ある日、僕は矢口さんに恋をした。
思いきって告白してみると、意外にもあっさりとOKをもらった。
そうして僕らは付き合い始めた。
付き合いだして数日。
矢口さんは急にこんな事を訊いてきた。
「ねぇ、私の為に死ねる?」
僕にはその時、何故そんな事を訊いてきたのかわからなかった。
しかし矢口さんを愛していたのは事実だし、「死ねない」と答える理由もなかった。
僕は少し照れながら答えた。
「君の為なら僕は、死ねる」
矢口さんは可愛らしい笑顔を浮かべていた。
その夜、僕らは結ばれた。
朝…二人の時間。僕はただ天井を見つめていた。
横には矢口さんが眠っている…その幸せを噛み締めながら。
その可愛い寝顔を見つめていると矢口さんは急に目を開ける。
「私の為に死ねる?」
またこの質問だ。
「…ああ」
「ちゃんと『君の為なら僕は死ねる』って言って」
「…『君の為なら僕は死ねる』…これでいい?」
「うん!ありがと!…大好きだよ!…じゃあゴハン作るね」
矢口さんは笑顔を浮かべてベッドを下りた。
矢口さんはキッチンに立ちながら言う。
「私ね、独占欲が強いんだ…その…人を愛したら私だけの物にしたくなるの」
「ふぅん…」
「だからね、私だけの物になって」
矢口さんはそう言いながら振り返り、僕の方へ駆け出してくる。
そして僕と矢口さんの体が接触する。
その瞬間僕の全身から力が抜けた。腹のあたりが…熱い。
僕の体から何かが飛び出ている。包丁の柄の部分に見えるが、そんな事はどうでもいい。
矢口さんが何か喋っている。
「アナタはさあ…私の為に死んでくれるんだよね…それだけ愛してくれてるんだよね。
私もアナタの事が大好き。愛してる。だから…私だけの物になってくれるんだよね。
私の為なら死んでくれるんだよね?」
そう。僕は君を愛していた。君も僕を愛していた。
それでいいじゃないか。
今なら照れずに何度でも言える。
「君の為なら僕は、死ねる」
薄れゆく意識の中、僕はこの言葉を繰り返していた。
矢口さんは狂気といえるほどの笑顔を浮かべて僕を見つめていた。〜完〜