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 夏の終わりのある日、あたしに家庭教師がつかなくなった。これで二回目だ。うれしい。そのことで
圭織姉ちゃんは家族を集めた。
「かおり、思うんだけど…。あの二人、仲良くなり過ぎだと思うの…」
「あの二人の結婚には反対だべ」
「エロ家庭教師の血を我が家に入れるわけには行かないわよ!」
「だいいち、あいつはよそ者じゃあねえか。島の人間以外は一家の一員にはなれないのが我が家の掟だ
ぜ。キャハハハ!」
「………」
「あのピンク気違いがいると家中がうんこくさいのれす」
「どうしてあのアニメ声を毎日聞かなあかんねん」
「みんながそう思うなら、あたしもそう思うよー」
 みんなの意見は同じだ。家庭教師の梨華せんせーを一家の一員としては認められないこと。二人の結
婚はダメだ。でも、どう手を打ったらいいのかってところでもめた。なんかいいアイディアはないかな
あ。ガタッ、と音がしたぞ。
273263:2001/07/13(金) 18:02 ID:VB/ruo/U
「この問題を簡単に解決する方法があるわよ!」
 圭姉ちゃんが立ち上がって口を開いた。なんだろう?
「あたし、射撃に自信があるわ!あの色ボケを撃ち殺してしまえばいいのよ!」
 そのアイディアいいなあ、と思ったけど、あたしたちはなぜか少数派になってしまった。
「どうせ、あの二人は長続きしないっしょ」
 今度はなっち姉ちゃんだ。
「だったらしばらく好きにさせればいいっしょ。とりあえず、どこかに部屋でも借りて二人を同棲させ
ればいいべ。すぐに冷めて別れるに決まってるだべ」
 なっち姉ちゃん、よくわからない。この提案はふしだらといって、圭織姉ちゃんが没にした。
 とにかく、家族会議はもめにもめて、まとまらなかった。結局、圭織姉ちゃんは、梨華せんせーをク
ビにすることでこの問題を終わらせた。梨華せんせーはこっそりこの家を出て行った。ざまみろ。
274263:2001/07/13(金) 18:02 ID:VB/ruo/U
 恋人に出て行かれたよっすぃーは、いかにも悲しそうにしていた。食事の最中、無表情から突然キレ
出し、暴れたかと思うと、今度は大粒の涙を流した。あたしたちはそんなよっすぃーの相手をしなけれ
ばいけなくなった。普段はボーイッシュな格好しかしないくせに、その日のよっすぃーは地味な、陰気
な感じのするデザインのドレスを着て、見事に悲劇のヒロイン役を演じていた。
「泣かないで。すぐに素敵な恋が見つかるから」
 圭織姉ちゃんはありきたりの言葉をかけて、なぐさめようとした。優しいお姉さん役だね。梨華せん
せーを追い出して、二人の仲を引き裂いた張本人なんだけどな。
 なっち姉ちゃんは、なっち姉ちゃんで何か熱く語りかけてる。
「愛というものは素晴らしいものだべ。美しいものだべ。愛には家も島も関係ないっしょ。人はみな自
由に恋愛する権利があるべ。愛の下では人間平等だべさ」
「………」
 なっち姉ちゃん、何か変な本でも読んだのかなあ。その理屈だと、よっすぃーと梨華せんせーがくっ
ついてもいいことになるよ。でも、真っ先に結婚に反対したの誰だっけ。
 圭姉ちゃんはどこにいったの?バタンとドアが開いた。あ、登場だ。何か振り回してるよ。回転式の
ピストル、S&Wだ。むかし、お巡りさんが使ってたやつだね。いいなあ、あたしも欲しいよ。
「あの色黒がこの家の敷居を再び跨ぐようなことがあったら、あいつに鉛玉を食らわせてやるわ!」
 かわいい妹に手を出されて、怒り爆発って感じのきょうだい役だね。何でそんなことしてるか誰にも
わからないけど。
275263:2001/07/13(金) 18:03 ID:VB/ruo/U
 やぐっつあんは、ドラマチックなことが大好きだから、よっすぃーの話を聞いて、もらい泣きなんか
してる。人情派だね。
「もう私の人生めちゃくちゃよ。みんながよってたかって…。涙が止まらない…」
「よっすぃーも大変だよな。今夜はおいらの胸で泣けよ。ううう、おいらまで悲しくなってきたぜ」
 そうかと思うと、今度は部下たちを集めて何か指令をかけてる。やぐっつあんは船乗りたちの親分だ
から、島の船乗りたちはみんな言うことを聞くんだね。
「おい、お前ら、あのブリザードが再び島に帰ってこられないようにしっかり警備しろ。ののたちは桟
橋、あいたちは町の門で見張りにつけ。ミカ、お前はよっすぃーが変な行動しないように監視しろ。お
前らは…」
「あいあいさーなのれす」
「了解やで、親分」
「イエス、サー!デース、ボス」
 あれ?ののちゃんとあいちゃん、あんなところで油売ってるよ。怒られても知らないぞ。
「あいつを見つけたら、こう関節技をかけてやるのれす」
「そんな面倒なことせんでもいいやんか。とび蹴り一発でOKやん」
「お前たち、何サボってんだ!ととっと配置につかんか!」
 今度は恋路の邪魔する悪役を演じてるよ。これじゃあ、よっすぃーの味方なのか敵なのかわからない
ね。やぐっつあんは面白い人だ。
276263:2001/07/13(金) 18:04 ID:VB/ruo/U
 何もかもが面白かった。あたしたちはこの茶番を完全に楽しんでいたんだよね。梨華せんせーがこの
家から追い出されて何日もたってたある日だった。その頃、よっすぃーは食事中に発作を起こして目の
幅一杯に涙を流すことはしなくなってた。みんながこの劇は終わりだと思ったときに事件は起こった。
よっすぃー宛てに一通の手紙が届けられたのだった。

