変わらず仕事に励んでいた。
生活は今や完全に夜型になっている。この間陽光の中を外出し
たのはいったい何時だったか?
今日、矢口さんは店に来ない。なんでも、テスト期間中なのだそう
だ。この間連した時矢口さんは相当焦っている様子で、本人曰く
「今回ちゃんとやっとかないといい加減ダブる。」
らしい。
今日、店は随分早い時間から繁盛していた。最初のうち店は人の出
入りがいつもよりずっと激しく、私も梨華もかなり大変だったのだ
けれど、集まった客の群れは次第に2組へと別れて行った。すなわち
一部の者は去り、一部の者は残る。しかし真夜中を過ぎて見ればなん
のことはなく、客の数は普段のこの時間、つまり普段のピークの時間
とたいして変わることもなかった。むしろ気持ち少ないくらいだ。
けれども、客の流入出が止まったとはいえ私の仕事はウェイトレス
だから、そう暇になるわけでもない。キャッシャーの梨華の場合、
人の出入りが落ち着き、それが停滞しだすと仕事も安定を取り戻す
のだけれど、私は相変わらずテーブル間を歩きっぱなしだ。
ヨッパライに呼ばれるがまま、私はフロアを歩くがまま。
そんな感じに。
いちばん奥のテーブルまで注文を運ぶ途中、仕切られたビリヤード
の一画からチラリと白いものがのぞいた。ん?誰かいるんだろうか?
ビリヤードで遊ぶ客は今ではほとんどいなかったので、少しだけ興味
というか疑問が沸いた。けれど、傾斜しないように手のひら全体で
バランスをとったトレイの上には飲み物がいくつか載っている。
グラスを客に出し終えた私はカウンターまでの帰り際、今度は少しゆっく
りと歩き、ビリヤード場を確かめてみた。さっきは一瞬だったし角度的に
壁が邪魔したからよく見えなかったけれども、あの時私の目を捕らえた、
白くてひらひらした物は薄いワンピースの裾だった。薄くてヒラヒラした、
安倍さんの白いワンピース。
「ああ。安倍さんか。」
今日、店に来ていることは知っていたけれど、私はなんだか忙しかった
ので、彼女の姿が見えないことにはいかんせん気が付かなかったのだ。
それにしても安倍さんは。今日もお盛んです。
私は思わず足を止めて、息をのみしばらく見入ってしまった。
あれは誰だったっけ?安倍さんは一人じゃない。壁に凭れ、煙草をくゆ
らせつつ安倍さんの肩を抱く男。尊大な自信に満ちているのは、確かに
見覚えのある顔。
誰かの彼氏だ。
この間の二人連れ、それとはまた別の、以前よく顔を出していた違う
ギャルの恋人。
フロアを満たす音楽が、その一画ではトーンを一段落とす。真上から台
を照らす蛍光灯の永遠に繰り返される無限の、高速の点滅がやけに寒々
しく空間を切り取る中、白いワンピースの安倍さんはまるで蒼白く発光
さえしているようだった。
肩に置かれた手は次第に位置をずらし、やがて安倍さんの腰をぐっと
引き寄せる。安倍さんは男にゆっくりと寄り添い、目を伏せて秘密め
いた微笑みを浮かべていたが、生々しい大人の性を感じさせる男の口が
彼女の耳もとに何事か囁くと、安倍さんはくすと声を立てて微かに笑った。
なんだか、すごくエロい。
それまで清楚なイメージだった白い色のワンピースが、こんなにも
官能的に見えるなんて。
そう思った瞬間、時間を忘れ立ち尽くす私の姿を、なにげなくこちらを
向いた安倍さんの視線が捕えた。
「あ‥。」
あまりの気まずさに目を見開く私。男は気付かない。男の腕の中で安倍
