1 :
悲しい夜:
さあ、ニッポン!!遂にマッチポイントです。あと、ワンポイント。ワンポイントで
オリンピックへの切符を手にすることが出来るのです!!!!」
やや演出過剰気味の実況アナウンサーの声がインカムマイクから聞こえてくる。場内
は“ニッポン チャ・チャ・チャ”で揺れていた。
「これは、いい所にサーブが決まった!!! しかし、イタリアもなんとかこれをトスそして
アタッ〜〜ク!!! 拾った!! 拾った!!!!!! ニッポン拾った!!!!! そしてこれを上手く上げて
アタッ〜〜〜ク!!! 決まった! 決まった!! 決まったぞ!!!! 試合終了〜〜〜!!!」
一瞬の静寂の後、場内が歓喜の声に埋もれた。
「遂に、遂に!! ニッポンがオリンピックの切符を手に入れました〜〜〜。」
テレビカメラが、コートから解説席に切り替わる。バレーボールとは最も遠い存在で
あると思われる少女達がそこにはいた。はちきれんばかりの笑顔が咲いていた。
「どうですか? 公式サポーターのモーニング娘。のリーダー、中澤さん?」
アナウンサーが当然のようにコメントを求める。
「そうですねえ、私達にとっても、なんて言うんですか、因縁深いものですから。
“嬉しい”という一言しか浮かびませんねえ。メンバーもみんなそうだと思います。」
2 :
悲しい夜:2000/06/13(火) 16:19
「そうでしょうねえ、モーニング娘。さん達にとっても、大変思い出深い大会ですから。」
アナウンサーが次の言葉を求めようとしたとき、ADの小さく手を回す姿が視界に
入った。
「残念ながら、時間のほうが残りわずかとなりました。お別れしなければなりません。
代々木体育館からお送りした、女子バレーボール最終選考大会。日本対イタリア。
日本が勝ちました! 念願のオリンピック出場を決めました。アテネの切符を勝ち
取ったのです。21世紀最初のオリンピックへの出場権を獲得した事をお伝えして、
終了したいと思います。それでは、みなさんごきげんよう。」
3 :
悲しい夜:2000/06/13(火) 16:20
「よ〜し。みんな今日はご苦労さん。今日のスケジュールはこれで終了だ。明日も
早いから、よろしくたのむぞ。」
「は〜い。」
10人の声は綺麗に重なった。
「いやあ、ほんと興奮したねヨッシー。」
「そうだよねえ、4年前の大会じゃあ、結局行けなかったもんねえ。梨華っち
なんか泣いてたもんねえ。」
「もう、恥ずかしいから、止めてよー。ののだってボロボロ泣いてたんだから。」
「だって、4年前の事思い出すと、嬉しくて・・・。」
「ホンマ、ののちゃんは変わってへんな〜。」
「のの知ってるんだよ。亜衣ちゃんが試合中、“いてこませー”って叫んでたの。」
楽屋はいつもと変わらない華やかさに溢れていた。
そして夜は更けていく。幾つもの物語を重ねて・・・。
「そうか・・・。」
二人しかいない空間の中で男はただ、そう呟くしか術がなかった。
サングラスを掛けていたのは自分の顔色を見せないためだったのかもしれない。
机一つ隔てた場所で、裕子が言葉を続けた。
「はい。やっぱり、ウチも、もうそろそろやと思ってたんです。」
「・・・。」
男は何も言わなかった。
「でも…、どっかで迷いがありました。正直なところですけど。せやけど、
今日のバレー見て、吹っ切れました。あれから4年ですよ、4年。私も、遂に
大台突入ですから…。やっぱり。」
「・・・お前で4人目か。」
男がポツリと呟いた。
「あれから、ウソみたいに“重大事件”は起きませんでしたからねえ・・・。」
裕子は何かを思い出しているような口ぶりだった。
「考え直し・・・・、 無駄やな。お前にこんなこと言っても。」
「さすが、プロデューサー。よく分かっていらっしゃる。」
「あんま、人をおちょくるな・・・、分かった。メンバーには
お前の好きなときに言えばええ。」
「ありがとうございます。」
裕子はそう言うと、椅子から立ちあがり部屋のドアへと向かって歩き出した。
男にはその姿がとても、美しく思えて仕方がなかった。
「中澤!!」
去りゆく裕子の後ろから、男はやや強い口調で呼びかけた。
「なんですか?つんくさん。」
裕子は振り向き、声の方向へ顔を向けた。
「……ありがとうな…、ほんまにありがとう。」
少し上ずった声の男の言葉を耳にすると、裕子はふっと微笑んだ。
「そんなクサイ台詞いっても、ウチは泣きませんよ。」
そう言うと、もう一度、男に向かって深々と頭を下げて部屋を後にした。
裕子のいなくなった部屋には恐ろしい程の沈黙が流れた。
男はサングラスを外すと、天井を見つめる。
「ありがとうな、ありがとうな。」
そう呟きながら、じっと天井を見ていた。
「おい!!、おいってば。」
「なんだよ、急にでかい声だして。」
「ホラッ、あのカウンターに座ってる二人組みの女の右側。」
「ああ、いるなあ。それがどうした。」
「お前、分かんないのかよ!! あれモーニング娘。の中澤だよ!!!。」
「え〜、中澤?」
「そうだって!!、絶対間違いないって。」
「違うよ。」
「何でだよ?」
「違うったら、絶対違う。」
「だから、なんで中澤じゃあないって言い切れんだよ。」
「お前、よく考えてみろよ。こんな居酒屋にモーニング娘。が来ると思うか?
