世にも奇妙な娘達

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129黒い箱
その部屋からは、何回も物を叩く音がしていた。
ドンドン バンバンバン
「やっぱだめかなぁ。うん、捨てよう。」
飯田は、その白い箱を捨てることにした。
そして押入れの奥から、少し古い黒い箱を持ってきた。
「そうそう、これがあることを忘れてあれ買っちゃったんだよ。」
『箱』それは電子レンジの事だ。
黒い電子レンジは、飯田が田舎で買って持ってきた物。
白い電子レンジは、それを忘れて新しく買った物。
黒い箱には、今までの白い箱に無かったボタンがついていた、
それは、『気まぐれボタン』だった。
このボタンが、ひと癖もふた癖もあるボタンで…
130黒い箱 : 2001/03/10(土) 02:20 ID:5xDq8N7Q
「カオリ、ありがとうね。」
その日、安倍は飯田の部屋に泊めてもらうことになった。
理由は、安倍の部屋の都合。
隣の住人の毒サソリが安倍の部屋に入ったそうだ。
専門業者が今夜、部屋を荒らすらしい。
飯田にとって、そんなことどうでもよかった。
安倍が部屋に居る事さえどうでもよく、いつもの生活を
少し変える程度だった。

「そうそうまた、なっち今度ね、映画出るんだ。」
少しの間の少しの会話、安倍は自慢気に話し出した。
「恋の話なんだけどね。その娘ね彼に浮気されて、
自殺しようと考えて、彼の犯行に見せかけるために二人分の料理を作るんだ。
そのシーンがね、こうグッときちゃうんだ。
あっ、今日、台本持ってきたんだ、見てみて。」
安倍は、カバンから台本を持ってきた。
その姿は、「待ってました」と言わんばかり、
まるで、今日はこのためにこの部屋に来たかのような、勢いだった。
台本を開き、飯田に見せつけ、
「今からココやるから見てて。」
こう言うと、安倍はコップを片手に芝居を始めた。
131黒い箱 : 2001/03/10(土) 02:20 ID:5xDq8N7Q
気まぐれボタン』の意味を飯田は勘違いしていた。
このボタンを押すとき、自分の好みの暖かさを念じる。
そうすれば電子レンジは、その通りの暖かさに仕上げてくれる。

この解釈には、間違っている部分がある。
いや、不思議なボタンであることは、間違いない。
不思議なのは間違いないのだが…
132黒い箱 : 2001/03/10(土) 02:21 ID:5xDq8N7Q
「あとはホットミルク。」
コップに牛乳を注ぎ、レンジにそのコップを入れる。
夕食時に飯田に教えてもらった通りに『気まぐれボタン』を押す。
「…そう、人の仲なんか、こんなに簡単に暖まらないもんねぇ…」
どこの三流脚本家が書いたのか、そんなありきたりで臭い台詞を言うと、
安倍は、思ったより早く鳴ったレンジからコップを取り出し、
一口ミルクを飲み、こう言った。
「あったかいって、こんなもんなのかなぁ。」
寸劇が終わった。

安倍が悪いのか、台本が悪いのか、感想の言葉に迷った飯田は、
「い・・いよ。良かったよ。」
無理に感情を込めて言った。
「このレンジ壊れてるんじゃない?暖かくないよコレ。」
安倍は場の空気を変えるようにそう言った。
133黒い箱 : 2001/03/10(土) 02:22 ID:5xDq8N7Q
安倍は飯田の部屋に台本を忘れた。
「ちょっとやってみようかな。」
飯田は、コップを持って芝居を始めた。
役の気持ちになって、自分の精一杯でやってみた。
ミルクを一口、最後の台詞
「あったかいって、こんなもウッ…イッッ…ンンンンッ」

飯田はうずくまった、暫くして息をしなくなった。
134黒い箱 : 2001/03/10(土) 02:23 ID:5xDq8N7Q
『気まぐれボタン』それは、
その人の今の気持ちがそのまま、出来上がりに反映されるようにするボタン。
怒ってる人が押せば、熱く。
何気なく押せば、冷たく。
おいしい物を作りたい人が押せば、おいしく。
今、死にたい人が押せば…

「安倍!何回言ったら解かるんだ。もっと気持ちを込めて…」
安倍は問題のあのシーンで、2時間監督に叱られていた。

〜了〜