さんも一瞬固まったのだけれど、すぐにその表情から驚愕の色は消えた。
彼女はそのまま私をじっと見つめていたが、やがて意味深な笑顔を浮かべ
ると何事もなかったように目を反らした。
「名前、なんていうの?」
そう話しかけて来たのは、安倍さん。現場を目撃してから少し経った頃、
ようやく休憩をもらった私が人気のない通路で休んでいると、突然姿を
現した安倍なつみが、そう声をかけて来たのだ。
「え‥?」
私は戸惑った。
「さっき、私のこと見てたじゃない。‥あ、その前はトイレで助けて
もらったわ。」
「ああ‥。あれは別に。手を洗いたかったので。あの、お連れの方は、
いいんですか‥?」
「ねえ。名前を聞いてるの。」
先程見とれてしまった気恥ずかしさと、盗み見た事への罪悪感が、私の緊張
をさらに煽っていた。けれど安倍さんはあくまでもマイペース。安倍さんは
今決して笑顔というわけでもないけれど、それでも例えば8割方の人間なら
魅せられ足を踏み入れてしまう、そんな感じの誘発的な表情をしていた。
それは果たして意図されたものか。それとも本人は全く無意識なのか。私には
判断できない。
「よ、吉澤です。」
「ねえ、好きな人いる?」
「いますよ。」
「あの、キャッシャーの子。付き合ってるんでしょう?」
「知ってるんですか。」
「かわいいから。あのコ。清楚で真面目そう‥。」
そう言って横へ来た安倍さんは私と同じく壁に背中を預け、意味ありげに沈黙
した。
「ねえ、月が笑うところ‥、見たことある?」
ふと、思いついたように口を開いた安倍さん。どこか、夢でも見ているような
口調。
わらう‥。月‥。
頭だけこちらに向けてじっと見つめる目がひどく真剣だったので、私は少なから
ずどきどきした。
どういう意味?
「え‥。ないです。なんですか、ソレ。」
訪ねると安倍さんはほんの一瞬だけ視線を落として、また私を見上げた。こうし
て近くで見ると、安倍さんは本当に可愛かった。
気がつくと通路の入り口に梨華が立っていた。
「なんか。安倍さんとひとみちゃんが通路の方に行くの、見えたから。
今、ヒマだし。」
梨華は、以前よく見かけた隙のない完璧な微笑をたたえて言った。コンク
リートの壁に響いて、その高い声は少し膨張した。安倍さんもまた口角を
上げ、目を細めにっこりとした無表情を顔に張り付けている。
梨華がやってくるまでの間、私と安倍さんには特に何も起こらなかったか
ら、(確かに安倍さんのかわいさに驚きはしたけれど、それはそれ。それ
以上の感情がお互いになかったことに私は確信を持つ)私にやましいとこ
ろはなかったのだけれど、笑いあう二人に流れる空気はとても緊迫してい
た。その場を牽制する言葉を考えたけれど、口で私は梨華にかなわないと
知っていたし、そもそも言葉をはさめるような雰囲気でもなかったので、
とりあえずなりゆきを見守ることに決めた
「安倍さん、ひとみちゃんには手を出さないでくださいね。」
口火を切ったのは、相変わらずにこやかに笑っている梨華。彼女がこうい
う内容をストレートに口にするのは、すごく珍しい。一体どうしたってい
うんだろう。その一方で安倍さんは一呼吸置いたが、それでも微笑みを崩
さない。安倍さんは毒を含んだ口調で答えた。
「手を出すとか、出さないとか。そもそもそんな感情、私達の間にないけど?」
「油断していると危ないから、早めに釘を刺しておこうと思って。」
「コワイね。そんなんじゃ『ひとみちゃん』も息が詰まっちゃうんじゃない?