それにお前、あの右側の女、ワンワン泣いてるじゃんか。芸能人は人前であんな泣いたり
しないの。あれは、そうだなあ・・・男に振られた女が親友の女に慰めてもらってるん
だよ。」
「・・・そうか?」
「絶対そうだ。なんなら賭けるか?」
「いや、中澤だと思うんだけどなあ。あの左側の女もどっかで見た事あんだよ。」
「おまえも遂に酔っ払うと、幻覚見るようになったんじゃあないの。」
「何だよ、人を年より扱いしやがって…。俺はまだ酔っ払ってなんかない!!。
オヤジ。焼酎お代わり。」
ざわめきの中で小さくラジオの音が聞こえていた。かすかに、そして緩やかに。
夜は静かに物語を重ねていく。
FIN
「はい。安部なつみのオールナイトニッポンもそろそろお別れの時間になって
しまいました。 それにしても、今日のバレーボールは興奮したよ。オリンピック
が楽しみになったね。みんなもニッポンチームをナッチと一緒に応援してね。
それではまた来週。お相手は安部なつみでした。皆さん、素敵な夢を。」
「ハイッ!!OKでーす。みなさんお疲れ様でーす。」
インカムマイクからディレクターの陽気な声が聞こえた。
「おつかれさまで〜す。」
なつみはブースの中から、スタッフに呼びかけた。スタッフも挨拶を返す。
ブースから出たなつみは、ふと、お台場から見える夜景に目をやる。
“6年か・・・。”なつみの頭の中に昔の風景が蘇った。お寺での合宿。
落選、そして敗者復活の始まり。CDの手売り。デビュー。そして、幾度かの
友との別れ。埋められぬ亀裂・・・。
子供だったなつみはいつも、東京の夜景を見ながら、室蘭を思い出していた。
しかし、もうその故郷も浮かぶことはない。
「大人か・・・。」
大きなガラスにそっと手を当て、光り輝く街をおぼろげに眺めながら、なつみは
呟いていた。自分自身ですら、気付いていなかったのかもしれない。
「・・・っち。」
不意に耳に入った言葉が、なつみの風景をかき消す。言葉の意味を確かめよう
と振り向こうとしたなつみだったが、振り向きはしなかった。手を当てていた
ガラスにその答えを見たからだ。夜景の中に入り込んだ一人の姿。その姿は、
先程の風景の中にもあった姿・・・、圭織である。
「圭織・・・。」
なつみはゆっくりと幻の姿から目を離し、現実の圭織に目をむけた。
「どうしたの、圭織?こんな時間に。」
「うん、タンポポの新曲プロモーションの録音。結構数が多くて、みんなで回るの
大変だから、メンバー毎で割り振ったんだ。」
会話が途切れた。それは二人とも分かっていた事。
“いつからだろう。”そんな思いがなつみに浮かんだ。
同じ夢を持ち、オーディションに挑戦し落選したものの、グループとしてのデビュー
を聞かされた時、同じ出身地であった圭織がいることがなによりもなつみには嬉しかった。
デビューするには東京に住まなければならない。事務所の都合もあったのだろう、
なつみと圭織は同じ屋根の下に暮らした。
言い知れぬ不安・遥か遠い夢・慣れないメンバーとの関係・・・。
子供だったなつみの心に不安を詰め込むには十分過ぎるものだった。
不安に駆られると、なつみは一人ベッドで泣いた。声を殺して泣いた。そんな時、必ず
ノックの音が響いた。圭織はなつみと共に夢を語り、不安を語り、そして、泣いてくれた。
なつみにとっての、かけがえのない存在であり、圭織にとってもなつみはそういう存在
なのだと信じていたあの頃……。すべては突然だった。
何を言ったかさえ、なつみは覚えていない。何を言われたのかさえ・・・。
気付くと、一人の部屋・一人の暮らし・一人の生活がそこにはあった。圭織は普段と
変わらない態度でなつみに接した。だが、確実に昔とは違った。
「いいかな?」
「へ!?」
突然の呟きが記憶の流れを止めた。
「私も夜景、見ていいかな。」
圭織は少し横を見ながら呟く。
「う・・・うん。」
なつみは小さく頷いた。
「ほんと、綺麗」
圭織はガラスにそっと手を触れると、独り言のように囁いた。
「やっぱり、東京は凄いよねー。こんなに夜でも明るいんだもん。」
なつみが間を持たせるように話しかけた。
「ほんと、明るい。」
「でも、ここの夜景も変わったよ〜。カジノとかいろいろ建っちゃったりして、
私達が始めてお台場来たときとは、段違いだよ、もう。」
「6年だもんね・・・。」
不意な圭織の言葉になつみは声を失った。
「私達も大人になったんだよ。あれから、色んな事があったもん…。でも、」
「でも?」
言葉の途切れた圭織になつみが続きを求める。
「でも・・・子供でいたかった。故郷を忘れるくらいなら。」
「圭織・・・。」
なつみはただ圭織の次の言葉を待った。
「なっちはいつから見えなくなった?故郷が。」
不意の問いかけは、なつみを正直にさせた。
「・・ラブマのときぐらいからかな・・・、圭織は?」
「4年前、バレーの頃だったかな。見えなくなったときには泣いたけどね。」
なつみは次の言葉を待つべきか迷った。だが、本能がなつみの口を開けさせる。
「久しぶりだね、こんなホンネ話すの・・・。」
「えっ?」
圭織は夜景から目をそらすと、なつみの方をじっと見た。なつみは言葉を重ねる。
「あれ以来、こんなこと話さなかったよね・・・。なんでだろうね?