  「愛するよっすぃーへ
   この前は勝手に逃げ出してごめんね。。。。でも、今度必ず迎えに来るから。
   だから私に会えなくても落ち込まないでね。ポジティブ、ポジティブ。
   私、よっすぃーと見たこの島の星空忘れないよ。(#´▽`)´〜`0 )
                           あなたの梨華より(^▽^)」

 梨華せんせーからの手紙をもらってあわてたよっすぃーが、圭織姉ちゃんにこの手紙を見せたから大
変なことになった。このドラマの第二部の始まり、始まり。っていうかさ、周りから付き合うのを反対
されてるときにさ、恋人からの手紙を家族に見せるようなこと、普通の人はしないんだけど。
277263:2001/07/13(金) 18:05 ID:VB/ruo/U
 やぐっつあんは、また船乗りたちを集めて何か言ってる。
「今日明日あたりに、あの体臭女がこの島に再びやってくるらしいぜ。断固阻止するのだ!」
「えい、えい、おー!」
「そこで今回も島中の警備につけ。だが、さらに用心する必要がある。人手をもっと集めるのだ!」
「それは無理なのれす」
「無理とはなんだ。お前ら根性ねえな、キャハハハ!」
「島の船乗りはみんな集まってるで、親分。これ以上人を集めるのは、物理的に不可能なんや」
「しゃーないな。なんかいい手はないのか?」
「ボス、ワタシノ友達、ココナッツ島ニ沢山イマース」
「よし、ミカ、お前はココナッツ島から援軍を連れて来い。おいらは、裕ちゃんに手伝いを頼んでみる
ぜ。裕ちゃんのことだから喜んで人を貸してくれるぜ」
 祐ちゃんは、もともとこの島の人で、今は他の島に住んでいる。あたしたちみんなにとって母親のよ
うな人だ。とにかく、今まで以上に、島は厳しく警備された。
278263:2001/07/13(金) 18:05 ID:VB/ruo/U
 パン、パンと子供の紙鉄砲のような音がする。庭で、圭姉ちゃんがピストルを発射してる。薄手のベ
ニヤ板を人の形に切り抜いて、標的の代わりにしてる。撃ち終わると回転銃に油をさし、弾を込めなが
ら言った。
「六発中、四発心臓に命中ね。まあまあね。今度は全弾命中させるわよ!」
 ダメだよ、圭姉ちゃん。心臓じゃなくて足を狙わなきゃ。足を撃って、逃げられなくしてからとどめ
を刺したほうが確実だよ。
 なっち姉ちゃんは前と同じように愛について語ってる。まるで愛の伝道師だね。
「愛は何物にも変えがたいべ。愛より美しいものは存在しないべ」
「………愛?…」
「愛はすべての障害を乗り越えるべ。よっすぃーもそう思うっしょ?」
「………」
「だからよっすぃーも愛の力を信じるっしょ!すべてを捨てて梨華のもとに飛んでいくがいいべ!それ
が出来ないんだったら…」
「…出来ないんだったら?…」
「悲劇のヒロイン気取りはやめるだべさ!」
 なっち姉ちゃん、名演技だね。かわいい妹より愛の理論が大事な愛の伝道師役!
279263:2001/07/13(金) 18:07 ID:VB/ruo/U
 よっすぃーはすっかり傷ついて、屋根裏部屋に閉じこもってしまった。
「みんなで私をバカにして…。ごっちん以外、誰にも会いたくない…」
 あたしだけが指名された。家族の中で、誰の味方もしなかったのはあたしだけだったから。食事の時
間になったから、よっすぃーの食事を持って屋根裏部屋に行った。部屋は真っ暗、電気をつけてない。
なんかホコリくさくて、クモの巣が張ってる。そんな所で、よっすぃーはラジカセで中島みゆきを聞い
てる。涙を演出効果ばっちりに流して、体育座りをしてた。なんか話し掛けられそうになかったから、
食事だけ横に置いた。よっすぃーは無表情でお皿をとって食べ始めた。食事の途中も大粒の涙が止まら
ない。時々涙が止まるから、そのときに食べ物を口に運ぶんだよね。でも、食欲だけは相変わらず。あ
たしが持っていった食事は全部平らげた。カルボナーラを三人前、ゆで卵を五個、バナナ一房、大盛り
のツナサラダ、かご一杯のベーグル…。

=完=