その間になっちが獲っちゃったりするかもね。」
「自分の事、『なっち』って呼ぶんですね。かわいい。」
業の深い女の人。その2人の対峙。初め私はそう思ってドキドキしていたけれ
ど、いつしか私は気付いていた。梨華の口調は明らかに‥。その証拠に梨
華は私を一度も見ない。ほんとうに。いつまで経っても優等生。お節介な
んだから。2人から見えないように下を向いて、私は少し笑った。
「すご腕ですね。狙ったエモノは逃さないんでしょう?」
「まあね。余裕だもの、オトコなんて。あなただってその気になれば
イケるんじゃない?もっともその気になれば、ね。」
「いいんです、私。大切な人いるし。それに、周りに余計な敵、作りたく
ないですから。」
極端に挑発的な梨華との冷ややかな舌戦。それがしばらく続いた後、少々
分が悪くなった安倍さんはなかば諦めたように言って視線を反らした。
「もういい。どっちでも。あなたのひとみちゃんには手を出さないから
安心して。」
「私に言い負かされて逃げ出すんですね。」
「ばっかみたい。ちょっとからかっただけじゃない。」
安倍さんはそれ以上梨華の言葉にはのらなかった。
梨華の横をゆっくりと通り抜け、安倍さんはフロアへと歩いてゆく。その
あくまで可憐な後ろ姿を梨華が突然呼び止めた。
「安倍さん!」
「なあに。」
面倒そうに振り返った安倍さんだったが、終始冷静に微笑んで一貫して煽り
に徹していた梨華の、急に変わった真剣な様子に少し驚いたようだった。
安倍さんの顔からも梨華の顔からも、笑いは消えている。
「自分を安売りするような事‥。必ず後悔する日が来ますよ?わかっている
んでしょう?」
多分、こういう事を梨華は初めから安倍さんに言うつもりだった。普段から
生真面目な梨華が積極的に口論をしかけた。普通に言っても安倍さんは聞く
耳を持たないから。どう見ても自虐的な今の安倍さんに梨華は自分の過去を
見てしまったのかもしれない。
ほんの少しの間、今度は本当の緊張が私達を覆った。耳よりもずっと下の方
にある腕時計が刻む音を、私は聞いたような気がした。
「あなたに何の関係があるのよ。」
突き放すような視線でやがて安倍さんはそう言ったけれど、その口調には戸惑い
が溢れ、几帳面で清潔なある意味災厄めいたものをもはや隠し通せてはいない。
再び歩き出した安倍さんがフロアの奥へと消えるまで、私は動くことができず
にいた。
いちなち〜・・・。
深いなぁ…なんかあまりに上手すぎてヘタな感想書けねえよ
>>132 だなあ。でも俺はそこを承知であえて書きたい
もちろん流してください>作者さん
察しのそすぎる吉澤が1番俺は怖いよ・・・
閉鎖によって1番惜しいのはこのシアターが
読めなくなる事だよ
135 :
閉鎖延期中。。。:2000/11/27(月) 06:22
どうなるかわからんが‥。
とりあえず保全。
やべ。上げちまった。
すいませんすいません。
う〜ん、凄いですねぇ。
面白いです。
もし、ここが閉鎖されたとしても、この小説は最後まで読みたいですね。
>>137 俺も。
もし閉鎖になったらどこで続けるんだろう?
臨時書き込みです。
このスクリプトの是非も考え直すべきかも知れないけど、とりあえず975417718
保全書き込みを行います。975580202
梨華との一件があった後も、安倍さんはペースを崩す事なく
それまで通り頻繁に店に現れた。あの時は確かに動揺してい
た風の安倍さんだったが、しかしそれ以降何かが変わったか
と言えばそんなこともなく、相変わらず淫らな噂の渦中に
常にその身を置いているのだった。
私にはあいさつ程度の微笑みをくれるようになった安倍さんだ
けれども、梨華の前では男の人と、これみよがしに少しわざと
らしい素振りで通り過ぎる。梨華は梨華でそんな安倍さんを
徹底的に無視し、あれ以来安倍さんの話題を一切口に出さなかった。
その日梨華は起きた時からコンコンと少し咳をしていて、なんだか
体調が悪そうだった。多分風邪をひいたんだろう。今朝、仕事が終
わってから私達はコンビニへ行った。このところぐずついていた天気
がその途中とうとう崩れ、帰り道雨に降られた。コンビニはすぐ近く
だったしそれ程濡れたわけでもないけれど、私達は最近休みなく店に
出ていたから疲れが溜まっているんだろうか?