あんなになっちゃったの。やっぱり私が悪いのかな・…。圭織はいつも
私のためにしてくれたのに、私はそれを当然と思ってたのかもしれない…。」
なつみの口調は徐々に強くなっていく。そして、頬には涙が伝っていた。
「戻りたい・・・。私・・・、出来る事なら戻りたい・・・。圭織、遅いかも
しれない。無駄なのかもしれない。でも、言わせて。」
「なに?」
圭織は真剣なまなざしでなつみの言葉を待った。
「ごめんね・・・。圭織、ごめんね。」
そう言うと、なつみは堰を切ったように泣いた。一目を気にせず泣きつづけた。
夜の夜景が悲しいくらい、その泣き顔を際立たせていた。
コン・コン。コン・コン。
なつみの近くで無機質な音が響いた。
「なっち、入るよ。」
なつみが涙をふきながら顔を上げると、圭織がガラスを叩いていた。
コン・コン。
「なっち、圭織だけど入るよ。」
圭織は只、そう呟いた。
「か…圭織。止めてよ…。戻れないんだよ。私達、もう子供じゃないんだよ。」
なつみは必死にあふれ出る涙をこらえながら囁いた。
「なっち・・・。分かってるよ。圭織も分かってるよ。戻れないって・・・。
同じ風には二度と・・・。でもね、圭織はそれでもいいと思う。それでも。
違ってもいい・・・私はもう一度なっちと話がしたい。それだけだから。」
「圭織・・・。」
なつみはそれ以上は言わなかった。
コン・コン。
「なっち〜。圭織だけど入るよ。」
圭織はガラスを再度叩いた。
「う・・・うん。いいよ。」
流れ出る涙を拭うことなく。なつみは只呟いた。
そっと圭織は、なつみの手を握り締めると、窓からの夜景を見つめた。
幾つもの明かりが街を飾る。車の明かりが闇を切り抜ける。
夜は静かに物語を重ねる。
FIN
「ほんとうにいつもゴメンね。圭ちゃん。」
亜衣はそう言うと、隣に座る圭にペコリと頭を下げる。
「ホント、なんでいつも私なの〜、加護。車なんて他のメンバーだって持ってる
じゃない。圭織・矢口・梨華、タンポポメンバー全員持ってるのに…一緒にいる事
も多いんだから、頼めばいいのに・・・。」
圭はハンドルを握り、運転に集中しながらも亜衣に話しかけた。
「えっ・・・!? そう! だって他のみんなとは帰る道が逆だから。一番近いのが
圭ちゃんなの。」
亜衣は少し戸惑いながら、必死に弁解した。
「そうだっけ? 確か矢口もこっちだった気がするんだけど・・・。」
「へ・・・? そうだっ!! 真理っぺは最近引っ越したんだ。うん。」
亜衣はすこし上ずった声で圭の疑問に答える。
「そうなの? 矢口からは聞いてないけど・・・。」
圭はまだ、疑問に思っているようだが、それ以上、深く聞くことは止めた。
車はすいた道路を駆け抜ける。車の空間の中では沈黙はこの上ない苦痛だった。
「加護〜。」
亜衣は圭が呼んでくれるイントネーションがたまらなく好きだった。
「ハイッ!!」
車の中では必要のない位の勢いで答える。
「アンタさあ〜、この前の歌収録ナニ〜。全然声が出てなかったじゃない。」
“始まった”亜衣の顔に一瞬暗い影が浮かんだ。しかし、すぐさま気付かれない
ように少しうつむく。
「…その日は、風邪ひいちゃってて、喉の調子が・・・。」
「言い訳しな〜い。プロなんだから、常に体調には気をつけろって、私ずっと
言ってきたよ。アンタ、娘に入ってから私の話、ホント聞かないよねー。」
「・・・すいません。」
亜衣は小さく呟く。
「いや、すいませんじゃあなくて、どうして、私の話を聞いてないの?」
圭は信号で止まると、亜衣の方に顔を向け、少し強い口調で尋ねる。
亜衣はうつむいたままだった。車は再度、発進する。沈黙は重く、亜衣の
心にのしかかった。
“言ってしまおうか。”何度、亜衣はその思いを抱いた事かわからない。
全てはその一言でいいはずである。しかし、その一言を言う勇気が亜衣に
はなかった。全てが壊れてしまいそうで怖かった。今までの関係すら・・・。
一緒にいるだけで、亜衣は幸せだった。自分に語り掛けてくれる事が嬉しくて
仕方なかった。だから自分にいつもかまっていて欲しかった。少女の悲しい願望
は歪んだ形でしか満たされなかった。
“どんな形でも良い。かまってくれさえすれば”
でも、言えなかった。亜衣は自分の思いを無視した。辛いが一緒にいられるなら
と亜衣は我慢しつづけた。
あげても良いの?
・・・・・感想?ゴメンナサイ、
真に読みたい作品は…グロリアって映画知ってる?
