「そうだなぁ…なっちは、映画みたいな恋がいいな。
刺激的なやつ…そう、命がけの恋とかがしたいな。」
女の子が集まれば、いろんな話に花が咲く。
特に年頃ならば、恋の話をする機会が多い。
メンバーも、そんなお年頃だ。
先ほどの言葉は、どんな恋がしたいか?、という話題での
安倍なつみの言葉。
このような話の内容は、殆どが
その日の気分で出る出任せや。洒落などが多い。
この話題の締めは安倍の、
「もー、こんな話してたら、
本当に恋してきたくなっちゃったよ。」
という言葉だった。
この言葉に皆が頷いてこの話題は終わった。
出会いは中学校だった。
もとい、出会いはそれから数年経った今、
仕事が早く終わった後の、街中だった。
「あれっ、安倍さん・・・だよね?
俺だよ俺。ほら、中二の時、転校して来て、
5ヶ月でまた転校していった・・・・ほら、ほら、ホラホラホラ。」
最初は図々しいファンかと思った。
「あっ…あぁ、はいはいハイハイ、洋二君!」
「そう。久しぶりだよね、安倍さん。」
思い出すのには、時間が掛からなかった。
何故なら、転校生という特殊さと…
当時、一目惚れしたという特別さがあったからだ。
「時間ある?よかったら一緒にお茶でもどう。」
行く事にした。なんか、ナンパっぽかったけれど。
二人の話は弾んだ。
「えっ、うそ。テレビ出てるの?」
彼は芸能に疎かった。でも、当時のように格好良かった。
安倍は少しときめいていた、中学時代の気持ちが蘇ってきたんだろう。
(「恋ちゅうのは、押しが肝心や。押しが肝心やで。」)
何時かの裕ちゃんの言葉を、思い出す。
「ねぇ、今から洋二君の家、行かない?」
「……………。」彼は黙っている。
私は軽い女に見られたかも知れない。
「いいけど・・・・ちょっと寄る所があるんだ。
そこ寄ってからでいい?」
「えっ何処?」
彼が私のお願いを許した事に、ホッとしていたので、
彼の憂鬱そうな顔に気付かなかった。
「幼稚園・・・なんだ・・・子供を迎えに。」
「幼稚園か…誰かに頼まれたんならしょうがないか。」
彼はこう、即答した。
「いや、俺の子を迎えに。」
出会ってから50分後の出来事だった。
彼はバツイチだった。17才で、できちゃた結婚。
それを聞いても何故か私は、彼への気持ちが冷めなかった。
「まぁ、よくある話よね。」
今日の私は、なんか変だ。
まるで、運命の人を逃さないようにと、
必死に彼にしがみ付いているみたいだった。
(「恋ちゅうのは、押しが肝心や。押しが肝心やで。」)
裕ちゃんの言葉が脳を駆け回る。
目的地、幼稚園の前。彼が言う。
「此処で待ってて、すぐ来るから。」
「そんな…一緒に行くよ。子供、好きだし。」
『子供、好きだし』は、押しの気持ちが生み出した無駄な言葉だった。
園内から、女の人の声がした。
「はーい、恭平くーん。お父さんが来ましたよー。」
保育士の人が、男の子を連れて近づいてきた。
「なに?新しい彼女?洋二。」
「別れてるんですから、名前で呼ばないで下さい。」
此処は一気に修羅場になり、私はおどおどするばかりだった。
彼は子供の手を引き、
「ありがとうございました。」怒ったように早口で言った。
「いいじゃない、怒らなくても。
恭平もお母さんといっぱい一緒に居たいでしょ?」
保育士は子供の顔の近くで、同意を求めるように、優しく言った。
「………行くぞ。恭平!」
彼は子供を引っ張って、今来た道を戻っていく。
私も無言のまま、彼に付いていった。
出会ってから70後の出来事だ。
「今のが、別れた妻。つまり、」
「もういいよ。いいから…ねっ。」私は彼の台詞を遮った。
子供はボールを強く握っていた。そして、俯いていた。
「…追ってきたんだ。アイツ、追ってきたんだ。
自分勝手だよ。離婚の原因はアイツな」
「だから…もういいよ………公園でちょっと休もう。ねっ。」
通りかかった公園で、ひと休みすることにした。
ひと休みと言ってベンチへ座ったが、あの後だ。気は休まらなかった。
子供は持っていた、ビニールで出来たソフトボールで
独り遊びをしていた。
「時間って酷いね、あの頃は、…………………
…………………………………………………ねぇ、キスしない?」
普通ならこんな男には幻滅だろう、しかし今の私には…
裕ちゃんのあの言葉が、今が恋をするチャンスと言うように私を後押しする。
「うん…」彼がポツリと言った。
雰囲気は途端に高まった。向き合う二人の顔、目を瞑る彼。
私も目を……と、その時、恭平くんがボールを追いかけて道路に出ようとした。
「あっ、だめっ!恭平くん、危ないっ!」
私は道路に向かって走った。
一台のワゴンがこっちに来ている。このままだと、あの子を轢きそうだ。
「ダメっ!危ないっ!」
乱暴だが、間一髪、道路ギリギリで恭平くんの襟を引っ張り、公園方向へ倒した。
だけど…人は急に止まれない。走った勢いで私は道路に…。
安倍は、映画みたいな恋をした。
1時間40分で終わる恋をした。
〜了〜