「具合悪いんだったら今日は休めば?」
顔色のすぐれない梨華に私はそう勧めたが
「べつにこれくらいなら平気。」
梨華は元気ぶって笑って見せる。
それでも風邪はひき始めが肝心だ。私が薬を渡すと梨華は苦そうに、
けれど素直に飲み下した。
仕事中梨華は多少ぼんやりしていて、やっぱり少し咳をしていた。
矢口さんは辛くも留年は免れたらしいが、今度はどうやら補習が
忙しいらしい。やっぱり今日も来ていなかった。
そもそも矢口さんの学校はエスカレーター式だけれども、そこそこ
名が知れているだけに、内部は足切りやらなにやら実は相当厳しい
みたいだ。
矢口さんの両親は娘の好き勝手を黙認する代わりに、その学校の
卒業を条件として出しているようで、やめるにやめられない矢口
さんは試験の度に毎回切羽詰まるって聞いた。
仕事中梨華は多少ぼんやりしていて、やっぱり少し咳をしていた。
矢口さんは辛くも留年は免れたらしいが、今度はどうやら補習が
忙しいらしい。やっぱり今日も来ていなかった。
そもそも矢口さんの学校はエスカレーター式だけれども、そこそこ
名が知れているだけに、内部は足切りやらなにやら実は相当厳しい
みたいだ。
矢口さんの両親は娘の好き勝手を黙認する代わりに、その学校の
卒業を条件として出しているようで、やめるにやめられない矢口
さんは試験の度に毎回切羽詰まるって聞いた。
安倍さんは9時を回った頃に来て、しばらく一人でいたのだけれ
ど、2杯目のドリンクを運んで行く頃には、男の人が隣に早速
座っていた。なんだかすごく高級なまるでどこかの娼婦みたいだ。
安倍さんは今日も背筋を伸ばし、自信と余裕に満ちた笑顔で男の話
を聞き流している。
私がテーブルにドリンクを置くと安倍さんは赤いチェリーだけを優雅
に、あたかも水鳥のような動作で抜き取り、
「アーん。」
私の口を開けさせて、ポトリと落としてニコリと笑った。
特有の薬臭い甘さが私の口の中にじわっと広がる。安倍さんの空いた方
の手をしきりに撫で回していた男は一瞬だけムッとした表情をしたが、
すぐに作り笑いに切り替えると、寛大さを誇張した滑稽な笑顔を私達
の方へ向けた。
「おいしい?」
そう聞いてはいるけれど、安倍さんはもはや私を見ていない。私の肩ごし
に、レジカウンターの梨華を伺っているのだ。黒いバラのようにとびきり
意地悪で最高に華やかな安倍さんの微笑み。
念のため振り返って確認すると、案の定梨華は私達を見ていた。醒めた
表情で店の対角にいる私達を、梨華はただ見ている。楽しそうな安倍さん
の瞳は更に挑発の色合いを強めたが、梨華は冷たく一蹴し、無表情の
まま視線を反らした。風邪で喉が渇くのか、梨華はそのままグラスを
とってコクコクと水を飲んでいる。
「体調は?大丈夫?」
安倍さんのテーブルを離れてフロアを横断した私は梨華に近付き声を
かけた。
「うん。」
意地張りな梨華は何事もなかったような表情を作り、ゆっくりと私を
見上げる。今しがた安倍さんの悪ふざけには一切触れようとしない。
こういうところが微笑ましい。梨華は全く几帳面だ。だから敢えて私は
弁解をしなかった。
「もしさー、アレだったら。明日は休んだら?なんか辛そうだよ。」
「うーん。そうしよう‥、かな?」
首を傾げ、そう答える側から梨華は小さく咳きこんだ。心持ち顔が少し
赤いようだ。
「どれ?」
梨華の額に手を当てるとちょっとだけ熱い‥、ような気がする。
「あー、ちょっとあるかもねー。熱。」
「うーん。そうかな?」
「吉澤!」
そうこうしていると、バーテンダーが大きな声をだして私を呼んだ。
今日は1人休んでいるので、フロアの担当は私ともう一人しかいない。
いつもどおり3人いれば、この店はたいして忙しくもないのだけれど、
やっぱり一人とは言え抜けた穴は大きい。できあがった飲み物がカウンター
にいくつか並んでいた。バーテンは普段親切で面倒見の良い男だった
けれど、そのせいで今日は気が立っているようだ。
「ホラ、ひとみちゃん。早く行って。私なら大丈夫だから。」
「‥うん。」
梨華に上目遣いで促されて、私は渋々返事をした。
深夜を過ぎ、店が一番盛り上がりを見せる時間に、その事件は起こった。
慌ただしくフロアを飛び回る私の元に、例の気のいいバーテンが早足で
近寄って来たのだ。
「おい、お前ら、ちょっと隠れとけ。」
バーテンは普段カウンターから出る事がほとんどない。抑えてはいるが
緊張した声と、こわばった表情からただならぬ気配を感じた。
「なんですか?どうしたの?」
「警察だよ、ケーサツ。今入り口にいる。お前ら未成年だろ。早く行け。」
その言葉を聞いた途端、私の目の前が一瞬暗くなった。警察‥!動悸が
激しくなり冷たい汗がどっと吹き出す。警察。私達を、捕まえに‥!?