最近リメイクされたやつじゃなくって。
ああいうハードボイルドな女性の作品が読みたいなァ。
カチャ
車の中に小さな機械音が響いた。それと共にゆっくりと音が車内を包んだ。
「はいっ!!新しいモーニング娘。の新曲をお送りしましたけど、モーニング娘。
も寿命が長いよね〜。オレなんて、絶対にすぐいなくなると思ってたんだけどねー。」
会話のない空間にはDJの声が響きつづけた。
「昔は脱退だの新メンバーだのが目まぐるしくあったのに、最後、誰だっけ?
そう!イチイ。綺麗だったけど辞めちゃったよね〜。ホント勿体無いな。
デビューするって言ってたけど、結局まだ、出てきてないし・…。第一、
イチイより辞めたほうがいいヤツがいるのにな。ホラ、化け猫がいるじゃん。
あの中に・・・・・・・。」
DJは喋りつづけていたが、それ以上の言葉を亜衣は覚えていない。
「あ・・・あの!!」
亜衣は自分の体にある勇気を振り絞って口を開いた。
「どうした?加護・・・。」
圭が少し戸惑い気味に尋ねる。
“言わなきゃ!ここで。”亜衣は一生懸命、不安を取り除いた。
それでも、口は思うように進まなかった。
「私・・・・私・・・」
「なによ?加護。はっきり言いなさいよ。」
“ガンバレあいぼん!! 言わないと絶対後悔するぞ。”必死に言い聞かせる。
「私・・・私!! ネコ好きです!!!」
思いは虚しく空回りした。亜依はうつむく以外の行動が浮かばない。
“バカッ!! 結局伝えられなかったじゃない”自分の不甲斐なさよりも、
想いを伝えられなかったことのほうが亜依にとっては悲しかった。
車内には小さくラジオかな流れる音楽が響いていた。亜依はただ、
時間が流れて行くことを祈った。
「加護〜。」
いつも通りのイントネーションが聞こえた。
「は・はい。」
亜依はうつむきながら小さく呟いた。
「人の話を聞くときは人の目を見る〜。」
圭の言葉に促され、亜依は顔を上げる。圭は運転に集中しながらも亜依に注意を払って
いいるのが分かった。
「そのネコってさ〜。」
「はい?」
「だから、アンタ。ネコ好きなんでしょ?」
「え? あ・・はい・・・。」
「そのネコって、すぐに怒るし 優しくしても全然なつかないことない?」
「・・・・。」
「だまってても、わかんないじゃん。どうなの?」
“人の気持ちも知らないのに…”亜依は少しもどかしく感じた。
「・・・す・・すきなのに、 全然優しいそぶりしないんです。」
思い切って本当の気持ちを亜依は話していた。
「・・・やっぱり、ネコって私の気持ちわかんないのかなあ。」
少し気持ちが楽になったのか、気付いていないと言う安心感なのか、亜依の
本心は的確に言葉となっていた。
「いつまでたっても本当になつかないもんなんですねネコって。イヌの方が好かれる
は私、少し分かります。」
これまでにない程の饒舌さで亜依は圭に思いを直接的ではないが伝えていた。
圭はじっと亜依の言葉をかみ締めているようであったが、突然、口を開いた。
「私さあ、ハムスター飼ってんだ。」
「はい?」
「だから、ハムスターを飼ってるの。」
「はあ・・・。」
「そのハムスターがさあ、まあ暴れまわるのよ。どんなにしつけても、聞かないの。」
亜依はポカンとした表情で話を聞いていた。
「始めは何でだろうって思ってたんだけど、2年前くらいかなあ、もしかしたら
かまって欲しいんじゃあないのかなって感じるようになったんだ。」
「えっ?」
亜依は驚きの表情で運転する圭の横顔を見つめる。
「もしかすると私の事が好きで、上手く伝えられないからだと思ったんだ。
自意識過剰だけどさ・・・。でも、もうそろそろ他の方法で気持ちを伝えて
欲しいのよね〜。もしかすると、私の思い違いなのかな・・・。」
亜依は自分の鼓動が強くなっていくのを感じる。
「あの・・・。」
「どうした 加護?」
「きっと…きっと! そのハムスターは圭ちゃんのこと大好きだと思う!!
