世にも奇妙な娘達

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24笑いの神様
「石川、さぶ過ぎや。もう余計なこと言うなや。」
中澤の冷たい言葉が突き刺さる。周囲の重苦しいムードが、それが冗談ではないことを
如実に物語っていた。
どうしてなんだろう?私のやることは、いつも裏目に出てしまう。せっかく盛り上がった流れが
私の一言で止まり、その場が凍りついたように気まずくなる。
矢口さんはいいなあ。いつも彼女の周りは笑いが絶えない。
そうか、きっと教育係が悪いんだわ。マネージャーに頼んで代えてもらおう。
ポジティブに行かなきゃね。ポジティブに!
石川は早速、スタジオの隅でマネージャーに交渉を始めた。
「お願いしますよ。保田さんが教育係じゃ、私のトークは伸びそうもないです。」
「そうは言ってもねえ。これは、つんくさんと社長が決めたことだし。」
「じゃあ、つんくさんと社長に言ってくださいよ。保田さんを….」
「あたしが何だって?」
振りかえった石川の目の前には、鬼瓦のような顔を強張らせた保田が立っていた。
「あんた、自分のセンスの無さを、あたしのせいにするんじゃないわよ!!!」
「いえ、あたし、そんなつもりじゃ…」
まただ。あたしはいつもタイミングが最悪なのだ。
25笑いの神様 : 2001/02/11(日) 21:54 ID:KrMRBpys
はあ……。保田さん、謝っても許してくれないかなあ……。その日、50回目のため息をつき
ながら、石川は自分のワンルームマンションに辿りついた。
部屋に入った石川は、ハッと息を呑んだ。薄闇の中で誰かがこちらを向いて座っている。
「だ、誰??!!」
部屋の明かりをつけながら、石川は思わず叫んだ。
「?岡村さん?」
「いや、笑いの神さんです。笑いの神さんが、不憫なあんたを見かねて降りてきたんや」
しかし、その男はどう見てもナイナイの岡村である。
「はあ?何訳の解らないこと言ってるんですか?それより、どうやってあたしの部屋に…あ、
そっか、これ、ドッキリですね!なんだ…」
石川の言葉を無視して、岡村は続けた。
「ここに俺の写真がある。笑いのパワーを身につけたかったら、毎晩これにキスするんや。
そしたら、もう2度とサブい思いせんで済む。ええか、キスの回数が多いほど効果はあがる。
ただし、キスせんかったら、今より酷いことになるさかいな。」
呆気にとられている石川を尻目に、岡村ソックリの笑いの神様は忽然と姿を消した。
石川の目の前には、ウィンクする岡村の写真が一枚残された。
26笑いの神様 : 2001/02/11(日) 21:55 ID:KrMRBpys
どうなってるの?
混乱しながらも、石川はその夜、写真にキスをして眠りについた。そして…。
保田さんに、もう1度キチンと謝らなきゃ。
朝、集合場所で保田の姿を確認するや、石川は昨日の事を詫びようとした。
「あのう、昨日はすいませんでした。あたし、自分の努力が足りないのを保田さんのせいに…」
「ぷっ…。あんた…クク…。面白い、面白いよ、石川あ。いいよ、いいよ。もう怒って…ない…
あははは、もう駄目。あはははは」
「あたし、何か面白いこと言いましたっけ?」
保田だけではない。周囲は大爆笑である。
「梨華ちゃん、最高!」
吉澤が笑いながら石川の首に手を回す。
よく解らないが、これが笑いの神様の効果なんだろうか?とりあえずキスは欠かせないな。
27笑いの神様 : 2001/02/11(日) 21:57 ID:KrMRBpys
それからの石川の置かれている状況は一変した。常にその周りには明るい笑いが起こり、
誰も石川を責めなくなった。そればかりか、中澤が新しいバラエティ番組の要に、石川を推薦
したのである。
「いいんですか?あたしで?」
「大丈夫、今のあんたの成長ぶりは誰もが認めてる。」
「中澤さん…」
そうか、やっぱりあたしは成長したんだ。もういいよね。あの写真にキスしなくっても。
だが…。

「ふざけんな!!!何だよ、おたくのタレントは!絶対笑いがとれるって言うから起用したんだ
ぜ。どうしてくれんだよ。俺のせっかくのギャグにあんなツッコミ入れやがって!!」
激高する大物お笑いタレントの前で、小さくなるマネージャー。その後ろで、石川は泣きながら
後悔にくれていた。
やっぱり笑いの神様の言っていたことは本当だったのだ。キスをさぼったから…。
そうだ。今夜は百回以上キスしよう。失った分を、とり返さなければ。

28笑いの神様 : 2001/02/11(日) 21:58 ID:KrMRBpys
翌日。
昨夜は徹夜で数え切れないくらい写真にキスしたから、きっと大丈夫のはず。
「おはようございます!」
「ぎゃはははははは!!!!」
スタジオで、楽屋で、事務所で。石川が口を開くたびに爆笑が起こり、場の収拾がつかなくなって
しまったのである。
そんな…。
「ぎゃははは。い、石川、ひっ。あ…ぷぷぷ。あ、あんた、帰って…ぎゃはは。いい…から」
マネージャーが、床でのた打ち回りながら帰宅命令を出す。
1ヶ月以上たっても事態は好転しなかった。どこに行っても石川が喋ろうとするだけで、周囲は
笑いのパニックに陥ってしまうのだ。
誰も自分をまともに相手にしてくれない。メンバーも。友達も。家族も。…もう嫌だ。

とうとう石川は自分の命を絶ってしまった。
29笑いの神様 : 2001/02/11(日) 21:59 ID:KrMRBpys
石川の魂は三途の川を渡り、使者の行列に並んだ。
そうか、あたし死んだんだ。あの裁判官みたいな人に、天国か地獄かを言い渡されるんだ。
「次の人。名前を言いなさい。」
「石川梨華です。」
言い終わらないうちに、その場は爆笑に包まれた。
「ぎゃはははははは。く、苦しい。助けて。ぎゃははは!!」
笑いの神様の効力は絶大だ。周囲はいつも爆笑の渦。それはあの世でも変わらないらしい。
だが、石川の心は北極のように寒かった。

               終り