「おいっ!」
肩を揺すられて我に帰った。慌ててレジを振り返ったが梨華はいない。
「あいつなら先に行かせたよ。トイレにいるから、早く!個室でカギでも
閉めとけ!」
150 :
作者:2000/12/01(金) 04:44
長々とおつき合い頂いてる皆様及びに保田記念日
いつもありがとうございます。
感想はどんなものでもとても嬉しいです。
もし本当に閉鎖になったとしたら、多分BAD板。
サカナ氏にご迷惑でなければ書かせて頂きたいと思います。
>>131 今回ムリだな‥。
気持ちは嬉しいが今はそっとしといてくれ‥。
萌え男。
梨華が殺した父親を私が埋めてから、およそ4ケ月‥。
私達の失踪についてメディアは、一度小さく報じただけで、それ程大きく
取り上げなかった。それ以降も新聞とかニュースとか、随分気を配っては
いたが、それらしい報道は何もなかったはずだ。しかし警察はおおむね
情報を隠すものという事も常識として知っている。すると、とうとう死体
が見つかったのか?
トイレのドアを開けると、顔面を蒼白にした梨華がひとりきりで待っていた。
暦の上では春ということになるが、朝と夜は未だずいぶん冷え込む。タイル
張りのトイレももちろん例外ではなかった。あまり長いこと居たくはないけ
れど、店の通用口も抑えられているようだ。
「ひとみちゃん‥!」
追い込まれた瞳の梨華は、声がはっきりと震えていた。極度の緊張と、気温
の低さ。かわいそうに。風邪をひいているのに‥!そう思ったらなんだか
無性に腹が立ったが、どうすることもできない。舌打ちしたい気持ちを抑え
て私はカーディガンを脱ぎ、梨華の肩からかけてやった。
「大丈夫、きっと。普通の取り締まりだよ。クスリやってる人多いし、ココ。」
ともすれば崩れそうになる自分自身に叱咤して、たとえ根拠のない事を言っ
ても梨華を安心させたかった。いつになく取り乱した梨華は聞く耳を持と
うとしない。
「イヤ、今はイヤ!捕まりたくないの、私!」
「だから大丈夫だって。私がついてるってば!」
大騒ぎした割に、結末はなんともあっけなかった。30分も過ぎた頃、
もうひとりのウェイトレスがやって来て、警察が去ったことを告げたのだ。
私が言ったでたらめは予想に反して現実となり、常連の2人が薬物所持
の現行犯で逮捕されたそうだ。その2人は普段から見境なくあれこれと
手を出していたから、当然と言えば当然だけれど、聞いたところによると
誰か密告した人物がいるらしかった。
とりあえず危機を脱したと思った私は息を吐き出してほっと胸を撫で
下ろした。けれども梨華はまだ何ごとか考え込んでいる。それが少し
気になったけれど、ともかく梨華を連れて私はトイレを出た。寒すぎ
るのだ、ここは。私に手をひかれ通路をフロアへ歩く途中、もともと
体調が悪かった梨華はとうとう倒れてしまった。ポツリと小さな声で
その一言を呟いて。
いっぱい更新されて嬉しいっす。
文体が好きです
ぐいぐいと話しに惹きつけられます
とにかく面白いです
毎週、週末が楽しみです
う〜ん、これから好きな作家は萌え男。と言うのか・・・
萌え男。さん萌え〜(w
萌え男。って……。
築きあげてきたイメージを自ら崩す恥ずかしがり屋さんの萌え男。萌え〜(w
保全書き込みを行います。975814203
保全書き込みを行います。975864611
161 :
名無し募集中。。。:2000/12/04(月) 15:49
なんだなんだ?
保全書き込みを行います。976028403
保全書き込みを行います。976118417
保全書き込みを行います。976199408
保全書き込みを行います。976320008
すみません。
今週忙しくて全然書けません。
こんな時なのに‥。
その間にこの板が無くなってしまったら、またどこかで読んで下さい。
申し訳ないです。
168 :
名無し募集中。。。:2000/12/10(日) 12:34
何処かって何処?
bad?
閉鎖したら続きはどこで書くんだ!
それを教えてくれ!!
170 :
名無し募集中。。。:2000/12/10(日) 22:19
みらんぺ
臨時保全書き込みを行います。976470311