ううん・・大好きなんだよ。」
「そうかな・・・。」
圭は落ち着いた口調で呟いた。
「絶対にそうだって!! 私、ハムスター飼ってたから分かるもん!!。」
亜依は必死の口調で圭に気持ちをぶつけた。言った後になって恥ずかしさ
が全身を覆う。見る見るうちに顔の温度が上昇してゆくのが分かった。
「加護。」
「なに?圭ちゃん」
「多分だよ、多分なんだけど・・・。」
「なに・・・?」
「そのネコは・・・そのネコは亜依のことが好きだと思うよ。でも、自信がなかった
んじゃあないかなあ。嫌われるのが恐かったんだよ。」
始めて圭が呼んだ、“亜依”という名前の響きが全ての答えだった。
♪パラッパラ〜♪ ♪パラッパラ〜♪ ♪パラッパパパッパ〜♪
明らかに場違いな音楽が響く。すぐさま自分のバッグに亜依は手を伸ばす。
その音の元を見つけると、手に取りボタンを押す。
「もしもし おばあちゃんか? ウチやけど、どうかしたん。
え? 帰りが遅い。いやあ・・・今日は・・・・ゴメン。まだ
撮影中やねん。今日はおそくなりそうやから、おばあちゃん寝とって
ええよ。 うん、ウチは大丈夫やから、安心しといて。うん、それじゃあね
おやすみ。」
電話が切れるとともに、圭の驚きに満ちた声が飛んだ。
「ちょっと!! アンタ。何、嘘ついてんの? 家に向かってる途中じゃない。
もうあと10分ぐらいで着くわよ。どーすんのよ。」
「どーしましょうか・・・。」
亜依は視線をそらすことなく、圭をただ見つめる。次の言葉を重ねるのが、
圭には怖かった。一瞬の躊躇が言いしれぬ沈黙を生み出す。
「部屋・・・来る?」
消えてしまいそうな囁きが聞こえた。
「・・ハイ!!!」
対照的なハツラツとした声が車に響き渡る。
暗闇を走り抜ける車の横には、コンビニの小さな明かりが光る
夜は静かに物語を重ねる。
FIN
こっちも登場人物多いねえ〜。
読み応えあります。
お互い頑張りましょう。
保田と加護とは意外。これからの話が楽しみです。
29 :
名無しさん@1周年:2000/06/15(木) 21:57
そうでしょうねえ
まだ終わりじゃないですよね。他のメンバーの話待ってます。
「温めますか?」
「ねねがいします。」
「はい?」
希美は“またか”と心の中で思いながらも、先ほどよりも大きく口を開く。
「おねがいします・・・。」
店員はその言葉を聞くと、カゴに入っていた弁当をレンジの中に入れた。
手持ち無沙汰の一瞬、希美はガラスの外を眺める。深い暗闇しか、そこには
なかった。見ているといつまでも明けない気がして、希美はすぐに目をそら
した。
ピー・ピー・ピー。
電子音が無機質に響いた。
店員はそつなく袋に商品を入れると、希美に手渡す。
「頑張ってください。」
「えっ?」
思いもしなかった言葉に希美は返す言葉が見つからなかった。
「モーニング娘。のメンバーの方ですよね?」
「あっ・・・はい・・・・。」
「頑張ってください。」
「あ・・・ありがとうございます。」
希美はペコリと頭を下げ、少し急ぎ足でコンビニを後にする。
「今日もコンビニか・・・。」
店を出ると、少し寂しそうな声で呟いた。
高校入学と共に始めた一人暮し。はじめの頃は何もかもが新鮮で楽しかった
が、2ヶ月もすると一人の寂しさを時として感じることもある。メンバーとの
にぎやかな時間とのコントラストが、余計に寂しさに拍車をかける。
家への短い道のりではあったが、その思いが足の運びを遅くさせた。
「梨華ちゃん、まだ起きてるかな?」
独り言よりも遥かに小さい声で呟くと、希美はポケットから携帯電話を取り出す。
だが、じっと見つめるだけだった。
「・・・迷惑だよね。」
呟きというよりも、自身に言い聞かせているような口調でその迷いを断ち切る。
“只の仲間だもんね・・・梨華ちゃんにとっては。”
自分を納得させるように、希美は思いを振り切った。
いや、振り切ったと思いたかった。より一層、遅くなった足取り
ではあったが、希美を自宅マンションへと運ぶ。中へ入ろうと、
入り口に暗証番号を入れている時、急に横からの強い光が希美を襲う。
光はしばらくすると消え、光と共に生じていたエンジン音も消えた。
「ののちゃん!!」
暗闇にいささか似つかわしくない甲高い声。しかし、希美にとっては最も
今聴きたい声であったのかもしれない。梨華である。
「ののちゃん!!」
「りかちゃん・・・。」
思いもしない登場に希美は驚きながらも、発した声は上気していた。
駆け足で希美に近づいた梨華は、希美の前で止まると希美をぎゅっと
抱きしめる。いつもの梨華の行動・・・。他のメンバーにもやっている
事であったが、希美はたまらなくその感触が好きだった。
「どうしたの?こんな時間に。」
抱きしめられた感触に浸りながらも、希美は梨華に問い掛ける。
「本当はバレーの後にしないといけなかったんだけど…、興奮して忘れちゃってて。」
梨華は希美から腕を離すと、少しばつの悪そうに語り出した。
「梨華ちゃん、何のこと? 明日のスケジュールの事?」
全く心当たりのない希美は梨華の言葉の答えが分からず、思いついたこと呟く。
「えっ?ののちゃん、分かんないの!!」
梨華は少し驚いた様子で希美を見つめた。
「・・・私、何か悪い事した?」
