世にも奇妙な娘達

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81ライバル
「ああ、そう言えば居たっけ。そんな子」
矢口のつれない言葉に、保田は少なからずショックを受けた。
「酷いよ、矢口。紗耶香のこと忘れるなんて」
市井が娘。を脱退して、今日でまる2年になる。それを口にした保田への反応
が、さっきの矢口の言葉だったのだ。
「あのさあ、圭ちゃん。解ってる?ウチら、来月で卒業だよ。辞めた人のことを
いつまでも心配してる余裕なんてあるの?特に圭ちゃんは決まってないんで
しょ?これからのこと」
私服に着替え終わると、矢口は何事もなかったかのように、楽屋をあとにした。
「お疲れ〜〜」
一人、楽屋に残された保田は、矢口の言葉を噛み締めた。
「卒業か…」
82ライバル : 2001/02/19(月) 21:35 ID:QruxW4.Y
芸能界に一時代を築いたモーニング娘。にも、終焉が近づいていた。
既に安倍と後藤は女優として一本立ちしつつあり、昨年脱退した飯田は、現在
オーストラリアに留学中だ。中澤もバラエティの司会などの仕事が増え、娘。と
して活動するのは、今やレコーディングの時くらいである。
みんな、自分の道を歩いているんだね。
最早、市井や石黒のことがメンバー達の話題に上ることはなかった。

紗耶香…。あんた今、どこでどうしているの?
私が過労で正月のハロプロ公演を休んだ時、傍に居てくれたのは、紗耶香
だったの?
熱に浮かされ、夢うつつの保田の横には、確かに誰かがいた。
目覚めた時、台の上に置かれてた、リンゴ。不器用に剥かれた皮。あれは
紗耶香だったのだろうか?
83ライバル : 2001/02/19(月) 21:36 ID:QruxW4.Y
実のところ、市井は脱退後、メンバーとも音信不通の状態である。
脱退と同時に事務所も辞め、携帯やメールもすぐに繋がらなくなった。
以前、保田は一度、市井に会いに行ったことがある。千葉の実家を訪問したの
だが、既にそこは引っ越したあとで、その後の消息は、近所の人も知らないよう
だった。
表向きは「シンガーソングライターになるため」だったが、実際には複雑な事情が
あったようだ。
ただ、保田だけは市井の言葉を信じ続けた。いつか再び同じステージに立つこと
を信じた。
84ライバル : 2001/02/19(月) 21:37 ID:QruxW4.Y
1ヶ月後、保田の卒業の記者会見が行われた。ただ、既にミニモニ3を始め、
バラエティ進出などで自分の地位を確立しつつある矢口が、ニューオークラで
同じ日に華々しくおこなうのとは対照的に、事務所前という、大変質素なもの
だったが。
「保田さん、今後はどうされるんですか?」
記者の一人が退屈そうに質問する。
「はい。歌手を続けていくつもりです。」
その場の数人から失笑が漏れる。
「歌手って言っても、あなたはレコード会社も決まってないんでしょう?事実上の
芸能界引退じゃないんですか?」
ベテランのレポーターが意地悪な笑いを浮かべる。

85ライバル : 2001/02/19(月) 21:39 ID:QruxW4.Y
「確かに今のところ、事務所やレコード会社からのオファーはありません。でも、
歌は辞めません。将来的には、デュオをやりたいです」
「デュオ?コンビを組む相手がいるんですか?」
質問の途中だというのに、記者達の多くが移動をはじめる。この後、ニューオークラ
で開かれる、矢口の卒業会見に向かう為だ。
「相手は、います。今は連絡がとれませんが」
もう誰も保田の言葉に耳を傾ける者はいなかった。
例えスポットライトやステージが無くても、歌はどこでも歌える。そして、その歌は
この世界のどこかにいる彼女に、絶対届くはずだ。
私が歌を諦めない限り、きっと紗耶香に会える。いつかまた、二人で歌うことができる。
彼女は私の永遠のライバルだから。

終り