世にも奇妙な娘達

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223想い出は美しすぎて
「…それはそれは、物凄い人の波じゃった。溢れかえる人、光り、そして音楽。
 それらを体いっぱいに受けて、あたしらは歌い、踊った…」
つい先ほどまで春の陽射しの中で眠っていたはずの老婆の口から、呟きが
漏れ始める。
いつもの、そして永遠に続くかのような呟き。
「幸せじゃった。あたしの人生で一番輝いていた。正に至福の時間と言うべきか
 のう。傍らにはいつも仲間がおった。なっち、圭ちゃん、のの…。みんなから
 愛されていた。あたしもメンバーを愛していた。そして…」
歌うような呟きは、いつもここで一旦途切れる。
「市井ちゃん…。市井ちゃんが居なくなって、何回目の春になるのかのう…」
「58回目ですよ、後藤さん」
僕は老婆にそっと耳打ちする。
224想い出は美しすぎて : 2001/04/09(月) 23:16 ID:bf6gA2mw
「58回目…58回目…」
老婆は噛み締めるように繰り返す。
可哀相な人だ。毎日毎日、この老婆は同じことを繰り返す。
夢うつつと現実の境目で、想い出の海を漂うのだ。きっと、死ぬまで。
そして、彼女が夢の中に埋没していけるよう見守るのが、僕の仕事なのだ。
たとえそれが嘘の記憶であっても。
そう、この老婆は自分がかつてモーニング娘。の一員であったと思いこんで
いるに過ぎない。哀しい人なのだ。
いや、そうではないのかも知れない。例え嘘の記憶であっても、それはそれで
幸せなのかも知れない。想い出とは、得てしてそういうものなのだ。
僕だって、いずれ、この目の前の老婆のように、想い出の中で生きる時が
来るのだろう。
いずれ…。いずれ…。あれ?

225想い出は美しすぎて : 2001/04/09(月) 23:17 ID:bf6gA2mw
思い出せない。どういうことなんだ?
僕は必死に自分の記憶を辿ろうとしたが、まるで思い出せないのだ。
僕は一体いつからこの老婆を看ているのだろう?
「どうして?僕は…誰だ?」
唯一思い出せるのは、モーニング娘。を追いかけていた日々…。
ASAYANでの試練の日々。ラブマの大ヒット。メンバーの脱退と追加。
武道館公演…。彼女達の想い出だけが、僕の頭の中を支配する。
「ごっちん、なっち…」
目の前の白い壁がぐるぐる回る。
226想い出は美しすぎて : 2001/04/09(月) 23:18 ID:bf6gA2mw
病室の老人は、さっきから独り言を呟き続けている。器用にも老婆と青年の
声色を交互に操りながら…。
その様子を、モニター越しに見ている白衣の男が二人。一人は30代後半、
もう一人は20歳そこそこの青年であろうか。
「この患者、いつも同じことを繰り返してますね」
「うむ。最近の痴呆症の典型的なパターンだな。決まってモーニング娘。という
アイドルの記憶の中に溺れておる。この老人の世代に最もよく見られる症例
と言えよう」
「ある意味この老人は幸せなのかも知れませんね」
西暦2058年の春の陽射しが、部屋の中を柔らかく照らす。
「モーニング娘。かあ…。どんなアイドルだったんだろう…」
青年はちょっと羨ましそうに呟いた。
        
           終り