そう言ったきり、希美はうつむいた。メンバーとなってから4年経つが、未だに
他のメンバーからの指導や注意は日常茶飯事だった希美にとって、最後に浮かんだ
感情が反省の思いだったのは当然だったのかもしれない。
「ゴメンネ… いつもバカばっかりやって。」
梨華にかすかに聞き取れる声が聞こえたのを最後に、希美から声は聞こえなくなった。
音のない暗闇は希美に言い知れぬ恐怖と寂しさを思い出させる。
今にも泣きたい気持ちだったが、希美は精一杯我慢した。この4年の間に一番
上達したのは涙を隠すことかもしれない。
本当にバカだよね。」
そのような思いの中で聞こえた梨華の言葉が、更に希美の心を暗くした。
「いつも、考えてる事がおかしいんだら。」
そう言うと、梨華は希美の首の後ろに手を回した。
「おめでとう。」
希美には全く、梨華の行動が理解できなかった。
「えっ?」
「おめでとう。」
「なにが?」
「えっ・・・ 本当にわかんないの? 17歳おめでとう。」
「あっ!!!!」
言葉の意味に気付いたと同時に希美は、首に巻かれたネックレスに目をやる。
「・・・梨華ちゃん、ありがとう。」
そっと手でそれに触れると、はにかみながら希美は呟いた。
「1日遅れちゃったね・・・。ゴメン。」
「全然、気にする事ないよ。私も覚えてなかったんだし。ありがとう。」
希美はずっとネックレスを触っている。それが小さな勇気を希美にもたらした。
「梨華ちゃん!!」
突然、口調の強い言葉は梨華を驚かせる。
「な・・なに?」
「・・・。」
「なに?ののちゃん。」
「・・・ちょっと、お茶飲んでかない?」
希美の精一杯の気持ちを表していた。
「う〜ん。今日はもう遅いし、明日も早いから…また今度にさせてもらおうかな。」
「そう・・・」
「うん、じゃあ、私はもう帰るね。」
希美の振り絞った勇気とは裏腹に事態は期待していた方向には向かっては行かなかった。
「梨華ちゃん・・・今日は・・・ありがとう。」
「ううん、夜遅くお邪魔したってゴメンね。それじゃあ。」
そう言うと、車のほうに向かっていった。
「ののちゃん、おやすみ!!」
梨華は車に乗ると、エンジンの音が響いた。
希美は小さく手を振りつづける。車は徐々に小さくなってゆく。希美は車の姿が
見えなくなるまでその場にたたずんでいた。
「梨華ちゃんも分かってくれないなあ。」
希美は誰に言うでもなく囁いた。
入力の途中だった暗証番号を入力すると、マンションの中に入っていく。
夜の闇は変わっていなかったが、小さな光が希美の首には輝いている。
そして、希美の心にも。
“いつか、言えるよね、のの”
浮かんだ思いを抱きながら、希美は部屋の扉を開ける。
夜の中に小さなネオンの明かりがきらめく。
夜は静かに物語を重ねていく。
FIN
「いやあ、オリンピック出場バンザイだね〜。」
小さなバーの中、向かい合うテーブルに座る二人の影は見事なほどの対称を生んでいた。
「ほんと、そうですね矢口さん。」
「ヨッシ〜、アンタも飲みなよ〜。」
真理は少し酔っているのか、いつもにも増して明るいようだった。
「いや、私はまだ未成年ですから・・・。」
差し出されたグラスを、なんとか断ろうと、ひとみは必死だったが、その必死さが
真理には面白くて仕方がなかった。
「そんなさ〜 ホンキにしなくたっていいじゃない。キャハ・キャハ。」
静かなジャズが流れるバーでは、その笑い声はとても不釣合いに響く。
「ヨッシ〜。4年って本当に短かったね〜。」
やっと、真理の強引さから逃れる事が出来たひとみは、内心“ホッ”とした。
「そうですね、4年前のときはメンバーになって、まだ2ヶ月ぐらいでしたから。」
「そっか、新メンバーが入ってきた頃だったよね〜。」
真理は少し物思いにふけるように呟く。それは決して、ひとみに対して発した
言葉ではなかった。
「4年か、4年・・・。」
今までの印象とは全く違う真理の様子に、ひとみ少し気分が沈んだ。
その理由も、ひとみ自身はわかっている。そして、真理が抱いている気持ち
さえも分かっていたからだ。
すこしの沈黙が流れた。ジャズピアノの音がその空間の全てになる。
「・・・矢口さん・・・・・・。」
ひとみが小さく呟く。しかし、その声には、はっきりとした意思が感じられた。
「なに?ヨッシ〜。」
グラスを傾けた真理がひとみに目を向ける。
「・・・・やめませんか?」
「えっ?」
「やめませんか・・。」
「だから・・・な・・」
「市井さんのことを考えるのは。」
空気が止まった。ひとみはうつむいたまま、真理を見つめなかった。
しかし、うつむいたひとみの目はとても強い力をはらんでいた。
「もう、止めませんか? 市井さんのことを想うのは。」
「ヨッシー・・・。」
真理は傾けたグラスをテーブルに置くと、窓の方を見た。
夜の暗闇の中には、月が小さく輝いていた。
「あれから、4年ですよ・・・もう、いいじゃないですか。」
「・・・・」
「私、気付いてました。矢口さんが時々、市井さんの事考えてるって・・・」
「・・・・」
「あんなに明るい矢口さんが、泣いたのを見たのって、市井さんのこと以外
になかったですから。」
「・・・・」
真理は全く口を開かなかった。それがひとみには辛かった。真理の言葉を待ちたかったが、
喋っていないと、自分がどこかに消えてしまいそうな不安がひとみを饒舌にさせる。
「もう、市井さんはいないんです。」
「・・・・」
「いつまでも、過去を想うんですか?矢口さん!! もう止めてく・・・」
「何がわかるの・・・」
ひとみの言葉を真理は静かにさえぎった。
「吉澤、アンタに何がわかるの。」
力強い真理の言葉に、ひとみはなにも言い返すことが出来なかった。
「私と圭ちゃん、そして紗耶香は一緒に娘に入ったんだ。いろんな辛いことが
あったし、何度もくじけそうになった。でも、いつも二人がいたから私は頑張れ
たんだ。・・・吉澤には決して分からない絆があるんだよ・・。」
真理はそう言うと、遠くを見つめる。言い知れぬ重みに、ひとみは押し潰されそう
になったが、寸前のところで踏みとどまると、意を決したように口を開く。
「・・・・私・・・私は、4年矢口さんと一緒にいます。」
「・・・そうだね。」
小さく真理は同意した。
「色んな矢口さんを見てきたと、私は思ってます。」
真理はなにも答えなかった。
「市井さんよりも長い間、矢口さんと一緒にいます。」
「やめて・・・」
「私にも矢口さんの気持ちはわかります。」
「やめて・・・」
「矢口さん、もう、市井さんのことは忘れ・・・」
「やめてっ!!!」
悲鳴にも似た声と共に、ひとみの頬に痛みが走った。
「分かったように言わないでよ!! 紗耶香は私のことを分かってくれた。私が泣きたい
時、いつも紗耶香は分かってた・・・。私にとって紗耶香は・・・メンバー以上の
存在だった・・・ それを“忘れろ”って言うの?吉澤!! 忘れろって言うの!!!」
真理の頬を伝う涙と共に感情が堰を切ったように溢れ出した。
「ダメですか?」
小さい呟きが真理の耳に入る。
「矢口さん。私じゃあダメですか。」
「吉澤・・・」
「私が、市井さんの代わりになります。泣きたいときはいつでも私の前で泣いてください。
私が矢口さんを支えます・・・ダメですか?それじゃあダメですか!!」
ひとみの頬にも涙が流れる。悲しみが声を大きくさせていた。
「矢口さん。なんとか言ってください!! 矢口さ・・」
言葉は突然の衝撃で途切れた。もう一度、頬に痛みが走る。
「・・・最低・・・」
小さな呟きが聞こえたと、ほぼ同時に席を立つ音が響いた。
「二度と紗耶香の名前を口にしないで・・・」
そう言い放つと、一万円札を置き立ち去った。
一人残されたひとみは痛みの走った頬を手で覆いながら、窓の外を見るめる。
「・・・ダメなんですか・・矢口さん・・・私じゃあ、ダメなんですか」
呟きと共に、涙が流れる。それは決して痛みからくるものではなかった。
振り絞った思いは叶えられることなく、消えた。
バーに流れるジャズピアノは儚く悲しいリズムを刻む。
窓から見える街灯は変わることなく輝き続ける。
夜は静かに物語を重ねていく。
FIN
夜の公園は気味が悪いほど静かだった。
街灯がおぼろげながら、彼女が存在することを示す。
そして、彼女がギターを弾いていることも知らしてくれていた。
「今日はこれぐらいにしようかな。」
そう呟くと、彼女はギターをケースにしまうために、ケースの中に入った
“チップ”をしまい始める。
♪ほんの ちょこっと なんだけど チップが 集まってきた〜♪
ふと口から出た歌に彼女は苦笑する。
“忘れてないなあ〜”ふと、そんな思いが浮かんだ。
「4年経ったのに・・・。」
長いようで短い年月は、いつも間にか彼女を“大人”とさせていた。
様々な経験は一人の少女が一生かかっても味わえるものではなかっただろう。
しかし、本当に自分が選んだ道は正しかったのか、今でも考えることがある。
あの大観衆の中で誓った約束は未だに果たせずにいた。
“何か”を掴むために渡った海外で彼女は“何か”を掴むのに3年という月日
を費やしてしまった事は大きな誤算だった。だが、その誤算は彼女に本当に大切
なものを教えてくれた。それがわかったと同時に、彼女は日本に帰ることを
考え、そして戻ってきた。何も変わっていないようで、微妙に日本は異なっていた。
しかし、彼女には今でも、同じ時を過ごしたメンバー達が変わることなく活躍して
いることは嬉しい驚きであった。
帰ってきてから数週間。彼女は毎日、公園でギターを弾いていた。誰に聞かせる
でもなく、弾きつづけた。多くの人が足を止め聞いてくれる。自分の過去など
知らない人達が純粋に聞き入ってくれる姿はこの上ない幸せでもあった。
ケースにギターをしまおうとした瞬間、青いスニーカーが目に入った。
「歌ってよ・・・一曲。」
呟きにも似た言葉は、懐かしい思いを呼び起こした。だが、彼女は上を向かなかった。
「もう今日は終わりなんだけど。」
彼女はスニーカーに向かって話しかける。ギターケースのロックをかけようと
するが、小さな手が彼女の手をさえぎった。
「歌ってよ。」
少女が再度、呟いた。
一瞬、触れ合った手は彼女の記憶を鮮明に呼び起こす。
「歌わないの・・・ウソツキだね。逃げるんだ・・・」
少女は彼女の答えを待つことなく、語りつづける。
重苦しいほどの沈黙の後、彼女は呟いた
「分かったよ・・・」
そう言うと、彼女はケースからギターを取り出した。
「一番、今歌いたい歌を歌うよ。」
そう言うと、彼女はギターを奏でる。聞きなれた旋律に少女はただ聞き入る。
♪ あなたの 夢を 少しだけ教えて ♪
♪ おまじないを するのよ YES YES YES ♪
♪ あたしの 夢を 少しだけ聞いてね ♪
♪ 眠たそうに しないで NO NO NO ♪
♪ 21世紀が 来る日も 二人して 迎えたいの ♪
♪ 腕を組んで あの公園で おしゃべりしよう ♪
♪ 腕を組んで あの街まで 歩いていこう ♪
♪ 夢の続きを 教えてよ ♪
「もう21世紀だよ。」
少女が旋律の間から呟いた。彼女はギターを奏でることを止める。
「私は二人で迎えられなかった…大切な人と。いつも待ってたよ、その人のこと。
でも、帰ってくるって言って約束したのに帰ってこなかった。ねえ、どうして
だと思う。
彼女は一瞬、間を空けると口を開いた。
「私も、約束を守れてないんだ…沢山の人とした約束。いつもそればかり考えてた。
だけど、最近思い出したんだ。もっと大切な約束があったこと。そして、その約束
を果たすために帰ってきたんだ。」
そう言うと、彼女は立ち上がり、しゃがんだ少女の腕を掴み立ちあがらせると、
しっかりと両手で少女を抱きしめた。
「ただいま……後藤。」
少女の耳元で小さく囁いた。
「市井ちゃん…ダメだよ、教えてくれたじゃん。遅刻はダメだって。
遅いよ、私ずっと待ったよ。1年も遅刻じゃん。・…」
そう呟くと、真希は泣きつづけた。静かな夜には泣き声が異常なほど、こだました。
紗耶香は真希の頭を撫で始める。
「変わってないなあ、後藤は」
「だって・・・だって、うれし・・いだもん。」
泣きつづけながらも彼女は呟いた。微笑みながら、紗耶香は指で真希の涙を
拭うと、その指を唇に当てる。真希はそっと目をつむった。
紗耶香は指を唇から離すと、徐々に顔を近づけていく。
二人しかいない空間には、言葉は必要なかったのかもしれない。だから二人
の唇は言葉を発することなく、重ね合わされる。街灯の明かりがささやかな
演出をしていた。
「やっぱり、市井ちゃんだ。」
唇が離れると、真希はうつむきながら呟いた。
「当たり前じゃん。どうした?」
「あの頃と変わってないだもん。感触が・・・」
恥ずかしさが更に真希をうつむかせる。
「あれ?」
急な紗耶香の声に真希は紗耶香の顔を見上げる。すると、紗耶香は素早く
真希の唇を奪った。
「後藤も変わってないよ。感触…。」
そう囁くと、もう一度強く真希を抱きしめる。
「きゅ〜ん。」
突然の真希の言葉に紗耶香は驚いた。
「後藤、何? 今のヤツ。」
不意に問われた紗耶香の言葉に真希は微笑みながら答えた。
「そっか、市井ちゃんは知らないんだ。“きゅ〜ん”て、去年から流行ってる言葉
なんだ。嬉しいときとか幸せなときに言うんだ。」
「ふ〜ん。そうなんだ・・・。」
「ねえ、市井ちゃん?」
消えそうな小さな声で真希が囁く。
「何、後藤?」
「・・・私一人暮し始めたんだ・・・ウチにこない?」
「そうやって、色んな人をメロメロにさせてるんだろう?」
「違うもん! 私そんな事しないよ。市井ちゃんが初めてだよ。」
「きゅ〜ん。」
「へ? 市井ちゃん?」
「こういう風に使うんじゃあないの?違う?」
すこし、真顔な紗耶香を少し見つめると、真希はぎゅっと紗耶香を抱きしめた。
「ちょっと違うなあ、市井ちゃん。」
「そうなの?じゃあ、ちゃんと言うか。嬉しいよ後藤、部屋によらせてもらおう
かな。」
「きゅ〜ん。」
「どこが違うの後藤?教えてよ。」
「じゃあ、私のウチで教えてあげる。」
そう言うと、真希は紗耶香と腕を組む。
「行こう。市井ちゃん。」
「きゅ〜ん。」
どうやら、紗耶香は新しい言葉を気に入ったようだ。
「だから〜、市井ちゃん違うの!!」
「そうなの?さっきと一緒だと思うけど・・・。」
「だから、“きゅ〜ん”じゃなくて、“きゅ〜ん”なの!!」
「わかんないなあ…」
呟く紗耶香の腕を真希が引っ張りながら、公園を後にする。
誰もいなくなった公園には静寂が訪れる。いつまでも続きそうな静寂であるが、
夜の時間は終わりに近づく。幾つもの物語を重ねて、夜は朝を迎えようとしていた。
そしてまた、新たな夜が物語を重ねる。幾つもの思いを運んで。
FIN
どれも、続きがありそうな終わり方してますね…駄文だ。
やっぱり、風呂敷は広げるもんじゃあ、ありません。よく分かりました。
身の程知らずですね…。
早稲田大学の講師の方も読んでおられるそうで、世の中の広さを痛感します。
最後に、こんな駄文に最後まで付き合ってくれた方々。そして、こんなもの
にも容量を与えてくれた2ちゃんねるには、感謝の気持ちで一杯です。
ありがとうございます。
一応下げですが、面白かったです。
意外な組合せが続く中、最後に王道を持ってくるとこがなんともいいすね。
また新シリーズ書いて下さい。
個人的には辻石川を・・・
58さんの言うとおり最後はお約束という感じでしたが、
それまでの組み合わせが意外だったので新鮮に感じました。
面白かったです。やぐよしの続編希望です。
60 :
名無し:2000/06/20(火) 01:40
このまま埋もれさせてしまうのはもったいなです。
出来たら続編が読みたいですね。
悲しいままのやぐよしがめっちゃ気になります!
良かったです、最初の方からこういう結末に持っていくとは思わなかったです、
矢口吉澤のその後も番外編でよろしく。